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栄養素編

    タンパク質
  • タンパク質

    タンパク質(プロテイン)

    私たちが生きていく上で必要不可欠な栄養素で、三大栄養素の1つです。語源になったギリシャ語の Proteios には、「何にもまして重要」という意味があり、栄養を問題にした場合、タンパク質は最優先すべきものだと言うことが分かります。私たちの体は、脳や心臓などの内臓や骨、筋肉、皮膚、毛髪、爪など、ほとんどがタンパク質からできていて、からだの中のタンパク質量は体重 16.4%を占めています。タンパク質なくして、からだは動くことも形を保つことすらもできないのです。

    タンパク質は、遺伝子情報に従って20種類のアミノ酸が鎖状つながってできています。これらの組み合わせの違いは、タンパク質の性質を決め、多種多様な働きを与えます。例えば、血中の酸素を運んだり、骨や筋肉をつくったり、食物を消化・分解をしたり、有害物質を処理したりなど、マルチな働きの担い手、それがタンパク質なのです。では食事で摂ったタンパク質が、からだの中でそのまま使われるのでしょうか。タンパク質は、あまりに分子が大きいため、そのままでは吸収できません。そこで酵素がアミノ酸まで分解し、腸粘膜から吸収されるようにしているというわけです。

    タンパク質は、糖質や脂質のように余った分を蓄えておくことはできないので、食品からしっかり摂ることは、毎日の食事の重要なテーマとなってきます。

    からだを支える 20 種類のアミノ酸

    からだを構成する 20 種類のアミノ酸には、体内で合成できるものとそうでないものとがあります。前者を「非必須(=可欠)アミノ酸」、後者を「必須(=不可欠)アミノ酸」と呼び、9種類の必須アミノ酸は、食事から摂らなくてはなりません。必須アミノ酸のどれ 1 つが欠けても、骨や血液などをつくることはできないのです。

    アミノ酸はそれぞれの比率がたいへん重要で、そのタンパク質の価値を表したものが「プロテインスコア」や「アミノ酸スコア」と呼ばれます。アミノ酸の比率が理想的な場合は、それらのスコアは 100 となります。

    1つ1つのアミノ酸の働きをみて、そのアミノ酸ばかり摂りたくなることもあるでしょうが、特定のアミノ酸を多量に摂取するよりも、一番少ないアミノ酸を補って全体のバランスを底上げする摂取法の方が、結果的にそれぞれのアミノ酸は役割を果たせます。必須アミノ酸をバランスよく含み、吸収率にも優れている食品を、「良質(=高)タンパク質食品」といい、鶏卵・乳製品・魚介類・肉類など動物性タンパク質を含む食品に多く含まれます。そのバランスも人間のタンパク質に類似しているので、体内での利用率が良いと考えられています。賢く組み合わせて、タンパク質の不足ない食生活をおくりましょう。

    十分なタンパク質摂取が健康の決め手!

    自分の健康状態をチェックする際、まず「タンパク質がしっかり摂れているか」を問うて下さい。脂肪燃焼、疲労回復、筋力アップなどに役立つことから、スポーツ選手に特に必要なものと思っている人も多いでしょうが、タンパク質の摂取は、あらゆる病気の予防につながります。不足してくると、短期的には、筋肉組織の衰えや血管がもろくなったり、傷の治りが遅かったりするほか、抵抗力も落ちて、感染症になりやすくなります。長期的には生命そのものの危機に陥るのです。

    欠乏した時の具体例を1つ挙げましょう。代謝異常で糖質や脂質からのエネルギー不足や低血糖になると筋肉のタンパク質は分解されます。不必要なタンパク質は、過剰摂取の時と同じように尿として排泄されるので、腎機能障害の原因となる負担を腎臓にかけることになるのです。ダイエット中の人も、毎日のタンパク質の必要量は変わらないので、摂取量を減らさないようにしましょう。

    誰もが求める美しい肌!

    私たちのからだでは新陳代謝が行われ、毎日新しい細胞へ生まれ変わっています。肌も例外ではなく、およそ28日周期で入れ替わっています。肌のカサつき、くすみなどのトラブルの多くは、タンパク質不足と関係があって、皮膚の一番外側の角質層にどれくらい水分があるかが肌の潤いを大きく左右します。このことから、美肌保持には、皮下組織での細胞分裂の周期を促進する必要があることが分かります。アミノ酸にはこのサイクルを早めて、肌を常にみずみずしく保つ働きがあるのです。角質層に天然保湿成分も十分に行き渡ることから、外界からの刺激から肌が守られ、肌荒れもなくなっていきます。

  • ビタミン
  • ビタミンA

    ビタミンA

    動物性食品に多い「レチノール」と、緑黄色野菜などに多く含まれる植物性の「βカロチン」の2種類があります。両者とも最終的な働きとしては同じですが、体内でそのまま働けるレチノールには過剰症の心配がある一方、βカロチンは「必要なだけビタミンAに変わる」という特色を持っているので過剰症はありません。

    皮膚や粘膜の形成に欠かせないビタミンです。喉・鼻の粘膜が乾燥するのを防いだり、肺・気管支といった呼吸器系の抵抗力を高め、風邪などの感染症にかかりにくくしたりします。病気の回復を早めるほか、みずみずしい肌や艶やかな髪、丈夫な爪を育てるなど美容にも関係しています。さらに、ガン予防にも効果があるという研究も発表されています。

    目のビタミン

    暗いところに入った時に、目が慣れる現象を暗順応といいますが、目の網膜にあるロドプシン(見るために必要な神経伝達物質)の材料となっています。これが不足すると光に対しての反応が鈍くなり、欠乏が続くと夜盲症(とり目)になりますし、そこまでならなくとも、ドライアイや視力低下につながります。また、ムチン層を作って目の表面の角膜と涙を接着したり、涙量を増やして目の粘膜の保湿性を高めたりして、目を乾燥から守る働きもあります。

    ガン予防

    粘膜の新陳代謝を活性化するのに役立ちます。粘膜が乾燥してくると次にできる細胞は硬く厚いものになり、ガンを抑制する通常のメカニズムが機能しなくなります。また、カロチンはビタミンAに変わってガンを予防するだけでなく、カロチン自身が体内を酸化から守ってその予防にあたります。

    化粧品や皮膚治療への応用

    肌の保湿性を高めたり保護したりする作用があるので、不足すると乾燥肌になってしまいます。皮膚細胞の抵抗力が弱まった結果、細菌感染を起こしやすく、ニキビなどの肌トラブルが起こります。ここから、今まで肌荒れに対する成分として利用されてきましたが、最近では、活性酸素除去作用・加齢によるシワ改善効果が非常に高いということが明らかになってきましたので、その効果を期待した利用がなされています。

    レチノイン酸は医薬品成分で、代謝を改善して死んだ角質層を剥がれやすくしたり、皮膚の再生を促したりする作用があります。医薬品のため化粧品には使えませんが、代わりに作用はレチノイン酸より弱い、刺激の少ないレチノールの使用が認められています。レチノールは、酸素・水・紫外線に弱いことから、品質が変化しやすいという弱点があります。ですからレチノール配合化粧品は、ほとんどが夜用となっています。

  • ビタミンB群

    ビタミンB群

    水溶性ビタミンの中で、働きが似通っているものを総称してビタミンB群(ビタミンBコンプレックス)と言います。該当するものは、B1・B2・B6・B12、ナイアシン・パントテン酸・葉酸・ビオチンの8種類で、酵素の働きを助ける補酵素の働きを持っていて、それぞれが助けて合って働きます。

    タンパク質・糖質・脂質がからだの中でエネルギーに変わるのを助け、ストレスに負けない強い身体づくりには欠かせないと同時に、女性が気になるお肌の状態を整える栄養素です。

    B1

    ストレスにさらされる機会の多い私たちにとって、重要なビタミンです。糖質を分解する酵素の活動を助けて、エネルギーに変えてくれるので、乳酸など疲労物質が体内に貯まるのを防ぎ、疲労を緩和し回復を高める効果があります。お酒をよく飲む人やスポーツ選手は積極的に摂りたいビタミンの1つでしょう。

    中枢神経や手足の末梢神経の働きは、脳によってコントロールされています。ビタミンB1が糖質を分解して生成されるブドウ糖は、脳の唯一の栄養素なので、不足すると精神が不安定(イライラや不安など)になったり、集中力の低下や運動神経の低下を招いたりします。

    B2

    エネルギー生成に使われるタンパク質・糖質・脂質の代謝に関わっています。細胞を再生して成長を促進させ、皮膚や毛髪、爪を作るのには欠かせないことから『発育ビタミン』と呼ばれます。また脂肪の代謝に作用するので、肥満予防や解消に役立ってくれます。

    さらに、B群の中でも唯一体内の抗酸化システムに関与していて、グルタチオン還元酵素(過酸化脂質を分解する酵素)の補酵素です。血管壁に付着する余剰脂質である過酸化脂質(LDLコレステロール)の生成を防ぎ、動脈硬化を予防する効果が期待されています。ほかにも皮膚や粘膜の健康を保つ役割があって、特に肌に対する効果は大きく、不足すると、にきびや吹き出物、口内炎ができるので『美容ビタミン』とも言われています。

    B6

    タンパク質の代謝に重要な役割をもっていて、タンパク質合成に必要なアミノ酸が足りない場合に、別のアミノ酸を作り変える働きを助ける補酵素です。皮膚や毛髪を構成しているタンパク質(ケラチン)を生成する働きがあって、健康な皮膚や毛髪や爪を作るほか、成長を促進する効果があります。またアレルギー症状の免疫抗体の元となるタンパク質(免疫グロブリン)の生成に関与しているので、ジンマ疹や湿疹などの症状が抑えられます。

    『女性ビタミン』とも呼ばれています。月経前の排卵期になると血中ビタミンB6濃度は低下しますが、PMS(月経前諸侯群)の症状が軽減されたという報告があります。さらに「つわり」の原因の一つでもありますので、妊娠中は通常の何倍も取るようにしたいビタミンです。実際、「つわり」の緩和のために点滴などにも含まれています。

    B12

    葉酸とともに赤血球を形成してくれる『造血ビタミン』です。赤血球の中の核酸(DNA)の合成に必要な葉酸の働きを助ける補酵素の役割を担っています。どちらが不足しても、悪性貧血(巨赤芽球性貧血)を引き起こします。また神経とも関係があり、末梢神経の傷を修復する作用も持っているため、腰痛の治療にも使われています。

    『脳ビタミン』でもあります。情報伝達物質のシナプスがきちんと機能している場合、脳や神経の働きはよくなりますが、年齢とともに、あるいは痴呆症などの病気によってシナプスは壊れていきます。ビタミンB12にはシナプスの修復作用があります。さらに体内時計をもとに戻す作用が分かり、不眠症や時差ボケにも効果があると言われています。

    含有量が多いものは、魚・肉・貝類・卵・牛類などの動物性食品です。極端な偏食で無い限り不足する心配はありませんが、菜食主義やビタミンB12吸収に問題のある人は注意が必要です。

    ナイアシン

    ニコチン酸、ニコチン酸アミドともいい、トリプトファンというアミノ酸とビタミンB2、B6から作られていて、これが不足すると、体内合成能力が低下します。

    タンパク質・糖質・脂質の代謝に不可欠であると同時に、皮膚や神経の健康を保つ働きがあります。欠乏症として代表的なのは、舌の先や縁の炎症や食欲不振などの症状がでる「ぺラグラ」という皮膚病があります。さらに、アルコールによる酔いの原因である「アセトアルデヒト」を分解する作用があるので、二日酔いの予防をします。実はつまみで出てくるピーナッツには、ナイアシンが含まれています。血行を改善することから冷え性や頭痛などにも効果的であるほか、中性脂肪やコレステロールを下げる薬理効果が明らかになっています。

    パントテン酸

    名前に、ギリシャ語の「どこにでもある」という意味が使われている通り、どんな食品にも含まれています。糖質や脂肪が燃焼する際に欠かせない成分で、栄養をエネルギーに転換して、代謝を促進する作用を持っています。またHDL(善玉コレステロール)の生成を促す働きがあり、動脈硬化や心筋梗塞などの予防効果があります。

    コラーゲンの生成を促すビタミンCの働きを助け、傷ついた皮膚や粘膜の回復にも役立ちます。このため、ニキビ治療薬にはパントテン酸配合のものがよくあります。葉酸やビタミンB6とともに、免疫のためのタンパク質をつくる働きがあって、風邪や細菌などの感染症への抵抗力を高めてくれます。最近では髪のダメージを改善する助けとなることも明らかになっています。副腎皮質ホルモンとも関係がありあます。これは、私たちがストレスを感じた時に作られるホルモンですが、血糖値と血圧を上昇させて、使えるエネルギー量を増やし、ストレスに対する抵抗力を強めます。

    葉酸

    赤血球を作り出す際にビタミンB12と一緒に働く栄養素です。葉酸は赤血球内の核酸の合成に必要で、ビタミンB12は葉酸の働きを高める補酵素の役割をもっています。葉酸が核酸の生成に関係が深いということは、DNAの生成にも関与し、細胞分裂の段階で重要な役割を果たしているということです。このことから、日々成長する胎児に不足すると先天性異常のリスクが高くなるので、『妊婦ビタミン』とも呼ばれます。

    「脳の食べ物」という名の通り脳の発育に関係しているほか、皮膚粘膜や口内粘膜を強化します。また、血液中のホモシスティン(アミノ酸の一種)のレベルを減少させる働きがあることから、動脈硬化や心臓病・脳卒中・アルツハイマー病の予防効果が期待されます。

    ビオチン

    血行を改善して皮膚の再生力を高める効果があり、細胞を活性化させて老廃物の排泄を促してれくれます。皮膚や毛髪にとって重要なビタミンなので『皮膚ビタミン』と呼ばれます。もともと皮膚炎を治すビタミンとして発見されたので、ビタミンH(「H」はドイツ語の皮膚Hautの頭文字)と呼ばれ、以前から皮膚疾患の治療薬などで利用されてきました。最近ではアレルギーの元凶と言われるヒスタミンの増加を抑える働きがあることが分かり、アトピー性皮膚炎に効果があると再認識されています。

    また、乳酸を分解して再びブドウ糖へリサイクルしてくれるので、筋肉痛や疲労感を和らげます。インスリン分泌を促して糖代謝を高めるため糖尿病にも有効という報告もあります。

  • ビタミンC

    ビタミンC

    最近では美容効果があることで有名になっていますが、生命活動の局所で重要な役割を果たしているビタミンです。かつては死に至る病気として恐れられてきた壊血病(からだの各部から出血する病気)も、この欠乏症と言われていました。ビタミンCは、細胞と細胞をつなぐコラーゲンというタンパク質の合成に関与しているので、不足すると血管壁の結合がゆるんで出血してしまうのです。切り傷などが治りにくいとか歯茎からの出血などが見られるなら、不足しているのかもしれません。

    病気からからだを守る働きは大きく、抗酸化ビタミンとして活性酸素を消滅させます。細胞膜内ではビタミンEがいち早く活性酸素と結びつき、からだの中で金属がサビたり油が劣化するような現象を防ぎますが、その後その活性は失われます。そこで、ビタミンCが細胞外でビタミンEをリサイクルさせるというわけです。酸化を防ぐことは、細胞の老化を遅らせ、動脈硬化・ガン・白内障などの予防につながります。その他、日焼けや皮膚の色素沈着を防ぎ、シミやソバカスを予防する働きがあったり、鉄の吸収を助けたり、免疫の仕組みを正常に保つなど、幅広い働きがあります。

    水溶性ビタミンなので、体内には2~3時間ほどしか留まってくれません。ちなみにタバコ1本吸うと25~100㎎のビタミンCが失われると言われます。重労働者やスポーツマンは、体力消耗とともに失われるので、まめな摂取を心掛けると良いでしょう。

    あらゆる肌トラブルに

    紫外線やストレスが原因でコラーゲンなどが破壊されたりすると、肌がダメージを受けて老化が進みます。私たちがストレスを感じた時には、それに対抗するために副腎からアドレナリンが分泌されます。この時、副腎に大量にストックされたビタミンCが、この抗ストレスホルモン生成を助けています。

    メラニンは紫外線を吸収することで、お肌をガードしてくれていますが、新陳代謝が乱れると沈着してシミやクスミの原因となります。ビタミンCには、沈着したメラニンを透明感ある素肌に導く働きがあります。また、シワ・タルミにも効果を発揮します。ターンオーバーサイクルを整え、ハリと弾力のあるお肌を取り戻させてくれます。さらに、大人のニキビの発生を抑制するだけでなく、皮膚の新陳代謝を高めてニキビ跡の改善に役立ちます。

    風邪~ガン予防まで

    白血球やリンパ球の機能を高めてくれることから、免疫力の向上効果があります。そのため、風邪を引きにくかったり、その回復が早まったりします。ウイルスが体内に入ってくると、インターフェロン(タンパク質)が増えてその増殖を抑えようとします。このインターフェロンの量は、ビタミンCの量に依存するため、大量のビタミンC摂取は、ウイルスに対抗できる体質づくりにつながるのです。インターフェロンは抗ガン剤にも使用されています。ガン細胞にも同じように働きかけて、細胞分裂を抑制してガン細胞の増殖を抑えられるでしょう。

    二日酔いをシャットアウト!

    肝臓にはアルコールを分解する働きがありますが、過剰分は処理しきれずに「アセトアルデヒト」となって、体内蓄積されます。ビタミンCには、この頭痛や吐気の症状をもたらすことになる「アセトアルデヒト」の分解促進作用があるので、飲食前や飲食後に多めに摂っておくと二日酔いの症状を緩和してくれます。

  • ビタミンD

    ビタミンD

    脂溶性ビタミンで、食べ物から摂れるほかに、日光を浴びると私たちの体内でもある程度つくり出せるビタミンです。ビタミンDにはいくつかの型がありますが、からだに対する働きの際立っているものは、ビタミンD2とD3の2種類になります。食品中のビタミンDは、ほとんどD3で、魚の肝や魚肉・バター・卵といった動物性のものに含まれていて、植物性食品にもごくわずかですが、椎茸などのキノコ類にD2としてあります。

    普通、必要量は皮膚での生成量で十分まかなわれますが、日照量の少ない地域に住む人やお年寄りなど室内で過ごす時間の多い人などでは、その量が不足します。

    ビタミンDは、カルシウムやリンなどのミネラルの代謝やホメオスタシスの維持、骨の代謝に関係していて、不足すると子供のくる病などの骨形成異常が起こることで知られています。最近では、ガン化した細胞を正常化する働きも認められています。

    太陽からの贈り物

    日差しの強い日に太陽光線にさらされることは、シミやシワの原因になると嫌煙されがちですが、なにも日光は悪さばかりしているのではありません。必要なビタミンDの90%以上は、太陽の紫外線B波のエネルギーを皮膚が吸収することで生成されているのです。皮膚で作られたビタミンDは、肝臓と腎臓に2つの器官を通り、活性型のビタミンDに変化します。ビタミンDは、活性化されてはじめて様々な生理作用を発揮できるのです。 閉経による女性ホルモンの分泌低下やカルシウム・ビタミンD不足が、日本人女性の骨粗鬆症の原因だと言われています。食事からのビタミンD不足や加齢に伴う肝臓や腎臓での活性化が弱まると、活性型ビタミンができにくくなります。

    ビタミンなのにホルモン?

    色々なホルモンと協力して、血液中のカルシウム濃度を一定に保つことでカルシウム作用の円滑な働きを維持しています。カルシウム濃度が低い時は骨からカルシウムを流出させて、カルシウム濃度が高い時は骨に沈着させることで、一定な濃度を維持しているのです。カルシウム不足時には、尿として排泄されないよう再吸収を促す働きもあります。このように、ビタミンDにはカルシウム代謝を調節するホルモンの一種として考えられているので、骨粗鬆症(骨がスカスカになって折れやすくなる疾病)の治療薬として活性型のビタミンDが利用されているのです。

    骨と同様、カルシウムが材料になっているのが「歯」。子供はもちろん、大人もビタミンD不足でエナメル質が弱くなって虫歯ができやすくなるケースは多いものです。その他、不足すると筋肉でのカルシウムが不足して円滑な収縮が行えず、痙攣を引き起こすこともあります。

  • ビタミンE

    ビタミンE

    トコフェロールとトコトリエールの2グループに分類され、それぞれにはα・β・γ・δ体があります。効力(生物活性)が最も高いものは、天然型αトコフェロールであるため、ビタミンEと言えばαトコフェロールのことを指すのが一般的です。

    優れた抗酸化作用をもつ脂溶性ビタミンで、体内の脂質を酸化から守り、細胞膜や生体膜を活性酸素から守ってくれる栄養素です。この効果により動脈硬化・心筋梗塞・脳卒中の予防、心臓や脳血管などに起因する様々な生活習慣病を予防します。『若返りビタミン』と呼ばれるほか、生殖・出産に関係の深いビタミンでもあります。「トコフェロール」には、ギリシャ語で「子供を授かる」という意味があります。医療現場では、血管拡張剤などとして利用されています。

    アンチエイジングでガン予防

    からだを構成する細胞は、不飽和脂肪酸と呼ばれる細胞膜によって覆われています。からだの「サビ」ともいえる有害な過酸化脂質は、細胞膜を破壊しビタミンや酵素の働きを邪魔します。これが老化の進行やガンの誘発などの原因となるのです。細胞膜に待機しているビタミンEは、いち早く活性酸素に電子を渡して安定化させる不飽和脂肪酸への影響を未然に防ぐと共に、自分は反応性の穏やかなビタミンEラジカルへと変化して、その活性を失います。

    血液の「ねばねば」をシャットアウト!

    コレステロールは、体にとって必要不可欠な存在ですが、多すぎると動脈硬化などの原因となります。悪玉コレステロール(LDL)が増えすぎると活性酸素と反応して、酸化LDLとなって血管を傷つけます。ビタミンEには、LDLを運び出して血管中をきれいにしてくれる善玉コレステロール(HDL)を増やし、コレステロールの減少、動脈硬化の予防につなげます。また自律神経に働きかけることで、抹消血管を広げて血行を促進するので、冷え性・肩凝り・頭痛・しもやけ、腰痛など血行不良による症状の緩和が期待できるでしょう。

    お肌のシミ・シワさようなら。

    血流を良くする働きでもって皮膚の新陳代謝を高め、表皮下のメラニン色素のターンバックを促進させます。そしてシミやソバカスを防ぎ、肌の潤いや張りを保つので美肌効果が期待できます。また、紫外線に対する抵抗力をつけて日焼けから肌を守る働きがあることから、化粧品などにも利用されています。

    ホルモンバランスを整える女性に心強いビタミン

    ビタミンEは、副腎や卵巣などに高濃度で含まれていて、直接男性ホルモンや女性ホルモンなどのステロイドホルモンの代謝にも関わっています。脳下垂体に働きかけてホルモン分泌を促進し、月経前のイライラや生理痛・生理不順・の改善に役立つほか、最近では閉経後起きる更年期障害や不妊の治療での利用されているほか、男性でも、精子の数が増やされ活性化するなどの効果が報告されています。

  • ミネラル
  • カルシウム

    カルシウム(Ca)

    ミネラルの中で体内に含まれる量が最も多い栄養素で、リン酸カルシウム・炭酸カルシウムの形で99%は骨や歯に蓄えられ、残りの1%が血液や筋肉中に存在します。

    働きには大きく分けて2つあります。1つ目は、骨や歯を作ることで知られるように骨格を保つことです。不足状態が続くと骨が弱くなって骨粗鬆症などの原因になるほか、成長期に不足すると、成長が悪く、歯の質が低下すると言われます。骨中では、骨形成(新しい骨を作る)と骨吸収(古くなった骨を壊す)という一連の代謝が活発にされていますが、これに深く関わっています。2つ目はストレスなどを軽減する働きです。血中のカルシウムは、カルシウム結合タンパクとカルシウムイオンとして存在します。後者は神経伝達に関与して、興奮や緊張をほぐしてくれる効果があるので、ストレス解消に役立ちます。

    その他に、心筋の収縮を増加させて心臓の規則正しい働きの手助け、血液や体液の性状を一定に保つ、血液凝固、細胞分裂の促進、白血球の貧食作用の補助、ホルモンや唾液・胃液の分泌調整、体内での鉄の代謝補助など、生命維持に欠かせない多くの働きを担っているのがカルシウムなのです。

    年齢を重ねるほど必要量はアップします。

    私たちの骨量は、20歳ぐらいにピーク・ボーン・マス(最大骨量)を迎えると言われています。30代では一定レベルを超えなくなり、そこから少しずつ減少します。不足すると、骨や歯に貯蔵されたカルシウムから補給されるため、骨内のカルシウム量は減少してしまいます。また、女性ホルモンとも関係があり、閉経後は骨からカルシウムを溶けることを妨げていたホルモンが減少しますので、骨からの流出が進みます。

    本当はカルシウム不足であるにも関わらず、細胞内にカルシウムが多量に沈着(石灰化)して、過剰にあるかのように矛盾した現象を「カルシウム・パラドックス」と呼びます。これは、様々な生活習慣病や老化の元凶となっています。血中にカルシウムが増えると、血管が縮んで高血圧や動脈硬化になりますし、脳細胞で増加すると、アルツハイマーや認知症につながります。

    吸収率を考えて工夫が必要。

    吸収率は年齢によっても違い、幼児で75%、成人で30~40%、老齢になると吸収率は極度に下がります。さらに同じ食べ物でも、摂取形態、共存する他の栄養源との関係、消化管内のpH、腸管の吸収部位などにより影響されます。

    ビタミンDは、腸でのCaの吸収を促進したり、骨の沈着を助けたりしますし、マグネシウム(Mg)は、血中にCa:Mg=2:1~3:1の割合の時にCaの吸収率が良くなります。また、骨に体重がかかることでカルシウムの吸収は促進されるので、適度な運動はCaの吸収に役立つでしょう。それ他、リン(P)については注意が必要です。Ca:P=1:1~2:1の範囲を超えてリンの摂取が多いと吸収が悪くなります。ですが清涼飲料水や加工食品、スナック菓子などに入っていることから、実際の食生活ではCa:P=1:2に近いそうです。

    供給源としては、乳製品が優れているでしょう。牛乳の主成分である乳糖とタンパク質のカゼインには、Caの吸収を助ける作用があり、吸収率は50~70%とも言われるほど高くなることからも計り知れます。その他、気になるのはCaの吸収阻害物質の代表であるシュウ酸やフィチン酸、食物繊維 (野菜や豆類に含まれる)でしょうか。いずれも量的なバランスの問題ですので、極端な偏食をしない限り心配ありません。

  • マグネシウム

    マグネシウム(Mg)

    300以上の酵素の補酵素として、その活性化に関与しているため、非常に重要なミネラルです。成人の場合、マグネシウムは体内に25g含まれていると言われ、その内70%は骨や歯に存在して骨の弾力性を維持する働きがあります。不足すると骨から溶出して使われますが、働きかけるホルモンがカルシウムと同じため、同時にカルシウムまで骨から流出されて骨量の減少につながります。マグネシウムとカルシウムは、互いに作用し合って働いています。ですから、カルシウムの過剰摂取がマグネシウム不足へとつながりますので、バランスよく摂取することが大切になってきます。両ミネラルの理想的な摂取比率は、Ca:Mg=2:1~3:1です。

    腸で水分を集め便通をよくする働きがあるほか、メタボリックシンドロームの一連の症状である、内臓脂肪・血糖値・コレステロール・中性脂肪・高血圧のリスクを下げることが報告されているミネラル、それがマグネシウムなのです。

    過労や睡眠不足などのストレスをはじめ、アルコール摂取や激しい運動は、尿や汗となって体外へマグネシウムを排泄させます。日常の食生活から自然に摂取するのは難しいので、積極的に補給に努めましょう。

    筋肉の収縮をコントロール

    筋肉の収縮は、筋肉細胞の中にカルシウムが蓄積されることよって起こりますが、その量を調整しているのはマグネシウムです。ですから、マグネシウムの不足は、筋肉収縮がスムーズにいかずに痙攣や震えなどの原因となります。これが仮に血管壁にある筋肉で痙攣が起これば、狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患を引き起こすことになります。また骨を形成するマグネシウムには、骨を正常に代謝させる働きがあるので、不足すると骨がもろくなってしまいます。

    血圧のコントロールにも欠かせません。カルシウムが血管を収縮させて血圧を上げるのに対し、マグネシウムは血管を弛緩させて血圧を下げるよう作用します。互いに拮抗して働くことで、正常な血圧は維持されているのです。

    抗ストレスミネラル

    マグネシウムはストレスによっても消費され、不足するとカルシウムの動きが乱れ、脱力感やイライラや不安感などが引き起こされます。マグネシウムとカルシウムには、神経の興奮を鎮める作用があって、穏やかな精神状態を維持するよう働いてくれことから『抗ストレスミネラル』と呼ばれます。

    偏頭痛予防

    偏頭痛時の脳内マグネシウム濃度が、通常よりも低いことからその不足が一因と考えられるようになりました。偏頭痛は特に30~40歳代の女性に見られ、男性と比べると3~5倍も多いそうです。

    マグネシウムが不足すると、セロトニン(傷口からでる血液を凝固させる物質)が放出され、必要以上に血管が収縮されるので、周囲の神経が刺激されて頭痛を引き起こすのです。

  • セレン

    セレン(セレニウム)

    燃える時に月のような光を放つので、ギリシャ語の月「セレン」にちなんで名付けられました。金属元素と非金属元素(イオウや酸素など)の両方の性質を持ち、化学的な性質はイオウによく似ていますが、はるかに反応しやすいミネラルの中の必須微量元素です。「通常の食事をしていれば不足はない」とされてきましたが、近年、食生活の欧米化に伴い、魚介類を食べる機会の少ない人や極端なダイエットをする人の増加で不足する人も増えてきています。

    セレンは、体内での過酸化物質を分解する酵素の構成成分で、ビタミンEと一緒に抗酸化物質として作用し、正常な細胞活動の副産物であるフリーラジカルによる損傷から細胞を保護します。このような働きで、老化の進行を遅らせる、狭心症・心筋梗塞・ガンなどの予防に役立つと期待されています。

    アンチエイジング効果=細胞のサビつきを防止!

    過酸化脂質を分解する酵素のひとつ、グルタチオンペルオキシターゼは、細胞を活性化させガンを誘発する活性酸素の働きを抑制します。この酵素を活性化するのがセレンです。活性酸素は殺菌作用などを担っているのですが、過剰反応は正常な細胞まで攻撃するので、からだのサビや老化を招いてしまうのです。その他にも、心筋梗塞やリウマチ、アルツハイマー症、白内障の患者では、グルタチオンペルオキシターゼの活動が弱いという報告があります。セレンは、ビタミンEの約100~500倍もの抗酸化作用から著しい臨床効果を残しているのです。

    有害物質からからだを守る

    水銀は水俣病の原因物質として有名です。海産物にはセレン濃度が高いことが知られていますが、特に、マグロには高濃度の水銀が存在しますが、マグロ自身が水銀中毒症を示すことはありません。なぜなのか。それはマグロにはセレン含有量も高いからだとされています。ここからセレンは水銀と結合して、毒性の低い物質を作ると考えられるようになったのです。

    水銀・カドミウム・鉛などの重金属の毒性を無毒化したり、放射線による影響を軽減したりする作用をもっています。ですから、水質汚染や大気汚染・多量の薬物摂取・抗がん剤を使っている人では、その消費は大きくなります。

    セレンは精子の活性人

    精子の生成に深く関係していて、最近では不妊症の原因としても注目されています。細胞精子にはセレンが大量に含まれていますが、体内に入ったセレンの25~40%は生殖器に集中します。男性が射精する時に、精液とともに大量にセレンが失われていることをご存知でしょうか。精子での脂質の酸化が進むと過酸化脂質が増え、精子の運動性などの機能に影響を及ぼすとも言われています。その他に甲状腺ホルモンの活性に影響を与えます。甲状腺ホルモンは、からだの新陳代謝を促す働きがあって、成長や発育には欠かせないものです。この発育と生殖に関しては、ビタミンEより有効とされています。

  • クロム

    クロム(Cr)

    肝臓や腎臓、血液などに2~10mgほど存在する微量ミネラルです。糖質や脂質の代謝を助ける働きがあるため、別名『代謝ミネラル』とも呼ばれます。クロムは、三価と六価の2つの状態で存在し、私たちの健康管理上、重要なのは「三価クロム」です。環境汚染で問題となっている人工的に生成された「六価クロム」とは違って毒性はありません。

    クロムはインスリンと結びついて血糖値を下げる役割を担っています。クロムがなければインスリンは活性化せず、ブドウ糖を筋肉や肝臓に取り込むことはできません。インスリンの働き強化して、糖質の代謝を改善することで糖尿病を予防するとされます。

    また、脂質代謝にも関わっていて、血中の中性脂肪やコレステロール値を正常に維持する作用をもっています。そのため動脈硬化、高血圧などの生活習慣病を防ぐ効果が期待できます。

    美容とダイエットの味方

    米国で行われた研究によると、クロムを毎日摂ったところ、脂肪と体重が減少したという報告があります。長期にわたり摂取している人が米国には多く、ダイエットの定番ミネラルとして人気があって、その流れは日本国内にも入ってきています。

    現代人の大半は、食品の加工や精製に伴い、食物から十分なクロムを摂取できていないと言われます。特に糖分過多の食生活を送っているとクロムは体外に排泄され、体内にはほとんど残らないのです。

    間食や甘いものの取り過ぎは、美容にはよくありません。甘いものを欲するのは、脳が「甘いもの(グルコース)不足」サインを出しているからなのですが、その解消には、食べてエネルギー補給するしかないのでしょうか。クロムは血中のグルコース濃度が低い時、インスリンの働きを高めて細胞へのグルコースの取り込みを助け、エネルギー不足を解消してくれるのです。

    基礎代謝をアップして元気モリモリ!

    クロムは血液中のブドウ糖を取り込み、エネルギーとして消費するだけでなく、筋肉の働きも助けてくれますので、通常行なっている運動で、より多くのエネルギーを消費することができます。先の報告では運動をせずに結果がでていますが、どうせなら、運動時の消費エネルギーを増やして基礎代謝機能をアップしましょう。

    運動で消費されるエネルギーは約20%、基礎代謝(安静時の消費エネルギー)が占める割合は70%。基礎代謝が高いほどエネルギーを消費させることができるので、ダイエットにつながり生活習慣病予防となるでしょう。基礎代謝が低い人は、体温が低い、冷え性、貧血、汗をかきにくいなど、あまり喜べた状態ではありません。残念ながら年を重ねるにつれ代謝率は下がります。基礎代謝を高めることは、いつまでも若々しくいられる手助けとなります。

  • 脂質
  • 脂質

    脂質

    一般的には脂肪と呼ばれ、水に溶けず、アルコールなどの有機溶剤に溶ける性質をもっています。1g当たりのエネルギーは9kcalで、三大栄養素の中で一番高いエネルギー源となります。脂質は、「単純脂質(脂肪酸・中性脂肪など)」「複合脂質(リン脂質・糖脂質)」「誘導脂質(ステロイド・コレステロール)」に分類され、種類は多数あります。

    体の細胞膜、角膜、ホルモンなどの構成成分となるほか、脂溶性ビタミン(ビタミンA・D・Eなど)の吸収を助けて、からだの機能や生理作用などを一定に保つよう働くのです。貯蔵脂肪としてエネルギーの貯蔵もしてくれていますが、摂り過ぎると血液中に脂質が増え過ぎて、血管壁に脂質が分解されずに残る事になるので、肥満や高脂血症といった生活習慣病になってしまいます。現代は4割近くの人が摂り過ぎであるというデーターがでているので、安心はできないでしょう。

    あぶら=悪者ではありません!

    からだにとって必要だけれども、体内では作れない、あるいはその量が限られているため食事から摂取する必要のある脂肪酸があります。それが「必須脂肪酸」です。種類としては、植物油に多い「リノール酸」、植物油や魚油(EPA・DHA)に多い「リノレン酸」、母乳やレバー卵黄にわずかに含まれ、リノール酸から作られる「アラキドン酸」の3タイプがあります。

    ▽リノール酸:
    体内では作れないので、食品からの摂取が必要です。血中のコレステロールや中性脂肪値をある程度低下させると言われます。

    ▽リノレン酸:
    αリノレン酸はエネルギーになりやすく、必要に応じて体内でEPA・DHAに作り変えられます。EPAには、血栓症予防や抗ガン作用があったり、アレルギー反応を軽減したりするほか、動脈硬化症の治療に用いられています。DHAは脳神経系の発育や機能維持に欠かせず、胎児や新生児には特に重要ですし、脳を活性化するので認知症にも効果を発揮します。

    γリノレン酸は、細胞膜や皮膚の保護には欠かせないものです。ホルモン分泌を増やしアレルギーの抑制、生活習慣病を予防する効果や月経前症候群を改善するなどと言われています。

    食品中にはわずかしか含まれないので、必要量を確保するのは難しいです。体内でも生成されますが、年を重ねるにつれて酵素の働きが弱まって、合成能力も落ちます。記憶をつかさどる海馬に多く見られ、記憶など脳の働きに重要な役割をもっています。記憶力が改善されたという研究結果が発表されたことから、認知症への期待が高まっています。

    ▽アラキドン酸:
    食品中にはわずかしか含まれないので、必要量を確保するのは難しいです。体内でも生成されますが、年を重ねるにつれて酵素の働きが弱まって、合成能力も落ちます。記憶をつかさどる海馬に多く見られ、記憶など脳の働きに重要な役割をもっています。記憶力が改善されたという研究結果が発表されたことから、認知症への期待が高まっています。

    油脂の取り扱いにご注意を。

    油脂性食品を長期にわたって保存しておくと、匂いや風味に変化が現れます。商品価値とともに栄養価値も低下し、酸化が進み過ぎると毒性も出来てきます。ですから酸化した油を摂取すると、下痢や腹痛などの急性の消化機能障害を起こすこともあるのです。酸化速度は温度が高くなるほど大きくなるので、油をフライなどに何度も使うと酸化は進みますし、スナック菓子やチョコレート、インスタント食品などの保存についても気をつけましょう。

    食べ物を美味しくする!!

    脂肪自体には、もちろん味は無いのですが、最近の研究で、脂肪には旨みの促進効果があり、それ自体が旨みを表すことが指摘されています。脂肪酸は、食肉の口溶けに重要な役割を果たします。例としては、霜降り肉やまぐろのトロでしょうか。独特の味や食感を作り出して、食べ物をより美味しくしていますよね。

  • カロチノイド
  • カロチン

    カロチン

    主に緑黄色野菜などの植物性食品に含まれていて、カロチノイドの仲間です。カロチンには、αカロチン・βカロチン・γカロチンの三種類あるのですが、中でも、βカロチンはプロビタミンAとして重要なものです。

    必要量だけ体内でビタミンAに変換される栄養素で、皮膚や粘膜を保護することからカロチンがビタミンAに変換される量を「ビタミンA効力」といいます。そのため、生理作用では、ビタミンAの働きとして表現されます。髪の健康、夜盲症、視力の低下防止、皮膚や粘膜、生殖機能を維持し、成長を促進します。

    変換されなかったカロチンは、無駄になるのでしょうか。それらは抗酸化として働き、からだの中で細胞のガン化や悪玉(LDL)コレステロールの酸化など、様々な悪さをする活性酸素の作用を抑えます。ですから、ガンや動脈硬化、心臓病などの疾病予防効果がある栄養素として注目されているのです。

    ビタミンA効力は1/3と言われているので、脂溶性という性質からいっても生で食べるよりも油で調理した方が吸収は高まります。ただ調理法によって吸収率が10~60%と大きく違ってきます。

    マーガリン、ラード、バターなどの黄色着色剤として利用されるほか、近年の研究では、皮膚細胞の新生の手助けや紫外線防御などの効果が見出され、アンチエイジング対策として乳液・ローション・美白クリームに配合されるようにもなりました。

    「αカロチン」

    ニンジン・カボチャ・橙黄ピーマン・とうもろこしなどの赤黄色野菜に含まれ、生体内ではγカロチンによって作られています。αカロチン抗酸化力は、βカロチンと比べると、皮膚や目を酸化から保護する力は約10倍もある言われていますが、ビタミンAへの変換率はβカロチンの半分とされます。このため、αカロチンは、βカロチンと一緒に摂取した方がよいと考えられています。肺ガンを抑える効果については、βカロチンよりも優れているという報告があります。

    「βカロチン」

    主な供給源は、しそ・にんじん・パセリなどの緑黄色野菜ですが、100g中の含有量では、ノリやワカメなどの海藻類も引けをとりません。活性酸素や過酸化脂質(コレステロールの酸化物)を除去して、血液を流れやすくします。そして老化の防止やガンの増殖の阻害、免疫機能の強化、体の細胞の活性化により、様々な病気にかかりにくくし治癒力を高めます。βカロチンは、他のカロチンに比べると、2倍のビタミンA効力があります。

    「γカロチン」

    生体内ではリコペンの異性型、βゼアカロチンの脱水素化によって作られます。αカロチンやβカロンの前駆体としてニンジン等に微量に存在していますが、ビタミンA効力は低いです。

  • ルテイン

    ルテイン

    最近、目の若返り成分として一躍話題になっているルテインは、βカロチンやリコピンと並ぶカロテノイドの一種です。総じてカロテノイドには、活性酸素を除去する作用(抗酸化作用)が非常にあって、ルテインでは主に眼球内でその効果を発揮します。加齢(40歳を境に減少)や紫外線や喫煙などによるストレスで、体内のルテインは少しずつ消費されて減少していきます。その結果、活性酸素が活発になり、黄斑部(目のレンズ役を担う水晶体や網膜の中心部)に酸化・変性をきたしてくることになります。ルテインは視力回復というよりも、目の老化が原因の白内障、飛蚊症などに効果があると言われます。

    また、目に障害を与えやすい青い光を吸収する性質があります。害を与える光線としては紫外線が有名ですが、青色光は光線中で最も高いエネルギーも持つため細胞に与えるダメージも強力です。これは人工光(蛍光灯やパソコンのモニターなど)に多く含まれるのです。黄班色素はルテインとゼアキサンチンの2種類のカロテノイドで出来ているので、黄斑部にこの2つのカロテノイドが十分にあると、まぶしさを防ぐので、映像感覚が鋭くなって物がはっきりと見えるようになります。まるで外出時にサングラスをかけた時と同じような現象が起こります。

    目のバロメーターだけではなく、女性の健康をサポート!

    ルテインは、私たちの皮膚や器官にも存在し、特に乳房や子宮頸部に多く存在することが知られています。体内の蓄積場所は、たいへん代謝が活発で活性酸素が多く発生する場所です。「ルテインが存在する場所=老化しやすい場所」とも言えるでしょう。肌の脂肪量のバランスを整えながら潤いをもたらし、弾力性を高めて、紫外線の光ダメージから肌を守る働きがあるという研究結果がでています。シミ・ソバカスから肌の老化現象にまで対応して「見た目の若さ」を保つほか、腫瘍の成長を抑えることで乳がんのリスクを軽減するなど、その抗酸化力で健康を維持します。

    心臓血管の健康にも

    ルテインは血液中にも存在して、動脈壁の肥厚(動脈硬化の一因)に影響すると言われています。また、善玉(HDL)コレステロールの働きを活性することで、悪玉(LDL)コレステロールの酸化を防ぐ効果から、動脈硬化などの心疾患予防への期待が高まっています。

  • アスタキサンチン

    アスタキサンチン

    赤橙色をした天然色素で、βカロチンやリコピンなどと同じカロテノイドの一種です。ヘマトコッカスとういう海藻に含まれるほか、それが餌として食べられて吸収されることで、エビやカニの甲殻類や鮭・イクラなどにも多く含まれます。コエンザイムQ10の150倍、ビタミンEの約550~1000倍、βカロチンの約40倍に相当する強力な抗酸化力を持ち、アンチエイジングをサポートしてくれる成分として近年注目をされています。つまり、活性酸素によりサビついた血管や細胞に再び活力を与える事が知られる栄養素で、からだの「万能サビ取り物質」と言われています。

    アスタキサンチンは、体内に取り込まれると一部が必要に応じてビタミンAに変わることが分かっています。肌のカサつきを防いで粘膜を丈夫にし、風邪などの感染症やガンを予防につながるでしょう。その他、不眠症の改善、時差ボケ、生活習慣病の予防効果、ストレス抑制など、そのパワーは広範囲に渡って発揮されています。

    肌本来の働きをサポート!美白+シワ防止=美

    25歳が肌の曲がり角と言われるように、抗酸化物質は25歳をピークに低下してしまいます。40歳を過ぎる頃には、抗酸化力はほぼ半分にまで低下するので、若い肌の持ち主は、抗酸化力が高いということでしょう。 肌の老化のおよそ8割は、紫外線による酸化によって引き起こされます。紫外線が皮膚中に活性酸素を生み出して炎症を起こさせ、肌のハリや潤いを奪ってしまうのです。βカロチンも紫外線ダメージの緩和に役立ちますが、アスタキサンチンの方が、そのダメージに耐え得るという報告がされています。また、皮膚細胞で作られるメラニン色素量の抑制とシミの原因となる色素沈着の抑制する効果、肌荒れやシワの予防効果があると言われます。

    目と脳の健康維持に

    目・脳には独自の防御システムがありますが、アスタキサンチンは両システムを通過して、直接それらに到達することが可能です。数ある抗酸化物の中で、アスタキサンチンは血管網膜関門(BRB)・血管脳関門(BBB)を通れることのできる数少ない物質の1つなのです。目では、眼精疲労・角膜の黄班変性症・白内障などの予防に役立つと言われています。脳でもその抗酸化力を発揮することが研究で分かっていて、脳の老化によって起こる認知証や脳梗塞などの脳疾患の分野においても有力な抗酸化物と考えられています。

    血流促進で、サラサラ効果

    血中の脂肪が必要以上に増えると、血液循環が悪くなり動脈硬化を早めます。アスタキサンチンには脂肪に溶ける性質があって、細胞中に入り込んで活性酸素を追い出すことで血液をサラサラにしてくれます。他にも同様の効果を持つ栄養素もありますが、特に血中のLDLコレステロールの酸化を抑える作用が強いのはアスタキサンチンです。

    アレルギー性鼻炎やアトピー性皮膚炎などの強い味方

    細胞膜に十分な量が蓄積されることで、抗ヒスタミン作用を示します。ヒスタミンは、アレルギーによって起る各部の炎症や皮膚の痒みの主原因です。治療で使われる薬のような即効性はなく、持続摂取でその効果が現れるという特徴がありますが、眠気などの副作用を出さずにヒスタミンの分泌量を抑制することができるので、からだに優しいと言えます。

  • 糖質
  • 糖質(炭水化物)

    糖質(炭水化物)

    エネルギーになる栄養素の中で最も重要なものです。日本人の一般的な食事では、摂取エネルギーの60%前後を糖質で得ています。以前は砂糖やデンプン、食物繊維などを炭水化物として考えていましたが、最近では消化できるものを「糖質」、消化できないものを「食物繊維」として炭水化物を2つに分類しています。

    また糖質は、単糖類(ブドウ糖・果糖・ガラクトースなど)、少糖類(ショ糖・乳糖・麦芽糖)、多糖類(デンプン・グリコーゲン)の3つに分けられます。

    植物の光合成でつくられ、体内で消化されると、最終的にはブドウ糖まで分解されます。エネルギーとして使われるほか、脂質代謝にも関与していて、余った糖質は、グリコーゲンや中性脂肪に形を変えて体内に貯蔵されることになります。

    同じエネルギー源である脂質と比較すると、発生エネルギーは1g当たり4kcalと少ないですが、燃焼スピードが速いため、エネルギーとしての即効性があります。特にブドウ糖は、脳や神経系に関して唯一のエネルギー源ですので、不足すると頭の働きが鈍ることになります。脳は体重のたった2%しかありませんが、そのエネルギー消費量は20%にものぼります。

    1日のはじまりの朝食には、脳やからだへ瞬時にエネルギーを届ける必要があるので、甘いものを口にするのは、理に適ったことと言えるでしょう。

    やる気とスタミナ増強で元気ハツラツ!

    不足すると、脳や神経の活動を阻害してイライラ感がつのり、倦怠感、無気力状態に陥ることとなります。受験勉強など集中しなくてはならい時、これでは困ってしまいます。とはいえ、お菓子などのビタミンを含んでいない糖質ばかり食べていては、脳の栄養源にはなりません。糖質は、ビタミンB1と一緒に摂ることによって、効率よくエネルギーにすることができます。

    運動時には、糖質と脂質の両方がエネルギー源となりますが、その初期とパワーを必要とする状況下では、糖質が主に活躍します。ですから、糖質の貯蔵量が問題となってくるのです。スタミナのある人はどんな人でしょうか。これには、肝臓と筋肉中に貯蔵されたグリコーゲン量が関与しています。このことから、より多くのグリコーゲンを貯蔵し、効率よい代謝機能を持つ人が「スタミナのある人」ということがお分かりになるでしょう。ただ、摂り過ぎるとインスリンの分泌が低下して、糖尿病の原因となったり、余分な糖質は中性脂肪となってメタボリックシンドロームの引き金となりますので、注意しましょう。

    アルコールを飲むときにも?

    肝臓は「代謝(解毒)機能」をもっていますが、発ガン性物質やアルコールなどの化学物質の代謝においては、毒性を発揮します。糖質にはこれを抑制する働きがあり、「甘いもの(砂糖)は、飲酒による肝障害に対して好ましい影響を与えている」という結果が報告されています。お酒を飲む時、太るとかそういった理由でご飯(でんぷん質)を減らしていませんか。むしろ控えるべきものは、脂肪分であって、糖質ではないのです。

    飲酒中は、からだが熱くなりますよね。これは交換神経が活発になり、肝臓のグリコーゲンとともにアルコールが燃焼しているからなのです。これがアルコールが抜けるまで続くのですから、糖浪費と脂肪合成も続くということになり、ついにはグリコーゲン不足と低血糖になります。このような状況下で、あなたは「ラーメンやお茶漬けが食べたい」という衝動に駆られるのです。

  • その他
  • レシチン

    レシチン

    語源は、卵黄を意味するギリシャ語の「レキトース」で、語源通りに卵黄に多く含まれています。元来はホスファチジルコリン(リン脂質の1種類)の別名でしたが、現在ではリン脂質を含む脂質製品のことを「レシチン」と呼んでいます。

    約60兆の細胞で成り立っている私たちのからだには、その一つ一つの細胞にレシチンが含まれていて、栄養の吸収や老廃物の排泄など、からだのフィルターのような役割をしています。また、ビタミンA、B1の吸収を助ける働きがあります。体内の化学工場「肝臓」(アルコールなどの毒物除去など)のダメージの修復や肝臓細胞の再生、皮膚や筋肉の新陳代謝を活発にして、全身の血行を改善します。 体内のレシチン総量は体重60kgの人で約600gあり、細胞の若さと健康を維持するのに役立っているのですが、体内で生成される量は加齢と共に減少していきます。

    以前より、乳化剤として化粧品・医療品分野で使用されていることをご存知でしょうか。食品では乳化分散剤や食感改良剤として、DHA・アラキドン酸などの機能性成分の供給源として、医薬では薬剤成分の皮膚透過性の効果が高いことから、外用薬として広く利用されているのです。

    水と油の体内コーディネイター!

    私たちのからだは、「水に溶ける性質のもの」と「油に溶ける性質のもの」とから成り立っていて、その仲立ちをするのが「レシチン」です。つまり、レシチンには「油にも水にもなじめる」性質があります。マヨネーズをつくる時に卵黄をいれることで酢と油がよく混ざるのは、卵黄に含まれるレシチンの働きなのです。この乳化作用によって、血液中のコレステロールを溶かして、コレステロールが血管壁に沈着するのを防ぎ、脂質代謝を活発にします。中性脂肪が分解されるので、動脈硬化や高血圧の予防効果が期待できますし、脂質代謝を促すということは、当然、肥満解消にもつながります。

    始めにも述べたように、レシチンが最も多く含まれるのは卵黄なのですが、コレステロールを乳化できるのは、植物由来のものだけと言われています。卵やレバーは動物由来のレシチンであることから、コレステロール値の改善効果を期待するのであれば大豆レシチンの方が勝れていることになります。

    ブレインフードで脳の若さをキープ

    脳の約40%は、レシチンで構成されています。レシチンの主要成分であるホスファチジルコリンという成分は、脳神経細胞のシナプスに働きかけ、神経刺激伝達物質であるアセチルコリンを作り出します。これが脳の栄養素(ブレインフード)と呼ばれる由縁です。脳のアセチルコリン濃度が、記憶力保持や脳機能高めるのに関係しています。老人性認知症の加齢に伴う脳の老化を遅らせるほか、脳や神経の病気を妨げる効果も期待できます。

    このホスファチジルコリンは、今度は大豆レシチンよりも卵黄レシチンの方に多く含まれますので、脳の栄養としては卵黄レシチンがおすすめです。

    より効果的に「からだのサビ(酸化)」を除去

    レシチンにはビタミンEを体内に効率よく浸透させる性質があり、ビタミンE にはレシチンの酸化を防ぐ性質があります。一緒に摂ると相乗効果でそれぞれの働きが高まり、血管や細胞の老化予防も効果的にできます。

  • コエンザイムQ10

    コエンザイムQ10(=CoQ10 補酵素Q10 ユビキノン)

    私たちのからだの中に元々ある補酵素です。コエンザイムQ10を英語で書くと、co-(補う)にenzyme(酵素)がついてcoenzymeとなって、「補酵素」という意味になります。補酵素とは、直接からだの栄養になるのではなくて、からだの活動を助ける成分のことです。

    コエンザイムQ10の体内生産量のピークは20歳前後だと言われます。加齢やストレスなどの様々な要因で減少し、40歳代でその傾向は加速化して、80歳代では半分以上も失われてしまいます。特にその減少が目立つのは、どこでしょうか。それは、休むことなく全身に血液を送り出している心臓なのです。

    からだの元気の源。いわゆる、からだのエンジン!

    私たちの生命活動の基本となるエネルギーの95%は、全身の細胞1つ1つに存在するミトコンドリアが作り出しています。

    コエンザイムQ10は、生体のエネルギー工場であるミトコンドリア内に多量に存在し、エネルギー生産の働き手として活躍しています。ですから、例えば、心臓ではコエンザイムQ10が不足すると、エネルギー源であるATPが十分に作れなくなるので、心臓の動きが低下し、動悸や息切れなどの症状が現れてくるのです。

    以前から、コエンザイムQ10は、うっ血性心不全という心臓病に対する治療薬として利用されてきましたので、投薬で心臓の収縮が高まり、血液の拍出量が多くなることは、知られてきたことです。

    活性酸素の攻撃を防ぐ、ボディーガード!

    もう一つの重要な働きは、強力な抗酸化作用で、フリーラジカルによるダメージを防ぐことです。山本順寛教授(東京工科大学)の研究によると、「酸化ストレスを生む脂質化酸化物質に対して、ビタミンCやCoQ10がいち早く働き、CoQ10が存在する間は、脂質過酸化物の生成はほぼ完全に抑えられた」とあります。コエンザイムQ10は、抗酸化物質の中でも主役的な存在で、その重要度はビタミンCやビタミンEと同格に位置づけられています。

    細胞膜には、必要な栄養素を取り込んでウイルスや細菌から身を守ろうとする大切な役割があります。細胞膜が酸化されることは、倦怠感を生んだり様々な病気を引き起こしたり、老化を進めることにつながります。コエンザイムQ10は、体内の細胞膜を過酸化状態から守り、細胞膜の組織を安定させるパワーを持っています。肌に対しても言えます。紫外線による活性酸素のダメージから守り、新陳代謝を促して、肌の衰えを改善しますので、常に肌の細胞を若い細胞に保つための対策にもつながります。

    美の救世主!?

    食品では、イワシ、サバ、牛肉、豚肉、ナッツ類、ホウレン草、ブロッコリーなどに多く含まれますが、食べ物からの吸収されるのは、1~2%だと言われています。ですので、30mgのコエンザイムQ10gを食べ物から摂取しようとすると、イワシならおよそ500g(中6匹)、牛肉ならおよそ1kg食べなければならないということになります。

    コエンザイムQ10は、もともと医薬品でしたが、規制緩和により2001年からサプリメントや化粧品にも配合できるようになりました。すぐに市場に氾濫し、品薄で入手がしづらかったことは記憶に新しいことでしょう。

    むくみや冷えに悩まされる女性は多いものです。原因の1つには、心臓のポンプ機能の疲労と血流の滞りがありますが、コエンザイムQ10は、血流のパワーアップと流れをスムーズにすることで解消してくれます。

    美肌効果も忘れてはいけません。皮膚細胞のエネルギー代謝を高め、肌の内側からシワやシミを改善します。実験では、肌の保湿成分を作り出す能力が20%も高まったとあります。皮膚に直接塗ることによるシワの改善効果も報告されていて、美容業界でも注目素材です。コエンザイムQ10は、トラブル知らずの素肌づくりの強い見方なのです。

  • 活性酸素

    活性酸素(フリーラジカル)

    「呼吸をしたり考え事をしたり歩く」などといった全ての生命活動をしている時に(要するに生きているだけで)、必ず体内に発生する物質です。もともと、私たちのからだで作られていて、健康を維持する上で欠かせない物質の一つなのですが 増えすぎると悪影響を及ぼします。

    物が酸素と結びつく働きを「酸化」と言います。剥いたリンゴを放置すると茶色に変色しますし、クギは時間とともにサビます。両方とも、空気中の酸素によって酸化された結果なのです。「活性化した酸素」というと、一見よさそうに聞こえますよね。でも、実際は反応性が高すぎて、細胞膜を構成する脂質、DNAなどを傷つけます。つまり、からだの細胞が酸化されて、錆びてしまうのです。ですから、過剰分の活性酸素の発生をできるだけ抑える事が健康維持や老化防止には、とても大切なことなのです。

    では、活性酸素にはどのような種類があるのでしょうか。

    第1段階:「一重項酸素」→強い酸化力

    紫外線・X線・放射線などを浴びると発生することで有名で、目や皮膚に大量に発生してシミやシワを作ります。生物体内で発生した場合は、タンパク、脂質、DNAなどと反応して障害を起こすことが知られています。しかし、からだには無毒化する酵素がないと言われています。

    スカベンジャー(抗酸化物質):カロテノイド(特にアスタキサンチン)、ビタミンA、B2、C、E、尿酸 、ビリルビン、女性ホルモンなど

    第2段階:「スーパーオキサイド」→もっとも多い

    三大栄養素である、たんぱく質・炭水化物・脂質をエネルギーに変える時に発生します。体内に細菌・ウイルスなどが入ってきた時に生成され、体内で最も発生しやすい活性酸素ですが、幸いにもスーパーオキシドは消去されやすいものです。

    スカベンジャー:SOD(スーパーオキサイドディスムターゼ)、ユビキノン、ビタミンC、ビタミンE、β-カロチン、フラボノイドなど

    第3段階:「過酸化水素」→毒性が強い

    生物が生命活動(呼吸等)をしている時に発生している活性酸素で、SODによるスーパーオキサイドが反応し合って消去する過程や、キサンチンオキシダーゼなどのオキシダーゼの酵素反応等から生成します。ラジカルではありませんが、わずかなきっかけで凶悪なヒドロキシラジカルに変身する不安定さがあるので活性酸素の仲間入りをしています。オキシフルは過酸化水素を3%の溶液にして、傷口の殺菌消毒に利用しているものです。

    スカベンジャー:カタラーゼ、グルタチオンペルオキシターゼ、ペルオキシターゼ、ビタミンCなど

    第4段階:「ヒドロキシラジカル」→もっとも恐ろしい

    消去しきれなかった「スーパーオキサイド」と「過酸化水素」が、さらに化学変化することで出来ます。活性酸素の中で最も反応が強く、毒性(酸化力)も強い酵素です。手当たり次第に強力な酸化力で細胞を傷つけます。それどころか細胞内の核にまで入り込み、DNAを狂わせ、がんの発生原因にもなりえる最も恐ろしい活性酸素です。生体内では細胞障害を与える主な要因と考えられています。

    スカベンジャー:グルタチオンペルオキシターゼ、ビタミンE・C、β-カロチン、フラボノイド、女性ホルモンなど

  • プロバイオティクス

    プロバイオティクス

    腸内のフローラ(細菌叢)バランスを整えることで、私たちに有益な働きをもたらす生きた細菌(=有用菌)、およびその有効物質のことを指します。アンチバイオティクス(抗生物質)が、「細菌(有用菌も含む)を退治する」という治療的なアプローチなのに対し、プロバイオティクスは「菌との共生、よい菌を体につけて疾病予防しょう」という考えから生まれた言葉です。

    その代表選手は、乳酸菌です。といっても、数多い乳酸菌の中で参加資格をもっているものは限られています。何しろ、私たちのからだには唾液の殺菌作用などの防衛機構があるので、「生きたまま腸に届く」とういう条件をクリアしなくてはならないのです。乳酸菌以外にも、ビフィズス菌・発酵乳(納豆菌やヨーグルトなど)も参加しています。 摂取を止めるといなくなるものですが、参加表明している間は、もともと腸に住み着いている善玉菌を増やすように働いてくれます。

    良い菌VS悪い菌

    私たちの腸には、もともと悪い菌なんていなかったのですが、生まれて呼吸をしたとたんに、その移住が始まります。なので、赤ちゃんは母親からの授乳で「ラクトフェリン」(細菌感染防止物質)をもらう必要があるのですね。腸内に約100種類もの腸内細菌がいます。悪い菌と良い菌が種類ごとにまとまって「腸内フローラ」をいう集団を形成し、この勢力がどちらに優勢に傾くかによって健康も左右されます。良い菌の優勢時には、からだに必要な物質が作られますが、悪い菌の優勢時では、発ガン性物質や有害物質が作り出されることから、様々な病気の要因になります。

    <悪玉菌>サルモネラ菌、大腸菌、ピロリ菌など
    <善玉菌>アシドフィルス菌・カゼイン乳酸菌・ビフィズス菌・フラクトオリゴ糖など

    胃腸の具合がよい人にも必要です

    <これまでに報告されているプロバイオティクスの効果>
    ・腸を活性化させ多量の排泄物をつくることで便秘を防ぐ。
    ・過敏性大腸炎や腫瘍性大腸炎による下痢を緩和させる。
    ・免疫系を強化して病気やアレルギーへの抵抗力を高める。
    ・ニキビや湿疹などの肌トラブルを減らす。
    ・乳糖を分解する酵素を供給する。
    ・栄養分の消化吸収を助ける。
    ・ピロリ菌感染による胃炎を予防する。
    ・血圧の上昇を抑えて、コレステロールを減らす。
    ・発ガン物質の排除・分解しガン予防につなげる。など

    プレバイオティクスでパワーをプラス

    プロバイオティクスの働きを助ける物質のことを「プレバイオティクス」と呼んでいます。腸内細菌の餌になるオリゴ糖や食物繊維はその代表的なものです。ビフィズス菌は胃酸でほぼ分解され、無事辿り着いたとしても定着しにくい性質があります。プレバイオティクスには、胃での分解を食い止めたり、すでに腸内に定着しているビフィズス菌を増やしたりといった効果が確認されています。

    最近では、「シンバイオティクス」という用語も盛んに用いられるようになっています。プロバイオティクスとプレバイオティクスを一体化させて、プロバイティクスの機能性を高めようというもので、トクホ商品によく見られる組み合わせです。

  • ポリフェノール

    ポリフェノール

    植物が光合成でつくる糖分の一部が変化したもので、植物の葉・花・樹皮に含まれる色素や苦味、渋み成分の総称です。近年、「赤ワインのおかげで、フランス人は動物性脂肪を多量摂取するにも関わらず心臓病や動脈硬化が少ない」という学説が発表され注目を集めていますが、何も赤ワインだけの特許成分ではありません。ポリフェノールは、ほとんどの植物に存在している成分ですので、その種類は数千にも上ります。

    大別すると、淡色・無色の「フラボノイド系」とそれ以外の「非フラボノイド系」となり、私たちがよく耳にするカテキン・フラボノイド・イソフラボン・アントシアニン・クルクミン(ウコンなどに含有)・リグナン(胡麻などに含有)など、全てがポリエノールの一種なのです。ただポリフェノールの約90%は、フラボノイド系に属していますので、前者のポリフェノールの仲間の方が重要な成分と言えるでしょう。

    水に溶けやすく吸収されやすい性質がありますが、効果持続時間は2~3時間と短く、体内に蓄積はされません。しかし、血中への吸収率が高いこと、強い抗酸化作用があって毛細血管の強化や保護に役立つほか、活性酸素の働きを抑えて血流を改善し動脈硬化を予防することから、五大栄養素と食物繊維に続く7番目の栄養素として注目されています。

    お茶のポリフェノール「カテキン」

    緑茶・紅茶といったお茶に含まれ、中でも日本茶に豊富に存在しています。優れた抗酸化作用で動脈硬化の予防や血圧上昇を抑えるほか、虫歯予防、消臭作用があると言われます。特にカテキンについては、胃ガン予防効果が高いと認められています。口にすることの多いウーロン茶、これに含まれるカテキンには血中の中性脂肪を減らしたり、食品中の脂肪分を吸収したりして排泄する働きがあるとされます。ここから「ダイエットにいい」ということで脚光を浴びたのでしょう。

    大豆のポリフェノール「イソフラボン」

    体内で女性ホルモンのエストロゲンと似た働きをします。ここから乳ガンや子宮頚ガンなどのリスクを軽減したり、更年期障害や骨粗鬆症の予防効果があるとされます。また、2型糖尿病の改善がみられたという報告があるほか、肌に潤いや張り、弾力を与えるので美肌効果もあります。

    イチョウ葉のポリフェノール

    13種類のフラボノイドが含まれていて、血液・血管系全般を改善して血行をよくする薬効があります。普通のフラボノイドとは異なり、2つのフラボノイドが結合した「二重フラボン」をもつ強力な抗酸化物質です。血液の粘度を下げ、抹消血管を拡張するため、脳内の血行がよくなって脳機能が活性化します。 集中力や記憶力が高めるほか、痴呆症の改善やうつ症状の改善などの効果も認められています。さらに、血液がサラサラになるので、肩こりや冷え性の改善も期待できます。

    こんなものにもポリフェノールが・・・

    アントシアニン(赤紫色の色素):赤ワイン、ブルーベリー、紫芋、なす
    ケルセチン:たまねぎ、ブロッコリー
    カカオマス:ココア、チョコレート
    ルチン:そば
    クロロゲン:コーヒー、プルーン

コラム編

  • ビール腹というけれど・・・

    ビール腹というけれど・・・

    生活習慣病の予防はまずお腹から、という考えが一般にはかなり浸透するようになったのは「メタボ」という語の流行がきっかけでした。お腹の形にもリンゴ型、洋梨型など分類もさまざまありますが、今回の話の主役はビールをよく飲む人に多いといわれる「ビール腹」です。すっかり悪者になってしまった感のある「ぽっこりお腹」の原因の1つといわれるビールに、お腹を張り出させる効果は本当にあるのかを今回考えてみたいと思います。

    まずカロリー源となる糖質の量ですが、ジョッキ2~3杯分で食パン1枚分にふくまれる量とほぼ同等になりますので、ビールだけを飲んで太るには、毎日相当な量を飲まなければならないようです。次にアルコールの量をみてみましょう。体内に吸収されたアルコールの大部分は分解酵素のはたらきによって、最終的には水と二酸化炭素に分解されてしまうのですが、この過程でからだにとって毒と判断されたアルコールは最優先して処理をうけることになります。

    その結果、栄養素の処理が後回しになるため、脂肪の貯蔵や糖質からの脂肪合成が促進されてゆくのです。結論として、立派なお腹になるためには、ビールそのものよりも、アルコールと食事の内容や量の相互作用によるものだと考えなければならず、「ビール腹」は科学的根拠に基づいてつけられたネーミングではなかったことがわかりました。 お酒を益とするか害とするかはみなさま次第です。

  • アミノ酸の機能もいろいろ!?

    アミノ酸の機能もいろいろ!?

    アミノ酸はタンパク質を構成するだけのものと思っていらっしゃる方は意外に少なくないようです。しかし、タンパク質合成には関わらずにアミノ酸単体ではたらくものもあるのです。今回はその中から「オルニチン」というアミノ酸をご紹介します。

    この「オルニチン」は、コレステロール量の調節や交感神経の興奮を抑制することなどに関わることが知られるタウリンと同様に機能性を持ったアミノ酸として最近注目されています。例えば、必須アミノ酸から非必須アミノ酸への転換やタンパク質がエネルギーとして利用されるその過程で、タンパク質中の窒素は肝臓にある尿素回路によって速やかに処理されて尿素につくり変えられます。その後、尿に溶かしこんで排泄するといった大変手のかかることをやっているのです。つまり「オルニチン」はこの尿素回路を支えるアミノ酸の1つであり、他には、からだの修復に欠かせない成長ホルモンの合成にも関係しているといわれます。

    このような情報は、日頃のタンパク質やエネルギーの摂り方を見直す良いきっかけにもなると思います。情報が増えてくると、単純に良質度の高さだけで何を食べるべきかを決められなくなってくることが少しお分かりいただけたのではと思います。

    この「オルニチン」は実際にどのような食品から摂取できるかといいますと、しじみに多く含まれており、魚介類全般から広く摂取することが出来ます。お酒を飲んだ後にはしじみの味噌汁が良いと言われますが、経験的に語られている摂取することの必要性についても、研究が進むことに伴い、より理論的な説明も可能になってくるのです。

  • 賢いダイエットって?

    賢いダイエットって?

    “たくさん食べても太りたくない”と思っていらっしゃる方は多いのではないでしょうか?

    健康情報を扱うテレビ番組でもダイエットはくりかえし取り上げられるテーマのひとつとなっており、年齢を問わず自分の体型を楽して何とか変えたいと思っている人たちの関心を集めているようです。

    ある食品がクローズアップされるたびに、スーパーからその食品がたちまちに消えてしまう現象は、よく知られた光景となっています。みなさまの中にも、「~を食べると、からだはこうなる」という関係に代表される軽い情報にもとづいて、からだの状態改善を期待する人はあとを絶ちません。

    いろいろなことに気を配りながら、自分のからだと上手につきあうためには、それ相応の知識も必要になりますが、その効果は、ダイエットだけにとどまらず、さまざまなからだの不調に対しても予防的にはたらきますから、メリットはあってもやりそこないはありません。

    以前にもご紹介いたしましたが、なかなかやせられずに苦労されている方のために、カロリーを減らしながらも、必要な栄養素だけはしっかり摂ることができるような製品組み合わせの一例をご紹介いたします。

    ●サンプルメニュー(1日量として 約180~260キロカロリー)

    プロ:20~30g
    D: 1~2包
    ミックス:1~2包
    レシチン:1~2包
    A: 4粒
    E: 4粒
    ボーン: 8~10粒
    B: 10粒
    Q: 4粒

    ※プロテインを溶くベースドリンクによって以下のカロリーが加算されます。
    ・牛乳(200ml):134キロカロリー
    ・ポカリスエット (200ml):54キロカロリー
    ・リンゴジュース果汁30% (200ml):92キロカロリー

    詳しくはメグビー本社・営業所などお近くの窓口までお気軽にご相談ください。 上記の組み合わせを参考に1日1~2回食事代わりにおためしください。 摂取したタンパク質を上手に利用するためにも、おにぎりなど糖質の摂取もお忘れなく!!

  • アスベストから身を守るには?

    アスベストから身を守るには?

    中皮腫や肺ガンを高頻度で発症させる危険因子として知られ、「静かな時限爆弾」との異名をとるアスベスト。自動車のブレーキパッドやドライヤーやタバコのフィルターなど、広い用途で使用されていた経緯があります。私には関係ないと思っていてもそうはいかないかもしれません。

    もし発症してしまったら・・・という心配はつきまといますが、希望となる話題を1つご紹介します。最近の研究において次のような発表がありました。ビタミンEおよびその誘導体に、ガン細胞(悪性中皮腫)を縮小させる作用を増強させたり、増殖を抑制させたりする効果を確認したという内容です。ビタミンEだけに限らず、日頃から地道に栄養条件を整えておくことは、アスベストのリスクを抑えるだけではなく、その他多くの未知の問題にも対処してくれているのかもしれません。

  • 大豆イソフラボン、妊婦さん取り過ぎ注意

    大豆イソフラボン、妊婦さん取り過ぎ注意

    『取り過ぎに注意して!。骨粗鬆症(こつそしょうしょう)やがんの予防効果があるなどとして人気のある食品成分「大豆イソフラボン」について、食品安全委員会の専門調査会は、過剰摂取に注意を促す報告書案をまとめた。ホルモンのバランスを崩す恐れがあるとして通常の食生活に加え特定保健用食品などで1日に追加的にとる安全な上限量を30ミリグラムとした。特に、妊婦や乳幼児に対しては「追加摂取は推奨できない」としている。(以下省略)』

    メグビープロにも大豆由来のイソフラボンが自然の形で含まれています。日常食の範囲として摂取する分には、納豆、豆腐、豆乳などと同様に心配ないという考えで、更年期に伴う症状でお悩みの方などには状態改善のメリットとしてもおすすめしてまいりました。

    一方で、新聞記事にあるようなサプリメントタイプや食品に強化されたイソフラボンは、通常に比べて吸収されやすい形で製品化されています。この吸収しやすさが1つのセールスポイントとなっており、問題にもなっているのです。女性ホルモンに類似したはたらきを踏まえた場合には、やはり摂りかたを考えないと逆効果になる場合もあるでしょう。

  • ビタミンC不足→老化進みます

    ビタミンC不足 → 老化進みます

    ビタミンCが不足すると老化が進みやすくなることを、東京都老人総合研究所の石神昭人・主任研究員と東京医科歯科大大学医院の下門顕太郎教授らの研究グループがマウスの実験で明らかにした。人の老化のメカニズムの解明につながることが期待できるという。米科学アカデミー紀要(電子版)で4日に発表する。

    マウスなどは人と違い、体内でビタミンCを合成できる。グループは、ビタミンCを合成できないマウスを遺伝子操作でつくり、ビタミンCが少ないえさで飼育した。死亡で半数になる速さを比べたところ、通常のマウスは24ヵ月かかったが、操作したマウスは6ヵ月で半数となった。死因は老衰で、4倍の速さで老化が進行したことになる。

    さらに、ビタミンCを全く含まないえさでこのマウスを飼育すると、人がビタミンCの欠乏でかかる壊血病の症状が現れて、約半年後にはすべてが死んだ。

    日本ビタミン学会ビタミンC研究委員会委員長の村田晃・佐賀大名誉教授は「ビタミンCの老化防止作用について、動物実験で科学的な根拠が出たのは初めてではないか。ビタミンCが不足すると老化が進むと言われてきたが、それを裏付けるデータ」と話している。
    (朝日新聞2006年4月4日号より転載)

    私たちはビタミンCに限らず、日頃からどの栄養素についても常に目配りしていたいものです。生活者に役立つ研究とその成果がますます還元されることを期待しています。

  • 賢い眠り方って?

    賢い眠り方って?

    私たちにとって非常に重要な営みの1である「睡眠」。けれども、寝つきが悪かったり、朝なかなか布団から出られなかったり、昼間に眠気が襲ってきたり、といった悩みを抱えている人は意外に多いものです。その原因の1つに生体リズムのズレが挙げられます。最も強い修正効果を持つのが光といわれ、しかも午前中に浴びておくことが大切なのだそうです。

    太陽光を浴びることにより、リズムのズレがリセットされるだけでなく、憂鬱な気分を解消することへのプラス効果も期待できます。また朝早く起きたい場合に、前日は早めに布団へ入る方は多いと思いますが「早めに布団に入る」よりも「前日に早起き」した方が、体内時計もリセットされるためより効果的なのだそうです。現代人はリズムが狂いがちな生活を余儀なくされます。質の良い眠りを得るとともに生体リズムを整えるような1日を過ごしていきましょう。

  • 生活習慣病「胎児期に起因」

    生活習慣病「胎児期に起因」

    栄養取らない妊婦にリスク!?(H18.3.8 日本経済新聞より一部抜粋)

    糖尿病や高血圧など、生活習慣病にかかるリスクの高さは母親のお腹の中できまっている、という説がある。「成人病胎児期発症説」だ。東大大学院の福岡秀興教授は「日本では『ちいさく産んで大きく育てる』を良しとする考え方もありますが、母体内できちんと栄養を与えてあげないと子どもの体質に影響する」と話す。

    妊婦向けの雑誌やパンフレットでは、妊娠中の体重増加を最小限に抑えて「かっこよく産む」ためのノウハウが紹介されていることがある。「赤ちゃんと2人分の栄養を、は昔の話」などと妊娠中の体型維持がテーマとされ、カロリー制限をすることで「何キロ増に抑えたか」が妊婦の自慢話にもなるようだ。

    どの妊婦さんも体重の管理に気を遣われているでしょうが、栄養素の不足は妊娠後のお母さんにも影響が出てきます。適切に栄養素が摂取できるよう心がけてください。

  • 同じ砂糖だけれども・・・?

    同じ砂糖だけれども・・・?

    シロップや梅酒をつくるときに欠かせない“砂糖”ですが、なぜ上白糖ではなく氷砂糖をつかうのでしょうか?そこで今回は梅と砂糖の関係を科学的視点で考えてみることにしましょう。

    梅の皮や果肉を構成する細胞の膜には小さな分子やイオンをとおす穴が開いており、水分子はこの穴を行き来しやすい性質をもっています。この膜を隔てて砂糖の濃度が異なると、濃い方をうすめようと水の分子が移動していきます。つまり砂糖分子が梅から水分を引き寄せているともいえます。この引き寄せる力を“浸透圧”といい、水を引き寄せる力の大きさは物質濃度に依存しています。上白糖を使うと出来上がりの時間は短縮できますが、梅に含まれる水分が早く抜けてしまうため、せっかくの風味成分をじっくり引き出すことができず、その上、底にたまった砂糖は氷砂糖に比べ溶けきらず残りがちに。これらの難点をクリアすることに適しているのが氷砂糖なのです。

    このように同じ砂糖でも、それぞれの性質を生かして使い分けられていることや科学という学問が日常生活に密着したものであることがおわかりいただけたでしょうか。

  • 朝ご飯給食 食べずに登校、学校が現実策

    朝ご飯給食

    食べずに登校、学校が現実策(H18.6.13 朝日新聞より一部抜粋)

    『朝ご飯を食べない子どもが増える中で、学校で「朝食」を出す動きが出始めている。「そこまで学校がするのか」という意見があるものの、「家庭に任せていても解決は難しい」と、現場では目の前のおなかをすかせた子どもへの対応に追われている。

    1時間目が終わるチャイムが鳴った。岡山県美咲町の旭小学校。10分休みの間、給食ルームに児童たちが集まってきた。入り口に並ぶヨーグルトやチーズ、牛乳など10種類の中から、自分が食べたいものを選んで席に着く。「朝ご飯、食べてこなかった」「食べたけど、またおなかすいちゃった」。約8割の児童がおいしそうにヨーグルトなどを食べて教室に戻った。』

    ~(中略)~

    『女子栄養大の足立己幸名誉教授は「朝食を学校で補完するより、家庭の努力を促してもらいたい」と話す一方で、「でも、作らない親に言ってもなかなか変わらないのが現実。だったら、子ども自身で朝食を作る力を育てるよう、発想の転換も必要な時代ではないか。小学校低学年でもご飯の準備はできる。親が変わるのを待つより、子どもを変える方が早いかもしれない」と話している。

    お腹を空かせたまま登校せざるをえない子供が多い現実。幼い時期に身につけた習慣は成人してからも無理なく継続できるはずです。やはり早めの取り組みが肝心なのでしょう。

    年代を問わず、何かと余裕がない朝の時間帯ですが、まずはお出かけ前にコップ1杯のヒトフードドリンク(メグビープロ+ミックス(ドリンク))からはじめてみませんか。1日の活動を充実するための土台となる栄養素が、1分もあれば摂れてしまう手軽さも売りです。

  • 食べても太りにくい油って・・・?

    食べても太りにくい油って・・・?

    年齢も50歳を過ぎると、日常の会話の中でも自分の健康に関する話題が増えてくるといわれます。中性脂肪値、コレステロール値などがちょうど気になりはじめる年代だからでしょうか。

    ところで、こうした方たちをターゲットに「からだに脂肪がつきにくい」、「中性脂肪値が上昇しにくい」などの特徴をもった機能性植物油というものが市販されています。

    CMのイメージが強いせいもあり、特定保健用食品の性質を誤解している方は意外に多いようですが、どの製品にも利用上の注意事項には「多量に摂取することにより、疾病が治癒したり、より健康が増進したりするものではありません。」と書かれています。つまり、厚生労働省が認める保健効果は、食用として常識の範囲内で使用する分においてある程度の効果が期待できるのであり、摂取量の増加に比例して効果が高まってゆくのではありません。

    またこうした油が脂質代謝の改善に有効というデータがある一方で、肥満抑制効果がないことや揚げ物に利用すると劣化しやすいことを示す報告もありますから、安易に飛びつかずに今後の研究を見守ってゆく必要があると思います。

    そもそも肥満の抑制や血中脂質値が改善のためには、油を変えるだけで良いという単純なものではなく、他にもいろいろな要素を考えなければなりません。油に限らず、ヨーグルト、甘味料、お茶など特定の保健機能を強調した食品・飲料水は、私たちの食生活にどんどん浸透しており、私たちを取り巻く食環境は充実してきたようにみえますが、機能性を集めた食品を食べれば、健康的なからだが手に入れられると安易に考える風潮があるのでしょう。正しい理解を妨げることになりはしないかと少し心配です。

  • 健康によい豚肉

    健康によい豚肉

    日経サイエンス2006年9月号より

    『「豚が空を飛ぶ」といえば実現不可能なことのたとえだが、そのうちブタは魚と一緒に泳ぐようになるかもしれない。最近、ちょっと“魚らしく”なったブタができた。

    ω3脂肪酸は心臓発作のリスクを減らす効果がある。魚油に多く含まれるが、シーフードは一方で水銀汚染の心配もある。そこで“魚のような”ブタを育てようと、ある遺伝子がブタの胎児の細胞(結合組織のもとになる細胞)に導入された。これらの細胞は増殖して、ω3脂肪酸濃度が通常の3倍の子ブタが生まれた。ただし、成体になった後も高濃度を保つかどうかは今後の確認が必要。

    ω3脂肪酸の多いブタができれば、健康によいベーコンの実現につながるほか、ブタ自身も心臓病にならずに長生きするかもしれず、養豚農家にはプラスだろう。』

    霜降り肉をつくるために、ビタミンAを減らした特殊飼料で育てられるという話もあるようです。ビタミンAを摂り控えている方にはちょっと気なる話かもしれませんね。

  • 酸素入りの水が人気、でも「飲む」とどうなるの?

    酸素入りの水が人気、でも「飲む」とどうなるの?

    朝日新聞2006年8月2日号より

    『通常の数倍~数十倍の濃度という酸素ガスをミネラルウオーターなどに溶かした「酸素入りの水」が最近、コンビニエンスストアなどで人気だ。今年の市場規模は昨年の3倍以上との推定もある。だが「飲む酸素」の「効き目」は、科学的にはよくわかっていない。

    酸素は通常、呼吸によって肺から吸収されるが、酸素入りミネラルウオーターなどを販売する会社の広報担当者によれば、欧州の医学専門誌に01年、ウサギの実験で酸素が腸管から吸収されたという論文が掲載された。酸素入りの水で、筋肉疲労の目安となる乳酸値が下がったという論文もあるという。(中略) 酸素入り水を手がける大手メーカーは「当社は、宣伝で具体的な効果・効能はうたっていない。リフレッシュ気分を味わってほしい」と話している。』

    三石先生は生前、活性酸素が生体へ与える傷害性、さまざまな病態との関わりから、抗酸化物質を積極的に摂取することの必要性についても説かれ、気分のリフレッシュを目的に酸素を吸入することに反対だったことは、著書を読まれたみなさまにはご存知でしょう。

    大気中の酸素も傷害性は弱いながら、相手を酸化する性質をもっており、鉄などのミネラルとの反応により活性酸素の発生が増加してしまうのです。

    ジュースなど清涼飲料水の多くには、酸素による品質低下を防止するために、わざわざ窒素ガスが充填されている事実からも、酸素の扱いには苦労していることが伺えます。 濃度を高めた酸素自体のもつ性質と、酸素水に含まれる微量のミネラルと濃度を高めて溶かし込んだ酸素との相互作用それぞれが、マイナスに作用する可能性がゼロとはいえません。 よって酸素水の飲用により得られるものはリフレッシュ気分ではないといえるでしょう。

    酸素が足りないと感じられる方は、まず深呼吸してみましょう。水をあてにするよりも肺から酸素を取り込む方が効率も良いのですから。

  • 食品添加物

    食品添加物

    私たちの食を取り巻く環境もめまぐるしく変化を続けながら、調理済み食品の普及を始め、内容や形態も年々多様化しています。何かと忙しさに追われることの多い現代人の利便性向上と少しでも安く購入をと願う消費者のニーズに応えるために急速に普及してきたのが食品添加物です。

    日常生活において毎日知らず知らずのうちにさまざまな食品添加物を摂取しているわけですが、安全性や使用基準などに不安がないわけではありません。しかし、現代においては添加物を避けて食生活を送ることは不可能なのです。ただ不安を募らせる前に、まず実態を把握し、必要性や果たしている役割などを理解しながら上手に付き合っていきたいものですね。 食品添加物のウラ・オモテについていろいろな視点から考えてみましょう。

    私たちをとりまく添加物 その1

    あるサラリーマンの食事より
    ●朝食:パン、冷凍オムレツ、果物(オレンジ)、牛乳

    パン:
    イースト菌の栄養源となるイーストフードや品質改良に使われ、パン生地をきめ細かくソフトにしたり、風味を豊かにしたりするためにビタミンCが使われているのです。

    バター:
    酸化を抑えるための防止剤が使われるものが中にはあるようです。

    卵製品:
    栄養強化や着色目的でカロチノイドなどが配合されたりしています。

    オレンジ:
    柑橘類は遠くの地より消費者の元に届くまでの間、品質を保つために防腐剤や防カビ剤が散布されます。せめて食べる前にはしっかり洗いましょう。

    牛乳:
    低脂肪乳の場合、栄養強化の目的でカルシウムなどが添加される場合が多いです。

    ●昼食:コンビニで買ったインスタントラーメン、おにぎり、お茶

    ラーメン:
    麺のコシをだすためにかん水以外にでんぷんなどもが使われています。他に酸化防止剤にビタミンEが、着色料にカロチノイドやクチナシ色素などが使われます。スープの調味料もすべて添加物です。(アミノ酸は調味料としても活躍しています。)

    おにぎり:
    こちらも調味料としてアミノ酸が使われています。トレハロースという名の天然糖はデンプンの老化抑制、保湿効果をあわせ持ち、お米の品質維持に使用されます。

    お茶:
    酸化防止の目的でビタミンCが使用されており、使用しないと店頭に並ぶ頃には色が抜けてしまうとのことです。
    大まかにご紹介しただけでもこれだけ多くの添加物が使われているのです。 また着色料や保存料だけが添加物ではないこともおわかりいただけたのではと思います。

    私たちをとりまく添加物その2

    あるサラリーマンの夕食より
    ●夕食:ステーキ、コンソメスープ、サラダ、ワイン

    ステーキ:
    生鮮食品への添加物使用は原則禁止されていますが、肉の変色を抑え、見た目良く見せるためにニコチン酸やビタミンC(アスコルビン酸)などが使われていることもあるようです。

    コンソメスープ:
    インスタントラーメンのスープと同様に、調味料、香料など多くの添加物が使用されます。

    サラダ:
    彩りとしても利用されることの多いカニ風味かまぼこなどは、カニを模してつくられたコピー食品です。他にもイクラ、ホタテなどいろいろなコピー食品がありますが、知らずに食べている方がいらっしゃるかもしれません。添加物の使用拡大によって発展してきた分野の食品です。

    ワイン:
    酸化防止のために亜硫酸塩、ビタミンCなどが配合されています。

    添加物として広範に使用されているビタミンC(アスコルビン酸)の仲間にエリソルビン酸という物質があります。ビタミンとして生体調節などへのはたらきはあまり期待できませんが、抗酸化力はアスコルビン酸と同等であり、栄養強化以外の酸化防止やpH調整などの目的において広く使用されています。保存料のソルビン酸と名前が似ていますが、全く関係ありません。

    ちょっと気になる食品添加物のいろいろ

    ●合成の添加物はからだへの影響が心配なのですが・・・
    正式名は、既存添加物(天然)、指定添加物(合成)と呼ばれ、その違いは、製造過程中に化学反応があるかどうかの違いにより分類されますが、自然には毒性をもつ物質は多く存在します。安全といわれる物質も使い方によってはからだに悪影響を及ぼす場合がないとは言いきれないというのが実情です。指定添加物を既存添加物に置き換えればすむといえるものではなく、どちらが良いと結論づけることのできる単純な問題ではないといえるでしょう。

    ●表示のルールはどのようになっているの?
    原則として使用している添加物は、全て物質名(用途名)で表示することが基本となっておりますが、香料や調味料、乳化剤、pH調整剤などは、使用用途だけ表示しても良いことになっており、表示スペースのない小包装商品やバラ売り商品には基本的に表示義務はありません。また、消費者心理に乗じて、無添加をうたった商品でも、よく見てみると無添加なのは着色料だけ。といった例もみられます。表示は製品の内容を消費者がきちんと判断して購入するための大切な情報源です。時々はきちんとチェックしてみましょう。

    添加物についての問題にもいろいろありますが、例えば酸化防止剤と着色料を同列に扱って良いのか、利便性と安全性のバランスをどのようにとるべきなのか?など、企業だけでなく、私たちの消費のあり方までも含めて、それぞれ考えなければいけないように思います。

    余計な心配をすることなく、日常生活をおくるために必要な考え方とその実践とは?

    ● 食品添加物の安全性評価と食品業界の現状について
    安全性を調べるためには、ラットやマウスなどの実験動物を用いて、一度に多量の添加物を与えたり、長期に渡って与えたりした場合の発ガン性の有無、アレルギーの有無などが細かくチェックされています。しかし、次にご紹介する安全性を高くみせる食品業界のテクニックを知ると、法律による規制にも限界があることを思わざるをえません。

    「大(代)活躍するpH調整剤」
    コンビニやスーパーで売られる加工食品に、評判の悪い保存料の使用を縮小する動きが広まっています。しかし、その影では細菌の増殖を抑え、製品の状態保持に利用されるpH調整剤(酸味料)が代役として幅をきかせていたのでした。

    この場合、保存料に近い効果を得るためには、保存料を使用した場合に比べ、約数十倍の添加物が使用される計算になりますので、保存料の使用をゼロに抑えてみても、添加物全体の使用量はむしろ増えてしまう新手のごまかしトリックなのです。 「○○無添加!安心!」という言葉には必ず裏があると思って間違いなさそうです。

    ● 三石巌の考え方
    『よく喫茶店やレストランで、毒々しい色をした飲み物やデザートを注文して、同席した人たちを驚かせる・・・』など、食品添加物に限らず、先生らしさの垣間見えるエピソードは数多くあります。食品添加物については、然るべき備えをしていれば、小さなことは気にする必要はないと、ハッキリした考え方をお持ちだったようです。 三石巌が考えた学習することの意味や学習の成果をどのように生かせば良いのかということを、ぜひ多くの著書の中から感じ取っていただければと思います。

    ● おわりに
    今回、食品添加物をテーマに、加工食品を取り巻く状況や消費者の認識に関する問題など、さまざまな視点から考えて参りました。結論として、食品添加物に関わる問題はいろいろあるのは事実ですが、「食品添加物=危険」という狭い認識では、これからも増え続けるトリックに振り回されてしまうだけです。かかわりを避けることが困難であれば、避けることだけ考えずに、上手に付き合っていく方法を求めるのが賢い消費者の姿だと思います。

    食品添加物のような異物は、薬物代謝というしくみによって処理・排出されます。こうした場合にも、ヒトフード、ビタミンA、ビタミンEなどの栄養素が心強い支えとなるのですから、日頃からきちんと摂取して余計な心配事を減らすことにお役立ていただけると幸いです。

  • 現代人は眠れない

    現代人は眠れない

    2007年にフランス政府は、職場での昼寝の奨励や睡眠に関する研究を盛り込んだ「安眠アクションプラン」“国民よ、もっと眠れ”を発表しました。というのも、国民の3分の1が寝不足で、睡眠不足による関連疾患や交通事故の危険性があると警告されたからなのです。日本でも同じような問題を抱えているといえるでしょう。

    睡眠不足には自分の意思で眠らない場合や眠りたい意思はあるが眠れない場合など、いろいろありますが、理由はどうあれ、睡眠時間を削る生活習慣は健康管理上大きなマイナス因子であることに間違いありません。睡眠中、からだの中では組織の修復をしたり、記憶の整理をしたり、健やかな日常生活をおくるために大切な仕事が休みなく進行しています。

    睡眠時間と寿命の関係を調べたある統計では、長寿者は毎日6~7時間の睡眠時間を確保している場合が最も多かったことが知られています。それから、睡眠について考えるときに概日リズムも大切な要素です。概日リズムとは、ヒトが朝起きて夜眠るまでの1日を周期的に繰り返すリズムをいいます。時計遺伝子がそれをコントロールし、制御される遺伝子数は数百種にのぼるといわれます。

    睡眠不足や昼夜逆転した生活習慣は、これら遺伝子の発現に影響を与えて概日リズムを乱す他、肥満や高脂血症など、メタボリックシンドロームにつながることもわかってきました。 こうした情報は時間生物学の成果によるものです。現在「睡眠」は健康管理上大きなテーマになっており、睡眠とからだの状態の関係について、今後も明らかになってゆくでしょう。「賢く眠れる現代人」をめざし、健やかな毎日を過ごせるように努めたいものです。

    ● 概日リズムを整えるためのワンポイント
    起床時間はいつも一定を心がけ、起きたら窓を開けて朝日を浴び、朝食もきちんと食べましょう。

    ● 食事面のワンポイント
    忙しい時も脳へのエネルギー補給のために、バナナ・和菓子などの糖質源+ヒトフードドリンクだけでも摂ることを心がけましょう。最低限必要な栄養素はしっかり確保できます。

  • 薬の効き目にも個体差があるからご用心!?

    薬の効き目にも個体差があるからご用心!?

    朝日新聞2008年1月14日に「高速バス運転手失神 乗客が縁石にぶつけ停車」という見出しの記事がありました。ご存知の方も多いと思いますので、記事内容の詳細は省略しますが、運転手の異常にいち早く気がついた乗客のおかげで大惨事には至らなかったことは幸いでした。一見すれば健康管理と無縁に思えるこの記事ですが、改めてよく読んでみると私たちが薬の使用を考える際に参考となる内容が多く含まれていることに気が付きました。

    話のポイント
    ○運転手は前夜から体調が悪かったため、市販のかぜ薬を服用してから早めに就寝した。(事故後の調べでインフルエンザに感染していたことが明らかに)
    ○当日起床後にも、念のためにまた薬を服用してから仕事へ向かった。
    ○運行前のチェックでは、アルコールと体調には異常のないことが確認されていた。

    事の発端は運転手が症状を自己判断して薬を服用したことにありますが、風邪やインフルエンザの原因はともにウイルスであっても、症状や対応する薬の種類はそれぞれ異なるのです。 また薬を予防的に服用したことにも問題があります。事件の発生に至るまでには、このように薬の性質を無視した対処のしかたが重なり合っていることがおわかりいただけるでしょう。

    からだにとって異物である薬は、肝臓で解毒されるしくみを持っていますが、日本人の場合、解毒酵素のはたらき方には、ひとりひとりに違いがあることがわかっています。またタミフルの例からも、脳や神経系に作用する薬は、ときに重大な結果を引き起こす可能性があるのです。

    推察ですが、運転手が服用した薬には眠りを誘う成分(抗ヒスタミン剤など)が含まれており、気を失ってしまったのは、副作用がより強くあらわれてしまったためと考えられます。

    これからは栄養素と同様に薬とのかかわりを考えるときにも、個体差を問題にしなければなりません。服用するにあたっては、種類を問わず、用心の上に更に用心を重ねる慎重さが大切だといえるでしょう。

分子栄養学とは

  • 1 分子栄養学とは

    1 分子栄養学とは

    分子栄養学だなどいわれると、聞いたことのないことばとして、耳にひびくことでしょう。恐らく、大方の人は、栄養物質について分子レベルで考える学問ではないか、と想像することでしょう。 私たちの口にはいる、パンも、バターも、味噌も、豆腐も、せんぶつめれば、すべては分子の集合体です。万物は分子の集合体なのですから、食品も例外ではないということです。

    分子栄養学ということばは、私の造語です。そのことばをつくった私は、分子栄養学の意味を、栄養物質を分子レベルで考える学問としたわけではありません。そんな考えなら、昔からあったわけで、いまさら、新しいことばをつくるのは無用のわざです。

    分子栄養学というからには、分子レベルの考え方がどこかにあるにちがいないと、誰しも想像されることかと思います。その分子が栄養物質側のものでないことは、もうおわかりでしょう。それは、受入側の分子だったのです。

    栄養物質を受入れるのは、いうまでもなく私たちのからだ以外のものではありません。分子栄養学は、からだを分子レベルで考える栄養学のこと、と理解していただきたいと思います。

    私たちのからだは、水分子もあります。タンパク分子もあります。リン脂質分子もあります。そういうものについての分子レベルで扱う科学も、昔からあったことで、いまさらとりたてるのはおかしなことです。分子栄養学の頭につけた分子は、そのような分子をさすものではありません。

    分子生物学という新しい学問が誕生したのは一九五八年ですが、ここまで生体のことがわかってみれば、栄養学も書き換えられるベき運命にありました。分子栄養学とは、分子生物学によって書き換えられた栄養学という意味の命名なのです。

    分子生物学とは、生物を分子レベルで考える生物学にちがいありませんが、その分子の根幹におかれるのが遺伝子なのです。だから分子生物学というかわりに、遺伝子生物学といっても、不当ではありません。それと同じように、分子栄養学は、遺伝子栄養学といってよい内容をもった学問である。といっておきましょう。

    私たちのからだは、遺伝子分子をかかえた分子の集合体です。栄養物質分子の受入側には、そういう特徴があるのです。

    ここからすぐにわかることは、遺伝子のもつ要求にこたえることが、食品の条件だということです。分子栄養学の本領は、遺伝子をフルに活動させるのに必要な栄養物質は何と何か、めいめいにそれがどれだけいるか、の手がかりになる理論を提供するところにあるといっておきましょう。

    *この文章は三石巌が会報誌「メグビーインフォメーションVol.3」(1983年3月号)に初めて分子栄養学を勉強される方へ向けて書いたものです。

  • 2 古典栄養学と分子栄養学

    2 古典栄養学と分子栄養学

    分子生物学を基盤とする栄養学。これが分子栄養学です。これを新しい栄養学とするならば、分子生物学以前のそれは、古い栄養学ということになるでしょう。これを私は「古典栄養学」とよびたいと思います。

    古典栄養学は、食物を、熱や力のもとと考えるところから出発します。熱も力もエネルギーですから、古典栄養学では、食物をエネルギー源と考えます。そこで、カロリーというエネルギー単位を使って、食品の「栄養価」を割りだすことが柱になりました。

    成人一日の摂取カロリーがいくらでなければならないというめやすがたつと、こんな献立では栄養価がたりるとか、たりないとか、食生活について新しい観点がでてきました。これは、古典栄養学のおかげといってよいでしょう。

    カロリー計算は、学校給食や病院食などで、栄養士さんの大切な仕事になっています。それはまた、アフリカ西岸諸国に対して、当面どれだけの食糧援助が必要か、というような計算の基礎を与えます。さらにまた、食事制限を必要とする糖尿病患者の献立をつくるのに、なくてはならないものとなっています。このような意味で、古典栄養学が、現在もなおその価値を失っていないことは確かです。

    古典栄養学は、栄養素として、糖質・脂質・タンパク質の三者をあげ「三大栄養素」の考え方を全面におしだしました。栄養価をカロリーであらわす立場があれば、タンパク質はどうしても影がうすくなります。それにしても、三つの栄養素があれば、そのバランスはどうかという問題がおこるのは当然でした。「栄養のバランス」の概念は、そこから生まれたのでしょう。

    栄養バランスの数字が一方にあり、総カロリー数が一方にあれば、糖質・脂質・タンパク質の一日必要量が算出されるわけです。そうしておいて、ビタミン・ミネラルをふくむ食品を献立に組みこめば、理想的な食事ができる、というのが古典栄養学の思想なのではないでしょうか。

    分子栄養学の理論からすると、三大栄養素の筆頭にくるのがタンパク質になります。「タンパク質は生命をつくる」のです。だから、タンパク質の必要量は、カロリーとは無関係に、プロテインスコア100の良質タンパクとして体重の1000分の1とされます。これは必須の条件でして、糖質や脂質の量に左右されない数字なのです。

    この例でおわかりのとおり、分子栄養学では、栄養素の絶対量に目をつけます。だから、栄養のバランスという考え方のでてくる余地はありません。これは、三大栄養素にかぎらず、ビタミンやミネラルなどすべての栄養素について、一貫しての主張となります。

    *この文章は三石巌が会報誌「メグビーインフォメーションVol.4」(1983年4月号)に初めて分子栄養学を勉強される方へ向けて書いたものです。

  • 3 個体差の栄養学

    3 個体差の栄養学

    古典栄養学は、カロリー計算や栄養のバランスの主張となりました。そこには、ビタミンは潤滑油のような役割をもつ栄養物質であって、微量でたりるという考え方があります。これは極言すれば、私たちが生きていくための条件をもとめる科学にすぎないといえるでしょう。病気も寿命も体質も、そこでは問題にされません。

    私どもの関心事は、生存の条件ではなく、能力の問題であり、老化の問題であり、病気の問題であるといってよいでしょう。それはつきつめてゆけば、体質の問題、個人差個体差の問題だと思います。ところが、古典栄養学は、ここまで切りこむ手段をもっていません。これに対して、分子栄養学は、人類共通の栄養条件をもとめるばかりでなく、一人一人の栄養条件をもとめる科学といってよいものです。それは、個体差に注目しつつ、人類全体を射程内にいれた栄養学なのです。

    分子栄養学の分子は、遺伝子をさすものでした。周知のとおり、数十億といわれる人類のなかで、同一の遺伝子のセットをもつ人は、一卵性双生児以外にないのです。遺伝子に注目する栄養学は、一人一人を区別して、栄養面からみた個体差を問題にせざるをえません。そしてそこにこそ、分子栄養学の存在理由があるのです。

    私たちのまわりを見わたすと、寝たきり老人もいます。朝から晩まで活動している人もいます。非行少年もいます。そうかと思うと、コンピューターを発明する人も、スペースシャトルの計算をする人もいます。ガンの研究をする人もいます。人それぞれに、能力に差があり、体力に差があり、健康レベルに差があります。そしてそれは、結局は個体差の問題になります。

    このようなさまざまな面に個体差があっても、人間は人間です。その意味で、すべての人は古典栄養学の対象になります。しかし、このように巨大な個体差に目をつぶることは、現実的といえません。

    私たちのあいだに、いくら大きな個体差はあっても、人間は人間です。その遺伝子は、人類の遺伝子なのです。私たちの生命活動は、遺伝子の完全な指揮下にあります。だから私たちは、鳥のまねもできず、魚のまねもできないのです。人間のやることはすべて、人類の遺伝子の指揮下にあります。能力の個体差が存在することは、遺伝子の指揮が干渉的なものではなく、寛大であることを証明するものです。遺伝子の指揮下において、ベートーベンは交響曲を創作し、アインシュタインは相対性理論を発見したのです。

    こんな例をあげるまでもなく、人間の個体差は莫大なものです。それは結局は遺伝子のちがいと無関係ではありません。その個体差をその人の弱点にしないためにの栄養条件をもとめることが、分子栄養学の目的なのです。

    *この文章は三石巌が会報誌「メグビーインフォメーションVol.5」(1983年5月号)に初めて分子栄養学を勉強される方へ向けて書いたものです。

  • 4 DNAは十人十色

    4 DNAは十人十色

    私たち人間のなかまを見ると、背の高い人もあり、背の低い人もあり、デブもあり、ヤセもあります。顔についても、丸顔の人もあり、角ばった顔もあり、鼻の高い人もあり、鼻の低い人もあります。髪の色、爪の形、目の大きさ、眉毛の形と、外見上の特徴となる要素は数えきれないほどたくさんあります。

    私たちはまた、この外見上の特徴が、多少とも親ゆずりであることを、よく知っています。結局、これらの要素に、遺伝がからんでいることを認めない人はいないでしょう。

    ここにとりあげた問題は、外見上の個体差というものです。その個体差が遺伝子レベルのものであることを、ここではっきりしたいと思います。遺伝子は、DNAという名の分子の上にならんでいるものですから、遺伝子レベルというかわりに、DNAレベルということができます。これからあとに、DNAということばがでてきたら、それは、遺伝子の意味、遺伝子群の意味にとっていただきましょう。

    十人十色という伝承があります。これは、十人の人を集めれば、からだの形も、顔の形も心のすがたも、十色になることをいっているのです。それはつまり、人間には明白な個体差があるという事実を述べたことになります。それは、人間の遺伝子が、いやDNAが、十人いれば十色だ、というのと同じことになります。

    外見上にこれだけのはっきりした個体差があるというのに、からだのなかの臓器に、あるいは細胞に、個体差がなかっとしたら、おかしいものでしょう。

    一昨年のことですが、私の弟が皮膚の移植手術をうけました。移植した皮膚は彼のものでしたが、もしも私の皮膚を使ったとしたら、成功の可能性は、まずありません。弟の皮膚は、色が少し黒いこと以外の点で、私のものと外見上も機能上もちがいません。しかし、その実質であるタンパク質にちがいあります。だから、移植にはむかないのです。

    皮膚は親ゆずりだから、兄弟のそれは同じでよさそうなものですが、それがそうではありません。皮膚の遺伝子DNAに、ちがいがあるからです。 私の親は、私にも弟にもDNAをゆずりました。ところが、そのゆずる過程に突然変異がおきました。私がもらったDNAは、親のものを多少もじったものになっています。弟もそうですが、そのもじる形がちがうので、私と弟とで、DNAがちょっぴりちがいます。それが皮膚にあらわれたから、兄弟で皮膚の実質がちがうことになるのです。

    DNAのちがいは皮膚にあらわれるだけではありません。全身にあらわれます。私のからだのどの部分も、弟に移植するわけにいかないのです。

    *この文章は三石巌が会報誌「メグビーインフォメーションVol.6」(1983年6月号)に初めて分子栄養学を勉強される方へ向けて書いたものです。

  • 5 個体差はタンパク質の違い

    5 個体差はタンパク質の違い

    皮膚の移植手術は、やけどや、皮膚の手術のあとでは、よくおこなわれます。そのとき、移植する皮膚は、本人のものにかぎります。もし、一卵性双生児の兄弟がいるのなら、その人のものを使うことができます。

    私たちのからだは、いうまでもなく、自分のものです。自分の皮膚がどうにかなったのなら、修復のためには自分の皮膚をもってこなければなりません。 自分のものを「自己」というなら、ひとのものは「非自己」です。私たちのからだは、自己だけでかためるのが原則です。それはつまり、同じDNAをもった細胞でかためるのが原則、ということです。

    自分の皮膚の細胞は、自分のDNAをもっています。ひとの皮膚の細胞は、その人のDNAをもっています。それはつまり非自己です。自分のからだは自分のものでかためるのが原則だとすれば、非自己はあくまでも排除しなければなりますまい。

    このとき、植えつけられた皮膚が、自己であるか、それとも非自己であるかの判別が必要なわけでしょう。この判別は、DNAのちがいをみるのではなく、タンパク質のちがいをみるのです。人がちがえば、皮膚のタンパク質もちがいます。そのタンパク質のちがいによって、自己と非自己との区別がつくのです。非自己タンパクのことを「異種タンパク」といいます。私どものからだは、異種タンパクを見分けて、それを排除するのです。

    もうひとつの例をあげましょう。 腎臓が悪くなると、人工透析という方法で、血液の浄化をはかることは、ごぞんじのことと思います。人工透析がやっかいだといって、腎臓移植にふみきる人もいます。

    腎臓の形はどうか、機能はどうか、などということは、教科書を見れば、すぐわかることです。それを見ると、腎臓はだれのものでも同じなことがわかります。しかしそれは、形や機能のことであって、その実質であるタンパク質は、人それぞれにちがいます。よその人の腎臓は異種のタンパクなのです。皮膚の移植と同じわけで、腎臓の移植も、有効な対策ぬきでは、失敗にきまっています。

    ところで、非自己を排除する現象を「免疫」といいます。この免疫をおさえこまないことには、どんな移植も成功しないにきまっています。腎臓移植・心臓移植などでは、免疫抑制剤を使って、免疫能力を殺さなければなりません。そのために、抵抗力がダウンしてしまうので、風邪も命とりになりかねないからだができあがります。

    個体差の問題は、このように、からだのすみずみにおよんでいます。おたがいは、人間である点にちがいはないのですが、からだの素材であるタンパク質は、どこからどこまでもちがうのです。

    *この文章は三石巌が会報誌「メグビーインフォメーションVol.7」(1983年7月号)に初めて分子栄養学を勉強される方へ向けて書いたものです。

  • 6 栄養条件もひとそれぞれ

    6 栄養条件もひとそれぞれ

    私たち一人びとりの人間は、顔かたちが十人十色であるばかりでなく、からだの内部のすみずみまでが十人十色だということが、もうおわかりのことと思います。私たちのからだは、親子であっても、兄弟であっても、その素材であるタンパク質に着目すれば、けっして同じではありません。個体差は、頭のてっぺんから足の先まで、ついてまわるのです。そしてそれは、一人びとりのもっている遺伝子DNAの個体差からきているのです。

    むろん、私たちはお互いに人間です。先祖はサルでも、いまはサルではなくて人間です。それは、私たちが、人類に特有なDNAをもっているからにほかなりません。私たちのDNAは、人類を特徴づけるDNAなのです。しかし、そのDNA分子の組成が一人びとり、少しずつちがっているのです。それが、タンパク質のちがいとしてあらわれているということは、もうご存じのはずです。

    タンパク質の分子は、二〇種アミノ酸がくさりのようにつながった構造のものです。タンパク質のちがいは、そのアミノ酸の配列や数のちがいを意味します。だれの皮膚も、タンパク質でできていることにちがいはありませんが、そのアミノ酸配列が、人ごとにちがうのです。腎臓でも、目玉でも、みんなそれと同じことなのです。そしてそれは、DNAが人ごとにちがうところからきています。

    このあたりで私のいっていることは、分子栄養学の話ではありません。分子生物学の話なのです。しかしこのあたりから、話は分子栄養学につながってくるのです。

    私たちのからだの素材であるタンパク質は、一人びとりちがっています。そしてそれがフルに活動しなければ健康レベルがさがるとすると、事柄が単純でないことがわかります。生命の担い手がタンパク質であることが確かだとすると、そのタンパク質を活動させる条件に的をしぼる必要がでてきます。

    タンパク質が、私たちのからだをつくる素材であることにまちがいはないのですが、その重要なものは酵素の役目をもっています。名前でいえば、「酵素タンパク」というものです。その酵素タンパクのアミノ酸組成に個体差があることを、ここでは注意したいのです。

    ここに、Aさんと、Bさんとがいます。この二人は、体重も、身長も、年も同じだとしましょう。それならば、同じ献立の食事を、同じ量だけ食べたら、二人の栄養条件は同じになるかというとそうではないはずです。 高い健康レベルを保つためには、酵素タンパクがフルに活動しなければなりません。栄養の補給は、そのためにあるわけですが、酵素タンパクが、AさんとBさんとでちがうとすると、栄養物質の要求量が同じでよいはずがないではありませんか。

    *この文章は三石巌が会報誌「メグビーインフォメーションVol.8」(1983年8月号)に初めて分子栄養学を勉強される方へ向けて書いたものです。

  • 7 ニュートリオロジー

    7 ニュートリオロジー

    ここまでの話で、分子栄養学というもののアウトラインはおわかりでしょう。それは、遺伝子栄養学、または、DNA栄養学といってよいもの、と私は考えます。

    分子栄養学の主張のなかには、従来の栄養学を、古典的なもの、古いものとする思想があります。極端な言い方が許されるなら、古典栄養学は、科学の資格をそなえていない、と考えることができるでしょう。そのことは、古典栄養学の英語が、雄弁に告白していることです。

    英語では、栄養学のことを「ニュートリション」といいます。ニュートリションとは栄養を意味することばです。英語では、栄養と栄養学とに、区別がありません。それはつまり、栄養学と日本でいわれるものが、学問になっていないことを証明するものといえましょう。

    分子生物学という、新しい生物学が誕生して、すべての生命現象が、科学の光をまともにあびるようになった今日、栄養学がその恩恵に浴して悪いわけではありません。それはつまり、栄養学が、科学としての面目をととのえる時期にきた、ということです。

    私の分子栄養学は、そこからきているので、まさに、科学としての資格を備えている、と私は考えます。そこで、この栄養学を、「ニュートリオロジー」と名付けたいと思っています。英語のスペルをついでに書けば、ニュートリションはNUTRITION、ニュートリオロジーはNUTRIOLOGYとなります。 ニュートリオロジーは、ニュートリションの語尾に「ロジー」をつけた形のものです。ロジーはロジックのことで、「論理」を意味します。学問というものは、一般に論理をもっているので、英語では、語尾をロジーとする学問がいくらもあります。その例は、生物学のバイオロジー、心理学のサイコロジー生態学のエコロジー、動物学のゾオロジー、人種学のエスノロジー、地質学のジオロジーなど、枚挙にいとまがありません。

    いずれにしても、私たちがこれから勉強してゆく栄養学は、ニュートリションではなく、ニュートリオロジーでなければなるまい、と私は考えます。そのような意識の変革があって、はじめて、栄養物質と生命とのかかわり、栄養物質と健康とのかかわりが、論理的に、あるいは理論的に扱われることになるのです。 なお、ニュートリオロジーを、即、分子栄養学としてよいかどうかが、一つの問題になります。私としては、分子栄養学を「モレキュラーニュートリオロジー」とし、それを省略して、たんにニュートリオロジーということもできる、としたらよいかと思います。 この講座は、ニュートリオロジー講座ということになるでしょう。

    *この文章は三石巌が会報誌「メグビーインフォメーションVol.9」(1983年9月号)に初めて分子栄養学を勉強される方へ向けて書いたものです。

  • 8 DNAとは

    8 DNAとは

    生命の支配者である遺伝子が、DNA分子のなかにあることは、すでに述べたところでした。DNAが人それぞれにちがったものであり、その個体差がタンパク質に反映していることも、ご存じのとおりです。 では、DNAは、どんなもので、どんな働きをするのでしょうか。

    DNA分子は、繩梯子のような形をしています。この繩梯子の各ステップは、まんなかではずれるようにできているので、チャックに似ています。チャックといえば、ふつうは布にとりつけられたものですが、布にあたる部分は、ここでは必要がありません。DNAは、はだかのチャックに似たもの、といったらよいでしょう。

    はだかのチャックをねじった形が、DNA分子の形をあらわします。 チャックでは、両方からでた棒が、かぎになってひっかかっているでしょう。 そのかぎが、次つぎにはずれたとき、チャックは開きます。

    チャックでは、かぎのついた棒は、どれも同じ形をしています。ところが、DNAのチャックでは、かぎのついた棒が四種あって、A、C、G、Tと名前で区別されます。そして、AはT、CはG、とつながる相手がきまっているのです。ここのところが、DNAとチャックとの大きなちがいになっています。もし、ACGTが四つに色わけされているとしたら、DNAのチャックは、自然の色もようをかもしだすことでしょう。Aをアンバー(コハク色)、Cをチャコール(炭色)、Gをグリーン(緑)、Tをタン(茶褐色)としておいたら、この四文字が色で覚えられて、便利かもしれません。

    チャックというものは、きちんと閉じているのが正常の姿ですが、DNAの縄梯子も同じで、ふだんは、ステップのまんなかは、閉じています。そういう状態のDNAは、何の動きもしません。 もし私が、砂糖をなめたとします。すると、私の膵臓の細胞のなかにあるDNA分子のチャックの、ある部分が開くのです。

    私たちがよく知っているチャックでは、端から端まで開くのがふつうですが、DNAのチャックは、一部しか開きません。それも、必要なときに開いて、必要がなくなればすぐに閉じてしまいます。 蔗糖が消化管にはいると、それは、ブドウ糖と果糖とに分解します。膵臓から小腸に分泌される膵液がふくむサッカラーゼという酵素の働きで、この分解がおきたのです。膵臓のDNAは、サッカラーゼをつくるために、チャックを開いたことになります。

    一般に、DNAの縄梯子のステップがばらばらに開くのは、主として、酵素をつくる必要がおきたときなのです。もしこれが開かなければ、砂糖は消化吸収できないわけです。

    *この文章は三石巌が会報誌「メグビーインフォメーションVol.10」(1983年10月号)に初めて分子栄養学を勉強される方へ向けて書いたものです。

  • 9 RNAはDNAのコピー

    9 RNAはDNAのコピー

    DNAの縄梯子のステップは、アンバーとタン、チャコールとグリーンというぐあいに、組合わせがきまっています。ばらばらに開いたDNAの縄の一方を見ると、四色の棒が、のれんのようにたれています。この色もようは、じつは、暗号になっているのです。

    DNAの縄梯子が閉じているとき、暗号はかくれています。それが開いて、四色の棒がぶらぶらになっとき、暗号はあらわれるのです。分子栄養学ニュートリオロジーの話は、DNA分子が開裂して、遺伝暗号が露出するところからはじまります。

    暗号というものは、解読されなければ意味がありません。そこで、「解読」が問題になりますが、そこまでゆくのには、いくつかの手続きがいります。 DNA分子が開裂して縄のれんの形になると、すぐに、そのコピーをとる「転写」がはじまります。それには、そのへんにうろうろしている、別種の色の棒が働くのです。

    もともと、DNAのチャックをずたずたにばらすと、T字型の分子になります。この字の横棒は、デオキシリボースという糖と、リン酸とのつながったものです。そして縦棒は、前回述べたとおり、四色ありますが、化学物質としては塩基です。その名は、アデニン(A)、シトシン(C)、グアニン(G)、チミン(T)となっています。これを、アンバー(コハク)色、チャコール(炭色)、グリーン(緑)、タン(茶褐色)としたわけでした。

    開裂した縄のれんの色の棒に引きよせられるのは、やはりT字型の分子ですが、このT字の横棒は、リボースという糖にリン酸がつながったものです。それが、次つぎに縄のれんの色のたれにくっついて、チャックを閉じたような形になります。そのときも、チャコールにはグリーンがくっつきますが、アンバーには、タンではなくウルトラマリーン(グンジョウ色、本名はウラシル)がくっつきます。

    DNAののれんにくっついて、チャックを閉じる役目をするもう一つののれんをRNAといいます。DNAの塩基はACGTの四種だったのに、RNAの塩基はACGUの四種だということになりました。DNAのDは、デオキシリボースの頭文字、RNAのRは、リボースの頭文字です。

    開裂したDNA縄のれんにへばりついたRNA縄のれんは、すぐここをはなれます。すると、DNAはまたもとのように閉じて、縄梯子をつくって静まりかえってしまいます。 このとき、RNA縄のれんが、DNAのコピーになっていることが、おわかりでしょうか。DNAのアンバーのたれには、ウルトラマリーンが、チャコールのたれにはグリーンが、グリーンのたれにはチャコールが、ということは、色暗号を転写したことになっているのです。

    *この文章は三石巌が会報誌「メグビーインフォメーションVol.11」(1983年11月号)に初めて分子栄養学を勉強される方へ向けて書いたものです。

  • 10 RNAの働きとリボゾーム

    10 RNAの働きとリボゾーム

    DNA分子の一部が開裂し、そこに露出した暗号を転写したRNA分子が生まれるという、おもしろい現象は、細胞の核のなかでおこりました。核は、核膜という膜につつまれていますが、そこには、小さな孔がいくつもあいています。その孔から、RNA分子は外にでるのです。

    核をでたRNAのたどりつくところにはミクロゾーム(小胞体)という小器官です。 リボゾームには粗面小胞体、滑面小胞体の二種がありますが、いまは粗面小胞体のほうです。これは、ひだのあるまんじゅうみたいな形のもので、表面に小さな雪だるまのようなものが、ゴマをまぶしたようにはりついています。この雪だるまの名前は、リボゾームです。これが、RNAがもってきた暗号を解読する装置なのです。

    核をとびだしたRNAは、ミクロゾームまんじゅうの表面に横たわります。すると、その上を、リボゾームがなぞるように動きだします。そして、RNAに転写された暗号を端から解読してゆくわけです。 RNA繩のれんのたれの色が、端から順に、アンバー、ウルトラマリーン、グリーン、チャコール、ウルトラマリーン、ウルトラマリーンだったとしましょう。この暗号は、三つが一組になっています。アンバー、ウルトラマリーン、グリーンはメチオニンの暗号です。チャコール、ウルトラマリーン、ウルトラマリーンはグルタミン酸の暗号です。メチオニンもグルタミン酸もアミノ酸なので、結局、DNAの暗号というのは、アミノ酸を指定するのが役目だったのです。

    リボゾームという名の小さな雪だるまがRNAの繩のれんをなぞってゆくと、メチオニン、グルタミン酸というぐあいに、アミノ酸が次つぎにあらわれ、つながってゆきます。そしてそこに、タンパク質がつくりあげられるのです。アミノ酸のくさりは、タンパク質にほかならないからです。

    前に、膵臓でサッカラーゼという蔗糖分解酵素がつくられることを記しましたが、この酵素の正体は、ただのタンパク質だったのです。膵臓の細胞核のなかのDNA分子の、サッカラーゼ担当の部分が開裂し、そこでRNAへの転写がおこなわれ、そのRNAがミクロゾームへいって、サッカラーゼを合成したわけです。

    ここまでを読んで、一つの大切なことがおわかりのはずです。それは、DNAという親ゆずりの遺伝子の存在の価値をなくさないためには、タンパク質がどうしても必要、ということです。 私たちの口からはいったタンパク質は、タンパク分解酵素によってアミノ酸になります。それが、血液にはこばれ細胞にはいって、リボゾームのところで、私たちに必要なタンパク質につくり変えられるのです。

    *この文章は三石巌が会報誌「メグビーインフォメーションVol.12」(1983年12月号)に初めて分子栄養学を勉強される方へ向けて書いたものです。

  • 11 物理学を起点とした栄養学

    11 物理学を起点とした栄養学

    ここまでのところで、細胞とよばれる小さな生命単位のなかに、いくつかの小器官のあることがおわかりだと思います。核、ミクロゾーム、リボゾームなどがそれでした。細胞が生きていくためには、そのなかに、いろいろな働き手がなければなりますまい。それがつまり、「細胞内小器官」というものだと考えていただきましょう。

    細胞内小器官の一つリボゾームが、雪だるまのような形をしていて、それが、RNAのもってきた暗号を解読し、アミノ酸を暗号にしたがってつないでゆく役目の装置だ、ということは、もうおわかりでしょう。 このリボゾームをばらばらな分子が自然に集合して、もとどおりの雪だるまの形を組み立ててしまうのです。しかもそのものには、暗号解読能力が、ちゃんと備わってもいます。

    ここに煉瓦づくりの家があったとします。それをとりこわして、ばらばらな煉瓦の山にしたとして、それが自然にもとどおりの家に組み立てられたとしたら、それは魔法としか思えないでしょう。それが、細胞内小器官の一つリボゾームにおきたことなのです。

    それから推測すると、さまざまな細胞内小器官が、このようにしてつくられたのでないか、全く物理的な力の働きでつくられたのではないか、と考える余地がでてきます。それならば、細胞そのものも、このような全く物理的な力で組み立てられるのではないか、遠くの人が考えるようになりました。それが正しいとすると、生命の神秘などというものは、雲散霧消せざるをえません。 もともと宇宙に生命はなく、無から有を生ずるがごとくに生物が誕生したという歴史を思えば、このリボゾームの奇跡は、何ら怪しむにたりない、当然のことだといってしまってよい、と私は考えます。それはまた、分子栄養学の基礎におかれるべき思想だ、と私は考えます。

    すでに述べたとおり、分子栄養学の生みの親は分子生物学でした。そして、分子生物学は、物理学者クリックの頭からでたものでした。そしてまたそれは、生物学者や生化学者の頭からは、でることのできない性質のものでした。

    生命現象を分子レベルで扱う生化学という科学は以前からもありました。それは、化学反応を中心においたものです。ところが、分子生物学は、化学反応の頭の上をこえて、暗号化された遺伝情報の解読から出発します。これは、従来の生物学や、生化学からの完全な離脱であり、発想の転換であります。 それと同様な発想の転換が、分子栄養学を誕生させました。そして、ニュートリションはニュートリオロジーに変貌したのです。

    *この文章は三石巌が会報誌「メグビーインフォメーションVol.13」(1984年1月号)に初めて分子栄養学を勉強される方へ向けて書いたものです。

  • 12 新しい栄養学

    12 新しい栄養学

    新しい栄養学ということばが、よく聞かれます。私の分子栄養学も、その新しい栄養学の一つである、と主張することができるわけですが、いずれにしても、新しい栄養学の発想が、あちらにもこちらにもあらわれたという事実は、これまでの栄養学が信用を失ったことを証明するものでしょう。

    この栄養学変事の転機となったのは、栄養学の本家アメリカの上院で、栄養問題特別委員会が、大規模な調査をおこない、その結果を公表したことにある、と私は思います。これは、アメリカ国民に大きなショックを与えたと伝えられます。

    この報告書の内容には、二つの顔があるようです。一つは、現行医学の批判、一つは食生活の批評としてよいでしょう。 現行医学にたいしては、医学が食生活と病気との関係を無視してきたことを批判しています。また、医者の栄養についての無知無関心を批判しています。そして、新しい医学は、細胞の栄養バランスに着目したものでなければならないといい、細胞の働きを分子レベルで問題にする分子矯正医学こそが新しい医学である、といっています。

    ビタミンCとカゼ、ビタミンCとガンなどの関係の研究で知られるライナス=ポーリングが、分子矯正医学の提唱者です。彼は、特定のビタミンなどの不足からおこる病気を、それの大量投与によってなおすことを考え、これに「分子矯正医学」という名前をつけました。こういうのが新しい医学だと報告書は述べているのです。

    また一方、その報告書は、現代医学の最大の課題であるガンにもふれています。そして、アメリカでは毎年平均四〇万人がガンで死んでいるが、そのうち三五万人は食生活に関連している、タンパク質、とくに動物タンパクを多くとると、ガンになりやすい、食物繊維をとるとガンになりにくい、などといっています。そしてまた、デンプンを多くとる草食型の国民は総体的に健康だ、といい、アフリカ原住民の食生活に学ぶべきだ、などともいっているのです。

    ここには、私たちのよく知っている自然食主義の思想がうかがわれます。これに力をえた指導者の一人に、パーボ=アイローラという人がいます。この人は、『ハウ ツー ゲット ウェル』(丈夫になるには)というベストセラーの著者として有名です。

    ことしになって、アイローラは脳卒中で倒れました。享年六八歳ということです。彼は肉や卵をきらい、植物タンパクさえも制限して、穀類を主食とする菜食主義に徹したあげく、平均寿命に達しない年齢で、この世を去りました。当初、その死因が交通事故とされたのも、栄養学博士の名が泣くからの窮余の弁明というところでしょう。これは、まぎれもなく、自然食敗北の記録となりました。

    *この文章は三石巌が会報誌「メグビーインフォメーションVol.14」(1984年2月号)に初めて分子栄養学を勉強される方へ向けて書いたものです。

  • 13 自然食主義の落とし穴

    13 自然食主義の落とし穴

    アメリカの上院の栄養問題特別委員会は、医学界、栄養学界に大きな衝撃を与える、歴史的なものになりました。それは、医学にたいしては、分子矯正医学という新しい道を示しました。そして、栄養学にたいしては、食生活の見直しをもとめました。そこから、パーボ=アイローラのような自然食主義者がでてくることになりました。自然食の悲劇は、前回で紹介したとおりです。

    皆様もうご存じのとおり、分子栄養学では、栄養素のトップにタンパク質をおきます。タンパク質がふそくすれば、親ゆずりのせっかくの遺伝子が、活動を阻害されるわけでしょう。低タンパク食は、動脈硬化・高血圧などを約束するわけですから、アイローラを脳卒中に追い込んだことにふしぎはありません。

    アメリカの上院特別委員会の報告には、文明国の食生活はまちがっている、ニ十世紀初頭の食生活にもどれ、などというような主張があります。これが彼が委員会に影響を与えたのか、私には見当はつきませんが、両者のあいだに一脈つうじる点のあることは確かです。

    もともと、自然食主義には、理論的根拠がありません。根拠を与えようとすれば、どうしても、屁理屈をこねなければならなくなります。その例は、わが国の自然食主義の元祖桜沢如一氏の陰陽説です。これは、『食養学原論』にくわしく説明されていますが、そのあらましは、私の『健康食総点検』で理解して頂けると思います。 彼は、ナトリウム・カリウムを陰陽の実体とする物活説を展開します。物活説とは、万物に生命ありとする原始的な思想であって、いま通用するはずのないものですが、現実には、まだその信奉者がわが国にも少なくないのが実情です。

    パーボ=アイローラの場合にも、その菜食を中心とする自然食主義に、根拠がないわけではありません。彼は、穀類・野菜類の食物繊維に異常な執着を見せています。そのことは、彼の著者『ハイポグリセミア』(低血糖症)によくあらわれています。彼は、食物繊維に重きをおく一方、例の報告書にあるように、タンパク質を敬遠する態度にでました。食物繊維をせっせと食べたことは、糖尿病や胃腸障害の予防には有利だったにちがいありませんが、低タンパク食は、何といっても致命的でした。

    私たちの生命現象をトータルに見た場合、食物繊維のような特殊な物質に着目することは、重大な偏向としなければなりません。木をみて森を見ず、というこことになってしまいます。いわゆる新しい栄養学には、とかくこのような落とし穴がついてまわります。

    生命について、健康について考えるとき、私どもは、遺伝子にまでさかのぼらなければならないのです。

    *この文章は三石巌が会報誌「メグビーインフォメーションVol.15」(1984年3月号)に初めて分子栄養学を勉強される方へ向けて書いたものです。

  • 14 メガビタミン主義

    14 メガビタミン主義

    アメリカ上院栄養学特別委員会の報告書が、自然食指向一辺倒であったわけではありません。それはビタミン・ミネラルについてもふれています。その趣旨は、ふつうの食事では、ビタミン・ミネラルが不足する、ということです。これは、いわゆるメガビタミン主義の路線をこわすものでした。メガビタミン主義と自然食主義とは、私にいわせれば正反対のものですが、この二つが同居させられているところに、委員会の弱体振りがあらわれているといわなければなりますまい。

    いずれにせよ、そこには、今日のメガビタミン主義の萌芽があらわれているのです。 メガビタミン主義ということばは、コッフェルの造語ですが、それは恐らく一九七◯年代のことでしょう。しかし、その言葉がつくられるより前から、ビタミンの大量投与はおこなわれていた、とみることができます。

    ハーレル夫人は、すでに一九四〇年代に、知恵おくれの子供に、各種ビタミン・ミネラルの大量投与を試みました。そして、めざましい効果を見ています。このことは、私の『頭がよくなるビタミン革命』に紹介しておきました。

    恐らくその当時から、カゼの予防や治療に、ビタミンCの大量投与をやってみる医師が、あちこちにいたろうと思います。カナダのシュートのように、ビタミンE一点張りで、心臓病に取組んだ医師もいます。 メガビタミン主義が、広く世界の注目をひくようになったのは、科学界の巨星ポーリングの力だと思います。彼は、カナダの精神科医が、精神分裂患者にニコチン酸の大量投与をおこなっているのを見て、ビタミン大量投与に興味をもったと伝えられています。これは、一九六五年頃のことのようです。

    私が、自分自身の白内障の対策として、また健康法として、ビタミンC、ビタミンB群の大量摂取をはじめたのも一九六一年のことですから、新しいことではありません。当時はまだ、分子生物学が世に知られていませんでしたから、メガビタミン主義の理論づけは、もっとあとになります。

    例の報告書が生んだメガビタミン主義者の一人に、ミンデルがいます。彼の『ビタミンバイブル』は、世界的なベストセラーになりました。この本をお読みの方はおわかりのように、彼のメガビタミン主義は、全く経験的なもの、といっても過言ではありません。そこには、とくに理論はないのです。それは、タンパク質を強調しないことから明らか、といってよいでしょう。 ご存じのとおり、アメリカ上院栄養問題特別委員会のご報告書は矛盾にみちたものです。

    なぜそうなったのかといえば、そこに理論がなかったから、といわざるをえません。栄養について、食生活について語るとき、その土台に理論がなくてはならないのです。

    *この文章は三石巌が会報誌「メグビーインフォメーションVol.16」(1984年4月号)に初めて分子栄養学を勉強される方へ向けて書いたものです。

  • 15 分子矯正栄養学

    15 分子矯正栄養学

    アメリカ上院栄養問題特別委員会報告書という歴史的文書の批判をとおして、従来の栄養学も、いわゆる新しい栄養学も、理論の柱がないために、矛盾をはらみ、説得力に欠けることを明らかにしてきました。そこで、栄養学の理論の基礎をどこにおくべきか、という問題にぶつかります。しかし、分子生物学という、生命の根本をにぎる科学が誕生した今日、栄養学の基礎に分子生物学がおかれなければならないことは、疑問の余地のないところだ、と私は思います。私の分子栄養学がそこから生まれたことは、もう説明する必要はありますまい。

    ことばのうえで、分子栄養学とよく似たものに、分子矯正医学があります。それについては、例の報告書もふれているわけですが、ポーリングは最近、これを分子矯正栄養学に改名しました。ことばのうえで似ているといったのは、この分子矯正栄養学のことです。日本ではこれを、分子整合栄養学と訳す人があらわれました。

    分子矯正栄養学、分子栄養学は同じものなのでしょうか。ちがうとすれば、どこがちがうのでしょうか。

    分子矯正医学の提唱者ポーリングは、特定の栄養素の分子濃度が低いことからくる病気があること、その病気は、分子濃度を高めることによってなおることを主張しました。そして、そのような治療法をとる医学を、分子矯正医学としたのでした。考えてみれば、それは医療手段というよりも、栄養補給といったほうが適切です。そこで彼は、分子矯正医学を、分子矯正栄養学に改称したのだと思います。

    ここまで説明でおわかりのとおり、分子矯正栄養学のいう「分子」は、ビタミンなどの栄養素の分子以外のものではありません。したがって、分子矯正栄養学の本質は、われわれが問題にしている分子生物学とは、いささかのかかわりもないわけです。そういっては悪いけど、分子矯正栄養学の理論は、きわめて浅いところにしかありません。でも、それは分子矯正栄養学の実用的価値をそこなうことにはならないのです。分子矯正栄養学は、一つの実学といえるでしょう。分子整合栄養学についてもこれと同じことがいえるわけです。結局、分子矯正栄養学も分子整合栄養学もDNAレベル、遺伝子レベルの科学ではありません。それは、分子栄養学とは全くちがう次元の学問なのです。

    分子栄養学は、DNAレベル、遺伝子レベルの栄養学であるという意味において、古典栄養学ともちがい、アメリカ上院栄養問題特別報告書が誘発したもろもろの新しい栄養学ともちがいます。そして、分子栄養学こそが、二十世紀後半の科学の進歩に対応する、今日的理論をもつ唯一の栄養学であるといえるのです。

    *この文章は三石巌が会報誌「メグビーインフォメーションVol.17」(1984年5月号)に初めて分子栄養学を勉強される方へ向けて書いたものです。

  • 16 私が白内障になった理由

    16 私が白内障になった理由

    ここまでの話で、分子栄養学がほかの栄養学と比較して、独特なものであることが、おわかりになったと思います。そこには、ちゃんと理論もあり、実際的な方法もある、ということです。その具体的なことは、『分子栄養学の理論と実際』を見て、納得して頂きたいと思います。

    分子栄養学に関する私の理論は、いくつかありますが、その最初のものは、分子生物学と無関係です。それは、私が分子生物学を知らない時期にえたものだからです。

    一九六一年、私は白内障との診断をうけました。このとき私は、文献をあさって、この眼病の原因がビタミンCの不足である、と書いたものにぶつかりました。それを100パーセント信用したわけではありませんが、わたしはそれについて、いろいろと思いめぐらしました。

    まず第一に考えたことは、私はなぜ白内障にならなければならなかったのか、という問題です。その問題を抱えながら、私は早速ビタミンCの注射をはじめました。注射の手数は同じことなので、五ミリリットルの注射筒に、ビタミンB群をいっしょにすることにしました。

    当時、ビタミンCの薬剤は普及していません。だから、日常的にビタミンCを補給している人などは、いないはずです。それなのに私だけがそれの不足になった理由について、私は、自分がとくに大量のビタミンCを必要とする体質なのだ、と考えました。友人のK医博は、目玉の血流量がすくないのだろう、といいました。

    私は、注射と平行して、目玉の体操を工夫しました。それは、血流量を増やす方法として有効なはずでした。この目玉の体操については『日常生活の健康情報』に紹介があります。その体操は、眼筋をきたえて、血管をふとくするのがねらいでした。

    目玉の体操は、近視や老眼にもよいことがわかり、テレビに引っぱりだされる一幕もありました。とにかく、ビタミンCと目玉の体操とで、私の白内障が快方にむかったことは事実です。 ところで、私がとくに大量のビタミンCを必要とする体質である、という私の見解は棚あげのままでした。それについての一つの仮説を私が思いついたのは、翌一九六二年のことでした。それは、次のようなものです。

    ビタミンCの持ち場はいくつもあるでしょう。その持ち場には、優先順位があるでしょう。私は、白内障になっても、壊血病にはかかっていません。そこで、抗壊血病作用が抗白内障作用に優先した、と考えることができるでしょう。ビタミンCのいくつかの作用の優先順位の点で、私の場合、抗白内障作用が、かなり下位にあるのでしょう。 それが私の考えの発端でした。

    *この文章は三石巌が会報誌「メグビーインフォメーションVol.18」(1984年6月号)に初めて分子栄養学を勉強される方へ向けて書いたものです。

  • 17 カスケード理論

    17 カスケード理論

    ビタミンCにいくつもの作用があって、その優先順位が人によってちがうという仮説を説明するために、私は、目に見えるようなモデルを工夫しました。

    私は、頭のなかに一つの段々滝を描きました。階段のようになった滝に、上から水がおちてきます。その水は、一つ一つ段々をおりてゆくはずです。その段々に、いくぶんでも水がしみると、するといちばん下の段まで水がおちるためには、水量が十分なければなりますまい。水量が不十分ならば水は途中の段までしかおちないでしょう。

    このモデルに対して、私は、カスケード理論という名前をつけました。カスケードというのは、段々滝のことです。私は、このモデルを思いついて、私の白内障の説明がついたことで、悦にいっていました。 どうして白内障の説明がついたと考えたかというと、それはこういうわけです。

    カスケードを流れおちるというのは、いうまでもなく水です。しかし、私のカスケードは、水のカスケードではなく、ビタミンのカスケードです。そしていまそれは、ビタミンCのカスケードです。このカスケードは頭のなかのものですから、流れおちるものが水でなくたって、少しもこまりません。ビタミンCが水にとけていなくても、さしつかえはないのです。

    カスケードの段々の数について、私はよくわかりませんが、仮にそれを五段としましょう。ビタミンCの抗白内障作用が、私の場合には五段目、家内の場合は二段目だったとします。二段目まで滝がおちてくるのは、五段目までとくらべれば、楽なことです。ビタミンCの量がとくに多くないとき、二段目までなら水がおちてきても、五段目はむり、というケースがあるにちがいありません。

    私の家の食事は、とくにビタミンCをたっぷりとるかたちのものとはいえませんでした。とするなら、抗白内障作用を五段目にもっている私が、家内よりもこの眼病にかかる確率がたかいことになるでしょう。 これが、私の白内障を説明する手がかりを与えようとして思いついたカスケード理論でした。これをとくに「理論」と名付けるのはおおげさすぎるかもしれません。理論と名の付くほどものではないのです。それなのに、カスケード理論などというのは、これが、私にとっては、自分がことさらに白内障になったと理由を説明する一つの理論になる、と考えたからにほかなりません。

    ここで私は、カスケードの段々に水がしみるといいました。しかし、なぜ水がしみなければならないかという点について、とことんまで考えることはしませんでした。この問題についての仮説をたてることができたのは、私が分子生物学を知ってからのことなので、一九八一年頃のことになります。

    *この文章は三石巌が会報誌「メグビーインフォメーションVol.19」(1984年7月号)に初めて分子栄養学を勉強される方へ向けて書いたものです。

  • 18 代謝と酵素

    18 代謝と酵素

    私のカスケード理論の原型は、ごくごく荒けずりのものでした。カスケードの段々に、水がしみこむといいました。それは、ビタミンがしみこむということですから、しみこんだビタミンがどうなるかが問われているはずです。

    もし、実際の段々滝で水がしみこむとしたら、段々をつくっている岩に、割れ目があるとか、こまかい孔があるとか、そういったことがなければなりません。そしてそこで、水は損失になるはずです。ビタミンならば、それがロスにならなければ、つじつまがあわなくなるでしょう。

    ビタミンCには壊血病を防ぐといったような、積極的な作用があるはずです。 風邪を防いだりなおしたりする作用もあるはずです。 もっとも、一九六二年頃とすれば、ビタミンCについての知見は、これが精一杯で、ほとんどゼロに等しいものでした。

    それにしても、このような積極的な作用をたとえるのに、水が岩にしみこむとするのはほめたことではないでしょう。 分子生物学を知ってからの私は、段々におちる水の行方について、漏斗を考えるようになりました。漏斗に落ちる水には、損失ではなく、積極的な作用をもたせようとしたわけです。積極的な作用とはなにかといえば、もちろん代謝です。

    代謝の説明は、ここでははぶきたいと思いますが、念のために一言しておきます。代謝とは、生物の体内で、遺伝子の指令によっておきる化学反応のことです。 生体の温度は三十七度前後の低いものですから、そこでの化学反応は特別な条件がなければむずかしいことになります。特別な条件とは、反応のなかだちをする物質、つまり、酵素の存在です。代謝はすべて、原則として、酵素のなかだちによっておこるのです。

    酵素の主成分を主酵素といいますが、これはタンパク質です。そこで、代謝にとってなによりだいじなものはタンパク質ということになります。

    ビタミンCのカスケードの話にもどりましょう。そのどこかの段が代謝にかかわっているとします。すると、そこには漏斗があるはずでした。その漏斗がタンパク質でできているとすれば、話はうまくゆくでしょう。上からおちてくる水が、その漏斗にはいれば、代謝がおこる、と考えるのです。

    ところが、代謝というものは物質の運動ですから、運動をおこすものをここにもってくれば、好都合です。そこで私は、漏斗をおちる水で、まわる水車を考えました。タンパク質の漏斗にビタミンの水が流れこめば、それが代謝という名の水車をまわす、と考えるのです。 カスケードをおちる水は、岩にしみこんだり、水車をまわしたりすることになります。

    *この文章は三石巌が会報誌「メグビーインフォメーションVol.20」(1984年8月号)に初めて分子栄養学を勉強される方へ向けて書いたものです。

  • 19 優先順位は個体差

    19 優先順位は個体差

    カスケード理論では、タンパク質でできた漏斗に、ビタミンの水が流れこみ、おちる水が、代謝という名の水車をまわすわけです。すると、タンパク質とビタミンとは、漏斗と水の関係になります。その関係は、たまたまそう考えただけかというと、そんなことではありません。そこには、必然的な、切っても切れない関係があるのです。

    もうご存じのとおり、タンパク質は、代謝を媒介する酵素の主成分です。これは、主酵素とよばれます。ここでわかることは、タンパク質だけで酵素ができているわけでわないということです。酵素は、一般的に、タンパク質と、非タンパク質とからできています。タンパク部分は「主酵素」、非タンパク部分は「助酵素」とよばれます。ビタミンは非タンパク部分ですから、助酵素にあたるのです。

    カスケード理論では、主酵素で漏斗をつくり、助酵素をそこに流れこむ水にしました。漏斗と水とのどちらが欠けても、水車はまわらない、という関係をつくったわけです。このことから、タンパク質がなくても、ビタミンがなくても、代謝はおこらないという関係がわかると思います。そしてこれは、分子栄養学で強調する点なのです。

    ところで、漏斗と水車のセットは、カスケードの段々の一つひとつにあります。その例として、抗壊血病作用の水車と、抗白内障作用の水車とをとることにしましょう。むろんそこには、この二つの作用が代謝による、という仮定がなければなりません。

    ここでおこる大きな問題は、二つの水車のどちらが上位にあるかという、優先順位の問題だということは、もうおわかりでしょう。そしてそれが、人によってちがうだろうというのが、私の考え方でした。 漏斗というものには、管の部分がつきものです。その管には、太いものも細いものもあるでしょう。その細いものが上位にある、と私は考えます。なぜかというと、太いものが上位にあれば、滝の水が下までおちてゆくことがむずかしくなります。むろん、水量がたっぷりとないという前提のもとにおいてですけれど。

    これと反対に、管の細い漏斗があれば、水が下へおりるのがらくになるでしょう。カスケードの最下段まで、水が下へおりることが理想だとすれば、管の細い漏斗ほど上位にあるのがよいことになります。それは、「生体の合目的性」にかなうことだ、と私は考えます。むろん、それについての説明にはべつのアプローチもあるのですが、それはあとにゆずりたいと思います。

    このように考えると、私のビタミンCの抗白内障作用の漏斗は、人なみより太いので、下位にあった、と考えることができます。家内のそれは、私ほど太くない、だから、白内障がおきない、という説明になります。

    *この文章は三石巌が会報誌「メグビーインフォメーションVol.21」(1984年9月号)に初めて分子栄養学を勉強される方へ向けて書いたものです。

  • 20 ビタミン必要量の考え方

    20 ビタミン必要量の考え方

    カスケードの各段にある漏斗の太さを問題にしてきました。その太さは、何によってきまる、と考えたらよいでしょうか。

    管が太いということは、ビタミンがたくさんいることを意味します。そこで、同じ代謝に、ビタミンがたくさんいったり、少しでよかったりすることがあるのか、が問題になります。結論から先にいえば、これがある、というのが私の意見です。

    酵素というものが、主酵素と助酵素と、二つの部分をもっていることは、もうご承知でした。主酵素は、タンパク質で、その製法は、親から教わっています。これはいわゆる遺伝の現象なのですが、遺伝子というものは、十人十色の主酵素に、助酵素であるビタミンが結合するわけですから、その結合に難易のちがいがあって、ふしぎはないのです。ある人は、その仲が悪いという事態は、めずらしくないはずです。

    主酵素と助酵素との仲が悪いとき、その結合体である酵素をつくるのに、助酵素がたくさんいります。そういう場合、漏斗の管が太くなければならないことになるでしょう。漏斗の管の太さは、主酵素と助酵素との仲のよさできまるといってよいのです。その仲のよさを「親和力」ということばであらわすことにします。カスケードの漏斗に管の直径は、主酵素と助酵素との親和力が小さいほど大きいことになります。漏斗の太さは親和力できまるといってよいのです。

    ビタミンCが口からはいると、それは、血液にはこばれて全身にゆきわたるでしょう。そして、その持場にくれば、そこで働きをあらわすわけです。そのとき、現実に働きをあらわすのは、まず、ビタミンCが少量ですむ持場でしょう。それはつまり、親和力の大きい酵素が優先するということです。優先するということは、あとまわしにならないことを意味します。少量ですむところがあとまわしになるはずはないではありませんか。これはつまり、親和力の大きい酵素による代謝、つまり、管の太い漏斗が上位にくることを意味するのです。

    生体の合目的性からしても、親和力の点からしても、カスケードの上下関係について、同じ結論がみちびかれることになりました。 主酵素と助酵素との親和力には個体差があります。一人びとりちがいます。だから、ある特定の代謝が、Aさんではかなり上位にあるのに、Bさんではずっと下位にある、というようなことがおこるにちがいありません。

    ビタミンCばかりではなく、すべてのビタミンに、そして、すべての助酵素について、私はカスケードを想定したいと思っています。この理論は、ビタミンの必要量を考えるうえで、大きな助けになるのです。

    *この文章は三石巌が会報誌「メグビーインフォメーションVol.22」(1984年10月号)に初めて分子栄養学を勉強される方へ向けて書いたものです。

  • 21 ビタミンCを十分に摂る理由

    21 ビタミンCを十分に摂る理由

    カスケードの水車の例として、これまで、抗壊血病作用と抗白内障作用とをとってきました。しかし、後者にはちょっと問題があるので、ここで、具体例を改めて、インターフェロン合成作用とコーチゾン合成作用をとることにします。インターフェロンは抗ウイルス因子のこと、コーチゾンは、副腎皮質ホルモンの代表の意味です。

    インターフェロン合成も、コーチゾン合成も代謝過程ですから、カスケードでは、それぞれに水車をもつことになります。むろん、それぞれに漏斗もついています。漏斗の材料は、インターフェロン合成の主酵素となるタンパク質、コーチゾン合成の主酵素となるタンパク質、ということになります。そして、ビタミンCは、両者に共通な助酵素、ということになります。

    この二つの漏斗のカスケード上の順位は、人によってちがう、と考えることにいします。そして、Aさんでは、インターフェロンが上位に、Bさんでは、コーチゾンが上位と、互いに逆の関係にあったとしましょう。

    ビタミンCが大量にあればべつですが、ご両人とも、それが不十分だったとします。すると、Aさんは、インターフェロンはつくりやすいけど、コーチゾンはつくりにくいことになります。そこでAさんは、風邪はなかなかひかないかわりに、ストレスには弱いからだの持主ということになります。風邪はウイルス感染症、コーチゾンは抗ストレス因子だからです。 これと反対に、Bさんは、ストレスには強いけど、風邪はひきやすいからだの持主ということになります。

    もし、AさんもBさんも、ビタミンCを十分にとれば、二人は、風邪にかかりにくく、ストレスに強いからだをもつことができるでしょう。ところが、ビタミンCが不足したことになると、前記のような弱点があらわれることになります。これは体質上の弱点といえるものですけど、その弱点がビタミンCの大量投与でカバーできるということです。逆にいえば、体質上の弱点は、ビタミンCが不足のとき、一般的にいえば、助酵素が不足のときにあらわれる、と考えてよいのです。

    前に、漏斗の管の太さが親和力できまるといいました。しかし例えば、ウイルスがいないときには、インターフェロン合成の必要はないわけですから、漏斗に水が流れこむこともいりません。そこで、管にはコックをつけることにします。ウイルスがいないとき、インターフェロンのコックは閉じています。

    ストレスが強いと、そのコックが全開します。するとBさんの場合、インターフェロンにおちる水がなくなりがちです。それで、すぐに風邪をひいてよいことになります。過労のとき風邪をひきやすい人は、Bさんのようなケースだと思います。

    *この文章は三石巌が会報誌「メグビーインフォメーションVol.23」(1984年11月号)に初めて分子栄養学を勉強される方へ向けて書いたものです。

  • 22 活性酸素とビタミンC

    22 活性酸素とビタミンC

    カスケード理論では、段々の滝の各段に漏斗をおきました。その漏斗には、主酵素と助酵素との親和力で太さのきまる管がついていました。管からおちる水でまわる水車がありました。太い管からは大量の水がおちます。すると、太い管の下の水車は、回転がしぶく、たっぷり水がないと、勢いよくまわらない、と考えたらよいでしょう。

    ところで、この管にはコックがついていました。ウイルスがいなければ、インターフェロンをつくる必要はありません。ストレスがなければ、コーチゾーンをつくる必要はありません。そこで、コーチゾーンのコックは閉じています。

    カスケードではたくさんの水車がまわっているわけですが、なかには休んでいるものもあります。上位の水車が休めば、下位の水車はそれだけで有利になります。 カスケード理論の説明の最初のころ、岩にしみこむ水についてふれました。しみこんだ水は水車をまわしませんから、それは、代謝にとっては損失になります。岩にしみこむ水が少ないことは、代謝にとって有利な条件になるわけでしょう。

    岩にしみこむ水が、すべてムダなものとはいえません。ビタミンが有利な働きをあらわさずに分解してしまえば、それはムダになります。しかしそれが、代謝と無関係な働きをあらわすことも、大いにあります。それは、ビタミンCについていえば、活性酸素という名の毒物の除去です。岩にしみこむ水が、活性酸素を洗い流してくれる、と考えるのです。

    活性酸素は大気中にも少しふくまれていますが、エネルギーをつくるとき、炎症があるときなどには、体内で発生します。これは、組織をいためるし、発ガンの契機にもなります。それを除去することは、生体防御のうえでの必須の条件になります。

    私の白内障をとりあげたとき、ビタミンCの抗白内障作用ということばをだしました。白内障は、恐らく活性酸素中毒ですから、抗白内障作用イコール活性酸素の除去法であるかもしれません。とすれば、それは岩にしみいる水のしわざで、水車とは無関係になります。

    もっとも私たちのからだは、「活性酸素除去酵素」を自前でつくります。これは代謝の産物ですから、水車の回転を必要とします。 その代謝の助酵素としてビタミンCが位置づけられる可能性は小さくないと思います。もしそれが正しいとすれば、ビタミンCは、活性酸素退治に二役をつとめる立役者ということになるでしょう。

    ビタミンCのカスケードでは、それが水車をまわして働き、岩にしみこんで働き、というわけです。ビタミンの種類によっては、岩にしみこんだものがすべて損失になる、ということもあるはずです。

    *この文章は三石巌が会報誌「メグビーインフォメーションVol.24」(1984年12月号)に初めて分子栄養学を勉強される方へ向けて書いたものです。

上級編(会員限定)

  • エピゲノム研究

    エピゲノム研究

    エピジェネティクス

    A 染色体とヒストン修飾

    ヒトの細胞の核には、46本のDNAが折りたたまれた束(クロマチン繊維という)になって納められています。この構造をつくるために太さ2ナノメートルという細いDNA分子は、ヒストンとよばれタンパク質の周囲に巻きつけられたかっこうです。ヒストンタンパク質が糸巻きの役割でDNAは1個のヒストンに二巻きしたものが数珠つなぎになっており、ヌクレオソームとよばれます。この構造体はさらに折りたたまれてクロマチン繊維となり、強固に凝縮しています。この凝縮は遺伝子発現を実行するときにはゆるめられ、DNA情報が読みとられます。
    クロマチン構造では、ヒストンタンパク質の末端のアミノ酸はヒストンテールとよばれており、アセチル基やメチル基、リン酸などで化学修飾が施されて遺伝子制御の装置になります。
    修飾とは、なにか別の化学物質が付加した状態です。
    DNA分子には、複数の修飾があり、そのコンビネーションがクロマチンの状態を変化させて、遺伝子発現に影響します。
    ヒストンの修飾は可逆的で、酵素作用により付加したり除去したりして調節されています。
    クロマチンの情報はこのしくみで環境によって書き換えられたり消去されたりすることがわかったのです。
    DNAの塩基配列による情報は先天性であり、基本的には変更できません。それに対してエピゲノムでは、後天的につくられる遺伝情報を使いわけて、環境の変化に柔軟に対応する能力として獲得されたわけです。
    ES細胞やiPS細胞のような多分化能をもつ細胞によって、エピゲノムの改変が問題点であることがわかりました。
    ヒストン修飾とDNAメチル化がエピジェネティクス遺伝を担います。

    B DNAのメチル化

    有精卵の中にどのようにして複雑な構造ができるのかを調べる発生学では“生物の形は精子や卵だった頃からすでにできていて、発生の段階で大きくなってゆく” という古い前成説から、現在のように受精卵からはじまって、徐々に複雑な形につくられてゆくという後成説になっています。この後成説は英語でエピジェネシスといいます。
    受精卵の段階での基盤は遺伝学(ジェネティクス)であり、後成的遺伝学はエピジェネティクスというわけです。
    エピ(epi-)は“~のあとに”という意味の接頭語です。
    エピジェネティクスにおける重要な点は、塩基配列以上のDNAの変化で、その中心になるのがメチル化という現象です。
    メチル化とは、ある物質にメチル基(-CH3)が結合することです。メチル基は1個の炭素原子に3個の水素原子が結合しており、塩基性にも酸性に対しても反応性が低く安定な物質です。
    脊椎動物では「CG」という二つの塩基配列で、シトシン(C)の部分でメチル化が多くみられます。
    ヒトゲノムの塩基配列中のCG配列のシトシンのメチル化は70%にもなっているのですが、それによって近くの遺伝子の発現が抑制されて不活性になっています。
    抑制のメカニズムとして、遺伝子発現のコントロールに欠かせない転写因子の塩基配列への結合をメチル基がさまたげることが知られています。
    DNAが複製されるときは、新たに合成されたDNA鎖にはメチル基はついていないのですが、DNAメチル化酵素がはたらきます。CG配列のシトシンにメチル基を付加するので、DNAのメチル化は複製後へ続いてゆくことになります。
    DNAのメチル化に必要なメチル基は、葉酸の代謝産物として生じます。
    胎児期の葉酸不足から発達障害が生じるのは、いろいろの関連遺伝子のメチル化の低下というエピジェネティクな調節の問題ということがわかったのでした。
    個体の発生や分化などのプロセスでは合目的的にメチル化の消去(脱メチル化)が生じます。
    シトシンからメチル基をはずす酵素がはたらいたり、前述のような新生DNA鎖へのメチル基付加を行わなかったりして、DNAメチル化のパターンが変更されてゆくのです。
    医療で用いられている薬剤には、うつ病治療薬のイミプラミンなどのエピゲノム改善作用による薬効の知られたものもあり、新薬開発研究もはじめられています。
    葉酸の例ばかりでなく、働きバチを女王バチに変えるローヤルゼリーには、DNAメチル化酵素の阻害作用があることが報告されるなど、栄養や食物因子が個体レベルでエピゲノムに影響することが知られてきました。
    ヒストンの脱メチル化酵素もあり、低栄養で誘導されます。

    C エピゲノムと環境因子

    エピゲノムは形成されたり維持されたり消去されたりと変化し、また印づけの組合わせが多いことにより、細胞レベルで代謝やホメオスタシス(恒常性保持)に多様性をもたらします。
    環境因子によりエピゲノムを変化させて、それが記憶され、遺伝子発現の強さを段階的に調節することが、健康レベルの低下としての疾患の発症や病態にリンクしています。
    身近な環境因子として、摂取される食物成分や代謝産物や化学物質が、エピゲノムの修飾基や修飾酵素の協同因子になっているのです。前述のメチル化だけではなく、アセチル化とアセチルCoA、リン酸化ではATP という具合です。
    脱メチル化にはたらく酵素にはFAD(ビタミンB2)、脱アセチル化ではNAD+(ナイアシン)が補酵素であり、代謝ネットワークとエピゲノムは密接にかかわっていることがわかり、栄養条件に新しい視点が必要になりました。
    太りやすさや生活習慣病になりやすいといった体質は、代謝に関連する遺伝子のエピジェネティクス制御を、胎児期~新生児期の栄養環境により決定するばかりではなく、成人後も栄養条件によってDNAメチル化がおこっているというのです。
    栄養成分の補完という三石理論は、近年のエピゲノム研究によって裏づけられたといえるでしょう。

    疾患とエピゲノム

    A 成人病胎児期発症説

    胎児期の環境が成人後の生涯における健康レベルや疾患リスクにつながるという考え方は、成人病胎児期発症説(Baker仮説)として知られています。
    これは胎児期に低栄養・低酸素環境にあると環境に適応するために遺伝子発現の制御が変更されて臓器のはたらき方が変化し、後に髙栄養環境への適応ができずに発症に至るというもので、近年の疫学研究の結果として認められました。成長後に髙血圧や糖尿病を罹患しやすいというデータが示されているのです。
    第二次世界大戦時のオランダで、ひどい食糧難がおこり、その環境では母体内で胎児に肥満しやすい体質がエピゲノムとして獲得されたという有名な疫学調査報告があります。
    米国の研究者は、同一の遺伝子をもつマウスで、髙脂肪食による反応がエピゲノムのちがいにより異なる結果(肥満)を生じることを見出しました。
    肥満は現代病のメタボリックシンドロームの基盤になるとされています。脂肪細胞の生理機能の破綻が動脈硬化や糖尿病の発症原因に位置づけられており、脂肪細胞の分化にかかわる遺伝子のエピゲノム制御による予防と治療へと研究が向かっています。

    B エピゲノム異常とガン

    細胞のガン化はDNAの塩基配列の変異や染色体異常により生じるという基本的な知識に、エピジェネティクな異常の蓄積という要素が加わってきました。ガン細胞での特徴的なヒストンやDNAの化学修飾が見出されているのです。
    ガン細胞のゲノムは全体としてメチル化が低レベルですが、およそ半数の遺伝子の転写開始点の近くに存在するCG配列の多い領域では髙メチル化の多いことが観察されています。
    CG配列の多い領域については前述のようにメチル化による遺伝子発現の抑制が知られており、ガン抑制遺伝子不活性化のメカニズムになっているのです。
    正常細胞ではメチル化されていない遺伝子でほとんどのガン細胞ではメチル化されているものをガンの診断のマーカーとして用いるといった試みがはじまっています。

    C ガン幹細胞

    生体の組織は細胞の新旧交代で維持されています。新しい細胞を供給する役の細胞が幹細胞でふだんは冬眠状態でいて、折にふれて前駆細胞をつくり出します。この前駆細胞は未分化でいわば幼い細胞ですが活発に増殖します。やがてガン組織でも同じような幼若細胞が混在していることから、これがガン化細胞の供給システムではと考えられたのです。正常幹細胞あるいは前駆細胞にエピゲノム異常がおこり前ガン状態になることが、ガン化のイニシェーションの最初のステップとなります。

    D ガンの代謝

    ガン細胞はエピジェネティクスを利用して環境に適応してゆきます。
    低酸素や慢性炎症や栄養状態といったガンをとり巻く環境に対しては、代謝関連酵素遺伝子の発現を変更して適応します。さらにその代謝の変化をエピゲノムによって記憶し、生き延びて増殖してゆきます。
    正常細胞はミトコンドリアでのATPづくりをしており、通常は解糖のシステムに依存していません。ところがガン細胞は酸素条件によらずに解糖システムを用いてATPと乳酸をつくっています。これは低酸素への適応とされているのですが、同時に増殖に必要な化合物を得る方法でもあり、酸化ストレスによるアポトーシスの回避策にもなっているというのです。

    環境とエピゲノム

    A ストレスとエピゲノム

    2004年に、ラットの実験で生後の2週間という短期の精神的ストレスで、脳の遺伝子にメチル化が生じたという報告が出されました。ストレス耐性遺伝子が機能を失って、ストレスに弱いラットになったというものでした。
    栄養物の飢餓は生死にかかわることにもなりかねない重大なストレスであり、からだは貯蔵しているグリコーゲンや脂肪を分解したり、肝臓と腎臓での糖新生を生じたりといった応答によって対応します。
    飢餓ストレスや寒冷ストレスなどの多様なストレスが、コルチゾールというステロイドホルモンの分泌を誘導します。コルチゾールは体液の循環によって全身に運ばれ、各組織での応答をひきおこす鍵となる分子とされています。
    コルチゾールは細胞の核内受容体のファミリーであるグルココルチコイドレセプターに結合します。
    細胞質でコルチゾールを結合した受容体は核へゆき、特定のDNA配列に作用し、クロマチンなどと複合体を形成、遺伝子発現を調節します。この複合体形成にエピジェネティクス因子が参加することで、コルチゾールの作用をきめ細かく調節していることが知られてきました。

    B 脳・神経とエピゲノム

    脳は環境について学習し、記憶することで外界に適応してゆきます。経験によって脳自体が変化してゆく可塑性をもつことが特徴です。
    脳内で長期的な記憶を形成し維持するメカニズムとして、神経細胞回路網での個々のニューロンにおいて神経活動に対応してエピゲノム変動が生じていることがデータによって示されるようになっています。
    またヒストンのアセチル化やメチル化やリン酸化といった修飾は短期的に生じていて、記憶・学習の成立やシナプス形成にはたらいていると考えられています。
    なかでもアセチル化が注目されており、近年ヒストンの特定の部位でのアセチル化の明らかな低下が、加齢性記憶障害の一因になるといわれています。

    C 精神疾患との関係

    妊娠中の低栄養によってメチル化異常から、成長後の統合失調症発症リスクが生じるといわれ、抑制性神経伝達物質GABA合成酵素遺伝子のDNAメチル化が上昇していると報告されています。
    近年、日本でも諸外国でも自閉症などの軽度精神発達障害児が急増しているといわれています。以前から葉酸が一部の自閉症児の症状を軽減することが知られており、神経細胞を培養して葉酸の代謝産物を添加する実験が行われて、シナプス関連遺伝子のメチル化が強化されることが見出されたのでした

    メグビーインフォメーションVol.425「エピゲノムと生命の理解」より

  • 機能性食品成分の知識

    機能性食品成分の知識

    A 機能性非栄養素

    日常に摂取されている食品は、素材としても加工されたものでも、炭水化物や脂質やタンパク質、ビタミン、ミネラルという5大栄養素の供給源として生命を維持する基盤になっています。従来、食品は栄養成分をもとに評価されましたが、食品には栄養素以外の成分も多く、そのなかには、抗酸化や抗炎症、免疫調節などの機能をもつものが見出されるようになり、やがて細胞の増殖や分化、アポトーシス、酵素活性の抑制、遺伝子発現抑制などの有用効果が明らかになり“機能性食品因子”が注目されて、トクホ(特定保健用食品)に次ぐ新たな機能性表示制度が検討されているというのです。

    B 機能性食品因子

    非栄養素成分の機能は、消化・吸収の過程で作用するもの(食物繊維など)、消化されずに消化管内にとどまって作用するもの(オリゴ糖、食物繊維)、体内に吸収されて作用するもの(植物の香辛料など)に大別されています。
    食物繊維という用語は、人間の消化酵素の作用を受けない食物中の成分のうちの髙分子成分を指して用いられてきましたが、近年、食物繊維と同じような生理効果をもつ素材(オリゴ糖、糖アルコール、レジスタントスターチ)を含めた用語として、ルミナコイドが日本食物繊維学会により提唱されました。
    植物成分には非栄養素の機能性物質が多く、生薬として用いられたり、色や香りや辛味による感覚刺激により食欲、消化、吸収に影響したり、交感神経系に作用して代謝や身体活動を促進したりするものが珍しくありません。

    C フィトケミカル Phytochemical

    植物に由来する化学物質はフィトケミカルとよばれており、抗酸化や抗炎症をはじめとするさまざまな作用により、発ガンの抑制や生活習慣病の予防効果をもち、代表的な機能性非栄養素とされています。
    食品による遺伝子発現の変化を追究するニュートリゲノミクスや、遺伝子多型による栄養効果の差違を調べるニュートリジェネティクスの進展により、食事を個々人の要求に対応できるものにすることで健康レベルを髙くするという目標が掲げられ、科学的な栄養学へという時代になりました。

    ルミナコイドの機能

    A 消化管と食物繊維

    食物繊維は水に不溶性のIDFと、水溶性のSDFに大別されています。IDFは植物細胞の細胞壁の構造物質で、主成分はセルロースやヘミセルローズのような髙分子の多糖類や動物性食品のキチンやコンドロイチン硫酸で、SDFは植物細胞内の非構造多糖類のペクチンやグルコマンナンや海藻多糖類などで、いずれも腸管生理に影響します。物理的、化学的な性質によって上表のような生理作用を発揮します。
    SDFの分子は、食物消化物の中を他の栄養素と同じように拡散して、胃や腸の上皮表面に接触します。難溶性であり吸収のための輸送体は配置されていませんが、消化管上皮細胞は、病原体の多糖を標的に、広い範囲で糖を認識する機能があり、厚い粘液層でおおわれてバリアとなっています。この構造に対してIDF・SDFは共に作用し、上皮細胞の代謝回転を促進することが実験的にたしかめられています。
    粘液の主成分はムチンで主として杯細胞が産生する糖タンパク質です。通常は上皮細胞8個に1個程度の杯細胞が、食物繊維の摂取によって増加したと報告されました。
    ヒトはムチンをコードしている遺伝子を20種もっており、IDF・SDFにより杯細胞の数の増加がみられるのですが、ペクチン中の糖と腸上皮の相互作用が、ムチン分泌の制御のシグナルになっているという考えが出されています。それによって消化管上皮組織におけるルミナコイド認識機構の解明が課題になってきました。

    B 髙等真菌類(キノコ)の効用

    グルカンは、グルコースを単位として構成される多糖類で、セルロースやグリコーゲンはこのなかまです。
    グルカンのなかでβ-グルカンといわれるのは髙等植物の細胞壁や穀類の種子中にありますが、キノコやカビや酵母菌はこれをつくっています。
    キノコ(食用の真菌類)は古代から病気を治す効果が信じられており、漢方医学の療法にも用いられてきました。
    現代では低カロリー、低脂肪であり、風味が好まれている食品ですが、生物学的効果として、抗腫瘍をはじめとする免疫活性の増強が観察されて新しい評価が生まれたのです。
    キノコに含まれる単糖類の構成と比率は遺伝子によって決まっており、シイタケやヒラタケなどがβ-グルカンの供給源です。前頁の表のように、シイタケにはレンチナン、ヒラタケ類にはプルーランという具合です。
    摂取されたβ-グルカンは胃酸の作用は受けにくく、腸管壁にゆき、マクロファージ受容体によってとりこまれます。この受容体は骨髄でつくられた後、マクロファージの細胞膜上で分化します。
    マクロファージ受容体にグルカン分子が結合するとたちまち活性化されリゾチームや活性酸素や窒素化合物などの殺菌にはたらく物質をつくり出します。また周囲の食細胞やリンパ球へサイトカインを送って、その活性を調節します。グルカンはヘルパーT細胞に働きかけて免疫応答における、Th1リンパ球とTh2リンパ球のバランスを保ちます。アレルギー反応はTh2リンパ球の優勢に関係しているとされていますが、マイタケのβ-グルカン(グリフォラン)はTh1の産生を促進すると報告されました。
    大きな食細胞という意味で名付けられたマクロファージは、先天的な自然免疫で重要な役割をします。病原体の細菌や真菌の細胞膜を活性酸素によってこわし、感染を抑制しますが、グリフォランはこの作用を助けます。グリフォランの作用は、ビタミンCの同時摂取によって効果が増すとされています。
    ヒラタケのβ-グルカン(プルーラン)をはじめキノコ類のβ-グルカンは、血中のLDLコレステロール値を下げ、HDLコレステロール値を上げるという研究があり、脂肪細胞の分泌するアディポサイトカインのレプチンの合成を、β-グルカンが助けているというのです。レプチンは、脳の視床下部にある受容体を介して、摂食抑制とエネルギー消費を亢進する抗肥満因子として知られています。
    肥大した脂肪組織にはマクロファージがはいりこみ、パラクリン作用(細胞が分泌した物質が周辺の細胞に影響を与える作用)がおこっていると説明されています。 br>β-グルカンは免疫機能の調節や糖代謝、脂質代謝にかかわることが知られてきて、そのメカニズム研究がはじまっていると伝えられています。

    C オリゴ糖とアレルギー

    結合する単糖の数が少ないオリゴ糖(少糖)は、多くはダイズやゴボウ、アスパラガスなどの植物性食品の難消化性成分で、大腸にゆき腸内環境を整える機能により、トクホ食品(特定保健用食品)に用いられています。
    もともと結合する単糖数が少ないものでしたが、現在は化学的に単糖数の多いものがつくられて、人工乳に添加されています。
    母乳にはオリゴ糖が含まれており、新生児の腸内細菌叢でビフィズス菌や乳酸菌を繁殖させます。人工哺育児の腸内環境を母乳哺育児に近づけることが目的で、単糖数の多いフルクトオリゴ糖やガラクトオリゴ糖を人工乳に添加し、アレルギー発症の予防策としています。
    フルクトオリゴ糖の摂取は、IgA抗体の分泌を増加させます。粘膜層にはIgA分泌細胞が存しており、腸管の管腔側に抗体を出しています。病原体ばかりでなくアレルゲンの侵入を阻止します。多くの動物実験および臨床実験が行われオリゴ糖は大腸内で発酵し、酢酸や酪酸や乳酸などの有機酸を産生、それらが腸管細胞の増殖分化に影響を及ぼし、アレルギーや自己免疫性の炎症を改善する、といわれるようになりました。オリゴ糖による治療は、すでに発症した幼児や成人のアトピー性皮膚炎においても改善するという結果が得られています。

    ポリフェノールの効用

    A ポリフェノールの機能

    ポリフェノールは陸上植物のほとんどに存在し、紫外線からの防御や抗菌作用や酸化の抑制などに役立っています。かつては食品の渋味やえぐ味の原因物質として、また栄養素の吸収をさまたげるなどの理由でとり除かれたりした物質ですが、赤ワイン中のポリフェノール摂取により心疾患が減少するという“フレンチパラドックス”が有名になって、機能性が脚光を浴びることになりました。
    ポリフェノールの種類は8000種以上といわれ、上表のようにいろいろの化合物がありますが、その中でもっともよく研究されているのがフラボノイドです。
    フラボノイドのなかまは生合成の経路にもとづいてフラボンやイソフラボン、フラボノールなどに分類され、分布範囲の広いフラボノールは農産物での含有量が多くよく知られた成分です。ケルセチンはその代表であり、緑茶のカテキンや、ナスや赤シソのアントシアニン、ダイズのイソフラボン、ゴマのセサミン、ワインのレスベラトロール、コーヒー酸など多彩で、それぞれが生理機能にかかわっていることがわかって注目されたのでした。
    ヒトの1日あたりのポリフェノール摂取量は、平均して1gと概算されています。吸収されると細胞内のシグナル伝達経路に作用して、生理機能にかかわることがわかってきました。

    B 身近に多いケルセチン

    ケルセチンは主要なフラボノイドでタマネギなどの野菜や果物、茶などに広く含まれており日常的に摂取されています。
    栄養疫学の結果、フラボノイドが生活習慣病の予防に役立つ成分として期待され、動物実験では糖尿病の症状が軽減されたり、脂肪やショ糖の多い飼料で生じる内臓脂肪の増加や血糖値上昇が抑制されたりし、抗酸化酵素や脂肪代謝関連酵素の遺伝子発現を制御していることもわかりました。
    ケルセチンはまた、炎症を促進するプロスタグランディンE2の生成を阻害したり、長寿遺伝子といわれるSIRT1を活性化したり、カルシウムの恒常性に重要なビタミンD受容体を活性化するといった多くの生理機能をもっているというのです。
    ケルセチンは、緑茶カテキンと並んで摂取しやすいフラボノイドであり、その効果は神経機能の維持にまで及んでいます。

    C フラボノイドと血管

    フラボノイドの研究がさかんになって、米国栄養学会の協賛で「フラボノイドの最先端科学」をテーマに特別カンファレンスが開催されました(2009年)。フラボノイドに対する関心が髙まり、正しい情報の公開が必要になると考えられたからと伝えられています。
    フラボノイドの吸収メカニズムと吸収量について、生物学的効果について、疾病予防について、遺伝子発現について、脳機能との関係についてなどが述べられて、それぞれの研究結果が共有されました。
    その報告書では“生物学的効果は多岐にわたるが、健康に関連するのは、炎症、心疾患、ガンにおいての効果である”とされています。
    とくに血管内皮への効果として、血管壁でのNO(一酸化窒素)の増加により、動脈の内皮依存性弛緩反応の応答があります。ココアを用いたヒトでの実験で茶ポリフェノールのエピカテキンは、濃度の時間変化と密接に関連しました。応答のピークは約2時間後におこり、その後に横ばいとなり、4~6時間で試験開始時にもどります。フラバノールを豊富に含む食品を繰り返し摂取すると、試験開始時の血管弛緩反応はだんだんと増加したというのです。この現象では遺伝子発現とタンパク質パターンの変化がおこっていて、NO合成酵素の基質の供給が増加したのです。
    このような実験結果によって、血管内皮機能にとって、フラボノイドは抗酸化作用だけでなく、シグナル伝達分子の調節が重要な機能であることがわかりました。脂質の過酸化によるデリメットは、フラボノイドを同時に多く摂取することで低減できると提言が加えられています。
    アテローム性血管系疾患へのココア飲料摂取実験が行われて、血小板の反応性が減少し、血栓性のリスク緩和に効果を得られたとされており、この現象は糖尿病の被験者においても同じく血管の改善が報告されています。さらにフラバノールの豊富なチョコレートが、心臓移植後の冠状動脈の拡張を助け、血液循環を改善したという例が伝えられたというのです。

    D 炎症とフラボノイド

    報告書にはヒトにおける脳の血流量と機能に対するフラボノイドの有効性も述べられています。fMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いて測定すると、5日間のココア摂取で、脳の注意や抑制に関する部位で血流量の増加が確認され、加齢性の認知機能低下に対しての効果への関心が生まれました。
    加齢にともなって免疫機能が低下し、病原体感染や変性細胞の除去が不完全になり、感染性サイトカインや炎症のマーカーとなるタンパク質が増え、慢性炎症が心疾患や神経変性疾患や腎臓疾患などの開始と進行にかかわっていることが明らかになっています。
    フラボノイドは炎症を促進する遺伝子発現を抑制して抗炎症活性を示し、ラジカル捕捉活性とともに、炎症性疾患のリスクを下げると期待されており、なかでも潰瘍性大腸炎やクローン病に代表される炎症性腸疾患や大腸ガンに対する自然の予防法として有効性が髙いといわれるようになったのです。まだヒトでの研究数が少なく、動物でのデータや細胞レベルの結果もポリフェノールの種類が限定されるため、作用メカニズムについて決定的な結論は出されていませんが、食品因子の機能性情報は、次第に多くなってくると思われます。

    メグビーインフォメーションVol.424「機能性食品因子の理解」より

  • 脳活動と生理現象

    脳活動と生理現象

    A 意識を考える

    意識とは“自分がどういう状況にあるかをわかっている状態”と表現されますが、科学的に明確な定義はありません。
    我々は目が覚めており、何かに気づいているとき、自分自身に意識があると思っています。自分以外のヒトにも意識があると思っています。
    また意識は脳のはたらきによって生み出されていると考えています。
    脳のはたらきとは、神経細胞ニューロンどうしが互いに、電気信号と化学信号をやりとりする物理的な現象であり、それによって意識はどのように生まれているのでしょうか。
    DNAの二重らせん構造を明らかにした有名なフランシス・クリック博士は、1990年代に意識についての研究に取り組むことを宣言しました。共同研究者であるクリストフ・コッホ博士とともに、NCCとよばれる神経活動を発見し、意識研究の手がかりとしました。
    NCCとは、通常の外部からの情報を処理しているニューロンの活動ではなく、意識にのぼる情報と直接的に対応する活動だというのです。
    無意識や無自覚という潜在的な状態では、どんなニューロンの活動があるのか、発見されたNCCのさまざまな角度からの研究がすすめられています。
    意識は、自分自身のおかれた状況や思考や行動のチェックシステムであり、無意識の領域を基盤として形成され、人間としての資質を育てる特性といえるでしょう。

    B 無意識と植物状態

    意識が無い状態といえば植物人間という言葉が浮かびます。植物状態とは、意識が不可逆的に失われており、治療は不可能というのが常識的な認識です。
    植物状態では、睡眠・覚醒のサイクルには異常はないにもかかわらず、外界からの刺激に対して予測される反応がおこらない場合、意識が失われていると判断されますが、このような判断による診断では43%もの誤診が生じているのが現実だというのです。
    2006年の科学雑誌『サイエンス』9月号には、交通事故で植物状態となった患者の脳をfMRIによる脳機能イメージング技術によりテストした結果が画像とともに掲載されています。
    テストを行ったのは、英国ケンブリッジ大学のエイドリアン・オーウェン博士で“植物状態でも健常者と同じような意識をもっている可能性がある”ことを示したのでした。
    外傷後5ヶ月を経過した植物状態の患者に、「テニスをプレーしているところを想像して下さい」と「自分の家の中を歩いているという想像をして下さい」という二つの課題を試みました。そして同じ課題を健常者のグループにも行って、双方の脳機能画像をくらべたところ、驚くほど似ていたというのです。
    fMRIは、脳の各領域の血液中の酸素量を測定することで、ニューロンの活動の状態をリアルタイムで測定し画像にできる装置です。
    オーウェン博士の実験は、植物状態患者が秘めている明らかな意識を検知して、なんとかしてコミュニケーションをはかりたいと考えての試みだったと伝えられています。

    C 意識の条件

    神経生理学者池谷裕二は、中髙生や一般人に向けての著書も多い研究者です。その著書『進化しすぎた脳』のなかで意識と無意識について語っています。
    意識の条件として、表現の選択とワーキングメモリー(短期記憶)、そして可塑性を挙げています。意識の表れとして「言葉」を例に考えてゆきます。言葉のもつ性質によって意識を考えてゆきます。表現の選択はランダムではなく、根拠をもっています。ワーキングメモリーは日本語では作業記憶で、聞いたばかりの電話番号をしばらく覚えていたり、英単語のアルファベットの順序を入れかえて別の語にするときのように思考のための短期間の記憶をいい、大脳の前頭前野の仕事とされています。 可塑性は、状況によって状態が変化するという脳の性質で、過去の経験や学習が現在の脳をつくっているわけです。
    頭頂葉と側頭葉の境界近くに、視覚、聴覚、触覚などの感覚情報が合流して「概念」が生まれる境域の下頭頂小葉があります。
    実物を見なくても抽象的にイメージしたり、数や時間などについて考えをめぐらすのは他の動物にはない能力で、ヒトの下頭頂小葉にあたる部分はチンパンジーなどの霊長類の数倍という大きさです。

    記憶のメカニズム

    A 場所細胞とグリッド細胞

    2014年のノーベル医学生理学賞は「空間把握のための脳細胞(場所細胞)の発見」に対して贈られました。
    自分がいま“どの場所にいるのか”を認識することができるのは、脳の神経機能ですが、それは脳の奥にある海馬にかかわる機能だというのです。
    海馬と近くの嗅内野は、これまでに記憶を司どる回路として知られていました。脳のいろいろの部位からの情報は、嗅内野とよばれる部位を経由して海馬へとどけられます。
    海馬の場所細胞には、嗅内野の特別な場所からの情報がはいってきます。
    嗅内野の発信役の細胞は三角形の格子状に配置されており、グリッド(格子)細胞と命名されました。
    嗅内野のグリッド細胞には、格子の大きさが小さいものや大きいものがありました。頭の位置によって異なる細胞がはたらき、また動物の移動速度の上昇にあわせてはたらく細胞なども次つぎと発見されました。
    外界からの情報が視覚によってはいるときと、嗅覚・聴覚系の入力とでは、おこってくる場所細胞の反応は異っていました。
    心理学でいうエピソード記憶は「いつ」「どこで」「何を」という記憶をたどっています。
    アルツハイマー病では、海馬や嗅内野で細胞が脱落してゆくことが知られています。
    海馬に蓄えられた記憶は、時間が経つにつれて大脳皮質に送られてゆくとされています。記憶は脳の神経細胞ネットワークの全体に、ニューロン間の結びつきの変化として蓄えられているというのです。
    ニューロン間の連絡はシナプスで行われており、シナプスの可塑性によって記憶が保持されます。

    B シナプスとスパイン

    一つの事柄の記憶には、数千から数万のシナプスの信号伝達の効率が変化するとされています。
    信号を受けとる側のニューロンの樹状突起にはスパイン(とげ突起)があり、信号を送る側の軸索の末端と向きあい、相方の間にわずかなすき間があります。このすき間にグルタミン酸などの神経伝達物質が放出されて、信号が伝わります。
    海馬ではニューロンのもつスパインの大きさが数分単位でめまぐるしく変化しており、強い刺激を受けたシナプスほどスパインは大きくふくらむことが観察されました。そしてそれにより信号が伝わりやすくなることがわかりました。
    シナプスは変形した後も、その形を保ちつづける可塑性によって刺激を記憶するというのです。
    こうして脳内に、さまざまな大きさのシナプスが組み合わせられた形として、記憶が固定されます。
    記憶が神経回路のパターンで蓄えられるとすると、その数は増加するばかりでやがて容量不足になります。そこで脳は容量を確保するのに、同じ神経細胞を他の記憶にも使うという使い回し方式を採用して問題を解決しましたが、思わぬ結果を生じたのです。神経回路に、さまざまな情報が混在してしまい、蓄えられた情報が相互作用するということがおこっています。それが間違いや勘ちがいがおこるもとになりました。
    しかし保存された情報が相互作用することで異なる物事を関連づけることができるというメリットもあり、連想したり創造したり考えたりという人間の脳の特性を生み出しているというのです。
    蓄えられた記憶を、必要なとき必要なだけ思い出すという再生のしくみはわかっていませんが、前頭葉から側頭葉に信号が送られることで再生がおこるという研究報告があります。これは意識と記憶との関係を示しているものといえましょう。

    C 海馬の重要性と弱点

    その形状がタツノオトシゴに似ているところからその名がついたといわれる海馬は、脳の内側側頭葉に位置する構造で記憶にとって要となる存在であるということが、ひろく認識されてきました。
    その重要性の認識は、病態との関係で際だっています。
    海馬の神経細胞は、他の神経細胞にくらべて傷つきやすく弱いという点です。なによりも虚血に対して弱く、脳の血流が数分でも止まると海馬のニューロンは死ぬというのです。
    脳血管性認知症では血管の損傷で海馬のニューロンが失われます。アルツハイマー病の初期症状は記憶力の低下ですが、海馬と側頭葉の萎縮がおこっています。
    脳内には免疫細胞としてミクログリアが存在しており、加齢や糖尿病や高血圧などにともなって酸化ストレスを増加させます。それが慢性炎症の火種になって、記憶機能を低下させる原因と考えられています(右図)。
    1990年代に、海馬において新しいニューロンが生み出されていることがデータで示されるようになりました。そしてヒトは髙齢になっても、海馬で1日に約1400個のペースで新生ニューロンをつくっているという耳よりな説が登場しています。髙齢になっても神経幹細胞の数は比較的保たれているが、分化した後に細胞の生存数が滅少し、それは炎症反応によるものだというのです。
    炎症反応の影響を抑制する食品成分として、イミダゾールジペプチドを用いた実験が行われて、血中の炎症性サイトカイン量の低下と、記憶機能の改善という結果が報告されています。

    脳機能と遺伝子

    A 脳内物質がつくる

    閉所恐怖症や髙所恐怖症や広場恐怖症とよばれる症状を訴える人があったり、病気などに対する不安に繰り返し襲われるなどの不安神経症に悩む人がいたり、強迫神経症といわれる本来の意味がない考えにとりつかれて、それから逃げようとする行動をとってしまう現象を示す例は珍しくありません。
    このような状態が生じるメカニズムは、脳内ではたらく分子(神経伝達物質)とその受容体の遺伝子にかかわっています。
    臨床で用いられる抗不安薬のはたらきを調べると、抑制性脳内物質のGABA(γ-アミノ酪酸)の受容体が正常に作動していなかったり、分泌されたセロトニンを運ぶトランスポーターとの結合に不都合が生じていたりなど、脳内物質の介在がわかってきました。
    米国と日本で神経質(不安の強さや慎重さ)に関連するセロトニントランスポーター遺伝子の保有率を調べた研究では、右図のようにその違いがはっきり示されました。
    それが日本人の神経質な傾向にかかわり、社会学的・医学的にいわれている国民性の特徴を示しているとされました。
    しかしセロトニンは、睡眠や食欲や認知機能などにも関係しており、受容体の種類も14種あり、分泌量が多い場合には攻撃性を髙めるという研究もあるのです。
    ドーパミンやアセチルコリンなど数十種類ある神経伝達物質がかかわり全体像をつくり出している複雑性を考えなければならないでしょう。

    B 記憶とタンパク質

    記憶の貯蔵には段階があり、長期記憶として移すには時間(固定期間)がかかります。このプロセスには新しいタンパク質をつくることが必要であり、思い出す(想起)でも同じです。
    繰り返しは記憶の固定に有効ですが、その作用は酵素プロテインキナーゼが核内にはいり、多くの転写調節因子(タンパク質)を活性化させ、シナプス結合をふやすことにありました。

    C 遺伝と環境

    神経伝達物質をつくる遺伝子のはたらきが、知能や性格を決める要因になっていますが、環境因子の影響は小さくありません。
    利根川博士のグループが、遺伝子の同一である兄弟マウスを別々のゲージで育てた実験が有名です。狭いゲージであまり動かなかったマウスに対して、いろいろの道具で遊んでいたマウスは、記憶を調べるテスト(モリスの水迷路)の成績がすぐれていました。
    双生児研究の結果でも遺伝に左右される率は50%であり、両親や友人や教師などの人間環境や胎内での感染や出産時の外傷や病気、栄養摂取条件、ストレスなどの環境要因もほぼ同率といわれています。脳は複雑なネットワークで成りたっており、解明はまだ進行中なのです。

    メグビーインフォメーションVol.423「新しい脳と心の理解」より

  • 生命と栄養の新しい見方

    生命と栄養の新しい見方

    ゲノム生物学と栄養

    A 食品成分と生体

    成分として栄養素を含む食品の摂取により、からだを構成する細胞の営む生命現象が生成されます。食品成分として摂取した栄養素は、細胞内でゲノム情報にもとづき処理されて、細胞機能が実行され、その統合として個体が維持されます。そのプロセスでの栄養素の役割は、代謝の基質としてエネルギー源になったり、からだの構成材料であったり、代謝における化学反応に参加する因子であったり、というのが従来の理解でした。
    しかし近年、栄養素は直接に細胞にはたらきかける制御因子であるという認識が生まれてきました。ホルモンなどの生理活性物質と並んで、情報伝達分子という新たな機能が次つぎに明らかにされているのです。
    栄養素の代謝では、遺伝子発現により調節される側面だけでなく、栄養と代謝物とによって遺伝子発現が制御されるという関係にあるという考え方になり、ニュートリゲノミクスという新しい学問の主要なテーマになっています。

    B ニュートリゲノミクス

    ゲノムの全体について、そのはたらきを含めて解析するゲノム解析をゲノミクスといいます。そして栄養すなわちニュートリションとゲノミクスとをあわせた造語としてニュートリゲノミクスが誕生しました。
    ニュートリゲノミクスは、個人のゲノム情報にもとづいての個々の栄養素の役割をそれぞれに評価することを基本にしています。それによってテーラーメイドの栄養指導(個の栄養)をすすめようというのです。
    過食による肥満や、ダイエット指向によるカロリー不足といった問題などへの対策が個々に考えられることになります。
    食品の摂取によって各臓器の細胞が受けとる物質は同一ではなく、他の器官が分泌した消化液や、ホルモンなども混在し、また異物がはいりこんでいる場合もあります。それを適応する代謝の流れに乘せてゆくのが、遺伝子発現による応答ということになり、そのための髙度な情報処理が必要です。代謝により生じる物質もまた情報分子としての役割をつとめています。
    アミノ酸やグルコースやビタミン・ミネラル、ATPやSAMなどが、シグナル分子としてリストアップされています。

    C アミノ酸とトア(TOR)

    細胞内にタンパク質の材料となる20種類のアミノ酸が揃っているかどうかをモニターするしくみは“細胞内アミノ酸栄養センシング”とよばれています。このしくみを担うのはプロテイキナーゼ(タンパク質リン酸化酵素)のなかまのトア(TOR)です。
    ある細胞が外から指令を受容し、理解して挙動を変化させるメカニズムはシグナル伝達とよばれています。
    シグナル分子は発信する細胞から分泌されて標的細胞の表面に存在する受容体に結合し、シグナル伝達経路を活性化することで、シグナルを核へ伝え、特定の遺伝子発現を生じさせます。
    多くのシグナル伝達系の受容体が、タンパク質中のアミノ酸残基にリン酸基を共有結合させる活性(キナーゼ活性)をもっていて、それにより細胞内シグナル伝達経路のスイッチを入れます。
    哺乳類はmTORとよばれるトアをもっています。
    研究に用いられるトアの阻害剤が、細胞を栄養飢餓(とくにアミノ酸飢餓)の状態をひきおこすことから、トアにはアミノ酸センサー機能があると考えられ、研究されたのでした。
    哺乳動物細胞では、血中アミノ酸を厳密に調整しており、アミノ酸飢餓の発生を抑制しているといわれています。
    mTORはC1(complex1)とC2(complex2)という二つの複合体として存在しています。
    mTORC1は、遊離アミノ酸の増加に応じて活性化し、タンパク質合成をさかんにし、オートファジーを抑制します。細胞のエネルギーレベル変化にも応答します。
    アミノ酸の供給不足により、細胞内で大規模な分解システムのオートファジーが誘導され、細胞質タンパク質の分解によりアミノ酸を産生して対応します。
    肝細胞ではロイシンやチロシンやフェニルアラニンなどのアミノ酸、とくにロイシンがオートファジーの強力な抑制因子として作用するといわれています。
    細胞内のエネルギー状態の変化をATPとAMPの比として感知し、AMPの濃度が髙くなると活性化され、糖や脂質の代謝を促進して細胞内のエネルギーと栄養物のバランスを整えるシグナル伝達分子として、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)がはたらいています。

    遺伝子抑制とシグナル

    A サーチュイン(Sirtuin)とNAD

    いろいろある老化仮説のなかでよく知られているのが“カロリー制限仮説”です。
    カロリー制限が寿命に影響するとすれば、そのメカニズムはどういうことなのかが知りたくなります。
    1990年代から酵母を用いて、その研究をはじめた米国のガランテ博士のチームが、老化を抑制するはたらきをするサーチュインを指摘し、センチュウでも寿命を延長することを確認したと発表しました。
    サーチュインはいろいろの生物がもっている酵素で、哺乳類には7種類あります。やがて実験はマウスやサルへと及んで、現在も進行中です。右図は2009年に発表されたものです。
    サーチュイン1の遺伝子は、ヒストンを脱アセチル化する酵素をつくることがわかり、代謝をはじめ、ストレス応答や発ガンなどの多様な生物現象において重要な役割を持っています。
    ヒストンのアセチル化やメチル化といった遺伝子発現のスイッチの切りかえをするしくみのエピジェネテイクスにかかわっています。
    NAD(ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド)は補酵素としてエネルギー代謝の多くの脱水素酵素の活性化にかかわっていますが、サーチュイン遺伝子の活性化に必須なのです。
    寿命の延長には、前項のトアの変異によるものが酵母で発見されたと報告されています。 カロリー制限はトアの活性を低下させ、タンパク質の合成装置であるリボソームの合成がさまたげられた結果、寿命が延長されるというメカニズムが考えられています。
    遺伝子発現制御機構は複雑であり、栄養代謝との関係が明らかにされてゆく時代を迎えました。

    B SAMの多彩なはたらき

    SAM(S-アデノシルメチオニン)は、メチル化反応においてメチル基(-CH3)の供与体になっています。ヒトは200種以上のメチル基転移酵素をもっていて、DNA・RNAのメチル化で直接に遺伝子発現を制御し、エピジェネティックな遺伝子発現においてはヒストンのメチル化があります。その反応経路で生じる代謝産物としてのSAMは、生体の多様な組織傷害に応答して、組織の再生や恒常性維持にかかわっていることがわかってきたのです。
    SAMはメチオニンとATPとから合成され、動物実験によってメチオニンのほか、葉酸やビタミンB12の摂取を制限された母親から生まれた仔は、肝臓でのDNAメチル化が変化して、インシュリン抵抗性や髙血圧といった病態を生じる結果を招くことが明らかになりました。
    胎児期や乳児期には、栄養環境変化を敏感に感知しDNAメチル化変化がおこり、長期的にその状態が維持されることにより、代謝性疾患を発症しやすくなるといわれています。

    C ヘム鉄と天然変性タンパク質

    タンパク質は、アミノ酸がペプチド結合でつながってできた鎖が折りたたまれて二次構造をつくり、さらに折りたたまれた立体構造(三次構造)をとって機能をもつようになる、とされていますが、近年、転写因子などの遺伝子発現にかかわるタンパク質の機能部位の多くが“天然変性状態”として存在していて、他のタンパク質との相互作用により構造変化して、さまざまな機能を生み出していることがわかってきました。
    そして“ヘム鉄による天然変性タンパク質の制御”が注目されました。
    成人の体内には4~5gの鉄がありますが、そのうち60~70%がヘモグロビンのヘム鉄とし存在しています。
    鉄が欠乏すると貧血がおこります。幼児では発育がおくれることもあります。鉄イオンは酸素分子と反応してスーパーオキサイドなどの活性酸素をつくり出す触媒となり、酸化ストレスのもとになるので、生体は鉄吸収やヘムに関連する遺伝子の発現を抑制して、体内に過剰な蓄積を生じないようにしています。
    脾臓に存在するマクロファージは、老化した赤血球を貪食してヘムを分解し、鉄を再利用に回しています。
    ヘムはこの脾臓マクロファージの分化を促進する転写因子の遺伝子発現を調節して、ヘムの処理による鉄のホメオスタシスを維持するしくみがあるのです。

    栄養・代謝シグナルと病態

    A 腸管免疫の制御

    腸管は、摂取した食品の消化吸収を受けもつ器官ですが、食物抗原や同時に摂取される異物や腸内細菌などの抗原に対する免疫応答の場となる免疫器官でもあります。
    腸壁は侵入抗原に対する物理的バリアであると同時に、抗菌ペプチドやIgAなどを産生し、免疫細胞と連携して防御チームとしてはたらいています。
    ブロッコリーなどのアブラナ科の植物がもつ成分から胃酸によって生成したり、トリプトファンが細胞細菌によって代謝されて生じる物質などが、AhR(アリール炭化水素受容体)とよばれる転写因子を活性化します。AhRはかつてダイオキシンなどの芳香族炭化水素の受容体として発見されたもので、核内へ移ってゆき炎症性サイトカインづくりの反応をすすめて、感染症の予防に役立つとされています。

    B 腸管免疫とビタミン

    栄養条件の不良な子どもたちに、持続性の下痢がおこりますが、ビタミンAの補給によって状態が変化し、死亡率が低下すると報告されたのは1980年代でした。
    そのメカニズムは、ビタミンAの代謝物であるレチノイン酸が、腸管粘膜へリンパ球を集合させ、IgAをつくる細胞をふやすためでした。腸管粘膜ではビタミンAは樹状細胞によって代謝されてレチノイン酸に変換し、いろいろの免疫細胞の核内へ運ばれ、核内受容体に結合してそれぞれの遺伝子発現を制御します。
    ビタミンAのほかに、ビタミンB1やB6、ナイアシン、葉酸などが腸管免疫の制御にかかわっており、ナイアシンは腸の炎症を抑制するといわれています。

    C 胆汁酸とコレステロール

    胆汁酸は、食事による脂質や脂溶性ビタミンを消化・吸収する生理活性物質として、コレステロールから合成されており、胆管を経て十二指腸と小腸に分泌されます。脂質の吸収にはたらいた後、再吸収されて肝臓へもどる腸肝循環を1日10~12回程度くり返しつつ、吸収されなかった胆汁酸は排出されます。この胆汁酸による排出がコレステロールを体外に捨てる唯一のシステムとして知られています。
    2000年代にはいり遺伝子レベルの研究から、胆汁酸がシグナル分子として全身の栄養状態の恒常性にかかわることがわかってきました。胆汁酸シグナルは、脂質ばかりでなく糖代謝やエネルギー代謝の制御により、脂肪肝、脂質異常症、動脈硬化、糖尿病といった代謝性疾患の発症や予防に役立つと考えられるようになったのです。
    胆汁酸受容体が腸管や骨格筋などに発現しており、食欲抑制やインシュリン分泌促進、グルカゴン分泌抑制、肝臓や骨格筋ではインシュリン感受性を増加といった効果を生じていました。
    ペクチンなどの水溶性食物繊維は、古い胆汁酸を排出し新しい胆汁酸の分泌量を増加させるはたらきがあります。
    コレステロールはアセチルCoAから30段以上の酵素反応を経て生合成されます。すべての細胞はコレステロール合成能をもっているのですが、必要量が合成できないため、細胞表面の受容体でLDLをとりこんで補っています。
    肝臓はコレステロール合成のさかんな臓器で、VLDLを分泌して他の臓器に供給しているのです。それぞれの細胞内のコレステロール量はフィードバックの方法でコントロールされていてコレステロールが多くなると合成経路の遺伝子の発現が低下し、LDL受容体遺伝子の発現も抑制され、細胞内のコレステロール量が少なくなった場合はその反対の現象がおこるのです。
    この例のように細胞は転写因子や受容体などの活性化により、複数の代謝関連遺伝子発現の連携できめ細かく調節しているわけですが、その不調で細胞レベルばかりでなく、個体レベルでの病態や疾患を招くことになります。
    遺伝子発現と栄養と代謝とは、生命現象を営み維持する根幹であり、ようやく解明への扉が開かれたばかりといわれています。

    メグビーインフォメーションVol.422「栄養シグナルを理解する」より

  • ヒトゲノムとRNA

    ヒトゲノムとRNA

    核酸とタンパク質

    A 遺伝子発現と核酸

    生物の遺伝現象にはいくつかの特徴があります。細胞から細胞へ、個体から個体へと遺伝情報が伝えられてゆき、その情報をもとに生体の機能が生まれます。そのための装置が遺伝情報をもとにつくられ運営されます。遺伝情報は必要なときに適切な場所で発現するように制御されなければなりません。そこで重要な役割をするのが転写制御タンパク質で、いろいろの制御システムをつくっています。そのシステムで主役となる分子は転写制御の名の通り、遺伝子発現の第一ステップである遺伝情報の転写をすすめたり停止させたりします。
    “細胞の守護神”とよばれている注目の遺伝子P53も転写制御タンパク質で、DNAの損傷修復や細胞増殖停止などに際してはたらきます。
    遺伝子発現は細胞の中で機能をもつタンパク質がつくり出されることであり、その過程は核からタンパク合成装置であるリボソームにむかう二つのステップ(転写と飜訳)で構成されています。
    転写では三つのタイプのRNA分子が、それぞれ異なるRNAポリメラーゼという酵素でつくられています。3種のRNAには別々の役割があり、リボソームの一部となってアミノ酸をつなぐのに不可欠なrRNA(リボソームRNA)と、核内で二本鎖DNAの塩基配列をコピーして運ぶ一本鎖RNA のmRNA(メッセンジャーRNA)と、指定されたアミノ酸を集める転移RNA(tRNA)が協調して進行します。
    mRNAとアミノ酸配列を対応させて変換するプロセスが飜訳で、tRNAの仕事です。
    上図はリボソームでのタンパク合成をあらわしています。図中のコドンは一つのアミノ酸を指定する3個の塩基であり、アミノアシルtRNAはアミノ酸を結合したtRNAのよび名です。
    遺伝子生物学において同じく核酸分子ながらDNAの存在が際だって、RNAは目立たない脇役の印象でしたが、ゲノム生物学の時代になってRNAへの認識が大きく転換することになりました。
    タンパク質をコードしないRNA(ノン・コーディングRNA)の出現により、小分子RNAの多彩な機能が生命現象解明の扉を大きく開いたというのです。

    B 生体の核酸

    核酸(Nucleic acid)は19世紀に細胞の核にある成分として発見されました。
    核酸の基本構造は糖とリン酸とが交互につながり、これに塩基が加わります。核酸塩基のグアニン、アデニン、チミン、シトシンとウラシルも1900年までに発見されていました。
    1909年に核酸の分析がおこなわれて、まずRNAにリボースという五炭糖がふくまれていることがわかりましたが、さらに染色体のなかにある核酸の糖がデオキシリボースであることがつきとめられたのは20年後の1929年でした。
    核酸成分の塩基と糖のつながった単位は、発見者のフェバス・レーベンによってヌクレオシドと名付けられ、ヌクレオシドとリン酸の化合物はヌクレオチドとよぶことになりました。そして17年の歳月をかけて糖成分のリボースとデオキシリボースを明らかにしたのでした。
    上図にあるようにリボースとデオキシリボースのちがいは、一つの炭素が水酸基(-OH)と結合していることで、RNAとDNAの頭文字はこの糖の名前からきています。
    核酸成分の糖、リン酸、塩基はすべて水に溶けやすく、DNAは二重らせんの構造をとることで安定に遺伝情報の保持の役割を果たします。しかし一つの水酸基をもつことで反応性が髙いRNAは、分解・合成されやすいので一時的に情報をもち伝える役割に適しているというわけです。
    そこで現在の形式になりました。
    DNAは核内に納められ、RNAは主としてリボソームに存在します。

    C 生命の起源とRNA

    原始の地球に最初に現れた遺伝物質はDNAではなくRNAだったという“RNAワールド仮説”は酵素のはたらきをするRNAの発見を背景に生まれました。
    生物の体内で代謝といわれる化学反応をおこす触媒作用は1980年頃まで酵素とよばれるタンパク質の機能とされていましたが、この常識がくつがえされる日が来たのです。
    RNA酵素の発見により1989年のノーベル化学賞は米国のチェックとカナダの分子生物学者アルトマンが受賞しました。
    チェックは触媒活性をもつRNAを“リボザイム”と命名しました。酵素の英語はエンザイムであり、リボザイムはリボ核酸(RNA)の“リボ”とエンザイムの“ザイム”をつないだ造語です。
    リボソームのRNAは、アミノ酸をつなぐ役割をするリボザイムであることがわかりました。
    原始の地球で原子スープとよばれる単純な化学物質の混合液の中にあったアセチレンやシアン化物や水などの分子から、自然な化学反応によってRNAヌクレオチドが生成されることが英国の研究者グループによって証明されたのです(2009年)。
    そしてヌクレオチドやリボザイムをつくる技術もすすみ、RNAワールドからDNAワールドへの進化の道筋が見えてきたのです。

    RNAの機能

    A ノン・コーディングRNA

    DNAから転写されるRNAの大部分は、タンパク質へと飜訳される領域をもっていません。
    RNAに転写されたゲノムの塩基配列の多くがかつては意味のないジャンクという扱いでしたが、ノン・コーディング(タンパク質をコードしない)RNAながら、遺伝子発現の抑制などにはたらく機能性を備えた小さいRNAの存在が明らかになってきたのでした。
    RNAをゲノムとするウイルス(レトロウイルス)のふるまいもわかってきました。
    mRNAにとりついて分解したり、飜訳反応を阻害したりしてタンパク合成を抑制するRNA干渉とよばれる現象や、それがmiRNA(マイクロRNA)のはたらきであることがわかり、miRNAの異常が細胞のガン化をひきおこすことも知られてきました。
    miRNAは生物にとって基本的な発生や分化などの生命現象にかかわっているというのです。
    細胞内に存在する小分子RNA探しが大規模に展開されて、その結果、動物、植物やウイルスなど、いろいろの生物種に多数のmiRNAが発見されました。
    RNA干渉の技術によって遺伝子発現の抑制が可能になってから、病気の治療に応用する研究がはじまりましたが、人工的RNA干渉では本来のmiRNA合成が阻害されるのでは?という問題点も指摘されています。
    細胞はヒストンのメチル化・アセチル化というエピジェネティクスによる遺伝子発現の調節と、RNA干渉という転写後抑制の方法を備えていて、さまざまな状況に対応し、複雑な生命現象を維持しているのでした。

    B エクソソームとRNA

    多細胞生物体では体内環境の維持のために細胞間のコミュニケーションは欠かせません。
    細胞間コミュニケーションの担い手としては、サイトカインなどのタンパク質を中心に研究されてきましたが、この分野でもRNAによる新発見があり、“生命のファインチューナー(微調整役)”として注目を集めているというのです。
    細胞質でつくられて細胞膜と融合したのち、細胞外へ放出される50~100ナノメートルの小胞がヒツジの赤血球から分泌されて“エクソソーム”と命名されたのは1983年のことでした。やがて免疫細胞や腫瘍細胞による分泌が知られることになりましたが、インパクトを与えたのは、小胞のなかにノン・コーディングRNA が存在することが明らかになり、ガンのバイオマーカーと考えられるという指摘でした。
    ガン細胞が分泌するエクソソームは、さまざまな免疫細胞に作用し、免疫応答を促進したり、反対に抑制したりすることも報告されました。
    マイクロRNAは、ガンの発症、転移を抑制するので、その発現異常がガンの根本原因ではないかという考えが生まれています。
    あるマイクロRNAが減少しているガンにそれを補充するとガン縮小効果が認められたという報告も出されました。ガン治療に用いる提案も検討されていると伝えられています。
    細胞外に出たRNA分子は体液中に存在して循環しており、血中の濃度の増減は病態を反映するとされ、他の細胞へ移動したRNAは組織の修復などにかかわっていると考えられています。

    C 神経系とRNA

    生体の組織は、それぞれの役割を果たす機能をもった細胞をつくり供給するための組織幹細胞から出発して構成されます。
    脳には神経細胞ニューロンだけでなくグリア細胞(オリコデンドログリア、アストログリア)が存在しており、共に神経幹細胞から生じます。
    神経幹細胞には自己の複製能と、多様な細胞へと分化する多分化能があって異なる種類の細胞が生まれますが、RNAを結合したタンパク質により飜訳後レベルの遺伝子発現制御を受けていることが知られています。
    幹細胞は最終の機能がまだ決まっていない未分化な細胞で、分裂しながらさまざまな種類の細胞に分化することができます。このような多様な細胞へ分化する能力を多分化能といいます。幹細胞の未分化性は、RNA制御による遺伝子発現により維持されているといわれるようになりました。
    アルツハイマー病の脳組織に特徴的な老人班や神経原線維変化という病変は、アミロイドβやタウとよばれるタンパク質の蓄積が発症の引き金になっています。パーキンソン病の病変ではαシヌクレイン、ウシ海綿状脳症(プリオン病)の異常型プリオンタンパクなど、神経変性疾患には原因となる異常構造化したタンパク質が知られています。異常構造のタンパク質の細胞内蓄積が、神経変性疾患に共通する病態であり、加齢にともなっておこってくるエンドサイトーシス(細胞膜に粒子などを包みこみリソソームに送り分解する)の不調によりエクソソームの放出量が低下するというのです。

    D 三毛ネコをつくるRNA

    進化論で有名なダーウィンは、1871年に出版された著書「人類の由来と性別にかかわる選択」のなかで、原則として三毛ネコはメスだけであると述べています。三毛ネコにオスはいなという話は社会に定着しており、遺伝学では“哺乳類X染色体不活性化”といわれるしくみがはたらく結果です。
    哺乳類は父親と母親からゆずられた常染色体を一対ずつと、性染色体をもっています。性染色体は形態や大きさの異なるXとYの二種類があり、Y染色体の有無で雌雄が決まります。
    Y染色体上の遺伝子は50個ほどでオスの形質を発現させますが、X染色体では発生・生存に不可欠の1500もの遺伝子が存在しています。
    卵はX染色体を1本、精子はX染色体もしくはY染色体を1本もっているので、受精によりXXとなった場合、XYとの間で遺伝子発現量に差が生じ,正常に発生がすすみません。そこでXXの個体では、2本のX染色体のどちらかを不活化して遺伝子は発現量を抑えます。それは母親の胎内で発生がスタートしてしばらくしておこってきますが、それぞれの細胞で父ゆずりと母ゆずりのどちらのX染色体が不活化するかはランダムにおこり、そのまま子孫へ遺伝してつくられたからだでは、X染色体の不活性化された細胞集団がモザイクになります。
    ネコの毛の色は毛の成分ケラチンに沈着するメラニン色素の組み合わせで黒になったり茶になったりします。黒や茶の遺伝子はX染色体にあり、2本のX染色体が黒や茶に分かれていると、ランダムな不活性化のため、ある毛の部分は黒だったり茶だったりという具合になり、それに白色になる遺伝子が参加して三毛になります。白色遺伝子は常染色体にあります。
    X染色体はほぼ全域にわたって結合している機能性RNAが発見され、X染色体の不活性化にはノン・コーディングRNAが必須であることがわかりました。細胞分化におけるRNAの役割について、今後さらに多くの生命現象での発見があると期待されています。

    核酸と代謝

    A 核酸の合成

    細胞の分裂と増殖は生物の正常な発生と成長を保証するしくみであり、さらに皮膚や消化管上皮細胞や血球細胞のように、一生を通じて一定の間隔で細胞回転のおこる組織があり、細胞のゲノム複製は重要な機能です。そこで核の中には常にリボヌクレオチドやデオキシリボヌクレオチドの備蓄が必要です。 摂食によってさまざまな食品成分のヌクレオチドをとり入れています。ヌクレオチドは小腸で消化酵素の作用でヌクレオシドになります。
    ヌクレオシドは小腸上皮細胞内で塩基にまで分解され、プリン塩基(アデニン、グアニン)は一部が再生経路という再利用の経路に回され糖およびリン酸と結合されてヌクレオチドになりますが、大部分はアスパラギン酸やグリシンやグルタミン酸といった窒素をもつ化合物から塩基部分をつくり、糖とリン酸の部分はATP(アデノシン3リン酸)とリボースとリン酸の化合物から合成し、塩基と組み合わせてヌクレオチドを確保しています。

    B 葉酸とヌクレオチド合成

    ヌクレオチドの合成反応にとくに重要な栄養素が葉酸です。
    正常な細胞機能の維持には、DNAやRNAやヒストンタンパクなどにメチル基が結合するメチル化反応が知られています。このときメチル基を供与する分子はSAMといいメチオニンから生じます。細胞内にSAMが増加するとヌクレオチド合成に多く使われるようになり、そのとき日本人の場合葉酸代謝酵素の多型によりメチオニン代謝が抑制されるケースが、少なくないことがわかり、認知症や心血管疾患のリスク因子となるホモシステイン血症になりやすいと警告されています。

    C ヌクレオチド分解

    代謝により核酸が分解されるとき、プリン塩基は環状構造が保たれたまま酵素作用により尿酸となって尿中に排出されます。尿酸の産生が多く、尿酸塩となって関節腔に沈着すると、好中球が刺激されて炎症をひきおこすことがあり、これが痛風発作の原因になります。

    メグビーインフォメーションVol.421「RNAを理解する」より

  • 細胞・DNA・遺伝子

    細胞・DNA・遺伝子

    ゲノム時代の遺伝子像

    A ゲノムと遺伝子

    DNAという語は遺伝的要素をあらわす日常語として生命の問題以外にも用いられる時代になっています。
    生命科学においては、生物の形質を決める遺伝情報のすべてを指す語としてゲノム(genome)が生まれ、1990年にスタートした「ヒト・ゲノム計画」の成果がインターネット上に公開されました。
    ゲノムとは、遺伝子(gene)と総体(-ome)とをあわせてつくられた合成語です。
    人体はおよそ60兆個の細胞によりつくられています。細胞は核をもちミトコンドリアというエネルギーづくりを担当する細胞小器官が存在します。核には核ゲノムがあり、ミトコンドリアにはミトコンドリアゲノムがあります。
    核ゲノムは両親から1セットずつを受けつぐので、核は2セットのゲノムをもっています。
    ミトコンドリアの数は細胞によって数百から数千個といろいろですが、1個のミトコンドリアには数セットのミトコンドリアゲノムがあるので、数千セットものゲノムが存在しています。ミトコンドリアゲノムはすべて母親から受けつぎます。
    ヒト・ゲノムとは、核ゲノムとミトコンドリアの1セットずつを指しています(図参照)。
    20世紀後半における最大の発見であり、その後の生命科学発展の道を開いたのは、フランシス・クリックとジェームズ・ワトソンによるDNAの構造解明でした。
    ヒトの核ゲノムは22本の常染色体と2本の性染色体で構成されており、染色体はDNAとタンパク質という2種類の分子でできています。
    DNA分子は4種類のヌクレオチドという物質が次つぎにつながって長いひも状になったつくりで、共通のデオキシリボースという糖とリン酸に異なる塩基をもっています。
    そこで長いDNA分子ではヌクレオチドのつながりに4種類の塩基の配列をみることができます。この塩基の配列が遺伝暗号(genetic code)とよばれており、細菌からヒトまでのすべての生物に共通する遺伝子発現において、細胞が必要とするタンパク質合成のためのアミノ酸の並び方を決める暗号になっているわけです。
    遺伝子発現は、セントラルドグマ(生命の中心原理)とよばれる概念として、1950年代に提唱されました。
    DNAが保持している遺伝情報をもとに、生体用のタンパク質がつくられる過程をセントラルドグマが示しており、すなわち遺伝子発現ということになります。
    遺伝子発現は、DNA上の遺伝子の塩基配列をまずRNAに写しとる過程(転写という)があり、転写された遺伝子の飜訳と言われる過程がつづきます。ここで遺伝暗号を用いて塩基配列がアミノ酸配列へ変換され、タンパク質合成装置である細胞小器官のリボソームで、アミノ酸をつないでゆくことになります。
    生物にとってのタンパク質は、筋肉や結合組織や骨などを構成する材料であったり、細胞が営むエネルギー物質づくりをはじめとする代謝の進行役である酵素であったり、外界からの刺激を受容するレセプターや、免疫や解毒といった生体防衛の仕事を担う役であったりなど、第一の生命物質と認められています。
    1960年代以後は、ひとつの遺伝子がひとつのタンパク質に対応しているという考え方での遺伝子の見方による研究がすすめられ、古典的な遺伝子概念がつくられたのでした。

    B ゲノムとRNA

    30億の塩基対で成りたっているヒトゲノムのなかでタンパク質へ翻訳される遺伝子領域およびその発現を制御する領域はわずか(全DNAの数%以下)であり、残りの広い領域がRNAに転写され、遺伝子を制御する役割をしていることがわかり、遺伝子の機能はRNAの設計図としてひろい意味で考えられることになりました。
    ゲノムの大半を占めていて役にたたないという意味でジャンクなどとよばれていた領域をふくめて、ゲノムの約70%は転写されていることが明らかになり、そこには遺伝子を適切な時に適切な細胞で発現させるといった重要なしくみがひそんでいたのでした。それはノン・コーディング(タンパク質をコードしない)RNAとよばれる多様なRNAのはたらきでした。

    C 動く遺伝子

    ジャンク領域には、動く遺伝子トランスポゾンがはいりこんでいることが知られています。ヒトゲノムでは、全DNAの45%をトランスポゾンが占めており、胎児期の一定期間に特定の遺伝子発現のスイッチを入れる役割していることが突きとめられました。また神経ネットワークのシナプスではたらくゲノムにはいりこんでうつ病や統合失調症といった精神疾患の発症しやすさを左右しているといわれています。
    DNA上を動く遺伝子を発見したのは、米国の女性遺伝学者マクリントックで、この業績でノーベル医学生理学賞を受賞しています。

    エピゲノムの世界

    A エピジェネティクス

    たった1個の受精卵から分裂・増殖し、分化した体細胞は、どれも同じ遺伝子セットをもっていますが、分化の方向が決まると異なる種類の細胞にはなりません。方向づけは遺伝子セットのどの部分を使うかで決まり、細胞分裂のときも受けつがれてゆきます。
    同一遺伝子のセットを使いわけることで、人体のいろいろの組織・器官がつくられるわけです。そこで用いられている遺伝子の使いわけ方法が、エピジェネティクスとよばれる生物現象で1950年代に英国の発生学者ワディントンによって提唱されました。
    受精卵という1個の細胞が、いろいろに形を変えて身体をつくっていくことを“後成”といい、後成のメカニズムを探る方向という意味でエピジェネティクスという語が生まれたのですが、やがて遺伝子と結びついて「DNAの塩基配列の変化を伴わずに遺伝子発現を調節するしくみにもとづいた遺伝学」を指す語となりました。現在は遺伝子情報制御機構として、体質や遺伝と環境の関係、ガンや精神疾患や免疫異常、万能細胞と再生医療など、ひろい分野での生命の実体を明らかにする研究の推進力になっています。

    B エピゲノム

    ヒトゲノムの解読から、核内のDNAの状態は、147塩基対ごとに8個のタンパク質に巻きついて、図のようなヌクレオソーム構造をつくっていることがわかりました。
    このタンパク質は4種のヒストンタンパクの2組で、それぞれがヌクレオソームの外側にテール(尾部)とよばれるペプチドサ唐烽チています。この尾部が外界からのシグナルで、後天的にメチル化・アセチル化・リン酸化などの修飾を受けて、一生涯複製されてゆくエピゲノム情報になります。“エピ”は“後の”という意味でつけられました。
    エピゲノムは受精卵でリセットされ、大半は消去され、生まれた後に環境によって書きかえられてゆきます。
    ヒストンの後天的修飾の組み合わせが、転写、複製、修復、細胞分裂などのゲノムの動きにかかわっており“エピジェネティックコード”とよばれ、遺伝子発現のレベルを調節しています。

    C アセチル化・メチル化

    ヒストン尾部のリジンというアミノ酸に、ヒストンアセチル基転移酵素がはたらいてアセチル基をつけます。これがアセチル化で、脱アセチル化酵素がアセチル化を解除します。
    アセチル化が目印になって転写をはじめたり抑制したりして関連するタンパク質が集められ、相互に連絡しあって、遺伝子発現の調節がおこなわれています。
    ヒストン尾部のリジンにはメチル化もおこります。メチル化はアルギニンにもおこり、アセチル化と協調してはたらいています。

    D エピジェネティクスと疾患

    メタボリックシンドロームや成人型糖尿病、動脈硬化といった多因子性疾患の発症には、胎児期の環境への適応のために、遺伝子の塩基配列とは無関係に遺伝子発現の制御系が変化し発症にかかわっていると考えられて、エピゲノムが注目されることになりました。
    第二次世界大戦時に、ナチスドイツの攻略によるひどい食料不足がオランダの一部でおこり、当時妊娠していた女性からの出生児は、成人後に肥満や耐糖能障害を発症するリスクが大きかったと伝えられ、動物実験によってエピゲノム変化がその理由であると報告されたのでした。
    遺伝子の病気といわれるガンの発生にも、エピジェネティックな異常の蓄積が推察されたのは当然の成りゆきといえましょう。
    ガンにおけるDNAのメチル化異常には、ゲノム全体の低メチル化と遺伝子の転写開始点近くの特別なゲノム領域(CpGアイランド)での高メチル化という二面性のあることが、以前から知られていました。それはガン遺伝子の活性化や染色体の不安定性の原因になるとされました。
    やがて発見されたのがガン抑制遺伝子の転写にかかわる領域の髙メチル化でした。それによって数多くのガン抑制遺伝子の不活化が報告されたのです。
    本来エピゲノム修飾は、環境因子とかかわって応答するメカニズムでした。ガン細胞が低酸素や放射線や抗ガン剤といった環境因子に見舞われたときにおこってくる現象にもなり、それによってガン細胞は治療に対する抵抗性をもつようになります。
    ガン組織にはガン幹細胞とよばれる細胞が存在しており、自己増殖でガン細胞を供給しています。ガン幹細胞は抗ガン剤などの薬物を細胞外へ排出する輸送タンパク質(ABCトランスポーター)を備えて治療に耐性になっていることもわかりました。
    ガンにとって有利なガン幹細胞は、増殖中のガン細胞集団からエピゲノム修飾により出現したと考えられているのです。
    エピゲノムを標的とするメチル化やアセチル化酵素の阻害薬などの医薬品開発や臨床がはじまったと伝えられています。

    ゲノムと栄養

    A メチル化と葉酸

    DNAやヒストンのメチル化では、葉酸・メチオニン代謝経路で、メチル基転移酵素により、SAM(Sタロワアデノシルメチオニン)からメチル基が供給されています。
    SAMの合成には、メチオニン(アミノ酸)のほかに、葉酸やビタミンB12およびコリンなどの栄養物質が必要であり、とくに葉酸はエピジェネティクスに重要な位置を占めています。
    国際的な大規模の疫学調査を経てエピジェネティクスでの栄養のかかわりは、生活習慣病などの発症しやすさの原因に対する新しい視点として認められて、妊娠時の葉酸補給プログラムなどの対策がとられるようになっています。
    胎内環境で栄養素不足があると、その状態に適合した代謝システムが形成され、出生後にその代謝システムは豊富な栄養環境とのミスマッチとなり、病気の発症に結びつくというのです。
    日本での調査では、認知症患者の血清葉酸濃度が低く、ホモシステイン濃度が髙いという調査結果が報告されました。
    上図のようにホモシステインはメチオニン代謝の過程で生じ、酸化ストレスをひきおこし動脈硬化性疾患の原因になるとされる物質です。
    葉酸は、一部の自閉症児の症状を緩和することが経験的に知られています。

    B 脂溶性ビタミンの作用

    脂溶性ビタミン(A、D、E、K)のうち、AとDは活性型に変換されたのち、核内受容体に結合し、それぞれの標的遺伝子の発現を調節することが知られており、欠乏した場合は成長障害をおこします。
    核内受容体は転写因子であり、別種の制御因子と集まって複合体をつくって、転写の反応をすすめます。このとき転写の効率は染色体の構造やヒストンタンパク質の修飾を含むエピジェネティクスにより活性化のレベルが異なり、遺伝子発現に影響し、体質の個体差を形成していることになります。

    C 核内受容体

    1980年代、ステロイドホルモンの作用が分子生物学の手法で明らかにされ、エストロゲンやコルチゾールなどに結合するタンパク質が発見されました。そのタンパク質は、標的遺伝子のある塩基配列を選んで結合し、mRNAの合成を調節する転写因子であり、甲状腺ホルモンやビタミンA・Dのほか、脂肪酸や胆汁酸やプロスタグランディンなどの脂溶性で小さい分子の生理活性物質と相互作用する受容体でした。
    核内受容体の種類はいろいろですが、共通の先祖遺伝子から進化したもので、核内受容体スーパーファミリーをつくっています。
    核内受容体の発見をきっかけに、細胞内の栄養素や代謝産物や環境因子がシグナル分子としてはたらいている状況が明らかになってきました。
    それは“一人ひとりの生化学個性にもとづく栄養の理論と実際”の考え方(個体差の栄養学)の必要性と根拠を確かにしています。

    メグビーインフォメーションVol.420「遺伝子を理解する」より

  • 細菌との共生

    細菌との共生

    常在菌研究

    A 共生の場と常在菌

    大規模なヒトマイクロバイオーム計画によりデータの蓄積がすすみ、菌種の解析によって成人の常在菌のすみつき方が調べられました。
    地球上に生息する細菌の種類をゲノム情報によって分類してみると、成人の常在菌の90%が4種の菌種に属していました。また生息部位ごとの菌種組成にも、それぞれの特徴のあることがわかりました。
    口や皮膚や鼻腔に多いグループもあり、口腔内にしか存在しない菌種もあります。それぞれの部位でのpHや水分量、嫌気度、細胞の分泌物、共存する細胞間の相互作用などの要因がからみあった環境に適応しているわけです。
    とくに口腔は、外界から直接に大量の異物をとり入れる場所であり、多種類の常在菌が生息しており、口腔細菌叢といわれています。
    細菌をグラム染色※という方法で分類すると、グラム陰性とグラム陽性に分かれます。
    グラム陰性菌の種類は多く、口腔、鼻腔、上気道、腸管などの常在菌で、病原性はいろいろです。
    グラム陽性菌にもウェルシュ菌や黄色ブドウ球菌やムシ歯の原因となるミュータンス菌などがあります。

    *グラム染色(グラム陽性菌とグラム陰性菌)

    細菌をグラム染色法(菌を固定し、ヨードと色素により処理し、アルコールで脱色するものとされないものに分けたのち、他の色素で染める)で、後染色の色に染まる菌をグラム陰性菌とし、アルコール脱色されなかった菌はグラム陽性菌とよばれる。このちがいは細胞壁の構造や機能に関連しており、細菌の分類法に用いられている。大腸菌やサルモネラ菌、黄色ブドウ球菌などがグラム陰性菌に属している。

    B 口腔細菌叢

    口腔内の常在菌は主に歯肉の縁に形成されるデンタルプラークにすんでいます。正常なプラークではグラム陽性菌が中心ですが、プラークの蓄積とともに口腔内の自浄作用がさまたげられ、歯肉溝内において歯周病菌が増殖することになります。
    口腔内には多くの唾液腺があり、分泌される唾液により細菌を洗浄し嚥下しています。唾液には抗菌物質がふくまれていて菌の発育を抑えますが、プラークの形成により作用できなくなってゆきます。
    プラークの蓄積がすすみ内部の嫌気度が上昇するに従って嫌気性グラム陰性菌が増加して、炎症をひきおこすようになります。
    歯と歯肉の間の歯肉溝や粘膜上皮からは、免疫グロブリン(分泌型IgA)や補体、ペルオキシダーゼ、リゾチーム、ラクトフェリンやムチンといった多様な抗菌物質が分泌され、相互にかかわりあって感染を防ぎます。
    口腔内のグラム陰性菌は、口臭と歯周病の原因になります。
    グラム陰性菌の外膜を構成するリポ多糖(LPS)は内毒素といわれており、血中や歯周組織で免疫細胞を活性化し炎症性サイトカインの産生を促します。
    炎症性サイトカインは、血管内皮細胞や血管壁の平滑筋細胞に作用し血管透過性を亢進させ、これがつづくと歯肉からの出血を生じます。この状態が歯肉炎で、上図はそれを示しています。
    歯磨きはグラム陰性菌の除去に有効で、LPSの排除により血管の炎症を防ぐばかりでなく、誤嚥による気道感染症予防にも役立ちます。
    長期の慢性炎症状態は、全身の血管内皮機能を傷つけて循環器疾患を招きます。歯周病を放置すると、内毒素血症の持続により全身の血管に影響が及ぶというのです。
    基礎研究や疫学調査がつづけられて、歯周病は動脈硬化や糖尿病、心血管疾患、腎疾患などさまざまな全身疾患へのリスク因子として認められるようになり、食物の経口摂取と口腔ケアの細菌学・免疫学での位置づけが重要性を増してきました。

    C 皮膚と常在菌

    皮膚全体では1兆個もの常在菌が生息しているといわれています。
    代表的な皮膚常在菌は表皮ブドウ球菌とアクネ菌で、前者はその名が示すように主に皮膚の表面にすみつき、アクネ菌は毛穴の奥などの酸素の少ない部位や角層の裏側などが居場所になっています。俗ににきびといわれる尋常性痤瘡は毛孔の慢性炎症で、皮脂の分泌亢進や角化による毛孔の狭窄などが生じ、年齢や機械的刺激や化粧品などのいろいろの因子がかかわって発症しますが、常在菌中のアクネ菌の役割が重視されています。
    常在菌は皮脂を分解し、グリセロールを栄養源にします。このとき生じる遊離脂肪酸は皮膚を弱酸性にし、病原菌の定着を予防します。
    皮膚に傷が生じて体液がもれると、弱酸性から中性に変わります。そして表皮ブドウ球菌に代わって病原性の強い黄色ブドウ球菌が生育をはじめます。
    黄色ブドウ球菌は自身の周囲にバイオフィルムというバリアをつくり増殖します。バイオフィルムにかくれると抗生物質がとどかないので増殖しやすく、ヒアルロニダーゼなどの酵素で組織のマトリックス構造をこわします。
    不安などの精神的ストレスは腸内細菌叢に作用して状態を変え、それによって腸管の透過性が高まると皮膚の炎症を生じさせるという「腸・脳・皮膚軸」仮説があります。
    ヒト脳の神経伝達物質であるカテコールアミン、ヒスタミン、アセチルコリンなどの合成酵素は、細菌からヒトへ伝達されたという説も提唱されており、ヒトと常在菌の間で遺伝子の交流の可能性が論じられており、生物進化のテーマになっています。

    消化管と細菌叢

    A ピロリ菌感染

    上部消化管(胃・十二指腸)では、摂取された食物とともにはいってくる細菌は、胃酸や胆汁酸や膵酵素などで殺菌・除菌されるので持続感染はないと考えられていましたが、特殊な例が発見されました。
    胃酸の分泌により胃粘膜のpHは1~3と強酸ですが、食物摂取後には一過性にpHが上昇します。胃酸分泌抑制剤を使用していたり、分泌能が低下していたりといった状況ではpHは中性領域まで上昇し、乳酸桿菌や大腸菌などの細菌の検出数が増加します。そして胃内細菌叢のなかで頻度の高い細菌としてヘリコバクター・ピロリという菌が姿をあらわしたのは1980年代でした。
    H・ピロリ菌は世界人口の約半数に持続感染がみられ、胃や十二指腸疾患の原因となり、さらに特発性血小板減少性紫斑病やアトピー性皮膚炎、鉄欠乏症貧血などの消化管以外の疾患の発症の基盤になると報告されたのです。
    ピロリ菌は微好気性細菌で、至適発育温度が37℃、至適pHは6~8とされています。尿素を分解する能力(ウレアーゼ活性)があり、それによりアンモニアとCO2を産生します。このアンモニアによって胃酸を中和して生息をつづけます。そして慢性炎症による粘膜の萎縮や潰瘍発症の基盤をつくります。胃ガン発症との関連もいわれており、1990年代より日本ヘリコバクター学会がピロリ菌の除去をすすめています。
    一般的な除菌療法では、2種類の抗菌薬と、胃酸の分泌を抑える薬剤とを同時に服用する方法を一週間つづけます。しかし抗菌薬のクラリスロマイシンに耐性のあるピロリ菌が存在するため通常の成功率は80%ほどであり、薬剤の組み合わせを変えて二次除菌をすることで成功率を上げています。
    その後テーラーメイドのピロリ菌除菌も行われるようになりました。
    それは薬物を分解する酵素の遺伝子多型により、胃酸分泌を抑制するプロトンポンプ阻害剤の効果が低い人を対象にしています。酸の分泌に関連する受容体の作用の最終の部分にあるプロトンポンプを標的にして機能を抑えるのです。
    薬物を分解する酵素の活性を遺伝子型でしらべて効率のよい薬剤を用いるテーラーメイドの方法というわけです(上図)。

    B 小腸

    ピロリ菌感染がなければ胃から十二指腸にかけて、さらに小腸上部の空腸では細菌数は少なく、下部の回腸にむかうにつれて細菌数が増加し、また酸素のない環境にあわせて嫌気性菌が主になりますが、大腸とは機能的に異なっているといわれます。
    ピロリ菌を除菌すると、胃内のpH調節が変化し、食道下部が強酸性の内容物にさらされるため、胃食道逆流症や食道腺ガンが増加しているという報告もあります。ピロリ菌はまた食欲に関係するホルモンの分泌制御にかかわっているため、除菌後に体重増加がみられるという説もあります。
    20世紀のライフスタイルや抗生物質の多用などで、有用な共生菌が消えつつあると指摘する学者は少なくありません。
    共生菌はヒトの免疫システムのバランスを保つ大切な協力者になっているというのです。その例として自己免疫疾患の発症率が増加しているという主張があります。

    腸内細菌叢

    A 腸内細菌と病気

    病気との関係は腸内細菌叢で研究がすすんでいます。消化管は免疫システムとの関連が密で腸管周辺には全身の免疫細胞の約60%が存在しているといわれています。
    個体ごとに異なっている菌種には、遺伝子解析によってデンプン分解酵素の豊富なタイプや、アミノ酸合成酵素を多くもつものがあったり、ビタミンB1やB12の合成酵素が成人で多く、乳児ではビタミンB2や葉酸の生合成遺伝子が多いといったちがいのあることが報告されています。
    日本人の腸内細菌叢では、ノリやワカメなどの糖類分解酵素の持主が約80%ですが、欧米人ではまれということが知られています。
    空腸や回腸を含む小腸にはパイエル板というリンパ組織があり、上皮細胞や粘膜層、腸間膜リンパ節などの多数の免疫細胞が集まって、生体防衛のネットワークをつくっています。
    パイエル板は感染防御で重要なIgA抗体の産生や、経口免疫寛容の誘導に役割をもつ制御性T細胞による応答をしています。
    大腸(盲腸・結腸・直腸)の粘膜層にもIgA抗体の産生にかかわる細胞が存在しています。
    小腸と大腸とは免疫システムの機能のちがいを活用しながら、炎症性疾患や病原菌感染を防ぐ腸内共生系を維持しているのです。

    B 腸管自然免疫システム

    生体防御の最前線として腸管は病原体をすみやかに認識し排除しなければなりません。
    獲得免疫では効果を得るまでに日数がかかるので、初期の感染では自然免疫が重要になります。腸管組織にはマクロファージや樹状細胞や食細胞などのネットワークが形成されています。
    腸管では共生菌も存在しているので、病原体との識別のしくみをもっています。病原体に対しては強い炎症反応で排除しようとします(右図)。
    腸上皮細胞にはビフィズス菌や乳酸菌などのグラム陽性菌とグラム陰性菌を見わけるTLR(細菌のつくる成分の分子を認識する受容体)を備えており、その発現を制御して共生菌には炎症を誘導せず、腸内環境を保ちます。

    C 自己免疫疾患

    ヒトの免疫細胞と共生菌の関係は、約20万年もの年月をかけてバランスを保つよう進化してきたと考えられています。チェックし調整する機能を備えたのです。
    感染防御にあたって炎症は重要な反応ですが実行役のT細胞の増加がはじまると、それにあわせて直後から抑制性T細胞も増産されます。
    T細胞はいわば獲得免疫での主役のリンパ球で、いくつもの種類がありますが、ヘルパーT細胞とサプレッサー(抑制)T細胞に大別されています。
    抑制性T細胞のひとつTreg(ティーレグ)細胞は、他のT細胞の活動が過剰にならないように常に監視し反応を抑えるブレーキ役の細胞として発見され、2011年に科学誌『サイエンス』の表紙を飾りました。やがてTreg細胞は自己免疫疾患を抑制する機能をもち、腸内細菌のクロストリジウムによって強力に誘導されることがわかりました。クロストリジウム菌は、ヒトの腸では消化されない糖質を分解し、その代謝物がT細胞をTreg細胞に分化させることがわかりました。腸内細菌の環境変化が自己免疫病発症に関係しているといわれています。

    D シンバイオティクス

    適正量を摂取することで腸内細菌叢内に生着・増殖して、有害な細菌の増殖を抑えたり、免疫機能を調節・補完したり、便秘・下痢などの症状を改善したり、抗腫瘍作用物質をつくったり、アレルギー性疾患の発症を予防したりなどの保健効果を生じる微生物やその代謝物を「プロバイオティクス」といい、プロバイオティクスを補助する食品成分を「プレバイオティクス」として、両者をあわせもつものを指す語として「シンバイオティクス」が生まれました。
    近年、乳酸菌の投与による腸内環境の改善により、乳幼児のアトピー性皮膚炎の予防や治療に効果があることがわかってきました。また消化・吸収能や消化管運動の障害での、経口摂取や経腸栄養による有効例が報告されています。
    プレバイオティクスとしては、とくにビフィズス菌の増殖に役立つ難消化性オリゴ糖および食物繊維があります。
    オリゴ糖は数個までの複数の単糖が結合したもので多くは植物性で、ダイズやアスパラガス、ゴボウなどに含まれています。動物では母乳に少量あり、プレバイオティクスとしてはたらきます。
    小腸で消化されずに大腸へ移動したオリゴ糖は、菌による発酵作用で分解されて酢酸や酪酸やプロピオン酸や乳酸などを産生して腸内のpHを下げ、ビフィズス菌や乳酸菌が生育しやすく、病原菌の増殖が抑えられる環境をつくります。
    ヒトの消化酵素で消化されない食物中の難消化成分で高分子のものが食物繊維とよばれています。
    腸内細菌叢に豊富な遺伝子の典型が糖類の吸収や分解にかかわるもので、食物繊維を分解して自身のエネルギー源とし、有機酸などの代謝物を細胞に提供する共生者になっています。

    メグビーインフォメーションVol.419「細菌共生系を理解する」より

  • 心臓システムの特性

    心臓システムの特性

    心臓のはたらき方

    A ポンプ作用

    心臓の右側を占める右心房と右心室を右心系といい、左側に位置する左心房と左心室を左心系といいます。右心房と左心房は心房中隔によって仕切られ、右心室と左心室の間には心室中隔があります。
    右心系は肺へ、左心系は肺を除く全身へ血液を送っており、両方の血液は混ざらないしくみになっています。肺へゆく血液は全身から帰ってきた静脈血で酸素は少なく二酸化炭素が多くなっています。肺でのガス交換により酸素濃度が高く二酸化炭素濃度が低くなった動脈血が全身へ向かいます。
    心臓は1回の収縮と拡張とで、全身へ血液を送り出すという仕事をしており、そのための血圧を左右の心室の収縮によって生み出しているのです。
    心臓はまた、血流が逆流しないように“弁”を備えています。心房と心室の間には右側には三尖弁、左側では僧帽弁が設けられていて、弁が開くと心房から心室へゆく血流を増やします。
    心臓は無意識のもとで規則正しく動き、ふつう安静時では60~70回の拍動を繰り返していますが、運動をしたり情動による興奮が生じたりすると脈拍がはやくなります。
    拍動のリズムは洞調律とよばれており、洞結節という刺激伝導系の細胞が担っているのです。

    B 洞結節の役割

    刺激伝達系は、心房の上壁で大静脈の入口の場所にある特殊心筋細胞のかたまりである洞房結節が生じる収縮リズムが心房筋を伝わって房室結節に到達し、心室筋を収縮させます。洞房結節で発生した拍動の電気信号が房室結節を経て心室全体に伝わるわけです。
    洞房結節にも房室結節にも、多くの自律神経が来ており、筋線維と神経線維とが接しています。洞房結節は、そのはたらきにより心臓のペースメーカーとよばれています。

    C 心筋細胞の収縮とイオン

    拍動を生み出す電気刺激の発生や伝導は、心筋細胞へのイオンの出入りでおこります。ナトリウムイオンやカルシウムイオンが細胞内へはいるとマイナスからプラスに変わり、心筋が収縮します。そしてカリウムイオンが細胞外へ出ることでマイナスにもどる、という具合です。
    血液中のカリウム濃度は、低い場合も高い場合も不整脈の原因になることがあります。
    カリウムはもともと血中含有量が少ないので下痢や嘔吐などにより大量に失われる場合があります。こんなとき全身の脱力感がおこるのは筋肉の収縮が不調になるからですが、当然ながら心筋にも影響が生じ、心室細動という突然死を招きかねない事態に至るケースが報告されています。
    女性に多いとされる不整脈の“QT延長症候群”は、心室の収縮時にカリウムイオンの流出がおくれて収縮時間が延長する病態です。カリウム排出口になるカリウムチャネルの遺伝的変異や薬の副作用でおこるとされており、女性ホルモンのエストロゲンとプロゲストロンのバランスが関係していると考えられています。エストロゲン濃度の変化によってカリウムの排出が抑制されるので、ホルモン療法や抗不整脈薬の使用への注意が必要とされています。

    心臓と血液循環

    A 血圧と自律神経

    右心房→右心室→肺動脈→肺→肺静脈→左心房→左心室→大動脈→動脈→毛細血管→静脈→大静脈→(右心房)の経路で血液が循環します。
    この経路の各段階で血圧が変化します。一番高いのが左心室から大動脈へ送り出されるときの圧力で、“最高血圧”といわれるものです。
    血圧は運動の度合や情動の亢進などの条件でつねに変化します。からだのいろいろの部位で要求する量の血液がとどけられるように、血圧が調整されるしくみです。
    心臓のポンプ作用を促進したり抑制したりして全身への血流を調整する役を司どるのが自律神経系です。
    自律神経系は図に示されているように、意志によらないはたらきをする神経システムで、交感神経と副交感神経とがセットで機能的に抑制しあってバランスをとります。
    交感神経は心拍数や血圧を上昇させる方向にはたらき、副交感神経は心拍数を低下させ、血圧上昇は抑制するという関係にあります。
    心筋細胞は交感神経の放出する神経伝達物質ノルアドレナリンの受容体をもっています。またムスカリン受容体というアセチルコリンの受容体をもっています。アセチルコリンは副交感神経の伝達物質で、ノルアドレナリンとアセチルコリンは受容体との結合によって心筋にその作用効果をもたらすわけです。
    心臓での自律神経の分布を調べると、圧倒的に交感神経が多く、心房も心室もカバーしているのに、副交感神経は心室への分布密度が少ないという偏りのあることが知られていて、かねてからふしぎとされていました。
    実験によるデータによってノルアドレナリンは心筋細胞に対して毒性をもつ物質であり、その抑制役のアセチルコリンは副交感神経から供給されるだけでは不十分と考えられるようになり、研究の結果、心筋細胞が自家生産していることがつきとめられました。
    この現象は日本のほか、ドイツやブラジルなどの研究グループも追いかけ、やがて上皮細胞やリンパ球など、いろいろの細胞がアセチルコリン産生能をもっていることを明らかにしてゆきました。やがてNNA(non-neuronal ACh)という概念として認められることになりました。
    そして副交感神経の分泌するアセチルコリンは、心筋細胞に対して自前のアセチルコリン産生を促す引き金となるもので、進化の過程で獲得されてきたというのです。
    アセチルコリンの合成能をもつようになった心筋細胞は、ミトコンドリアでのエネルギー産生にともなって生じる活性酸素の増加を抑制して、虚血性疾患を防ぐことにも役立っているとされています。

    B 生活習慣と不整脈

    洞結節をスタートした電気信号は、心房内の刺激伝達系を伝わりながら左右の心房に指示を与えて、房室結節に入るといったん止まり、そこで二手に分かれます。右心室と左心室へと別々のコースをすすみます。
    この通路の途中でトラブルメーカーが出現すると拍動のリズムが乱れます。これが不整脈です。
    不整脈には徐脈性不整脈、頻脈性不整脈、心房細動、心室細動、期外収縮などがあり、加齢、肥満、炎症や虚血、アルコール摂取などいろいろの因子がかかわっています。高血圧や糖尿病、脂質異常症などの病気ばかりでなく、日常的なライフスタイルと密接な関連が報告されるようになってきました。なかでも社会の高齢化がすすむにつれて増加しつつある心房細動は、心房内に血栓を生じやすくします。血流がよどんで血液を凝固させるのです。
    左心房で形成された血栓が壁からはがれて血流にはいってしまうと、左心室から拍出されて脳や腎臓や腸などで血管を詰まらせることになります。脳への血管は近いので流入しやすく、脳の動脈へ向かった血栓が詰まって血栓症ということになります。
    アルコール摂取は利尿作用があるため、体内が脱水状態になって血液の粘度が上昇して血栓が生じやすくなります。入浴も汗をかくので脱水というリスクになると警告されています。

    C 心臓性突然死

    近年、AED(自動体外式除細動器)という押しボタン式心臓救命装置を公共施設などで見かけるようになりました。
    心臓が突然に心室細動という不整脈に見舞われて心停止に至ることがあり、心臓性突然死といわれます。
    心室細動がおこると、わずか数秒間で拍動が止まります。心停止は“心臓からの有効な血液の拍出がない状態”と定義されています。こんなとき心筋は細かくけいれんしている状態になっていて、血液を送り出すことができません。もっとも虚血に耐えられない脳をはじめとして、各組織がダメージをまぬがれるためには、1 秒でもはやく心室細動を止め、血液循環を復活させる必要があり、AEDの出番となるわけです。
    心室細動の大半は、狭心症・心筋梗塞、心筋症、大動脈弁狭窄症などの病気からおこっており、過労や睡眠不足、ハードな運動といったストレスが引き金になることから、生活習慣への注意が心臓を守るといわれています。

    心疾患へのアプローチ

    A 心不全

    全身へ動脈血を送り出す左心系のポンプ機能が低下した場合を左心不全といい、その多くは虚血性疾患が原因になります。右心不全は慢性の肺疾患や肺動脈弁膜症、心膜症などが原因疾患になります。風邪などの全身性の感染症はエネルギー代謝の亢進や頻脈を生じ、心筋の負担を増加させます。頻脈性心房細動では、心筋を養う冠動脈内の血流量が少なくなるのに仕事量は増えているので心筋虚血を招くため心不全を誘発することになります。
    右心不全では静脈内にうっ血が生じ、進行すると、むくみ(浮腫)や腹水などが出現してくるようになります。

    B 虚血性心疾患

    心臓自身は拍出量の20 分の1の血液を冠状動脈によって供給されています。
    冠状動脈は3本に枝分かれして、心臓全体を包むように見えるのでこの名がつきました。
    加齢とともに冠動脈の動脈硬化がすすみ、血管内腔がせまくなったり、血栓が詰まって閉塞したりして狭心症や心筋梗塞を発症します。
    内腔のせばまりで血流量が減少すると、心筋への酸素供給量が減ってゆきます。安静時には減少した酸素量でも足りていても、運動、興奮、発熱などで心拍数の上がる状況では酸素不足になります。
    心筋で一過性の虚血が生じたときの異変が狭心症です。ときには冠動脈が一時的に過剰な収縮(れん縮)をおこして血流が止まることがあり、“冠れん縮性狭心症”といわれています。からだを動かしているときおこる狭心症は“労作性狭心症”です。
    狭心症の治療には、心筋の酸素需要を低下させたり、酸素供給量をふやしたりする目的の薬が用いられます。ニトログリセリンなどの亜硝酸薬、β遮断薬、Ca拮抗薬が基本です。
    虚血とは血液がない状態という意味で、狭心症では一過性ですが、血管の閉塞がおこって血流が遮断されると、酸素欠乏により心筋細胞が壊死してポンプ作用が失われ、血圧低下などの全身へのダメージが生じます。各臓器にも低酸素による障害がおこってきます。
    女性では冠動脈に異常はないのに心筋梗塞を発症するケースのあることを、米国の研究チームが発見し報告しています。閉経後に多いことがわかり、“女性ホルモンの減少が原因になるのでは?”といわれています。
    女性ホルモンの減少により、心筋細胞に分布している微小血管の収縮が生じて狭窄するためと考えられているのです。
    最近アルツハイマー治療薬として知られているドネペジルが、心筋細胞内でアセチルコリンの産生を増加させるという実験結果をもとに心疾患の予防の可能性を追う研究がすすめられています。

    C 心疾患と時計医学

    心筋梗塞や心臓性突然死の発症は朝方に多いことが知られています。
    生体には地球の自転にあわせた生命活動のリズムがあり、サーカディアンリズム(概日リズム)といわれます。
    1960年代から急性心筋梗塞の発症時刻に日内変動があり、午前8時から午前10時頃にその頻度がピークになるというサーカディアンリズムのあることが注目されるようになり、心臓突然死でも同じという報告が、世界各地から集まりました。
    起床とともに交感神経の緊張が高まり、血圧と心拍数が上昇します。夜間の就寝中は発汗量が多く水分不足により血液の粘度が高まるため、血栓を生じやすくなるなどの条件や、血栓を溶かすシステム(線維素溶解系)のはたらきを阻害する因子が増加するという体内時計のかかわりが複雑に相互作用して、このような生理現象をつくり出していると考えられることになりました。それにより服薬の有効なタイミングには工夫が必要ということがわかりました。

    D iPS細胞と心臓

    再生医療やテーラーメイド医療への期待を担って、“iPS細胞(人工多能性幹細胞)”が登場してから10年、加齢黄斑変性や角膜の修復、脊髄損傷、パーキンソン病、ALS(筋萎縮性側索硬化症)、筋ジストロフィー、Ⅰ型糖尿病、血小板や免疫細胞などの細胞づくりといった基礎研究から実践を視野に入れた実験がすすめられていると報じられています。どのテーマをとってみてもその成功は望ましいものですが、容易ではありません。
    心臓疾患の場合、臓器移植手術しか治療法のないケースがありますが、移植に適合した心臓の提供は少ないのが現実です。
    心臓移植に代わる新しい治療法として、幹細胞をもとに心筋細胞をつくり出すという方法が考えられ、すでにES細胞から心筋細胞やその前駆細胞をつくり移植するという試みの治験がフランスではじめられています。
    日本では足の筋肉から採取した細胞を培養して筋肉のシートに仕上げて移植するという方法での治療が行われて、心筋細胞を入れ替えるのではなく、移植された細胞が弱体化した細胞に張りつき、介助因子を分泌してサポートするはたらきをする心筋細胞の作成がすすめられていると報じられています。iPS細胞から新しい能力をもった心筋細胞へ育てて、大量に確保できれば病気の仕組みを解明したり、薬を開発したりと、研究がひろがってゆくと期待されているのです。

    メグビーインフォメーションVol.418「心臓を理解する」より

  • 新しい免疫研究の要点

    新しい免疫研究の要点

    組織・器官と免疫

    A 白血球の循環とリンパ節

    血管やリンパ管のなかを流れて体内を循環し、生体防衛を任務とする細胞が白血球です。白血球のなかまには単球や好中球やリンパ球などがあります。
    単球は骨髄で生まれ、血管外へ出てマクロファージになります。
    白血球の70%を占める好中球は、通常は血管内を自由に動き流れていますが、組織の損傷や細菌感染がおこると、血管外へ出て現場へと大挙して集まります。現場では炎症反応がおこり、侵入者と戦った好中球が死ぬと膿(うみ)になります。
    リンパ球は好中球とは異なり、通常は血管からリンパ節に移動し、リンパ節から血管ではなくリンパ管を通って最終的に静脈とつながっている胸管から血管へもどっています。リンパ管は血管以上に全身にくまなくはりめぐらされており、リンパ球の循環によって末梢の免疫応答が成立するのです。このリンパ球の回帰現象をリンパ球ホーミングといいます。
    リンパ節はダイズの形をした長さ数㎜の小体で、結合組織性の膜に包まれています。内部には網目状に細胞が配列し、その間にマクロファージや多数のリンパ球が存在しています。そしてリンパ管の途中に設けられた濾過装置としてはたらき、胸腺や脾臓や小腸のバイエル板などと共にリンパ性器官といわれています。
    リンパ球で満ちているリンパ節には、外来異物の抗原が運びこまれ、リンパ球がそれを認識し感作リンパ球となります。感作リンパ球は同じ抗原に出会ったとき、初回よりも速く増殖し抗体を産生し、異物を排除することができるようになるので、同じ病気に2度かからないという獲得免疫が成立します。この現象もリンパ球のホーミングにより実行されているのです。

    B 脳の免疫システム

    脳は免疫学的特権をもつ臓器とされてきました。
    血液脳関門により中枢神経が保護されており、リンパ球などの移動がさまたげられ抗体分子もはいれないため、脳の免疫機能の研究はおくれました。
    しかし現代社会の疾患には、脳梗塞や認知症、統合失調症、うつ病などの精神疾患、多発性硬化症のような自己免病などで、免疫にかかわる細胞や分子の異常が見出されたり、ニューロンやグリア細胞と脳内炎症の関連性がわかってきたりと、状況が変化してきました。
    多発性硬化症の例で、通常は抑制性T細胞によりはたらきを抑えられている自己反応性T細胞が、炎症性サイトカインを放出して血液脳関門を開いてしまい、炎症を生じさせているというのです。
    脳の免疫システムは自然免疫で、担い手はミクログリアです。
    ニューロンが変性した時、周囲にミクログリアが集まり、いろいろの傷害因子を出しており神経炎症といわれる状態になって脱落してゆきます。
    活性化したミクログリアによる傷害因子(上表)のうち、もっとも毒性の強いものは大量のグルタミン酸で、現在アルツハイマー病や筋萎縮性側索硬化症などの治療に、病的なグルタミン酸の産生を阻害する方法が有効と伝えられています。
    アミロイドβの除去や抗酸化作用など、神経保護にはたらきながら、TLR(P.2参照)や炎症性サイトカイン受容体の反応で活性化すると神経変性をひきおこすという二面性をもつミクログリアは、諸刃の剣といわれています。

    C 眼の免疫特権

    外界からの刺激や感染などで過剰な炎症がおこると、視覚という最重要な感覚が失われるリスクとなるため、眼には神経系と同じような特別の免疫特性が備わっていると考えられており、“免疫特権”とよばれています。
    眼の免疫特権では、角膜や前房や網膜の免疫制御システムの存在が知られてきて、加齢黄斑変性とのかかわりや、iPS細胞を用いた移植での免疫研究が報じられています。
    角膜は透明性の維持が重要であり、構造上、血管もリンパ管も存在しません。
    角膜から前房、虹彩にかけて多くの免疫抑制分子が存在していて、とくに免疫抑制性眼内微小環境と名付けられた自然免疫も獲得免疫もない環境が形成されています。
    角膜移植の成功は、これによる免疫特権の上に成りたっているわけです。
    網膜では、最外層の網膜色素上皮細胞と網膜血管内皮細胞とがつくる血液眼関門が存在し、全身性の免疫担当細胞やタンパク分子ははいりこめません。
    網膜でもミクログリアが免疫を担っています。また色素上皮細胞が食作用能をもっていて、視物質(レチノイン酸など)の代謝で生じた産物や酸化ストレスで生じた不用物などの処理をしているのですが、加齢とともにその能力が低下してゆきます。
    網膜内に脂質やタンパク質の酸化物や、糖化物(AGE)などが蓄積すると、炎症がひきおこされ、視細胞の傷害や血管新生といった異常が生じてきます。そして全身性の免疫がはたらくようになってくることが知られています。

    免疫と疾患

    A 免疫自己寛容

    免疫システムは非自己の抗原にはたらき排除しますが、自己の正常な構成成分には反応しません。自己と非自己の識別が免疫の本質といわれています。
    この自己に対して免疫システムが応答しないという免疫自己寛容は、それが失われたときは自己免疫病を発症する原因になります。また自己組織が変性してガンを生じたり、共生微生物に対する過剰免疫応答や、臓器移植にあたっての生着の問題などにかかわる免疫学上の研究課題となっています。
    自己免疫病は自己反応性T細胞が増殖し活性化することで発症します。


    自己抗原を強く認識するT細胞は、胸腺でアポトーシスする運命にあるのですが、なかには排除されずに不活動のまま組織に存在するものがあり、それの活性化は制御性T細胞とよばれる免疫抑制専門のT細胞によって抑えられていることが今世紀の初め頃にわかりました。
    自己反応性T細胞は、どの個体にも存在するが、抑制性T細胞の量的減少や弱体化があると自己免疫病ばかりでなく、炎症性腸炎や環境物質へのアレルギーの発症にもつながります。自己と非自己との連続性が指摘され、免疫ネットワークの複雑さを示しています。

    B 自己免疫疾患

    典型的な自己免疫疾患には、攻撃される臓器が全身にわたっている場合と、ひとつの臓器に限られているものとがあります。前者には全身性エリテマトーデス(全身性紅斑性狼瘡)、慢性関節リウマチ、シェーグレン症候群などの代表的な疾患名が並びますが、臓器特異的自己免疫疾患は、甲状腺炎(橋本病)やインシュリン依存性糖尿病、溶血性貧血、特発性血小板減少性紫斑病、悪性貧血、萎縮性胃炎、潰瘍性大腸炎、原発性胆汁性肝硬変、尿細管間質性腎炎、重症筋無力症、多発性硬化症、リウマチ熱、原田病(ぶどう膜炎)などなど、血液や消化管や肝臓や腎臓、筋肉、神経、皮膚というさまざまな臓器が攻撃対象になっています。
    エリテマトーデスにも全身性のほかに皮膚エリテマトーデス(CLE)という分類があり、さまざまな病状が他の病気と重なります。

    C アレルギー

    自己免疫病の病態にはアレルギーがかかわっています。アレルギーは免疫応答のなかで、異物である抗原(アレルゲンという)の侵入によって免疫が成立したのち、再度の侵入に対して過剰にあるいは不適当な形で反応してしまうもので、ヒスタミンやロイコトリエンといった生理物質が、血管の透過性を高めたり、平滑筋の収縮や粘液分泌を促したりして、不快な状態をもたらす現象ですが、花粉症やアレルギー性結膜炎やジンマシンのような身近に多くみられる例のほか、最近話題になったハチやヒアリの毒での死亡とか、アレルゲンとなる卵などの食品成分の摂取法への提言が出されたアナフラキシーがあります。
    アナフラキシーは、経口や注射や刺傷などで抗原が再度体内に侵入したとき、数分後に血圧低下や呼吸困難や全身のけいれんといったいわゆるショック症状により、ときには死に至ることがあるのです。
    先頃、アトピー性皮膚炎の乳児に、6ヶ月から卵を与えるとアレルギーの発症が約80%減らせるという国立成育医療研究所の発表がありました。英米の研究チームが2015年に調査した結果も、アレルギー体質の乳児(生後4~6ヶ月頃)で、ピーナッツ成分を含む食品を食べて育ったほうが、ピーナッツアレルギーを発症する割合は80%低かったというデータから、従来の小児科学会の3歳頃までは摂食させないという見解は撤回されました。
    免疫システムはHLA(ヒト組織適合抗原)の多型がもたらす個体差や、サイトカインや抗体産生にかかわる遺伝要因ばかりでなく、食事などの環境因子によっても影響されつつダイナミックに動く多種類の細胞ネットワークであり、その相互作用が全体にインパクトを与える性質をもっているという複雑な生物現象です。

    免疫と栄養

    A 低栄養・過栄養

    一般論として栄養不足により免疫機能が低下し、感染症にかかりやすくなることが理解されています。タンパク質をはじめとする栄養成分の摂取不足や偏りは、代謝のレパートリーやレベルの維持、体内環境の恒常性保持を困難にしかねません。生体防衛機能も栄養状態の影響を強く受けることが知られています。
    一方で栄養物質の過剰摂取にも、肥満により生活習慣病のリスクが高まり、免疫異常を招くという指摘があります。

    B 糖質と免疫

    体液中や細胞膜上に存在する複合糖質(糖鎖をもつタンパク質や脂質)は、免疫機能にとって重要な因子です。リンパ球が体内の特定の部位に移動するための組織との親和性にも、生体情報を示すシグナルや受容体機能が不可欠で、複合糖質がこれを担っています。
    前記のように免疫反応は、複雑な細胞間相互作用のネットワークであり、自己と非自己を識別する能力は、細胞や物質の抗原性をあらわす種類の構造に依存しているのです。
    生体における糖鎖の形成は、グルコースからつくられる糖ヌクレオチドがすすめます(インフォメーション5月号 新しい糖質の世界参照)。
    古くから生薬として用いられてきた植物の成分としての多糖には、食細胞やNK細胞を活性化したり、サイトカイン産生を誘導したりなどの作用が見出されています。

    C アミノ酸・タンパク質・脂質

    タンパク質の摂取不足では、リンパ球数の減少や抗体づくりの低下などがおこってきます。
    特定のアミノ酸というより、アミノ酸スコアの高いタンパク質が有用とされています。
    必須脂肪酸の機能
    脂質は、プロスタグランディンおよびロイコトリエンというエイコサノイドの原料となる必須脂肪酸の給源として重要です。エイコサノイドは多彩な生理作用を調節します。
    必須脂肪酸は、生体内合成がなく、リノール酸やアラキドン酸などのn-6系と、リノレン酸やエイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)などのn-3系とに分類されます。それぞれがプロスタグランディンやロイコトリエンを産生することによって、免疫細胞への作用がさまざまに生じてきます。
    魚油に多いn-3系脂肪酸のEPA・DHAはエイコサノイド産生ばかりでなく、好中球やNK細胞の活性を抑え、分解酵素の放出低下などによる抗炎症作用によりアレルギー疾患の病態の改善効果が認められています。

    D ビタミン・ミネラル

    アミノ酸や核酸の代謝に必要なビタミンB6は細胞増殖のさかんなリンパ球に大きく影響することが知られています。ミネラルでは亜鉛がとくに重要で、胸腺でのTリンパ球の増殖・分化にも不可欠とされています。
    食細胞は多量のビタミンCを蓄えており、食作用により生じるフリーラジカルに対して、ビタミンEとともに抗酸化物質としてはたらきます。
    白血球の細胞膜は、高度不飽和脂肪酸を含むリン脂質の含量が多いので酸化的傷害を受けやすいとされており、抗酸化ビタミンおよび抗酸化物質の活性にかかわるミネラル(Zn・Fe・Mn・Cu・Se)などが、自己防御に必須になります。

    ◇食品─腸内細菌─腸管免疫の関係◇

    腸管免疫システムと低栄養

    腸管は、摂取した食物成分や腸内細菌の抗原に対する免疫応答を行う複雑なネットワークを形成しています。
    腸管上皮細胞は抗原侵入に対する障壁であり、粘液や抗菌ペプチドやIgAの分泌、M細胞と樹状細胞などの細胞による腸管免疫システムについては『VoL.414 小腸を理解する』に述べています。近年ビタミンや脂肪酸などの食品成分や、腸内細菌により代謝・分解し産生されるいろいろの産物が、腸管免疫に大きく影響していることが明らかになってきました。
    低栄養や高脂肪食、抗生物質の摂取が腸内の微生物がつくっている環境の恒常性を乱し、炎症性疾患をひきおこします。
    低栄養は腸内細菌叢を未成熟にし、成長ホルモンの分泌低下により発育不良を招くと報告されています。
    絶食すると結腸上皮の細胞回転が止まり、再摂食したとき乳酸産生が増加して、発ガン物質の作用を受けやすい環境になるというのです。

    ビタミンと腸管免疫

    ビタミンAから生じるレチノイン酸は、腸管へのリンパ球のホーミングを助ける分子の発現を促し、T細胞を誘導し、細菌感染への抵抗力を強化します。
    ビタミンAの粘膜免疫へのはたらきはよく知られていますが、チアミン(ビタミンB1)やナイアシン、葉酸にも炎症の抑制などの効用がわかってきました。

    短鎖脂肪酸と腸管免疫

    水溶性の食物繊維やオリゴ糖などの炭水化物は、腸内細菌に代謝されて、酢酸、プロピオン酸、酪酸といった短鎖脂肪酸に変換します。
    生じた短鎖脂肪酸は、腸管細胞のエネルギー源になりますが、さらにリンパ球の遺伝子をエピジェネティク(後天的な修飾)により改変し、腸管免疫応答を制御しているというのです。
    短鎖脂肪酸は、上皮細胞の増殖因子になったり、好中球のはたらきを促したり、レチノイン酸合成酵素の発現を助けたりなど、免疫制御にとって重要な役割をしています。
    アミノ酸トリプトファンの腸内細菌による代謝物も、真菌感染を防ぐとされています。

    メグビーインフォメーションVol.417「免疫を理解する」より

  • 骨の成りたちと特性

    骨の成りたちと特性

    骨にすむ細胞

    A 骨の役割

    人体には206個プラスa個の骨があります。a個というのは付属骨とよばれているもので、人によってあったりなかったりする小さな骨です。付属骨は尾骨や内くるぶしなどにみられます。
    200あまりの骨は上腕骨に代表される長管骨や手根骨などの短骨、頭頂の扁平骨など、形状で分類されますが、その形は骨格のそれぞれの部位で、それぞれが受けもっている役割に適したつくりになっています。
    骨格は体幹を支えたり、臓器を保護したり、動くという動物としての基本的な能力を筋肉や腱と協働して生み出したり、カルシウムという重要なミネラルの貯蔵と動員を担い、さらに骨髄において造血を営むなど、どれをとってもヒトとして生きる基盤になっています。
    人類の進化は、からだの大型化や直立姿勢や二足歩行といった変化により、骨の構造や特性にも変更をもたらし、その強度や丈夫さを維持するという課題が与えられることになりました。

    B 骨代謝(骨リモデリング)

    生体は骨の恒常性保持の問題を、つねに古くなったものを新しくつくり替えるという再構築の方法で解決しました。破壊と形成のバランスによって骨を新しくしているのです。この現象は骨代謝といわれ、再構築することを骨リモデリングといいます。
    右図は、骨リモデリングをあらわしており、破骨細胞による骨吸収により開始され、骨芽細胞による骨形成へとすすみます。吸収期に先だっては休止期があります。

    C 骨の細胞ネットワーク

    破骨細胞は、数十個もの核をもつ大型の細胞で、ミトコンドリアも豊富にあります。もともと骨髄でつくられた単核細胞の数十個が融合して生まれるマクロファージに近い細胞で、酸やプロテアーゼを分泌して骨を破壊します。
    破骨細胞にミトコンドリアが多いのは、骨のミネラル(後述)を溶かすための酸の生産にはATP合成システムをフル稼働する必要があるからです。
    破骨細胞によって骨吸収されたところに、新しい骨をつくる役の骨芽細胞は間葉系幹細胞から生まれます。間葉系細胞は、軟骨や筋肉や脂肪の細胞へと分化する前駆細胞のなかまで、破骨細胞と組んだオステオン(骨再構築単位)とよばれるグループとなって全ての骨のなかに分布しています。
    骨構成細胞でもっとも多いのが骨細胞で、全体の90%以上、骨芽細胞とくらべると約10倍で寿命も長く、骨のなかに埋めこまれたかっこうで存在しています。
    骨再構築単位の活動は、成長期や、反対に骨が弱体化してゆく女性の閉経後などの時期にはさかんになります。
    骨吸収が2~3週間つづくと逆転し、約3ヶ月間の形成期になります。形成期の骨芽細胞がコラーゲンなどの骨基質タンパク質を分泌、ついで石灰化という作業でそれを覆ってゆきます。
    この作業は、骨の構造に設けられた太い封筒状のハバース管という孔のなかで進行し、やがて骨芽細胞は扁平な形に変わり、組織内でそれぞれのすみか(骨小腔)にひそみ、呼び名も骨細胞になります。
    右上の図は顕微鏡でみた長管骨などの重さに耐えるつくりを示しています。骨芽細胞がつくり出した年輪のような層板構造が、骨のしなやかな丈夫さのもとになっています。
    骨細胞は、神経細胞のような突起を伸ばして、骨細胞同士のほか、破骨細胞や骨芽細胞ともつながっており、連絡しあいながら外界からの刺激やホルモンなどの生理活性物質を受けとっています。
    近年、骨内の細胞ネットワークは、骨の恒常性を維持するばかりでなく、骨髄の環境因子として、造血や免疫のシステムにも深くかかわっているといわれるようになりました。

    D 骨免疫学

    骨のリモデリングは、食事、運動、微生物感染などのストレスのほか、加齢や疾患などに応答して、巧みに制御されています。
    隣りあう骨細胞は局所ホルモンのプロスタグランディンやNO(一酸化窒素)やATPなどを細胞外液に分泌しています。
    免疫担当細胞は、IL−1やIL−6やINFなどの炎症性サイトカインを分泌し、破骨細胞の分化を助けて骨吸収をすすめる一方で、IL−4やγインターフェロンで抑制することがわかってきました。
    骨細胞が存在する骨組織と隣りあう骨髄では、一生涯を通じて造血が営まれており、それに従事する幹細胞をはじめとする細胞は、骨細胞の分泌する骨髄系細胞増殖因子によって増加するなどの制御を受けているというのです。
    自己免疫疾患として発生率の高い関節リウマチでは炎症と骨の破壊が特徴的な症状であり、感受性遺伝子のSNP(多型)や、エピゲノム(エピジェネティク修飾されたゲノム)までにひろがった研究と創薬がはじまりました。
    骨と免疫の相互作用や、共通の制御機構や、両者をつなぐ分子の解明などが、「骨免疫学」という学問の領域で重要な課題になっています。

    骨とミネラル

    A 骨密度と骨質

    ヒトの骨の強度を調べた結果では、手足の骨や腰椎など役割に応じて、それぞれの差はあるものの、通常で加わってくる外力の4倍以上に耐えられる強さをもっていますが、加齢とともに弱体化してゆきます(下図)。
    骨の有機成分はコラーゲン線維と、線維間に存在するプロテオグリカンおよび、これに沈着する無機成分の骨塩(主にヒドロキシアパタイト)です。
    アパタイトはリン灰石という鉱物で、いろいろの種類があり、ヒドロキシアパタイトはカルシウム10、リン酸6と水2の割合の化合物で、水に溶けません。歯科で虫歯予防に用いられるのはフッ素を含むアパタイトです。
    組織にカルシウム塩が沈着した状態を石灰化または石灰沈着といいます。
    骨密度は骨塩の量を示す指標で、CTや超音波を用いる計測法などがあります。
    骨ミネラルにはマグネシウムや亜鉛もあります。とくに亜鉛が多く、骨塩量の保持に役立っています。亜鉛は骨芽細胞を活性化し骨形成をすすめる一方で、破骨細胞の分化を抑え、骨石灰化を促進することが知られています。宇宙飛行で生じる骨の弱体化に対して、その修復に亜鉛が役立つことが明らかにされました。
    従来、骨の強度は骨密度で決まると考えられていましたが、近年、骨密度が増加しているにもかかわらず骨折率が高くなる例が知られてきて、骨密度とは別の骨強度因子として骨質という概念が加わりました。

    B 骨質の劣化

    骨質はコラーゲン線維の量とその分子間に形成される架橋構造や、石灰化の度合、骨の微細なひび(マイクロダメージ)など、いろいろの条件が要素になっています。
    コラーゲン線維の架橋に悪玉架橋といわれるベントシジンが混在していたり、小さい荷重が反復して生じるマイクロダメージの骨細胞による修復がおくれたりなどして、骨質が悪化して強度を低下させます。
    ベントシジンは古くから研究されてきた糖化(グリケーション)によってつくられる代表的な構造体で、その生成には酸化という過程を含んでいます。
    骨芽細胞から分泌された線維状のコラーゲン分子は、規則正しく配列し、隣りあう分子同士が架橋を介して結合し安定します。これが正しい架橋ですが、ベントシジンが増えると分子のつながり方が無秩序になり、骨に微小な骨折のひび割れを生じさせます。
    加齢とともに骨のベントシジンが増加する現象は男女に共通しています。そして尿中のベントシジン濃度の高値が、骨密度とは独立した骨折リスク因子であるといわれるようになりました。

    C ホモシステインと骨折リスク

    ベントシジン研究のなかで、血中ホモシステインのかかわりが明らかになりました。ホモシステインは含硫アミノ酸メチオニン代謝の中間体で、血管内皮細胞に障害をもたらして動脈硬化を促進するリスク因子として知られていますが、軽度の高ホモシステイン血症が骨折リスク因子となることがわかったのです。
    ホモシステインは、コラーゲンの糖化を助けて骨質を低下させるという関係が示され、骨質劣化誘導因子とよばれることになりました。
    骨密度が低くなくても、ホモシステインの増加によって骨折リスクが上昇する“骨質低下型”があり、ホモシステイン値が正常でも骨密度が低いことで骨折しやすくなっている“骨密度低下型”もありますが、骨粗鬆症への対策には骨質の改善が重要ということになったのです。
    血中ホモシステイン上昇の要因として、葉酸やビタミンB6・B12の不足および低タンパク食があることが報告されています(表参照)。

    骨と疾患

    A ビタミンD作用

    高齢化がすすんだ社会では、転倒による骨折は脳血管疾患につづく寝た切りの原因に挙げられています。軽く転んだだけで大きく丈夫なはずの太ももの骨が簡単に折れることが珍しくありません。
    調査の結果、転倒骨折では共通して血中ビタミンDの濃度が通常の75%ほどという事実が発見され、現代社会の紫外線不足が骨の劣化を招いているといわれるようになりました。
    紫外線はDNAに損傷を与えて、皮膚の老化や発ガンというリスクをもたらすという考え方から、日照を避ける生活習慣がひろがりました。
    紫外線は、皮膚のなかのコレステロールに作用してビタミンDをつくっており、通常の生活では、食事により摂取する量を上回っているとされています。ここで生成するビタミンDの生理活性は弱く、肝臓と腎臓で水酸化という酵素作用を受けて活性型になりはたらきます。
    活性型ビタミンDは副甲状腺ホルモンと協調して、腸管でのカルシウム吸収を促進します。
    カルシウムの吸収には結合タンパク質によって輸送される方法と、細胞間のすき間を拡散によって通過する方法とがあります。腸管内を流れてきたカルシウムイオンは、腸壁の上皮細胞にはいってカルシウム結合タンパク質に結合します。活性型ビタミンDが上皮細胞のビタミンD受容体に結合すると、そのシグナルによってカルシウム結合タンパクが増産されてカルシウムイオンを次つぎと運びこみ、血液側へ放出するのです(上図参照)。
    副甲状腺ホルモンは標的器官の腎臓で、ビタミンDを活性型にする役をしています。
    ビタミンDの給源は魚介類(魚肉やしらす干しなど)や卵黄、キノコ類などです。
    骨折にかかわるビタミンには、ビタミンDと同じ脂溶性ビタミンに属するビタミンKが加わります。
    骨形成にはコラーゲン以外にも重要なタンパク質があります。ヒドロキシアパタイトに結合して正しく石灰化をすすむようにはたらくオステオカルシンなどのビタミンK依存性タンパクで、分子中のグルタミン酸残基をカルボキシグルタミン酸に変換するGla化という反応の補因子がビタミンKです。

    B 石灰化の異常

    動脈硬化の進行した血管壁や、五十肩に代表される肩関節周囲炎の腱や滑液包に石灰沈着の生じるケースが知られています。炎症で破壊され壊死した細胞のタンパク質がリン酸を結合させ、それが核となっており“異栄養性石灰化”といわれています。
    血管の石灰化は、内膜にも中膜にも生じており、慢性炎症や酸化ストレスや繰り返す伸展刺激という力学的な圧が要因となると考えられています。
    疫学的研究により、血管の石灰化が重症なほど骨密度の低下率が高いことがわかり、骨吸収により血中に出たリンやカルシウムが異所性に沈着するというのです。糖化ストレス・酸化ストレス抑制や、適切な栄養条件は生活習慣病予防のキイポイントになっています。

    C カルシウムの吸収

    骨のカルシウムはつねに代謝回転しており、血中から補給されます。食品のカルシウムはイオン化して吸収されるので、弱酸性の環境が必要になります。
    クエン酸や腸内細菌が有機酸をつくる材料になるオリゴ糖や、牛乳の主要なタンパク質が消化されて生じるCPPと命名されたペプチドはCa吸収を助けます。

    メグビーインフォメーションVol.416「骨代謝を理解する」より

  • 体内循環と心臓血管系

    体内循環と心臓血管系

    生体のシステム

    A システムズアプローチ

    1940年、生物学者のバータランフイは、生命現象についての完全な理解は、単一の要素を調べるだけでは不可能であり、要素に分解せずに全体として、体系的にとらえる「システムズアプローチ」が必要という考え方を提唱しました。
    人体のような複雑な成りたちを有する対象には、システム思考(systems thinking)によって認識しようという方法論は、近代科学が追求してきた還元主義的なアプローチによらない問題解決をめざすものでした。
    生体を構成する機能単位には、消化・吸収、呼吸、体液循環、免疫などがあります。
    それぞれの機能を産み出しているのは、細胞と組織がつくる構造にある情報であり、獲得される物質群です。

    B 体内の流れ

    空気や水などの気体・液体は、一定の形をもたずに自由に変形し流体とよばれており、その運動は“流れ”といわれます。
    多細胞体の動物の体内には、体液の流れがあります(右図)。
    体内の水分は体液とよばれており、細胞内液と細胞外液に分類されています。血液と細胞間のすき間を満たす間質液とが細胞外液であり、細胞の生きる内部環境として、量やpH(水素イオン濃度)や電解質組成、ブドウ糖や酸素や温度などの恒常性保持(ホメオスタシス)は、細胞の活動ひいては生命の維持に不可欠です。
    生体がもつ機能単位のシステムは、そのために休みなくはたらいており、体内の物質の流通経路として心臓と血管系による循環のシステムがあります。 細胞の生の営みである代謝では、つねに熱が発生しており、その一部は体表から環境に放出されますが、一部は再び血流で運ばれて息とともに体外へ捨てられます。内部に蓄積すると体温はホメオスタシスを超え、熱中症になりかねません。

    MEMO

    システム思考:近代科学は要素還元主義により生命を理解するアプローチをとってきたが、それに対して相互になんらかの関係をもち、全体としてひとつの機能を実現する秩序をもつ多数の要素の集まりとして認識する。

    C 体液の移動と血管

    血液は心臓から拍出され、大動脈、動脈、細動脈、毛細血管、血管網の末端にある毛細血管床へと流れ、物質輸送やガス交換が行われます。
    毛細血管の内腔はせまく、赤血球がやっと通れる程度ですが、物質交換の大部分は毛細血管壁を介した拡散で行われます。
    毛細血管内の血流は非常にゆるやかで物質交換に適しています。毛細血管の壁はうすく、一層の透過性をもつ内皮細胞でできており、血球や血漿タンパクなどの高分子以外の小分子は物理的な法則に従って通過し、静脈へと送られてゆくことになります。
    毛細血管の血管網によって物質の移動は制御され、細静脈、静脈、大静脈を経て心臓へもどることになります。
    通過する血液が血管壁に及ぼす圧力が血圧で動脈でも静脈でも存在しますが、臨床的には動脈における圧を指しています。

    血圧と制御システム

    A 血圧の基本

    心臓から血液を送り出すためには血圧が必要です。その血圧は心筋の左右の心室が収縮することで生み出されています。ヒトの心臓は右と左、さらに上と下とに区分されたつくりで、それぞれの区分は右心房、右心室、左心室、左心房とよばれています。このような区分は静脈血と動脈血とを混合させないためのつくりです。
    心臓には肺との間に肺循環というしくみがあり、体循環から肺循環を経て酸素が静脈血から動脈血へ移されて、再び全身へと運ばれます。
    心臓から血液を押し出す圧力は、水銀柱でいうと0mmHgから130~140mmHgまで押し上げるほどであり、それは水を1m77cmの高さに持ち上げる仕事にあたります。右図はそのことを示しています。
    これだけの圧力が、血液を全身へとどかせるために心筋の拍動(収縮と拡張をくり返す)ごとに要求されているわけです。
    大動脈における血圧は、平均すると100mmHgほどで、若い健康な人では120mmHgに達しており、これが収縮期血圧にあたります。
    心筋の拡張期には約80mmHgに低下します。日常では収縮期血圧は最大あるいは上の血圧とよばれ、拡張期血圧は最小あるいは下の血圧といわれる場合が少なくありません。
    血圧は血管の部位や姿勢によっても異なり、毛細血管では約20mmHgほど、心臓に近い静脈ではわずか2~4mmHgという具合です。
    血圧の測定は、ふつう上腕で行われていますが、これが全身にあてはまるものではなく、体幹の深部にある大動脈の血圧(中心血圧)との差が大きく、また個体差が問題にされます。骨格筋で構成される上腕などと異なり、脳や腎臓のように大量の血液を受け入れて拡張した状態にある器官では、深部の微小血管に影響が及びやすく、臨床の場での新たな考え方ととり組みが提唱されています。

    B 血圧を決める因子

    血液の循環は圧の高い中心部から、だんだんと圧を低下させながら末梢の血管へと流れてゆきます。
    血管内では血流に対する抵抗(血流抵抗)が生じます。血流抵抗は、血管の直径や血液の粘度や血管の長さに応じて生じており、血管が細くなると抵抗は大きくなります。
    通常、約80%の小動脈が収縮しており、それぞれの臓器の需要にあわせて一定の血流量を送っています。
    全身の血管における抵抗の総和を、総末梢血管抵抗といい、血圧を決める因子になっています。末梢血管抵抗が大きくなると血圧が上昇することになります。
    血圧を規定するのは心拍出量と末梢血管抵抗というわけです。

    C 血圧の調節

    陸上で二足歩行をはじめた人類は、重力に抗して脳への血流を確保するために一定の範囲での血圧をもたなければなりませんが、個体や年齢などで異なり、変動する血圧値には正常値はなく、経験値を正常範囲として定めています。右の図は日本高血圧学会が示している資料ですが、日本人間ドック学会が提唱する基準とは異っています。
    140/90mmHg以上を治療対象にした根拠は、降圧による予後改善効果が示されている試験で到達した血圧が140~150mmHg程度だったという結果からというのです。ちなみに人間ドック学会の基準では、147/94mmHgとしています。
    血圧については数値にとらわれるのではなく自律神経系の作用や食塩感受性、ストレス、日内リズム、高血圧関連遺伝子などの血圧調節にかかわる問題を基盤として考える必要があるでしょう。

    D 血圧の調節

    血圧の変動には、分単位の短期変動もあり、昼夜の日内変動もあり、週・月・年単位の長期的なものもあります。
    変動に影響する因子としては、季節や天候、昼夜のリズム、ストレスや運動、時計遺伝子などの遺伝的要因、食事、薬剤、血管平滑筋の収縮性や弾性線維の変性、NO(一酸化窒素)などの血管拡張物質を分泌する内皮細胞の機能や、アンジオテンシンⅡや自律神経の作用というように多彩です。
    とくに心臓だけでなく、肝臓や腎臓や肺が協働するアンジオテンシン系や、脳・神経と密接な自律神経系による血圧制御システムの異常は、高血圧を招き心疾患や脳卒中などの臓器障害リスクを増加させるといわれています。

    高血圧症

    A 自律神経と「神経仮説」

    古代人の狩りをして食物を得ていた生活では敵に出会うなどの危険な状況により、交感神経がつねに上位にはたらくことが有利でしたが、農耕生活に移行すると、過剰に反応することで血圧を上昇させる交感神経が高血圧という問題を生ずることになったという説があります。
    交感神経は血管を収縮させ、心臓の拍出量を増加させ、副交感神経はそれを抑制するという関係にあります。交感神経は毛細血管以外の血管に分布しており、副交感神経は細動脈や細静脈などの特定の部位にあり、脳幹の延髄にある血管運動中枢を介して脳からの制御を受けています。慢性腎疾患では交感神経の活動が亢進しているといわれ、NO(一酸化窒素)の産生低下と活性酸素の増加により酸化ストレスが増大し、慢性炎症、小胞体ストレスが重なって、血圧の恒常性が保てなくなって「本態性高血圧」に至るという考え方が注目されてきたと伝えられています。
    高血圧に関連する交感神経の活性化は、脳内のレニン-アンジオテンシン系の作用や、脳幹部での慢性炎症とのかかわりが新しい見方になってきたというのです。

    B 腎臓とレニン-アンジオテンシン

    腎臓は尿を生成して排出し、体液の量や成分の恒常性を保っています。腎臓には心拍出量の20%という大量の血液が流入し濾過されており、選択的な再吸収や分泌によってナトリウムやカリウム、カルシウムなどの電解質のバランスを保ちます。
    細胞外液でもっとも多い陽イオンであるナトリウム(Na)が重要です。血漿中のNa量が減少すると、腎臓では傍糸球体細胞がレニンというタンパク質を合成して血中へ出します。血中には肝臓でつくられたアンジオテンシノーゲンという名のタンパク質が存在していて、レニンの酵素のようなはたらきで切断されてアンジオテンシンⅠを分離するのです。
    アンジオテンシンⅠは生成後数秒ほどで肺血管内皮細胞がもっているアンジオテンシン変換酵素によってアンジオテンシンⅡに変わります。
    このアンジオテンシンⅡは強力な血管収縮作用物質で、細動脈では即時的な収縮が強くおこるので、末梢血管抵抗が増大するのですが、腎臓の水分・塩分排出を減少させたり、副腎にはたらきかけて鉱質コルチコイドのアルドステロンを分泌させたりします。
    アルドステロンは尿細管からのNaの再吸収を促進し、循環血液量を増加させます。
    アンジオテンシンⅡとアルドステロンは、相互作用することで、それぞれ単独でのはたらきよりも強力となり、血管壁の収縮や炎症や線維化をすすめ、動脈硬化や高血圧のリスクを高めているといわれ、RAA系(レニン・アンジオテンシン・アルドステロン)阻害薬が、高血圧症の治療薬としてひろく用いられるようになったのでした。

    MEMO

    延髄:脳幹の一番下にあり、脊髄につづいている。延髄の白質のなかには、神経線維が通っており、灰白質には心臓血管中枢や呼吸中枢をはじめ、嚥下、咳、くしゃみ、嘔吐などの生命活動の中枢が存在し、必要な情報を自律神経系により受けとる。

    C 食塩制限の問題

    原始の社会では食塩の摂取量は、1日に1g程度でした。現代でもノーソルトカルチュア民族といわれるアマゾン河流域やニューギニア高地の熱帯雨林に住む民族など、食塩の摂取が低値の人びとがあり、高血圧とは無縁だといわれています。
    日本で半世紀以上にわたって行われている国民栄養調査(現在は国民健康・栄養調査)の報告書をみると、1日あたり14gから10g程度に減少しているというのですが、一方で摂取エネルギー量の減少があるので、実さいの減塩にはなっていないと指摘されているのです。
    食塩はNaClという化学物質です。塩とは酸と塩基の化合物で、通常の食生活では食塩以外のナトリウム塩(グルタミン酸ナトリウム)も摂取しているので、食品成分表や食事摂取基準は食塩相当量を用いています。
    日常の食品では海藻や海水魚、肉類などにも含まれているので、日本高血圧学会がすすめるガイドラインでは、1日の食塩摂取量を6g未満とし、このうち調味料などで添加する食塩は4gとしています。
    食塩の制限には、個体ごとの食塩感受性のちがいや副作用が問題になります。
    日本の女子大生を対象にした実験で、10日間Na摂取量を食塩相当量5.8g/日を続けた場合カルシウムやマグネシウムの尿中への排出量が増えたと報告されています。
    近年、食塩摂取量と高血圧とは相関しないとするデータが得られており、その原因として食塩に対する生化学的反応に個体差のあることが挙げられるようになりました。
    本態性高血圧症のなかに、食塩感受性の高い人も低い人もあり、15g/日という高塩食の実験で血圧が約20mmHg上昇したグループと、平均して7mmHgほどしか上昇しないグループとに分かれたとされています。
    食塩感受性は個体の遺伝的な条件であり、血圧決定遺伝子の多型が関連しています。
    血圧は多数の遺伝子の発現量の変化が組み合わせられ、その相互作用によって生じています。食塩摂取量の増加にともなう血圧の上昇度は、人種や個体間で異なっていますが、高齢者や糖尿病、慢性腎臓病、メタボリックシンドロームなどで食塩感受性が高まってくることも知られています。

    D 食塩と日周リズム


    高塩食を摂取したとき、1日の時刻によってナトリウムと塩素の尿への排泄にちがいがあることを明らかにした実験があります。朝や昼にくらべて夕食後に多くなるというのです。
    アルドステロンの活性は日中に高く昇圧にはたらき、活動に備えています。夜はアルドステロン分泌が低下するという合目的的な日周リズムによる生理現象です。

    メグビーインフォメーションVol.415「血圧を理解する」より

  • 腸管の構造と機能

    腸管の構造と機能

    A 腸壁の基本構造

    消化管の壁は、全体として同じ3層の基本構造をもっています(下図)。
    いちばん内側に粘膜、その外側を筋層がとり巻き、外側が漿膜です。
    筋層は輪状筋と縦走筋の2種類の平滑筋を重ねており、層の間には神経組織(壁内神経叢 アウェルバッハの神経叢)がはさまれています。
    神経叢には神経細胞が多く、神経線維は網状に分布しています。腸壁の神経細胞は主に腸管の運動にかかわっていて、自律的に内容物を先に送り、排泄物を体外に出します。
    消化管運動は筋層の筋肉が行う振り子運動やぜん動運動で、内容物と消化液を混ぜたり、小腸から大腸へ送ったりしており、神経叢はそれを調節しているのです。
    消化・吸収という小腸の機能は、腸上皮において幹細胞による構造形成と上皮細胞のはたらきで維持されています。

    B 小腸上皮細胞層

    小腸管の内腔表面は、長さ0.5~1.5mmの絨毛におおわれています。絨毛は指のような形状で突き出しており、それぞれの指の根元はクリプトとよばれるくぼみになっています(下図)。
    クリプトには幹細胞が存在しています。絨毛表面の吸収上皮細胞は、絨毛の表面を滑るように移動していて、2~5日ほどの間に絨毛の頂点にゆくとはがれ落ちてしまいます。
    クリプトの幹細胞が絶えず分裂・増殖して上皮細胞を送り出し、押し上げてゆきます。新しく生まれた細胞は、絨毛表面を移動しながら、吸収上皮細胞や杯細胞などの異なる細胞へ分化してゆくのです。
    吸収上皮細胞は上皮全体の80%を占める大型細胞であり、パネート細胞は分解酵素や抗菌ペプチドを分泌します。杯細胞は粘液を分泌し、消化管ホルモン分泌は受容内分泌細胞の受けもちです。

    C 絨毛と消化・吸収

    小腸が担う食物の消化と吸収には、トランスポーター(輸送担体)を介するものや、細胞間のすきま(小孔)を拡散して移動するものなどがあります。
    消化というのは、吸収するために食物を小さな分子に分解することで、それによって小腸の吸収上皮細胞を通過させなければなりません。口や胃で消化されて断片化した食物成分をさらに小さな分子に分解し、上皮細胞層を通して循環血液に送りこむのです。
    ヒトの小腸は図に示されているように、内部のひだや絨毛によって、その表面積は200m2にもなるといわれます。
    絨毛からの上皮細胞の脱落は1日に約250gで、そのうち50gがタンパク質とされています。
    絨毛はとくに空腸上部でよく発達しており、小腸上部の4分の1の部分で、小腸表面積の半分を占めており、吸収は上部ほどさかんです。この領域でとくに内腔の輪状ひだが発達しているのです。
    栄養素のとりこみの原型は細胞膜による食作用とされており、乳児の腸では細胞膜がくびれて小胞をつくり、そのまま細胞内にとりこみます。母乳には細菌やウイルスに対する抗体が含まれています。抗体は免疫グロブリンというタンパク質であり、消化されるとアミノ酸になってしまい効力がありません。乳児の腸はこの方法で抗体をそのまま受けとることができるわけです。この現象をトランスサイトーシスといいます。成人の小腸でもM細胞とよばれる免疫担当細胞が細菌やウイルスをトランスサイトーシスによりとりこみ、免疫応答を開始することが知られています。

    粘膜免疫システム

    A 粘膜免疫とIgA分泌

    消化器、呼吸器、泌尿器、生殖器などの臓器はすべて粘膜を介して外界と接しており、病原体を含めた外来抗原に対する生体防御の最前線であり、末梢リンパ球の約60%もの免疫担当細胞群が集まっています。
    全身の免疫機構では産生される抗体の代表はIgGですが、粘膜免疫機構では分泌型IgA抗体が主役です。
    分泌型IgAは粘膜上皮により分泌され、ヒト抗体の60%以上を占めています。
    分泌型IgAの誘導は、主にパイエル板を中心とした腸管リンパ装置による外来抗原の捕捉にはじまります。
    パイエル板はヒトでは200個以上も存在する二次リンパ組織で、表面は一層の特殊に分化した上皮におおわれており、そのところどころにM細胞が散在しています。
    パイエル板には樹状細胞、マクロファージをはじめB細胞やT細胞などの免疫担当細胞が集められていて、抗原を認識しIgAの前駆細胞を生み出し腸間膜リンパ節を経由して粘膜固有層へと移動させます。粘膜固有層には多数のIgA分泌細胞が存在し、上皮を介して管腔内へIgAを分泌するのです。このプロセスにビタミンAの活性型であるレチノイン酸がかかわります。
    粘膜固有層の樹状細胞はビタミンAからのレチノイン酸産生能が高いことが知られており、ビタミンA不足では腸管粘膜での抗体産生細胞が少なくなります。

    B 経口免疫寛容

    腸管の粘膜免疫は、絶えずはいりこむ食物成分や病原体などの抗原性をもつ異物とつねに接しながら、混在する栄養成分や水はとり入れ、非自己は排除するという複雑な仕事をするために特殊な免疫機能をもつようになったのですが、さらに経口免疫寛容という特性を備えました。
    非自己のタンパク質を完全に排除しては、自己の生存は成りたちません。
    経口免疫寛容には、高容量免疫寛容と低容量免疫寛容の二つの形があり、前者ではクローン除去とアナジーという機構がはたらき、後者では抑制性T細胞による能動抑制が生じています。
    クローン除去とは、抗原提示細胞がその抗原に対して作用するT細胞をアポトーシスさせることであり、アナジーは抗原提示細胞からのシグナルがとどかず、T細胞が活性化されないというものです。高容量のタンパク抗原を一度に摂取した場合におこります。
    低容量タンパク抗原を繰り返して摂取したときには、抑制性T細胞のなかまが抑制性サイトカイン(TGF-β、IL-10)を分泌して、積極的に全身の免疫不応答状態にするのです。
    免疫寛容システムによって日常生活が維持されますが、これが破綻すると食物アレルギーなどの免疫疾患を発症することになります。

    MEMO

    ○分泌型IgA抗体:二量体または多量体のIgAに分泌成分が結合した形になる。
    ○リンパ組織:胸腺・骨髄を一次リンパ組織とよび、リンパ節・膵臓・粘膜関連リンパ組織を二次リンパ組織とよぶ。

    C 粘膜と炎症

    小腸粘膜では上皮細胞と免疫担当細胞によって、通常でも一定レベルの生理的炎症とよばれる炎症反応がおこっており、これは粘膜の形態や機能の維持に役立っていると考えられています。
    腸管上皮細胞は代謝活動が活発であり、酸素の消費量が大きく、常に低レベルの炎症がつづくという環境にあるため、低酸素状態になっています。
    低酸素状態はHIF(低酸素誘導因子)というタンパク質をつくらせます。HIFの活性化により粘膜バリアが強化され、細胞傷害が抑制されるのですが、加齢や感染や血管収縮、自己免疫などが過剰な免疫反応および炎症の持続を招き、絨毛の萎縮による消化・吸収の不良症候群や粘膜のびらん・潰瘍といった炎症性障害につながってゆくことになります。
    上皮細胞間には特別にT細胞(上皮間リンパ球)が多く、傷害された細胞の排除と再生を受けもつとされており、このような上皮細胞と免疫担当細胞との協調は、皮膚以外の他の臓器にはみられません。

    小腸の機能・消化

    A 内在腸管神経系

    臓器はふつう脳の命令を受けた自律神経系の神経支配により調節されていますが、腸管は別格で異なるしくみをもっています。
    脳や脊髄から腸につながる神経の連絡が絶たれても、腸は送りこまれる内容物を判断し、分解酵素を分泌したり、有害物であれば多量の液体(腸液)を分泌して体外へ排出します。脳死や脊髄損傷などの事態になっても腸ははたらきつづける自動能をもっているのです。これは腸壁に圧力や張力や化学物質を感じとるセンサーと、その指令によってはたらく腸管神経系によって営まれる腸管の機能です。
    壁内神経とよばれるこの神経は、粘膜下と筋層とをつないだネットワークをつくっています。
    右図は小腸壁の構造を示す模式図で、粘膜下神経叢と筋層間神経叢が示されています。

    B 腸の運動

    腸壁の筋肉は平滑筋で、縮んだりゆるんだりします。その動きはミミズのような虫の動きという意味でぜん動といわれます。
    食物の塊が腸の内面を刺激すると、口に近い側の腸壁が収縮し、肛門の側の腸壁がゆるんで内部の塊を肛門にむかって運搬する動きになります。この動きは腸だけを切りとって実験しても必ずおこることがわかって、腸の法則といわれています。
    平滑筋は、心臓を除く内臓や血管の壁にある筋肉で内臓筋ともいわれる不随意筋です。
    平滑筋の収縮は骨格筋より小さいのですが長く持続します。小腸の平滑筋は二層で外側が縦走筋層、内側は輪走筋層で、その間に筋層間神経叢がはさまっています。
    自律神経は脳から出て、腸神経系を介して腸とつながり、筋層間神経叢にゆき神経伝達物質(アセチルコリン)を放出して腸の運動をひきおこすことになります。

    C 消化管ホルモン

    消化機能は消化管の運動と消化液の分泌によって行われており、自律神経系と消化管ホルモンが調節しています。
    自律神経系の副交感神経が消化機能を高め、交感神経はそれを抑制するようにはたらいています。唾液は例外で、交感神経と副交感神経のどちらも唾液腺の活性を高めます。
    消化管ホルモンは、消化管粘膜の内分泌細胞から分泌されます。
    十二指腸粘膜を化学的に刺激するとセクレチンというポリペプチドが分泌され、これが膵臓に運ばれてゆき、膵液の分泌を増大させることがわかりました。セクレチンは最初に発見されたホルモンとなりました。
    セクレチンにはじまって消化管が分泌するホルモンや神経ペプチドが次つぎに発見されました。
    やがて脳に存在する神経ペプチドが消化管でみつかり、反対に消化管ホルモンが脳にあるという発見から“脳腸ペプチド”という語が生まれました。ソマトスタチンやサブスタンスP、エンケファリン、ガストリン、インシュリン、グルカゴンなどがこれに属します。
    腸にはさまざまな化学物質の情報に対して、それを受けとるセンサー細胞が複数個あって、その情報をホルモンという形にして分泌しているという考えが生まれました。

    D 消化液と吸収

    食物が胃で消化粥となって十二指腸へ送られると、膵臓から膵液が、肝臓から胆汁が流れこみ、また十二指腸の壁からの腸液とともに混合されて、消化酵素がはたらきかけます。
    空腸・回腸ではさらに大量の腸液が加わって管腔内消化をすすめます。
    十二指腸粘膜から分泌される腸液はねばり気のあるアルカリ性の溶液で、胃からはいってくる酸性の消化粥から粘膜を保護します。十二指腸粘膜の糖タンパクは、胃の幽門部粘膜とは異なっていて酸に弱く、潰瘍を生じることがあるのです。
    膵液のアミラーゼや唾液のアミラーゼ、膵液のトリプシン、キモトリプシン、カルボキシペプチダーゼ、リパーゼ、リボヌクレアーゼ、デオキシリボヌクレアーゼ、コレステロールエステル水解酵素、ホスホリパーゼなどが、管腔内での消化を受けもつ酵素群です。
    胆汁には消化酵素そのものはふくまれず、強力な界面活性作用を示す胆汁酸塩があります。それによって脂質や脂溶性ビタミンの消化・吸収に重要な役割をしています。胆汁はまた薬物やホルモン、毒物やコレステロールの排出にも役立っています。
    食物成分が腸にはいってくると、さまざまなセンサー細胞が刺激されて消化管ホルモンの放出がおこり、腸壁や肝臓や膵臓などの消化器系に属する組織や細胞に作用し、栄養効果を及ぼします。
    その作用は、膵臓の消化酵素産生細胞の数をふやしたり、腸上皮細胞の絨毛を大きくするなどいろいろあって、消化機能の強化に役立つというのです。
    反対に食事を口から摂らないと、消化管壁では細胞分裂が低下してうすくなり、膵臓などの臓器が萎縮してしまいます。アミノ酸などの臓器に対する栄養効果はこの現象にもみられます。

    メグビーインフォメーションVol.414「小腸を理解する」より

  • 糖の基礎と糖鎖

    糖の基礎と糖鎖

    糖の化学

    A 基本はグルコース

    すべての生物は生体エネルギーの獲得のために解糖系という代謝システムを備えています。
    解糖系でブドウ糖(グルコース)が分解されて炭素数3のピルビン酸になります。
    ピルビン酸はミトコンドリアをもつ生物ではクエン酸回路や電子伝達系およびATP合成酵素により酸素を利用してATPという生体用のエネルギー物質へ変換されます。
    グルコースが多数つながった高分子がデンプンです。
    グルコース分子は、炭素原子6個、酸素原子6個、水素原子12個でできており、酸素原子のうち1個が炭素原子とつながると環状の形になります。
    構造のなかの炭素に番号をつけて示すと便利なので、下図①のように位置をあらわす約束になっています。5個の炭素はOH基とよばれる手を出していて、5番の炭素は環をつくるのに使われています。
    5個の手は、6番以外は出ている方向が決まっていて、3番の手が下方を向くとフルクトース(果糖)になります。
    グルコースのように6個の炭素でできているものは六炭糖(ヘキソース)、五個の場合は五炭糖(ペントース)といいます。(図②)。
    2番の位置の炭素にOH基の代りにアミノ基(─NH2)がつくとグルコサミンとなり、アミノ基にアセチル基(CH3CO─)がついているとアセチルグルコサミンという具合です。

    B つながった糖

    ブドウ糖の1位のOHと、もうひとつのブドウ糖の4位のOHが手をつなぎ、水1分子が放出されると麦芽糖(マルトース)になります。
    二つのブドウ糖がこのようにして結びつくことを“グルコシド結合”といいます。
    つながりをつくっている単位の糖は糖残基とよばれます。
    タンパク質を構成しているアミノ酸のそれぞれをアミノ酸残基というのと同じです。自然界で動植物や微生物がつくり出している有機化合物のうち、もっとも量が多いのが植物がつくる炭水化物です。植物が光合成により水と二酸化炭素からデンプンをつくり蓄え、動物はこれを食物として利用しています。植物のからだの材料であるセルロースやデンプンは多数の糖残基のつながった巨大分子(多糖類)です。
    グルコースの結合する相手がフルクトースの二糖がショ糖(スクロース)で、サトウキビやメープルなどにふくまれ、砂糖の原料になります。
    糖が3個、4個とつながったものは三糖類、四糖類となり、少糖類(オリゴ糖)に分類されます。ダイズやタマネギなどに含まれています。
    多糖類のなかには、食品中に存在していてもヒトの消化酵素による分解を受けないものが少なくありません。摂取しても腸管を通過するだけで体内に吸収されないので、栄養成分にはならないとされていたのですが、近年ルミナコイドという位置づけによって、その多様な生理効果の追求がはじまっています。
    ルミナコイドとは、“ヒトの小腸内で消化・吸収されず、消化管の各部位との相互作用を営む特性によって、体内代謝を調整する食物成分”とされています。

    C 糖鎖生物学

    鎖状分子をつくるユニットとして糖は、タンパク質や核酸では及ばない多様な構造をつくります。三糖になると枝分かれ構造が可能になって、数百種にもなります。10種ほどの糖がつくる糖鎖では天文学的な数になるといわれ、研究がなかなか進みませんでした。
    やがて糖鎖構造での明らかな法則性が発見され、さまざまな生物現象での糖鎖の役割も見出されて「糖鎖生物学」という学問領域が新しく開かれたのでした。
    糖鎖生物学では、さまざまな糖鎖がシグナル分子となり、それを特異的に認識する受容体との細胞表面上の相互作用が、脳・神経や筋運動を支え、免疫応答や造血システムや酵素反応、細胞のガン化などにかかわることによって疾患の理解や治療にも迫ろうとしているのです。

    複合糖質

    A 糖鎖をつくる

    糖鎖は、細胞小器官の小胞体とゴルジ体で合成されます。
    糖鎖をつくる単糖はおよそ10種類が挙げられますが、食物から消化・吸収されると、細胞内で糖ヌクレオチドにつくられます。糖ヌクレオチドは鎖状につないでゆく反応において、付加する糖残基を受容体となる相手の糖やペプチドへ運んで供与する役です。
    糖残基を受容体に渡す仕事をするのが糖転移酵素で、ヒトでは150種類以上といわれる多くのなかまがあり、ゴルジ体や小胞体の内腔に存在しています。
    タンパク質はタンパク質合成工場であるリボソームから小胞体へ輸送され、フォールディングののち、糖鎖が付加されてゴルジ体へ輸送されます。ゴルジ体でさらに糖を付加して糖タンパク質に仕上げて細胞表面やリソソームなどの目的の場所へ送られます。そのプロセスでは正しくはたらくタンパク質につくり上げるために、いくつもの糖転移酵素がかかわっています。

    B 糖鎖とタンパク質

    タンパク質の機能は立体構造をもとに発揮されますが、いろいろな糖鎖が付けられることによって、構造のバリエーションが格段に増加することになります。
    糖鎖は親水性なので、タンパク質の水溶性を高めてはたらきやすくします。
    またプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)の作用を制御することに役立ちます。サイトカインやホルモンなどの血中での半減期は、糖鎖によるプロテアーゼの作用で決まってきます。
    腎臓でつくられ骨髄に運ばれてくる糖タンパクのエリスロポエチンは、血液幹細胞に作用して赤血球づくりを促進させるホルモンです。エリスロポエチンの糖鎖をとり去るとホルモン作用が消えてしまうことが知られています。

    MEMO

    糖鎖を構成する一般的な糖残基
    ヘキソース(六炭糖):ガラクトース、マンノース、ガラクトース
    デオキシヘキソース:フコース
    ヘキソサミン(アミノ六炭糖):アセチルグルコサミン、アセチルガラクトサミン
    ウロン酸:グルクロン酸、イズロン酸
    ペントース(五炭糖):キシロース
    シアル酸:アセチルノイラミン酸、グリコリルノイラミン酸

    C アンカータンパクと糖脂質

    流動的なつくりの細胞膜の表面をおおうようにタンパク質や多糖体が配置されて、目印や受容体などの役をするには、足場につなぎとめておくアンカリングが必要です。
    糖鎖を結合した脂質(糖脂質)はガングリオシドとよばれていて、脳の灰白質に多い神経組織を構成する物質のひとつですが、細胞膜ではアンカー(錨)になっているのです。
    糖鎖をもつイノシトールリン脂質の研究によって、膜アンカーとして機能するほか、コレステロールとともにラフトとよばれる疎水性の集合領域をつくって、細胞どうしの相互作用やシグナル伝達に重要なシステムを形成しています。
    ラフトとは膜上をただよういかだの意味で、糖脂質は膜の脂質部分にアンカリングしながら、糖鎖の多様性を活用してシグナル分子や環境因子などに反応し、細胞機能を活性化したり抑制したりしており、糖鎖の異常はインシュリン抵抗性や細胞の腫瘍化など、多くの病気とかかわっていることが明らかになってきました。

    疾患と糖鎖

    A ガン細胞の糖鎖異常

    細胞がガン化すると、細胞膜表面の糖鎖に大きな変化のおこることが知られています。正常な細胞では見出せない糖鎖があらわれてくるのです。ガン細胞に特徴的なさまざまな糖脂質が報告されており、“ガン関連糖鎖抗原”とよばれています。それはガン細胞の目印となる抗原であり、腫瘍マーカーとして役立ちます。
    膵ガン、大腸ガン、腎ガン、肺ガン、乳腺ガンやメラノーマ(悪性黒色腫)など、いろいろのガンで特有の糖脂質が発現してくるのです。
    右図にあるように、ガン化に伴って糖鎖の伸長が停止し、未熟な糖鎖や異常な糖鎖が生じてきます。糖鎖の異常は細胞増殖を促進したり、周辺への浸潤性を強めたりします。異常糖鎖は本来の増殖因子と受容体の相互作用によるシグナルを強化していることが、実験的にわかってガン関連抗原を標的にした治療が考えられることになりました。

    B ガンと糖鎖遺伝子

    腫瘍細胞が悪性化するとき、浸潤や転移という性質を獲得しています。発生した場所(原発巣)を離れて、組織間を移動し、血管内へはいりこむと血流によって運ばれて、遠くへだたった臓器で血管から出て、新たな増殖を開始します(ガンの血行性転移)。
    血流中を流れてきたガン細胞は、血管内皮細胞がもっているセレクチンと名付けられた接着分子とガン関連抗原の糖鎖との結合から転移という行動をはじめるのです。
    セレクチンと糖鎖の相互作用は、元来は炎症や出血という事故の現場へ、白血球や血小板を誘導するという合目的的な装置なのですが、ガン細胞はそれを悪用して転移するわけです。
    糖鎖は直接に遺伝子によって決定されているのではなく、複数の糖転移酵素の共同作業で合成されるので、関連遺伝子も複数個になります。
    発ガンの早期ではもっぱら細胞の増殖をすすめるような遺伝子変異がおこっています。ガン化に伴って糖鎖関連遺伝子の一部に異常が生じて不完全な糖鎖が出現するようになります。
    ガン化が進行して病巣がひろがってゆき、血管内皮細胞がはいりこんで腫瘍血管が形成されるようになりますが、このときも糖鎖を介したガン細胞との接着がはたらきます。病巣内に低酸素状態が生じるとHIF(低酸素誘導因子)という転写因子が出現し糖鎖合成遺伝子の転写を促し、悪性度を高める糖鎖がますます増加するという経過をたどります。

    C インフルエンザ感染

    インフルエンザはウイルス感染症で、ヒトばかりでなくウシやウマ、ブタ、カモやニワトリなどさまざまな動物に伝播します。
    ヒトに感染する場合、ウイルスは気道粘膜細胞の表面にある受容体に結合します。
    インフルエンザウイルスは体表に2種類のスパイクを備えています。一つは標的細胞表面のシアロ糖鎖(シアル酸を含む糖鎖)受容体に吸着する役割のHA(ヘマグルチニンスパイク)というタンパク質で、他の一つは宿主となった細胞の受容体の糖鎖からシアル酸を切りとってはずしてしまうNA(ノイラミニダーゼスパイク)で、別名を受容体破壊酵素といいます。
    インフルエンザウイルスの感染にはシアル酸が重要なのですが、感染した細胞からとび出してゆくのにも不可欠だということが知られており、NAの機能を阻害する薬(タミフル・リレンザ)が抗インフルエンザ薬として開発されました。
    細菌や細菌毒素も糖鎖を選んで結合し、作用します。
    コレラは、コレラ菌の出す毒素がヒトの消化管にあるガングリオシドGM1とよばれる糖脂質と結合し、発症させます。抗原性大腸菌の毒性は、毒素がスフィンゴ糖脂質の糖鎖との結合により生じます。
    アルツハイマー病の脳では、アミロイドβ(Aβ)というタンパク質が重合したアミロイド線維が集合し老人斑を形成しています。そのはじまりはシアロ糖鎖をもつ糖脂質と複合体となり、周りに生じるAβの重合を誘導して構造を変化させてゆくとされています。その部位は神経突起の末端での重合からおこり進行してゆくことがわかりました。

    D インシュリン抵抗性

    生理的レベルのインシュリンが分泌されているにもかかわらず、臓器や細胞の反応性が低下した状態をインシュリン抵抗性といいます。
    インシュリン抵抗性が生じると、肝臓や筋肉などの組織の要求が満たされないため、膵臓はインシュリン分泌を増やして対応しようとします。この状態が持続するとやがて分泌低下を招くようになります。
    筋肉や脂肪組織ではシアロ糖脂質がコレステロールなどと集まったドメインに、インシュリン受容体が存在し、シグナルを受けとって糖のとりこみを行っており、内臓脂肪型肥満では慢性炎症反応により糖鎖合成酵素の活性を高めてスフィンゴ糖脂質を増加させて、シグナル伝達の異常をひきおこすと考えられています。

    メグビーインフォメーションVol.413「新しい脂質の世界」より

  • 生体脂質と食品脂質

    生体脂質と食品脂質

    “いのち”と膜構造

    A 細胞膜

    生命は、原始の地球を包んでいた大気中の単純な分子(アンモニアやメタンなど)に放射線が作用して生じたアミノ酸や糖やヌクレオチドなどの分子の間で、タンパク質や核酸などがつくられるという、物質から化学的に合成された高分子ではじまりました(化学進化説)。
    生じた核酸分子のRNAには触媒としてはたらく機能があり、自己増殖することができました。RNAの触媒機能は酵素(エンザイム)と同じ性質という意味でリボザイムとよばれています。
    自己増殖する分子としてのRNAの構造は鎖状に伸びており不安定でした。複製の過程でも失敗して突然変異体がつくられるうち、アミノ酸と結合するものや、構成成分の塩基が遺伝情報として役立つものがあらわれ、アミノ酸をつないでタンパク質にしてゆきました。RNAは一本の鎖状分子でしたが、二本鎖という構造の核酸分子DNAが交代すると安定性が高く、生産物が増えました。それを脂質分子でできた泡のような膜構造でとり囲み、自己増殖のシステムが形成されました。それが現在の細胞がもつ細胞膜の原型であり、やがて外界から物質を選択してとり入れたり、内部から老廃物などを排出したりといった機能をもつように進化しました。生命体の誕生には脂質が欠かせなかったのでした。
    単純脂質
    ○脂肪酸とアルコールのエステル
    ○代表的な単純脂質は、グリセロールと脂肪酸のグリセリド(中性脂肪)
    ○脂肪酸とスフィンゴシン塩基による酸アミドにセラミドがある
    ○脂肪酸と高級脂肪族アルコールがエステル結合してワックス(ろう)ができる
    複合脂質
    ○単純脂質にリン酸や糖などが結合した脂質で、極性脂質ともいう
    ○リン脂質と糖脂質に分類される
    誘導脂質
    ○脂肪の加水分解産物が誘導脂質で、不ケン化物ともいう
    ○脂肪をケン化すると脂肪酸は石けんとなり水に溶けるが、一部が水に不溶の不ケン化物となる。食用油では大部分がステロイドで、その他にビタミンA、E などがある

    B 生体膜

    細胞膜は形質膜ともいわれます。細菌などの原核細胞は細胞膜に包まれていますが、細胞内部には膜はありません。
    真核生物の細胞は、膜に包まれた複雑な細胞小器官をもち、生命現象をつくり出す仕事をしています。二枚の膜に包まれた核、小胞体(粗面と滑面がある)、ゴルジ体、リソソーム、ペルオキシソーム、ミトコンドリア(内膜と外膜をもつ)が協調しつつ、それぞれの役割を果たすことで生命の営みが保たれています。
    細胞内の膜状構造体を総称して生体膜といいます。
    生体膜は脂質とタンパク質とで構成されており、脂質が40~80%を占めています。脂質のなかでもっとも多いのがリン脂質で、さらに主要成分としてはコレステロールがあります。ほかにも糖を結合した糖脂質などの脂質が存在し、複雑なつくりになっています。

    C リン脂質

    リン脂質は両親媒性で、親水性の頭部と疎水性の脂肪酸尾部をもっています。水中では疎水性の尾部は水から遠ざかるように集まり、球状のミセルまたは脂質二重層を形成します。下図のように球状ミセルでは脂肪酸尾部が中央に集まり、親水性頭部が外側を向いており、脂質二重層では二枚のリン脂質一重層膜が、脂肪酸尾部を内側にして重なっています。
    疎水性部分がグリセロールのグリセロリン脂質と、セラミドであるスフィンゴリン脂質とがあり、親水性頭部はコリン、セリン、エタノールアミン、イノシトールなどです。
    コリンをもつグリセロリン脂質がレシチンですが、生体内には約1000種類のなかまが存在しており、シグナル分子、シグナルの授受、膜の軟らかさや形態などをつくる役割をもっています。
    肺胞の内部に分泌されて、呼吸を円滑に維持する肺サーファクタントの主成分にもなっています。
    同じくコリンが結合したスフィンゴリン脂質はスフィンゴミエリンで、脳や神経細胞に多く存在しています。
    細胞膜や細胞小器官が膜構造でつくられていることが、電子顕微鏡により観察され、細胞内部に仕切られた区画がつくられているというイメージが生まれました。それは細胞内部に区画をつくり生命現象を創出する特別の膜として生体膜とよばれることになりました。
    膜脂質は絶えず代謝回転しながら、それぞれに必要な固有の組成を保っています。膜脂質に多い不飽和脂肪酸は酸化により変性しやすく、膜の機能が低下します。流動性が失われたり物質輸送がさまたげられたりし、細胞死につながるリスクが知られています。

    D 過酸化脂質

    酸化とは、酸素原子(O)が物質と化学的に結合することですが、酸素分子(O―O)が化学的に結合する場合は過酸化といわれます。
    過酸化される物質が脂質の場合、生じた化合物はすべて過酸化脂質ですが、通常はヒドロペルオキシド(―OOH基)をふくむ脂質を指しています。
    食品中の油脂に過酸化脂質を生じ、さらにその一部が分解して二次的酸化生成物がつくられると、風味が失われたり有害に作用したりすることがあります。このような変性はビタミンEによって抑制されることが知られています。
    過酸化脂質は生体内でも生じており、生体膜リン脂質も例外ではありません。
    生体膜で生じるリン脂質ヒドロペルオキシドは、酵素リン脂質ヒドロペルオキシドグルタチオンペルオキシダーゼにより還元されますが、この酵素はセレン酵素であり、生体内抗酸化物質グルタチオンがないとはたらけません。
    グルタチオンは3種のアミノ酸(グルタミン酸、システイン、グリシン)がつながったトリペプチドで、細胞内抗酸化物質とよばれる物質です。
    動物実験により、グルタチオン欠乏状態での膜のリン脂質過酸化は細胞死のスイッチシグナルになることや、ビタミンEの添加が細胞死を抑制することが報告されています。

    脂肪酸と膜脂質機能

    A エイコサノイドの重要性

    無脂肪の餌で育てられた動物に、表皮のバリア機能が失われたり成長がさまたげられたりなどの障害がおこるが、その症状はリノール酸によって回復することがわかり、生育に必須の脂肪酸の存在が見出されました。リノール酸は生体内でジホモγリノレン酸やアラキドン酸に変わり、これが局所ホルモンとよばれるエイコサノイドにつくりかえられて、多彩な生理活性を発揮するのです。
    エイコサノイドは、20という意味のラテン語に由来した名称で、“炭素数20の不飽和脂肪酸から産生される生理活性物質”を指しています。
    エイコサノイドには、プロスタグランディンやトロンボキサン、ロイコトリエンがあり、脂質メディエーターとして、近くに存在する標的細胞上の受容体に作用します。とくに免疫担当細胞には脂質メディエーターの受容体があって皮膚や気道などで炎症性の病態をひきおこします(アレルギーなど)。
    動脈の収縮や末梢血管の拡張、平滑筋収縮、血小板凝集、粘液分泌、血管透過性亢進、白血球の運動など、いろいろの組織・器官の機能を微調整し、遺伝子発現の調節にもかかわるというのです。

    B n-6系とn-3系

    リノール酸は、体内合成のできない必須脂肪酸とされていましたが、多くの植物油にあって日常の食生活での不足は生じにくいと考えられるようになり、グリーンランドのイヌイットの疫学調査からn-3系のエイコサノイドが注目されることになりました。n-3系とn-6系とは分子中の二重結合の位置による分類で、それぞれの生体へのはたらき方が異なっており、n-3:n-6の比が問題にされることになりました。n-3系の炭素数20の不飽和脂肪酸として、EPA(エイコサペンタエン酸)の有用性が認識されて、n-3系とn-6系の摂取比が問題になりました。
    n-6系とn-3系の脂肪酸は、エイコサノイドを産生する代謝において互いに干渉します。n-3系脂肪酸を摂りすぎると、リノール酸からアラキドン酸をつくる代謝が強力に抑制されることになります。
    n-3系脂肪酸は、上図のようにメチル端から数えて3番めの炭素に最初の二重結合をもつ脂肪酸で、EPA(エイコサペンタエン酸)とDHA(ドコサヘキサエン酸)は、その代表例です。
    食品中のEPAやDHAは摂取されるとリン脂質にとりこまれます。EPA代謝系によりアラキドン酸系のエイコサノイドの作用が抑えられて抗炎症効果をあらわすとされており、さらにそれに加えて、n-3の位置からはじまる代謝経路の産物が発見され、心筋などの臓器の保護や抗アレルギー作用が報告されています。

    MEMO

    セレンタンパク質:アミノ酸システインのイオウ(S)がセレン(Se)と置換しているセレノシステインを含むタンパク質をセレンタンパク質という。ヒトでは全ゲノム中に25種類のセレンタンパク質が存在する。

    C スフィンゴ脂質の機能

    主要な生体膜構成脂質のひとつスフィンゴ脂質は、疎水性のセラミドに極長脂肪酸が組み合わせられた独自の構造と機能をもち、肝臓や腎臓や脳に多く、その機能はリン脂質やコレステロールなどの他の膜脂質では代替できないという特徴があります。
    細胞膜での存在量はグリセロリン脂質よりはるかに少ないにもかかわらず、神経機能、免疫、インシュリン抵抗性、聴覚機能、血管形成、細菌やウイルスの受容体および皮膚バリアの形成などの多彩な機能にかかわっています。 皮膚バリア機能は表皮最外層の角質層につくられた脂質ラメラが担っています。
    脂質ラメラとよばれる脂質分子が多層に重なった構造は、表皮にだけ存在する特殊なセラミドが中心で、これが減少したり短くなったりすると皮膚炎などの異常がおこります。
    セラミドにレシチンのコリンが移されてスフィンゴミエリンがつくられます。スフィンゴミエリンは脂肪の増殖・分化やアポトーシス、オートファジーなどにかかわる細胞内シグナル分子としてはたらきます。
    肉や乳製品には多くのスフィンゴミエリンが含まれており、腸管細胞から吸収され代謝されるとき、腫瘍の増殖を抑制するという説が発表されるなど、スフィンゴ脂質に関連する研究がすすめられるようになりました。

    食品の脂質

    A 脂質栄養の問題

    動物は油脂の摂取を好むという嗜好性をもつことが実験によって確かめられています。脂質の栄養効果がそれを生じさせているといえましょう。
    しかし脂質は種類も多く、化学的特性も多様であり、食生活の変化から質と量の両面で摂取のしかたに問題が指摘されるようになっています。

    B 膜脂質と小胞体ストレス

    エネルギー源としての過剰摂取は、肝臓をはじめとする各臓器で脂肪毒性(2ページ参照)をひきおこしますが、このときパルミチン酸やステアリン酸などの長鎖飽和脂肪酸が小胞体ストレスや炎症性反応により脂肪毒性を進行させ、インシュリン抵抗性をひきおこすことが明らかになっているのです。このような飽和脂肪酸による小胞体ストレスは、不飽和脂肪酸を加えると抑制されることが知られています。
    飽和脂肪酸は動物性脂肪に多く、酸化ストレスと小胞体ストレスによって、膵β細胞や肝臓や骨格筋や脳視床下部など、さまざまな組織において炎症反応による病態をひきおこすというのです。そして前述のようにEPAおよびDHAなどのn-3系多価不飽和脂肪酸は炎症を抑制することになります。
    EPAやDHAは魚類の脂肪酸(下図)ですが、α─リノレン酸はシソ油やエゴマ油などの植物油に多く含まれています。

    C 腸管免疫と食品脂質

    腸管にはさまざまな食物成分や微生物などが送りこまれてきます。そこで病原性微生物は異物として排除し、有用な細菌とは共生するという特殊な免疫環境がつくられました。
    腸管免疫では、食品脂質の脂肪酸組成のちがいが食物アレルギーや炎症性腸疾患の発症に影響することがわかってきて、体内で形成される脂質の代謝ネットワークを考えた対策が必要といわれるようになりました。
    食品中のリノール酸(n-6系)とα-リノレン酸(n-3系)は、同じ酵素によりそれぞれの代謝物へ変換されて抗炎症などに競合的にはたらきます。n-3系とn-6系の摂取比は、腸管組織における脂肪酸組成に反映しており、増加しつつあるといわれる食物アレルギーや粘膜への炎症疾患の予防効果が報告されているのです。

    メグビーインフォメーションVol.412「新しい脂質の世界」より

  • アミノ酸の特性と効用

    アミノ酸の特性と効用

    体内のアミノ酸

    A 摂取タンパクと細胞

    食品のタンパク質が消化・吸収されると、血中のアミノ酸組成が変化します。
    アミノ酸の変化は、細胞の遺伝子発現に影響し、異なるアミノ酸組成をもつ食品では、多様な変化が生じてくるというのです。
    動物の成長を制御する遺伝子はグループで応答し、インシュリン様成長因子(IGF-1)の遺伝子や、コラーゲン遺伝子などは、タンパク質栄養の不足で明らかに発現が低下しました。
    肝臓では、食事タンパク質に応答する遺伝子が多く、比較して筋肉では少ないこともわかりました。
    ダイズタンパク質を用いたラットの実験では抗酸化系遺伝子の発現上昇や、コレステロールの合成・異化にかかわる遺伝子の発現上昇などが報告されています。
    右上図は摂取したタンパク質が細胞に影響を与える経路を示すものですが、その効果は時間的に速いものは少ない傾向があり、時間経過によって増加します。

    B ペプチド栄養

    タンパク質の分解の途中で、アミノ酸が2個以上つながったペプチドが生じます。
    ペプチドはタンパク質中では不活性ですが、消化や食品加工によって生じたものが、いろいろの生理機能を発揮する場合のあることがわかってきて、機能性ペプチドとよばれるようになっています。
    これまでに発見されている機能性ペプチドには、血圧の調整やコレステロール代謝の改善や精神的ストレスの緩和や食欲の調節から学習促進作用といった神経系へのはたらきかけをもつものなどがあります。

    C アミノ酸の役割

    タンパク質から得られるアミノ酸は、遺伝情報を担う分子のDNAやRNAを構成する核酸塩基(プリン塩基・ピリミジン塩基)の原料になっており、生命の基本である遺伝のしくみにおいて、体タンパク合成の材料となることとあわせて、もっとも重要な役割をもつ物質といって過言ではありません。
    細胞が生きてゆくためのエネルギー産生をはじめとする代謝の進行を司どる酵素や、情報伝達物質のホルモン(アミン型ホルモン ペプチド型ホルモン)、生体防衛に欠かせない免疫抗体などの、さまざまな生命活動の担い手になっています。
    多細胞体の骨格や組織の形成での構造タンパク質や、運動にとっての収縮タンパク質が個体をつくり維持します。外界との境界である皮膚の役割にもアミノ酸がはたらいています。

    アミノ酸の生化学

    A 酸性と塩基性

    アミノ酸は、名称の酸という字が示すように水溶液中ではカルボキシ基が電離して水素イオンを出しており酸性になります。
    カルボキシ基を二つもっているアスパラギン酸とグルタミン酸はとくに酸性度が高くなります。
    カルボキシ基はヒドロキシ基(-OH)と脱水結合してエステル結合をつくります。
    アミノ基には窒素があります。窒素はマイナスの電気を帯びていて、水素イオンをひきつけようとするのでアルカリ性(塩基性)であり、アミノ酸には酸性と塩基性の両方があることになります。そこで両性電解質といわれています。アルギニン、リジン、ヒスチジンはアミノ基を二つ以上もっているので塩基性です。
    酸・アルカリの度合を示す数値が、水素イオン濃度指数(pH)です。
    各アミノ酸の性質には、親水性と疎水性もあり、タンパク質の立体構造において、疎水性のロイシンやフェニルアラニンなどが外側に配置し、水分子と作用しないようになっています。
    アミノ酸の化学的性質が、タンパク質をはじめとする物質の機能でのさまざまな役割を可能にしています。

    B 動的平衡

    ロイシンの窒素に重窒素という目印をつけてネズミに与える実験をし、体内での動きを観察して、タンパク質の分解と合成について“動的平衡”という考え方を確立したのは、米国コロンビア大学のルドルフ・シェーンハイマーでした。
    通常の餌で育てられて成熟したネズミに、印をつけたロイシンを3日間与えたのち、すべての臓器・組織や排泄物までを調べたのです。そして排出された目印のついたロイシンは投与量の27.4%で、半分以上(56.5%)は、肝臓、腎臓、脾臓、腸などの臓器や血液のタンパク質に組みこまれていることを発見したのでした。
    目印アミノ酸が体タンパクで入れかわっていたのです。その間にネズミの体重は変化していないので、アミノ酸の入れかわりは、新しいタンパク質の合成量と同じ量の体タンパクが分解し体外へ捨てられ、その速度は同じだったことになります。
    体内においてタンパク質という生命分子が変性し損傷するために生じるリスクを避けるために、絶えず再構築するという営みが「動的平衡」でした。(参考図書『生物と無生物のあいだ』福岡伸一著)

    MEMO

    電離:分子やイオンが、それを構成している原子、原子団、イオンなどに分かれる現象をまとめて解離という。そのなかでとくにイオンへの解離を電離またはイオン解離という。イオンは電荷をもつ粒子で、正電荷を帯びたものが陽イオン、負電荷を帯びたものは陰イオン。

    C 非タンパク構成アミノ酸

    生体内には存在するが、ペプチド結合によってタンパク質に組みこまれていないアミノ酸としてオルニチン、タウリン、ギャバ、テアニンなどがあります。
    成長ホルモンの分泌作用をもつアミノ酸として知られ、有毒なアンモニアを尿素に変換する代謝によって、血中アンモニアを低下させるはたらきをもつのがオルニチンで、含有量の多い食品はシジミです。オルニチンは、解毒という肝臓機能にとって重要なアミノ酸です。
    タウリンは、肝臓でコレステロールから生成する胆汁酸と結びついて抱合胆汁酸となり、脂肪の消化・吸収を助けます。
    テアニンは緑茶に含まれており、ガン細胞の浸潤を抑制するといわれています。

    D アミノ酸と生理活性物質

    核酸塩基の合成に直接かかわるアミノ酸には、グリシン、グルタミン、アスパラギン酸があります。グルタミンは核酸塩基合成の窒素源(1分子中に二つの窒素をもっている)として重要であり、可欠(非必須)アミノ酸ですが、細胞増殖促進作用で知られています。
    ヒトの体内で合成されるので、必ず摂取する必要はないとされる可欠アミノ酸ですが、摂取量が十分でないとき体内合成されるので、食品から摂取されれば代謝的に節約になります。
    アルギニンとNO(一酸化窒素)、チロシンからカテコールアミンやメラトニン、リジンからカルニチン、トリプトファンからニコチン酸やセロトニン、ヒスチジンからヒスタミン、グリシンからポルフィリン(ヘムなど)、グルタミン酸、グリシン、システインがグルタチオンなど、さまざまな生理活性物質の原料としても用いられているので、必須と非必須とを問わずその有用性を考えなければなりません。

    アミノ酸の栄養学

    A アミノ酸スコア

    右図は「桶の理論」といい、食品中の必須(不可欠)アミノ酸の割合によりタンパク質としての栄養価が決まるという考え方を示しています。図の例ではリジンの含有量によって、栄養価を決めることになります。
    多くの食品について個々の必須アミノ酸含量を測定し、全卵と比較し、もっとも足りないアミノ酸(制限アミノ酸という)の不足の割合と、その食品の生物価とが相関する度合が高いことがわかって、次のような式によって栄養(アミノ酸スコア)価を計算するようになりました。
     アミノ酸スコア=
     タンパク質A(1g)中の制限アミノ酸a(mg)/必要量パターン中のアミノ酸a(mg)
     ×100
    この式の必要量パターンは、「評点パターン」ともいわれ、FAO(国際食糧農業機関)と、WHO(世界保健機構)およびUNU(国連大学)による合同委員会の協議で決めて報告したものです。 鶏卵や乳製品や肉類はアミノ酸スコアの高い食品です。
    必須アミノ酸の必要量は、年代による変化があるので、加齢によって同じ食品でもアミノ酸スコアが上昇しますが、安全性を考慮してもっとも高い乳児の必要量パターンを他の年代においても適用しています。

    B アミノ酸と酵素のリン酸化

    細胞内のタンパク質は、その約10%以上がリン酸化されています。
    構成アミノ酸のなかで、チロンやセリンやスレオニンなどの分子内の水酸基が、生体エネルギー分子ATPからリン酸を受けとり修飾される反応をリン酸化といいます(右図)。
    この反応をすすめる酵素はキナーゼという名で、反応にはMgイオンなどの金属イオンが必要です。
    代謝の調節には、酵素のリン酸化、脱リン酸化が多く使われており、リン酸を付加されたアミノ酸が活性化します。

    C アミノ酸とビタミン

    酵素はタンパク質ですが、アポ酵素といわれるタンパク質の部分のほかに、補酵素または助酵素とよばれる補助的な協同因子を結合して、はじめて活性を発揮するものがあります。両者が結合した複合体はホロ酵素といいます。
    補酵素には、結合力の強いものも弱いものもありますが、物質代謝に不可欠で、ビタミンや金属がその主要部分を構成しています。
    補酵素には、NAD、NADP、FAD、ピリドキサールリン酸、CoAなどがあり、それぞれにビタミンが組みこまれています。
    NAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)が還元されてNADHとなり、酸化される元へもどります。NADH-NADシステムは細胞内の非常に多くの酸化還元反応で使われており、その比は反応を介して代謝全体に大きな影響を及ぼします。
    FAD(フラビンアデニンジヌクレオチド)はビタミンB2の補酵素型で、糖-アミノ酸-脂肪酸の代謝やエネルギー代謝の酸化的リン酸化など広い範囲で重要なはたらきをしています。
    アミノ酸代謝ではPLP(ピリドキサールリン酸)とPMP(ピリドキサミンリン酸)というビタミンB6の補酵素型が多くの酵素の協同因子です。
    アミノ酸の合成と分解の反応において、各アミノ酸はアミノ基をお互いに移します。このアミノ基転移反応は、アミノ酸代謝のはじまりの段階において重要で、これをすすめる酵素はビタミンB6補酵素を必要としています。
    ビタミンB12の補酵素型ではアデノシルコバラミンとメチルコバラミンで、葉酸補酵素の合成や分枝アミノ酸と奇数鎖脂肪酸の代謝にはたらいています。
    葉酸の補酵素型はテトラヒドロ葉酸で、核酸塩基の合成やホモシステインの消去を担っています。
    パントテン酸は、CoA(コエンザイムA)の構成要素であり、糖新生などではたらく酵素にはビオチンが、血液凝固や骨形成でのタンパク質のグラ化反応ではビタミンKが補酵素です。

    生活のなかのアミノ酸

    A 味覚とアミノ酸

    1866年にコムギタンパク質のグルテンの加水分解物からとり出されたので、グルタミン酸と命名されたアミノ酸は、20世紀のはじめ東京大学の池田菊苗教授によって、5番目の基本味である“うま味”の物質として提唱され、「味の素」が売り出されて以来、アミノ酸工業として発展しました。
    味覚には、甘味、塩味、酸味、苦味の四つがあるとされていましたが、1985年の「うま味国際シンポジウム」においてうま味という用語が国際的に認められたのでした。
    味の素発見の数年後に、カツオ節のうま味成分としてイノシン酸が、1957年になってシイタケのうま味成分のグアニル酸がとり出されました。イノシン酸やグアニル酸は広義のアミノ酸とされています。
    アミノ酸には、それぞれの味があり、甘味を呈するグリシンやアラニン、苦い味のメチオニンやチロシン、アルギニンという具合であり、いろいろの食品の風味やおいしさは、アミノ酸成分の組み合わせがつくり出しています。
    うま味物質の受容体は消化管にもあることがわかっています。ラットの胃の内臓感覚ではグルコースや食塩には応答せず、グルタミン酸だけに反応するというのです。
    うま味は食物の摂取だけでなく、消化機能にもかかわっていると考えられています。グルメ嗜好の根拠のひとつといえましょう。

    B 皮膚の保湿性

    皮膚は角層構造を積み重ねて、細胞の間は細胞間脂質で埋めてつないでいます。 角層は体内の水分を透過しにくくする構造につくられていて、水分を保持しています。
    角層にはヒアルロン酸やケラチンなどの親水性の物質があり水分子を抱えこんでいます。
    細胞間脂質のセラミドやコレステロールや脂肪酸は、それを流さないように作用します。
    細胞間脂質は天然保湿因子(NMF)とよばれ、角層重量の15%ほどを占めており、これが不足すると、いわゆる肌アレ(乾皮症)の状態になります。
    角層の水分が保たれず乾燥していると、角化のスピードがはやまり、バリア機能が低下します。かゆみやアレルギーの原因となる抗体がはいりこみ感染を生じやすくなります。
    NMFのアミノ酸のほとんどはタンパク質構成アミノ酸で(右図)、表皮細胞の分解により供給されます。
    老人性乾皮症やアトピー性乾皮症では水溶性アミノ酸含有量が低下しており、親水性の高いヒアルロン酸やグリセリンなどとNMFを組みあわせた外用薬が開発されています。

    メグビーインフォメーションVol.411「新しいアミノ酸の世界」より

  • アレルギーの発症と制御

    アレルギーの発症と制御

    アレルギー反応の基本

    A アレルギー炎症

    気管支ゼンソク、鼻炎、皮膚炎、食物アレルギーなどのアレルギー性疾患は、世界規模で増加しているといわれます。
    アレルギー研究は100 年の年月を重ねました。そして最近の数年間に飛躍的な発展をみせているというのです。基盤となる免疫にかかわる細胞や分子についての情報が得られており、その新たな役割やふるまいが、従来の“アレルギーマーチ” から“アレルギークロストーク” へと考え方の変化を生んだり、多様なサイトカインネットワークでダイナミックに演出される生体応答のひろがり、環境中のアレルゲンの特徴やHLA との対応から遺伝子との関係が明らかにされつつあるなど、発症予防への進展が期待されています。
    アレルギー疾患は遺伝因子と環境因子の両方に密接にかかわっています。生体にアレルギー反応をおこさせる原因物質はアレルゲン(アレルギー抗原)とよばれます。アレルゲンに対しておこる炎症反応はアレルギー炎症とよばれています。

    B アレルギー反応の分類

    アレルギー反応はⅠ型からⅣ型までの4型に分類されています。Ⅰ型は即時型アレルギーともいわれ、はやければ数分ほど後には症状が出現します。花粉症や気管支ゼンソクはこれに属しています。
    だれもが経験しているツベルクリン反応は遅延型アレルギーで、症状があらわれるのは数日後です。ツベルクリン検査は結核菌の培養液中にある細胞壁へのタンパク質抗原の皮内注射で、生体が結核菌への免疫を獲得していれば攻撃を開始し、炎症がひきおこされることになり「陽性」と判定されます。
    遅延型では炎症が生じるまで時間がかかるのです。ツベルクリン検査が「陰性」の場合、BCG(弱毒化した結核菌)の予防注射が行われるわけです。
    Ⅰ型アレルギーはIgEという抗体の産生が引き金となり、マスト細胞(肥満細胞)の活性化によりヒスタミンなどの炎症メディエーターが放出されます。ヒスタミンが毛細血管透過性を高め拡張させるのです。さらにサイトカインを分泌して好酸球という炎症細胞をはたらかせます。
    Ⅱ型アレルギーは細胞障害型ともいわれます。細胞や組織に対して特異的な抗体がつくられて結合することで生じます。血液型物質に対する抗体が原因の血液型不適合輸血や新生児溶血性黄疸、赤血球や血小板に対する自己抗体による自己免疫性溶血性貧血や特発性血小板減少性紫斑病、アセチルコリン受容体への自己抗体が、神経と筋細胞のつながる部分の受容体に作用するためにひきおこされる重症筋無力症などがこのタイプです。
    溶連菌の感染後におこる急性糸球体腎炎や、SLE(全身性エリトマトーデス)、慢性関節リウマチなどの自己免疫疾患において、血中を循環する抗原と抗体の結合物(免疫複合体)が組織や臓器に沈着することで障害がおこってくるタイプがⅢ型アレルギーで、自己免疫疾患の多くにみられます。
    前述のツベルクリン反応に代表されるⅣ型アレルギーでは、接触皮膚炎などがあります。

    C アレルギーマーチと遺伝

    乳幼児期にアトピー性皮膚炎を発症し、加齢とともに次つぎに抗原が変化しながらアレルギー症状を呈するという現象が知られており、まるでアレルギー性疾患が行進しているようというので“アレルギーマーチ”とよばれています。
    典型的なパターンは、乳児期のアトピー性皮膚炎と食物アレルギーにつづいて、生後1歳頃からは気管支ゼンソク(喘息)、5歳頃からアレルギー性鼻炎や結膜炎という具合です。
    アレルギーマーチのおこりやすさには、なんらかの遺伝因子による免疫調節機能の異常がかかわっていると考えられ、遺伝子研究が数多く行われましたが、決定的な原因遺伝子は明らかにされませんでした。
    2006年に発見された、角質を構成するタンパク質の“フィラグリン”の遺伝子変異が、アレルギーマーチを説明するという「皮膚・臓器間のクロストーク説」という新しい仮説が登場して、注目されています。
    フィラグリンは皮膚のバリア機能を保つ役割のタンパク質で、その異常によるバリア機能の障害がいろいろの臓器で出現するアレルギー症状のそもそもの出発点になっているというのです。
    皮膚バリアの破壊により抗原が侵入し、樹状細胞やマスト細胞や炎症性サイトカインの出番となり、全身で免疫機能のバランスが保てなくなってゆきます。
    小児期の皮膚炎やゼンソクは殆どがアトピー素因により発症しますが、成人では非アトピー型(感染型)が多くなります。
    アトピーとは、通常は抗原とはならないものに対して抗体として免疫グロブリンIgEをつくってしまう体質をいいます。
    日本人のアレルギーに関する遺伝的背景について、アトピー性皮膚炎や気管支ゼンソクのデータが多く報告されています。
    大規模なゲノム解析と遺伝子多型の関連から人種間の差や共通点が少しずつわかってきて、発症のメカニズム解明に役立つと期待されています。

    新しいアレルギーの知識

    A 角層バリア

    外来のアレルゲンに絶えずさらされている皮膚では、最外層の角層がバリアを担っています。
    角層は積み重なった角層細胞と各層の間にはさみこまれたセラミドなどの脂質で構成されており、分子サイズの小さな化学物質も高分子のタンパク質抗原も通過させないつくりです。このバリア機能が破綻したとき、抗原がはいりこんで免疫応答を開始させます。
    角層は水分の蒸発を防いで、体組織に水分を保持する役割もしています。
    表皮の最下層である基底層で細胞が分裂し、その一方がケラチノサイトとなり上方へ押し出されつつ角層細胞へと変化してゆきます。
    ケラチノサイトの内部は、ケラチン繊維とよばれる細いタンパク質がはりめぐらされており角化がすすむにつれて増えてゆきます。
    それに応じて細胞内には生じてくるケラチン繊維を束ねる役をするタンパク質がつくられてケラチン繊維を凝集させます。このタンパク質にケラチン繊維を固めるという意味のフィラグリンという名がつけられました。
    アトピー性皮膚炎を発症している皮膚では、角層バリアが障害されている例が80%に達していて、タンパク質抗原が角層を通過しやすくなっているといわれており、その場合フィラグリンの異常が少なくないという説が出てきました。
    そして皮膚におけるバリアの破綻は、やがてゼンソクや食物アレルギーにつながってゆくという考え方が生まれました。経皮感作により樹状細胞やヘルパーT細胞のバランスを介してアレルギーマーチを形成するに至るというのです。

    B アトピー性皮膚炎

    小児のアレルギー疾患が増加している原因としては環境因子のかかわりが大きいとされていますが、経皮感作の抑制が重要と考えられるようになったのです。
    国立成育医療研究センターのチームが、英国の医学誌『ランセット』に発表した食物アレルギーの進展を予防するという研究成果が報道されました。
    右図はそのことを報じた朝日新聞(2016/12/9)に掲載された図の引用です。記事の見出しは大きな活字で「生後半年から卵アレルギー抑制」とありました。
    卵アレルギーはもっとも発症頻度の高い食品アレルギーとされています。とくに乳幼児に多く、除去することによる成長へのデメリットが指摘されています。
    今回の国立成育医療研究センターの試みは、生後4~5ヶ月の時点でアトピー性皮膚炎と診断された乳児に、生後6ヶ月から卵を食べるグループと食べないグループに分けて行われました。両方のグループともアトピー性皮膚炎の治療は継続し、1歳の時点で卵を摂取した結果を比較しました。
    結果は、卵を食べたグループの発症では8%であり、食べなかったグループでは38%というものでした。
    昨年、アレルゲンとしてピーナッツを選んでの予防効果が発表されており、アレルゲンとなる食物は早く食べはじめたほうがいいという考え方が注目されてきたのです。
    小児の食物アレルゲンには、卵のほか牛乳、ダイズ、コムギ、魚介類などがありますが、加齢とともに寛解するものもあり、一生涯つづくものもあり、卵は7歳頃までにほとんどが寛解します。この現象はアウトグローといわれます。

    B C 体内時計とアレルギー

    アレルギー性疾患は、1日のうちである特定の時間帯に症状がおこりやすいことが知られています。花粉症の鼻水や鼻づまりといった症状は早朝に出やすく“モーニングアタック”とよばれており、ゼンソクの発作である呼吸困難や咳は深夜から明け方に多く出現します。また慢性ジンマ疹は、毎日ほぼ決まった時間におこっています。
    このような約24時間の周期は概日性といわれ、地球上の生物が周期的な昼と夜を繰り返す環境に適応するように獲得した生命現象のリズムです。そして体内にはこのリズムを調節する時計のようなしくみがあります。
    体内時計が、睡眠・覚醒や体温や血圧などの概日リズムを生み出しているのですが、アレルギー症状もまた、体内時計に依存していると考えられるようになりました。
    体内時計に異常が生じると、アレルギーの症状が悪化することがわかったのです。
    体内時計は脳に中枢時計があり、他の組織・器官の細胞にもあって末梢時計といわれます。中枢時計から時間にかかわる情報がホルモンや自律神経系を介して伝達され全身の時計が統合してはたらくのですが、実験によりマスト細胞も体内時計をもつことが確かめられたのです。
    マスト細胞は、その細胞膜表面にIgEの受容体を備えており、体内にはヒスタミンやロイコトリエンなどの含まれた顆粒を多量につめこんでいるため肥満細胞とよばれ、IgEを介した刺激によってそれを溶かして細胞外へ放出(脱顆粒)します。またいろいろのサイトカインを出します。その役割はアレルギー反応のイニシエーターといわれています。
    マスト細胞は体内時計によって脱顆粒を昼に弱く、夜間は強くなるように調節しています。そのため時差ボケやシフトワークなどで体内時計が狂うと一日中アレルギー反応が激しくおこるというのです。図はマスト細胞の脱顆粒と体内時計の関係を説明しています。

    D 汗と免疫

    かつて医学書には“汗はアトピー性皮膚炎を悪化させる因子である”と記載され、専門医も汗をかかないようにと指導していましたが、その認識が変化してきたと伝えられています。汗は皮膚を守る重要な役割をしており、アレルギー性疾患の発症を予防していることがわかってきたというのです。
    汗には抗菌作用があり、また角層の水分保持にも欠かせません。
    発汗反応の低下によって角層の水分量が減ると、アレルゲンの皮膚への侵入がたやすくなります。角質の保水性に対してはセラミドなどの脂質やフィラグリンの役割が注目されていますが、最近の生活環境の低湿度化により、角質への外からの水分補給ができないという問題が生じているのです。
    室内では冷暖房や除湿の設備による湿度低下が当り前になっています。
    環境の湿度が低下すると炎症性サイトカインのIL-1aの合成量が上昇します。IL−1aはケラチノサイトがつくります。
    さらに汗腺細胞だけがつくる抗菌ペプチドが発見されて、汗への認識が変化したのです。

    アレルギーの対策

    A 免疫療法

    アレルギー性疾患の治療は、通常抗ヒスタミン剤や副腎皮質ホルモン剤などを用いての対症療法ですが、免疫療法としての減感作療法が有効とされています。
    減感作療法は、アレルゲンを皮下注射や舌下、経口のルートで継続的に投与することで、アレルゲンに特異的な免疫寛容をつくり出そうとするものですが、そのメカニズムは明かになっていません。抑制性T細胞や制御性B細胞の生成などが考えられています。
    減感作療法にはアナフィラキシー・ショックというリスクもあり、日本ではあまり普及していません。

    B 抗ヒスタミン薬

    「抗ヒスタミン剤」はヒスタミンの受容体に結合して、ヒスタミンの作用を阻害する薬剤です。
    抗ヒスタミン薬は、開発された年代によって第一世代、第二世代に分類されています。
    1980年代以降に開発されたものは、マスト細胞からのヒスタミンやロイコトリエンなどのケミカルメディエーターの遊離を阻害する作用が加わっているので「抗アレルギー薬」とよばれることもあります。
    1994年以降の薬剤は第三世代、または新世代抗ヒスタミン剤といわれています。
    抗ヒスタミン剤の効果は、脳内の受容体の占拠率に関係しており、第一世代のヒスタミン薬は、受容体の占拠率が50%を超えており、眠気の出現が強いとされています。そのため睡眠改善剤として使用されることがあります。
    抗ヒスタミン剤は、症状の出たときだけではなく、連続使用が効果的といわれています。

    メグビーインフォメーションVol.410「加齢と病気 - アレルギー」より

  • 免疫老化と免疫強化

    免疫老化と免疫強化

    新しい免疫の見方

    A 自然免疫と獲得免疫

    従来、先天的といわれてきた自然免疫は、原始的な動物細胞ゆずりのシステムで非特異な反応であり、脊椎動物の進化の途上で新しく生まれた防御システムを獲得免疫といって、別々に論じられていましたが、21 世紀になってその常識が変わってきました。
    自然免疫と獲得免疫とは互いに補完して、複雑でダイナミックな大きなネットワークをつくっているのでした。
    自然免疫での主力となってはたらいている食細胞のなかまがマクロファージや好中球です。“異物とみれば相手を区別せずに食べる細胞”といわれて原始的とされました。ところが20世紀末頃に、食べる相手を認識して食べていることがわかったのです。
    食細胞は、病原体を識別するためのセンサーを備えていました。センサーはTLRとよばれる受容体タンパクで、最初は昆虫で発見されたトル(Toll)という受容体でした。それがマウスやヒトでもみつかったという経緯があり、トル様受容体(Toll-like receptor)ということになりました。
    TLRには複数の種類があり、細菌の細胞壁のリポ多糖やウイルスのDNAやRNA、真菌の細胞壁の糖鎖を認識するものなどがいろいろあるのです。
    受容体は、特定の物質がこれに結合することで細胞内へシグナルが伝わり、なんらかの反応がひきおこされるタンパク質です。
    さらにTLRは、分布の差はあるものの、全身にあることが知られるようになり、病原体の侵入を感知して、警報物質を放出するという防御システムは免疫担当細胞だけの任務ではないという考え方になっています。

    B 樹状細胞の役割

    食細胞のなかまには、抗原提示という能力にすぐれた樹状細胞がいて、獲得免疫の発動に重要な役割をしています。
    樹状細胞はマクロファージに似た細胞で、同じくTLRなどのセンサーを使って病原体を認識し食べて解体し、そのタンパク質の断片をナイーブT細胞に提示します。T細胞のうちそれまでに抗原と出会ったことのないものがナイーブT細胞で、骨髄で産まれて胸腺へゆき、成熟型になり、全身のリンパ節を巡っています。
    病原体を発見し食べた樹状細胞は、それを解体してペプチドにし、自己の目印分子(HLA)とくっつけて体表面に掲げてみせるのです。まるで樹木の枝のように多くの提示物があるので、それが名前のもとになりました。この状態になった樹状細胞は“活性化した”と表現されます。
    樹状細胞から提示を受けたナイーブT細胞は活性化ヘルパーT細胞となって増殖し、一部はリンパ節に残され、多くは末梢へ出てゆきB細胞にはたらきかけることになります。
    ヘルパーT細胞によって活性化したB細胞は、増殖して数をふやし、抗体産生細胞(プラズマ細胞)になり、抗体を大量につくり細胞外へ分泌するようになります。
    抗体は細菌のもつ毒素を中和したり、食細胞による殺菌力を強化したり(抗原抗体反応)することになり、感染を防ぎます。
    ヘルパーT細胞によるB細胞の活性化には、サイトカインの協力が必要です。

    C サイトカイン

    生体の内部環境を乱す可能性のある攻撃または刺激に対して、マクロファージ、マスト細胞、好塩基球などの免疫担当細胞や、上皮細胞、線維芽細胞、血管内皮細胞、グリア細胞などの多彩な細胞がつくり出す生理活性物質をサイトカインといいます。
    サイトカインの受容体がいろいろの細胞に分布しており、それにより多様な生理活性が生じます。
    サイトカインがひきおこす生体反応のなかに炎症があります。
    サイトカインのうちでTNF−aやIL−6などの炎症性サイトカインは強い炎症反応をひきおこします。血管壁の透過性を高めて、好中球やマクロファージを血管外へ呼び出し、免疫反応をすすめます。
    一般に加齢によって免疫機能は低下すると考えられていますが、サイトカインの産生能は変動しないものもあり、低下するものも、かえって増加するものもあることが知られています。なかではウイルス感染を防ぐはたらきで知られたIFN-a(インターフェロン−a)の産生能の低下が認められており、高齢者の感染しやすさの要因のひとつに挙げられています。
    老化にともなうIFN−aの産生能の低下は、亜鉛の摂取により若年者と同じレベルに回復するという報告があります。インターフェロンは糖タンパクなので、プロテインおよびビタミンA、ビタミンB6とC、そして亜鉛の摂取は、風邪などの予防に役立つことになるでしょう。

    老化で変化する免疫

    A ナイーブ細胞と記憶細胞

    獲得免疫とよばれるシステムによって、感染が生じたのち、その情報が記憶されるので、同じ病原体に再び感染することがないという現象があり、それを免疫記憶といいます。
    免疫記憶では、記憶B細胞や記憶ヘルパーT細胞などが登場します。記憶細胞とは“一度、抗原と出会い、免疫応答を行ったあと、抗原が存在しない状況で生きのびている細胞”とされています。
    そして一度も抗原との応答をしていない細胞が、ナイーブ細胞というわけです。
    ナイーブB細胞はリンパ節に待ちかまえていて、侵入してきた病原体やその死骸が受容体にくっつくと、それを体内にとりこみ分解し、ヘルパーT細胞に提示して、支援を受けて抗体づくりにとりかかることになります。
    抗原の排除が完了すると、仕事を終えた細胞はアポトーシスによって死ぬのですが、一部の細胞だけが記憶細胞として残ります。同じ抗原に出会ったときは、ただちにその抗体がつくれるので、病原体増加の抑えこみに成功します。最初の感染では、大量につくるようになるまでに2~3週間もかかっています。

    B 胸腺の萎縮

    ナイーブT細胞は、胸腺という臓器から生まれてきます。誕生するのは骨髄ですが、血流にはいって心臓の上部あたりにかぶせられたかっこうの胸腺へはいってゆき、内部を移動しながら分化・成熟します。
    胸腺の中央部は髄質で、そのまわりを皮質がとり囲んでいます。皮質では遺伝子の組みかえがおこり、多様なT細胞として抗原を認識する受容体をもつようになり、増殖してゆきます。
    胸腺内部には上皮細胞の網がはりめぐらされており、そこには前述の自己の目印(MHCと自己ペプチド)が用意されています。さまざまな受容体をもったT細胞は、この目印との結合のしかたでチェックされ、強く結合するものと結合できないものはアポトーシスされてしまいます。適度に結合するものが残されるのですが、生き残るのは数%しかありません(右図)。
    このような選別機構には、全身の臓器にあるタンパク質のペプチドが提示されているといわれています。
    かりにこの選別機構が正しくはたらかなかったら、自己に反応するナイーブT細胞が生じてしまうでしょう。それがいろいろある自己免疫疾患発症のひとつの要因と考えられています。
    胸腺の内部では上皮細胞で成りたっている髄質と皮質の占める領域が加齢とともに減少してゆきます。その周囲をとり巻いている血管周囲腔(胸腺の血管をとりまく組織)の割合が増し50 歳を超えた頃には大半を占めるようになってしまい、脂肪細胞などが増えてきます。それは新しいナイーブT細胞の供給レベルの低下を招く要因になるでしょう。
    胸腺の年齢変化は、1歳からすでにはじまっていて、確実に進行してゆきます(下図)。新生児は母体から受けついだ抗体や母乳によって守られており、1歳になる頃から自前のナイーブT細胞が胸腺から送り出され、対応する標的をふやしながら感染防止に従事するようになります。
    胸腺の萎縮といわれる現象で、ナイーブT細胞の供給が低下しても、一人前になっている先輩たちが長くはたらきます。また80歳代になっても胸腺内には残っている細胞が存在し、ナイーブT細胞の供給をつづけているというのですが、その量は減少しています。
    記憶細胞になったT細胞がだんだん増加するとナイーブT細胞の割合が少なくなるので、新しい型のウイルス感染や薬剤耐性菌などがもちこむ未知の抗原に対しての戦いが不利になってしまいます。

    C 自然炎症

    細菌、ウイルス、真菌などの外来の抗原を認識する病原体センサーのTLRなどは、死んだ体細胞や酸化LDLやアミロイドβなどの自己から生じる内因性リガンドとよばれる成分も認識しており、自然炎症とよばれる非感染性の慢性炎症をおこしていることが知られるようになりました。
    そして動脈硬化、腫瘍、糖尿病、アルツハイマー病など、さまざまな疾患の基盤として注目されているのが自然炎症です。

    D 自然炎症と疾患

    痛風という急性の関節炎発作は、中年男性に多く、血中の尿酸量が過剰になったとき、通常足の親指の関節におこります。赤く腫れて激痛をともない、しばしばくり返される病態ですが、この発症メカニズムが自然炎症です。
    尿酸の生成量や排泄量には個体差があり、血中で過剰になった場合、結晶化して関節軟骨などに沈着します。
    体内で結晶化した物質は、食細胞がとりこんで処理しようと集ってきます。
    食細胞はNLR(ノッド様受容体)とよばれるTLRと同じような病原体センサーをもっていて、尿酸結晶をとりこむとインターロイキン1β(IL−1β)というサイトカインを放出します。IL−1βは強力な起炎性を発揮します。
    コレステロールも結晶化するため、食細胞がとりこみ、IL−1βを放出するので動脈壁に炎症がおこることが動脈硬化の原因と考えられるようになりました。
    脳梗塞や心筋梗塞で虚血状態になった組織や臓器に血流が再開したとき、虚血再灌流障害がおこる現象があります。この場合は血管内皮のTLRが刺激されて、局所や全身で炎症が強くひきおこされています。
    炎症と免疫の関係は、上の図のように説明されており、免疫学はいっそうの拡がりをみせてきました。

    免疫と食生活

    A 加齢と酸化ストレス

    加齢に従って胸腺内の抗酸化酵素SOD(スーパーオキサイドデイスムターゼ)やグルタチオンペルオキシダーゼの活性が低下することが知られています。この現象には性差があり、男性に早くおこっているといわれています。それによる抗酸化活性の減少は胸腺萎縮のひとつの原因とされています。
    酸化ストレスにもっとも感受性の高い細胞が胸腺内の未成熟細胞であり、ナイーブT細胞が育ちません。これが高齢者に認められる免疫機能の低下の基盤になると考えられているのです。
    下表は日常に摂取される食品中の栄養素や機能性成分の免疫とのかかわりを示しています。
    マクロファージや樹状細胞の細胞内では、生理的につくられている抗酸化物質のグルタチオンの含量が減少しています。この状態は抗原提示に影響し、免疫応答は抑制される一方、炎症応答は増強され、炎症性疾患にむかわせるというのです。
    抗酸化作用物質の摂取は、免疫システムの全体で維持・強化に役立つことになるでしょう。

    B 微量元素に注意

    細胞内ではエネルギー代謝などの生理作用や炎症性サイトカインの刺激などにより、絶えず活性酸素がつくられており、グルタチオンや活性酸素除去酵素SODやカタラーゼなどの抗酸化作用とのバランスが、生体酸化に傾くと酸化ストレスになります。
    過剰になった活性酸素は、炎症や免疫反応にかかわる転写因子を活性化します。活性酸素・フリーラジカルの捕捉と転写因子の活性化を抑制する機能をもつ、ビタミンC、ビタミンE、ユビキノン(CoQ10)、ポリフェノールなどの抗酸化物質が免疫機能の保持に不可欠です。
    一般に加齢に従って食生活の変化が生じてくることが知られています。摂取量のほか栄養素の摂取パターンが変化します。それによって感染症のリスクが大きくなってきます。
    タンパク質の摂取は第一の必要条件であり、低タンパク食によって免疫応答の全体で機能低下がみられるようになると報告されています。
    ビタミンへの関心にくらべて、微量元素の摂り方に偏りがあることが国民栄養調査の結果に示されています。
    亜鉛(Zu)、銅(Cu)、鉄(Fe)、セレン(Se)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)などの微量元素の血中濃度が、高齢者で不足しているというのです。

    メグビーインフォメーションVol.409「加齢と病気 - 免疫老化」より

  • 複雑な発ガンのメカニズム

    複雑な発ガンのメカニズム

    ゲノムとガン

    A 遺伝子・DNA・ゲノム

    生物が個体として生存するために必要な遺伝情報のセットをゲノム(genome)といいます。
    生物のもつ遺伝情報は、すべて染色体DNAの塩基配列として保存され、子孫に伝わってゆきます。
    DNA(デオキシリボ核酸)が遺伝子の本体ですが、一部のウイルスではRNA(リボ核酸)が遺伝子の場合があります。
    DNAは核タンパク質との複合体となり、通常は核内に分散するクロマチンとして存在しており、細胞分裂期になると凝縮して染色体という構造になります。
    1980年代の終わり頃には、DNAの自動配列解析装置が普及するようになって、ゲノムのなかにある全遺伝子をみつけ出そうという研究が国際的にさかんになりました。
    2003年に、ヒトゲノムの全配列が決定されたという宣言が出され、生命科学の飛躍が期待されました。
    そのなかに疾患遺伝子や遺伝要因の解明があったのは当然といえるでしょう。ガンという手強い疾患へのアプローチもまたゲノム科学によって新しい展開へすすむことになりました。
    2012年に、大腸ガンの大規模ゲノム解析結果が発表され、多段階発ガンの考え方が改めて確認されたのでした。

    B 発ガン過程の再構築

    大規模のゲノム解析により得られた情報により、従来の大腸ガン発症にかかわる遺伝子のリストに多くが加えられることになりました。
    その結果、発ガンの条件は遺伝子変異だけではじゅうぶんではないことがわかったのです。
    それ以前には、大腸ガンの発生に中心的役割を担っている遺伝子変異が、腸管幹細胞を制御するシグナル伝達経路に異常を生じさせる複数の遺伝子におこっていることが知られており、それがドライバー遺伝子変異であるとされていました。
    ガン細胞の増殖や生存にとって、とくに優勢にはたらくような遺伝子変異がドライバー遺伝子変異といわれているのです。
    ドライバー遺伝子以外に、多数の遺伝子変異が発見され、シグナル制御のみならず、代謝制御因子やエピジェネティックな異常など、さまざまな遺伝子変異の介在が明らかになりました。

    C ガン細胞の進化

    生殖で増殖した遺伝的に同一の細胞群・個体群をいいます。
    特定の細胞からはじまりつくられた腫瘍細胞集団(親クローン)の個々の細胞に、ランダムに生じる遺伝子変異はいろいろのサブクローンを形成してゆきます。そのなかでダーウィンの進化論にあるような競合的選択がはたらいて、環境の変化に適応した細胞が生き残ってゆくというのです。
    国立ガン研究センターのチームが発表した膵臓ガンについての研究結果(2010年に『ネイチュア』に掲載)の論文には、細胞の最初の変異がおこってから1~2cm以下のガン組織になるまでには12年程度が経過し、転移性をもつようになるまでに約7年と述べられています。
    この研究では、転移した例では、ガン細胞に60個以上の遺伝子変異が生じていることがわかりました。
    異なる細胞に転移したガン組織のなかに多様な性質をもつ細胞が混在していれば、新たな環境に適応する細胞の存在する確率が高いというわけです。

    浸潤・転移

    A ガン微小環境

    ガン細胞が育ってゆく過程で、周辺組織への浸潤やリンパ節や遠隔臓器へ転移する能力を獲得する悪性化には、ガン組織の内部に形成されている微小環境とのかかわり方が重要と考えられるようになっています。
    ガン組織では、間質細胞の線維芽細胞やマクロファージやリンパ球などの免疫細胞、血管内皮細胞や骨髄由来幹細胞など、さまざまな非ガン細胞群が存在して特殊な環境をつくり上げており、微小環境といわれているのです。
    ガン微小環境の非ガン細胞は、もともとはタンパク分解酵素や細胞増殖にかかわるサイトカインをつくるなどして傷ついた組織を修復するはたらきをする細胞たちですが、ガン細胞と相互作用をすることで、ガンを進展させる悪役になっていて、ガン細胞の分泌するTGF―βという成長因子で活性化されます。さらに線維芽細胞などがさまざまなシグナル因子を分泌して、幼弱なガン細胞を強力な悪性細胞に育ててゆくという共進化の形になってゆきます。
    ガン微小環境は、元来原発巣に存在している転移性の高いガン細胞を選んで作用するという“選択説”と、多くの転移性の低いガンに作用して、ガン進展のプロセスで転移能力を高めるよう教育するという“教育説”があります。
    遺伝子変異の積み重ねで変わってゆくガン細胞の性質が微小環境をつくり、不均一性を形成してゆきます。

    B ガン転移と間質

    上皮性ガンの遠隔臓器への転移は簡単な過程ではありません。
    右図にあるようにまず誕生した組織(原発巣)から周囲組織へ浸潤(①)し、血管内へはいりこみ(②)、生き延びて(③)血管外へ出て(④)、転移先の臓器でコロニー(集団)をつくり(⑤)、増殖して拠点(小さな転移巣)を築くまでには複雑で困難な状況が待ちかまえています。
    血中を循環するガン細胞(CTCs)のうち、目的地にゆき転移形成に参加できるのは、わずか1%以下といわれています。その血中でのガン細胞は、意外にもマクロファージや血小板に守られて死を免れていました。
    散在ガン細胞(DTCs)が組織内で生存し、コロニーを形成してゆくプロセスは、ガン細胞の近くに集まってきた線維芽細胞が分泌する生理物質で促進されるのです。
    ガン組織では、いろいろの間質細胞がガン進展にかかわり、ガン細胞に遺伝子レベルで作用していると考えられるようになりました。
    生体にとって基本の能力である組織の治癒や再生を担う間質細胞の役割が、ガン組織では悪性化に関係するという現象は、ガンという疾患の複雑さをあらわしているといえましょう。

    C 上皮間葉転換

    組織の炎症や損傷修復のプロセスで、上皮系の細胞がその性質を失い、線維芽細胞のような間葉系細胞に似た性質をもつように変化することがあります。この現象は上皮間葉転換といわれます。
    臨床の場で多くのガン組織での上皮間葉転換が観察され、これが浸潤、転移、再発にかかわることが報告されるようになってきました。
    上皮系ガン組織内で上皮間葉転換が生じるとそのガン細胞は幹細胞性をもつようになることが、乳ガンや大腸ガンや肺ガン、肝臓ガンなどで知られてきました。
    上皮間葉転換によって、さまざまな遺伝子の発現が変化するため、ガン組織内でふぞろいのガン細胞が増加します。そのなかに幹細胞性の細胞が加わると分化度の異なる多様な細胞集団づくりがすすみます。これがガンの治療にとっての困難さの原因になります。
    ガン細胞の細胞膜上にはMMP(マトリックスメタロプロテアーゼ)というタンパク質分解酵素が発現しています。
    MMPはコラーゲンやプロテオグリカンなどの細胞外マトリックス成分を分解して、転移するスペースをつくる一方で微小環境とガン細胞の境界となり、悪性化を制御するという機能が見出されています。
    ガンという病態の複雑性の発見は、これからも増してゆくことでしょう。

    食品機能とガン予防

    A 食によるガン予防

    発ガンの主要な原因として食事が筆頭に挙げられています(米国ハーバード大学)。
    1980年代後半から“食物成分を含めて化学物質でガンを予防しよう”という考え方が、化学予防とよばれてひろがりました。
    日本でも1984年、「食品機能の系統的解析と展開」と銘うったプロジェクトが生まれました。
    米国国立ガン研究所を中心に、膨大な疫学研究のデータを手がかりとして、植物性食品によるガン予防計画(デザイナーフーズ計画)がスタートしました(1990年)。そこでは約40種の野菜や果物、穀類、香辛料、嗜好品などがとり上げられました。
    日本のプロジェクトは、その米国版のリストに、日本の伝統的な食品素材を加えて、12の食品群に分類しました。食品群に分類したのは、ひとつの分類の食品素材を大量に摂取するのではなく、12群に含まれる食品のいろいろを偏らないように食べることがガン予防に役立つというのです(右図参照)。

    B 機能性食品の検証

    ヒトが日常的に摂取する食品成分のガン予防効果が、どのような作用メカニズムで生じるのかの解明にも遺伝子レベル、細胞レベルでの研究がすすめられ、動物実験を経て、ヒトにおける検証も行われていますが、まだ決定的なガン予防物質を確定するには至っていません。
    ガンの発生や進展での複雑さは、生体との相互作用によって時々刻々と変化することでつくられてくる状況があり、食べるという基本的な生命の営みにも個別の影響が生まれるでしょう。
    それによって予防因子であっても、二面性を考えなければならないこともあるわけです。
    緑黄色野菜の摂取がいろいろのガンに対する抑制効果をもつという疫学調査の結果は多数ありますが、色素成分として選ばれたβカロチンが、肺ガン予防効果を期待して実施された大規模介入試験では否定される結果になったことがありました。まだその理由は不明のままです。
    生体内の条件によって免疫細胞マクロファージが変身し、異なる性質をもつⅡ型になることが知られているように、いつも変化が生じます。
    食品と生体の相互作用には、普遍性と個別性の両方を考える必要があるのです。 ガン予防の食品機能には、抗酸化作用や外来異物の代謝・排出促進作用や抗炎症作用などの生体の機能に結びつくものが少なくありません。
    ウイルスなどの感染予防や殺菌作用もガン予防機能といえるでしょう。
    緑茶の渋味成分であるカテキンがガン細胞のアポトーシスを誘導するといわれ、クルクミンの抗炎症作用や解毒・排出作用、カカオポリフェノールの抗酸化作用やマトリックス分解酵素の産生調節作用など、いろいろな機能性成分が話題になっています。

    C クルクミン

    香辛料ターメリックの主成分はクルクミンという黄色色素で、漢方ではウコンといい健胃剤として用いられています。
    ウコンという植物は、強い紫外線にさらされて生育するので、酸化傷害から自衛する抗酸化成分が多く含まれています。
    クルクミンは抗酸化作用で認められ、動脈硬化の予防や血流改善などの効用がいわれていましたが、最近とくに解毒酵素誘導作用が注目されるようになりました(右図参照)。
    発ガン物質や環境ホルモンなどが体内にはいると、まず肝臓でP450などの薬物代謝酵素で活性化され、つづいてグルクロン酸や硫酸の抱合反応により水溶性代謝物に変換され排出ということになります。
    解毒酵素のグルタチオン−S−トランスフェラーゼは、ワサビなどのアブラナ科の香辛料やパパイヤなどの果物に誘導作用のあることが知られていますが、クルクミンはさらに強力な誘導作用を示すというのです。
    クルクミンを摂取すると、吸収されるとき腸管上皮細胞で還元されてテトラヒドロクルクミンに変換し、脂質ラジカルを捕捉し、解毒酵素を誘導することが明らかになりました。
    マウスの実験により、乳ガン、大腸ガン、腎ガン、皮膚ガンへの抑止効果が見出されており、ガン予防の機能性成分として期待が高まっています。
    クルクミンはまた、大腸粘膜における炎症のマーカーを下げるという報告があります。

    D ビタミンサプリメント

    抗酸化作用ビタミンとしてのVC、VEおよびプロビタミンAとしてのβカロチンの摂取については、約67万人対象という大規模な調査で、食事からの摂取は大腸ガンのリスクに影響しないが、それにサプリメントからの摂取を加えると、リスクが12~22%低減したという報告があります。
    ビタミンサプリメントとしては、ビタミンB6および葉酸の大腸ガンや乳ガンのリスク低下が注目されています。

    メグビーインフォメーションVol.408「加齢と病気 - 発ガン」より

  • 腫瘍と代謝

    腫瘍と代謝

    腫瘍生物学

    A 良性腫瘍・悪性腫瘍

    分裂し増殖することは、細胞のもつ基本的な性質ですが、多細胞が集まって組織・器官をつくっている生体では、それぞれが決められた場所で、互いに連携して増殖を制御して秩序を保ち、必要に応じて適切な構造を維持しています。
    1個の細胞に、本来ならば休んでいるはずの増殖をしようとする遺伝子の変異がおこったとき、腫瘍形成がはじまります。
    腫瘍とは、細胞の異常な増殖により秩序からはずれた塊をつくる病態です。
    腫瘍は増殖のしかた(ひろがり方や速度)によって良性腫瘍と悪性腫瘍に分類されます。また発生した組織によって上皮性腫瘍と非上皮性腫瘍に分けられ、両方を組み合わせて良性上皮性腫瘍、良性非上皮性腫瘍、悪性上皮性腫瘍、悪性非上皮性腫瘍の四つに分けています。
    このなかで悪性上皮性腫瘍を癌腫といい、悪性非上皮性腫瘍は肉腫とよばれます。
    人体には200以上の異なったタイプの細胞が存在しますが、その約65%が上皮性で、体表や気道・消化管の内腔の表面をおおい、分泌腺も上皮性です。

    B 腫瘍の発生と成長

    腫瘍化をスタートさせた変異細胞と、その子孫の細胞は過剰に分裂して過形成とよばれる状態をつくります(右図の①→②)。
    その後の何年かが経過する間に、過形成された細胞のなかに新たな変異を受けるものが生じて、異形成という形や向きなどの異常な細胞が出現してきます(図の②→③)。
    さらに時間が経つうちに、変異が重なってゆき腫瘍と認められるほどになります(③→④)。
    腫瘍が組織間の境界を破壊していない上皮内または非浸潤性のガンに育ったわけですが、この範囲を超えるような変異が生じて周囲の組織へとひろがると、悪質な性質を備えてしまった細胞集団になり、離れた場所に移動して新しい腫瘍を形成する(転移)ほどになってゆきます(④→⑤)。たった1個の前駆細胞から悪性化してゆくプロセスには、長い年月と数多くの遺伝子変異の蓄積があるわけです。

    C 遺伝子と発ガン

    細胞に腫瘍化という変化が生じる原因が、遺伝子分子であるDNAの異常にあり、DNAに傷をつける化学物質や放射線が実験動物に腫瘍をつくることは1960年代から知られていました。
    細胞の営みは、核内に納められたDNAの構造に暗号化された遺伝情報にもとづいています。そこで遺伝情報に狂いが生じることが、細胞の性質や形態や機能を変異させるという考え方が成りたちます。
    20世紀はDNA分子の研究がすすみ、遺伝情報の異常とガンをはじめとする疾患との関係が明らかになってゆきました。
    いろいろの生物の遺伝子を比較して、生命現象を遺伝子レベルで説明することが可能になりました。
    いまでは腫瘍の発生や進展に、多くの遺伝子がかかわっていることが知られています。
    また、ガン遺伝子やガン抑制遺伝子という語がメディアの報道に用いられることも珍しくありません。しかしもともと腫瘍化のためにもっている遺伝子というわけではありません。
    細胞が正常に分裂・増殖するしくみのなかで増殖因子やその受容体や、増殖をすすめる方向にはたらくシグナル伝達役のタンパク質づくりを受けもつ遺伝子が変異によって細胞を過剰に増殖させるようになったのがガン遺伝子なのです。本来の役目を果していたときは、ガン原遺伝子であり、変異してガン遺伝子ということになりました。
    細胞は分裂・増殖のコントロールのために、分裂抑制役のタンパク質をつくることを忘れていません。抑制役タンパク質用の遺伝子がガン抑制遺伝子というわけです。
    ガン抑制遺伝子には、分裂を抑えるようにはたらくシグナル伝達タンパク質や、細胞周期の停止や、傷を受けたDNAを修復する酵素タンパク質の遺伝子などがあります。細胞周期とは細胞が自己と同じ細胞を2個つくる過程でありDNAの複製がその途中で行われます。
    細胞周期の個々のプロセスが正しく進行しているかどうかを確認するのがP53タンパク質で、いろいろのガン組織の細胞においてその不活化が見出されています。
    ガン細胞では、DNAのメチル化が全般的に低下しており、未分化の状態が生じていたり、ガン抑制遺伝子がメチル化により発現できない状態になっているという説が出てきました。メチル化は本来の遺伝子発現の調節機構であり、これが発ガンにかかわっているというのです。
    DNAの複製ではエラーが生じており、外界からの放射線や化学物質などの変異原性物質ばかりではなく、体内で発生する酸素ラジカルによるDNA損傷も絶えず生じていますが、修復システムがすみやかにはたらき、腫瘍化が防がれています。

    D 多段階発ガン

    米国のガン研究者フォーゲルシュタインが提唱した発ガンモデル(上図)をみると、正常粘膜でガン抑制遺伝子の異常がおこるとポリープが生じ、さらにガン遺伝子の変異で早期ガンになり、P53の変異によってさまざまな遺伝子異常が加わって悪性化してゆき、浸潤や転移の能力を獲得する、としています。
    発ガンの原因に、食事、喫煙などの生活習慣やウイルス感染、放射線や環境中の化学物質、遺伝因子などが挙げられていますが、加齢こそ大きな要因といわなければなりません。
    加齢によって細胞分裂を重ねるごとに変異が蓄積する一方、DNA損傷の修復システムや変異細胞を見はり除去する免疫システムの能力が低下することにより、腫瘍化や悪性化の頻度が増します。変異細胞では染色体の数や構造の異常も生じています。

    ガン細胞の特徴

    A 形態─異型(性)

    ガン組織を顕微鏡で観察すると、もともとの組織や細胞とは形状が異なり、細胞の集まり方もまったくちがっています。このような変化は異型(性)といわれ、日常の診療では、その程度が診断の基準になっています。細胞の形がふぞろいになり、細胞同士の接着阻止が失われ、細胞は分化度や異型度が多様なものになっています。
    例えば分泌腺での上皮細胞をみると、隣り合う細胞同士は適切に接着して基底膜上に並んでいます。核を底部に置き、分泌する口を同じ方に向け、細胞像も同じです。これに対してガン細胞ではガン抑制遺伝子やガン遺伝子の異常がランダムに蓄積されるのでふぞろいに増殖するいろいろな細胞の集まりになっています。
    ガン細胞が多様で不均一であることが、治療を困難にします。かりにある抗ガン剤の投与で効果が得られてガンが縮小した場合でも、その薬剤に耐性をもった細胞は生き残っていて、再び増殖をはじめることになりかねません。
    ガン細胞の多様性は、他の臓器に転移したのちの増殖にも有利にはたらくというのです。

    B 行動─浸潤・転移

    乳ガンのように塊をつくったガン組織では、ガン細胞はぎっしりと詰まった状態で、運動性が大きくないとされていましたが、最近の研究では、腫瘍の塊のなかで各細胞はひしめきあいながらも、かなりはげしく運動していることが報じられました。
    腫瘍塊内での細胞の運動のしかたには、単独運動とグループになって移動する集団運動とがあります。下図はガン細胞が転移するプロセスを示しています。
    A)の原発臓器での正常上皮細胞のガン化からはじまり、次の段階のB)は基底膜の分解および運動性の獲得です。
    C)からD)では新生血管が誘導されて、細胞は集団で浸潤をはじめます。
    血管内にはいりこんでゆく過程がE)です。
    二次臓器(転移する先の臓器)の末梢血管で、血管外へ出たガン細胞は新たな場所で再び分裂をはじめますF)。
    分裂・増殖してまず小さな集団になるのがG)の過程ですが、いくつもの微小な塊が生じても全部が育つわけではなく、新しい環境に適応できる細胞群だけが生き延びて転移巣をつくることになります。
    ガン細胞は間質のマトリックスを分解・再構築したり、自分用の接着タンパク質をつくったりなどして生き延びようとすることが知られています。
    ガン遺伝子は、細胞表面分子の増殖因子受容体や血管内皮細胞増殖因子受容体などを発現させて、ガンをとり巻く新生血管の形成をすすめたり、細胞増殖のシグナルを送ったりします。
    細胞表面分子にはコラーゲンなどの細胞外基質に結合する接着分子もあります。
    これらの分子がガン遺伝子によって変異したとき、細胞は基底膜からはなれて運動性をもつことで転移しやすくなってしまいます

    C ガンと代謝

    細胞が増殖するには、細胞を組み立てる成分として核酸やタンパク質や脂質などの生体高分子が不可欠であり、それらの原料であるアミノ酸やヌクレオチドや脂肪酸などを生合成によって手に入れなければなりません。
    ガン細胞はまたワールブルグ効果とよばれる特徴的なエネルギー代謝によって、増殖や転移に必要なATPをつくっていることが知られています。
    哺乳動物の細胞は、酸素を利用する酸化的リン酸化によってエネルギー分子ATPを産生していますが、ガン細胞は酸素が十分に存在している環境でも解糖系という効率の悪い方法でATPをつくるのです。この現象は発見者の名にちなんでワールブルグ効果といわれることになりました。
    ガン細胞がなぜ効率の悪い解糖系を使うのかという疑問に対して、現在は細胞づくりの原料を生合成する必要からという仮説が提唱されています。
    酸化的リン酸化ではATPは大量に得られても他の物質をつくれません。ところが解糖系ではATPの産生量は少ないが、核酸やアミノ酸や脂肪酸が合成できるからというのです。
    生体高分子の調達のためには、アミノ酸のグルタミンが細胞内で変換されるという機構があります。
    グルタミンはグルタミン酸から合成されるので可決アミノ酸とされていますが、細胞増殖では窒素や炭素の提供源になっている重要な物質とされています。とくにガン細胞はグルタミンへの依存度が高く、グルタミンの消費が多いことが知られています。
    低酸素の状況では、解糖系の産物であるピルビン酸のほとんどが乳酸に変換され、アセチルCoAが生じないのですが、ガン細胞は脂肪酸合成の前駆体となるアセチルCoAをグルタミンの分解から得ています。グルタミンの分解から変換されるアスパラギン酸はDNA複製に役立ちます。
    ガン組織ではグルコースを多く利用し、酸素の必要度が高いため、周辺の細胞が相対的に低酸素、低栄養になります。新生される血管からの位置によって、いろいろな条件にさらされて代謝を変更させ、結果として不均一な細胞がまじり合うことになります(多様性)。

    ガン幹細胞

    A 形態─異型(性)

    骨髄のなかには、造血幹細胞とよばれる特別の細胞があり、赤血球や白血球などのいろいろの血液細胞へ分化してゆくことや、その一方で幹細胞自身は自己複製して生きつづけることが知られています。
    幹細胞はいろいろに分化してゆく能力(多分化能)と、同時に自分を複製する能力(自己複製能)をもつ未分化な細胞であり、その分裂のしかたは不均等分裂といわれています(右図)。
    不均等分裂により幹細胞と分化に向かう細胞は階層的に増殖して組織を形成しており、ガン組織にもあてはまる現象であるとしてガン幹細胞という考え方が生まれました。
    ガン組織に階層構造があり、その頂点にガン幹細胞を想定したのでした。やがて白血病や脳腫瘍や大腸などの消化管や肝臓、肺、膵臓のガン、乳ガンや前立腺ガンなどで幹細胞マーカーが報告されてきました。そして「ガン幹細胞理論」が誕生しました。それによって、ガンの治療の困難さは幹細胞にあるという見方が生まれることになったのでした。

    B ガン幹細胞標的治療

    活発に細胞が増殖している組織でも、幹細胞はあまり分裂せず休んでいます。代って幹細胞から少し分化のすすんだ前駆細胞が分裂して増殖しているのです。
    ところが従来の放射線治療や抗ガン剤の作用は、増殖のメカニズムがはたらいているタイミングで攻撃するので、幹細胞は標的になりにくいのです。さらに幹細胞は薬剤耐性遺伝子を発現して化学物質を細胞外へ汲み出したり、抗酸化物質グルタチオンの合成を高めて酸化ストレスに強くなったりといった抵抗力を備えていることがわかってきました。
    再発や転移というガン治療における難問を解く鍵が幹細胞生物学によって明らかにされる日をめざしての臨床研究は、米国や日本ですでに開始されたと報じられています。

    メグビーインフォメーションVol.407「加齢と病気 - 腫

  • 骨代謝研究の進歩

    骨代謝研究の進歩

    生まれかわっている骨

    A 骨の代謝回転

    人体には200 個以上のさまざまな大きさと形をもつ骨があります。
    骨の形は、細長いもの、扁平なもの、輪状のものなどいろいろですが、人種差や個体差はなくつくられています。
    人体の骨は、古いものや壊れたものをつねに溶かして新しい骨に交換しています。この営みは骨代謝といわれており、破骨細胞と骨芽細胞とが従事しています。
    骨を形づくる細胞は、上記の二種のほかに軟骨細胞や骨細胞があります。
    骨代謝は、破骨細胞による古い骨の破壊(骨吸収)により開始され、骨芽細胞の骨形成がそれにつづくのですが、休止期をはさんでのサイクルを繰り返しており、骨代謝回転といわれます。
    骨吸収と骨形成はお互いの連携で成りたっており、“骨リモデリング” とよばれています。
    骨リモデリング(骨改造現象)のメカニズムについては、近年の細胞生物学および分子生物学の進歩によって、細胞内のシグナル伝達システムや成長因子、制御因子などが明らかになってきました。
    なかでもビタミンD の活性化や、小胞体ストレス応答と骨代謝のかかわりや、従来は居眠り細胞といわれていた骨細胞の重要性の発見など、興味深い話がきかれるようになっています。

    B 骨の役割

    骨芽細胞や破骨細胞は、重力や外力に反応する性質があります。骨代謝でのバランスは、力のかかるところでは骨形成が優位になり、反対に力がかからない状況では骨吸収へ傾くというのです。
    体重のかかり具合や、筋肉からの力の入り方などが、骨リモデリングの仕上りを調節しながら正しい骨の形に保つようにはたらいています。
    骨リモデリングは、すべての骨でいっせいにおこるのではなく、また同じ骨でも、活発にリモデリングを繰り返している部分と、休んでいる部分があることが知られています。
    日常生活での身体活動や運動で生じる物理的刺激や、神経活動に応答して分泌されるホルモン・サイトカインの作用などが、リモデリングの進行にかかわっていると考えられていますが、まだ完全には解明されていません。
    骨はヒトの“動く”という機能のほかにも、紫外線に弱い造血細胞を囲って保護したり、脳や脊髄を外からの衝撃から守ったりなどの役目をしています。そして骨の担っている役割のうちで、もっとも重要なのが“カルシウム代謝”です。
    骨リモデリングにおいて、骨吸収により、カルシウムが血液中に放出されるので、骨はカルシウム貯蔵庫の役を担っていることになります。
    さらに最近は、内分泌器官でもあるといわれるようになってきました。

    C 骨の強さ

    からだの支持と内臓の保護という役割から、骨の構造に強度が要求されることは当然といえましょう。
    人体のいろいろな骨の強度を測定した結果、手足や腰椎などでは、外力に対して4倍近くの強さがあると報告されていますが、加齢とともに弱くなります。そのレベルは手足の骨と背骨、腰骨などでは異なっていますが、背骨などでは50歳前後で強度は約60%に低下し、70歳代では約40%にもなるといわれているのです。
    骨の強さは上図にあるように、骨質と骨密度とであらわされています。
    骨の構造は鉄筋コンクリートにたとえられることが少なくありません。
    骨の構成成分は部位や年齢によって多少ちがっていますが、ミネラルが50~70%、タンパク性基質が20~40%、水分が5~10%、脂質が3%です(下図)。骨はタンパク性の基質が石灰化した組織であり、コンクリートの鉄筋にあたるのがタンパク性基質というわけです。
    骨基質のほとんどはコラーゲン繊維で、ほかにプロテオグリカンやグラタンパクなどの非コラーゲンタンパク質が10~15%ほど存在します。
    コラーゲンという繊維状のタンパク質は、結合組織の主要な構成因子で、線維をつくるタイプのものやネットワークを形成するものなどがあります。もっとも多いのが線維形成コラーゲンです。線維形成コラーゲンは、隣り合う線維同士がずれながら平行に配列します。この構造が骨や腱での外力に対する丈夫さのもとになっています。
    線維形成コラーゲンが少なくなったり、配列が乱れたりすると、骨のしなやかさが失われてしまいます。
    鉄筋コンクリートで、セメントや砂利にあたるのはカルシウムとリン酸の化合物であるヒドロキシアパタイトです。
    ヒドロキシアパタイトは、カルシウムが10でリン酸が6、水が2という割合でできており、水に溶けにくいので、体液のなかでも安定です。
    骨のミネラル含有量は骨塩量といわれます。
    骨塩量をレントゲン撮影で写し出された面積で割って得られる数値を骨密度といいます。
    骨質の劣化と骨密度の低下が骨の強度を低下させ、骨折のリスクが高くなった病態が“骨粗鬆症”です。
    骨密度(BMD)の低いほど、骨折の発生率が増加しますが、加齢は骨密度が正常域でも骨折リスクを高める因子とされています。骨密度が同じであっても年齢が10歳高くなると、将来の骨折リスクは約2倍になるというのです。
    また骨質の劣化がすすむと、骨密度が高くても骨折がおこることがわかり、骨質という概念が導入されたのでした。

    カルシウム(Ca)代謝

    A Ca恒常性の維持

    動物にとって神経システムでのシグナル伝達筋肉の収縮、血液凝固、食物の消化などの生理現象の重要さはいうまでもありませんが、そのすべてにカルシウムは必須のミネラルです。
    哺乳動物の祖先が海中から陸上へ移動して生きるようになったとき、重力に耐えてからだを支えるだけの骨格が必要になりました。またカルシウムの供給源だった海水から離れたため、食物からの摂取ができない状況におかれる場合が生じるリスクを背負いました。このような状況に対応して、骨のリモデリングというしくみがつくられてきました。
    ヒトをふくめて哺乳動物では、細胞活動のためにカルシウムを血液中に溶かしておき、細胞はカルシウムチャネルという入口からそれをとり入れます。
    細胞内で利用されたあとのカルシウムは、ATPを使って細胞外へ出されたり、ミトコンドリアのなかに納めたりして残らないようにしています。細胞内のカルシウム濃度は血液中の濃度の一万分の一ほどでしかありません。
    血液中のカルシウム濃度は8.7~9.7mg/dlの範囲に維持するしくみがはたらいています。

    B 調節役のホルモン

    血中カルシウム濃度のレベルを感知するタンパク質(カルシウム感知受容体)が、副甲状腺や腎臓などにあることが知られています。
    なかでも副甲状腺に多く、血中のカルシウム濃度のわずかな低下にも応答し、副甲状腺ホルモン(パラトルモン)をつくり分泌します。副甲状腺ホルモンは骨吸収を増加させます。また腎臓に対して尿細管でのカルシウム再吸収を促進させ、活性型ビタミンD3産生をすすめます。
    血中カルシウム濃度がわずかに上昇すると、腎臓での活性型ビタミンD3づくりは抑えられます。
    骨は生理的にリモデリングを繰り返しており、1日500mgほどカルシウムが骨から出てゆきます。食事をすると摂取されたカルシウムの約40%は便とともに排出され、残りが骨由来のものとカルシウムプールを形成し、3mgほどが尿へ排出されます(図参照)。
    副甲腺ホルモンやビタミンD3とは逆向きのはたらきをするホルモンは、甲状腺で合成されるカルシトニンです。
    破骨細胞にはカルシトニン受容体が数多くあって、骨吸収の制御により、血中カルシウム濃度を下げるように作用します。

    C カルシウムの吸収

    カルシウムは乳製品やマメ類、魚介類、藻類、野菜などに含まれていますがリン酸や炭酸などと結合しているものは吸収できないので、まず胃酸により溶解しなければなりません。
    酸による溶解という準備段階につづいて、腸管から血液へという吸収の本番に移ります。
    カルシウムの吸収には、結合タンパクを介した輸送と腸粘膜細胞のすき間を拡散により通り抜けてゆく形式があります。
    カルシウム結合タンパク質(CaBP)は、主に小腸上部での能動輸送を担っており、カルシウム摂取量が少ないときには高い吸収率に、大量の摂取では吸収率を低くするようはたらきます。このCaBP の合成をすすめるのが活性型ビタミンD3です。
    能動輸送はエネルギーを消費しますが、拡散による方法はエネルギーが必要ではなく、腸管内のカルシウム濃度が高くなると腸管全体で受動的におこります。
    乳タンパクのカゼインが消化酵素で分解されて生じるペプチド(CPP、カゼインフォスフォペプチド)は、カルシウムとゆるく結合し、弱塩基性条件においても溶解性を維持することで吸収効率を高めます。腸管内のpHを下げて溶解性を高めるクエン酸や乳酸もカルシウムの吸収をすすめます。オリゴ糖は、乳酸菌などの腸内細菌によって酢酸などの酸をつくる材料になるなど、いろいろな食品成分による吸収促進作用が知られています。
    穀類や種子にあるフィチン酸や、野菜のシュウ酸、タンニンなどは、腸管内でカルシウムと強く結びつくので、吸収をさまたげる成分です。

    D 活性型ビタミンD3

    皮膚において生合成され、核内受容体を介して遺伝子発現などの機能を発揮しているビタミンD3は、コレステロールからつくられるステロイドホルモンのなかまといわれています。
    ヒトの皮膚にはコレステロールから生じたプロビタミンD3があり、紫外線の照射によってビタミンD3に変換します。ビタミンD3は肝臓に運ばれて、構造の一部が酵素により水酸化され、さらに腎臓へゆき異なる部位が水酸化されて1.25ヒドロキシビタミンD3になります。これが活性型ビタミンD3で、細胞の核内でレチノイン酸(ビタミンAの誘導体)の受容体と複合体となってDNAに結合して機能を発揮します。
    皮膚でのビタミンD3合成能は、高齢期には低下するので食物からの摂取量や吸収率が問題になってきます。

    骨代謝と疾患

    A 骨粗鬆症のリスク

    骨の代表的疾患である「骨粗鬆症」は、“低骨量と骨組織の微細構造の異常により、骨の強度が失われ骨折しやすくなる骨格の疾患”と定義されています。
    低骨量を招く要因には、骨代謝調節ホルモン泌異常やビタミンD3の活性型への変換不調、高血糖で増大するAGEの蓄積による糖化ストレス、胃粘膜の萎縮などによるカルシウムの吸収不良、骨基質づくりに必須の良質タンパク質やビタミンCの不足といったさまざまなものがあり、さらに医薬品の摂取もあります(表参照)。
    治療薬によっておこる骨粗鬆症の原因では、経口副腎皮質ステロイド薬が挙げられます。ステロイド薬は骨形成役の骨芽細胞のはたらきを抑制し、治療開始後1ヶ月ほどから骨量が急激に減少し、長期間の使用で骨折リスクは2~4倍になると報告されています。
    アロマターゼは、コレステロールからエストロゲン(女性ホルモン)を合成する最終段階の酵素であり、その阻害剤は乳ガンに対する化学療法に用いられています。
    タモキシフェン製剤は、閉経後の骨に対するエストロゲン作用が期待されているのですが、閉経前では骨密度の低下が副作用になります。
    SSRIは抗うつ剤の一種ですが、50歳以上の人に連続投与すると骨折が倍増すると報告されています。

    B 血管の石灰化との関係

    動脈硬化の血管壁では、従来は内皮細胞の機能低下が中心テーマでしたが、近年、内膜から中膜まで進行する石灰化(ヒドロキシアパタイトの沈着)が注目されてきたのです。
    石灰化している部位では、プラーク(内膜で生じている肥厚と隆起。脂質が沈着してアテロームになる)の破綻がおこりやすいといわれています。
    疫学的な調査によって、血管の石灰化が重症なグループほど、骨密度の低下率が高いことがわかり、骨と血管の連関が全身で生じていると考えられるようになりました。
    血管の慢性炎症や低酸素の環境による酸化ストレスや、加齢とともに増加してくる骨コラーゲンの糖化による劣化が骨の弱体化の要因であることや、血中ホモシステインの高値により骨コラーゲンの糖化が促進されることが明らかになってきたのです。ホモシステイン血症への対策としてのビタミンB6、ビタミンB12、葉酸が骨の弱体化予防に役立つことになります。さらに石灰化を抑制するとされる非コラーゲンのグラタンパクの合成に不可欠のビタミンKも、骨を守るビタミンとして重要です。

    メグビーインフォメーションVol.406「加齢と病気 - 骨代謝」より

  • 食物の消化・吸収と代謝

    食物の消化・吸収と代謝

    消化・吸収のシステム

    A 付属消化器官

    摂取した食物が体内に吸収されるためには、消化管の管腔内で消化と、それに連動する吸収という生理現象が必要です。
    消化管は部位によって構造が異なり、また機能的にも分化していますが、粘膜組織によってはいってきた食物分子の情報を的確にとらえ、消化管ホルモンや消化酵素の分泌によって効率よく化学反応が進行するシステムをつくっています。
    消化は、消化管の運動と消化液の分泌によって行われます。
    消化機能を消化管とともに担うのが、唾液腺や肝臓や膵臓で、付属消化器官とよばれています。これらは発生学的には消化管から分化したもので、腺(gland)という器官です。
    腺は、一定の物質を体表(皮膚・粘膜)へ分泌する器官で、表面から深い部分へはいりこんできているので、表面と同じ上皮組織でつくられています。
    消化は、栄養素を消化管粘膜から吸収できる形に分解することであり、そのプロセスでもっとも重要な部分は小腸で営まれています。

    B 膵管と膵液

    小腸は胃の幽門につづき、腹腔内を蛇行して大腸につづいています。十二指腸・空腸・回腸に区分されて、総胆管と膵管とが合流して、十二指腸の下行部へ開口しています(上図参照)。
    その部分は幽門から約10cmのあたりで、膵管は膵液を外分泌する導管というわけです。
    外分泌腺は、主に水と重炭酸塩とを分泌する細胞群と、消化酵素を分泌する細胞群とで構成されており、膵液中にはいろいろの消化酵素があります。
    糖質分解酵素のアミラーゼ、脂肪を分解するリパーゼやコレステロールエステラーゼ、核酸分解酵素リボヌクレアーゼなど、いろいろの酵素が活性型で膵液中に存在します。種類の多いタンパク質分解酵素は、非活性の前駆体として分泌されたのち、腸液にふくまれている酵素エンテロキナーゼの作用でトリプシノーゲンがトリプシンに活性化、さらにトリプシンが他のタンパク分解酵素を次つぎに活性化してゆきます。
    タンパク質を完全に消化するためには、多数の分解酵素が必要です。

    C 膵酵素

    漢方には五臓六腑という用語があります。これは心臓・肝臓・肺臓・腎臓・脾臓を五つの内臓としており、膵臓は胃や腸などの六腑にもはいっていません。
    日本で最初の西洋医学の翻訳書として有名な『解体新書』(1774年刊)には、大きな腺という名で、腺の集合として訳されました。
    19世紀になってはじめて膵臓という名前が付けられたと伝えられています。
    膵酵素は正常でも血中にありますが、炎症によって細胞がこわれたり、細胞膜の透過性が高まったり、膵管が閉塞したりといった状況で、血清中の酵素の濃度値が高くなります。
    本来は外分泌される酵素が血中に増加することは、異常事態を示す指標というわけです。
    デンプンを分解する酵素アミラーゼは唾液にもありますが、この酵素は胃内でははたらかないので、膵アミラーゼの出番となります。
    胃液は強い酸性ですが、膵臓が分泌する消化酵素は、弱いアルカリ性のときもっともよくはたらく性質をもっているのです。
    膵臓は前述のように重炭酸イオンをつくり分泌するので、膵液はアルカリ性になっています。重炭酸イオン(HCO2−)は、血液のpH値のホメオスタシスを維持する役割をしています。
    膵酵素のうち、タンパク質分解酵素がはじめは不活性の状態で分泌されるのは、膵臓の細胞自体が分解されてしまうことを防ぐためですが、膵管に胆汁が逆流するような異変がおこると、膵臓の自家消化の原因になることが知られています。
    膵臓の疾患には、急性、慢性の膵炎のほか、膵のう胞や膵ガンがありますが、膵ホルモンの関係する糖尿病は、膵臓の病気というよりも内分泌疾患という考え方になっています。
    内分泌疾患は、ホルモンや生理活性ペプチドによる血圧、血糖、体温、体液量などのホメオスタシスや、食欲や睡眠や消化などの生体機能調節に異変がおこるものです。

    血糖とその調節

    A 血糖値の異常

    人体はつねにエネルギーを消費していますが、絶えず食物を摂りつづけているわけではありません。食事で得られるエネルギー源は、ただちに利用する量より多く、余分をグリコーゲンとして肝臓や骨格筋に、また中性脂肪として脂肪組織に備蓄します。
    絶食時には、貯蔵したエネルギーをとり出して、組織・細胞に供給することになります。
    脳は常にブドウ糖をエネルギー源として必要としていますが、グリコーゲンも中性脂肪も蓄えていないので、血液中のブドウ糖をとりこんで利用しています。長期的な飢餓状態では、ケトン体(脂肪酸から生じる)を利用します。
    脂肪酸やケトン体の体内濃度の調節は、ブドウ糖のように厳重ではありません。ブドウ糖は神経細胞はもちろん、全身の細胞にとっても欠かせないエネルギー源なので、生体に血糖が下がりすぎないように維持する手段がいくつもあるのは当然といえましょう。それに比べて血糖上昇のチェックはゆるやかです。
    摂食による血糖上昇に応じて元のレベルへもどすのがインシュリンですが、それに拮抗するようはたらくホルモンは、右図にあるようにグルカゴンだけではありません。
    血糖値は、血液中への糖の供給と、血液からの消失で決まります。摂食時には食事からの糖質の供給、絶食時には肝臓から放出されるグルコースにより増加し、やがて各臓器の細胞にとりこまれてゆき消失しています。
    からだの糖利用には、上図にあるように脳ばかりでなく、肝臓や筋肉や脂肪組織などの臓器との連関があります。血液中の糖が血管壁や血球や免疫細胞などとかかわるなかで、ホメオスタシスの異常(血糖異常)がおこります。

    B 血糖調節ホルモン

    膵島β細胞から分泌されるホルモンのインシュリンは、唯一の血糖降下ホルモンですが、血糖を上昇させるホルモンにはグルカゴンや成長ホルモン、カテコールアミン、コルチゾール(副腎皮質ホルモン)と多種類あることが知られています。
    ノルアドレナリン(カテコールアミン)は、肝臓のグリコーゲン分解や糖新生の促進、筋肉のブドウ糖利用阻害など、コルチゾールは主に末梢組織での糖利用抑制などにより血糖値上昇にはたらいています。このなかでグルカゴンに関心が集まってきたのです。Ⅱ型糖尿病の発症へのグルカゴンの過分泌説もあらわれました。

    C グルカゴン分泌異常

    α細胞は膵島内でβ細胞にとり巻かれた形で存在しています。β細胞の分泌するインシュリンはα細胞を標的にしてシグナルを出して、グルカゴン分泌を調節していることがわかってきたのです。
    糖尿病研究のなかで、β細胞は減少していることが観察されるのに対し、α細胞は増加してグルカゴン分泌量の異常増加が認められています。
    インシュリンは、周辺の細胞へシグナルを伝達するパラクライン作用で、α細胞のホルモン産生を抑制し、グルカゴンはβ細胞のインシュリン産生を促進するという相互に作用しあう関係にあります。
    遺伝子研究の領域でも、インシュリンによるグルカゴン遺伝子の発現抑制がたしかめられています。
    従来のⅡ型(成人型)糖尿病では、まずβ細胞の機能障害が先行する考え方に対してα細胞異常が先行するという考え方が出されて、グルカゴンが注目されることになりました。

    D 脳・肝臓とグルカゴン

    膵島で産生され分泌されたグルカゴンは、門脈を経て肝臓にゆきます。
    肝臓はグルカゴンの主要な標的臓器であり、生体内の臓器のうちで、もっともグルカゴン濃度が高くなっています。
    グルカゴンの糖代謝調節作用について、脳を介した作用で血糖を低下させており、肥満や糖尿病ではその作用が阻害されると報告されました。
    脳の視床下部にはグルカゴンの受容体が存在しており、グルカゴンは血液脳関門を通過してはいり、視床下部にはたらきかけて、肝臓での糖新生を抑制します。
    脂肪の多い食事をつづけていると、視床下部を介したグルカゴン作用がさまたげられてきます。この状態を“グルカゴン抵抗性”といいます。
    肝臓にもグルカゴン受容体があります。グルカゴンは肝臓に直接作用し、グリコーゲンの分解とアミノ酸からの糖新生をすすめるので、グルカゴン抵抗性が生じると、肝臓におけるブドウ糖づくりだけが慢性的に増加し、血糖値を上昇させるというのです。
    インシュリンはタンパク合成のために、グルカゴンは糖新生の基質としてアミノ酸の利用をすすめるので、血中のアミノ酸プールを減少させることになります。
    タンパク質の摂取不足は、血糖値のホメオスタシスにとって不利になるでしょう。

    糖尿病の知識

    A インシュリン抵抗性

    インシュリンの分泌が正常レベルであるにもかかわらず、効きにくくなる病態があります。骨格筋や肝臓や脂肪組織などの臓器で、インシュリン作用への応答(細胞が示す反応)が鈍っている状態でインシュリン抵抗性といわれます。
    加齢とともにインシュリンの分泌能は低下し、インシュリン抵抗性は増えてゆきます。
    インシュリンの生成と分泌をまかされている膵島β細胞では、つねにミトコンドリア活性の高い状態がつづいており、従って活性酸素の産生が多いという特徴があります。
    さらにβ細胞ではSOD(スーパーオキサイドディスムターゼ)が他の組織や細胞にくらべて少ないといわれているのです。
    肝臓などの臓器でインシュリンへの感受性が低下する要因として、組織への脂肪蓄積のある場合が少なくありません。肥満は糖尿病発症のリスクとして認められており、改善策として運動療法や食事療法があります。
    脂肪組織にはマクロファージが集まってきて炎症性サイトカインを放出します。いろいろある炎症性サイトカインがインシュリン作用を受けもつ遺伝子発現を抑制したり、シグナルを阻害したりすることが知られています。
    糖尿病では血管の障害がおこりやすく、大きな血管の動脈硬化だけでなく、細小血管の障害である網膜症、腎症、神経障害が三大合併症とされています。
    糖尿病性の腎症は人工透析の原因疾患の第一位であり、網膜症も同じく失明原因のトップです。神経障害ではしびれなどの知覚症状や、自律神経系の不調から消化機能や頻脈など、いろいろの症状があらわれます。
    糖尿病を発症しないものの、高血糖がつづくと認知症やガンのリスクが高まるといわれるようになり、関心を集めています。

    B 血管障害と糖化ストレス

    糖尿病では血管障害がすすむと虚血、酸化ストレス、炎症といった神経細胞にとっての悪条件の環境がつくり出されてきます。それによって脳血管性認知症ばかりでなく、アルツハイマー病の発症率を2〜4倍にひき上げるというのです。
    神経ネットワークにおいて、神経細胞間で情報を伝える接続点になっているシナプスには、インシュリン受容体があります。
    インシュリンは、記憶にかかわる海馬で、糖輸送体のGLUT4を活性化し、神経細胞へのブドウ糖供給を促進したり、シナプス機能に重要なタンパク質の合成をさかんにしたりしていると報告されています。
    脳のインシュリン抵抗性が、認知症の発症・進展の鍵になります。
    糖尿病性血管合併症の発症・進展には、“高血糖の記憶”といわれる現象のあることが知られており、ある期間を高血糖ですごすと、その後に血糖コントロールが行われているのにもかかわらず、合併症がすすんでしまうことが、臨床上の問題になっています。
    血中でタンパク質にブドウ糖が結合する反応(グリケーション)がおこって、AGE(終末糖化産物)が生成され、高血糖ではこれが蓄積してゆきます。
    AGEはいったん生成すると、その後は代謝の速度がゆるやかなので血管壁細胞に長期に渡って有害性を発揮することになります。
    赤血球にあるヘモグロビンの糖化で生じる糖化ヘモグロビン(HbA1C)は、糖尿病検査のマーカーとして用いられます。
    赤血球の寿命が約120日なので、HbA1Cは検査日から1〜2ヶ月さかのぼった時期の、平均血糖値を反映しており、慢性的高血糖の指標として適しているというわけです。
    インシュリンはタンパクホルモンであり、糖化されると活性が低下することになります。

    C 低血糖症

    血糖値が基準(50〜60mg/dl)を下回って頭痛や眠気、動悸やふるえなどの症状があらわれる低血糖症は、糖質の摂取不足や組織の糖利用の増加、肝臓からの糖放出の減少、グルカゴンの不足などが原因でおこることがあります。
    高血糖のリスクが認識されるにつれて、厳しい管理による低血糖症への警告が日本糖尿病学会と日本老年医学会から出されました。
    疫学調査で、高齢者では血糖値は低くても高くても脳卒中などのリスクがあるというデータがその根拠になりました。
    高齢者では薬の効きすぎが生じる場合があり、低血糖をおこしかねません。低血糖になったことがある人は転倒しやすいと報告されており、日常生活に必要な身体能力が低下する傾向があり、老化の速度をはやめてしまいます。
    糖化ストレスへの栄養対策としてビタミンB6とB12、ナイアシンの摂取が役立ちます。

    メグビーインフォメーションVol.405「加齢と病気 - 膵臓」より

  • 肝臓は特殊な臓器

    肝臓は特殊な臓器

    栄養代謝の中心

    A 休まずはたらく最大の臓器

    肝臓は、成人では体重の約50分の1の重さで通常1200〜1500グラムという大きな臓器で、栄養素の代謝や解毒・分解作用、胆汁の分泌、尿素の生成、ヘモグロビンの処理のほか、血液の貯蔵庫になっていて循環する血液量の調節にも役立っているなど、多彩なはたらきをしています。
    消化・吸収されて体内にはいってくる食物成分のアミノ酸やグルコースや脂質などが、門脈という血管を介した血流によって肝臓へ送り込まれてきます。
    肝臓には酸素を運んでくる動脈(肝動脈)と門脈との2種類の血液流入路があって、両方で毎分1.5リットルもの血液がはいってくるのです。
    門脈を流れる血液は静脈系に属しており、通常門脈からの血液量が70%程度と多くなっています。
    肝臓は栄養素を加工処理して、組織・器官の必要とする物質に変換するための糖やタンパク質や脂質の代謝をすすめる多くの酵素をもち、分解したり再合成したり、備蓄にまわしたりと、休みなくはたらいています。

    B 解毒作用

    門脈を経由して流入してくるのは栄養素だけではありません。食品添加物や農薬や薬物や病原微生物などの異物もはいってきます。脂溶性の不用物や有害物質は、肝細胞内の小胞体で酵素チトクロムP450の作用やグルクロン酸抱合などで水溶性に変えられ、胆汁中に排出されたり、一部は血中へもどり腎臓から排泄されたりします。
    ステロイドホルモンのエストロゲンやアルドステロンなどの分解処理も肝臓が受けもっています。
    タンパク質の代謝で生じるアンモニアは、大部分が尿素となって尿へ排出されますが、尿素づくりも肝臓の仕事です。重篤な肝疾患では尿素窒素合成が低下し、血中のアンモニア濃度が高くなり、肝性脳症といわれる病態をひきおこすことになります。
    肝臓が解毒処理のルートとして用いている胆汁は、本来は脂肪の吸収を助ける消化液として分泌されています。

    C 胆汁の分泌

    誕生後2〜3日の新生児の約90%で、皮膚や眼球が黄色くなる黄疸といわれる病態が生じることが知られています。新生児黄疸は生理的な現象ですが、成人では肝細胞のビリルビン代謝の異常でおこります。
    古くなった赤血球が脾臓などでこわされて、ヘモグロビンの成分ヘムから生じる脂溶性の黄色い色素がビリルビンです。肝臓がこれを水溶性にして毛細胆管へ胆汁として流します。
    胆管へ分泌された胆汁は、いったん胆のうにはいって濃縮され十二指腸へ出てゆきます。分泌されたばかりの胆汁はうすい黄色ですが、濃縮されて色が濃くなります。
    胆汁の主成分は胆汁酸塩(胆汁酸とナトリウムあるいはカリウムとの化合物)で、これに胆汁色素やコレステロールの分解物などが溶けこんでいます。
    胆汁酸の主な生理作用は、摂取された脂質を乳化し消化酵素リパーゼの活性を高めて消化を促進することであり、胆汁は老廃物や不用物の除去と二つの機能をもっていることになります。
    胆汁中のコレステロールが過剰になったり、胆汁酸とリン脂質(レシチン)とのバランスが崩れたりすると、胆のうのなかで固まりコレステロール性胆石がつくられます。
    コレステロールの量が正常でも、胆汁酸が減少すると胆石ができやすくなります。胆汁酸は腸に出てから回腸で再吸収されて肝臓へもどり(腸肝循環)再利用されますが、炎症などが再吸収をさまたげることがあるのです。
    小さい胆石は総胆管から十二指腸へ排出されますが、大きくなるとそれが核となって総胆管内にとどまり結石になります。
    肝臓は血液の流入路として肝動脈と門脈をもち、血液の流出路には肝静脈という血管系のほかに、胆汁を流す胆管という通路をもっているという特殊な成りたちをしているのです(上図)。

    肝臓構成細胞

    A 肝細胞と類洞

    肝臓には、心拍出量の25〜30%にあたる量の血液が流れこんでいます。食後には血流量が増加し、運動しているときには減少します。前述のように肝動脈と門脈とから流入してくる血液は、類洞とよばれる場所で合流します。
    肝機能を担う肝細胞は、六角形の柱のような形で、一列に並んで板状になり、さらに立体的な網目構造をつくっています。
    その網目構造にある空洞が類洞で、酸素をもった動脈血が、肝細胞に酸素を渡しながら中心静脈へ流れてゆく通路になっています。
    肝細胞は化学工場といわれるように多種多様な仕事を受けもっており、エネルギー需要が大きいので、ミトコンドリアが豊富です。
    類洞の壁は内皮細胞が並んだつくりで、血流と肝細胞との仲立ち役になっています。
    肝細胞の多彩な機能は、ミトコンドリアばかりでなく、粗面小胞体、滑面小胞体、ゴルジ装置、ペルオキシソームなどの細胞小器官に分担され、その役割を支えているのが類洞壁の細胞というわけです。

    B 類洞壁細胞

    内皮細胞とともに類洞をつくっている細胞は類洞壁細胞とよばれており、クッパー細胞、ビット細胞、肝星細胞があります。
    クッパー細胞とビット細胞はともに免疫細胞のなかまです。マクロファージは、血液中のこわれた細胞や侵入してくる病原微生物を貪食し除去する細胞で、とくに肝臓に固有の組織マクロファージがクッパー細胞です。
    ビット細胞はリンパ球のなかのNK(ナチュラル・キラー)細胞とされています。
    類洞の内側で足のように突起を伸ばして内皮細胞に接着している肝星細胞は、この突起の伸びちぢみで類洞腔を収縮させて、血流を調節しています。かつて発見者の名にちなんで“イトウ細胞”とよばれており、ビタミンAの貯蔵場所として知られていた肝星細胞は、線維化やガン化とのかかわりが重要視されるようになり、炎症と肝星細胞の老化と免疫細胞との関係が肝疾患への見方を変えました。

    C 血液と肝臓

    類洞は直径を変えて、大量の血液をとり入れており、そのはたらきで洞様毛細血管ともいわれています。その量は肝臓重量の40%に達するほどです。ここで肝星細胞の機能が発揮されています。
    内皮細胞には電子顕微鏡でようやく観察できる直径0.1mmという小さな穴が並んでおり、血液はここから肝細胞と接触します。一方の肝細胞は類洞に面した細胞膜上に多数の微絨毛を出していて、類洞内の血液との接触面をひろくする構造になっています。
    病的な状態になると、類洞内皮細胞の小さな穴が失われて、ふつうの毛細血管のようになる現象が知られており“毛細血管化現象”とよばれています。
    毛細血管化現象は、慢性肝炎や肝線維症、肝硬変でみられることが少なくありません。そのため肝細胞は血液と接触しにくくなり、類洞と肝細胞の間(オデッセ腔)でコラーゲン線維が増加して線維化し、肝機能が低下してゆくことになります。
    毛細血管現象では、まずクッパー細胞がトランスフォーミング増殖因子(TGF-β)や一酸化窒素(NO)や肝細胞増殖因子(HGF)をつくって放出し、ピット細胞は内皮細胞の収縮因子エンドセリンをつくります。
    また肝星細胞は炎症によって筋線維芽細胞に変身しており、活発に増殖しさかんにコラーゲン線維をつくっているというのです。
    やがて肝星細胞が老化するとビット細胞に処理され線維化が終息して組織が修復されるというプロセスがつづくのですが、肝星細胞に遺伝子変異が生じると細胞老化がおこらないため、肝臓ガンの発生にむかうことになります。

    D 胆汁の排出と胆管

    胆汁は肝臓がつくる外分泌液で、十二指腸まで漏れないよう導管の中を運ばれてゆきます。胆汁の通り路である導管が胆管です。
    唾液腺や膵臓などの外分泌腺は分泌液をつくる細胞のすぐそばに導管が存在しており、産生された外分泌液を流し出しやすい構造になっているのですが、肝臓は毛細胆管という肝細胞がへこんでつくられている細い溝のようなすき間を通路にして本来の胆管へ入るという形式になっています。
    毛細胆管はギュッと閉じてゆっくり拡張するという収縮運動を規則正しく繰り返しており、それによって胆汁を溝へ流しています。この収縮運動をおこさせる物質にエンドセリンがあります。
    エンドセリンは、もともと血管内皮細胞がつくる血管収縮物質として発見された生理活性ペプチドとして知られていましたが、類洞内皮細胞が分泌するエンドセリンが毛細胆管に作用して、収縮運動を促していると考えられるようになりました。エンドセリンは肝星細胞にも作用してその収縮運動にもあずかり、類洞の血流量を調節しています。

    肝疾患と栄養

    A 慢性肝炎

    ウイルスの感染や薬剤アレルギーが原因の急性肝炎は、頭痛や発熱、だるさ、食欲不振、発熱といった自覚症状で、風邪をひいたという程度ですんでしまうことが少なくありません。
    肝炎の原因ウイルスにはA型、B型、C型、D型、E型の5種類がありますが、遺伝子型が異なっており、感染力や慢性化しやすさなどにちがいがあります。治療のための薬の効き目も型により、ちがっています。
    水や食べ物といっしょに体内に入り、肝臓で増殖し、胆汁にまじって排泄されて他の人に感染するA型肝炎ウイルスは、今日では抗体をもつ人が多くなっています。ウイルスに感染しても肝炎を発症せず自然治癒する“不顕性感染”が少なくないためといわれています。
    B型肝炎ウイルスとC型肝炎ウイルスはともに血液感染しますが、日本ではC型が上回っています。韓国はほぼ100%がC型とされています。
    C型肝炎ウイルスは、1980年代の終り頃までは“非A非B型”とよばれていました。遺伝子型に多様性があり、インターフェロン治療に対する反応が異なっているのです。
    C型肝炎ウイルスの感染力は強くないのですが、慢性化する率が高いという厄介な性質をもっています(上図)。症状がなく経過しながら20〜30年後に肝硬変や肝ガンに進行し、その間に図中にF1〜F4で示されている線維化がすすんでいます。線維化は肝細胞の周囲に線維組織がつくられ、コラーゲン線維の沈着が進行してゆき、”臓器線維症”といわれる病態の原因になります。

    B 薬剤性肝障害

    肝細胞の重要な機能のひとつが薬物代謝です。薬物はアルブミンなどのタンパク質によって血中を運ばれて肝臓にゆきます。
    薬物の活性を失わせ、胆汁中に排出させやすくする代謝は、酸化、還元、加水分解というステップが第一段階で、チトクロムP450という酵素が活躍します。
    チトクロムP450は、さまざまな化学物質によって誘導されるなかまで構成されており、ダイオキシンやエタノールなどにもひろく作用しますが、反応の結果毒性を増すこともあり、グルクロン酸や硫酸、グルタチオンなどとの抱合反応との二段構えになっているのです。
    薬剤性肝障害にはアレルギーによる場合もあり、症状も個々人によってさまざまで、薬疹のように皮膚に出る場合もあります。

    C 慢性炎症と腎疾患

    肝疾患では、食欲不振から栄養物質の摂取量が不足しやすく、胆汁分泌の低下による消化・吸収障害や、いろいろの代謝異常がおこってきます。
    エネルギー消費量は増加し、インシュリン抵抗性による耐糖能異常や、脂肪やタンパク質の分解亢進、アルブミン合成能低下、必須脂肪酸の欠乏などの栄養障害が重なってきます。また血中アンモニアやビリルビンの増加、出血傾向などへ進行することもあります。
    肝疾患が肝硬変や肝ガンへ進行した状態では血中アミノ酸パターンに異常を生じてきます。
    バリン、ロイシン、イソロイシン(BCAA)が低下し、フェニルアラニンおよびチロシン(AAA)やヒスチジン、メチオニン、グルタミン酸、グルタミン、アスパラギンなどが増加しているというのです。
    BCAAは分枝アミノ酸、AAAは芳香族アミノ酸と、分子構造により分類されています。
    骨格筋タンパク質を構成する必須アミノ酸の3分の1ほどがBCAAです。長時間の運動では、筋肉のBCAAがエネルギー源になります。
    激しい運動やエネルギー源の摂取不足のとき、生体は肝臓で糖新生という仕事をしてグルコースをつくるのですが、そのときBCAAが分解されて材料になります。
    BCAAは食物中の必須アミノ酸の約50%を占めており、乳タンパクのカゼインや大豆タンパクはよい供給源です。
    肝疾患の療法に高タンパク食がすすめられますが、エネルギー過剰になると脂肪肝を発症するリスクがあるので、カロリーの少ない配合タンパク食品が適しています。
    肝星細胞のビタミンA貯蔵が不備になる一方、ビタミンAはビタミンKとともに細胞の腫瘍化を抑制するので、摂取不足があれば肝ガンへの進行リスクになります。
    肝疾患では尿への亜鉛流出が増え、肝再生には亜鉛が必須であることも留意点です。また発症や線維化への対策としての抗酸化成分の摂取が重要です。

    メグビーインフォメーションVol.404「加齢と病気 - 肝臓」より

  • 体内環境を管理する

    体内環境を管理する

    尿の生理学

    A 肝と腎は排出器官

    生命活動の基盤である代謝という化学反応によって、体内には絶えず分解物や不用物が生じており、細胞から出されています。それが細胞外液に混入し成分を変化させることになります。
    細胞外液は、著名な生理学者クロード・ベルナールによって内部環境とよばれることになった細胞の生きるための環境であり、それが一定に保たれることを指す“ホメオスタシス(恒常性保持)”の重要性はひろく知られています。ホメオスタシスの概念はアメリカの生理学者ウォルター・キャノンが提唱しました。
    細胞の内部環境である細胞外液も細胞内液もその成り立ちはイオンを含んだ水溶液です。
    外界から物質をとり入れ代謝によってエネルギー物質や体成分をつくり、一方で体内で生じた不用物を出すという物質の交換によって、内部環境が大きく変化しないように保つことが生命の基本ルールというわけです。
    不用物は組織から血液へはいり、やがて皮膚からも肺や消化腺などからも水とともに体外へ排出されてゆきます。
    そのなかで不用物や毒物を積極的に排出する器官が肝臓と腎臓です。
    “肝腎かなめ” という言葉は、必ず無くてはならぬものという意味で使われますが、内部環境の管理者として協力しあっている重要な器官にふさわしいといえましょう。

    B 肝と腎の協力

    薬剤を服用するとき、血液中の濃度を保つために、服用量や服用回数が決められています。
    薬の種類によって脂溶性であったり水溶性であったりします。脂溶性のものは肝臓で代謝されて水溶性に変換され、胆汁へ出されます。
    腎臓は血液を濾過し、尿素などのタンパク質代謝産物や塩化ナトリウム、リン酸塩、シュウ酸などの塩類や酸を排出して、体内の電解質や酸・アルカリのバランスを調節する体液管理の主役です。
    代謝に欠かせない栄養物質のうち、糖と脂質の構成元素は“CHO”すなわち炭素と水素と酸素であり、体内で酸素と反応し燃焼すれば、生成するのはH2O(水)とCO2(二酸化炭素)です。
    水の多くは腎臓がつくる尿となり、二酸化炭素は肺呼吸により大気中に放出されてゆきます。
    タンパク質の組成は“CHON”でありN(窒素)がふくまれています。タンパク質はアミノ酸で構成されており、分解酵素や腸内細菌の作用を受けて分解するとアンモニアを生じます。
    アンモニアは動物にも植物にとっても有害であり、血液1デシリットルあたり0.1~0.5ミリグラムを超えると害作用があらわれるとされています。
    アンモニアは中枢神経系に対する毒性が強いので、高アンモニア血症にならぬよう、動物は毒性のない物質に変換して体外に捨てています。鳥類や爬虫類は尿酸に変え、哺乳類は尿素として排出します。

    C 尿素回路

    ミトコンドリアという細胞小器官は、エネルギー物質ATPの産生を主な仕事にしていますが、そのほかに脂肪酸代謝やステロイド合成などいろいろの代謝にかかわり、さらにアポトーシスという細胞のプログラム死において中心的な役割をしていることが知られています。そのなかに特定の細胞においてだけ発揮している機能があります。
    肝細胞のミトコンドリアには、アンモニアを解毒する酵素が存在し、大量のエネルギーを消費して尿素に変えているのです。
    アンモニアから尿素への変換は、回路を形成する五つの酵素反応であり、“尿素回路”とよばれています。
    ヒトの尿中に排出されている窒素化合物の大部分はアミノ酸の分解により生じる尿素(上図)ですが、もうひとつの処理方法が脳などの臓器にあります。
    脳にはアンモニアからグルタミンを合成する酵素が多く、協同因子としてマグネシウムを必要とする反応をすすめます。
    この反応でつくられるグルタミンは、尿素と異なり、核酸のプリン塩基合成に役立つ物質です。
    クレアチニンは、筋の代謝や食物の肉から生じる物質で、アミノ酸アルギニンの代謝産物クレアチンから変換し、尿へ捨てられています。
    尿素は小さな分子で水に溶けやすいので、アンモニアにくらべて毒性は低いものの、排出されず体内に蓄積すると「尿毒症」の原因になります。尿毒症の症状は、けいれん、水腫、意識障害など、腎臓の濾過機能が失われた状態で、生命の維持に人工透析が必要になります。

    D 尿の色

    尿の色は摂取された食物や、排出される量などによって変化することが、日常に経験されますが、基本的な色はヘモグロビンの構成成分であるヘムの代謝産物ウロビリンによる淡黄色です。
    ヘモグロビンは赤血球につめこまれて酸素を運ぶ物質で、鉄イオンをもつヘムとグロビンというタンパク質でできています。
    赤血球は120日ほどの寿命でこわされる一方で、骨髄で新たに生まれています。こわれた赤血球の成分は大部分が再利用されますが、ヘムという化合物は再利用されず、ビリルビンという物質に変換されて血中へ出てゆきます。この作業は組織の掃除屋といわれるマクロファージが引き受けています。
    ビリルビンは脂溶性なので、肝細胞がひきついで水溶性に変える仕事をし、グルクロン酸と組みあわせ(抱合)て胆汁へ送りこみます。この胆汁により腸まで出たビリルビンは細菌の作用で分解され、便を茶色にしますが、一部がウロビリノーゲンに変換しており、腸で吸収され血中にもどっています。それを腎臓が尿へ出すと、酸化されてウロビリンになります。これが尿の色のもとというわけです。

    腎臓が働くしくみ

    A こぶし大の臓器

    腎臓は腹部後壁の上方で脊柱の左右に一対あります。赤褐色でこぶし大の器官で、重さは平均して130gほどしかありません。右の腎臓はすぐ上に肝臓があるので左の腎臓より少し下がった位置にあります(下図)。
    その形はソラマメのようと表現されており、楕円の球状で、表面は丈夫な膜におおわれています。被膜は厚い脂肪組織とうすい結合組織でできていて、腎臓を後腹壁に固定しています。
    腎臓の内側のほぼ中央のくぼんだところを腎門といい、そこから血管(動脈、静脈)やリンパ管や神経が出入りしています。
    腎臓にはいってくる動脈は太く、血液を多量に送りこみます。血液は尿をつくる原料であり、濾過して尿にする装置は複雑な成りたちで、これにホルモンや血圧が関係しています。
    左右の腎臓で、毎分100~150ミリリットルの尿が濾過されています。1日では体重の数倍の量が濾過されるのですが、その99%は再吸収され血液へもどってゆき、実さいに体外へ排出される尿は、1日当り1.5リットル程度になります。
    腎臓の血液量と糸球体という濾過装置の毛細血管の血圧は、細小動脈の平滑筋の収縮によって自動的に調節されています。

    B 糸球体と尿細管

    前述の腎門の奥は腎洞という空間になっていて、尿を集める腎盂(じんう)があります。腎盂は一方が細い尿管となり、膀胱へ尿を送ります。
    腎盂の外側は髄質、さらにその外側の領域を皮質といいます。
    皮質と髄質のなかに、糸球体と尿細管とが配置されており、糸球体が血液濾過の前の部分、尿細管が再吸収という後の部分を受けもっています。
    糸球体は毛細血管がからみあった直径0.2ミリほどの小さな器官で、ヒトの腎臓では左右あわせると200万個といわれる多数が皮質のなかに納められています。
    糸球体の周りは二重の袋で包まれています。この袋はボーマンのうという名でよばれており、糸球体とボーマンのうをあわせて腎小体といいます。
    腎小体とそこから伸びる1本の尿細管がネフロンという尿生成の基本単位です。 ボーマンのうは、尿細管の端のふくらみといったかっこうで、外側を上皮細胞、内側は足細胞でできた二重袋になっているのです。
    足細胞はタコ足細胞ともよばれており、細胞体から足突起という細かな突起を無数にのばして糸球体の表面をおおっています。
    足突起どうしの間のすき間は、一枚の膜でふさがれており、この膜にある小さな穴を通って糸球体から尿が流れ出してボーマンのうの内腔にたまってゆきます。
    ボーマンのうの内腔と毛細血管をへだてているのは、血管内皮細胞と糸球体基底膜と足細胞突起が三層に重ねられた構造で、これが濾過フィルターの役をしています。

    C 濾過フィルターの成りたち

    濾過フィルターのうち、主力は糸球体基底膜と足突起です。
    基底膜は、上皮や内皮細胞の裏打ちをしたり、筋線維や末梢神経を包んだりしている膜構造ですが、腎糸球体では足細胞と毛細血管内皮細胞の間にあります(右図)。
    基底膜をつくっているのは結合組織のコラーゲンやプロテオグリカンなどで、相互に結合した網目構造になったスポンジ状で、これがフィルターの役をしています。
    基底膜は血中の分子をサイズや荷電によって選り分けて濾過します。水やイオンやブドウ糖などの低分子は網目より小さいので通過しますが、タンパク質や脂質のような高分子は通しません。内皮細胞側はプロテオグリカンが豊富で電気的に陰性であり、たとえ小さい分子でも陰性に荷電しているアルブミンなどは反発しあうので通過できません。
    足細胞突起の細胞膜も陰性に荷電しており、同様のフィルターになっています。
    糸球体に炎症が生じると足細胞がはがれ落ちてしまいます。足細胞は分裂増殖することができない細胞であり、減ってしまった足細胞が補充できず、糸球体がこわれ結合組織がはいりこんで硬化してゆきます。
    硬化糸球体は、加齢とともに増えてゆくことが知られており、腎臓の濾過機能が低下してしまいます。

    腎機能と疾患

    A 尿細管と細胞

    糸球体で濾過されて生じる大量の原尿は尿細管に流入します。
    尿細管は直径が100分の2~4ミリという細い管で、その壁は一層の上皮細胞でできています。からだが外界に面する呼吸器や消化管などの内腔の壁と同じく、タイト結合という結合でつながっていてシート状に仕上げられた上皮組織です。
    尿細管は糸球体につづく近位尿細管や、最終的に尿を集合管へ流しこむ遠位尿細管やその中間といった部位で尿づくりを分担しています。
    近位尿細管がもっとも長く、原尿から大半の液体やブドウ糖・アミノ酸などの栄養素を再吸収します。ミトコンドリアが多く、また小腸と同じように栄養素をとりこむ輸送体をもっているのです。
    からだの内と外で物質をやりとりすることを輸送といい、活溌に輸送を営む上皮には輸送体とよばれるタンパク質が埋めこまれています。
    近位尿細管には、ナトリウムポンプという輸送体があり、ATPを消費してナトリウムイオンを外にカリウムイオンを内に運びます。ナトリウムイオンをひきこむ力を利用する形式でブドウ糖を運ぶものもあります。

    B 尿の濃度

    ナトリウムポンプは、ナトリウムイオンを細胞間質にむかって押し出すので、尿から間質へ分泌されることになります。
    中間尿細管と遠位尿細管とが髄質でナトリウムと尿素とを蓄積してゆき、そのなかを集合管から水が抜け出すので尿が濃縮されるしくみになっています。
    脳下垂体から分泌されるバゾプレシンが、集合管細胞の細胞膜にある受容体に結合すると、AQP2が細胞表面に移動して尿から水をひき出します。そのため尿は濃縮されて尿量が減少します。バゾプレシンはこの作用により“抗利尿ホルモン” といわれます。

    C 慢性炎症と腎疾患

    ネフローゼなどの糸球体腎炎や糖尿病腎症などの慢性腎疾患は、糸球体の炎症からはじまりますが、やがて間質に病変がひろがってゆきます。
    糸球体炎症は足細胞を剥離させ、原尿の成分がもれ出し間質を傷害します。原尿に大量のタンパク質がふくまれていると、アルブミンに付着した脂肪酸や酸化LDLや自己抗体などが、尿細管上皮細胞を傷つけます。
    血流量の多い腎臓には酸素の供給量が多いにもかかわらず効率的に消費されず、低酸素状態になるため酸化ストレスがおこっており、それが小胞体ストレスや糖化ストレスを誘導するのです。
    低アルブミン・低コレステロール血症で腎疾患の有病率が高く、貧血や動脈硬化と栄養障害と腎間質障害の間には、悪循環の回路がつくられ腎不全へすすむと考えられているのです(右図)。

    メグビーインフォメーションVol.403「加齢と病気 - 腎臓」より

  • 心臓という驚異の器官

    心臓という驚異の器官

    心筋の役割

    A 光と色

    アメーバやセンチュウやクラゲなどは、動物であっても心臓とみなせる臓器はもっていません。
    多細胞生物であって、個体のからだがある程度大きく、独立した臓器を備えている場合にはそれぞれの細胞へ酸素や栄養物を供給したり、不用な物質をとり去ったりするしくみが必要になってきます。
    血液を体内循環させることが、その解決方法になりました。
    からだのすみずみまで血液を送るには、圧力をかけて血管という通路へ押し出さなければなりません。それが血圧です。
    心臓は、動脈から血液を強く送り出す血圧を生じるための構造をもっています。
    ヒトの心臓は左右に分かれ、それぞれが上下に区別されています。右の図は心臓の構造と血液の循環を示す模式図です。
    左右および上下に区分されてつくられた各部屋は、図にあるように右の心房と心室、左の心房と心室とよばれています。
    右心房と左心房は心房中隔により仕切られており、右心室と左心室の間の仕切りは心室中隔とよばれています。
    心房は小さい部屋で、右心房には全身から、左心房には肺から血液がもどってきます。
    心室は心房から血液を受け入れ、右心室から肺に、左心室から全身へと血液を送り出します。
    心臓から全身に向かう血液は動脈血で、肺に向かうのは静脈血です。
    肺へ向かう静脈血は、酸素は少なく二酸化炭素が多くなっています。
    肺へゆきガス交換が行われると、酸素濃度の高い動脈血となって再び全身に向かうことになります。
    右と左へ仕分ける方法によって、静脈血と動脈血が混ざるリスクを回避しているのです。

    B 心臓の弁

    心室には心房から血液がはいってくる入口と、動脈へ通じる出口があります。この血液の入口と出口には弁があり、逆流を生じさせないようにはたらいています。
    心房と心室との間の弁を房室弁といい、うすい結合組織でできています。
    左の房室弁を僧房弁(または二尖弁)といい右房室弁は三尖弁といわれています。
    心室から血液が出てゆく血管の起始部には、ポケット状の半月弁があります。血液が弁を満たすとふくらんで起始部を閉鎖します。
    ここに述べた4つの弁は、すべてが結合組織でつながっています。これらの弁が十分に開かないと口が狭くなるので、心筋は血液を押し出すために圧を高めます(圧負荷という)。弁がきちんと閉鎖しない状態が弁閉鎖不全で、血液が逆流し、心筋の拍動ごとに行ったりもどったりという具合になり、心臓に容量負荷とよばれるダメージを与えます。
    圧負荷や容量負荷がつづくと、心臓の血液を拍出する機能が低下して、“心不全”を招きます。
    全身の組織における血液の必要量を拍出できなくなった状態を心不全といいます。

    C 心筋層のはたらき

    心房と心室とをくらべると静脈血の圧を受けるだけの心房では、壁の筋層はうすく仕上っています。
    心臓の壁は、内面の全体をおおう心内膜と、外面をおおううすい心外膜と、その間にはさまれた心筋層が重ねられたつくりです。
    心筋層は、収縮によって血液を送り出すという心臓の第一の役割を担う主役です。
    血液を送り出す血圧は、左右の心室が収縮することによって生み出されています。そのためとくに左心室の心筋層はもっとも厚くつくられています。
    心筋細胞は、心臓の内腔をらせん状にとり巻き、このつくりが収縮という機能に適しているのです。
    心筋の収縮は自律的で、すばやくおこります。1日におよそ10万回も収縮と拡張を繰り返し全身に血液を供給するポンプとしての役割は、一生つづけられることになります。

    心臓のリズム

    A 心拍のリズム

    動物の心臓をとり出して、栄養液につけておくと、心筋の拍動がつづきます。骨格筋のように神経の刺激を受けて収縮するのではなく、特殊なシステムが内在して、自らの刺激で収縮する自律性をもっているのです。
    この心筋のシステムが刺激伝導系です。
    この刺激伝導系の刺激発生装置でもっとも重要なものは洞結節とよばれる部分で、ヒトの心臓では約1万個といわれるペースメーカー細胞を含む集団です。
    ペースメーカーとは、リズムの発生源という語で、洞結節のペースメーカーが拍動のリズムを決めています。そしてこのペースメーカー細胞は自律神経に支配されています。
    ペースメーカー細胞をバラバラにして培養してみると、その一つひとつは勝手に収縮を繰り返し、そのペースは同じではありません。ところが二個の細胞が接触するとペースが揃ってくるのです。そして多くのペースメーカー細胞が足並みを揃えて集団になれば、単一のしっかりしたリズムを生み出すようになります。
    洞結節で生み出されたリズムは、刺激伝導系を通り左右の心房に、次に左右の心室へと伝わってゆきます。刺激は電気信号で細胞から細胞へと渡され、受けとった細胞はただちに収縮運動をはじめます。

    B 心臓と自律神経

    自律神経は、生体の活動度を上げる方向にはたらく交感神経と活動度を下げる方向にはたらく副交感神経とがセットになったシステムです。
    心臓での自律神経の作用は、右図にあるように、交感神経は心拍数や血圧を上昇させて、心筋の収縮力を高めます。
    心臓に分布している副交感神経(臨床的には迷走神経とよばれている)は心拍数を低下させ、交感神経による血圧上昇作用を抑えます。
    迷走神経と副交感神経という語は、前者は形状を表現したもので、機能からいうと後者になります。
    全身での分布は、脳から発して腹部にまで到達しており複雑な様相を示しているというところから、ラテン語の迷走するという意味の語が用語になったと伝えられています。

    C 刺激伝導と興奮性細胞

    心筋細胞の大部分は、自らリズムを生み出すことはできません。しかし他の部分から刺激を受けとるとよく反応します。周期的なシグナルに対して、刺激を受けとるたび一過性に強い応答を繰り返すという性質をもっているのです。
    このような強い応答性は“興奮”といわれており、神経細胞も興奮性の細胞というわけです。
    心臓では、ペースメーカー細胞が発信するリズムが刺激になって、他の興奮性細胞が同じリズムで活動しています。そして心室の筋細胞はそのリズムで血液を送り出しているのです。
    このような心筋細胞の連鎖の経路は、細い筋線維網となって、心房や心室にひろがっています。そのなかに有名な生理学者プルキンエがヒツジの心臓で発見し記述(1845年)したことにより、“プルキンエ線維”とよばれる網状に走る筋線維がありました。

    D 心房の筋細胞

    血液の循環に関しての心室の筋細胞の仕事ぶりが目立ちますが、1990年に新たな心筋の機能が発見されて注目を浴びることになりました。それはホルモンを分泌しているという発見でした。
    1981年に、心房の抽出物質に強力な利尿作用のあることがわかり、この物質探しがはじまったのです。
    この物質はヒトの心臓からとり出され、構造がわかり、心房筋細胞内での産生や貯蔵や放出のしかたなどが明らかになってゆきました。
    その物質はANP(atrial natriuretic peptide:ナトリウムを尿に出す心房のペプタイド)とよばれています。
    そしてANPは、心房内圧の上昇(血圧上昇)や血液量の増加によって心房筋が伸展すると、これがシグナルとなってANPが放出されるというメカニズムが明らかになりました。
    細胞の仕事に消費されるエネルギー物質ATPは、ミトコンドリアで産生されており、そのプロセスでは活性酸素が生じることが知られています。
    心臓にはミトコンドリア含量が多いので、活性酸素による傷害を防ぐシステムとして活性酸素除去酵素などを備えていますが、虚血や栄養条件などが代謝を変更させたり、慢性炎症をひきおこしたりして酸化障害がおこり、動脈硬化や不整脈や心不全などに深くかかわっています。

    心臓におこる異常

    A 洞調律の不調

    洞結節と興奮性細胞の連係で繰り返される拍動は洞調律といわれ、正常洞調律は成人の場合1分間に60~100回とされています。この数値は、日常生活のなかで生じている範囲をいう便宜上のもので、ふつう心拍数という場合70~75回を基準にしています。けれども睡眠中は60回未満になったり、運動によって100回を超えたりと、拍動はおそくなったり速くなったりしています。
    拍動が正常洞調律の範囲を超えたり、タイミングが乱れたりという状態を、“不整脈”といいます(右図参照)。
    不整脈の症状は、動悸やめまい、息切れ、息苦しさ、だるさ、疲れやすさ、脈がとぶなどさまざまな形で自覚されることが珍しくありません。
    前述のように自律神経の影響を受けている心臓は、ストレスや生活習慣が原因で不整脈の症状をあらわすことがあります。期外収縮では“脈が触れない”“脈がとぶ”と感じる場合もありますが、自覚されないことが多いとされています。
    不整脈を知らせる症状のなかで、脈拍が異常に速かったりおそかったりする病的なケース(頻脈、徐脈)では、突然死の危険因子にもなるので治療が必要になります。

    B 心室の不調

    突然死につながるもっとも危険な不整脈は心室の不調からくる頻脈とされています。
    ペースメーカーからの信号でひきおこされた細胞の興奮状態の波が、心室のある部分で渦巻き状になり、速いリズムで収縮をおこさせることがあり、さらにそれがきっかけとなって新たな波がつくられてゆき、カオスといわれる心拍変動(心室細動)がおこります。
    カオスとは、生体のように時々刻々と変化するシステムが示すふるまいのひとつであり、不規則で予測ができないものをいいます。
    心拍のカオス状態は、心臓のポンプとしての機能を失わせるので、電気ショックを与えて乱れた状態をリセットする手段がとられています。その手段が公共施設などに設置されるようになったAED(自動体外式除細動器)です。
    心室細動の多くは頻脈性不整脈からおこるとされていますが、狭心症などの虚血性心疾患や大動脈弁狭窄などが原因になるケースもあります。
    不整脈は、心筋を養う血管(冠動脈)内の血流の低下により心筋虚血を招きます。

    C 心房細動

    心房にも細動という異常がおこります。不整脈のうちもっとも多いもので、心房の筋細胞が不規則に興奮して心室へ伝わるため、左心室への血液の流入が減少します。そして心拍量が低下して血流がとどこおって血栓が形成されやすくなってゆきます。
    血栓は脳まで流れて脳梗塞という事態に至るというリスクをかかえてしまうことになるのです。
    こんなとき心房の状態を調べると、マスト細胞などの起炎性細胞が集まっており、慢性炎症が発症の基盤になっていることが理解されるようになりました。
    マスト細胞は免疫応答に重要な役割をする細胞で、IL-6やTNF-αなどの炎症性サイトカインを分泌します。
    心房細動ではIL─6をはじめとする炎症性サイトカインの数値が高いことがわかったのでした。

    D 細胞のストレスと心疾患

    血流の低下により細胞が低酸素状態におかれると、酸化ストレスや小胞体ストレスが発生します。
    酸化ストレスは組織の虚血再灌流にみられるように、活性酸素の産生とそれに対する抗酸化酵素やグルタチオンなどの抗酸化物質との力関係が酸化優勢になった状態です。
    低酸素状態は、タンパク質の合成を正しく進行させたり、糖鎖をつけて完成品に仕上げたりする細胞小器官の小胞体にダメージを与えます。そして異常タンパクが蓄積するのが小胞体ストレスで、炎症に関するシグナルが増えてきます。
    心拍数の増加によって、心筋細胞の受けるストレスは増大することになるでしょう。
    いろいろの動物で、心拍数と寿命の関係について研究したところ、心拍数が多いほど寿命が短いという結果でした。
    統計的にみた場合、ヒトでも心拍数が多いと循環器疾患の罹患率が高い傾向にあるといわれています。

    E 虚血と心臓

    右のグラフは日本人の死因での心疾患の少なくないことを示しています。その大半が狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患です。
    虚”とは中身がないという意味であり、心臓へ供給される血液が不足したためにおこる病気で、運動や発熱や食事などで心拍数が増加して多くの酸素が必要になったようなとき、冠動脈からの血液の供給が不足し、一時的な酸欠から痛みなどの異常をひきおこすのが狭心症です。
    冠動脈にアテローム硬化がつくられたり、過剰に収縮するれん縮が長くつづいたり、急激な血圧上昇がおこったりといった状況で心筋細胞が壊死すると心筋梗塞ということになります。
    冠動脈は、心臓を養う3本の血管ですが、直径が3ミリメートルほどの太さしかありません。
    細い血管の内腔において、長い間に血管内皮の傷害や、リポタンパクLDLの酸化とそのとりこみ、炎症性細胞の集合やサイトカインの放出といった状況がつづくと、プラークとよばれる隆起や血栓がつくられやすくなります。そしてマクロファージがやってきてタンパク分解酵素や血栓形成促進因子を分泌し、血管閉塞へ誘導することが知られるようになりました。
    このマクロファージは炎症をすすめるタイプのM1型とされており、虚血は酸化ストレスや小胞体ストレス応答を介して、心血管疾患の発症に深くかかわっているのです。

    メグビーインフォメーションVol.402「加齢と病気 - 心臓」より

  • 見る感覚

    見る感覚

    視覚の基礎

    A 光と色

    太陽から送られている光は、いろいろのものに当たって吸収されたり反射されたりし、眼という器官にはいってきます。
    目にはいった光は、明暗や遠近、方向、動き、形や色といった外界の情報を運ぶ媒体として役立ちます。
    ヒトの眼は、太陽光のうち虹の七色であらわされる範囲の波長の電磁波しか感じとることができません。それが可視光(視ることが可能な光)で、波長がおよそ400~800ナノメートル(10万分の4から10万分の8センチメートル)の範囲です。
    人類はこの範囲の光センサー(神経細胞)だけしかもっていないことになります。
    昆虫類は、ヒトは見ることができない紫外線を見ることができるのですが、一方で赤色の光は見ることができません。その理由は眼の構造のちがいにあります。

    B 光のセンサーと色覚

    眼のなかには光の情報を受けとり処理し、電気信号に変換して脳へ送る数種類の細胞があります。
    最初に光を受ける細胞が視細胞で、視物質と名付けられた光受容タンパク質をもっています。光受容タンパク質はいろいろあり、異なる波長に感受性があり、異なる色を認識します。
    ヒトは青・緑・赤の三原色で光を識別していますが、生物によっては五原色の眼もあるという具合です。
    さまざまな動物の視物質の研究から、生物進化のなかでヒトを含めて哺乳動物の色覚はいちど失われ、その後に新たな変化が生じて三原色になったと考えられています。
    恐竜が栄えていた地球上で、夜行性で昼間はかくれて生きていた哺乳類の先祖は目が退化してしまったというのです。

    C 眼球

    球形の眼は脂肪組織に包まれて、眼窩の内側に納まっています。その内部には水晶体や硝子体や網膜があり、その壁は内膜、中膜、外膜の3層の膜で構成されています。
    外膜は丈夫な結合組織でできた強い膜で、全体を囲み眼球の形を支持しています。その前方の部分は、光を通す透明な角膜になっています。
    角膜には血管がなく、中膜に豊富な血管があって、網膜に栄養物や酸素を供給しています。
    中膜では後部の脈絡膜に血管が多く、内膜の網膜はその脈絡膜に依存しています。
    眼はつねに光を受け透過させる必要上、角膜のほか水晶体や硝子体にも血管がありません。網膜もこれに準じており、外層の3分の1が無血管で、脈絡膜からの拡散によって栄養を得ているのです。
    無血管の組織に病的に血管が新生すると、出血などのトラブルを生じ、視力低下の原因になります。
    眼内血管新生病に、「増殖性糖尿病網膜症」や「加齢黄斑変性」があります。
    脈絡膜は眼球の前方へゆくと毛様体になっています。
    毛様体から伸びている毛様体小帯とよばれる繊維構造が、水晶体を吊り下げています。
    毛様体のなかには毛様体筋があります。毛様体筋が収縮してレンズ役の水晶体の厚みを変えることで、遠近を調節してピントをあわせるしくみです(図参照)。

    網膜と見るしくみ

    A 眼底の構造

    角膜からはいってくる光は、眼球内膜にある網膜に像を結びます。
    網膜は神経細胞の集まった層と、視細胞の層とで構成されており、最外層は色素上皮と接しています。
    網膜、色素上皮、脈絡膜がつくっている層が眼底というわけです。
    網膜は透明ですが色素上皮は黒褐色で、光を吸収します。網膜症などの症状の治療に用いられる「光凝固術」ではレーザー光線を照射すると黒色の色素上皮が焼かれ、その熱が伝わって凝固されることになります。
    網膜には視神経とともに血管がはいりこんでおり、その状態や眼底を“検視鏡”によって観察することができます。
    眼は昼間と夕方と夜というように、異なる明るさを識別したり、色を見わけたりする細胞を網膜の奥にもっていますが、明暗を受けもつ杆状体は周辺部に多く、色のちがいと精密な像を担当する錐体は、角膜と瞳孔の中心を結んだ線(視軸)が通る中央部に多く配置されています。この部位が視覚の中心といわれる黄斑です。

    B 網膜と視野

    物をじっと見ると、角膜からはいった光は、つねに両方の眼の網膜上の黄斑部に像を結びます。黄斑部の位置は中心窩といわれており、ここに錐体が高密度に存在しているのです。それによってこの部位が、視力のもっともすぐれた中心ということになります。
    黄斑部の浮腫や変性は、中途失明の要因となる加齢性の病態(黄斑変性)であり、近年増加しているといわれています。
    片眼を前方の一点に固定して見える範囲を視野といいます。
    網膜上の映像を脳内で再現させるように、視細胞は視神経につながり、視神経の軸索は眼球を出て視交叉を経ると視索と呼び名が変わり、後頭葉の視覚野(17野)へ到達します。
    視野は鼻側で狭い楕円形ですが、視覚伝導路に障害を生じたとき、その部位によって異なる視野欠損がつくられます(右図参照)。

    C 網膜の虚血

    網膜は酸素の需用度が高い組織であり、虚血に対して弱いことが知られています。
    虚血になり、酸素や栄養物質の供給不足の状態になると、虚血再灌流での活性酸素の生成や、起炎症サイトカインによる炎症性浮腫という障害を受けるばかりか、グルタミン酸毒性によりダメージが加わります。
    グルタミン酸は、タンパク質中に多くふくまれているアミノ酸です。可欠アミノ酸で、食物から摂取されたグルタミン酸が、そのまま各組織に運ばれて利用されることはなく、大部分は腸組織のエネルギー源となり、また生体の抗酸化物質であるグルタチオンの生成に使われています。
    グルタミン酸はうま味物質として知られていますが、脳にはその受容体があります。
    グルタミン酸は興奮性神経伝達物質であり、中枢神経系の3分の1に作用を及ぼしています。
    虚血で細胞内からグルタミン酸がもれ出して、受容体を興奮させると、周辺からのカルシウムイオン流入を許します。カルシウムイオン濃度が上昇すると内部のタンパク質分解酵素のはたらきが過剰になって、細胞はアポトーシスに追いこまれるとする「グルタミン酸・カルシウム仮説」が提唱されています。
    アポトーシスに至らない程度の虚血では、グリア細胞や血管周皮細胞が低酸素に反応して、血管内皮増殖因子をつくり、血管新生へと向かわせるようになります。
    網膜への血管新生は、本来は血管をもたない硝子体へもひろがってゆきかねません。
    網膜血管新生の代表的な疾患は「増殖性糖尿病網膜症」であり、脈絡膜血管新生の代表疾患が「加齢黄斑変性」です。

    D 血液網膜関門

    網膜の毛細血管内皮細胞は、血液中の物質を外へたやすく出さない血液網膜関門とよばれる機能をもつと考えられています。
    血管壁に窓構造はなく、隣り合った細胞は結合タンパクにより密着型の接着をしています。また周皮細胞の内皮細胞に対する割合の多いことも特徴として挙げられています。
    新生血管がつくられてゆく初期には、細胞接着装置が未発達であり、窓構造が見られるなどバリア役としてはたらいていません。
    さらに内皮細胞も少なく、グリア細胞にもおおわれていません。
    このような状態では、出血などがおこりやすく、組織の透明性が失われて視力低下を招くことになってゆきます。
    網膜におけるグルタミン酸毒性抑制の試みでは、京都大学の研究チームによって、ビタミンB12の継続投与の効果が報告されています。

    視覚を支える物質

    A 視物質・ロドプシン

    視細胞は前述のように、光を受容するセンサーとしてはたらくタンパク質をもっています。
    このタンパク質が視物質で、ヒトには薄暗がりではたらく杆状体視物質と、明るい所で色を識別する錐体視物質があります。
    視物質は、オプシンという名のタンパク質部分と、ビタミンAのアルデヒド型である11―シス―レチナールとで構成され、ロドプシンとよばれています。
    レチナールとオプシンの結合がスイッチの役割で、通常はオフになっているのですが、光を吸収するとレチナールがオールトランス型に変化し、これによりスイッチがオンになります。
    このレチナールのシスートランス異性化反応は、オプシンの作用ですばやく(現在研究されている化学反応のなかでもっとも速い)おこります。
    光がレチナールの電子を動かし、ねじれた状態に構造が変化すると、ロドプシンスーパーファミリーとよばれるタンパク質によって神経系へと情報が伝わってゆきます。
    ビタミンAが欠乏すると、レチナールが減少するので、視物質が不足して視力が低下することになります。

    B 眼疾患と酸化ストレス

    水晶体はレンズの役割をしており、角膜からはいった光を網膜に焦点があうよう屈折させます。そのため透明度や屈折性が維持されなければなりません。
    水晶体はタンパク質の含有率が高く、水分は多くありません。構成タンパク質の85%が水溶性のクリスタリン(α、β、γがある)で、チャネルや細胞骨格のタンパク質もあります。
    水晶体の透明性は、高濃度のタンパク質によって維持されています。
    他の組織と異なり、水晶体細胞は分化すると核が消失するので、新しいタンパク質合成ができなくなっています。
    眼は皮膚の光老化と同じように、可視光や紫外線による酸化で老化が進行します。
    水晶体や網膜黄斑部はつねに光エネルギーを受けており、加齢とともにその発症頻度が高まります。糖尿病が基礎疾患の場合には、タンパク質の糖化反応も加わることになります。
    水晶体にはタンパク質のとりかえがないため、不溶性タンパクが増加し、混濁を生じて黄褐色になってゆく老人性白内障は、すべての人におこってくる加齢性老化です。
    活性酸素はミトコンドリアからも発生しており、生体は活性酸素除去酵素などの抗酸化機能によりその傷害性を抑えようとしますが、相方のバランスが保てないとき、酸化ストレスの状態になります。
    酸化ストレスは白内障や炎症性網膜症、黄斑変性などの加齢性とされる眼疾患の要因として認められ、予防や治療に抗酸化という視点がとり入れられました。

    C 加齢黄斑変性と食品機能

    一方で加齢黄斑変性は、野菜や魚類の摂取により発症率が低下するとする疫学調査の結果が報告されました。そして抗酸化物質の投与による大規模な介入試験が米国において実施されました。
    ビタミンA、C、Eおよび亜鉛・銅の投与が約6年間継続されて、抗酸化ビタミンおよびミネラル摂取グループにおける黄斑変性症での進行抑制の結果が報じられました。
    この実験は55歳から80歳の3,640名の人々を対象に、6年もの期間つづけられたのでした。
    そして抗酸化物質としてビタミンC、E、βカロチンと亜鉛とが組みあわせられたサプリメントのグループは、黄斑変性での症状が中期および後期以降というカテゴリーでもその進行抑制が報告されました。血管新生や視力障害の進行リスクが25%下がるという結果でした。
    さらに黄斑色素のルテインやゼアキサンチン、DHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)の摂取が発症や進行の予防に有効であるという報告があり、これらの機能性成分を加えての介入試験が行われています。
    ルテインとゼアキサンチンは、カロチノイドの一種でキサントフィルに属しており、黄斑色素とよばれています。それは黄斑部での唯一の色素で高濃度に存在しています。
    黄斑色素は、可視光線のなかで波長の短い青色光を選択的に吸収し、黄斑が受ける光障害への防御機構を担っているのです。
    最近、車の運転やパソコン作業などでの青色光カットがすすめられるようになりました。

    D 抗炎症効果

    ルテインは二重結合を多くもつ分子構造により抗酸化力にすぐれており、活性酸素を除去することによってロドプシンや網膜神経細胞を守り、炎症性サイトカインの産生を抑えて網膜保護にはたらく抗炎症効果でも認められるようになりました。
    ルテインは緑色野菜が給源です。
    ルテインと同じくキサントフィルのアスタキサンチンは赤橙色の天然色素で、抗酸化作用と抗炎症作用が認められたのです。
    アスタキサンチンの抗酸化力は強力で、ルテインの3.5倍とされています。
    抗炎症作用にもすぐれ、長時間のコンピュータモニター利用頻度が高い現代人の眼精疲労や調節機能改善が確かめられています。
    アスタキサンチンの給源はサケ、エビ、カニ、イクラなどです。

    メグビーインフォメーションVol.401「加齢と病気 - 視覚」より

  • 耳の科学

    耳の科学

    音と耳

    A 音と聴覚

    音は、空気や水中などの媒質のなかに振動の波をつくり出すことで生じます。
    物体が前後・左右・上下に急速に動くと、媒質のなかに密度の高い部分と低い部分とが生じて、疎密波として伝わってゆきます。これを振動と表現しているのです。
    音の伝わる速さは媒質によって異なっており、固体では速く、液体、気体の順におそくなります。
    常温の空気中では、1秒間に約340メートルですが、温度が上昇すると速くなります。
    音には、反射や屈折といった性質があり、大気から水へ向かってすすむ時のように、異なる媒質の境界(水面)ではほとんど反射されてしまいます。
    温度の異なる空気の層のように、音の伝わる速さがちがう媒質をすすむ場合には屈折という現象がおこります。ガラス窓を透過したり、厚いカーテンなどで吸収されたりします。
    空気の振動を集める装置が耳介という外耳で、集められた音波は外耳道のトンネルをすすみ、奥にある鼓膜へ達して、その振動を介して中耳から内耳へと伝わります。
    内耳は迷路のような複雑な構造で、蝸牛と前庭とで構成された聴覚の中枢です。
    内耳では、感覚信号を電気信号に変換するしくみがあり、聴神経に連結して脳に聴覚を生じさせています。

    B 外耳道

    外耳道は、成人では約3㎝のくの字に曲がったつくりで、耳毛や耳垢腺・皮脂腺が外側の部分にあります。
    耳垢腺や皮脂腺の分泌物が耳垢で、外耳道の表面に適量の水分と脂肪分を保たせて、鼓膜の振動を助けます。
    耳垢には乾いたタイプとしめったタイプとがあり、遺伝子が決めています。
    耳掃除のしすぎは、外耳道湿疹の原因になります。物理的な刺激などによってかゆみを生じ、起炎性の細胞が集まってくるとさらに耳垢の分泌が増してきます。
    外耳道の入り口の毛は、虫などの異物がはいらないよう保護しています。
    外耳は常に熱を放散しており、体温より低くなっています。外気が冷たいときに防寒用に耳あてをすると、熱の放散が抑制されるので、あたたかく感じることになります。 水中にくらべると、空気中では音の振動が弱いため、生物進化のなかで中耳という構造をもつ生物があらわれました。空気中の音が中耳を経て伝わることを気導といいます。

    C 鼓膜と耳小骨

    鼓膜は外耳と中耳の境界となっている結合組織製の膜で、裏側に中耳腔という空気のはいった空間があり、鼓室につづいています。
    鼓膜は0.1㎜ほどのうすい膜ですが3層構造で、内側は鼓膜上皮でつくられています。
    まん中の層は固有層とよばれる鼓膜に特有の構造で、放射状に並んだコラーゲン繊維と輪状の繊維が重なっています。
    外側の層は上皮で、人体内のもっとも深いところにある皮膚といわれています。
    鼓膜は中心部がくぼんでスピーカーのような形をしており、集めた音の振動を耳小骨へと効率よく伝えるのに適しています(図参照)。
    耳小骨は、人体にある骨のなかでもっとも小さくキヌタ骨、ツチ骨、アブミ骨とよばれる3種の骨が関節で連結しており、鼓室の中に宙吊りになったかっこうで、ツチ骨の柄で鼓膜にしっかりと固定されています。
    中耳の壁には内耳と連絡する窓があり、そのうちの前庭窓にアブミ骨が固定されています。
    耳小骨で音の振動が骨の振動に変換され、増幅されて内耳へ伝えられてゆきます。
    中耳の粘膜に、上気道感染や耳管狭窄症などが原因で炎症がおこる中耳炎は、多くの人が経験する病気です。

    D 耳管の問題

    鼓室から咽頭へつづくトンネルで、通常は閉じている管が耳管です。つばを飲みこむような嚥下運動やあくびなどでこれが開くと、咽頭側から空気が出たり入ったりします。
    それによって鼓室内の気圧と外界の気圧とのバランスが調節されます。気圧差の調節が耳管の役割です。
    中耳内と鼓膜の外との気圧が等しいとき、鼓膜はよく振動します。飛行機の離陸時に経験されるような耳のつまった感じや痛みは鼓室の圧の変化でおこります。
    アブミ骨の内耳と接している部分はアブミ骨板底とよばれており、この底板の振動が内耳内のリンパ液にきちんと伝わらなければ、音を聞きとることができなくなります。
    アブミ骨の振動が不調になる病気が骨硬化症で、有名な楽聖ベートーベンはこの病態により48歳以降は聴覚を失っていたと伝えられています。
    耳と鼻、咽喉は、別々の器官として扱われていますが、内部では互いに連絡しているので、どれかに生じた炎症は、たちまち他の部位にひろがるという関係にあります。
    耳管狭窄がつづくと、中耳粘膜からの分泌物が増えて鼓室にたまり、滲出性中耳炎になります。
    上気道炎で咽頭に感染した細菌が耳管を経由して中耳へはいりこむと、急性の化膿性中耳炎がおこり、慢性化すると鼓膜に穴があいたり、耳小骨が破壊されたりなどして難聴になることがあります。
    乳幼児では耳管が短く、咽頭口から鼓室まで水平なので、鼻や咽頭からの感染がたやすく中耳へひろがります。免疫能が十分に獲得されていないので、繰り返して発症することが珍しくありません。
    耳管狭窄と反対に、開いたままになる耳管開放症もあり、急にやせると耳管部分の脂肪や血流が減って閉じにくくなることが知られています。

    複雑な内耳の装置

    A 迷路のカタツムリ

    側頭骨の中に骨迷路とよばれる空間があり、この部分に音を感じる主役の器官があります。左右の耳の奥深くにある、まるでカタツムリの殻そっくりの形のらせん状の構造で、名称もそのまま蝸牛です。
    蝸牛のらせんは2巻き半で、右の図のようにひき伸ばしてもわずか32㎜ほどでしかありません。
    図中のカタツムリの頭のような構造は半規管といい、前半規管、後半規管、外側半規管をあわせて三半規管といいます。
    内耳は聴覚のほかに平衡感覚を受けもっており、それを担う器官として前庭があります。
    前庭に重力のかかっている方向と加速を感じとる耳石器と、回転を感じとる三半規管があるのです。

    B リンパ液とセンサー

    蝸牛は前述のように前庭窓にアブミ骨の底がはまりこんで固定されています。前庭窓は卵円窓ともいい、蝸牛にはもうひとつの窓(正円窓)があります。
    鼓膜・耳小骨を伝わってきた音は、アブミ骨の振動としてひとつの窓からはいり、他の窓へと抜けてゆくことになります。
    蝸牛はいわば3階建のつくりになっていて、上階の前庭階と中央階をはさんで下の階の鼓室階とカタツムリの頂上でつながっています。
    前庭階と鼓室階とは外リンパ液で満たされており、中央階は特殊なリンパ液(内リンパ液)が満たしています。
    中央階にはコルチ器という音のセンサー装置が納められており、リンパ液に末端が浮かんだセンサーから蝸牛神経へつづいていて、脳へ向かっています。

    C 有毛細胞のはたらき

    コルチ器は、イタリア人のコルチが19世紀の半ばに内耳を観察して発見した基底板(中央階の底部)の振動にちなんだ命名です。
    基底板は細い帯状で、その上に16,000個ほどの感覚細胞が並んでいます。
    この感覚細胞の表面には小さな毛が生えていて、その上部はゼリー状の蓋膜に接しています。
    この感覚細胞は毛のような突起をもつので有毛細胞(hair cell)とよばれています。
    有毛細胞は、右図に示されているように内有毛細胞と外有毛細胞とがあり、内有毛細胞は1個あたり約20本の神経と連絡しており、音の信号を送り出します。外有毛細胞は、音がはいってくると伸びちぢみして基底板の振動を増幅し、内有毛細胞の感度を高めています。
    音波によりリンパ液が振動すると、有毛細胞と蓋膜との接触がずれて毛が傾きます。すると有毛細胞の中に電気信号が生じるのです。
    外有毛細胞は伸縮用のプレスチンというタンパク質をもっていて、すばやく伸びちぢみができるのですが、鋭敏な活動にはエネルギーの消費量が少なくないため、傷害されやすいといわれています。エネルギーづくりにともなう酸化ストレスがかかわっていることになるでしょう。感覚ビタミンといわれるビタミンAと抗酸化物質が有毛細胞の消耗を防ぎます。
    風疹や流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)の病因ウイルスやストレプトマイシンなどの抗生物質が有毛細胞を損傷するとされており、強い騒音はコルチ器の構造を破壊すると警告されています。

    D からだの位置とバランス

    地球上の生物は、重力を感知して姿勢を保ち、動きます。原始的な無脊椎動物にも耳石器があり、方向を感知しますが、三次元の空間での位置を知るのに三半規管が発達しました。
    からだは主として小脳で、視覚や手足の深部感覚や自律神経の情報などを統合してからだのバランスを保っていますが、前庭は空間での方向や回転などの姿勢を保つための情報をもたらします。
    半規管の根元のふくらんだ部分に耳石器があります。
    耳石器は大きい卵形のうと、小さい球形のうという二つの部分にわかれていて、それぞれの中に平衡斑があります。
    平衡斑は蝸牛と同じような有毛細胞と、それを支えるかっこうの支持細胞とでできています。有毛細胞から出た小さな毛は、全体をおおうゼリー状の膜に伸びていて、膜の表面には炭酸カルシウムの小さな結晶(平衡砂)が載っています。
    右図は平衡斑の構造です。
    水平運動や垂直運動がおこると、全体をおおっている膜にかかる重力や加速度が変化し、小毛が傾き、その信号が脳へとどきます。
    三本の半規管は、互いに直角になる形で前半規管は前向きに後半規管は後ろの方向に、外側半規管は頭に対して水平に位置しており、内部はリンパ液で満たされています。
    頭が動くとリンパ液も動きます。回転運動をするとリンパ液は慣性の法則で元の位置にとどまろうとするので、からだの回転とのずれが生じ、有毛細胞の小毛がこれを感知して脳へ伝えます。

    E 内耳と脳

    有毛細胞からのシグナルは、内耳内の前庭神経から脊髄や小脳や視床などにつながる連絡網へ伝わり、状況に応じた姿勢をとるように筋運動が反射的におこります。
    平衡感覚は訓練によって感度が変化します。フィギュアスケートの選手がみせる技は、前庭脊髄反射によって調整された効果です。

    耳と病気

    A 難聴

    ヒトの聴力は、加齢とともに低下し、高音域からはじまって病的な難聴へ進行することが少なくありませんが、遺伝子レベルの研究がすすんで、有毛細胞同士を結びつけるタンパク質の遺伝子やコルチ器の蓋膜の構造や、内リンパ液の組成にかかわる遺伝子、ミトコンドリア遺伝子の変異などが、次々と明らかにされています。そしてだれもがなにかの難聴遺伝子をもっているといわれるようになってきました。
    内耳のメラニンは、騒音などの環境から受けるリスクを軽くするので、黒人では騒音性難聴や加齢性難聴のレベルが高くならないというのです。
    動脈硬化や糖尿病、ストレス、薬物ではループ利尿薬、アミノグリコシド系の抗生物質(ストレプトマイシンなど)やインターフェロンといった薬物が、リスク因子として挙げられていますが、一方でメラトニンや抗酸化ビタミンのビタミンE、ビタミンCが難聴の発症や進行を抑制するという動物実験の結果が報告されています。
    ヒトをふくめ哺乳類動物では、障害された有毛細胞の再生はできないと考えられていましたが、2013年にマウスの騒音性難聴で、有毛細胞再生による聴力が回復したという実験結果が発表され、再生治療の研究がすすめられていると伝えられています。

    B 耳鳴

    耳鳴は音波がはいってこないのに蝸牛内で電気信号が発生している状態といわれます。
    難聴になると、音がなくても神経が興奮しているとする「耳鳴中枢発生説」があります。
    耳鳴も加齢とともに頻度が高くなり、炎症や難聴にともなうことが少なくありません。
    内頸動脈・静脈は内耳のすぐ近くにあるので、炎症などで血管が拡張すると、血管性の耳鳴がきこえることがあります。

    メグビーインフォメーションVol.399「加齢と病気 - 聴覚」より

  • 新しい血管病研究

    新しい血管病研究

    血液研究の流れ

    A 血管生物学

    紀元前のギリシアでは“ヒトの霊魂は血液に宿って全身へ流れる”と考えられていました。14世紀に至るまで、“血管は血液とともに霊魂を運ぶ管”だったのです。
    血管構造や動脈、静脈、毛細血管の理解や、心臓を介しての循環系の概念が確立されていっても、19世紀末まで“血管は栄養物を運搬する通路”と位置づけられており、血管を構成している細胞による積極的な生理的役割については、20世紀以降に細胞生物学や分子生物学の進展によって研究がすすむことになりました。
    そして動脈硬化や高血圧やガンの転移などの病態と血管との関係が明らかになってきました。

    B 血管の収縮と弛緩

    心臓から出た大動脈がだんだん枝分かれして細い血管になり、毛細血管網まで血液が届くには一定の圧力がかかっていなければなりません。それが血圧です。
    『実験医学序説』を著したクロード・ベルナールは「末梢器官への血流の分配は、末梢血管の収縮・弛緩によって調節され、血管は神経の刺激によって収縮する」と述べました。
    血管は自律神経システムや血管壁細胞から血中に分泌される収縮物質や拡張物質の作用によって緊張の度合を高めたり、ゆるめたりします。動脈はもともとトーヌスとよばれる緊張状態をもっています。血管が適度に緊張し、弾力に富むつくりになっているので、血液を循環させることができるのです。
    血管のつくりは内膜・中膜・外膜の3層でできており、大きな動脈では中膜の弾性繊維エラスチンと平滑筋が豊富で、弾性動脈とよばれています。枝わかれして各臓器へ向かう中型の動脈は平滑筋細胞が多くなっており、筋性動脈と呼び名が変わります。
    平滑筋細胞は、さらに血管が細くなるにつれてだんだんと減少し、毛細血管にはありません。
    血管を収縮させ血圧を上昇させるのは平滑筋細胞であり、血圧を決める血管抵抗は中小動脈によることになります。
    中小動脈のトーヌスが、高血圧症に密接にかかわっているというのです。
    情動や寒暖などの環境因子の刺激は、交感神経系を介して血管を収縮させます。神経細胞の送り出す電気信号が多いと、平滑筋細胞が強く収縮します。
    脳幹の延髄に自律神経中枢があり、神経細胞のネットワークがペースメーカー細胞からのシグナルによって心拍数を上げたり平滑筋を収縮させたりします。
    血圧が上がりすぎたときは、頸動脈などにあるセンサーから延髄へむかってシグナルが送られ、ペースメーカー細胞を抑えるという調節のしくみがはたらきます。

    C 内皮細胞と周皮細胞

    血管収縮には内皮細胞も役割をもっています。内皮細胞が分泌するペプチドのエンドセリンは平滑筋細胞を収縮させ、一方では平滑筋を弛緩させる一酸化窒素(NO)をつくって放出するという具合です。
    毛細血管はひと並びの内皮細胞でできているのですが、この内皮の外側に別の細胞が発見され、毛細血管をとり巻く細胞という意味で周皮細胞と名付けられました。
    やがて周皮細胞は、動脈の平滑筋細胞からつづいていることや、平滑筋と同じように収縮タンパク質のアクチンとミオシンをもっていることがわかりました。
    そこで周皮細胞は毛細血管の収縮を受けもち、組織への血液供給量の調節をしているといわれることになりました。
    かねてから知られている「イチョウ緑葉フラボノイド」の血管調節作用は、周皮細胞へのはたらきかけにより生じていると考えてよいでしょう。

    主な血管の病気

    A さまざまな血管病

    血管は、動脈硬化などの変性や炎症、血栓、腫瘍、外傷など、さまざまな原因によって障害されます。
    以前は梅毒などの感染による血管病が少なくありませんでしたが、現代では高齢化がすすんだことや、社会環境や生活習慣の変化によって増加する動脈硬化や血管閉塞、血管炎が主になってきました。
    血管の病気は動脈・静脈ともに閉塞性と拡張性とに分けられています。
    閉塞性は、血管が詰まる病変であり、拡張性は血管がふくらむ病変です。
    血管の閉塞は、血管壁の変化や血球成分の変化および血流の変化がかかわっておこります。
    拡張性の病変は、血管構造の中膜の変化からもろくなり、局部的に太くなるものです。
    近年の研究では、流体力学による血流と血管壁構造の関係や、コラーゲン・エラスチンなどの構成成分の量や分解、白血球やサイトカインや活性酸素による障害などの情報が多くなってきました。

    B 血管のれん(攣)縮(スパズム)

    血管れん縮といわれる病態があります。本来は外傷により血管が傷つき、出血が生じたとき、その部位で止血のしくみによる血栓がつくられるとともに血管収縮により出血を抑えるという生体に備わった合目的的な生理機能です。
    この機能が血管内ではたらくと、生体にとってマイナスの効果をもたらすことがあります。とくに心臓の冠動脈のれん縮は、狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患に深いかかわりがあるとされ、なかでも日本人の虚血性心疾患では、80~90%に関係しているというのです。
    冠動脈のれん縮は、動脈硬化にともなって生じてくる局所的な収縮能の亢進が原因になるとされています。
    冠動脈に炎症性細胞が集まってきて、起炎性サイトカインが分泌されていたり、血管平滑筋が過収縮するように性質が変化したりしていることがわかってきました。
    動脈硬化を生じている血管の部位では、平滑筋の性質が変化し、はげしい収縮をおこすようになっているというのです。
    東洋人の男性に多く発症するとされる「ポックリ病」は、前夜まで元気であり、翌朝、突然の死亡が発見されるというもので、かつて話題になりました。心筋におけるれん縮がひとつの原因とされています。遺伝子のタイプによる人種的な因子の調査が行われています。

    C 増えている動脈瘤

    社会の高齢化によって増加する血管病のひとつに動脈瘤が挙げられています。
    動脈壁の三層構造(内膜、中膜、外膜)がすべて拡張するのが真性大動脈瘤で、胸部や腹部などの大動脈におこります。
    近年、外科的処置の技術は進歩してきましたが、発症の基盤が動脈硬化で、心臓や腎臓や脳などの臓器に、すでに動脈硬化性の疾患を合併していることが多いため、手術の成績を左右するといわれています。
    とくに高齢の男性に多いとされるのが、腹部大動脈瘤で、無症状で進行することが少なくありません。動脈硬化性がほとんどであり、脳血管障害や冠動脈疾患や下肢動脈閉塞などの合併障害がみられます。
    腹部大動脈瘤が無症状であるのに対して、腹痛や腰痛、背部痛などの自覚症状があり、発熱や血沈値の上昇などの炎症反応をともなうのが炎症性腹部大動脈瘤です。
    内膜にひび割れのような亀裂が生じて、中膜へ血液がはいってゆき二層に裂けた状態になるのが解離性大動脈瘤です。先天的に動脈壁構造に弱点がある場合もありますが、高度な動脈硬化がリスクとされています。高血圧が中膜を変性しもろくします。

    D 特殊な血管病

    高安病あるいは脈なし病ともいわれ、若年の女性に多い大動脈炎症候群や、若い男性に多いバージャー病は自己免疫による発症が疑われながら原因が確定しない血管炎です。
    口腔粘膜にアフタとよばれる潰瘍が繰り返し生じたり、皮膚の紅斑や網膜のブドウ膜炎などがみられたりするペーチェット病は、日本や中東、中国などに多く欧米では少ない炎症性疾患で、血管型とよばれるものでは動脈や静脈の閉塞、動脈瘤形成といった病態をつくります。
    冷水に浸したあと手指の先が蒼白になり痛むレイノー現象は、細小動脈のれん縮により血流が減少しています。

    動脈硬化研究

    A 動脈硬化症

    動脈壁に構造変化がおこり、本来の弾力性が失われている病態が動脈硬化です。
    ヒトの動脈硬化は小児期からはじまっています。かつて米国医師会によって発表された「朝鮮戦争で戦死した米国兵における冠動脈疾患」という論文が、社会に大きな衝撃を与えました。
    その内容は、若く健康体と診断されていた兵士に、血管病変が進行していたことを示すものでした。戦死者の77%に動脈硬化がみつかり、冠動脈の閉塞やプラーク(粥状隆起)による狭窄は35%の兵士の体内で生じていたというものでした。
    ヒトの動脈には、小児期から硬化性の異変がおこっており、10代ですでに脂肪線条とよばれる病変へすすんでゆきます。そして壮年期には動脈硬化症が成立することになります。

    B アテローム動脈硬化

    動脈硬化には、アテローム動脈硬化症や中膜石灰化症、細小動脈硬化症があります。
    アテローム動脈硬化症は、大動脈や頸動脈などの弾性動脈、冠動脈、脳底部動脈、四肢の動脈といった大・中型の動脈に発症します。
    中膜に輪状の石灰化が生じているものが中膜石灰化症、細小動脈壁の肥厚により内膜がせまくなるのが細小動脈硬化症です。
    このなかで心筋梗塞や脳梗塞などの血管病の多くが、アテローム動脈硬化の進展により生ずるプラークの破綻によりつくられる血栓によることが明らかになってきました。
    そしてそのプロセスでは、血管壁の慢性炎症と、内皮細胞がいろいろのリスク因子によって傷つけられているという状況があります。
    高血圧や糖尿病、肥満、脂質異常、ストレス、喫煙、運動不足といった生活習慣にかかわりの深いリスクファクターが挙げられています。

    C プラークの問題

    アテローム動脈硬化の特徴的病変であるプラークは、斑状に盛り上り、中心には壊死した組織があります。
    表面はコラーゲン繊維が主成分の膜でおおわれています。
    プラークには、マクロファージやリンパ球などの炎症性細胞がはいりこんでいたり、プロテオグリカンのような細胞外マトリックスが見出されたりしています。
    プラークの状態は一定ではなく、脂質が多いものや繊維成分が多いものがあります。個体差があり、同じ年齢でもその程度はいろいろです。腹部大動脈と冠動脈と頸動脈とでは、腹部大動脈の硬化度が高いとされており、脳動脈と冠動脈とではプラークの質が異なっているなど、臓器による差があるというのです。

    D 慢性炎症と動脈

    動脈壁での局所的な慢性炎症が、無症状のうちに内皮細胞の機能を低下させ、プラーク形成へむかわせます。
    動脈壁には血流によるシェアストレスや酸化ストレスに対応するストレス応答が組織の機能を強化しますが、慢性化するとホメオスタシスのセットポイントが変更され、バランスが維持できなくなり、炎症細胞がはいりこんでくるようになります(右図)。
    マクロファージを中心にした炎症細胞が起炎性サイトカインを放出します。
    血管壁内皮細胞はNOを分泌しますが、これが活性酸素スーパーオキサイドと反応して、強毒性のパーオキシナイトライトをつくります。
    パーオキシナイトライトは脂質やアミノ酸チロシンなどを変性するので、細胞機能が失われるようになってゆきます。
    不安定なプラークは、血管れん縮や血圧の急激な変化でひび割れが生じ、中味が血小板を活性化させて血栓を生じることにより血管病の発症要因になります。
    プラークの破綻は、血管病の発症に至らない無症候性のものは、かなりの頻度でおこっていることが知られています。
    脳動脈に血栓ができて脳梗塞が発生する脳血栓のほか、脳以外の場所にできた血栓が血流で運ばれて脳動脈を閉塞する脳塞栓症があります。
    脳血栓は、睡眠中や安静時におこることが多く、脱水が発症の引き金になります。脱水により血液粘度が上昇し、ずり応力の上昇が血小板を活性化する、と説明されています。

    E 血管病のリスク

    高血圧や高血糖の持続や肥満は、かねてから血管病のリスク因子であると認識されていますが、炎症反応の重要性が明らかになるにつれて細菌やウイルスの感染が注目されました。そして口腔内の慢性感染症である歯周病が、新たなリストに加わりました。
    歯周病は、歯と歯ぐき(歯肉)の境界の溝の部分に歯垢が蓄積することで、歯周組織に慢性炎症をおこす疾患で、歯肉炎から歯周炎へとすすみます。
    歯垢中には300~400種類もの細菌がひそんでいて、歯肉上皮から組織へ侵入すると免疫反応がおこります。
    歯周病のある人は動脈硬化の罹患率が高く、大動脈や頸動脈の血管壁から歯周病菌が発見されており、動物実験では歯周病菌を感染させると動脈硬化を促進することが報告されています。

    メグビーインフォメーションVol.399「加齢と病気 - 血管」より

  • 血液の生理学

    血液の生理学

    複雑な血液の世界

    A 休みなく循環する血液

    古代の人びとも、怪我などで体内から出てゆく赤い液体が生命にとって重要なものであることを知っていたにちがいありません。しかしその赤い液体は体内のどこにあるのか、なぜ赤いのか、大量に失われると死ぬのはなぜかなど、その液体についての情報を人類が手に入れたのは17世紀以降のことでした。
    17世紀になり、イギリスのハーヴェイによって心臓から動脈へと流れ、静脈へはいり肺へゆき、再び心臓へもどってゆく血液のサイクルが明らかにされ、さらに動脈と静脈をつなぐ部分が毛細血管であることを、イタリアのマルピーギが示しました。
    ハーヴェイの『血液循環の原理』は、1628年に刊行され、これにより近代医学がスタートしたといわれています。
    ヒトの循環血液量は、ほぼ体重の13分の1(7.7%)とされており、通常4kg~5kgもの血液がからだじゅうをぐるぐる巡っています。
    血液が休むことなく巡ることによって保たれている生理機能には、体温の調節や、栄養物質やホルモンなどの生理活性物質の運搬や、ガス交換、免疫や止血といった自己防御などがあり、その実行には血球(赤血球、白血球、血小板)や、アルブミンや免疫グロブリンやヘモグロビンなどの血漿タンパク質、電解質のイオンがはたらいています。

    B 血漿の成分

    血液を凝固しないように静止した状態にしておくと、血球成分と液体成分に分かれます。この液体成分が血漿で、タンパク質や糖や電解質などが溶けこんでいます。
    血漿から、止血のシステム(血液凝固)ではたらく重要なタンパク質(フィブリノゲン)を除いたものを血清といいます。
    血液凝固には血小板がかかわっています。血小板はコラーゲン分子などにより活性化されて凝集し、つづいて血漿成分による凝固システムを開始させます。

    C 体温調節の重要性

    筋肉の収縮活動や、各細胞が営むエネルギーづくりなどの代謝によって熱が生じます。呼吸や食物の消化や尿の生成や、脳のニューロンネットワークの維持、生理活性物質などの合成といった生きることを保障する営みによって、からだの奥深いところで熱が発生しており、内部環境の温度を上昇させます。この熱がたまってゆくと、タンパク質が変性するリスクとなってしまいます。
    タンパク質の酵素作用やホルモン作用などの機能は、その立体構造によって支えられていることが知られており、立体構造がくずれることを変性といいます。
    タンパク質の変性は42℃という温度で危険領域とされており、人体の深部温度は約37℃に保たなければなりません。
    体温調節システムには発汗によるもの、すなわち水分蒸散を利用する方法があり、ふだんでも体深部の熱が血流によって皮膚表面に運ばれて不感蒸散していますが、運動などによって大量に熱がつくられると、汗の気化熱により体温上昇を防ぎます。汗は血漿から出る水分で、循環する血液は、深部熱を外へ捨てる仕事を兼任していることになるでしょう。

    D 血漿タンパク質

    水によく溶け、加熱すると凝固するタンパク質をアルブミンとよんでおり、卵アルブミンが有名です。
    血漿タンパク質ではもっとも多く、肝臓で合成されています。水に不溶性の脂肪酸や胆汁色素ビリルビンや甲状腺ホルモン(チロキシン)や脂溶性薬物を結合して運びます。
    アルブミンはまた、血液の浸透圧を調整しています。塩をふりかけると野菜の細胞膜を通して細胞内の水が外へ流れ出します。これが浸透という現象で、それを生じないように釣り合っている状態をつくる圧力を浸透圧といいます。
    血漿と組織の間で浸透圧により水分量を調整して、余分な水を尿として出しているのがアルブミンというわけです。このアルブミンの仕事は血漿中の濃度が下がるとできなくなります。そこで組織に余分な水が残り、浮腫や腹水といった異常を生じることになります。
    アルブミンにはまた各組織へアミノ酸を供給する役割があるのですが、合成されてからの半減期が約21日とされており、毎日4~5%ほどが減少してしまいます。食生活においてアミノ酸の供給不足すなわち低タンパク食という状態ではアルブミンの合成に影響があらわれてきます。そこで血漿アルブミン濃度は、栄養状態の指標とされています。
    アルブミンのほかにグロブリンという名のタンパク質集団があります。なかで免疫グロブリンとよばれるのがγグロブリンです。
    免疫に従事するグロブリンのほかに、酵素としてはたらくグロブリンや、物質の運搬を受けもつもの(トランスフェリンなど)などいろいろのグロブリンがあります。
    血漿中のアルブミンとグロブリンの量の比は“A/G比”とよばれ、肝機能障害で数値が下がるので、健康診断に用いられています。また腎臓の濾過機能が不調になると、小さい分子であるアルブミンが尿へ出てしまうのでA/G比は小さくなります。

    ガス交換のしくみ

    A 酸素と呼吸

    ヒトは好気性生物で、無酸素の環境では生きられません。外界の空気を吸入して、からだを構成する各細胞へとどける呼吸という機能をもつよう進化しました。
    吸いこんだ空気は気道を経て肺へゆき、肺胞において二酸化炭素と交換されます。
    肺胞には毛細血管がはり巡らされており、肺胞と血管がわずか1マイクロメートルのうすい膜で接しています。
    肺胞内の酸素は毛細血管の静脈血へと拡散し、肺循環によって酸素の豊富な血液となって動脈へ流れてゆきます。
    細胞は酸素を利用する方法で効率よく生体用エネルギーをつくりますが、その仕事によって二酸化炭素が生じるので、その処理方法として肺胞から出され、吸気と反対のコースを通って吐き出すわけです。
    酸素と二酸化炭素とが交換されるので、ガス交換とよばれるのですが、単に不用物処理だけでなく、血液のpH(酸・アルカリの度合)を、弱アルカリに保つことに役立っています。はげしい運動をするとき、細胞内のpHは上図のように変化しています。
    細胞内のpH値は、代謝の効率にとって重要な条件であり、それは血液のpH値によって決まってくるので、血液を弱アルカリに保つことが生命の維持にかかわってくるのです。

    B 赤血球とヘモグロビン

    赤血球という血液の細胞が酸素の運搬を担っています。赤血球の内部にヘモグロビン分子が詰めこまれており、肺胞で受けとった酸素を全身に供給します。
    ヘモグロビンはグロビンというタンパク分子が4個集まった構造で、その1分子ごとに1個のヘム分子が結合していて、4個が向きあって環状をつくり1個の鉄原子を納めた形です。
    この中央の鉄が酸素をつかまえたりはなしたりするしかけになっています。
    ヘモグロビン分子には赤色の光を吸収せず、青や緑などの他の色の波長の光を吸収するという性質があるため赤く見えます。
    ヘモグロビンは“血色素”ともいわれるようヒトの血液を赤く染めているのです。
    酸素を手放してから静脈を流れる血液は黒ずんだ赤色になっています。
    皮膚ではメラニンによる光吸収作用が重なり静脈血を青黒く見せています。
    赤血球はミトコンドリアをもたず、嫌気的解糖でエネルギーを得ており、その寿命は120日ほどです。
    赤血球は扁平な円盤状で中央がくぼんた形をしています。内部にはミトコンドリアばかりでなく、核もリボゾームもありません。太い血管を流れているときは円盤状ですが、赤血球の直径より小さい血管を通るときは細長い形状に変化してくぐりぬけます。後述(8ページ)の膜構造で血管の径に対応した変形ができるのです。そして血管の太さにあわせてすばやく元の形にもどります。
    赤血球が病的に変形しているのが鎌状赤血球です。

    C 分子病と貧血

    アフリカの部族で一万年前から知られていた奇妙な病気が、長く伸びた鎌状赤血球によることが明らかになったのは、1940年代の終わり頃でした。ライナス・ポーリングによって“鎌状赤血球貧血”の分子メカニズムが解明され、分子病という言葉が生まれました。
    グロビン遺伝子にひとつの塩基変異がおこって、ヘモグロビンが低酸素の条件で凝集するように変化しているのが、奇妙な病気の原因でした。酸素を手放したヘモグロビンの立体構造が球形から細長い鎌状になり、水に溶けにくくなり、細い血管をつまらせます。赤血球の寿命が短かくなるなどして、血管の閉塞や虚血・再灌流といった病態を招きます。
    ポーリングは異常タンパク質と病気との関係をはじめて明らかにし、分子医学を誕生させたのでした。
    貧血とは、血液中のヘモグロビン濃度が低下し、組織・器官に十分な酸素を運搬できなくなった病態であり、その成因はいろいろです。
    赤血球が正常につくれない場合もあり、はやくこわれてしまうという場合もあります。消化管潰瘍の出血などの“失血性”もあります。
    上図は赤血球の産生から崩壊のプロセスと貧血の関係図です。
    造血にはグロビンの材料であるアミノ酸や鉄のほか、ビタミンB6やビタミンC、銅のほかエネルギーづくりに動員されるビタミンB群や抗酸化物質も必要ですが、図中に示されているようにビタミンB12・葉酸や溶血を防ぐビタミンEも栄養条件として考えなければなりません。
    赤血球膜では絶えず酸素の出入りがあります。膜はリン脂質の二重層で、構成成分の不飽和脂肪酸はつねに酸化されやすい状態にあるわけです。
    膜脂質の酸化は連鎖的に進行して膜を弱体化し、たやすくこわれて内容物が流出する(溶血)事態になります。血管内での溶血は鉄欠乏性貧血の原因にもなります。
    鉄の供源として知られるホウレンソウなどの野菜やマメ類では非ヘム鉄のため吸収されにくく、赤身肉などの動物性食品のヘム鉄で摂取するのがよいことになります。鉄の吸収はビタミンCやクエン酸で促進され、茶のタンニンや食物繊維や食品添加物としてのリン酸は吸収をさまたげるよう作用するので要注意とされています。
    ビタミンB12は胃壁細胞が分泌する内因子という糖タンパクと結合し、受容体を介して吸収されるので、胃全摘手術後にビタミンB12欠乏貧血がおこってきます。
    ビタミンB12は葉酸とともにDNA合成にか血がすすみません。悪性貧では内因子や胃壁細胞への自己免疫によりビB12が吸収できなくなっています。

    止血と凝固

    A 血栓と血小板

    注射器を用いて静脈からとり出された血液は数分ののちには固まります。血液は固まりやすいのですが血管内を循環している間は固まらないしくみを備えています。血管内で固まるのは病的な状態で“血栓症”などの場合です。
    細い血管が破れたとき、傷口をふさいで出血を止めるのは血栓で、血小板という血液細胞のはたらきです。
    血小板は他の血液細胞にくらべて研究がおくれていました。血小板は血液のなかでは目立たない小さな球状粒子だったのです。
    やがて血小板の数が減ると出血しやすくなることが知られ、止血を担うはたらきが解明されました。
    太い血管の出血には血小板血栓だけでなく、血液凝固のしくみが発動して補強します。この血液凝固機構は段階的にすすみ(図参照)、血餅をつくって完了します。
    図中のフィブノゲンは血液凝固の第一因子とよばれるタンパク質で、血漿中ばかりでなく血小板もこれを多量にもっています。
    フィブリノゲンが水に溶けないフィブリンに変化し、お互いに結合して網目構造をつくります。網目の間に赤血球・白血球や血小板がつめこまれてゲル状になり凝固したものが血餅です。
    血液凝固システムは、12種類の因子が次つぎに活性化してゆくという方法ではたらいていることが明らかになるまでに160年の年月が必要でした。
    そのプロセスにはカルシウムイオンにより活性化するものや、生合成にビタミンKを必要とする“ビタミンK依存性因子”があります。

    B 血栓症

    血管内を巡っている間は血液凝固がおこらないよう血管内皮による抗凝固作用がはたらいていますが、うっ血により静脈内で血液凝固がおこったり、動脈硬化や内皮細胞の変性・剥離や血管のれん縮(局所的な収縮)や虚血などが血栓を生じさせやすくするというのです。
    時間生物学によれば、早朝は血小板機能が優位になり抑制系とのバランスから血栓が生じやすいとされており、脳梗塞や心筋梗塞発症が朝に多い原因になっています。
    血流は酸化ストレスや糖化ストレスによっておそくなり、血栓がつくられやすくなるので、日常的な栄養対策が欠かせません。

    メグビーインフォメーションVol.398「加齢と病気 - 血液」より

  • 背骨のつくりと機能

    背骨のつくりと機能

    背骨のデザイン

    A ヒトは脊椎動物

    魚類や鳥類をはじめ、カエルやワニなどいろいろの動物が、“脊椎動物”のなかまで、ヒトなどの哺乳動物もこれに属しています。
    脊椎動物は背骨をもつ動物のことですが、水中にいたり空を飛んだりといった生き方のちがいに適応して、背骨の状態も異なっています。
    陸上では重力への抵抗という条件を解決しなければなりません。
    骨の起源は、太古の海で獲得したカルシウムの貯蔵庫としての役割だったといわれますが、やがてからだを支える骨格となり、また筋肉と協調して運動するという機能を生み出してゆきました。
    とくに陸上へ移動して生活するようになった生きものは、その環境に適応するために、血液の循環や肺呼吸といった身体上の変化が必要でしたが、動くという機能では骨格を強固にしたり、足という器官を備えたりという進化とよばれる変化が重ねられてきました。
    人体は多くの脊椎動物のなかで、特別の進化のあとを残しています。それは「直立」と「二足歩行」という二つの機能をともに実現しているという点だといわれます。
    直立すなわち背骨が垂直型になっているサルなどの動物や、二足歩行するダチョウなどをみると、直立も二足歩行もヒトだけの機能ではないようにみえますが、直立と二足歩行とがどちらも備わっているからだには、特徴的な骨格の変化がなくてはなりませんでした。
    それは脊柱の弯曲(曲がり)という形でした。

    B 脳を守る脊柱の弯曲

    背骨はヒトのように垂直型のものもあり、四本足歩行の動物のように水平型のものもあります。
    人の脊柱を横から見ると、頸椎部では前方に突き出す弯曲、胸椎部では後向きに凸の形に弯曲、腰椎部ではまた前方へ、仙骨部では後弯というS字状の特徴的なラインをもっています。この弯曲は新生児にはありません。2~3歳頃から形成されてゆき、少しずつ変化しながら思春期後半に完成します。
    発育の途中や、成人になってからでも悪い姿勢によって病的な弯曲が生じたり、慢性的な背部痛の原因になったりすることが知られています。
    脊柱の弯曲は、歩いたり走ったりするとき地面から頭へ伝わる衝撃を減らし、脳を守っています。ヒトは特徴的な脊柱の弯曲によって、衝撃吸収能が格段に増えたので、重い脳を支えることが可能になったのでした。
    まっすぐな脊柱に垂直の方向に衝撃が加わったとき、弯曲はそれを吸収します。3個の弯曲があると、衝撃の力は10分の1になると計算されています。
    ヒトの脊柱は24個の椎骨、1個の仙骨、1個の尾骨で構成されています。

    C 椎骨のつくりと機能

    24個の椎骨は、首や背中や腰といった部位によって、大きさや形態が異なるものの構造は似かよっています。
    その基本は、片側がまるい臼状の骨の塊である椎体(図の①)と、半円の形でつながった椎弓(図の④)という二つの部分で成りたっています。
    椎体はおもに体重を支える柱としてはたらく役をし、椎弓は脳とつながる脊髄を守る脊柱管を構成しています。脊椎部分がおなか側なので椎骨の前方部分といい、それに対応して椎弓と出ている突起の部分(図参照)とをふくめて椎骨の後方部分と表現しています。
    椎弓にあるいくつもの突起には筋肉や靱帯が付いています。棘突起(図の⑤)は、背骨に触れたときゴリゴリしている部分で、背を伸ばす多くの筋肉がついています。また背中の前への屈曲を制限する靱帯が付いています。横突起(図の⑥)は背骨を横に曲げたり左右にひねったりする動きでテコの役割をしています。上下に突き出している関節突起(図の⑦)は、上下の位置関係にある椎骨どうしの連結のための関節になっています。隣り合う椎骨はこの椎間関節と、椎間板というクッション役とによってお互いの動きを調整しているのです。
    椎体は上からの重さという圧力に耐えられる強さをもち、しかも軽いという特性を備えているのですが、わずかな骨量の減少により強度が低下するという弱点をもっています。
    加齢とともに猫背になったり背がちぢんだりする現象が知られています。椎体が弱体化して少しずつ押しつぶされる圧迫骨折や椎間関節の変形がその原因になっています。

    椎間板の役割

    A すぐれたクッション機能

    重力にさからって立つ姿勢は、つねに背骨に対して垂直方向の重さを支えなければなりません。そればかりでなく歩く、走る、跳ぶなどのさまざまな動作では、しなやかに曲がったりねじったりと変化しながら本来の形態を保たなければなりません。この二つの要求に応えるすぐれたしくみが椎骨のクッションとしてはたらいている椎間板です。
    椎間板は椎骨の前方部分で椎体と椎体の間にはさみこまれている構造物で、ゲル状の髄核という物質を内側に、線維の層を重ねたかたい線維輪によってとり囲んだつくりになっています。
    髄核にはすぐれた吸水性があり、これが椎間板の機能を生み出すもとになっています。
    線維輪に変性が生じ、髄核が後方にとび出した状態が椎間板ヘルニアです。

    B 髄核と背骨の変化

    髄核は吸水性が高く、新生児では90%、高齢者でも70%の水分を保持しています。水の吸着力より大きい圧が髄核にかかると、水の放出がおこり体積が減少します。
    そして圧力がなくなると吸水し、体積は自動的に元へもどります。このように圧力に応じた吸水と放出がくり返され、椎間板の厚さを変化させないようにはたらいている髄核ですが、圧力が長時間かかりつづけると、少しずつ圧縮されてゆきます。
    加齢とともにヒアルロン酸などの吸水を担う物質の量が減ってきます。水分含有量の減少によって体積の回復力がにぶって時間がかかるようになります。
    圧力により髄核から水分が押し出されるとき、内部の代謝により生じた老廃物などが排出されます。髄核には血管がないので、周囲から水とともに酸素や栄養物質をとりこむしかけです。
    髄核が椎体とがつながっている部分には、直径が数ミクロンという小孔が多数みられます。この小孔は椎体の骨髄腔へ通じていて水などの流通はこの径路で行われています。
    血液細胞の寿命は短く、生涯にわたって造血三系(赤血球、白血球、血小板)の細胞が産生されなければならず、骨髄中に造血幹細胞が存在しつづけて補給しています。
    日常の動作は髄核への栄養補給に役立っていることになるでしょう。

    C 椎間関節の老化

    重ねた椎骨どうしをしっかり連結している椎間関節には、加齢とともに肩こりや神経痛や腰痛などの身近な症状をひきおこす変化が生じてきます。
    頸椎の椎間関節では、むち打ち症といわれる頸椎捻挫があります。捻挫をすると関節包や靱帯が損傷し、知覚神経を介して痛みや吐き気やめまいなどをおこすとされています。

    背骨の老化

    A 椎体も老化する

    加齢による変化は椎間板にも椎間関節にも生じてきます。椎間板と椎間関節とは、ともに体重を支える役割を担っているので、一方の変性は他方に負担をかけることになります。
    それが頸椎でおこってくると首すじや肩のこりや痛みや手のしびれ、腰椎では慢性の腰痛の原因になります。
    男女を問わず老化にともなって骨の代謝回転のレベルダウンがおこってきます。骨は破骨細胞による骨吸収と、骨芽細胞による骨形成をつねに繰り返しながら骨量を維持するのが本来の営みですが、そのバランスがくずれるのです。
    骨粗鬆症と診断されるほどの変化でなくても骨の密度が減少し、たやすく骨折するリスクをもつようになってゆきます。
    椎体は圧力に対して丈夫なつくりになっていますが、その弱体化がすすむと、ちょっと尻もちをつくとか、不用意に重い物をもち上げるとか、くしゃみをしたりからだをひねったりなど思いがけない動作で圧迫骨折をおこしてしまうリスクが生じてきます。

    B 脊椎圧迫骨折

    近年、椎体骨折と骨粗鬆症の関係を調べる大規模な臨床試験が実施されるようになり、骨粗鬆症の予防や治療への関心が高くなりました。
    椎体骨折を1度経験したあと、骨粗鬆症の場合、次つぎと新たな骨折がおこって円背といわれる背中の曲がった状態になってゆくというのです。
    右の図は、椎体骨折をおこした翌年に生じた新たな骨折の調査データからの引用です。
    椎骨骨折により背中が丸くなると胸や胃が圧迫されて、肺活量が低下したり食欲不振になったりします。活動量が減少するのでますます骨の弱体化がすすむというのです。
    椎体骨折には急性型と慢性型とがあります。急性で腰などにはげしい痛みを感じるタイプは椎体骨折の30~40%ほどで、残りの60~70%は急性の痛みを感じないまま、少しずつ進行し椎体が押しつぶされてゆき、年齢とともに猫背になったり背が低くなったりという現象の原因になるばかりでなく、椎体骨折の頻度が高まると死亡危険率が増加することがデータで示されました。
    骨の加齢性変化には、関節部の形や大きさの変化もあり、椎間関節に生じてくると、神経の障害による痛みやしびれ、ときにはマヒなどの原因にもなっています。

    C 靱帯と神経根

    椎間板と椎体を連結して脊柱としての機能を支持しているのが、前縦靱帯と後縦靱帯で、前者は背骨が後方に反りすぎないように、後者は前に曲がりすぎないようにしています。
    後縦靱帯は脊柱管の前壁の部分になっているので、脊髄と直接に接しています。
    脊柱管の後壁には黄色靱帯という名の変った性質の靱帯があって脊柱管内の容積を調節する役をしています。
    他の靱帯はコラーゲン線維でできていて、引っぱる力に対して抵抗性がありますが、黄色靱帯はエラスチン製でありゴムのように伸びちぢみします。背骨を反らすときにはちぢみ、前に曲げたときは引き伸ばされるので、脊髄が影響されないようになっています。
    椎骨がつらなった構造によって縦のトンネルが形成され、その内部に脳と同じように三層の膜(軟膜・クモ膜・硬膜)と脳脊髄液で守られた脊髄が納められているのです。
    脊髄と脳とをあわせて中枢神経といいます。神経を直接おおう軟膜と二番めのクモ膜の間をクモ膜下腔といい髄液で満たされています。脳動脈瘤の破裂や血管の奇形などでこの領域に出血するのが“クモ膜下出血”です。
    クモ膜の外側は、厚くてかたい硬膜で包まれ補強されています。
    硬膜の外にある神経を末梢神経といいます。
    脊髄から手や足などからだの各部へ末梢神経が出ています。末梢神経は中枢神経からわかれて椎骨と椎骨の間から左右一対ずつ出ています。この部分は神経根といわれ、椎骨のつながりのすき間(椎間孔)を通っています。
    頸椎から仙骨までの椎骨の間に左右1個ずつの椎間孔があり、それぞれの穴に1本ずつの神経根があるわけです。椎間孔は背骨の動きによって形も大きさも変わり、椎間板や椎間関節に変化を生じると、しびれや痛みやマヒといった病態をひきおこすことになります(右上図参照)。

    D 腰椎と腰痛

    腰椎部の椎間孔から出て集まった太い神経である坐骨神経は骨盤を出て下肢の後ろ側から足までのひろい範囲で走っています。
    坐骨神経が出てゆく神経根に炎症などによる損傷がおこると、痛みやしびれがこの神経の走行にそって生じることになります。
    腰部神経根症といわれる椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症、加齢性の変形性関節症では下肢にひろがる痛みがあらわれます。
    椎間板ヘルニアでは、外へとび出した髄核が神経根を圧迫して坐骨神経痛をおこします。
    高齢者に多い坐骨神経痛は、腰部脊柱管狭窄症による慢性的な痛みで、特徴的な間欠性跛行がみられます。
    髄核の水分量が加齢とともに減ると線維輪にたわみが生じてきます。これによって椎間板の厚さがうすくなってゆきます。黄色靱帯もだんだんと伸縮性を失ってたわむので脊柱管内部のスペースがせばまってしまいます。この状態では神経の圧迫や血流低下が生じて、しびれなどの異常感覚や下肢の痛みをひきおこします。
    歩いているうちに痛みやしびれが強くなり、休むと歩ける間欠性跛行や、シルバーカーを押したり自転車に乗ったりする姿勢では症状が出ないというもので、動脈硬化性の間欠性跛行と区別されています。
    脊椎管狭窄症は頸椎にも生じ、首や肩や腕や手の痛みやしびれの原因となります。

    メグビーインフォメーションVol.397「加齢と病気 - 背骨」より

  • 食品脂質と生体脂質

    食品脂質と生体脂質

    脂質栄養のポイント

    A 日本人の脂質摂取状況

    日本人の脂質摂取量は、先進諸国に比べると低いのですが、しばしば摂り過ぎという意見がきかれます。
    総摂取エネルギーに対しての脂質エネルギー比率の目標値は、欧米の30%に対して日本は25%とされていますが、この差は日本人の遺伝的特性を背景にしています。
    食用油脂は大部分が脂肪(トリグリセリド)肪酸とグリセリンが構成成分です。
    グリセリンは水に溶けやすく、体内で血糖に変換されます。
    糖質やタンパク質は、体内で脂肪酸につくりかえられますが、これにはエネルギー消費がともなうのに対し、脂肪酸はそのまま体脂肪として蓄積されるため、脂肪エネルギー比率が高い場合、肥満しやすいことになります。
    日本人の遺伝的特性とは、コメを主食としてきた食性のなかで、エネルギーの消費に関して倹約型になったというのです。
    人類の歴史は長い飢餓の時代を経ており、食物を得たときに効率よくエネルギー源(脂肪)として蓄積するしくみを獲得しました。このはたらきを担うものが倹約遺伝子で、遺伝学者ニールが提唱しました。
    現代では、この倹約遺伝子は肥満や糖尿病の発症というマイナス効果に結びつけられることになったのです。

    B 脂質栄養のチェック

    現代生活での摂取脂質の問題点は、脂肪酸の種類およびコレステロールであり、その栄養機能と生活習慣病との関係が重視されています。
    その他の脂質成分として、リン脂質、脂溶性ビタミンがあり、健康とのかかわりでは自動酸化や脂肪細胞(白色・褐色)および異所性脂肪と慢性炎症が重要です。

    C 脂肪酸のいろいろ

    脂肪酸は炭素と水素でできた炭化水素にカルボキシル基(-COOH)がついたカルボン酸で、天然の脂肪酸は生合成のとき、炭素が2個ずつ重合してゆくので炭素数は偶数になっています。
    食品中の脂肪酸では炭素数18個の脂肪酸がもっとも多く、ついで16個の脂肪酸や20個のものがあります。
    炭素の数によって短鎖脂肪酸、中鎖脂肪酸、長鎖脂肪酸(高度脂肪酸)とよばれています。
    炭素鎖の結合のなかに二重結合をもつ不飽和脂肪酸と、二重結合のない飽和脂肪酸とに分類されています。上の表ではステアリン酸が飽和脂肪酸で、炭素数16の飽和脂肪酸にパルミチン酸があります。
    二重結合1個の不飽和脂肪酸は一価不飽和脂肪酸、二重結合2個以上のものは多価不飽和脂肪酸です。上の表にあるリノール酸、リノレン酸はヒトの体内で合成できないので必須脂肪酸に分類され、アラキドン酸はリノール酸から、EPA(エイコサペンタエン酸)およびDHA(ドコサヘキサエン酸)はα-リノレン酸から生合成されますが、他の糖やアミノ酸からはつくれないので広義の必須脂肪酸として加えています。
    脂肪酸分子中に二重結合があると、構造が曲がって融点は低くなり、酸化されやすくなります。生合成されるとき、最初に二重結合がつくられる位置によってn-3系、n-6系に分けられており、それぞれの系列は相互に変換できません。リノール酸やγリノレン酸やアラキドン酸はn-6系で、α-リノレン酸、EPA、DHAはn-3系に属します。

    D 食品と脂質

    牛乳の乳脂肪や加工品のバター、クリームは飽和脂肪酸が多く、コレステロールも含みます。脂肪中の飽和脂肪酸含有量は、牛、豚、鶏の順で少なく、鶏肉の脂肪はオレイン酸が飽和脂肪酸より多いという特徴があります。卵黄の脂肪も同じくオレイン酸が飽和脂肪酸を上回っています。
    飽和脂肪酸の摂取が多いと、肥満のほかに動脈硬化性疾患のリスクになるといわれていますが、あまり制限すると脳出血のリスクが増えてしまいます。
    動脈硬化性疾患の予防には地中海式の食習慣がよいという疫学的研究から、オリーブオイルのオレイン酸が注目されました。
    地中海式食事ではオレイン酸のほか多価不飽和脂肪酸も多く、n-6/n-3の比が低く、また食物繊維に富んでいました。
    また炎症性サイトカインの低下やインシュリン抵抗性の改善が報告されています。

    共役脂肪酸

    A 共役二重結合

    2個以上の二重結合が1個の単結合(炭素-炭素)をはさんでつながっているとき、それらの二重結合を共役二重結合といいます。
    共役二重結合をもつ分子が鎖状の場合と環状になるものとがあります。
    共役二重結合をもつ共役脂肪酸が、乳製品や肉などのなかに存在しますが、栄養学上の問題になったのが“共役リノール酸”でした。
    共役リノール酸は1987年に、発ガン抑制物質として発見され、以来コレステロール低下作用、インシュリン抵抗性改善、免疫増強、体脂肪減少、骨代謝改善など多彩な生理作用をもつ特別な脂肪酸の位置を獲得しました。

    B トランス酸の問題

    二重結合をもつ分子には、シス-トランス異性とよばれる立体異性体が生じることがあります。
    ある分子にふくまれる原子の種類と数が同じでありながら、異なる化学的性質や物理的性質を示す構造を“異性体”といいます。
    右図はエタン分子の水素原子(H)を臭素(Br)ととりかえてつくった化合物(ジブロモエチレン)です。この実験では融点の異なる2種類のジブロモエチレンが生じます。つまりこの化合物には2種類の異性体があるわけです。
    そして図中の(a)のように、二重結合に対して原子あるいは原子団が同じ側にある異性体をシス(cis)異性体といい、互いに反対側にある(b)をトランス(trans)異性体といいます。
    cisはラテン語の「こちら側の」、transは同じくラテン語の「横切って」という意味の語です。
    シス異性体とトランス異性体とでは、生物体に対する作用が大きく異なっています。
    シブロモエチレンのBr原子をカルボキシル基(-COOH)に置き換えた化合物は、シス型ではマレイン酸でトランス型ではフアル酸です。フアル酸はミトコンドリアでのエネルギーづくりの重要な“クエン酸回路”のなかではたらいている生理物質ですが、マレイン酸は細胞に対して毒性物質になるというのです。
    不飽和脂肪酸の二重結合は、ほとんどシス型で、トランス型は多くありません。反すう動物の脂肪にはトランス脂肪酸(バクセン酸)がありますが、通常の食生活の摂取量では問題とされていません。
    日本人の場合、トランス型脂肪酸の供給源は油脂の部分的水素添加という工法によってつくられるマーガリンやショートニングです。
    トランス酸の摂取が問題視されるのは、血清コレステロールとの関係です。摂取量が多いとLDL-コレステロール濃度を増加させ、同時にHDLコレステロールを低下させるという説がひろまったのです。
    最近、共役型脂肪酸の異性体を精製する方法が確立したと伝えられています。
    また血漿リン脂質中にトランス酸が多いとアラキドン酸が減少しているという報告もあり、プロスタグランディン産生に不都合になるという指摘があります。
    リノール酸からアラキドン酸へ変換する代謝経路への干渉作用の結果であり、リノール酸摂取量の確保が必要になります。

    C 共役脂肪酸の効用

    共役型の長鎖脂肪酸は、ガンや糖尿病などの現代病の予防に有効な生理機能をもっており、機能性脂質といわれます。
    共役リノール酸の生理機能は前述のように多彩で、列挙すると次のようになります。
    抗肥満作用、抗動脈硬化作用、糖尿病改善作用、血圧上昇抑制作用、エイコサノイド産生への影響、免疫能の改善、骨粗鬆症の改善、ガン細胞の増殖・転移抑制(『脂質栄養と健康』より)。 ザクロやニガウリなどの種子油には共役リノレン酸がふくまれています。
    共役リノレン酸の生理作用としては主として抗ガン作用と脂質代謝調節作用が研究されています。

    D 構造脂質

    機能性脂質に対して構造脂質という分類があります。これはグリセロールの特定の位置に特定の脂肪酸が結合しており、いろいろの生理活性を示す脂質です。
    脂肪はトリグリセリドともいわれます。グリセリン(グリセロール)に脂肪酸3分子が結合しているので、トリ(3)グリセリドです。この構成脂肪酸の結合位置が代謝や生理作用に影響を与えています。
    母乳は牛乳にくらべて2位にパルミチン酸が多く、1、3位にオレイン酸が多い構造により消化吸収率が高いことが知られています。
    特定の脂肪酸を任意の位置に導入する技術が開発されて、体脂肪低下作用を目的とした油脂(ジアシルグリセロール、中鎖脂肪酸)の製品が登場しました。
    ジアシルグリセロール(DAG)は、トリグリセリドから脂肪酸が1個はずれた構造で、綿実油やオリーブ油などいろいろの食用油にふくまれていますが、かつてはトリグリセリドの代謝中間物というだけの認識でした。含有量も1~10%程度と多くはありません。
    ヒトの脂質代謝への影響が研究された結果、体内への吸収率はトリグリセリドとほとんど差はなく、消化・吸収後の代謝過程でちがいがあることがわかりました。ジアシルグリセロールはトリアシルグリセロールにくらべて、小腸や肝臓での脂肪酸β酸化が促進され、脂質エネルギーの消費量が増加するというのです。ジアシルグリセロールはトリグセロールへの再合成がされにくいので、食後の血中脂肪増加の割合が低く、内臓脂肪への蓄積を抑えるというデータが得られて「特定保健用食品」として厚生労働省から認可されたのですが、長期に摂取する場合、インシュリンやレプチンの産生が抑制されたり、β酸化によりケトン体としての排出が増加したりなどの影響があることを知っておく必要があるでしょう。
    レプチンは脂肪細胞が分泌するホルモンのひとつで、体温や体重の調節作用があります。
    ケトン体は飢餓状態や糖尿病などで糖の供給が不十分のとき、エネルギー代謝によって肝臓で生じる物質で、空腹時に高く食後に低下します。絶食や飢餓状態がつづき血糖値が低下すると、脳のエネルギー源はグルコースからケトン体に切り替わります。
    炭素数8~10の中鎖脂肪酸はパーム油やヤシ油に多く、母乳や牛乳にもふくまれています。
    中鎖脂肪酸は長鎖脂肪酸と異なり、ミトコンドリア膜の通過にカルニチンを必要としません。またリンパを介した循環系にははいらず、すばやく肝臓でエネルギー源になります。体脂肪の低下作用が認められて、ジアシルグリセロールと同じように「特定保健用食品」に指定されています。
    中鎖脂肪酸は術後のエネルギー補給のための治療食として用いられてきました。炒め物や揚げ物に使用すると160℃を越えたあたりから煙が出たり、長鎖脂肪酸と混ぜて使用すると泡が出たりといった理由で、一般での利用がされなかったのですが、現在では中鎖脂肪酸と長鎖脂肪酸を混合したトリアシルグリセロールがつくられ問題が解決しました。
    飽和脂肪酸のなかの長鎖脂肪酸と中鎖脂肪酸の比率についての研究が進行中です。

    脂質と脳機能

    A 脳の脂質成分

    ヒトの脳で水分を除いた重量の約30~50%が脂質です。
    灰白質(細胞体や樹状突起の部分)では全脂質が32.7%、白質(主に神経線維)は54.9%で、前者でもっとも多いのはリン脂質ついでコレステロールです。白質ではリン脂質の割合は灰白質とほとんど同じですが、コレステロールはほぼ2倍と多くなっています。
    脳の発達する期間には当然コレステロールの生合成がさかんですが、その異常は認知性疾患にも関係しています。
    神経細胞の活動では、神経伝達物質の放出や各種イオンの移動などに細胞膜の流動性が要求されています。そこで他の組織にくらべて流動性に富んだ成りたちをしています。それは構成脂肪酸の不飽和度や、コレステロールとリン脂質の比などによって維持されているのです。

    B 多価不飽和脂肪酸

    神経細胞膜の構成リン脂質にはアラキドン酸が多く、プロスタグランディンやロイコトリエンなどをつくる基質となっています。脳ではとくにプロスタグランディンD2(PGD2)が主要生成物とされています。
    PGD2は自然な睡眠を誘発する物質として発見されました。PGD2は覚醒を維持させるヒスタミン神経系のはたらきを抑制するのです。
    近年、魚油の特徴的な脂肪酸であるn-3多価脂肪酸のドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)の脳機能に対しての有効性が報告されるようになりました。
    EPAはDHAにくらべると脳内の存在量が少なく、主としてDHAの効果が報告されています。

    C DHA・EPA

    魚油のDHAやEPAは、摂取されると小腸内で分解されてから胆汁酸と混合ミセルをつくり、吸収細胞の微絨膜により吸収されます。
    吸収後、DHA・EPAは再合成されカイロミクロンや超低比重リポタンパク(VLDL)の構成脂肪酸となってリンパ管へゆき、静脈を経由して全身を巡り、それぞれの臓器にとりこまれ肝臓から血中に出されたDHAは、脳に送られるとすばやくシナプスや小胞体やミトコンドリアに運ばれリン脂質にはいります。
    DHAは脳内で抗酸化作用を発揮しており、アミロイドβ蓄積を促進する過酸化脂質を減少させることがわかり、認知症予防効果が期待されるようになりました(右上図参照)。

    メグビーインフォメーションVol.396「ヒトの病気と脂質栄養」より

  • タンパク質・ペプチド・アミノ酸

    タンパク質・ペプチド・アミノ酸

    タンパク分解とアミノ酸

    A タンパク分解の重要性

    ふつう成人のからだの約15%を占めているタンパク質の約2%が毎日分解されています。
    体タンパクの分解で生じたアミノ酸は、食事から摂取されたアミノ酸とともに遊離アミノ酸のプールをつくります。
    遊離アミノ酸プールは、血中や間質液や細胞内にあり、これを材料にして新しくタンパク質が合成されます。分解された量と同じだけ合成されますが、一部のアミノ酸はエネルギー代謝により消費されたり、カテコールアミンや糖や脂肪酸などの合成に使われたりしています。
    からだは各臓器ごとに速さが異なるものの、タンパク質をつくり替える代謝回転によって維持しており、その材料としてタンパク分解によって生まれるアミノ酸を再利用しているのです。
    タンパク質を分解するしくみは、外来のタンパク質の処理(ヘテロファジー)やオートファジーのほか“ユビキチン・プロテアソーム系”があります。

    B ユビキチンとプロテアソーム

    ユビキチンは細胞内のどこにもある小さなタンパク質で標的となるタンパク質を選択して結合します。ユビキチンが付加されたタンパク質はプロテアソームという名の大きな複合体の形をした分子によって分解されます。細胞の増殖や分化、ストレス応答などで必要とされるタンパク分解にかかわり、短命なタンパク質の大部分がこのシステムで分解されます。
    新しく合成されたタンパク質のうちの不完全なものを分解する品質管理の役もしています。
    プロテアソームをはじめとし、タンパク分解を受けもつのがプロテアーゼでATPを消費しつつはたらきます。
    プロテアーゼとは、ペプチド結合を加水分解する酵素の総称で、リソソーム内や細胞膜などに存在し、細胞外ではたらく種類もあります。

    C ペプチドとアミノ酸

    タンパク質は平均して200個から300個のアミノ酸がペプチド結合した分子です。なかには数千個という巨大なタンパク質もあります。
    アミノ酸数が10~100程度のものをポリペプチドといいます。
    アミノ酸とは、分子のなかにアミノ基(-NH2)とカルボキシル基(-COOH)をもつ物質の総称であり、ひとつのアミノ酸のアミノ基ともうひとつのアミノ酸のカルボキシル基との間で、水がとれる縮合反応によってつながるのがペプチド結合です(右図)。
    プロテアーゼは加水分解によってこの結合を切るわけです。
    アミノ酸が次つぎとつながり長くなってくると、それぞれのアミノ酸の構造に固有のゆがみが生じて、アミノ酸同士が化学的な相互作用をすることになり、それによって立体的な構造をとるようになります。それがタンパク質の特性をつくっています。

    ペプチドの生化学

    A 体内のペプチド

    食物中のタンパク質は、胃や小腸の管腔内で消化酵素によりペプチドやアミノ酸に分解されます。このとき完全にアミノ酸にまで分解されるわけではなく、ペプチドとして吸収されるものがあります。それは腎臓に存在するペプチダーゼ(ペプチド分解酵素)によってアミノ酸になります。
    やがてヒトの体内には多数のペプチドが見出され、いろいろの生理活性をもつことがわかってきました。そのなかには生体内で合成されたペプチドのほかに、ペプチドとして食品中にあったものや、タンパク質の消化によって生じたペプチドがあります。また化学的に合成されて食品として摂取されるものもあります。
    体タンパクの代謝回転で尿中へ捨てられてゆくペプチドもあります。
    プロリンやヒドロキシプロリンをもつコラーゲンは、分解酵素の作用を受けにくい構造であり、ペプチドが多量に尿中へ排出されています。

    B 注目されてきたペプチド

    ペプチドのなかには、苦味や甘味やうま味や塩味を示すものがあります。
    砂糖の約200倍という甘味物質「アスパルテーム」は、アスパラギン酸とフェニルアラニンのジペプチドです。
    チーズのいろいろの風味は、カゼインの分解で生じたペプチドによって生まれ、食肉の熟成にともなって生じるペプチドが、まろやかなうま味のもとになります。
    近年の研究によりヒトの体内には、タンパク質の分解プロセスで生じたり、アミノ酸から合成された生理活性物質などがあり、血中コレステロール低下作用や免疫促進、抗酸化などをもつことが次つぎに明らかになりペプチドの生理機能が注目されています。

    C ペプチドの生理機能

    食品のタンパク質から消化によって生じる生理活性ペプチドには、牛乳や乳製品のカゼインホスホペプチドや、ダイズタンパク分解物や鶏卵タンパクのオボキニンなどがあります。
    カゼインホスホペプチドはリン酸を多くふくみ、これにカルシウムが結合します。食品中のカルシウムはリン酸やシュウ酸などと結合すると腸管から吸収されずに便に排出されることが知られており、カゼインホスホペプチドはそれを抑制するので、カルシウムの吸収を促進することに役立っています。納豆にふくまれるポリグルタミン酸にもカルシウムの吸収を助ける作用があります。
    これまでに明らかになっている各種ペプチドの生理機能は右表のように多彩です。
    ダイズタンパクからつくられるペプチドには胆汁酸と結合しやすい性質のものがあり、便へと排出します。コムギのグルテンや卵白のアルブミンやカゼインのペプチドと比較した実験では、ダイズタンパクのペプチドの効果が明らかな差を示したと報告されています。
    高血圧症の治療薬のひとつにACE(アンギオテンシン変換酵素)阻害作用物質が用いられています。ACE阻害作用を示すペプチドはカゼインや鶏肉やトウモロコシ、イワシなどのタンパク質の加水分解で得られ、血圧上昇抑制作用が認められました。
    活性酸素やフリーラジカルが、日常的に生体内で発生しており、それに対応する抗酸化システムが不十分な酸化ストレスという状況が生まれると多くの疾患や老化を促進させることや、食品成分の抗酸化物質としてビタミンE・Cやポリフェノール類の有用性についての情報は日常生活に定着してきました。ダイズや食肉のタンパク質を消化酵素で処理して得られるペプチドの抗酸化作用が明らかになっています。
    ラットによる実験で、ストレス性胃潰瘍に対して食肉タンパクのペプチドが、出血抑制などの有効性をもつことが報告されました。
    神経組織に対してモルヒネのように鎮痛効果をもたらすエンドルフィンやエンケファリンは“内因性オピオイドペプチド”といわれます。乳タンパクの消化により生じるペプチドには、オピオイド作用をもつものがあり、乳児の精神安定に役立っているといわれています。
    乳タンパクのペプチドには、抗菌活性をもつラクトフェリンやラクトフェリシンもあります。
    動物の筋肉には、運動により生成する乳酸によるpHの低下をやわらげる作用物質としてカルノシンというペプチドがふくまれています。筋肉活動では活性酸素の発生がありますが、カルノシンには抗酸化作用もあります。
    カルノシンはヒトの体内でも合成されており、主に骨格筋や脳に高濃度に存在しています。カルノシンは抗酸化作用ばかりでなく、糖化ストレスに対して予防的にはたらくとされています。糖化ストレスは血中などで生じるグリケーション(タンパク質のアミノ基に糖が結合する反応)によりつくられるAGEによって、体タンパクや核酸や生体膜脂質などの構造変化や変性を生じる現象で、糖尿病、動脈硬化、神経障害、加齢性疾患の原因になっています。
    3種のアミノ酸(グルタミン酸、システイン、グリシン)が結合したペプチドであるグルタチオンは細胞内に多い抗酸化物質で、酵素をはじめとするタンパク質の機能を守っています。
    神経変性疾患のパーキンソン病の発症には、ミトコンドリア内のグルタチオン量の低下があるといわれています。

    アミノ酸の生理学

    A 食生活と生活習慣病

    病気の発症や進展に生活習慣、なかでも食生活が深くかかわっています。
    食生活の要素には嗜好や社会環境の影響があり、カロリーの過不足や栄養素の偏りが生じてきます。
    食品の機能に対する情報があふれる時代になって、かえって適切な食習慣が失われていると指摘されています。
    先ごろ日本糖尿病学会や臨床腫瘍学会、病態栄養学会や栄養士会などが集まり「日本栄養療法協議会」を設立したと報じられました。
    いろいろの疾患に対する栄養療法が、臨床の場で指示されますが、診療科を超えた総合的な指針をつくってゆくという目的を掲げての発足でした。
    たとえば腎臓病での食事療法で、タンパク質摂取を制限されるケースが少なくありません。それが代謝のレベルをひき下げて、加齢性の筋肉量減少(サルコペニア)や免疫力低下につながるといった問題を解決しようというとりくみといえましょう。
    栄養研究の歴史のなかに蓄積されてきた情報を基盤にし、DNA多型や幹細胞などの新しい知見が加わって、DNAレベルの栄養学、個体差の栄養学にもとづいた栄養摂取の条件を見出してゆく学習が各人にもとめられています。
    そのなかでアミノ酸をタンパク質構成成分としてばかりでなく、遊離アミノ酸としての生理機能が評価されるようになってきました。

    B 非タンパク性アミノ酸

    タンパク質を構成するのは20種類のアミノ酸ですが、タンパク質に組みこまれないアミノ酸もあります。自然界にはそのようなアミノ酸が200種以上あり、人体内ではたらくものも知られてきました。人工合成されるアミノ酸は1000種以上にもなります。
    スイカの果汁から日本人研究者によって発見されたシトルリンは、尿素サイクルの中間生成物です。
    尿素サイクルはタンパク質代謝で生じる最終の窒素産物であるアンモニアを処理するシステムです。アンモニアは脂溶性で毒性が高く、細胞膜を通過するので肝臓にある尿素サイクルで尿素へ変換します。尿素は水溶性なので血液へ出て腎臓へゆき尿へ排出されます。肝臓のこのはたらきが低下すると、高アンモニア血症を招くことになります。血中アンモニア濃度の増加により中枢神経が傷害されると重篤な肝疾患の症状(肝性昏睡)の原因になります。
    尿素サイクルでは可決(非必須)アミノ酸のアルギニンも生成します。
    生体内にはパントテン酸の成分であるβ-アラニンやイオウをもつタウリンなどのアミノ酸があります。筋肉中でエネルギーの貯蔵役としてはたらくクレアチンも非タンパク性アミノ酸のなかまです。
    茶葉にふくまれるうま味成分のテアニンは、グルタミン酸に似た非タンパク性アミノ酸です。
    オルニチンは成人に対して成長ホルモンの分泌を促進させます。成人にとっての成長ホルモンは骨・軟骨や筋肉に対してタンパク合成をすすめたり、脂肪代謝・糖代謝を介して睡眠中に組織を修復させるという役割をしています。
    前述の尿素サイクルはオルニチンサイクルともよばれています。

    C 臓器の病気とアミノ酸

    肝臓はアンモニアばかりでなくアルコールや他の化学物質の解毒をひきうけている臓器です。
    アラニンおよびグルタミンは、肝臓のアルコール解毒代謝をすすめるので、二日酔いの予防に役立ちます。
    肝臓とともに解毒作用を担うのが腎臓です。血液を濾過してつくられた原尿は尿細管へゆき、必要な物質を再吸収して99%は血液にもどります。残りの1%で尿素などの毒物・不用物を捨てるわけです。尿細管を通るときグルタミンからアンモニアが生じます。尿のアンモニア臭はこのためですが、腎臓は水素イオン(H+)でアンモニウムイオンに変えて尿中へ出します。この反応は、体内の水素イオンを中和して血液のpH(酸・アルカリの度合)を正常に保持することに役立っています。
    慢性糸球体腎炎やネフローゼ症候群などの腎臓病では、血中のタンパク質が多量に尿中へ排出(3.5g/日以上)され、低アルブミン血症に移行するケースがあります。
    こんなとき肝臓でのアルブミン合成はむしろ増加するのですが体タンパクの代謝回転が不調になっているのです。
    このような病態では食事でのタンパク質摂取が制限されることが少なくありません。そのため血漿中の不可欠アミノ酸が減少し、とくに分枝鎖アミノ酸(バリン、ロイシン、イソロイシン)とチロシンの低下が生じてきます。シトルリンやオルニチンやシステインなどは減少しません。タンパク性アミノ酸でも体内合成ができる可欠アミノ酸は維持される結果、不可欠アミノ酸と可欠アミノ酸の比が異常になってしまいます。不可欠(必須)アミノ酸の配合を考えた良質タンパク食品の摂取で、窒素代謝産物の蓄積を抑えながらアミノ酸の不足を生じない食事療法を、個体差の配慮の上でしなければなりません。
    悪性腫瘍に関係するアミノ酸としては、とくにグルタミン、アルギニン、オルニチン、システインの需要度が高まるとされています。なかでも血中のアルギニン濃度が低下する傾向が指摘されています。
    アルギニンは準必須アミノ酸に分類され、一酸化窒素(NO)の前駆体になります。食品では肉類、ダイズ、ナッツ、エビ、カツオ、牛乳などに多く、ゴマや湯葉や凍り豆腐などが給源です。
    現代人のストレスには脳内物質のバランスが関係する中枢性疲労があります。睡眠不足や免疫力低下にもつながる症状ですが、アミノ酸の補給によって軽減されることが知られています。

    メグビーインフォメーションVol.395「アミノ酸・ペプチドの科学」より

  • 内分泌システムの機能

    内分泌システムの機能

    ホルモンの分泌

    A ホルモンは情報分子

    多細胞で構成されるからだの内部環境の保持には細胞間の情報伝達が欠かせません。情報分子としてのホルモンは、内分泌システムによって遠くはなれた細胞にもはたらきかけて、その活動を調節しています。
    ホルモンをつくり分泌する器官は内分泌腺とよばれ、脳の視床下部、下垂体、松果体、甲状腺、副甲状腺(甲状腺の背側、上皮小体)、消化管、腎臓、副腎、膵臓(膵島)、卵巣、精巣が人体の内分泌腺です。近年、プロスタグランディンなどの局所で作用するホルモンや、神経ペプチドなどが加わってホルモンの定義がひろがりました。従ってそれをつくる組織も内分泌腺にかぎりません。
    ホルモンによる情報伝達は、特定の標的器官(細胞)に対して作用します。標的となる細胞はそのホルモンの受容体をもつものにかぎられ、効果が生まれます。標的細胞が全身に分布していれば、多くの異なる器官にもホルモン作用を及ぼすことができるわけです。細胞が数種類のホルモン受容体をもっていて、それぞれのホルモンにより異なる反応がひきおこされることもあります。ホルモン作用がつづく時間は秒単位、分単位、年単位といろいろです。

    B 外分泌腺と内分泌腺

    腺(gland)は、特定の液性分泌物をつくり分泌する上皮細胞の集まりで、汗腺や涙腺、大腸の杯細胞(粘液を分泌する)などがあります。
    腺は、分泌のしかたによって外分泌腺と内分泌腺に区別されています。皮膚や粘膜の表面に存在していて、導管を介して分泌するのが外分泌腺で、内分泌腺には導管がありません。
    細胞が外から物質をとりこんで、それをもとにした代謝を営み、生体に有用な分子を合成し外部へ出すことを分泌といいます。不用物を出すことは排出といいます。
    細胞外部の間質と細胞との間は、うすい細胞膜と毛細血管の膜とでへだてられており、物質交換の場になっています。
    内分泌腺から直接に間質へ出される分泌物は、豊富に分布する毛細血管網を介してすみやかに全身を運ばれてゆきます。
    ホルモンには後述のように脂溶性と水溶性とがあります。(右表)
    すべての脂溶性ホルモンと多くの水溶性ホルモンは、血液中では結合タンパクと結びついており、結合タンパクの不足により血中ホルモン量が減少します。

    C 複雑な情報伝達のしくみ

    ホルモンにみられる内分泌のしくみは“エンドクリン”といわれます。そのほかに傍分泌や自己分泌や隣接分泌があります。
    傍分泌(パラクリン)は、情報分子が細胞外に放出されると、隣接する細胞のなかで受容体をもつものに作用し、自己分泌(オートクリン)では作用する標的は情報分子を合成・放出する細胞自身です。隣接分泌(ジャクスタクリン)は情報分子は細胞膜に結合したまま残り、隣合う標的細胞の受容体と結合し相互作用するという形式です。
    からだはごく微量の情報分子を、いろいろに使いわけることにより多様なシグナル伝達を行い、変化しつづける体内外の環境に対応する複雑な生物現象を維持しているのです。

    D ホルモン受容体

    水溶性ホルモンは脂質二重層の細胞膜を通り抜けることができないので、細胞表面の受容体と結合し、細胞内の情報伝達をセカンドメッセンジャーとよばれる分子にひきつぎます。
    脂溶性ホルモンは、標的細胞に到達すると結合タンパクとはなれて細胞膜を通過し、内部の受容体にたどりついて直接に作用します。
    脂溶性ホルモンの受容体の多くは、核内に存在する進化により増加した核内受容体スーパーファミリーに属しています。また一部は細胞質にもあります。
    ホルモン分子は進化の過程でいろいろに変化していますが、その受容体も進化してきたことになるでしょう。

    A ホルモン分子の大きさ

    ホルモンは分子量が1000以下の低分子量ホルモンと、高分子量のホルモンに分けられます。前者の代表はステロイドホルモンで、ほかにアミノ酸や脂肪酸の分子の形を少し変えた誘導体(アドレナリンや甲状腺ホルモンなど)があります。性ホルモンや副腎皮質ホルモンはステロイドホルモンです。
    インシュリンや成長ホルモン、脳内ホルモンの神経ペプチドなどが高分子量ホルモンです。

    B ステロイドホルモン

    ステロールは右図に示されているステロイド骨格をもった化合物の総称です。
    動物の主要なステロールはコレステロールです。
    ステロイドホルモンは、生体内ではコレステロールから1段階ずつ、それぞれの酵素がはたらいて合成されてゆきます。従って構造的によく似ています。基本の構造は同じですが少しずつの構造のちがいにより異なった作用をあらわします。その作用から3種類の性ステロイドホルモンと2種類の副腎皮質ホルモンとに分けられています。
    ステロイドホルモンの原料となるコレステロールは、小腸で吸収されて肝臓へ運ばれたのち、LDL(一部ではHDL)に組みこまれて血中にあるものと副腎で合成されたものです。
    細胞はコレステロール合成能をもっており、小胞体で酢酸からつくります。

    C 性ステロイドホルモン

    性ステロイドホルモンは女性ホルモン(エストロゲン)・男性ホルモン(アンドロゲン)・黄体ホルモン(プロゲステロン)の3種類です。
    エストロゲンにはエストロン、エストラジオール、エストリオールの3種があり、卵胞からは主としてエストラジオールが分泌されます。
    男性ホルモンでもっとも重要なのがテストステロンです。テストステロンはエストラジオールと化学構造がよく似ているので、1段階の酵素反応でエストラジオールに変換します。
    閉経後、女性の卵巣機能が急激に低下し、数年後にエストロゲンの分泌がなくなりますが、副腎皮質から分泌されるアンドロゲンが、酵素アロマターゼの作用により、脂肪組織や神経組織でエストロゲンに変えられるので女性ホルモンはゼロにはなりません。反対のテストステロンからエストラジオールへの変換はおこりません。

    D 副腎皮質ステロイド

    副腎皮質でつくられるステロイドホルモンと同じ作用をもつ合成物質をふくめてコルチコイドまたはコルチコステロイドといいます。
    代表的な副腎皮質ホルモンは、化学構造と作用により糖質コルチコイドと鉱質コルチコイドに大別されます。
    ヒトではコルチゾールが主な糖質コルチコイドで、糖新生を促進するなど糖代謝の調節作用が知られており、古くからこの名でよばれているのですが、タンパク質や脂質の分解をすすめたり、成長ホルモンや甲状腺ホルモンやインシュリンの作用を増強したりなど、ひろく代謝の全体にかかわっています。
    内分泌学者セリエは、ストレス状態にしたネズミで副腎の肥大とともにコルチゾールの分泌量が増加することを発見し、ストレルホルモンとよびました。
    ヒトの血中コルチゾール濃度は、夕方に低く明け方に高くなるという日周リズムを示します。この日周リズムは摂食に関係しており、消化管を経由した規則正しい栄養摂取がリズムの形成に必要とされています。
    コルチゾールの分泌は、通常は一定の範囲のなかで日周リズムを繰り返しているのですが、ストレス応答がおこると急増します。
    高熱、下痢、嘔吐、外傷、手術、感染症、低酸素などの異常な状況に見舞われているとき、通常の3~5倍もの糖質コルチコイドが分泌されます。
    大量にコルチゾールを分泌するよう要求度が高まったとき、それに応じることが可能な予備能力がないと、副腎クリーゼ(副腎不全症)とよばれる病態がひきおこされます。
    副腎皮質ステロイドには抗炎症作用や免疫抑制作用があり、合成ステロイド剤による治療がひろく行われていますが、過剰に用いられると骨粗鬆症などの副作用がおこることが知られています。
    鉱質コルチコイドのアルドステロンは、生体内の水と電解質の代謝を調節します。アルドステロンの標的器官は腎臓で、ナトリウムや水の再吸収とカリウムの排出を促します。
    ナトリウムイオンと水分の吸収により、体液量が増加すると血圧が上昇します。
    糖質コルチコイドの受容体は、脳をはじめひろく分布していますが、鉱質コルチコイドの受容体は、脳内では海馬、腎尿細管、大腸上皮や血管平滑筋といった限られた部位にしか存在しません。

    ひろがる内分泌の世界

    A 最大の内分泌器官─脂肪組織

    脂肪細胞から分泌されるホルモンのひとつであるレプチンは、強力な摂食抑制とエネルギー消費の増加という効果を示します。さらに近年、認知機能に対する効果の重要性が注目されるようになりました。 脂肪を単なるエネルギー源として蓄える臓器と考えられてきた脂肪組織が、最近では多くのホルモンやサイトカインなどの生理活性物質を分泌する最大の内分泌器官に位置づけられています。レプチンはアディポネクチンとともによく研究されてきました。
    脂肪組織に発現している遺伝子を調べると、皮下脂肪では、脂肪細胞の全遺伝子のうち20%がホルモンなどの生理活性物質の遺伝子であり、内臓脂肪の脂肪細胞では、その30%が分泌タンパク質の遺伝子であることがわかりました。内臓脂肪の蓄積は脂肪細胞からのホルモンなどの分泌量の変化によって、動脈硬化などの生活習慣病と密接な関係にあるといわれるようになったのです。
    右図はレプチンと体重の関係を示しています。
    人工的に脂肪組織をなくしたマウスは、血糖値が上昇して成人型糖尿病を発症しますが、アディポネクチンとレプチンによる治療で病態が改善するという研究報告が出されました。
    認知機能におけるレプチンの作用は、ニューロン網に対して軸索伸長や樹状突起の形成、シナプス生成を促進し、アポトーシスの抑制、酸化ストレスに対する神経保護、アミロイドβのクリアランス増加などの機能によりアルツハイマー病になるリスクを減少させているなど、脳機能の基盤にかかわっていました。
    視床下部や海馬にはレプチン受容体が高度に発現していることがわかり、さらに多彩な作用の発見が期待されています。

    B 骨格筋も内分泌器官

    骨格筋が運動器としての役割のほかに、内分泌器官として認められるようになったのは古いことではありません。
    かねて運動中に血中レベルが急上昇し、運動終了後はすみやかに元のレベルにもどるサイトカインとしてインターロイキン6(IL-6)が知られていましたが、これは筋の損傷によって免疫細胞から分泌されるものと考えられていました。やがて測定方法が開発されて骨格筋から分泌されることが明らかにされました。
    IL-6は免疫細胞が分泌する炎症性サイトカインですが、骨格筋では筋細胞内のグリコーゲン量が少ない時に多く発現し、生体エネルギーセンサーとしてはたらくというのです。
    IL-6は肝臓に作用して糖新生を促進したり、膵臓にはたらきかけてインシュリン分泌を増やしたりして骨格筋の糖利用を助けます。
    骨格筋から分泌されるいろいろのホルモン様物質を総称してマイオカインといいます。IL-6は最初に発見されたマイオカインでした。その後アイリシンなどのマイオカインが次つぎに発見されました。
    アイリシンは運動刺激により骨格筋細胞から遊離して、皮下脂肪組織の白色脂肪細胞をベージュ脂肪細胞へ変換させる(Vol.393細胞ものがたり参照)ようにはたらきます。

    C 脳内分泌系と免疫

    感染や腫瘍は免疫学的ストレスといわれ、脳神経系と免疫系との間で相互に情報の伝達が行われて、胸腺の萎縮などの生体反応が生じます。このとき情報伝達物質としてホルモンやサイトカインがはたらいています(下図)。
    リンパ球などの免疫細胞は、自律神経の伝達物質やホルモンの受容体をもっており、ニューロンやグリア細胞は免疫細胞が分泌するサイトカインの受容体を備えているのです。
    アルツハイマー病や多発性硬化症などの変性疾患や虚血や梗塞などの病態で、脳内サイトカインが増加しています。
    脳がつくる糖質コルチコイドは、NK細胞の活性を抑制したり、Th1とTh2という2種類のヘルパーT細胞のバランスをTh2優勢のパターンにシフトさせたりなどして免疫反応を乱します。
    加齢にともなっていろいろの器官で機能低下がおこってきます。ストレスへの抵抗力の低下や疾患のリスク上昇が生じてくる生命現象の理解には、神経系、循環系、内分泌系の連関という視点が重要とされています。

    メグビーインフォメーションVol.394「ヒトとホルモンの生理学」より

  • 体温のホメオスタシス

    体温のホメオスタシス

    体温と調節のしくみ

    A 恒温動物と変温動物

    ヒトなどの哺乳類や鳥類は、外界の温度が変化しても体内温度を一定の範囲に保っています。こういう動物は恒温動物または内温動物とよばれています。これに対してヘビ・トカゲなどの爬虫類は、環境の温度変化とともに体温が変わる変温動物(外温動物)です。
    ヒトの体温は、通常36~37℃の範囲で保たれています。からだの深部で約37℃であり、皮膚温は平均して約34℃という数値であることが知られています。
    体温が正常の範囲を超えて高くなった場合、体タンパクが変性して細胞がダメージを受ける事態になります。その上限は42℃とされています。
    反対の低温の下限は20℃とされています。病原体感染と戦う免疫機能を例にとると、体温が36℃以下になると病原体の勢力が大きくなるといわれています。
    一般に安静の状態で腋窩(わきの下)、口腔、直腸で測定して体温としていますが、個体差があります。乳幼児は成人より高いのがふつうです。
    体温には日周リズムがあり、午前2~5時ごろは低くなり、午後2~5時の間にもっとも高くなります。早朝起床する前の体温が“基礎体温”です。

    B 熱産生と放熱

    酸素や栄養物質をとり入れ、代謝してエネルギーや体成分をつくる営みにより、体内で熱が発生しています。
    摂取した食物から得られるエネルギーは、安静時にはその25~30%ほどがATPとして神経伝達や筋肉の収縮などの生命活動に使われ、残りの70~75%はすべて体熱として血液により運ばれます。
    血液により運ばれた体熱が、体表面へゆき環境へ放出され、一部は肺から息とともに吐き出されます。
    からだは右図のように体熱の産生と放熱のバランスをとって、体温を一定範囲に維持しており、そのシステムは視床下部にある調節中枢によってコントロールされています。

    C 熱エネルギーの流れ

    目覚めていて安静な状態での生命活動に消費される最少のカロリーが基礎代謝量です。人体がつくり出せる総エネルギー代謝量は最大では基礎代謝の10倍近くなりますが、その80%は筋肉運動により占められています。筋組織で増大するエネルギーづくりに比例して血流量も増加します。
    代謝を亢進させるホルモンは甲状腺ホルモンや副腎髄質ホルモンのアドレナリンで、体温を上昇させます。体温が1℃上昇すると代謝は7~13%亢進することが知られています。
    筋肉をはじめとする器官のはたらきで生じた熱エネルギーは、その部位で蓄熱されたり熱伝導や対流や輻射や蒸発によって別の部位へ移動し放散されてゆきます。
    右図は25℃の室内で裸体の場合の放熱の状態を示しています。
    輻射は外界の温度が皮膚温より低い場合におこっており、衣服は外気温と皮膚温の差を減少させるので放熱量が低下します。
    皮膚表面と気道からは伝導および対流によって熱が移動してゆきます。からだと接触しているのが椅子などの物体の場合は伝導で、空気や水などの流体との間でおこるのは対流です。
    からだと壁や床や天井や窓などとの間では、電磁波の形で放射熱伝導がおこっています。
    皮膚や気道粘膜からの水分の蒸発も、絶えず体熱を放散させていますが、外気温が高いときや運動が加わったときなど、通常の放熱システムでは不十分になり、発汗して蒸発による放熱を増やすのです。風邪などで体熱が高くなったとき、発汗によって熱が下がるのを経験することが珍しくありません。

    D 発熱の功罪

    体温調節中枢にセットされているポイントはふつう36.5℃ですが、これが感染やアレルギーや甲状腺疾患や血液疾患などが原因になって高いレベルに移ると発熱します。細菌や炎症で死んだ細胞などが発熱物質を出し、免疫細胞が放出するインターロイキンなどのサイトカインも発熱物質として作用します。
    40℃の発熱は代謝のレベルを約60%増加させ、免疫活性を高めますが、一方で血液中の水分が細胞内へ移行したり発汗や蒸発がふえたりして、血液の濃縮や脱水症状を招きます。呼吸数や心拍数が増しますが、消化機能は低下します。
    高熱、脱水のために神経障害を生じたり、筋肉痛がおこる場合もあります。
    体温の上昇は、好中球の殺菌作用を強めたりT細胞の活性を高めたりして細菌の増殖を抑えるという効果がありますが、からだを消耗させるなど二面性をもっているわけです。
    解熱剤の使用は、病状の理解をあやまらせる場合や副作用もあり慎重にとされています。
    解熱剤の投与によりインフルエンザウイルスが白イタチの体内で増加する、バクテリア感染したウサギの死亡率が上昇するなどの動物実験結果の報告があります。
    ヒトでも発熱の大きさは死亡率の低下と相関することが臨床的に知られています。
    感染性発熱では、褐色脂肪組織で熱産生がおこっています。
    褐色脂肪組織は、日常的にからだが必要とする量の熱を必要とするときにつくり出し、哺乳動物の体温調節に重要な役割をしているのです。

    ヒトの脂肪組織

    A 白色脂肪と褐色脂肪

    体脂肪といえば皮下や内臓周囲の白色の脂肪組織を指すのがふつうですが、ヒトをふくめて哺乳動物には褐色脂肪と名付けられた脂肪組織が存在していることはすでに500年以前に発見されていました。
    最近まで褐色脂肪組織は新生児期には多いものの成長するに従って減少し、成人ではほとんど存在しないので、その生理的役割は無視できると考えられてきました。
    ところがいま、ヒト成人にも褐色脂肪があってエネルギー代謝や体温、体脂肪の調節にかかわっているという見方になっているのです。
    褐色脂肪組織と白色脂肪組織は、細胞内に中性脂肪を蓄えている点は同じですが、右の表にあるように存在場所などに相違点があります。
    白色脂肪細胞内の脂肪滴は単一で大きい単房性ですが、褐色脂肪細胞は小さな脂肪滴を数多くもつ多房性で、細胞のサイズも小型です。この脂肪滴のまわりにはミトコンドリアが多数存在しています。
    褐色脂肪には毛細血管網が発達していて、発生した熱がすみやかに全身へ移動されるようになっています。その血流の豊富さとミトコンドリアにふくまれるヘム酵素とによって、肉眼でもわかる特有の褐色を生じているのです。

    B 脱共役タンパク質

    白色脂肪組織と褐色脂肪組織とは、蓄えている中性脂肪の使い方が異なっており、分解して得られる脂肪酸を前者は細胞外へ出して血流によりエネルギー源として供給しますが、後者は細胞内でミトコンドリアにより酸化分解して熱に変換するのです。 褐色脂肪細胞のミトコンドリアには、UCP(uncoupling protein)とよばれる分子のなかまが存在し、体熱をつくり出す仕事を引き受けています。UCPすなわち脱共役タンパクのなかまは1~5の5種類の遺伝子がみつかっていますが、このうちUCP1とUCP3が褐色脂肪細胞に、UCP2は筋肉、肺、脾臓、肝臓、消化管、脂肪組織と、ほとんどの組織・器官に発現してミトコンドリア機能の調整や活性酸素産生の調節にかかわっています。
    なかでも食細胞マクロファージにはUCP2が多く、活性酸素や一酸化窒素(NO)の産生を制御して、免疫反応の調整をしているというのです。
    UCP1は褐色脂肪細胞に特有なので、マーカー分子になっています。
    興味ある発見は、日本人の16%で、UCP1分子のアミノ酸鎖の229番めのメチオニンがロイシンに変っており、それによって安静時の代謝量が1日当り100kcalほど減っていることでした。つまりメタボリックシンドロームを発症しやすい体質と考えられています。

    C 褐色脂肪細胞と体質

    遺伝子の塩基配列での個体差にSNP(一塩基多型)があります。SNPは塩基の置換が、ある集団で1%以上の頻度でおこっているもので病気のかかりやすさや薬の効果などにも関係しています。
    日本人のUCP遺伝子のSNPを調べたところ、塩基置換数が多いグループ(2~4個)は少ないグループ(0~1個)にくらべて、加齢にともなって褐色脂肪活性の低下がはやまることが明らかになったと報告されています。
    塩基置換数の少ないほうが寒冷により誘導される熱産生の効率がよく、置換数の多いほうは加齢にともなう内臓脂肪蓄積がすすむので、いわゆる中年太りの体質というわけです。
    褐色脂肪組織の熱産生は肥満を予防する役割をもっていることになるでしょう。

    D 体温調節中枢

    褐色脂肪組織は体温調節中枢から送られてくる司令に従ってはたらきます。
    体温調節中枢は、脳の視床下部の前の部分にあたる“視索前野”という場所にあります。
    視索前野には温度感受性ニューロンとよばれる脳の温度をモニターしている神経細胞が存在しており、脳組織の温度が下がると褐色脂肪組織へ熱産生の司令を出すというのです。
    体温調節中枢には、皮膚が感じる温度情報や内臓などの深部の温度情報が送られてきます。また感染で生じる発熱のシグナルもメディエーター(プロスタグランディンE2)によりとどけられます。低血糖や低酸素の状態は危険シグナルとして感知され、褐色脂肪組織の熱産生を抑制するよう作用します。
    寒冷刺激により褐色脂肪組織の活性化とエネルギー消費の増加が同時におこりますが、食事をすることで生じる食事誘導熱産生にも関係していることが、実験的にたしかめられました。
    褐色脂肪の存在や役割が明らかになるにつれて、日常の食生活とのかかわりが注目されるようになっています。

    褐色脂肪と食事

    A 食事誘発熱産生

    食事をしたとき摂取した食品のもつ熱量以上に体温が上昇することは経験的にも知られています。糖質や脂質よりもタンパク質の摂取による体熱の産生の大きいことが、19世紀のはじめに観察され“特異動的作用”と名付けられましたが、現在は食後の体熱上昇のメカニズムはよりひろく下表のような感覚刺激の作用などをふくめた考え方になり「食事誘導(性)熱産生」とよぶことになりました。
    測定技術が進歩して、匂いや味などの感覚を刺激する成分がエネルギー消費を増大させていることが明らかになったのです。
    カプサイシン(トウガラシの辛味成分)や、ショウガオール(ショウガの辛味成分)は、吸収されると内臓の感覚神経を刺激して交感神経系をはたらかせ、副腎からカテコールアミンを分泌させて白色脂肪細胞からの脂肪酸の放出を促します。そして褐色脂肪細胞がそれを代謝して熱に変えることになります。
    食品のおいしさがシグナルとなって中枢神経系に作用することは“頭相刺激”といわれています。味や匂いがカテコールアミン分泌の刺激因子というわけです。

    B 日常食品の機能性

    近年オリーブオイルの成分オレイン酸に含まれるオリウロペインという分子が、UCP1の発現を増加させ、褐色脂肪組織の活性を高め、白色脂肪組織の重量を減少させると報告されるなど、いろいろの食品成分の機能性が話題になってきました。
    ビタミンAやEPA・DHAはミトコンドリア内膜のUCP1にはたらきかけて熱産生を増加するとか、グレープフルーツの香り成分リモネンやコーヒーのカフェインなどは交感神経の活性により褐色脂肪組織の機能を高めるなどと報告されています。

    C 食べ方の注意

    同じ量の食事をまとめて食べるより、小分けにして食べたほうがエネルギー消費が多くなり、太りにくいことが知られています。また早食いにより咀しゃく回数が少ないと太りやすいとされています。噛むことによって活性化される神経系(ヒスタミン・ニューロン系)は、食欲を抑制したり脂肪分解をはやめたり、エネルギー代謝をすすめたりといった作用により、体脂肪の蓄積を抑制します。噛むことで視床下部のヒスタミン分泌が増え、満腹中枢を刺激して効果を示します。ヒスタミンの原料となるアミノ酸ヒスチジンはカツオなどの魚類がよい給源です。

    メグビーインフォメーションVol.393「ヒトと体温の科学」より

  • 骨の生理と疾患

    骨の生理と疾患

    脊椎動物のからだ

    A 背骨のある動物

    身近な動物たちの多くは背骨をもっています。
    魚類や両生類(カエルやイモリなど)、爬虫類(ヘビ、トカゲ、カメなど)や鳥類のほか、ヒトもなかまである哺乳類がこれに属しています。背骨をもつことがその特徴というわけです。
    単細胞から多細胞生物へと進化し、海のなかから陸上へ移って生活するようになった動物のからだには、さまざまな変化が生じましたが、現代人のからだを支えている骨格までの進化の歴史をたどると、骨の役割およびその機能を保つための条件がみえてきます。

    B 細胞とカルシウム

    原始の海にはいろいろな元素のイオンが存在しました。鉄や亜鉛や銅などのイオンが触媒となってアミノ酸や糖や核酸塩基をつくり出し、やがてタンパク質やDNAなどの高分子化合物を生成し、膜構造で周囲と仕切られた原始細胞を登場させました。
    細胞は細胞膜の内と外とで異なっているイオン濃度を利用して、情報伝達などの生命活動を営むようになりました。海水中に多いカルシウムイオンをとり入れたり排出したりして、細胞内の濃度を低く保ちながら利用しました。
    多細胞生物になると、カルシウムを体内に蓄えるようになりました。炭酸カルシウムやリン酸カルシウムといった化合物にして備蓄するのですが、それが骨の起源というわけです。
    カルシウムを直接に体外へ出すことができないので、とりあえずの置き場所としても化合物として蓄える方法が役立ちました。
    多くの細胞が集まってはたらく組織をつくるにはまとめておく工夫が必要であり、動物型の多細胞化には、コラーゲン線維を中心にしたマトリックス(基盤)がはりめぐらされることになりました。
    コラーゲンは動物のタンパク質とよばれ、人体でもっとも多いタンパク質です。
    カルシウム化合物は、コラーゲン線維に付着させておくという形式で蓄えられました。

    C 骨の進化

    骨は他の体成分と異なり、化石として発見されて生物進化を知る手がかりとなります。
    生物進化のなかで、海から陸上へ移動したとき、骨には新しい役目が加わりました。それは重力にさからってからだを支えることでした。
    水中では泳ぐことに適したまっすぐな背骨でよかったのですが、地上に移り四肢をもつようになると、重力に抗してものをつり下げるのにつごうのよいわん曲のある背骨になりました。
    直立し二足歩行をはじめた人類では、さらに腰椎の前わんが生じ、骨盤の形が変わりました。
    頭から骨盤の下端までが脊柱という一本の骨の柱で、椎骨という骨をつみ重ねたつくりになっています。

    骨の生化学

    A ヒトの骨格

    成人では206個の骨が骨格を構成しています。骨といえばまっすぐで長い長管骨を思い浮かべますが、からだの部位によって扁平だったり短かったり、曲がったりといった骨もあります。
    骨格は部位に応じて分類されており、頭蓋骨および脊柱骨、胸骨、肋骨を“体幹骨”といい、上肢骨と下肢骨とが“体肢骨”となっています。
    頭蓋骨は耳小骨をふくめて29本であり、脊柱骨には鎖骨や肩甲骨、仙骨などがあります。
    すべての骨は外側を結合組織でできたうすい膜(骨膜)に包まれており、内部の骨髄に接する側は内骨膜でおおわれています。
    骨髄は、骨の重要なはたらきの一つに挙げられる造血作用を営む場所です。
    長管骨を輪切りにしてみると、右図のようになります。外側の皮質骨は硬く、その内側の海綿骨はやわらかくなり、骨髄はゼリー状です。
    骨格のうち、体重のかかる部分の骨では皮質骨の比率が高く、柔軟な動きを受けもつ骨は海綿骨が多いのは合理的なつくられ方といえるでしょう。
    海綿骨はスポンジ状で表面積がひろいので、骨づくりを担う破骨細胞や骨芽細胞が多く集まってはたらくのに適していますが、体液の変化の影響を受けやすくなっています。
    海綿骨は骨代謝(後述)のスピードが皮質骨にくらべてはやく、とくに女性の閉経後やからだを動かさないことの影響がすみやかにおこってきます。そのため骨粗鬆症や骨折は、海綿骨の多い骨でおこりやすいのです。

    B 骨の成分

    骨をつくっている成分は、年齢や部位によって多少のちがいはあるものの、下図のようにミネラルが50~70%、タンパク性の基質が20~40%、水分が5~10%、脂質が3%となっています。
    骨はタンパク質を基盤として、リン酸カルシウム(ヒドロキシアパタイト)が沈着した石灰化組織という成りたちです。
    基質となるタンパク質のほとんどがコラーゲン線維で、骨の丈夫さとしなやかさのもととなり、これにヒドロキシアパタイトという化合物になったカルシウムが加わって硬さをつくり出しています。
    骨のミネラル含有量が“骨塩”量ですが、これを面積で割って得られるのが“骨密度”です。
    最大骨量は下図のように18歳頃から40歳頃まで維持されます。女性では閉経後の10年で20%程度が減少しますが、その速度にはカルシウム摂取や運動習慣によるちがいが生じています。
    女性の最大骨量は男性に比較して20~30%ほど低く、高齢になってから骨粗鬆症を発症しやすい要因の一つになっています。

    C 骨代謝と細胞たち

    骨の形をつくる細胞は軟骨細胞です。乳幼児の骨では軟骨でできている部分が多く、成長するとともにそれが骨組織に変わります。軟骨から骨がつくられる過程は“軟骨内骨化”といわれ、手足の長管骨や頭蓋底部、脊椎骨、骨盤などほとんどの骨はこのコースをたどります。
    軟骨細胞が分化して骨芽細胞に変身し、骨づくりの主役になります。
    成長期ばかりでなく、成人の骨でも骨づくりの作業が繰り返されています。古い骨を溶かして新しくする骨代謝が営まれているのです。
    骨代謝のプロセスでは、まず破骨細胞の出番です。骨芽細胞は骨の中にいますが、その呼びかけで血中からやってくるのが破骨細胞です。
    破骨細胞は骨髄のなかにいる血液幹細胞から生まれたマクロファージに近い細胞で、骨芽細胞から送られたサイトカインや副甲状腺ホルモン、活性型ビタミンDなどのシグナルによって、骨吸収という特別な仕事をする専門家になります。
    破骨細胞はなかま同士が集まって結合した大きな多核細胞になって作業をはじめます。
    骨の表面に密着した破骨細胞は、まずタンパク分解酵素カテプシンを出して骨基質を溶かします。また塩酸をつくり放出しミネラル成分の脱灰をすすめます。破骨細胞は多くのエネルギーを消費しながらこの仕事をしています。
    骨の吸収作業で生じるゴミは、破骨細胞にとりこまれトランスサイトーシスとよばれる移送機構により運ばれ、反対側の細胞膜から外へ捨てられてゆきます。
    破骨細胞の活動は2週間ほどつづいたのち、骨芽細胞へと交代することになります。

    D 骨のリモデリング

    古い骨を新しい骨に置き換える作業は“リモデリング(骨改造現象)”とよばれ、その前後で骨の量が変わらないよう調節されていますが、元通りに骨が仕上がるには3~5ヶ月前後の日数を要します。
    リモデリングの各ステップの進行にかかわるいろいろの増殖因子は、骨芽細胞がつくり細胞外基質中に蓄えられています。
    骨はからだのなかでもっとも増殖因子を豊富にもっている組織であり、そのなかでもIGF(インシュリン様増殖因子)やTFGβ(トランスホーミング増殖因子)が多く、骨のリモデリングによって骨髄腔に放出されており、それがガン細胞の骨転移を助けていると考えられるようになりました。
    「ビスホスホネート」という骨転移を抑制する目的で使用される薬は、破骨細胞を標的にしています。
    またカルシトニンという甲状腺が分泌するホルモンも、破骨細胞の作用を抑制します。

    加齢と骨萎縮

    A 骨粗鬆症のリスク

    骨量が減少して骨が弱くなり、骨折の危険性が高まった状態としてひろく認識されている骨粗鬆症は、加齢により頻度が高まり、とくに女性では閉経後に増加します。女性ホルモン(エストロゲン)分泌の低下が促進因子になっています。
    女性は一生のうちに皮質骨の35%、海綿骨の50%を失うとされており、骨量の急激な減少は閉経直後の数年間に生じ、その後はゆるやかに低下してゆきます。
    男性でもエストロゲンは骨代謝の正常な維持に必須で、男性ホルモン(アンドロゲン)を酵素アロマターゼでエストロゲンに変換して利用しています。女性のように急激な骨量減少の時期はなく、徐々に骨萎縮(低回転型)が進行してゆきます。

    B エストロゲンと骨代謝

    閉経により血中エストロゲン濃度が10%ほどに低下すると、骨吸収が骨形成を上まわるようになります。この場合には骨芽細胞も破骨細胞も活発にはたらいていながら生じてくるので高回転型骨萎縮といわれます。
    骨芽細胞も破骨細胞もエストロゲン受容体をもっています。エストロゲンは骨芽細胞の増殖を促がす一方、破骨細胞にはアポトーシス関連の遺伝子を発現させ、骨吸収が行き過ぎにならないように調節しているのです。
    エストロゲンの欠乏は骨髄中のTリンパ球に炎症性サイトカインのTNF-αやIL-6を分泌させ、これが破骨細胞の前駆細胞からの分化をすすめることもわかりました。
    骨粗鬆症へ進行する骨萎縮のリスク因子にはエストロゲン受容体やビタミンD受容体や、コラーゲン合成にかかわるメチレンテトラヒドロ葉酸還元酵素(MTHFR)の遺伝子多型のあることが明らかにされています。

    C 骨ミネラルと臓器

    骨量の低下や骨折リスクに対する栄養評価の項目には、エネルギー、タンパク質、脂質、糖質と並んで、ミネラルとしてカルシウム、リン、マグネシウムが挙げられます。ビタミン類ではD、K、B2、B6、B12、葉酸、Cが重要とされています。
    人体のカルシウム(Ca)の99%、リン(P)の85%が骨に存在しており、骨リモデリングにより血中へ放出されたり骨にとりこまれたりしています。
    副甲状腺の細胞表面にはCa感知受容体があって、血中Ca濃度が低下するとPTH(副甲状腺が合成するペプチドホルモン)を分泌します。
    Ca感知受容体はわずかなCaイオン濃度の低下にも反応し骨吸収を増加させます。
    Pは多くの食品にふくまれており、通常の食生活で不足はおこりません。むしろ食品添加物として摂取される量の増加により摂取過剰が問題視されています。
    リンが過剰に摂取されるとPTHの分泌が増加します。骨からはリン酸抑制因子(FGF23)が出てきます。
    FGF(線維芽細胞増殖因子)は1997年に“Klotho”と名付けられたミネラル異常を示す遺伝子変異マウスの症状の原因をつくる分子として発見され、新しいミネラル制御因子であることが認められたものです。
    腎臓はビタミンDを活性型(1,25水酸化ビタミンD)に変換します。活性型ビタミンDは腸管からのCaとPの吸収を促進し、血中CaおよびP濃度を維持させます。
    骨と腎臓と副甲状腺は協調してミネラル代謝を調節する関係にあるわけです。

    D 骨とビタミン

    ビタミンDは食物からの摂取と、皮膚における紫外線照射による生合成の二つの経路で供給されます。
    食物から摂取されるビタミンDは、側鎖構造の異なるビタミンD2とビタミンD3があり、前者はきのこ類に、後者は魚類に多くふくまれています。
    ヒトの皮膚にはプロビタミンD3が存在し、これに紫外線が照射されるとプレビタミンD3になり、つづいて体温の作用でビタミンD3が生じます。プロビタミンD3はコレステロール生合成反応の中間生成物です。
    通常ヒトの体内に存在するビタミンD3の多くは皮膚でつくられたものとされており、日照量が少ない場合、ビタミン不足を招きかねません。
    ビタミンD3は肝臓で25水酸化ビタミンD3となり、さらに腎臓まで運ばれて1,25水酸化ビタミンD3という活性型になります。
    活性型ビタミンD3は、核内受容体に結合してレチノイン酸受容体と複合体をつくり、遺伝子の転写を促し、小腸でのカルシウムやリンの吸収を増加させます。
    ビタミンKは、骨芽細胞がつくる基質タンパク質オステオカルシンを一人前の構造に仕上げる反応の“Gla化”を助ける因子であり、骨基質のGla化によってヒドロキシアパタイトと結合する石灰化がすすみ、骨が形成されます。
    基質タンパクのコラーゲンは、らせん状のポリペプチド鎖を3本あわせた3重らせん構造につくられます。この構造に仕上げる反応にはビタミンCが必要です。
    骨芽細胞から分泌されたコラーゲン分子は、きちんと架橋されると適度な弾力を備えた強度を保つ構造になりますが、加齢とともに無秩序な架橋(ベントシジン)をつくるようになり基質にダメージを与えます。これは糖化反応で生じるAGEでつくられる架橋で骨をもろくする原因になります。糖化反応は血中のホモシステインが多いとき促進されますが、ビタミンB2、B6、B12および葉酸と抗酸化物質の摂取は、それを抑制するようはたらきます。

    メグビーインフォメーションVol.392「ヒトと骨の健康」より

  • 免疫システムと病気

    免疫システムと病気

    感染症

    A 免疫の役割

    からだは、自分自身を構成する正常な組織にとって異質なものを見わけて、それを排除しようとするはたらきを備えています。
    それが自己(self)と非自己(not self)の識別といわれる免疫の本質です。
    病原性のある微生物や毒性物質、ガン化した細胞、機能を失った細胞などは、生体の営みにとって不利益な存在となるので、非自己として認識され、免疫システムを発動することになります。
    免疫がはたらくとき、生体内にはいろいろの変化がおこってきます。
    発熱や痛みや食欲不振や下痢などの自覚症状がない場合にも、組織の炎症や血液成分の変化やサイトカインの増産などが生じています。
    免疫を担う主役はリンパ球という細胞集団と、not selfに対してつくられる抗体というタンパク質です。
    抗体はグロブリンに属するタンパク質であり、免疫に従事するところから“免疫グロブリン”とよばれています。
    not selfを見わける作業には、樹状細胞やマクロファージによる抗原提示というプロセスも重要です。
    マクロファージはまた好中球とともに食細胞として認められています。細菌や真菌(カビのなかま)や原虫などを自分の体内にとりこんで殺すもので、相手はnot selfにかぎりません。ブドウ球菌や連鎖球菌などの化膿をおこすような細菌は、好中球がとりこんで活性酸素を武器に処理します。

    B 病原体

    病原体の二大勢力は細菌とウイルスで、結核やジフテリア、赤痢、チフスなどは病原菌により発症し、風邪、インフルエンザ、はしか(麻疹)、日本脳炎、エイズなどはウイルスの感染でおこる病気です。
    病原菌にくらべてウイルスのなかまははるかに小さく、前者は光学顕微鏡で観察できますが、後者は電子顕微鏡が開発されるまで正体をあらわしませんでした。
    病原菌に対して有効な抗生物質はいくつも発見されましたが、ウイルス相手では役に立ちません。
    細菌は、エネルギー産生やタンパク合成システムを備えた単細胞生物です。ところがウイルスは遺伝物質はもっていますが、自前のタンパク質合成装置がなく、宿主細胞に寄生しなければ増殖ができません。ヒトなどへの感染が生きる手段なのです。他の生物の細胞を乗っとり利用して生き延び、感染をひろげてゆきます。
    感染された生体内でひきおこされる免疫反応にともなって、インターフェロンなどのサイトカインのいろいろが放出されてきます。これが不快な症状のもとになります。

    C 感染と感染症

    風邪ウイルスの感染を経験しない人はいないといって過言ではないでしょう。
    感染とは細菌などの微生物がに侵入することであり、その微生物が強い病原性をもっている場合、感染症がおこります。
    感染しても発症しない場合は、“不顕性感染(無症候性感染)”といわれます。
    風邪ウイルスには、ピコルナやアデノウイルス、コロナウイルス、インフルエンザウイルスなどに分類される200種以上ものなかまが属しています。
    生体はあるウイルスに対して、適切な免疫反応により抗体をつくって記憶し、同種のウイルスが侵入してもすばやく撃退するしくみがはたらくのですが、他の多種類のウイルスにはこの戦術は役立ちません。
    そこでたびたび風邪をひいたり、ワクチンによる予防ができなかったりという事態を招いているわけです。
    すべての風邪の40%はライノウイルスのなかまがおこしています。人体を対象に感染の実態を明らかにしようという実験が米国で行われて、同じく抗体をもっていないにもかかわらず、25%の人はほぼ無症状に終りました。
    ライノウイルスは、鼻道の粘膜バリアを逃れるとのどの奥にある咽頭扁桃(いんとうへんとう)というリンパ組織へ到達して、宿主とする細胞上の受容体にとりつき、細胞質へ自身の遺伝物質であるRNAを放出します。
    放出されたRNAは、それ自体がメッセンジャーRNA の役をするので、細胞質にあるリボゾームと結合してウイルスのタンパク質合成をはじめます。使用するアミノ酸ももちろん宿主細胞から奪いとっています。
    ライノウイルスの「ライノ」は、ギリシア語の鼻に由来しています。
    鼻から侵入した風邪ウイルスが増殖を開始してから約8~12時間で新しい子ウイルスがつくられ、24時間後には宿主細胞をこわしてとび出してゆきます。新生ウイルスは次つぎと周辺の細胞を攻略しながら増殖をつづけるのです。
    鼻の気道の側面に並んでいる鼻甲介は、海綿状の組織で、血管がひろがり充血すると腫れて鼻づまりとなり、のどの奥の組織でも血管が拡張して神経終末を圧迫するために、唾液の飲みこみにも痛むといった症状があらわれてきます。
    喉頭や気管が刺激されると、異物を排除しようとする反射作用で咳が出ます。

    D 炎症とサイトカイン

    生体が病原体侵入などのシグナルを受けとると、いくつかの段階を経てサイトカインを産生します。サイトカインは生体防御を担う細胞たちに作用したり、他のサイトカインの産生を増強したり抑制したりしながら、元へもどそうとする反応をおこします。
    それにともなって炎症が生じるなどして、いろいろの病態がつくられることになるのです。
    サイトカインは、現在約50種が知られています。
    サイトカインがかかわる病態は感染症にかぎりません。肝炎・膵炎・腎炎・腸炎などの炎症性疾患や脂肪組織の炎症、糖尿病や骨代謝異常、動脈硬化、アルツハイマー病などの神経変性、血液系のガンという具合であり、これがサイトカインネットワークの破綻により発症したり進行したりするというのです。
    サイトカインのなかで、炎症誘発性とされるTNF-α(腫瘍壊死因子)やIL-6(インターロイキン-6)などをつくり放出する能力の個体差が、免疫反応のレベルに関係しており、不顕性感染の原因にもなります。
    インターロイキンのなかでIL-10やIL-11は炎症の抑制効果をもつといわれており、サイトカインネットワークの複雑さを示しています。
    *サイトカイン
    もともとリンパ球から産生される生理活性物質のリンフォカイン、マクロファージ系の細胞によるモノカインという分類があったが、混乱を避けるために“細胞が産生する生理活性物質”を意味するサイトカインに統一された。
    細胞の増殖・分化や免疫反応の調節、炎症反応などにかかわる糖タンパクである。
    抗ウイルス物質のインターフェロンや造血因子のエリスロポエチンなどもふくまれる。
    サイトカイン受容体が多種の細胞に分布しており、ひとつのサイトカインが多様な生理活性を示す。相互に作用しあうサイトカインネットワークにより、生体防御が成りたっている。

    アレルギー反応

    A 免疫のリスク

    くしゃみ、鼻づまりや目のかゆみといった症状に悩まされる花粉症は、アレルギー反応によっておこります。
    かつての日本では、鼻や副鼻腔の炎症は化膿性でしたが、いまやアレルギー性鼻炎がとって変り急増しています。
    免疫反応は、感染に対する生体防御機構の主力ですが、そのはたらき方が過敏になったために有害性を生じてしまうことがあります。それがアレルギー反応で、アレルギー性結膜炎、アレルギー性気管支炎、接触皮膚炎(かぶれ)などがあります。
    アレルギー反応のほかに、“自己免疫”といわれる現象があり、慢性関節リウマチや橋本病などの自己免疫疾患が知られています。

    B アレルギーと感染の関係

    アレルギー反応をひきおこす物質をアレルゲン(抗原)といいます。
    アレルギーという語は、オーストラリアの小児科医ピルケがギリシア語のallos(変った)とergon(作用)を合わせてつくったもので、“変化した反応能力”を意味しています。
    もともと生体を守るためのしくみである免疫がはたらいた結果、傷害性を示すという矛盾する現象はなぜおこるのかを説明する「毒物仮説」や「寄生虫仮説」があります。
    環境中の毒性物質の侵入を阻むのに、涙や鼻みず、咳、痰、嘔吐、下痢などが役立っているという見方が毒物仮説です。
    アレルギー反応には肥満細胞やマクロファージや好塩基球、免疫グロブリン(IgG・IgM・IgE)などがかかわっており、その発現メカニズムにより下表のように分類されています。
    Ⅰ型~Ⅲ型は、抗体がかかわった液性免疫が反応の主体ですが、Ⅳ型はマクロファージとリンパ球(T細胞)による細胞性免疫です。
    Ⅰ型アレルギーでは、IgE抗体がアレルゲンと結合することが反応の出発点になります。そして回虫やフィラリアなどの寄生虫感染によって、血中IgEが増加することがわかりました。IgEは寄生虫に対する防御に役割があり、寄生虫感染の減少した現代社会にアレルギー疾患が増えてきたというのが寄生虫仮説です。
    感染症とアレルギー反応との間には逆相関があるというわけです。
    また住環境の変化や大気汚染などによるアレルゲンの増加も指摘されています。

    C アレルギーとアトピー体質

    皮膚疾患の3分の1以上を占める湿疹は、表皮と真皮上層で生じるかゆみをともなう炎症反応でアレルギー性と非アレルギー性に分類されます。
    汗や皮脂の分泌異常や角質の水分保有異常などが非アレルギー性湿疹の原因になります。
    赤ちゃんの皮膚は表皮がうすく、わずかな刺激で傷ついて湿疹を生じやすく、「アトピー皮膚炎」と診断されることが少なくありません。
    アトピーとは奇妙なという意味のギリシア語で、即時型アレルギーをおこしやすい体質を指しています。
    アレルギー疾患は、アトピーとよばれる遺伝素因とアレルゲンとなる環境因子の両方がかかわって発症するということになります。
    アトピー素因として、IgEをつくりやすいことが挙げられています。IgEを産生するシステムはIL-4やインターフェロンなどのサイトカインが構成しているネットワークで制御されるので個体差がありますが、成長とともに改善される傾向を示すことが知られています。

    自己免疫疾患

    A 自己寛容の破綻

    免疫力が高いことがかえってからだに不利益になるのがアレルギーですが、攻撃される標的が自身の体成分になっておこる病気がいろいろあり自己免疫疾患といわれます。
    免疫のしくみが成立するためには自己と非自己をきちんと見分けて、攻撃し排除するのは非自己にかぎらなければなりません。自己に対しては寛容で免疫はおこらないことを“自己寛容(自己トレランス)”といい、なんらかの原因でこの安全機構が破綻すると自己免疫現象が生じてしまうのです。
    自己寛容の成立には、免疫の主力としてはたらくリンパ球のT細胞のうち自己成分と反応するものは胸腺という器官で選別されアポトーシスにより消失させられます。また抑制性T細胞という見はり役により自己に対する反応を抑えこむ機構もはたらいているといわれています。

    B 自己抗原・自己抗体

    自己免疫現象では多彩な自己抗原が発見されています。
    自己抗原の多くはDNAやRNAなどの核酸と結合したり、複数のタンパク質と結合したりして複合体をつくっています。その構造により免疫システムによる反応をおこさせやすくなっているというのです。
    自己抗原と似た分子構造をもつ外来抗原や、変異した抗原などと結合している自己抗原が生じると自己トレランスの破綻につながることになります。
    アポトーシスした細胞から放出される成分は、通常はマクロファージなどが処理しますが、完全に作用しない場合があると考えられており、また放出されたタンパク質の変性や断片化により抗体をつくらせてしまうという状況もありトレランスを破綻させます。
    自己抗原が他のタンパク質と結合する部分の遺伝子多型によって、自己免疫の誘導や、炎症反応の強さに関連する因子などの遺伝的素因が重なって存在する個体に、環境要因が加わって発症が促され、Ⅱ型アレルギーやⅢ型およびⅣ型アレルギーが病態をつくってゆきます。

    C いろいろある自己免疫病

    全身性エリテマトーデス(SLE)は自己免疫病のプロトタイプ(原型)といわれ、Ⅱ型・Ⅲ型・Ⅳ型アレルギーがかかわっており、皮膚粘膜、関節、腎臓、中枢神経、血液・血管など多臓器の障害がおこり、若い女性の発症が多いことが知られています。
    SLEのほか関節リウマチや強皮症、皮膚筋炎などは共通して結合組織の膠原線維(コラーゲン線維)にフィブリノイド変性という病変が生じるので“膠原病”といわれます。
    涙腺や唾液腺といった外分泌腺に対する自己免疫により眼や口腔の乾燥が病態となるシェーグレン症候群や大動脈炎などの血管炎症候群、骨格筋や横紋筋の炎症による発熱、関節痛、脱力、筋力低下などの筋症状がおこる多発性筋炎なども膠原病に属しています。
    関節や筋肉の痛む病気はリウマチと総称されています。膠原病以外の痛風や変形性関節症もリウマチのなかまであり、自己免疫によって全身性におこるのが関節リウマチです。関節リウマチにかかわる自己抗体はリウマトイド因子とよばれています。

    メグビーインフォメーションVol.391「ヒトと免疫反応」より

  • 老化の生物学

    老化の生物学

    生物と老化

    A ヒトと加齢と老化

    加齢によってからだにはさまざまな変化が生じてきます。細胞のレベルでも臓器や個体のレベルにもおこり、長い時間経過のなかで、その変化が機能の低下へむかってゆくことが自然な生物現象として認識されています。
    分子レベルでみても、細胞膜の構成脂質や酵素や構造タンパク質などにも変化が生じており、小さな変化が蓄積して、だれでもが気づくことになる生理的老化があらわれます。
    酵母からヒトまでの真核生物は、種のちがいがあっても老化することがわかっており、そのメカニズムについて、環境要因や遺伝要因とのかかわりが研究されてきました。そしてさまざまな老化仮説が登場しました。
    臓器・器官・組織に注目した「神経内分泌説」や「ストレス説」・「免疫説」から細胞レベルの「体細胞分裂寿命限界説」や「体細胞突然変異説」・「遺伝子翻訳エラー説」・「DNA 傷害説」や「フリーラジカル説」そして「老廃物蓄積説」など、さらにミトコンドリアを鍵とする考え方や、老化原因物質としての“AGE”による糖化ストレス、糖鎖と老化関連疾患のつながり、自然炎症、カロリー制限と飢餓ストレスなど、老化研究でのテーマは多彩です。
    老化学説の検証のために遺伝子を改変した動物がつくり出されました。
    マウスにおいて「フリーラジカル説」を検証するためのSOD遺伝子導入による活性酸素消化能の増強チェックやカロリー制限による寿命延長効果へのサーチュイン遺伝子の導入、酸化ストレス感受性の増大やストレス耐性との関係をつきとめるための遺伝子ノックアウトなど、枚挙にいとまがありません。
    次つぎと登場する抗老化説が、リスクをともなう健康情報として日常生活にはいりんでくる時代を迎えています。情報の正しい選択には、自ら学ぶことで得られる情報ネットワークの構築が不可欠になるでしょう。

    B 通常老化と健全老化

    生理的老化を“通常老化”と“健康老化”に分ける考え方があります。病的老化ではないものの、肥満や脂質異常症、耐糖能低下などの病的因子をもっているのが通常老化だというのです。
    メタボリック症候群、動脈硬化や骨粗鬆症、高血圧、糖尿病などに罹患している場合は病的老化としているので、それぞれの区分の決定は厳密ではないことに気づきます。
    身体的特性として転倒しやすいことや免疫機能の低下、知覚機能の低下が指標になり、あわせて高齢者における脆弱性を構成しています。
    そして脆弱性の指標となる各要素に共通してかかわっているのが血中ビタミンD値であることや、糖化ストレスおよび小胞体ストレスであることがわかってきて、抗酸化とともに生体の老化を考えるキーワードになっています。
    右図は老化のプロセスをあらわしており、細胞構成成分の変化が蓄積して細胞老化が生じ、組織・器官・臓器の老化につながってゆきます。
    加齢にともなっておこってくる細胞レベルの変化では、サイズや数の減少があります。この現象に密接なエネルギー獲得や活性酸素の生成にかかわるミトコンドリア、アポトーシスやテロメアによる細胞寿命の問題が鍵になります。

    C ミトコンドリアから幹細胞へ

    哺乳動物においては、一生の間の心拍数が一定であるとされており、動物種の比較や老若の個体の比較から、からだの大きい(体重の重い)動物ほどエネルギーレベルが低く、寿命が長い傾向があることが知られています。
    体温の維持や運動や物質産生などをまかなう生体エネルギーを自前でつくるしくみ(エネルギー代謝)は酸素を必要とし、その副産物として活性酸素の発生が、寿命の長さに関係しています。1960年代からのハーマンの「フリーラジカル老化仮説」から、活性酸素発生源としての「ミトコンドリア仮説」へと発展しました。
    やがてヒトの骨格筋ミトコンドリアの加齢性機能低下や、膵β細胞のミトコンドリアDNAのコピー数が年を重ねるほど減少してゆく現象が知られるようになり、一方でカロリー制限による寿命延長説でのミトコンドリアへの影響が議論されるようになりました。
    カロリー制限は、動物のストレス耐性にも関係しており、飢餓ストレスや低酸素ストレスへの細胞応答の関心が生まれました。
    最近は幹細胞をキイファクターとしての老化研究がさかんになってきたと伝えられています。
    細胞数の減少を抑制するには、攻撃因子となる活性酸素やフリーラジカルの問題(酸化ストレス)と並んで、自己再生能の中心にある幹細胞の機能維持が重要にちがいありません。
    「幹細胞老化仮説」が注目されることになってきたのです。

    D テロメア

    テロメアは染色体の末端でDNAを保護する構造になっているTTAGGGを繰り返す塩基配列で、細胞分裂のたびに短かくなります。
    これが細胞老化の原因と考えられたのですがやがてテロメアにかかわらない老化が知られるようになり「ストレス老化説」の登場となりました。

    遺伝子と老化

    A めざましいP53研究

    テロメアの存在や、DNAの複製、修復酵素、活性酸素除去、代謝速度(酸素消費)など生きる営みに直結しているタンパク質の質や量に生じる変化は、さまざまなレベルで老化因子になっています。
    遺伝子の翻訳プロセスでの「エラー説」や、もともと遺伝子は発生や分化と同じように老化をプログラムしているという「プログラム説」もありますが確定されてはいません。
    個々の遺伝子のなかでは、活性酸素除去酵素SOD遺伝子やミトコンドリアの電子伝達系に組みこまれた酵素タンパクなどがテーマになりました。
    最近の遺伝子研究でもっとも脚光を浴びているのが「P53」で、そのひろがりからP53ワールドと称されています。
    P53遺伝子は、ガン研究の分野でガン抑制遺伝子の代表として認められ“ゲノムの守護神”とよばれましたが、ほどなく細胞ストレスによって誘導されて転写因子としてはたらき、解糖系やミトコンドリアでのエネルギー代謝、オートファジーによるタンパク質の品質管理、内分泌系の代謝調節などにひろくかかわることが次つぎと報告されてきたのです。
    P53遺伝子は細胞の運命を握っているといわれる存在であり、細胞老化におけるシグナル分子であるというのです。

    B 老化シグナル活性化

    老化の過程が、秩序をもった制御機構として認識されるようになり、シグナル分子としてのP53の重要性が浮かび上りました。
    テロメアの短縮がすすむと、それがDNAの損傷として認識され、P53の老化シグナルがはたらきはじめます。
    酸化ストレスや放射線照射やガン遺伝子の発現などがP53を活性化させますが、この場合はテロメア短縮をともなっていません。
    動脈硬化や糖尿病や心血管性疾患といった加齢性疾患で、P53の老化シグナルにより炎症がひきおこされています。
    P53の活性化は、上図にあるように多くの細胞応答をひきおこし、細胞の異常増殖(ガン化)をさまたげたり、低酸素ストレスに対応した代謝へと変化させたりして、細胞の生死にもかかわっています。
    ヒトの腫瘍において、50%以上でP53遺伝子の変異が生じています。
    P53は、DNAの損傷には細胞周期を途中でストップさせて、修復の機会をつくります。P53の変異したガン細胞では細胞周期の停止がおこらず進行してしまいます。
    P53は重大なDNA損傷ではアポトーシスへと誘導し、ガン化を阻止するというのです。

    C 長寿遺伝子の発見

    1930年代に、摂取カロリーを制限して飼育したラットやマウスの寿命が延長するという実験結果が報告されてから、対象は霊長類にもひろげられ、いまなお継続されています。
    この研究の主役級として知名度の上った遺伝子が“サーチュイン”で、長寿遺伝子とよばれています。
    サーチュイン(Sirtuin)は、原核生物から真核生物までの生物がもっていて、ヒトなどの哺乳類のゲノムには7種類が存在します。
    酸化ストレスなどが、細胞を傷害し老化を促進させようとすると、サーチュインのなかまたちが分担して、ストレスに対抗する体制をつくらせたり、インシュリン分泌や糖新生、アミノ酸分解などにより、エネルギー代謝や糖代謝や脂肪代謝を変更したりなど、さまざまな活動をはじめます。
    サーチュインのなかまは、細胞質や核やミトコンドリアなどに局在しつつ、連携してはたらき、その効果は神経変性疾患や骨粗鬆症、心不全や加齢性難聴などに及ぶとされています。

    D 慢性炎症から体内時計まで

    細胞老化によっておこってくる炎症性サイトカインの分泌増加は、細胞老化関連分泌現象といわれています。近年いろいろの疾患発症の基盤として慢性炎症が重要視されるようになっていますが、この現象の調節を受けもつ遺伝子の転写因子は、サーチュインのなかま(Sirt1)により制御されています。
    異常タンパク質の蓄積による小胞体ストレスを防ぐオートファジー(自食作用)は、細胞が自ら細胞内構成成分を分解し、リサイクルするしくみで、このはたらきが低下すると、神経変性疾患につながります。
    オートファジーに参加する遺伝子メンバーはSirt1により、その発現が調節されていることが知られています。
    細胞の活動を支配する時計遺伝子が受けもつ生体のリズム(サーカディアンリズム)は、加齢による影響を受け、睡眠時間の短縮や質の低下などが生じるといわれています。
    サーカディアンリズムを担う遺伝子ビーマルワン(Bmal1)は、“夜の食事で太るわけ”の理由を明らかにした研究で有名になりましたが、この遺伝子のはたらきはそれだけではありません。この遺伝子が失われると代謝異常、白内障、筋肉減少、皮下脂肪低下、臓器萎縮といった早期老化症状が出現するのです。
    Bmal1の発現は、時間帯によって増減するので、夜食は太るの原因になるわけです。
    Sirt1は、Bmal1の発現のリズムを調節しています。
    加齢により知覚レベルの低下がおこってきますが、Sirt3が老人性難聴にかかわっていることがわかりました。
    Sirt3をノックアウトしたマウスでは、有毛細胞や神経節細胞に異常がおこったのです。

    カロリー制限の問題

    A 摂食制限実験

    1970年代から、摂食制限による老化をおくらせるメカニズムに関する実験研究がさかんになってきました。
    1990年には、とくに「酸化ストレス説」にもとづいて、カロリー制限による活性酸素発生抑制がテーマになりました。
    カロリー制限とミトコンドリアへの影響や、インシュリンなどの内分泌系や免疫系とのつながりが明らかになり、米国国立老化研究所などによる疫学調査や介入実験が継続されています。
    サーチュインはそのなかで発見され、役割を模索する動きを生みました。それは当然のようにヒトへの応用の可能へとむかっているのです。
    そしてカロリー制限の効果をもつ物質に関心が集まり、スルファラファンやクルクミン、レスベラトロールなどの植物成分の名が知られるようになりました。

    B エネルギー節約

    野性の環境では飢餓という状態で生きぬくからだのシステムが必要であり、動物は食物が豊富であればエネルギー源を脂肪として蓄えるようになりました。
    エネルギー源が不足になると、体脂肪を分解してまかないます。そのときエネルギー消費の方法が変更され、グルコースやコレステロールや脂肪酸の代謝が改善されるというのです。
    動物実験では、生殖や成長や体温といった生理機能がある程度抑えられるという関係もわかりました。
    カロリー制限により、脂肪細胞が小型化し、アディポネクチンというホルモンをつくる細胞が増え、脂肪合成を活性化して組織を維持するようになるというのです。

    C ミトホルミシス

    カロリー制限のメカニズムを説明する新しい考え方として提出されたのが「ミトホルミシス仮説」です。
    細胞や動物にはホルミシスといわれるストレスへの適応現象のあることが知られています。
    毒物や虚血などの生存にかかわるようなストレッサーにさらされると、それに対する抵抗性を獲得して適応するというものです。 ミトコンドリアにおいて、エネルギー代謝が上昇して活性酸素の発生が増加すると、それに対してストレス応答がひきおこされてくるという考え方をミトホルミシス(mitochondrialhormesis)といいます。
    カロリー制限は、ミトコンドリアにおいてDNA量や電子伝達系酵素などのタンパク合成をふやし、ATPづくりをすすめ、抗老化に役立っているということになります。

    D 抗老化効果と食物

    Sirt1を活性化するポリフェノールとして話題を集めた物質が、ブドウの皮に多くふくまれる“レスベラトロール”でした。(右表参照)
    飽和脂肪酸摂取が多いのに心血管疾患の発生率が低いという、いわゆる“フレンチパラドックス”が、レスベラトロール研究の根拠になりました。そして大腸ガンをはじめとするさまざまなガンや糖尿病、心疾患などへの効用が動物実験によるデータとして発表されました。
    カロリー制限と同じ効果が得られるという主張ですが、ヒトを対象にした臨床研究の成果ではありません。
    ウコンの黄色色素成分で、香辛料ターメリックの原料であるクルクミンもポリフェノールで、抗酸化作用や炎症の抑制作用があります。
    加齢性疾患にかかわりの深い慢性炎症の火種となる炎症性サイトカインをターゲットにする抑制作用が、ビタミンKの新しい生理作用として報告されています。レチノイドとともに抗老化にはたらいていることになるでしょう。

    メグビーインフォメーションVol.390「ヒトの老化」より

  • 病気の生物学

    病気の生物学

    病気と健康の関係

    A 病気と健康の間

    「病気」は日常生活のなかで共通の理解によって使用されていることばであり、通常その意味を問うことはありません。
    辞書には「身体や精神に異常が生じ、正常に機能しない状態」と述べられています。この場合、正常に機能する状態は「健康」ということになるでしょう。
    正常と異常あるいは健康と病気とは別々のものであり、対立する二つという扱いです。
    健康と病気とを対立させた場合、両者の間は不連続になるわけですが、これに対して健康と病気とはもともと連続しているものとする考え方があります。
    高血圧症や糖尿病やガンなどで、自覚症状がないことは珍しくありません。初期には病気という自覚もなく診断もされないままに経過しているとき、いつから病気になるのでしょう。病気と病気でない状態との間に明確な一線をひくことができません。
    そこで健康を「レベル」で考えようという発想が生まれました。『三石理論による健康自主管理システム1・健康自主管理のための栄養学』はその提唱ではじめられています。
    レベルは日本語では水準であり、水位を数字であらわしたものです。
    気分のよい日とわるい日があり、頭のさえた日とさえない日があるという日常の経験は、健康レベルの高い日もあり低い日もありというわけです。病気であってもレベルの昇降があることになります。
    健康レベルを可能なかぎり押し上げることが健康管理であり、それを自分の判断と自分の方法でやるのが「健康自主管理」であると、前記の本の著者三石巌は述べています。それはすべての人にとって、死の日まで意義をもついとなみであるというのです。

    B 健康レベルが下がるとき

    からだの維持には、外界からとり入れた物質を代謝してエネルギーを得なければなりません。またからだの構造成分をつねにとり替えなければなりません。
    物質の供給体制や代謝の運営にミスが生じると健康のレベルは下がるにちがいありません。外部環境の変化を感じとりながら、内部環境を大きく変化させないようにはたらくしくみ(ホメオスタシス)に故障がおこったときも、健康レベルの低下はまぬがれません。
    からだをつくる単位である細胞にダメージを与えるいろいろのストレッサーも、健康レベルをひき下げる大きな要因であり、それは外因としても内因としてもつねにふりかかってきます。放射線、紫外線、高温、多湿、大気や水や食物汚染、病原微生物や毒性の異物の接触や侵入など、さまざまなストレッサーがからだに歪みを与えるように作用します。
    からだはストレッサーの作用により生じる歪みを復元させるようにはたらく回復力を備えており、そのために神経系や内分泌系が協調して免疫や抗酸化や解毒などの生体機能を動員することになります。
    回復力とストレッサーとのバランスは、健康レベルの昇降の鍵となるでしょう。
    健康レベルの目盛りが、臓器の構造破壊や機能不全の危険を示す状態になったとき、病気と診断されることになりますが、いろいろの病気に潜伏期があり、生活習慣の継続により生じてくる病態があり、ガンにみるように長い年月で形成されるものがあるなど、一部分を切り離して考えることはできません。

    C 寿命と病気

    日本は“多産多死・感染症型”から“少産少死・成人病型”へと変化し、長寿国になりました。
    寿命の延長によって、高齢者の健康問題が浮上してきました。加齢とともに“老化圧”が重味を増し、同一人のなかにさまざまな病態が加わってくるようになります。
    ガンや認知症や運動器障害の発症頻度が増加してきます。
    一人ひとりにとっての健康レベルでは、遺伝要因も無視できませんが、ヒトとしてのからだの成りたちを知り、個体差により生じる弱点をカバーする健康管理を心がけることが対策となるでしょう。

    病因と病態

    A 病気の分類

    病気を病態によって分類し、機能的疾患と器質的疾患とすることがあります。器質的とは臓器に形態的な異常が生じているもので、機能的では明らかな形態の変化がみられません。神経症やうつ病や本態性高血圧などが機能的疾患とされています。
    原因別の区分には、感染、血管障害、腫瘍、免疫・アレルギー、外傷、代謝障害、変性、中毒、奇形、心因性などがあります。

    B 血流と虚血・低酸素

    各臓器を構成する細胞は、血液によって運ばれる酸素と栄養物質に依存して生きています。血流量の低下は虚血性障害を招くことになります。なかでも脳は虚血に弱い臓器です。
    血中で酸素を運搬するヘモグロビンが減少した状態である貧血や、動脈硬化などによる血流の阻害は、臓器を低酸素によるATP不足の状態にします。
    細胞はATPという生体エネルギー物質を貯蔵しておくことができません。細胞は絶えずATPを合成しつつ生きて仕事をしているのです。
    ATPが枯渇すると細胞がこわれて内容物が漏出するようになります。このとき細胞内でのミトコンドリア機能がわずかでも残っていれば、血流を再開させる処置によって、修復のためのエネルギーが得られるはずと考えられました。ところがじっさいは血流再開によって新しい細胞障害がひきおこされることがわかりました。
    再灌流障害あるいは再酸素化障害とよばれるこの現象は、フリーラジカル(右図参照)や活性酸素が生成され、細胞毒としてはたらいているのです。
    活性酸素が生体内で生成すると、タンパク質や核酸や脂質や糖鎖などに作用し変性させます。生体にはこれに対応する防御機構(抗酸化酵素やグルタチオンなど)がありますが、活性酸素はエネルギー代謝の副産物として、あるいは免疫細胞の武器としてつくり出されたり、上図におけるプロスタグランディンの産生にともなって生じたりなど、常に出現しています。ともすれば攻撃側が優勢になり、“酸化ストレス”という状態になってしまうので、ガンや動脈硬化や神経疾患など、ほとんどの病気の発症にかかわっています。

    C 慢性炎症と疾患

    動脈硬化をはじめとして、非感染性の病気での基盤となっているのが「慢性炎症」です。病原体の感染では免疫応答にともなって急性の炎症がおこりますが、やがて終束されてゆくのに対し、ゆるやかにくすぶりつづけるような炎症が慢性炎症といわれ、その状態は臓器によっていろいろです。
    内臓脂肪型肥満の脂肪組織では、多数のアディポカインや遊離脂肪酸が放出され、酸化ストレスや低酸素にともなってマクロファージやリンパ球が集まって慢性炎症状態になるとされています。
    内臓脂肪から放出される遊離脂肪酸やサイトカインが、直接に肝臓をアタックするとインシュリン抵抗性や耐糖能異常や高脂血症へとつながってゆきます。
    アディポカインは脂肪細胞がつくる生理活性物質の総称で、アディポサイトカインともいいます。

    D サイトカインと炎症

    細胞がつくる生理活性物質という意味のサイトカインは、免疫応答や炎症にかかわるインターフェロンやインターロイキン、腫瘍壊死因子、エリスロボエチンなどのグループと、上皮増殖因子、インシュリン様増殖因子、血小板由来増殖因子などの増殖・成長因子のグループとがあり、お互いが複雑なネットワークを形成してはたらきます。
    インターロイキン1やインターロイキン6や腫瘍壊死因子(TNF-α)などは炎症性サイトカインとよばれており、血管を拡張させたり透過性を大きくしたりして免疫細胞の集合を助けます。また好中球を活性化して食作用を後押しします。
    細胞の小胞体ストレスもまた炎症性細胞をよびよせて慢性炎症を生じさせます。小胞体ストレスは、虚血、低酸素、遺伝子変異などを基盤にミスフォールドタンパク質などの異常タンパクを蓄積させた状態で、その分解処理がすすまないとアポトーシスへと進行してゆきます。アルツハイマー病などの神経変性疾患や虚血性疾患、プリオン病などのシーディング反応によるタンパク質の凝集にかかわっています。シーディング反応とは、タンパク質のシード(タネ)が細胞から放出され、運搬されてゆき他の細胞にとりこまれるという経過で脳内にひろがってゆくというプロセスです。

    細胞から考える

    A ネクローシスとアポトーシス

    多細胞生物が出現して、細胞の死は個体の死と区別されるようになりました。およそ60兆個といわれているヒトのからだを構成する細胞の多くが寿命をもっていて、毎日3000億個という数が死を迎えます。小腸の粘膜細胞はわずか1日半、大腸が3日ほどの寿命ですが、同種の新生細胞が生まれてきて交代するため、組織の構造も機能も継続されてゆきます。これは生理的におきる定められた細胞の死に方ですが組織の虚血でおこってくる細胞死とは意味が異なっています。後者は病的な死といわれます。自然な状態で合目的的におこる死は、炎症をともなわず瘢痕も残しません。
    ところがやがてアポトーシスが別の顔をみせることがわかってきました。たとえば放射線の照射や細胞毒性の強い抗ガン剤の投与でもアポトーシスがひきおこされ、ウイルス感染による肺炎や肝炎でも重症化にアポトーシスがかかわっているというのです。
    そして生体は、自己に不都合になった細胞を積極的に排除するための方策としてアポトーシスを採用したというわけです。
    ガンやアルツハイマー病にも、アポトーシスがかかわっています。
    ガン抑制遺伝子として有名な“P53”の変異は、アポトーシスを抑制するように作用するためガンの増殖を助けます。
    アルツハイマー病の病理は、アミロイドβという水に不溶のタンパク質の凝集によることが知られていますが、これが小胞体ストレスとして認識され、排除の方法としてアポトーシスがおこり、脳の萎縮を生じると考えられているのです。

    B 炎症と細胞のストレス応答

    病気にともなって出現する症状は、生体が自己回復システムをはたらかせて健康レベルを元にもどそうとさまざまな反応を繰り返すことの表現型としてあらわれます。
    発熱、痛み、吐き気、食欲不振、むくみ、しびれ、めまい、疲労感、便通異常といった自覚症状もあり、意識障害やショックのような他覚症状もあります。傷害された臓器の機能低下によるものも、血流の異常や炎症を基盤とする全身性の場合もありますが、細胞レベルでいえば低酸素と栄養物質・生理活性物質(ホルモンなど)の供給不足がストレッサーになっています。さまざまな病態で細胞環境は低酸素になりますが、なかでも炎症組織には免疫細胞が集まり活動するための代謝がさかんになり、酸素の需要度が高まります。ところが炎症組織では血管内皮が障害されたり、浮腫を生じたりして血流量が減少し、低酸素・低栄養になってゆきます。低酸素・低栄養は細胞にとって重大なストレス状態であり、その害作用をまぬがれるための応答をします。それが“ストレスタンパク質”の合成です。

    C ストレスタンパク質

    細胞は、高温にさらされたり放射線を浴びたり、重金属などの有害物質の作用を受けたりしたとき、低酸素や飢餓状態におちいったときなどには自身のタンパク質を保護するタンパク質をつくるようになります。それがストレスタンパク質です。
    低酸素により誘導されるタンパク質はHIF(低酸素誘導因子)とよばれ、赤血球新生、血管新生、解糖系酵素、グルコーストランスポーター、細胞増殖やアポトーシス、細胞と細胞外マトリックスの相互作用などにかかわる100個以上の遺伝子発現を制御します。
    HIFはまた免疫反応を過不足なく生じさせる役割をつとめており、各臓器の機能を守っているとされています。
    ヒトは摂食状態と絶食状態との間をつねに行き来しており、摂取応答と飢餓応答を繰り返します。エネルギー代謝に必須の栄養物質の供給が不足すると飢餓応答が生じ、“セレノプロティンP”の遺伝子が発現します。セレノプロティンは微量ミネラルのセレンを輸送するタンパク質で抗酸化作用をもっています。
    酸化ストレスに対応する抗酸化酵素の誘導や小胞体ストレスへのプロテアソーム(タンパク分解装置)などの細胞のストレス応答システムの不調がさまざまな病態を出現させているわけです。

    D 慢性炎症と栄養

    慢性炎症が多くの疾患における基盤病態とされ、炎症の促進あるいは抑制とのかかわりにより食生活の問題点(量の過不足や栄養素の偏り)が指摘されるようになりました。
    アミノ酸(ヒスチジン、システイン、グリシン)は血管内皮の炎症を抑制するといわれ、トリプトファンとニコチンアミドが、腸内で抗菌ペプチドをつくらせているなどの報告があり、n-3系不飽和脂肪酸(DHA、EPA)やビタミンKの抗炎症作用が注目されています。

    メグビーインフォメーションVol.389「ヒトの病気」より

  • からだのはたらきと代謝

    からだのはたらきと代謝

    生きる営み

    A 生物の属性

    生物も無生物もともに元素の集まりとして成りたっています。いろいろの元素の原子が組みあわさって分子となり、分子の結合によってつくられる化合物が構成材料であるという点は共通ですが、属性をくらべると決定的なちがいがあることは、経験的に認識できます。
    たとえば傷を負ったとき、生物は自分で治すしくみをはたらかせますが、機械は外部からの修理というはたらきかけがなければ、自然に治ることはありません。
    生物はまた、構成する物質がどんどん入れ替わってゆき、ヒトのからだも10年前と現在とではほとんどの物質が交代しています。けれどもヒトに似せてつくられたロボットにはこのようなことはおこりません。
    生物は自律的にエネルギーを獲得し、体成分をつくり替え、外部環境から物質をとり入れ、不用物を排出し、自己複製して成長し、形質を子へ伝えます。
    このような生物現象を決めているのが遺伝情報で、細胞という生命の単位によって実行されます。
    細胞が遺伝情報を解読し、与えられたマニュアルに従って物質を変換してゆきます。分解されるものもあり、異なる分子に変換するものもあり、組み合わせられて大きなサイズになったり、化学的性質を失ったり獲得したりなどいろいろの変化をおこしています。その変化は化学反応であり、“代謝”とよばれています。

    B メタボリズム metabolism

    代謝とは新旧が入れ替わることをいい、生物学の用語では、生体内における物質の分解・合成の化学反応を意味します。
    生物は、外界から物質をとり入れ、酵素などの作用でそれを分解・合成し、生じた老廃物を体外に排出します。この変化の過程をエネルギーについていうのが“エネルギー代謝”で、物質についていうときには“物質代謝”となります。
    環境汚染物質や薬剤などの生体異物の代謝は“薬物代謝”とよばれ、生体防御の機能として重要です。
    甲状腺や副腎などの内分泌器官の機能に関連する“内分泌代謝”では、“糖質代謝”や“骨代謝”が注目されています。

    C システムという見方

    分子生物学によって、生命現象にかかわる遺伝子やタンパク質などの分子について性質や動態が明らかにされてきました。それぞれの役割がわかっても、単に並べただけでは生物としての成りたちが理解できるわけではありません。それらは生命というシステムの構成要素としてまり、それぞれが他の要素と特定の関係を維しつつ動的にふるまっています。
    生物をシステムとする見方に立って、全体のダイナミクスの解明をめざすのがシステム生物学(システムバイオロジー)です。

    代謝パスウェイ

    A 生体ネットワーク論

    現代社会はインターネットという通信網によって刻々に状況の変化を生じています。ネットワークとは、相互につながりをもつ多数の構成要素の集団を指すものであり、道路や交通網や人間関係などさまざまなネットワークがありますが、近年、生態系や生命現象に関係したネットワーク論へひろがりました。
    ヒトの神経系や免疫系は複雑なネットワーク説明されますが、細胞機能の代謝もネットワークとして理解されています。
    細胞は外部の環境からくるシグナルをキャッチし、その情報に適した遺伝子発現や代謝を進行させます。シグナル伝達でも遺伝子発現の制御にも多くの分子が協調し、相互作用する化学反応のネットワークがはたらいています。
    そのなかでもっとも研究のすすんでいるのが代謝ネットワークです。
    代謝は物質を合成するプロセス(同化)と、物質を分解するプロセス(異化)に分けられています。
    異化のプロセスも同化のプロセスも多くのステップ(反応)があり、それぞれのステップに特異的な酵素による触媒作用が必要です。すなわち連結してつづく酵素反応で成りたっていることになります。このプロセスが“代謝パスウェイ”であり、反応の基質や生成物や反応の種類によっていろいろに分類されています。
    代謝パスウェイは、その生理機能によってまとめられてエネルギー代謝パスウェイ、アミノ酸代謝パスウェイ、ヌクレオチド代謝パスウェイ、脂質代謝パスウェイなどに分かれます。
    右図は、いくつもの反応のつながりによって描かれている細胞内の代謝パスウェイを示しています。
    ネットワークの中心部分には、上方から下方にむけて糖質代謝パスウェイがあります。これは解糖系からクエン酸サイクルへの経路で、周囲には酸化的リン酸化などのエネルギー代謝パスウェイ、ヌクレオチド代謝パスウェイ、アミノ酸代謝パスウェイや脂肪酸などの脂質代謝パスウェイの存在が示されています。そのほか糖鎖の合成やビタミンの代謝などのつながりがあります。
    代謝パスウェイでは、おもな基質と生成物をネットワークのノードとし、酵素名を示したリンクでノード間をつないでいます。
    ネットワーク論は数学の一分野であるグラフ理論を基礎にしています。

    B グラフ理論とネットワーク

    グラフは、さまざまなものごとのつながり方を表現するもので、つながり方を頂点と辺(点と枝)で表します。ノードは頂点でありリンクまたはボンドは辺といいます。
    代謝パスウェイは、細胞内部の膜構造により空間的に仕切られ、酵素濃度などで時間的に制御されながら全体として複雑なネットワーク構造を形づくっています。それによって細胞機能を担い、ホメオスタシスを維持しています。
    上の図には糖質代謝をはじめ10のおもなパスウェイが記されていますが、組織や細胞によっていつもそのすべてが機能しているわけではありません。

    C 酵素というタンパク質

    おだやかな温度やpHが保たれる体内環境で物質の化学変化を生じさせるには触媒が必要です。
    触媒とは、化学反応にかかわりながら反応の前後で自身は変化せず、反応の促進役となる物質をいいます。
    亀の甲という呼び名のあるベンゼンは、非常に安定な物質です。図中にある反応はCl2を入れただけではおこらず、鉄粉を加えるとすすみます。この場合の鉄粉のようにはたらくものが触媒というわけです。
    生体内ではたらく触媒(生触媒)が酵素です。酵素はタンパク質で、それぞれに異なる立体構造をもっており、それによっていろいろある化合物のなかから、自分がはたらきかけるべき物質(基質)を選び出す“基質特異性”と、基質を目的の物質に変える“反応特異性”を発揮するのです。この特異性によって特定の反応だけが進行します。
    酵素はある範囲のpHでよく作用します。そのなかでもっとも適したものを至適pHといいます。温度にも至適温度があります。温度の上昇は反応の速度を上げますが、タンパク質である酵素は60~70℃で熱変性し失活します。ふつうは30~40℃が至適温度ですが、なかにはアミラーゼのように熱に強い酵素もあります。
    pHの変化もタンパク質の立体構造を変えたり、基質をイオン化させたりするため反応に影響します。重金属イオンやアルコールなどの薬品によっても失活することになります。
    酵素はその基質特異性によりひとつの化学反応に対して1種類の酵素しか作用しません。デンプンを基質として分解する酵素アミラーゼは他の反応にははたらきません。従って生体には多種類の酵素が用意されています。
    加水分解を受けもつ酵素は食物の消化に重要です。タンパク質を基質にするもの、脂肪を基質にするもの、糖質を基質にするものがいろいろあって、唾液や胃液や膵液などの消化液にふくまれています。
    タンパク質の加水分解酵素プロテアーゼには胃液にふくまれるペプシン、膵液のトリプシンやキモトリプシン、小腸で分泌されるペプチダーゼがあり、糖質を基質とするものも唾液や膵液のアミラーゼ、腸液のマルターゼ、ラクターゼ、サッカラーゼという具合にいろいろの種類があります。
    複雑な代謝パスウェイの運営に従事する酵素には、ホルモンなどのシグナルを受けて反応速度を調節する律速段階を受けもつものもあり、必要に応じて代謝システム全体を統制しています。
    近年RNAについての研究がすすみ、酵素活性を示すRNAのあることがわかり、酵素タンパクと区別するためにリボザイム(RNA酵素)とよばれることになりました。

    D 代謝リプログラミング

    ガン細胞は、好気的環境であっても解糖系という代謝システムによってエネルギー物質ATPをつくることが知られています。はじめこの現象はミトコンドリアの障害が原因と考えられましたが、やがてこの考え方は否定されて、ガン化した細胞にとっては解糖系を用いるほうが有利だからということになりました。
    ガン組織は低酸素の状態になっており、酸素が利用しにくいこともあり、活性酸素の出現が抑えられることや解糖系ではATPのほかに細胞増殖に必要なヌクレオチドやアミノ酸や脂質を効率よくつくれることが利点だというのです。
    ガン細胞は“HIF1”という転写因子の活性化によりグルコーストランスポーターを誘導してグルコースのとりこみを増加させたり、増殖に必須のグルタミンやグリシンやセリンの代謝レベルを高くしたりといったプログラムの変更をして生き延びる戦略をとっているというのです。
    細胞環境の変化に適応するために、細胞はリプログラミング(代謝の変化)という手段をもっていることになるでしょう。酸化ストレスに対抗する抗酸化システムの活性化や、小胞体ストレスを軽減するようにはたらくオートファジーの主役であるオートファゴソームが、細胞が飢餓状態におちいったときには1日のうちに大量生産されるしくみであるなど、代謝レベルの変化で適応することが知られています。

    代謝の調節

    A 細胞呼吸とエネルギー

    ヒトが外界からとり入れる物質のうち、量的にもっとも多いのは水です。二番めは酸素で代謝の主要な物質です。食物として摂取された物質は、最終的に酸素によって燃焼(酸化分解)し、ATPというエネルギー物質を産生します。細胞がする仕事は、このATPを分解するとき放出されるエネルギーに依存しています。
    細胞による物質の燃焼は水溶液中でおこるので大気中の無機物の燃焼とは反応過程が異なりますが、最終的に水と二酸化炭素になることは同じです。細胞が酸素をとり入れ、栄養物質を燃焼することを“細胞呼吸”といいます。
    細胞のエネルギーづくりには、まず解糖というパスウェイが必要です。解糖は酸素の供給がなしで進行する糖の分解で、代謝の基本パスウェイになっています。このシステムでグルコースからピルビン酸が生成し、ついで細胞小器官ミトコンドリアのクエン酸回路へ流れこみ、ついで電子伝達システムへとすすみます。ミトコンドリア内でのエネルギーづくりには、酸素が十分にあるという好気的条件が必要です。ATPの生産量は、解糖システムの16倍という効率のよさですが、酸素のほかにビタミンなどの協同因子の応援が必要です。

    B ATPと細胞

    ヒトのからだには200種以上の細胞があり、そのなかには休みなく活発にはたらく心筋のようなものもあり、反対に脂肪細胞のように比較的不活発なタイプのものもあります。活発なタイプの細胞は大量のATPを合成し消費するのでミトコンドリアを多くもっています。
    ATP分子は生命の維持に不可欠ですが貯蔵することができません。ATP消費量の多い脳を調べると、細胞内に高濃度に存在しますが、その量はわずか20秒分でしかなく、細胞は絶えず合成して補給しつづけているのです。
    心肺停止という事態が生じたとき、気道の確保と人工呼吸が行われます。この処置で肺から酸素をとり入れATP合成をつづけさせなければ細胞が死ぬことになります。
    細胞が合成するATPは、細胞内のすべての仕事に用いられ、外へ出されることはありません。反対に周囲からもらうこともなく自力で調達するのが決まりです。
    ATPの分子量と、加水分解して生ずるエネルギー量とから計算して、ヒトは1日に自身の体重をはるかに超える量のATPを合成・分解していることがわかりました。

    C 臓器の協調

    個体においていろいろの代謝が効率よくすすめられるためには、各臓器が情報を交換し連絡しあうことが必要です。
    インシュリンなどのホルモンや、レプチンなどのアディポサイトカイン(脂肪細胞が分泌するサイトカイン)、食事をすると消化管から分泌されるインレクチンなどが、膵臓のβ細胞や筋肉や肝臓などの臓器間での代謝の協調を受けもちます。
    また脳からの神経系によるシグナルも、臓器間の代謝協調に欠かせないことがわかってきました(右図)。
    つねに脳においていろいろの組織・器官での代謝情報が集められており、それにもとづいての司令が送られて全身の代謝協調が行われているのです。

    D 基礎代謝

    基礎代謝量は、ヒトが生きてゆく上で必要な最少限のエネルギー消費量を指し、ふつう総エネルギー消費量の約60%とされています。性別や年齢や体格で異なり、筋肉量や脳、肝臓、心臓、腎臓といった臓器の重量が関係していますが、個体差はさほど大きくないとされています。
    個体差を生じる大きな要因は、身体活動レベルとなっています。これは“運動以外の身体活動”で、食事にともなう熱産生(食事誘発性熱産生)をふくむものです。
    加齢とともに筋肉減少や呼吸機能低下、ミトコンドリアの減少により最大エネルギー消費量に変化が生じますが、基礎代謝量は大きく変わりません。
    高齢者のエネルギー必要量も、基礎代謝量および身体活動レベルによって算出され、「食事摂取基準」にとして示されています。

    メグビーインフォメーションVol.388「ヒトの代謝」より

  • ゲノムと生命システム

    ゲノムと生命システム

    DNA・遺伝子・ゲノム

    A 受精と遺伝情報

    遺伝という生物現象は、父親の精子と母親の卵の合体でスタートします。生殖細胞は減数分裂(1度のDNA増殖に際して細胞分裂が2回おこる)のしくみによって、ゲノムは1セットしかもっていません。
    受精卵は父ゆずりと母ゆずりと2セットのゲノムを受けつぎ二倍体にもどります。
    生殖細胞が形成されるときには、2本ある相同遺伝子のどちらがとりこまれるかの選択はランダムにおこるので、ヒトの場合23組の染色体での組みあわせの総数は2の23乗通りにもなります。さらに交叉とよばれる染色体の交換が偶発的におこったりするので、同じ両親をもつ兄弟姉妹でも形質がさまざまになります。
    精子と卵を通して親から子へ伝えられる遺伝物質はDNA(デオキシリボ核酸)という名の分子であり、有名な二重らせん構造をしています。
    DNA分子は、デオキシリボースという糖にアデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)、グアニン(G)という塩基が結合した単位が、リン酸基を介してつながった長い鎖状で、遺伝情報はA、T、C、Gの4種の塩基の並び方に書きこまれています。
    A、T、G、Cの並び方(シークエンス、配列)のなかに、遺伝に関する情報がとびとびにかくされています。A、T、C、G、のうちの3塩基ずつがひとつのアミノ酸に対応しており、20種類のアミノ酸がつくられ、つながって生命物質タンパク質に仕上げられてゆきます。
    受精卵はプログラム通りに分裂増殖を繰り返しながら200種以上の異なる性質をもつ細胞になってゆきます。それぞれに特徴的な形態や機能をもつように変換してゆく(分化)には、複数の調節タンパクによる制御を受けることになります(図参照)。

    B トランスポゾン

    動くDNAといわれるトランスポゾンは、ゲノムに切りこみを入れて自分のDNAをはめこむ酵素をもっていて、染色体上を移動します。
    ヒトの核ゲノムのうち、43%もの部分がトランスポゾンやそのなかまレトロポゾンで占められているというのです。
    トランスポゾンは細菌からヒトをふくめた動物までにひろく存在しており、生物進化に大きな役割を果したとされています。
    ウイルスのなかまにRNAをゲノムとするタイプのもの(レトロウイルス)があります。レトロウイルスは逆転写酵素をもっていて、それによってRNAからDNAをつくり感染した宿主細胞のゲノムにはさみこみます。これと同じような方法で細胞のゲノムにもぐりこむのがレトロポゾンで、ヒトゲノムでは全DNAの17パーセントを占めていることがわかりました。
    レトロポゾンは5000~6000塩基の単位でヒトゲノム中のあちこちに繰り返し配列として存在することがつきとめられました。
    レトロポゾンのコピー数が増えるとゲノムサイズが変わります。繰り返し配列のなかにタンパク質をコードする遺伝子がみつかっています。塩基配列のコピーでミスを生じることがあり、遺伝子機能の変更につながります。
    さらに興味深い出来事は、トランスポゾンが遺伝子の近くに転移すると、周辺の遺伝子の発現を抑制する“サイレンシング”という現象があるのです。この現象はエピジェネティクスの機構によりおこります。

    個体差とエピゲノム

    A エピジェネティクス

    トランスポゾンの発見により1983年にノーベル医学生理学賞を受賞した細胞遺伝学研究者マクリントックは、1951年に発表した論文のなかで次のように述べています。
    ――分裂して生じる二つの娘細胞は、遺伝子の変化に関して同等ではない。分裂後、ある細胞では特定の遺伝子が活性化されるだろうし、別の遺伝子はそこにありながら不活性化される。このような活性化や不活性化は、遺伝子がクロマチン物質によって覆われているが故に生じる。遺伝子の活性化は、覆われていた遺伝子が露出したときのみおこるだろう。(『エピゲノムと生命』(講談社)より引用) マクリントックはエピジェネティクスという遺伝子発現の制御機構を見通していたことになるでしょう。
    エピジェネティックな遺伝子の修飾が個体差の大きな要因として注目されるようになりました。

    B エピゲノムの考え方

    鎖状分子であるDNAはヒストンとよばれるタンパク質に巻きつけられたかっこうで、さまざまな核タンパク質に覆われた構造(クロマチン)になっています。
    クロマチンが折りたたまれて染色体になっています。
    それぞれのヒストンの一方の端(アミノ末端)をヒストンテールといい、この部分にアセチル化やメチル化などの化学修飾を生じることで遺伝子転写の調節がおこります。
    アセチル化はアセチル基(CH3CO-)、メチル化はメチル基(NH3-)を結合する反応で、それぞれアセチル化酵素とメチル化酵素の仕事です。またそれぞれが脱アセチル化酵素および脱メチル化酵素によって可逆的にはたらくことで遺伝子発現が調節されるのです。
    メチル化はDNAにも存在しています。
    ヒトやマウスではゲノムにあるCG配列のC(シトシン)の部分でしばしばメチル化が生じています。
    ヒトやマウスのゲノムではCG配列のうち70%にメチル化が観察されており、それによって近くの遺伝子の発現が抑制されているというのです。
    DNA塩基配列以外のDNAメチル化とヒストン化学修飾で維持・伝達される遺伝情報をエピゲノムといいます。
    エピジェネティクスは“DNA塩基配列の変化をともなわず、細胞分裂後も継承される現象”であり、エピゲノムがそれを担っています。

    C エピゲノムと栄養環境

    1個の受精卵から組織・器官そして個体へとつくられてゆく発生のプロセスで、同じゲノムをもつ細胞が異なる細胞に変化しますが、その後も身近な環境因子がエピゲノムに影響していることがわかってきました。
    とくに最近は、栄養環境の変化がエピジェネティクスによってタンパク質代謝を介して身体状況を変えていると考えられるようになってきたのです。
    エピジェネティクスと、病気のかかりやすさ(易罹患性)や薬物治療での効果や副作用などの反応性との関係が明らかにされ、とくにガンや生活習慣病や神経疾患とのかかわりが分子レベルで解明されてきました。
    それによって「ヒトフード」の役割を、新しい生命科学の情報で記述することができるようになりつつあります。

    栄養とエピジェネティクス

    A 遺伝子多型と摂取基準

    食事摂取基準は、健常者全人口に対して、集団の推定平均必要量が定められていて、この数値は全体の97~98%の人の必要量とされてきました。この数値より多かったり少なかったりする個体数は標準偏差として、その2倍を除いていますが、統計的な処理で得られる正規分布をもとにした考え方です。
    正規分布はガウス分布ともいわれ、自然界の確率的におこる現象の分布状態をグラフに描くと、平均値を中央にした左右対称の釣鐘型の曲線になるものです。
    このような食事摂取基準に対する扱い方は誤りであることが、ゲノム解明により遺伝子多型の視点から指摘されています。
    その例はビタミン摂取について顕著になりました。
    欧米において遺伝子多型の検査により、多型に対応した栄養素摂取の指導が行われており、その多くがビタミン関連であると報告されています。
    古くから知られている“ビタミン依存症”は、単一の遺伝子変異により、推奨量の1000倍以上を必要とするというものですが、その頻度は多くありません。
    それに対してビタミンの代謝や機能にかかわる遺伝子の変異により、少しずつのタンパク質の量やはたらきにちがいが生じている場合には正規分布は描けません(図参照)。
    遺伝子多型により潜在的ビタミン欠乏が生じていることを念頭において、個人ごとに対応すべきであるといわれるようになってきたのです。
    かねてから「三石理論」の柱として主張してきたビタミン大量摂取の意義はここにあるといえましょう。

    B ゲノムの変異とビタミン必要量

    ヒトのゲノムは、核内DNAの30億塩基対中の約2万2000個の遺伝子とミトコンドリアDNAの1万6000塩基対中の遺伝子13個をもっています。このうち約1000塩基に1個の遺伝子多型があり、その組み合わせで個体差がつくられています。
    遺伝子多型と表現型への影響の関係を知る研究は一卵性双生児からのデータで示されました。

    C 脂溶性ビタミンと遺伝子多型

    脂溶性ビタミンのなかで、その生理作用と遺伝子多型の関係がもっともよく研究されているのは、ビタミンDとその核内受容体遺伝子の多型です。
    ビタミンDはカルシウムの体内利用にかかわりが深いので、骨密度や腎疾患や筋力などを項目として検討されました。そしてビタミンDの受容体タンパクBsm Ⅰの多型により高齢者の転倒頻度に差が生じることが報告されています。
    ビタミンDは腎臓と肝臓で活性型に変換されて受容体に結合し、生理作用を発揮します。
    同じようにビタミンAはレチノイン酸に変換されて核内受容体に結合し、遺伝子発現を調節します。ビタミンAもビタミンDも強力な細胞分化誘導作用をもっており、そのはたらきはステロイドホルモンと同様に多様です。
    ビタミンAは、視覚に必須の因子であり、オプシン(視物質ロドプシンの成分)遺伝子の多型により赤緑色覚異常を生じます。ビタミンA受容体遺伝子には、2型糖尿病の発症率に関連のある多型のあることが見出されています。
    ビタミンAの前駆体として知られているβカロチンでは、ビタミンAに変換する酵素に多型があり、効率は同じではありません。
    ビタミンEの吸収を助けるスカベンジャー受容体の遺伝子にも複数の多型が見出されています。

    D 水溶性ビタミンと遺伝子多型

    水溶性ビタミンはエネルギー代謝をはじめとするいろいろの代謝で補酵素などの協同因子としてはたらくので、酵素タンパクの多型により消費量に個体差が生じます。代謝量の増加があればそれにともなって消費されることになるでしょう。
    発熱や炎症はビタミンの消費を増大させます。
    酸化ストレスでは、抗酸化物質グルタチオンの還元にはたらく酵素(グルタチオンSトランスフェラーゼ)や、活性酸素除去酵素SOD(スーパーオキサイドディスムターゼ)の多型が存在します。
    補酵素を必要とするアポ酵素の多型はひろくみられており、酵素タンパクと補酵素との結合の親和性の低下になる場合が少なくありません。ここで三石理論における確率的親和力説が展開されることになります。
    ビタミンの摂取量をふやすことによって、遺伝子多型から生じている弱点を補うという実践の例が葉酸摂取によるホモシステイン濃度の改善です。

    E エピジェネティクスとビタミン

    エピジェネティクスにとってもっとも重要なビタミンは葉酸であり、これにビタミンB6とビタミンB12が加わります。
    葉酸の不足によりDNAのメチル化が減少し遺伝子発現の抑制が不十分になります。エピジェネティクスで血管平滑筋細胞が増殖型になり動脈硬化が進行することや、アルツハイマー病におけるアミロイド前駆体の合成が促進されたり、葉酸摂取量によってDNAのための塩基合成がすすみ遺伝子変異が防がれたりすることがわかりました。
    日本人では葉酸代謝遺伝子多型によりホモシステイン濃度が高くなる人の割合が少なくありません。葉酸は還元葉酸輸送体によって吸収されるのですが、これの多型が高頻度なのです。ビタミンB12の吸収にかかわる内因子にも遺伝子多型があるとされています。

    メグビーインフォメーションVol.387「ヒトと遺伝子」より

  • ヒトと細菌

    ヒトと細菌

    生物としての細菌

    A 細菌が変えた地球環境

    地球上の生物は、原核生物と真核生物に大別されています。真核生物には動植物のほか菌類(カビやキノコのなかま)や原生生物(アメーバのような単細胞生物)が属しています。原核生物は、真核生物以外の細菌や古細菌をまとめた呼び方です。
    現在、地球上にすむ生物は命名されたものだけでも200万種とされていますが、すべての生命体の歴史をさかのぼると共通の祖先である細胞に行きつきます。
    生物を系統的に分類する方法として、タンパク質やDNA・RNAに残されている分子進化の跡を調べる学問は「分子系統学」といわれ、その成果として1970年代に、生物界を三つの領域(ドメイン)に分類する「三ドメイン説」が成立しました。
    原始の細菌群のなかで、太陽エネルギーを利用して光合成をするなかまが生まれ、シアノバクテリア(藍色細菌)は光合成の効率が大きく合成産物として炭水化物のほかに酸素を発生させました。また真核生物のなかにはいりこんで葉緑体に変化しました。
    シアノバクテリアが爆発的に増殖し、大量の酸素を放出して地球環境を変えました。酸化力の強い酸素(活性酸素)の出現により、嫌気性細菌や古細菌群が死滅したり、酸素をエネルギーづくりに利用する好気性細菌を繁殖させることになったりしたのです。

    B 細菌から動物型真核細胞へ

    酸素の毒性を逃れた嫌気性細菌は、海底や土中で微小な細菌を餌にし、シアノバクテリアの合成した炭水化物や脂肪をとりこむなどして生き延びました。
    細菌の間には、きびしい生存競争が展開されていたというのです。
    嫌気性細菌は、5億年の年月をかけてからだを大きくしていきました。
    からだの大型化は大量のタンパク合成を必要とします。やがて細胞膜が内部にくびれこんで小胞体が形成され、リボゾームがこれに付着するとタンパク質合成を安定してできるようになりました。
    陥入した膜の一部はDNAを包む核膜になりました。からだの内部に必要に応じてゴルジ体やペルオキシゾームなどの膜構造の小器官を発達させて始原真核生物への道をふみ出してゆきました。
    約18億年前、鞭毛をもって活発に動きまわっていた好気性細菌の共生という事態がおこりました。宿主となった細胞は、とりこんだ好気性細菌をエネルギーづくりの装置ミトコンドリアに変えました。このミトコンドリアをもつようになった真核細胞を動物型真核細胞といいます。

    C 細菌の発見

    細菌という目に見えない生物の存在を、人類ではじめて明らかにしたのは、オランダのレーウェンフックでした。自作の顕微鏡で赤血球や精子や植物細胞などいろいろなものを観察し、数多くの報告をロンドン王立協会に送りましたが、そのなかでの細菌(バクテリア)の発見が第一の功績といわれています。
    レーウェンフックの研究は、後に『顕微鏡によってあばかれた自然の秘密』としてまとめられました。
    彼は、歯の付着物などいろいろなものを観察しスケッチしています。
    “私の歯は人なみすぐれて清潔なつもりだが、顕微鏡にかけると、白い粉のような物体が見える。これを雨水に入れると、小動物が泳ぎ出した。こまのようにくるくるまわるものもいる。”といった記述が残されていますが、現代病といわれる歯周病の病原菌が、約300年前に姿をあらわしたのでした。
    一生の間に250個もの顕微鏡をレンズ磨きからはじめてつくり、すぐれた観察力を発揮したレーウェンフックは、科学史上にはじめて微生物を見た人として名を残しました。

    D 病原菌の確認

    目に見えない小さな生物の存在が気づかれても、それが人間の生活環境にとってどんなかかわりをもっているのかが明らかになるまでには約200年という年月を要したのでした。肉などの有機物の腐敗が微生物の繁殖によるとする考え方が定着し、食品にびん詰めという保存法が工夫されました。
    発酵についての研究や、伝染病予防のワクチンの発見など多くの業績で知られたフランスの化学者パスツールが、ワイン業者の委託を受けて、びん詰めして加熱する方法によりワインの品質を保つ方法を開発したというエピソードが伝わっています。
    科学的に病原菌を確認した人は、結核菌を発見したドイツのコッホでした。結核に関する研究により1905年度のノーベル生理学医学賞を受賞しています。
    コッホは病原菌の確認に必要な条件として四つの原則を示しました。それは「ある微生物が特定の疾患の原因であるためには、つねにその病変の中にみられることや、その微生物は分離され、体外で純粋培養でき、その培養菌によって動物に同じ症状をおこすこと、そのようにして病気になった動物から同じ菌がとり出されること」というものでした。
    コッホの四原則がそれからの病原菌をつきとめる方法になり、1882年から約20年の間にチフス菌、結核菌、ジフテリア菌、ペスト菌、破傷風菌、コレラ菌などが次つぎとつきとめられてゆきました。
    こうしてさまざまな病原菌が確認され、人びとを脅かしていた伝染病に対しての治療法や予防法の探索がはじまり、サルファ剤や抗生物質の登場となります。

    細菌を知る

    A 敵になる菌・味方になる菌

    細菌の病原性は、その細菌が体外に放出する毒素エキソトキシンにより生まれます。
    コレラ菌の毒素はコレラトキシンですが、腸に対する毒性という意味でエンテロ(エンテロはギリシア語の腸)トキシンともいいます。同じようにポツリヌストキシンや破傷風菌毒素は神経系を傷害する毒性でありニューロトキシン(神経毒素)とよばれています。細菌の体内にある毒素はエンドトキシンです(下図参照)。
    自然界には同じ生態系にすむ生物間に生じる生存競争があります。 細菌は生存競争を生きぬく自衛の手段としてのタンパク質をつくり、それは敵対する相手にとって毒となるわけです。
    毒性の弱い弱毒性菌もあれば、猛威をふるう伝染病に発展する強毒性の細菌もあります。
    感染しても感染症をひきおこすとはかぎりません。ヒトの体内にすみつき、他の病原菌の侵入を防いだり、ビタミンなどの有用物をつくって供給したり、有害物を無毒化したり、あるいは食物の消化を助けたりする細菌集団は、一生を通じて共生し、健康状態を左右することが知られています。

    B 抗生物質・抗菌剤

    二つの生物間の生存競争において、一方が致命的であることを“抗生作用”といいます。
    抗生作用という語は、“2個の生物が密接に接触し、一方が他方に破壊的な作用を及ぼすこと”と定義されており、密接に接触している2個の生物の一方が他方を殺すために産生する物質が抗生物質ということになります。
    ペニシリンを発見したフレミングは、ブドウ球菌を溶かしたカビの培養液の作用は抗生作用であると考えたと伝えられています。
    このように微生物がつくる抗生作用物質がはじまりだったので、ペニシリンやストレプトマイシンなどは、人工的に合成された化学療法剤のサルファ剤などと区別されていましたが、今日ではこの区別にこだわらずに“抗菌薬”と総称するようになりました。
    数かずの抗菌剤の登場での病原菌の抑えこみはわずか50年しかもたなかったとされています。その理由として指摘されたのが耐性菌の増加でした。

    C 耐性菌

    細菌は不利な環境変化がおこると、病原性にかかわる遺伝子の発現を調節したり、数を増減させたり、ときには遺伝情報を変化させてしまったりして、多様ななかまをつくり出すので、そのなかの薬剤への抵抗性をもつように変化したものが優勢になり増殖するのです。
    米国で大学構内や牧場、国立公園などの土中に、抗菌薬を栄養源とする数百種類の細菌が発見されたという報告が科学誌『ネーチュア』にあります(2008年)。
    抗生物質は細菌同士の戦いの武器であり、細菌には人工物としての抗菌薬があらわれる以前から、相手に対抗する物質をつくる能力をもつものがあってもふしぎはありません。
    このような細菌間のバランスが、人工的抗生物質の濫用によって乱され、ほとんどの抗菌剤が効果をもたない多剤耐性菌まで発生させたというのです。

    共生菌との関係

    A マイクロバイオーム

    人体を構成している細胞数は60兆以上といわれます。同時にその10倍もの細菌がすみついていて、皮膚や口腔内や生殖器や腸管内などで細菌叢(マイクロバイオーム)とよばれるコミュニティを形成し、宿主細胞にいろいろの影響を与える生き方をしています。
    新生児は無菌の子宮から産道をくぐりぬけたとき、母親の共生微生物に出会います。母乳を飲み、いろいろな人や物やペットなどとの日常的な接触で、幼児期からすでに複雑な生態系が生じ共生関係をつくっているのです。
    最近、共生菌のタンパク合成装置リボゾームからRNA遺伝子をとり出し、遺伝子の塩基配列を解読する作業がすすめられ集積されたデータによって、知られていなかったその実態が明らかになってきました。
    ヒトの消化管にいる微生物の種類は1000以上であり、その多様な遺伝子を数えあげると330万にもなり、それはヒト遺伝子の150倍という数です。マイクロバイオームの成りたちは個々人で異なっており、一卵性双生児でも一致しないことがわかりました。
    人それぞれに異なっているものの、人体に有用な役割をする細菌由来の遺伝子が共通して発見されました。
    共生菌の研究者は、抗生物質の使用や衛生環境の変化が有用な善玉菌を減少させており、それが免疫システムを狂わせているといいます。アレルギー疾患や自己免疫疾患が、共生菌とのかかわりという視点で研究されています。

    B 皮膚の常在菌

    免疫システムと常在菌とのかかわりについての従来の研究は、主に腸内細菌に焦点があてられていました。
    外界と接するところには必ず常在菌が存在しています。皮膚表面には、人種や性や年齢による差はあるものの約1兆個の細菌が共生しており、腸内細菌叢と同じように免疫応答の制御に役割をもっていることがわかってきたのは最近のことです。
    代表的な皮膚常在菌は表皮ブドウ球菌とアクネ菌で、後者は酸素の少ない毛穴の奥や角層の裏などがすみかです。
    皮膚常在菌は皮脂成分のトリグリセリド※の分解物グリセリンを餌にしています。皮脂の分解で生じる遊離脂肪酸は皮膚を弱酸性にしたり、炎症を防いだりして保護します。
    同じブドウ球菌ながら皮膚に対する病原性をもつのが黄色ブドウ球菌です。黄色ブドウ球菌は細胞間質のヒアルロン酸を分解する酵素を分泌して組織へ侵入します。湿疹や化膿性の感染症(とびひ)の原因になり、付着しただけでは洗い流せますが、バイオフィルムとよばれるバリアをつくってそのなかで増殖することがあります。バイオフィルムのなかにかくれた菌には抗生物質の作用がとどきにくく炎症の火種となります。
    最近、表皮ブドウ球菌がリンパ球(T細胞)の成熟に必要なシグナル伝達に役割をもつことが明らかになったと報告されています。

    ※トリグリセリド(中性脂肪)

    脂肪は、グリセリンに脂肪酸3分子が結合した化合物なので、トリグリセリド(トリ=3)とよばれています。グリセリンは甘い粘性の高い液体で、水によく溶け、また体内では血糖に変えられます。

    C 口のなかの細菌叢

    ヒトの口腔は構音器官としての機能をもつように進化しました。ことばは下図の三角形(母音三角)の部位をもとにつくり出されるのですが、喉頭蓋がもち上げられているときには、口と気道の間が閉鎖されないという変化を生じることになりました。
    唾液や食物があやまって気道へはいってしまう誤えんのリスクが生じて、呼吸器感染症にかかりやすくなったといわれています。
    唾液中にふくまれる細菌に粘膜免疫をはたらかせるのが扁桃ですが、はいってくる細菌・ウイルスの病原性が高かったり、多量であったりすると、慢性炎症の病巣に移行しかねません。
    いろいろの細菌のなかで、歯周ポケットにプラーク(歯垢)をつくる細菌が歯周炎の原因になりますが、なかでも嫌気性のグラム陰性菌が主犯で歯周病菌とよばれています。
    長期の慢性炎症状がつづくと、全身の血管内皮からNO(一酸化窒素)を発生させ、循環器疾患を招くリスクにもなるのです。

    D 炎症カスケード

    グラム陰性菌は体表の外膜にLPS(リポ多糖)をもっています。LPSは宿主のマクロファージや線維芽細胞に作用してプロスタグランディンやTNF-α(腫瘍壊死因子)などの炎症性サイトカインを放出させます。
    炎症にひきよせられた免疫細胞は活性酸素やプロテアーゼによって組織を傷つけ、破壊された細胞がさらに炎症を増大させるという炎症カスケードが病変をひろげてゆくと警告されるようになりました。
    細菌感染症としての歯周病では、抗生物質の使用は不可とされています。口腔の病原菌はバイオフィルムでおおわれていて薬剤への耐性が大きいため、無害な細菌を減少させる結果になるというのです。
    口腔細菌叢では、宿主のレセプターと結合するグラム陽性菌が新生児の時代から定着していてグラム陰性菌とのバランスを保つことが望ましいのです。グラム陽性菌はpHを下げたり抗菌物質バクテリオシンをつくったりしてグラム陰性菌の増殖を抑制し、LPSを生体から排除する役をしています。
    歯磨きによってグラム陰性菌は除去され、グラム陽性菌は除去されないことが知られており、ヨーグルトのようなプロバイオティクスはグラム陽性菌です。

    メグビーインフォメーションVol.386「ヒトと細菌」より

  • ヒトに感染するウイルス

    ヒトに感染するウイルス

    ウイルスという病原体

    A ウイルス感染の経路

    “毒”の意味をもつラテン語を語源とするウイルス(Virus)は、細菌と並ぶ病原体として認識されています。
    ウイルスは、核酸とタンパク質でできた20~300nmほどの大きさの粒子で、宿主となる生きた細胞にもぐりこみ、自分の核酸を複製させ、タンパク質を合成して増殖します。
    ヒトの個体に侵入する経路は、経口感染、気道感染、血液感染、性行為感染およびカやダニなどの動物が媒介する場合があります。
    ウイルスは細胞の外に存在して、血流を介して体内を循環したり、細胞内に潜んで寄生した状態で存在したりします。

    B 潜伏感染と持続感染

    ウイルスが標的組織へたどりついて、細胞内に身を潜めながら増殖も遺伝子発現もほとんどしていない状態のとき“潜伏感染”といわれ、ヘルペスウイルス感染はその例です。このときウイルスは自身のタンパク質を用いて遺伝子発現を抑制しており、生体の免疫システムの監視がとどきません。
    水痘(みずぼうそう)ウイルスが感染したあと、獲得免疫によって治癒してもしばしばウイルスが生き残って神経節に潜伏感染します。
    ストレスなどが引き金となってウイルスの自己抑制が解除されると複製がはじまり、神経に添って水痘の症状があらわれる“帯状疱疹”を発症します。
    B型・C型肝炎やHIV感染症のように、ウイルスが増殖していても免疫システムによる排除ができないものを“持続感染”といいます。
    長期にわたる持続感染では、腫瘍をつくるケースがあります。B型・C型肝炎ウイルスによる肝細胞ガンやヒトパピローマウイルス(HPV)による子宮頸ガンが知られています。
    HPVは皮膚や粘膜に感染するウイルスで100種類以上のタイプがあり、そのなかに子宮頸ガンの主要な原因になっているなかま(16型HPV、18型HPV)があります。
    水痘・帯状疱疹ウイルスのなかまには、口唇ヘルペスや口内炎をおこす単純ヘルペスなど8種類があり、リンパ腫の一種(カポジ肉腫)で潜伏感染が発見されました。
    上図はヒトの鼻カゼの原因となるコロナウイルスの構造です。図中のエンベロープがこのウイルスの特徴です。

    C 構造と分類

    ウイルスのゲノムは1個の粒子にDNAとRNAのどちらか一方しかありません。この核酸の種類によってDNAウイルスとRNAウイルスに大別されます。
    コロナウイルスはRNAウイルスで、なかでも一本鎖RNAに属します。
    ヒトに病気をおこすウイルスはRNAウイルスが多く、RNAの複製はDNA複製にくらべて不正確であるためゲノムに変異がおこりやすいのです。
    核酸の周囲はカプシドとよばれるタンパク質の殻がとり巻き、ウイルスによってはその外側にエンベローブという膜をもっています。
    インフルエンザウイルスやB型肝炎ウイルスはエンベローブをもち、ノロウイルスはそれを備えていません。

    D 感染のプロセス

    ウイルスの感染は、まず宿主細胞への結合・吸着からはじまります。次のステップは細胞内への侵入であり、宿主の装置を利用して増殖し膨大な数の新生した粒子を細胞外へ放出するという順序で進行します。
    第一のステップの鍵となる分子は、ウイルスのエンベロープから突き出しているスパイクとよばれるタンパク質と、宿主細胞の細胞膜上にあるその受容体です。
    ウイルスと宿主細胞の間で、スパイクタンパクと受容体とが鍵と鍵穴のように合致しなければ結合・吸着はできません。
    インフルエンザウイルスが感染するヒトの呼吸器には、ウイルスのスパイク分子の糖タンパク質HA(ヘマグルチニン)が選んで結合する糖鎖をもつ受容体があります。その糖鎖はシアル酸が先端にあるシアロ糖鎖で、分子中のガラクトースとの結合のしかたのちがいによって、ヒト型受容体(α2→6)や鳥型受容体(α2→3)があります(図参照)。
    ヒトの上気道にはα2→6が、下気道や肺胞にはα2→6とα2→3の両方が分布しています。
    ウイルスのHA分子のわずか一個のアミノ酸あるいは複数個のアミノ酸変異によって結合性が変化して、種の壁を超えた感染がおこることになります。

    抗ウイルスと免疫

    A インターフェロン応答

    1950年代に、ウイルスの侵入を感知した生体がウイルス増殖を阻止する機構を発動することがわかってきました。それが“インターフェロン応答”です。
    からだを構成するほとんどの細胞が、その能力をもっています。
    ウイルスが宿主細胞内で複製を開始すると、細胞質にふだんは存在しないRNAをつくり出すので、それを見つけることが自然免疫としての応答のはじまりになります。
    哺乳類細胞は、ウイルス核酸の特徴を見分けるセンサータンパク(トル様受容体など)をもっていて、シグナルを発信します。
    ウイルス侵入の情報が核へ伝達され、転写因子の活性化によりインターフェロンが合成されます。
    なかでも樹状細胞は大量のインターフェロンをつくり、血中濃度を上昇させます。
    インターフェロン(IFN)は、ウイルス抑制因子ともいわれる糖タンパク質で、糖鎖やアミノ酸鎖のちがいによる多様性があります。

    B ウイルス増殖の阻害

    インターフェロンはⅠ型、Ⅱ型、Ⅲ型に大別され、それぞれ独立して進化してきたと考えられています。また産生細胞の種類によるα型、β型、γ型という分類があります。
    インターフェロンの抗ウイルス活性は、直接の攻撃ではなく、未感染細胞上の受容体に結合すると、その細胞の遺伝子パターンを変化させることによって、そのなかでのウイルス増殖を抑止します。I型・III型インターフェロンの場合、200以上の遺伝子発現が誘導され、多くのウイルスに対して抵抗できる状況をつくり出します。
    ウイルスの種類によって、侵入から核酸などの合成や粒子の放出までの各段階での阻害がおこることが報告されています。
    インターフェロンには、抗ウイルス応答のほかに右上表のように自然免疫から獲得免疫までの免疫応答にかかわる生理活性が知られています。

    C 対抗するウイルス

    I型IFNシステムは自然免疫での中心的なはたらきをしています。これに対してウイルスの側も宿主の免疫応答を回避する方法を、進化させてきました。
    A型インフルエンザウイルス、B型・C型肝炎ウイルス、ヘルペスウイルスなどが、宿主細胞のIFN合成経路で、シグナル伝達を阻害するなどして対抗しているというのです。
    エボラ出血熱の原因ウイルスもまた、I型インターフェロンの産生を阻害すると報告されています。
    長い進化のプロセスで、ヒトとウイルスは切っても切れない関係をもってきたわけです。

    D 予防接種とワクチン

    感染症の病原体(ウイルスや細菌)の病原性を人為的に著しく低下させたり消失させたりしたものや、病原体の体成分の一部を摂取あるいは注射による接種で、その病気に対する獲得免疫による免疫学的メモリーをつくらせることを“予防接種”といい、摂取する物質を“ワクチン”といいます。
    自然界には同じ感染症の病原体に、病原性の弱いものと強いものがあります。ある感染症にかかって軽くすむと、“二度罹りなし”の原理がはたらいてその病気にかからないという経験から予防接種法が考え出されました。
    天然痘は“ヒトの天然痘に似たウシの病気でヒトに感染しても軽症ですむ”ことに気づいたジェンナーが1798年に牛痘接種法をはじめました。
    ポリオウイルスのなかに、夏の時期に腸管感染して下痢症状をおこすがマヒのような神経症状には至らない弱毒性のものがあることに気づき、この弱毒ウイルスを分離して生ワクチンにしたのが米国のアルバート・セービンでした。

    E ワクチンの副反応

    ワクチンには不活化ワクチンと生ワクチンとがあります。ポリオや風疹や水痘、おたふくかぜ、BCGなどは生ワクチンであり、ジフテリアや日本脳炎、百日せき、A型・B型肝炎、肺炎球菌などに不活化ワクチンが用いられています。
    予防接種による免疫をつけたり強化したりする効果以外の効果を副反応といいます。
    副反応では、摂取部位が赤く腫れるといった軽症の局所反応が、どのワクチンでも少なからず生じています。
    発熱や発疹といった全身反応は、ワクチン成分のゼラチンなどに対するアレルギーによる過敏反応としてあらわれることがあります。
    生ワクチンは体内で増殖するので、その疾患の軽い症状としての発熱などが生じてくることがあります。かつて生ワクチンでその病気が発症してしまうという副反応がポリオの生ワクチンでおこりました。日本では1962年以降、ポリオの流行はみられなくなったので2012年より不活化ワクチンに変更になりました。

    臓器とウイルス感染

    A 消化管が標的

    近年、食中毒の主犯が腸炎ビブリオやサルモネラに代って、カキなどの二枚貝を介して感染するノロウイルスになったといわれます。
    胃腸に感染して下痢や嘔吐といった症状をひきおこすノロウイルスとロタウイルスは、共にエンベローブをもたないウイルスです。
    エンベローブをもたないために、大部分のウイルスが胃液による攻撃をくぐり抜けて小腸に到達します。
    十二指腸や空腸の腸壁の粘膜面をおおっている上皮細胞は絨毛をつくって吸収面をひろくしています。ウイルスは上皮細胞表面に出ている糖鎖に吸着して侵入し、増殖をはじめます。
    ウイルスに占拠されると上皮細胞は本来の仕事である水分や栄養素の吸収ができなくなるので、下痢症状がおこることになります。
    ノロウイルスは85℃で1分以上加熱すると不活化します。
    アルコールは、ウイルスのエンベロープを破壊することで消毒の効果を発揮します。従ってエンベロープをもたないノロウイルスやロタウイルスには効果がありません。石けんもあまり効果がないとされており、感染予防には水で流し去る方法がすすめられるのです。
    ヒトの排泄物に出されたウイルスが下水から川や海へゆき、カキなどの二枚貝の体内で消化器官にたまり濃縮されます。生食にはノロウイルス感染のリスクがあるわけです。
    過去10年間でもっとも大きな流行をみせた2006年に、その原因として遺伝子変異が指摘されました。
    遺伝子変異がおこると、獲得免疫をもたない人が多いため流行が拡大することになります。

    B 神経ウイルス

    中枢神経系を標的とするウイルスが“神経ウイルス”で、感染により重篤な症状を生じさせるものが少なくありません。
    神経ウイルスの感染は、急性または慢性の炎症による神経細胞の破壊により進行性の変性疾患をひきおこします。
    はしかの病原体である麻疹ウイルスや、日本脳炎の原因である日本脳炎ウイルスのほか、単純ヘルペスウイルスも中枢神経系に感染して、急性の脳炎症状を生じさせるので神経ウイルスとされています。
    インフルエンザウイルスは呼吸器に感染し、粘膜上皮細胞内で増殖しつついろいろのサイトカインを放出します。サイトカインの作用によって血管内皮細胞が傷つき透過性が異常に増大するため、脳や肺など全身の臓器でウイルス増殖が可能になります。
    新型インフルエンザの重症例では、脳の浮腫や脳圧が高くなるインフルエンザ脳症を発症したり、重い脳炎をおこしたりすることがあります。
    このインフルエンザ脳症の重症化には、エネルギー代謝酵素の遺伝子多型がかかわっており、高熱によりミトコンドリア機能が低下していると報告されています。同じメカニズムで熱中症での脳症も説明されています。
    エネルギー代謝の低下により、細胞内のATP量が減少すると、急速な浮腫や循環不全がおこり、最終的には多臓器不全にまで進行するというのです。

    C 急性呼吸窮迫症候群

    2002年に中国で出現し、数ヶ月で世界中にひろがったSARS(重症急性呼吸器症候群)や2009年に発生したブタ由来の新型インフルエンザなどでみられる急性に発症する呼吸不全は、総称して急性呼吸窮迫症候群(ARDS)といわれます。
    急性呼吸窮迫症候群では、肺の血管透過性が異常亢進して浮腫を生じており、呼吸不全による高い死亡率が知られています。
    肺組織では自然免疫が過剰にはたらいて、はげしい炎症がひきおこされる一方で、インターフェロン応答レベルが低下しています。
    季節性のインフルエンザに比較して、新型インフルエンザは肺マクロファージによる炎症性サイトカインの放出を強力に促進し、症状を悪化させるのです。

    D 抗感染症ビタミン

    ウイルスの侵入経路で対抗する粘膜免疫は、低タンパク栄養によるダメージを受けることが知られています。
    ビタミンAは美容ビタミンとも抗感染症ビタミンともいわれるように、粘膜を守る機能で知られた栄養素です。
    ビタミンAは、分泌型免疫グロブリン(IgA)の産生を促進し、ビタミンB6やビタミンCとともに粘膜免疫における抗感染を担っています。

    メグビーインフォメーションVol.385「ヒトとウイルス」より

  • 新しい免疫の見方

    新しい免疫の見方

    免疫研究の新展開

    細菌・ウイルスをはじめとする体内へ侵入した異物を非自己と認識して、それを排除しようとする防御反応が免疫とよばれる生体現象です。
    かつて免疫という用語は、一度かかると二度目はかかりにくくなることを意味していましたが、現在では自己と非自己を見わけて非自己を排除する反応の全体を指しています。
    病原体感染に対しておこる初期反応としての“自然免疫”と、二度なしを成立させる“獲得免疫”があり、前者は原始的な生物にもみられる非特異的な方法であり、後者は進化の途上で生まれてきた新しい防御システムであるというのがかつての免疫学の考え方でした。
    20 世紀の免疫研究は、獲得免疫の解明が主流となったのも当然の成りゆきだったといえましょう。
    ところが1995 年以降、従来の考え方を大きく転換させる発見があいつぎ、自然免疫の役割と樹状細胞やマクロファージ、慢性炎症とのかかわりが注目されるようになりました。それは動脈硬化やメタボリックシンドローム、ガン・アレルギー、自己免疫疾患、老化にまでひろがっています。

    病原体センサー

    新しい自然免疫システムの研究は、病原体をみつけるセンサーの発見によりはじまりました。それまでの自然免疫に対する見方は、昆虫などの無脊椎動物ももっている、マクロファージや好中球が無差別に病原体をみつけて食べてしまうという単純な方法(細胞性免疫)ですが、これに体液性とよばれる抗菌ペプチドを用いる方法が加わりました。
    抗菌ペプチドは、細菌や真菌などを見分けて誘導・分泌されますが、獲得免疫システムでつくられる抗体のように複雑な形態ではなく、その機能も病原体の細胞に穴をあけて殺すというシンプルなものです。
    この抗菌ペプチド合成は、細胞表面に配置されているタンパク質(トルと命名)からのシグナルによって開始されます。トル(Toll)にあたるタンパク質が哺乳動物にも存在することが1997 年に明らかにされました。このタンパク質はTLR(トル様レセプター)とよばれています。ヒトのTLR は10種あり、それぞれが異なる病原体の構成成分を認識しています。TLRが細胞内にシグナルを送り、抗菌ペプチドをつくらせます。
    このように病原体のセンサーとしてはたらいているTLR は、さらに樹状細胞を介して獲得免疫反応にもかかわっています。

    樹状細胞の抗原提示

    侵入した病原体の特徴を示す情報をT 細胞のなかまを介して獲得免疫システムに渡す仕事が抗原提示で、それを受もつ細胞が抗原提示細胞です。
    抗原提示細胞としてはかねてからマクロファージが知られていましたが、1973年に発見された樹状突起をもつ細胞が、より抗原提示能力にすぐれていることがわかりました。
    病原体がもつ外来抗原の侵入により炎症が生じた組織では、TLRにより病原体を認識することで未熟樹状細胞が活性化し、リンパ節などの二次リンパ組織へ移行して成熟樹状細胞になり未感作のT細胞に抗原を提示します。
    樹状細胞はとりこんだ病原体のタンパク質を消化し、アミノ酸10個ほどのペプチドにして抗原情報分子にします。
    抗原情報分子の形を知らされたT細胞は活性化T細胞となって、サイトカインを放出して獲得免疫に従事するB細胞に指示を出します。
    自然免疫は病原体感染に対しての初期応答ば獲得免疫応答につなぐ重要な役割をしていることになるでしょう(上図)。
    TLRは細胞表面に分布していて、細菌膜構成成分のリポタンパクや膜脂質などを認識するものや、小胞体に分布していて細菌やウイルスの核酸を認識するものがあります。また寄生虫成分のキチンや糖タンパクを識別するものもあることが知られています。
    自己と非自己の識別という免疫の本質の上で自然免疫の意味が増してきたといわれているのです。

    自然炎症という考え方

    自然免疫システムでは、細菌やウイルスなどの特徴的な構造を認識する方法なので、個体に外来病原体と似た分子構造が存在すると、自己を非自己として認識してしまうという事態が生じないとはいえません。酸化ストレスや小胞体ストレスにより生じたリン脂質や核酸が自己抗原になって、自己免疫といわれる免疫応答をひきおこすこともあります。
    これまで自己免疫疾患は獲得免疫システムにおいて、免疫寛容(抗原に対してT細胞応答をおこさない状態)が破綻した病態と考えられてきました。
    代表的な自己免疫病であるSLE(全身性エリテマトーデス)では、自己成分の核酸(DNA・RNA)に対して抗体(免疫グロブリン)がつくられています。獲得免疫での抗原はおもにタンパク質であり、自己核酸への免疫応答はTLRの解明によって理解されるようになったのです。
    体内で生じてくる代謝産物などの内因性リガンド(受容体、抗体などのタンパク質に特異的に結合する物質)を、病原体センサーが認識しながら平衡状態が維持されています。ところが内因性リガンドが過剰に生じたり、尿酸結晶のようなリガンドがつくられたりして、非感染性の炎症がおこっているというのです。
    右上図中のDanger Signalは、死んだ細胞から放出される成分を指しています。
    組織の傷害により細胞外に出てくる内因性リガンドが病原体センサーに認識されて生じてくる慢性炎症を自然炎症とよんでいます。

    加齢と免疫老化

    加齢にともなってT細胞にさまざまな機能の異常があらわれてきます。
    抗原に出会う以前の細胞(ナイーブ細胞)が少なくなり、新たな非自己への反応力が低下したり、抗原提示を受けてもシグナルが適切にはたらかなかったりするのです。
    高齢者ではマクロファージや好中球が、病原体や死細胞を分解処理しきれず、除去が不十分になってゆきます。そのため樹状細胞は炎症性サイトカインを放出しつづけます。
    その結果、自己抗体や炎症性タンパクが増加しており、自己免疫疾患や加齢関連疾患の罹患率が高くなってゆきます。
    酸化ストレスによりDNAにダメージが生じた老化細胞は、低レベルながら慢性的に炎症性サイトカインを出しつづけており、細胞間質の構造をこわす酵素を分泌して周囲の組織を変化させ、腫瘍形成の基盤をつくっていると報告されています。
    老化細胞が分泌するサイトカインや細胞外基質の分解酵素は、本来はNK細胞による老化細胞除去を促すシグナルになるのですが、だんだんに除去のおくれが生じてくるのです。
    炎症性サイトカインや分解酵素の産生にかかわる遺伝子多型が見出されており、炎症の強弱により老化度の差があるといわれています。

    自然免疫─組織と細胞

    マクロファージと好中球

    マクロファージは、炎症の場にあらわれる大型の食細胞として発見されました。発見・命名者はロシアの微生物学者メチニコフで、1908年にノーベル医学生理学賞を受賞しています。
    炎症組織には食作用をもつ小型の細胞もあつまっています。好中球やミクログリアなどです。
    マクロファージは病原体を貪食すると炎症性サイトカインを放出し、好中球を活性化します。血管内皮細胞に好中球を結合する接着分子を出現させたり血管内腔を拡張させたりします。
    血管拡張により好中球が集まりやすくなり、食細胞の密度が高くなって腫れや熱が生じます。
    炎症性サイトカインにはインターロイキンのなかま(1、6、8など)やTNF-α(腫瘍壊死因子)がありますが、なかでもTNF-αは血管拡張作用が大きく血流をゆるやかにするため、ゆきすぎると血圧を低下させ、“敗血症性ショック”といわれる病態の原因になります。
    急激に増加する好中球は、やがてアポトーシスし、マクロファージによって貪食され除去されて炎症が鎮静化しますが、除去作業がおくれると慢性炎症へつながりかねません。

    マクロファージの変身

    最近の研究でマクロファージは可塑性の高い細胞であることが明らかになってきました。
    状況に応じて形質が変化し、異なる機能をもつようになるのです。
    ウイルス感染で産生されるIFN-γ(ガンマインターフェロン)や、微生物構成成分で活性化したマクロファージはM1型(古典的活性化)とよばれ、炎症性サイトカインや活性酸素や一酸化窒素(NO)を放出し、抗腫瘍作用を示します。
    炎症の収束期には、アポトーシス細胞からのシグナルや酸素濃度などのさまざまな要因によりM2型(選択的活性化)マクロファージへと変ってゆき、組織の修復再生をすすめます。また寄生虫感染やアレルギーやガンの転移にもかかわっているといわれています。
    生体内にはさまざまなM2マクロファージが存在していることが知られてきました。M2マクロファージは抗炎症サイトカインを分泌します。
    肥満にともなって脂肪組織にM1マクロファージが増加するといわれています。肥満ではない脂肪組織ではM2マクロファージが優勢でありインターロイキン10(抗炎症サイトカイン)やNO生合成を抑制する酵素アルギナーゼをつくって組織の炎症性変化を防いでいるというのです。

    粘膜免疫システム

    消化管、呼吸器、泌尿器、生殖器、および涙腺、唾液腺、乳腺などの外分泌腺は粘膜組織で外界と接しています。
    外界と接する体表面は、病原体や異種タンパクなどの抗原の侵入口であり、粘膜組織はその主要な場になっています。
    粘膜組織には独自の免疫システムがあって、外来抗原の排除とともに、常在菌との共存により恒常性を維持しています。
    鼻咽頭における“へんとう(扁桃)”や腸管の“パイエル板”といったリンパ組織には、マクロファージや樹状細胞、リンパ球が多く集まっており、IgAという分泌型の免疫グロブリンを駆使する獲得免疫応答とともに、自然免疫系リンパ球とよばれるNK(ナチュラルキラー)細胞やNH(ナチュラルヘルパー)細胞や抗原提示細胞に担われた自然免疫システムがはたらいています。

    ナチュラルキラー細胞

    肺や肝臓などの臓器の間質や腸粘膜などで見出されたリンパ球で、ウイルス感染細胞や腫瘍細胞を標的として破壊するキラー活性をもつ細胞がナチュラルキラー(NK)細胞です。
    NK細胞はパーフォリンと名付けられたタンパク質で標的細胞の細胞膜をこわします。ガン化した細胞のアポトーシス遺伝子のスイッチをオンにしたり、栄養物を運ぶ血管新生を抑制したりして細胞死へ追いやったりもします。
    キラーとよばれる細胞には、獲得免疫システムに属し、ヘルパーT細胞の指示によってはたらくキラーT細胞がありますが、NK細胞は他からの指示は受けず、細胞同士の相互作用によって異常細胞を見分けていることが明らかにされました。
    最近の研究でNK細胞はインターフェロンγなどのサイトカインを大量に分泌し、他のNK細胞やT細胞にはたらきかけ活性化するなどの新しい機能が見出されています。

    腸管免疫

    腸管の常在フローラ(腸内細菌叢)は、粘膜免疫の発達にかかわっています。
    常在フローラは本来病原性をもっていません。また食事により送りこまれる異種タンパクに対しては免疫寛容が必要であり、病原体の排除と常在菌や食物成分には免疫応答を発動しないという関係を維持するために、腸管免疫システムの細胞は、全身の免疫と異なるはたらき方をするようになりました。
    腸管粘膜に存在するNK細胞はパーフォリンのような武器はつくらず、一方でインターロイキン-22(IL-22)をつくります。IL-22は腸管上皮細胞に作用して抗菌タンパク質づくりを促すことが知られています。
    IL-22産生細胞は、ヒトの扁桃でも発見されています。

    ナチュラルヘルパー細胞

    腸内の脂肪組織である腸間膜には、リンパ球やマクロファージや樹状細胞の集まりが観察されています。腸間膜には腸間膜リンパ節とよばれるリンパ節がありますが、これとは別のリンパ球の集合場所として発見されました。
    このなかに寄生虫を見つけ出す役の自然免疫担当細胞があり、ナチュラルヘルパー(NH)細胞と名付けられました。
    NH細胞は全身に好酸球を増殖させて、寄生虫の感染を防ぎます。この生物現象がアレルギーの発症にかかわると考えられています。

    メグビーインフォメーションVol.384「自然免疫学」より

  • 病態栄養学

    病態栄養学

    栄養学の変遷

    栄養素の発見・研究の歴史には、それぞれの時代に人びとの生存を危うくしていた病気へのとりくみが刻まれています。
    脚気やくる病や壊血病が、“病原菌のない病気”という見方を定着させるまでには長い年月が必要でした。
    感染症ではなく、原因が食事にあるという病態が見出されてゆきました。
    臨床医学史に古典として記されている小児病としてのクワシオルコールは“次の赤ん坊が生まれたときに年長の子がかかる病気”という意味の名称で、タンパク質の質や量の不足からおこることが20世紀の半ばになって認められました。
    栄養学研究は、社会情勢を映しながらすすみます。
    戦争と飢餓、経済発展と食品の多様化や飽食とのかかわりは、新たな病気を発生させることになります。生活習慣や医療体制の変化により疾患構造が変化します。病態栄養の分野はそれによって新たな課題にとりくむことになります。

    病態栄養の課題

    病態栄養とは、栄養学のなかで各種の疾患にともなう生体内環境や器官に生じる生理機能の変化に対して、栄養素などの食品成分がはたらきかけ、相互作用するメカニズムを研究する領域です。
    病因としての微生物感染ばかりでなく、代謝トラブルが酸化ストレスや糖化ストレスという負荷を細胞に与えます。各器官の協調に欠かせない情報伝達システムの異変が、外来の環境因子によってひきおこされたり、遺伝子発現に介入したりすることが細胞レベル、分子レベルで明らかになってきて、そこでの食物成分の役割が理論と実践の両面で追求される時代になっています。
    なかでもレドックス制御(酸化ストレスと抗酸化力のバランス)はよく研究されています。
    メタボリックシンドロームは過体重や脂質代謝の異常、インシュリン分泌と抵抗性の重要性を明らかにしました。
    遺伝子発現と核内受容体群の知識から、ステロイドホルモンや脂溶性ビタミン、電解質のいろいろが細胞環境としての体液のホメオスタシスや細胞の生死にまでかかわることや、骨代謝がそのなかで中核的な位置を占めていることに注目した新しい視点からの栄養条件が、医療を支える必要がいわれています。
    日本においては高齢化の問題が世界のどの国よりも緊急だといわれています。先進諸国の高齢化率の比較では、1980年代までは下位でしたが、21世紀になってもっとも高いレベルになりました。
    高齢社会では、老年症候群を視野に入れた病態栄養が求められています。加齢とともに病気の構造や病態が変化しており、嚥下や消化などの機能低下とあわせた対策が必要になります。

    レドックス制御

    下図のように体内では内因性・外因性の活性酸素が生成しています。
    生成した活性酸素は、抗酸化酵素や抗酸化物質の作用により消去されますが、両者のバランスがくずれて酸化ストレスに傾くと、核酸・タンパク質・脂質などの体構成成分を傷害し、ガンをはじめとする多くの疾患・病態の成因になります。
    活性酸素と相互作用し、酸化ストレスを拡大させる活性窒素(NO)は、血管内皮や神経やミトコンドリアで合成されています。
    活性酸素や活性窒素は生体に対して有用と有害の二面性をもっています。処理に手ぬかりがあると酸化ストレスが組織を傷つけたり細胞死に追いこんだりする事態がおこってしまいます。
    生体は酸化ストレスに対しての備えとしてレドックス制御システムを備えました。このシステムで重要な役割をもつタンパク質がチオレドキシンです。
    チオレドキシンは分子のなかに二つのシステインをもっていて、これがレドックス(酸化・還元)活性を発揮することで、一重項酸素やヒドロキシルラジカルといった活性酸素を消去します。
    炎症反応では酸化ストレスが生じやすいのですが、チオレドキシンは炎症性サイトカインを抑制することが実験的にたしかめられました。
    システインは含硫アミノ酸で、メチオニンから生合成されるので可欠アミノ酸に分類されていますが、生体内の抗酸化物質として重要なグルタチオンの成分であり、レドックス制御に欠かせないことが知られています。
    ダイズやコムギのタンパク質やゴマや干しノリなどが、システインの給源になります。
    チオレドキシンの生合成を誘導する活性をもつ食物成分として、アブラナ科植物の効果が報告されています。
    カイワレ大根、紫キャベツやブロッコリーの新芽、クレソン、ワサビの葉、ラディッシュの葉などの成績がよかったのです。
    チオレドキシンとグルタチオンは、細胞内のレドックスバランスを保つ役をしていて、過剰な活性酸素や活性窒素が発生すると、グルタチオンや還元型チオレドキシンが不足し、タンパク質を分子間で架橋(ジスルフィド結合)して構造を安定にしているSH基を酸化し、不良タンパクをつくり細胞機能を低下させます。

    インシュリンのはたらき

    膵臓が分泌するホルモンのひとつインシュリンは、血中のブドウ糖濃度(血糖値)を狭い範囲に保つホメオスタシス機構の鍵を握っています。
    細胞は昼も夜もエネルギーづくりを休みません。エネルギー源として供給されるグルコース(ブドウ糖)は、肝臓が貯蔵したり放出したりして適量に調節します。
    摂食によって食物成分の糖質が消化・吸収されると、門脈を通って肝臓へゆきます。
    血糖の変化を膵臓がモニターしていて、摂食により急激に増えるとインシュリンを分泌して正常にもどすようにはたらきます。
    摂食時の門脈には多量のグルコースがあり、細胞内外の濃度勾配により肝細胞へ流入します。流入したグルコースは酵素グルコキナーゼにより変換されるので濃度勾配が維持され、持続的にとりこまれます。
    インシュリンは肝臓へはいって糖の放出をストップさせる一方で、血中グルコースのとりこみを促します。
    インシュリンはグルコキナーゼの活性を増強し、さらに糖新生関連遺伝子の発現を抑制します。
    糖新生は肝臓のグルコースづくりのしくみで、絶食時などにはたらきます。

    脂肪組織・骨格筋

    脂肪組織にとりこまれたグルコースは、中性脂肪へ変換されエネルギー源として蓄積されます。
    インシュリンは、GLUT4(4型グルコース輸送担体)を細胞表面へ移動させて、積極的にとりこませたり、中性脂肪合成酵素の遺伝子発現を促進したりします。
    GLUT4は、骨格筋でも同じくグルコースとりこみ役になっています。
    肝臓の糖新生には、原料として骨格筋からアミノ酸(アラニンやグルタミン酸)の供給を受けるので、インシュリンは骨格筋へのアミノ酸供給やタンパク質合成も助けています。

    インシュリン抵抗性

    膵臓からのインシュリン分泌が正常であっても、肝臓や骨格筋や脂肪組織がインシュリン作用に反応しにくくなっている状態をインシュリン抵抗性といいます。
    インシュリン抵抗性は、肥満、運動不足、ストレス、アルコール過剰摂取などによりひきおこされることが知られています。
    肥大した脂肪細胞から分泌される遊離脂肪酸などはインシュリン受容体に作用して、糖のとりこみを妨害します。
    インシュリンの分泌は、摂取されたグルコースやアミノ酸によって刺激されます。とくにアミノ酸のロイシンやグルタミン酸にその効果が大きいといわれています。
    脂肪酸は急性にはインシュリン分泌を促進するのですが、持続して存在すると反対にインシュリン分泌を抑制することになります。
    インシュリン抵抗性は、脂質代謝異常や高血圧と重なって動脈硬化のリスク因子になります。

    薬物と食物の関係

    薬物と栄養・食物

    病態が生じたとき、医薬品の投与がひろく行われています。
    薬物は通常、口から摂取されて胃を通過し、小腸での分解を免れて吸収されると、血液で運ばれ標的組織に作用します。
    食物を調理し加工して、消化システムによって栄養素をとり入れる営みのいろいろの段階で薬物との相互作用が生じます。
    薬物摂取のタイミングが、食前か食後かによって、吸収率や吸収速度が異なってきます。
    食後の場合、食事の内容も無関係ではありません。
    摂食による消化液の分泌量や、消化管内のpHの変化、胃内容物の腸管への移行速度や消化管の血流速度が影響します。
    血液凝固を抑制し血栓予防の効果をもつ薬剤ワルファリンは、ビタミンKの作用に拮抗してはたらきます。そこでこの薬の使用時にはビタミンKの豊富な納豆やブロッコリーやクロレラ食品を避けるようにといわれています。
    また鉄剤の摂取には、タンニンの多い緑茶での服用は不適当であり、グレープフルーツジュースは、降圧剤の一種(カルシウム拮抗剤)の吸収を阻害するという知識がひろがっています。
    緑茶などの成分であるタンニン酸が、鉄剤の鉄とキレート化合物をつくり吸収をさまたげると考えられたのですが、現在は大きな影響はないことが確かめられています。
    グレープフルーツジュースは、薬物の吸収過程で、消化管粘膜ではたらく輸送体タンパクや
    薬物代謝酵素に作用して、血中へはいる薬物量を増加させるというのですが、その効果には個体差があるといわれています。
    薬物のなかには、抗ガン剤のように味覚を変えたり食欲を抑えたり、下痢や吐き気を生じさせる抗生物質などがあります。
    緩下剤や利尿剤、制酸剤のように体液の電解質を変化させるものもあります。

    血中での相互作用

    吸収され血中へはいった薬物の多くは、アルブミンなどの血漿タンパクと結合した状態で存在します。
    薬物が作用するときは遊離の状態になっています。血漿タンパクの薬物との結合の程度は薬物ごとにある一定の割合になりますが、タンパク質の薬物との結合部位は限られているので、食品成分のなかにそのタンパク質との親和性の大きいものがあると、結合できない薬物がはたらいてしまい、薬効が強くなりすぎることになります。
    薬物の主な排出経路である尿のpHが上昇すると塩基性薬物は尿細管で再吸収され、pHの低下によって酸性の薬物が再吸収されるため、排出がおそくなります。食物・薬物それぞれの体内動態での相互作用が生じているわけです。

    炎症と薬物・栄養

    酸化ストレス・糖化ストレス・小胞体ストレスはいずれも炎症を介して、動脈硬化や糖尿病やガンなど、一見まったく異なる病態における共通の基盤になっているといわれるようになりました。この場合の炎症は“発赤、熱感、はれ、痛み”という徴候を示さない、ゆっくりと進行する慢性炎症を指しています。
    急性炎症に対して用いられる薬物はアスピリン(アセチルサリチル酸)やステロイド剤、インドメタシンなどの抗炎症剤のいろいろです。
    ステロイド剤で明らかなように抗炎症剤には副作用があり、漫然と使用することはできません。炎症性サイトカインの産生抑制を狙った薬物療法がありますが、全身的に効果を挙げるには至っていません。
    慢性炎症の進展には、マクロファージなどの免疫細胞のかかわりが指摘されており、インフラメイジングとよばれる加齢にともなっておこってくる全身での慢性炎症がその土壌にあるのです。
    加齢により免疫系の機能が低下すると、病原体や死細胞の除去が不十分になり、マクロファージや樹状細胞が持続的に炎症性サイトカインを分泌し、それが組織にダメージを与え、さら細胞死がおこるという悪循環が形成されると考えられています。

    慢性炎症と栄養

    摂取した食物成分は体内で代謝されると、その産物の質的・量的変化を介して炎症反応を促進したり抑制したりします。
    糖質では、慢性の高血糖が、インシュリン抵抗性や酸化ストレス・小胞体ストレス・糖化ストレスと複雑なかかわりをつくります。
    内臓脂肪には軽度の慢性炎症が生じており、これが全身へ波及してゆきます。その引き金はから出される飽和脂肪酸で、リポ多糖受容体を活性化して炎症反応をおこさせたり、オートファジーを阻害して、酸化ストレスを増大させます。肝臓、膵β細胞、骨格筋や脳内でも、飽和脂肪酸による炎症の促進がみられるというのです。
    これに対してEPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)は抗炎症作用をもっており、細胞内の脂肪酸バランスが炎症反応を制御します。
    タンパク質が分解して生じるアミノ酸ヒスチジンは、マクロファージの炎症性サイトカイン産生を抑制します。
    トリプトファンおよび、その代謝によりつくられるニコチンアミドは小腸において抗菌ペプチドを産生して、腸内環境を維持し炎症性腸疾患を防いでいることが知られています。
    このようにアミノ酸の薬理作用が注目されるようになってきました。

    メグビーインフォメーションVol.383「病態と栄養・食物」より

  • わかってきたリンの生化学

    わかってきたリン(P)の生化学

    体液の電解質組成

    体液の量や分布、浸透圧、pHの調節は電解質のはたらきによって維持されています。
    電解質は水などの溶媒に溶けるとイオンに解離して電気伝導性を示す物質で、食塩(NaCl)はその例です。
    体液の電解質組成は細胞の内と外とで大きくなっています。
    細胞内の陽イオンはカリウムが主体で、陰イオンはリン酸イオン、細胞外液では陽イオンがナトリウム、陰イオンはクロールと重炭酸イオンという具合です。
    細胞膜内外の浸透圧を保つように、水分が膜を通過移動し、内液の量は外液より多くなっています。
    体液の約3分の2が細胞内液で、残りが外液ですが、そのうち約4分の1~3分の1が血管内にあります。
    水分や電解質の摂取は、脳の視床下部や頸動脈や心筋にある圧受容体、さらには腎糸球体装置などが感知してホルモンや交感神経系を介して腎臓へシグナルを送り、尿へ排出といった調節作用を促して、恒常性が維持されるしくみです。
    低Na(ナトリウム)血症や低K(カリウム)血症、高K血症などの電解質組成の異常は、心筋や消化器や神経系の病変を生じさせます。

    Ca・P・Mgの代謝異常

    ナトリウム・カリウムとともに主要な必須ミネラルに分類されているカルシウム(Ca)、リン(P)およびマグネシウム(Mg)も生体内の電解質として、いろいろの生理機能にかかわっています。そして心不全などの心血管系疾患や腎臓疾患にその代謝異常が結びついています。
    このなかでリン代謝の研究はおくれていました。日常の食生活で不足のないミネラルであり、その代謝調節はカルシウム代謝に付随するだけと考えられていたのです。
    転機は“Klotho”と名付けられた変異遺伝子の発見により訪れました。
    “Klotho”という名は、ヒトの一生を司どるギリシア神話の糸を紡ぐ女神にちなんだものと伝えられています。
    Klotho遺伝子は、皮膚の萎縮、脱毛、歩行異常、脊骨湾曲、骨粗鬆症、動脈硬化などヒトの老化に似た症状が出現し短命という特徴を示す変異をもたらすものでした。
    そしてKlotho変異マウスにあらわれるさまざまな老化にかかわる症状の原因は、カルシウム・リンの代謝異常であることがわかりました。
    CaとPは副甲状腺ホルモンと活性型ビタミンDによる調節を受けています。
    副甲状腺は甲状腺の裏側にあり、PTH(パラトルモン)というホルモンを分泌します。PTHは、骨から血中へCaを動員し、腎臓でのCaの排泄を抑え、リン酸の排出をすすめます。またビタミンDを活性型へ変換します。
    活性型ビタミンDは腸管でのCaとPの再吸収と腎尿細管でのCaの再吸収を促進します。
    Klothoタンパクはシグナル伝達や抗酸化作用、腎臓のイオンチャネルの活性調節など多様な生理機能をもっており、ビタミンD代謝にかかわっているのです。

    Klotho遺伝子と疾患

    動物実験によってKlotho遺伝子の変異や欠損で腎臓・動脈・心臓・皮膚・肺・軟骨などでの“異所性石灰化病変”が生じることがわかりました。
    異所性石灰化とは、骨以外にカルシウム塩が沈着し、画像診断などによってみつけ出されるものをいいますが、胆石や腎結石のような結石症は通常ふくまれません。
    慢性腎臓病では、腎臓からの排泄量が減ってPが蓄積し、パラトルモンの分泌がふえる一方で活性型ビタミンDは低下します。さらに石灰化により血管壁の弾力が失われることになります。また血管内皮からのNO(一酸化窒素)放出も低下します。NOの減少は血管拡張をさまたげて障害のリスクになるのです。
    近年、腎機能が正常であっても血中リン濃度が高いと心血管疾患の危険度が高まるといわれるようになりました。
    ヒトのKlotho遺伝子には6種のSNPs(一塩基多型)があり、脂質代謝や糖代謝、収縮期血圧、骨塩量に関連していることが知られています。
    疫学調査のデータも、高リン血症は寿命に関してマイナス因子であることを示しました。
    そしてリンに対しての新しい視点が生まれてきたのです。

    リンの生化学

    リンはすべての細胞・組織のなかにあります。その80%はカルシウムと結びついて不溶性のカルシウム塩(ヒドロキシアパタイト)になって骨や歯に沈着しています。
    体内存在量は炭素・窒素・カルシウムについで多く、その総量は約500~700gとされています。そのうちの10%ほどはタンパク質や核酸や脂質に結合しています。
    細胞膜はリン脂質の二重層構造であり、DNAやRNAの基本骨格はデオキシリボースおよびリボースがリン酸でつながれたつくりです。
    生体用エネルギーはATPにリン酸の結合という形で蓄えられます。リンはいろいろの酸化物になりますが、そのなかのリン酸(H3PO4)が生化学的に重要です。
    血中では血液のpHを正常に保つようにはたらいています。
    厚生労働省の発表によれば、日本人成人は1日に男性が1,000mg、女性は900mg程度のリンを摂取しています。そのうち80%ほどが吸収されますが、一方で摂取量の約15%にあたるリンが消化液中に分泌されています。
    リンの摂取量に応じて血清中の無機リン濃度が上昇し、感知した副甲状腺や骨や腎臓がホルモン分泌を介して尿への排出量を調節します。

    リン代謝の調節

    リンとカルシウムは相互に関連しながら、活性型ビタミンDやパラトルモンやKlothoなどの作用で恒常性が維持されますが、腎臓の機能が低下するとそれが困難になってきます。
    カルシウムとリンの貯蔵庫の役割をしている骨は、絶えずリモデリング(骨吸収と骨形成の繰り返し)によりミネラルを血中へ放出したりとりこんだりしています。
    骨以外の組織でも細胞へ移行したり放出されたりしており、全体として体内のリン出納は平衡状態にあります。
    リンの摂取量が過剰だったり不足したりする場合には、腎臓でのリン再吸収によりそれを調節して一定のレベルに維持します。
    リンは糸球体の基底膜をたやすく通過しますが、尿細管に再吸収の装置があって、大部分が吸収されています。(右図)。
    尿細管のなかでも近位尿細管の管腔には特別のリン酸トランスポーターが配置されているのです。

    リン酸トランスポーター

    リンを輸送するトランスポーターはナトリウム依存性で、ナトリウムイオン(Na+)とリン酸水素イオン(HPO42-)を輸送します。
    活性型ビタミンDは核内受容体に結合し、トランスポータータンパクの遺伝子を発現させます。このときレチノイン酸(ビタミンA誘導体)受容体との複合体になることが必要です。
    このような調節機構はありますが、食後には血清リン濃度が上昇して、血管内皮機能の障害や血管壁石灰化、骨代謝異常などのリスクになると報告されています。
    リンの過剰摂取から副甲状腺ホルモンの分泌が促されると、それが骨にも作用し骨吸収が増加、骨形成とのバランスが破綻して骨粗鬆症の要因になります。
    リン摂取にはカルシウムやタンパク質の摂取量、化学形態(有機リン・無機リン)と吸収率の差、加工食品による食品添加物としての摂取の増加といった問題が指摘されています。
    現代の食環境は血中リン濃度の高値による健康へのリスクをもたらしているというのです。

    リン栄養と疾患

    リン代謝と寿命

    Klotho変異マウスの研究から、リンを制限した餌育により血中リン濃度を低く抑えると、いろいろの老化症状が改善し、寿命が延長することがわかりました。
    マウスをはじめウサギ、ブタ、ゾウからヒトまでの哺乳動物で調べると、血中リン濃度が高い動物ほど寿命が短いことが明らになり、カルシウムではそのような関係はなかったのです。
    多くの疫学データは、ヒトで高リン血症が生じる要因の第一は腎機能の低下であり、心血管疾患のリスクを増大させることを示しています。
    腎機能の低下は加齢現象であり避けられません。腎臓の重量は60歳ごろからだんだん減少しているといわれています。
    慢性腎臓病が進行すると、“メンケベルグ型中膜石灰化硬化症”とよばれる動脈硬化がおこってきます。
    このタイプの動脈硬化は、血管構造の中膜に石灰化が生じており、アテローム硬化とは成りたちがちがっていますが、血管壁の弾力が失われる点は同じです。
    従来、石灰化はカルシウム×リンの量がふえるとヒドロキシアパタイト結晶が形成され、沈着すると説明されていたのですが、2000年になって細胞外リン酸濃度の上昇が決め手であることが実験的に証明されました。
    細胞外のリン酸濃度の上昇はトランスポーターを活性化させて、細胞内へリン酸を流入させます。リン酸は細胞内でシグナル分子として作用し分化の経路を変更させてしまい、平滑筋細胞は骨芽細胞様に分化誘導されて、石灰化をはじめるというのです。
    細胞外リン酸濃度が一過性に増加すると、血管内皮細胞による拡張反応が減少し、酸化ストレスが増大することも知られており、アテローム型動脈硬化にもかかわっています。

    食品成分とリン

    リンは腸管腔内でカルシウムと結合して、不溶性の複合体となるため、カルシウムが効率よく吸収されるにはCa:Pの比は1~2が適当とされています。Ca:P比の低い食事をつづけていると副甲状腺ホルモンが上昇し、骨量減少を招くという指摘があります。
    タンパク質1gには約13mgのリンが含まれています。リンの摂取を目安量(1,000mg)から考えた場合、体重あたりのタンパク摂取量は1.0~1.2gが妥当といわれています。
    厚生労働省が実施した2011年度の国民栄養調査では、日本人1人1日あたりの総平均リン摂取量は954mgとされていますが、この数値には個体差があります。またこのデータには食品添加物からのリン摂取量がはいっていません。
    吸収率の点では、動物性食品と植物性食品とでちがいがあり、有機物と結合した有機リンと食品添加物の無機リンとでも吸収率が異なっています。
    無機リンは有機リンに比較して吸収率が高いのですが、植物性食品中のリンの多くはフィチン酸の構成成分として存在しており、これを分解する酵素をもたないヒトでは吸収率が高くありません。

    リン酸添加物

    食品添加物とは、食品衛生法に「食品の製造過程においてまたは食品の加工もしくは保存の目的で食品に添加、混和、浸潤その他の方法によって使用するものをいう」と定義された物質で、今日の食品加工には不可欠の存在といってよいでしょう。
    リン酸化合物は、加工食品の歯ごたえをよくしたり色をきれいに見せたり、pHの調整や乳化、保潤などいろいろの用途でひろい範囲の食品に用いられているものが約30種あります。
    多く用いられているのは、右表に挙げているリン酸やリン酸塩で、飲料、冷凍食品、シリアル、スナック、加工肉類、チーズ、インスタント食品、シロップ、練乳、ヨーグルトなどに使用されています。
    現在、添加量の表示は義務ではなく、1日に添加物として摂取されているリン酸の量は明らかになっていません。
    無機リンの多い食品としては、飲料、加工肉(ハム・ソーセージ)、冷凍食品、シリアル類、プロセスチーズ、インスタント食品となっています。

    リン過剰の問題

    酸味料としてリン酸塩を使用しているコーラのような清涼飲料水の1缶(350ml)では、およそ40~70mgの無機リン酸摂取になると見つもられています。この場合、液体に完全に溶解しており吸収率が高いのが特徴です。
    チーズは種類によってリン酸の含有量はいろいろですが、プロセスチーズに多いとされています。
    近年の技術の発達によって、保存性や嗜好性を向上させた加工食品が簡便さによりひろく普及し、栄養上の問題点といわれるようになってきたのです。
    リン摂取が過剰という明確な指標はなく、血中リン濃度が採用されています。
    2010年版の「日本人の食事摂取基準」では、血中リン濃度が正常上限となる摂取量として3,686mgを健康障害があらわれない量とし、不確実性係数(UF)を1.2として算出した数値“3,000mg/日”を許容上限摂取量(UL)と決めています。
    ULの定義は「一般的な集団におけるほとんどすべての個人に対して、健康に対する有害なリスクを生じない、毎日の栄養成分の摂取量の最大値」というものです。
    UFは効果測定時の不確実性などを考えての安全度というわけです。
    リンの安全性については、通常の食事からの摂取量が有害になる可能性は小さく、添加物としての摂取が問題といえますが、十分なカルシウムとビタミンDの補給が、安全対策ということになります。

    メグビーインフォメーションVol.382「ミネラル代謝の新展開」より

  • 老化の“なぜ”を追って

    老化の“なぜ”を追って

    3 つの“M”

    年齢を重ねた個体には、しばしば生理的老化と病的老化が重なっており、多くの複雑な症状があらわれることが少なくありません。そのためにおこっている機能障害には、うつや認知症などの精神(Mentality)の障害や起立・歩行障害・転倒しやすさ・嚥下障害といった運動(Motor)の障害、失禁・頻尿などの排尿(Micturition)の障害があり、それぞれの頭文字から“3つのM”といわれています。
    このような高齢者の特徴的な病態や症状は老年症候群とよばれています。
    記憶力や筋力の低下は生理的におこってきます。皮膚の変化や視力・聴力などの感覚機能の低下は自覚されますが、動脈硬化や肝臓の薬物代謝能力、免疫応答、内分泌の変化などの目に見えない老化が老年症候群の背景にあります。
    加齢にともなって、発症する病気も変化します。食物などが誤って気道にはいりこむことでおこる誤嚥性肺炎や細菌感染症、運動器や口腔機能の廃用性低下、長期にわたる多くの薬剤摂取といった生活上の条件が老年症候群と密接にかかわっています。転倒の原因になるめまいやふらつきの訴えも年齢が高くなるにつれて増加しています。

    老化プロセスと代謝

    老年症候群は、特定の臓器だけにおこってくる変化ではなく、多臓器が相互作用しながらかかわっています。
    加齢性の変化は、神経系にも循環器や消化器や運動器にも泌尿器にも生じてきます。
    サルコペニア(加齢性筋萎縮)や関節の痛み、起立性調節障害、動悸・息切れ、食欲低下、便秘、括約筋障害による失禁、睡眠障害、低体温などがその症状です。
    生体システムを構成する各臓器の機能は、それぞれに固有の細胞が営む代謝によって担われています。
    細胞レベルの老化プロセスは、代謝と密接にかかわっています。
    近年、生存の第一条件であるエネルギー獲得代謝とタンパク質をはじめとする栄養素代謝は、個体レベルの慢性疾患発症を予防し、プロセスの進行をゆるやかにする鍵と考えカロリー制限と寿命に関する動物実験の成果報告されて、関心を集めました。老化をおく遺伝子としてサーチュイン(Sirtuin)ファミリーが発見され、食物成分やカロリー制限との関係がクローズアップしました。
    またサーチュインファミリーと協力し、各臓の代謝の制御機構としてはたらくニコチン酸の役割が「NADワールド仮説」として登場しました。
    副甲状腺ホルモンの分泌や腎臓のカルシウムを調節するタンパク質(α-Klotho)は、ビタミンDの活性を介して、老化プロセスにかかわるなどの情報が新しい見方をすすめています。

    カロリー制限

    カロリー制限による飼育により、マウスやラットの寿命が延長し、慢性変性疾患が抑制または軽減されるという実験結果がはじめて発表されたのは1930年代でした。以来、酵母、線虫、ショウジョウバエ、魚類、ラット、マウスそして霊長類を対象に多くの実験が行われて、ヒトでの適切なカロリー摂取が論じられるようになりました。
    動物実験では、糖代謝や脂質代謝がコントロールされて、血糖や血中脂質のホメオスタシスが改善されました。糖尿病や神経変性疾患やガンなどの疾患の抑制に有効と報告され、カロリー摂取の制限からどのような代謝的適応が生じるのか、ヒトのような長寿命の哺乳類においても老化プロセスをおくらせる結果が得られるのかが次のテーマになりました。この問題にはまだ答はなく、自主的にカロリー制限を実行する人たちのグループの協力によるデータを集めている段階と伝えられています。
    実験的なカロリー制限では通常より20%~30%ほど低い摂取量が試みられています。
    テストの実施期間も6ヶ月や2年間、あるいは数年とさまざまで、対象者の平均年齢も30歳代から60歳代ですが、カロリー制限および過剰な摂取は、極端な場合、いずれも生命維持にマイナスに作用します(上図参照)。
    長期的なカロリー制限によりインシュリンへの感受性が保たれたり、炎症マーカーや内臓脂肪の蓄積が抑えられて酸化ストレスの減少が認められる一方で、骨量や下肢筋肉量の低下も示しているというのです。
    そこで各栄養素の十分な摂取が考慮されなければ、カロリー制限は代謝や身体機能に有害であり、有益であるための適切な栄養条件が遺伝子レベル・細胞レベルで追求されています。

    抗老化遺伝子

    カロリー制限によって活性化される遺伝子として見出されたのがサーチュインでした。この遺伝子の活性化でつくり出されるタンパク質はストレス抵抗性や代謝変化にかかわる遺伝子発現を制御する役割をもっているというのです。
    その機能のメカニズムとしてミトコンドリアの新生に必要な転写因子をつくらせたり、ガン抑制遺伝子のP53タンパク質と結合してアポトーシスを制御したり、などが論じられました。
    赤ワインにふくまれているポリフェノールの1種であるレスベラトロールが、サーチュインを活性化させるという記事が『ネーチュア』に掲載され、カロリー制限と同じ作用をもつ天然物質として関心を集め、類似の物質を含めての研究がさかんに行われて10年あまり経過しましたが、成果がいわれる一方で副作用の報告もあり、また実験に用いられる量が1日に赤ワイン100杯以上というので現実的ではありません。

    NADワールド仮説

    サーチュイン研究の成果のひとつは、生体内で合成される補酵素NADの新たな機能の発見でした。
    NAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)は、酸化還元反応における補酵素として知られ、遊離のニコチン酸とニコチンアミドはあわせてナイアシンとよばれています。
    ナイアシンは、ヒトの肝臓でアミノ酸トリプトファンから生合成されますが、その転換率はビタミンB2やB6の摂取不足や飽和脂肪酸やショ糖の過剰摂取で低下するなどの要因により一定しません。そこで食品からとり入れるビタミンのなかま入りをしています。
    ナイアシンは牛・豚・鶏肉、サケ、マグロなどの動物性食品ではニコチンアミドとして含まれますが、植物性食品(マメ類・キノコ)などではニコチン酸です。
    ニコチンアミドからのNAD合成プロセスは、わずか2段階(右図①②)です。
    ①の段階で生じたNMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)は、血流によって全身の組織・器官へ分配されてゆき②の段階が進行します。とくに膵臓β細胞と神経細胞がこのシステムに依存していることがわかりました。
    サーチュインは全身の各臓器における代謝反応をネットワーク的に統括するメディエーターの役割をしており、NAD合成システムがそのペースメーカーになっているという考え方が生まれ「NADワールド仮説」として提唱されたのです。
    NAD合成における弱点をもつ細胞は加齢とともにNAD不足という事態になりやすく、β細胞の場合は耐糖能異常をひきおこし神経細胞では認知機能や感覚機能の低下の原因になり、他の臓器に波及してゆくことになります。
    ナイアシン欠乏症であるペラグラは、皮膚炎、下痢と認知症が主症状です。

    細胞老化とP53

    “ゲノムの守護神”と称されているP53は、ガン抑制遺伝子からつくられるタンパク質です。
    最近になってP53の新たな機能が次つぎと明らかになってきましたが、そのなかに意外な発見がありました。
    酸化ストレスなどによっておこる細胞老化にP53による老化シグナルがあらわれているというのです。
    細胞老化は、不可逆的に増殖を停止した状態で、正常な体細胞に訪れる寿命(ヘイフリックの限界)と考えられていたのですが、やがてゲノムに異常が生じたとき細胞老化と同様な状態になることがわかりました。
    最近になり老化した細胞ではP53の活性が高いことが臓器レベルで見出されたのです。

    いろいろある老化仮説

    通常老化・健全老化

    老化を生理的老化と病的老化に分類する考え方があります。そして生理的老化に通常老化と健全老化があるとしています。
    通常老化(usual aging)では、心・肺・腎・筋肉などの機能が若年期より低下しているものの日常生活動作での自立度は維持されています。リスク因子をコントロールして疾患発症を抑えて、精神活動・身体活動が維持されていることや、人間関係が保たれ社会性や創造性のある生活を営んでいるなどが健全老化(successful aging)だというのです。
    白髪やシワや体型などの目に見える症状ばかりでなく、血管や骨格や感覚器などの変化が、転倒しやすい、感染しやすいといった高齢者の弱点を生み出しています。
    高齢者には加齢とともにおこってくる脆弱性という基盤があるとし、生活環境や活動の質などをあわせて包括的なとらえ方をすることで、ひとりひとりの健全老化への処方箋が得られることになります。それが老年症候群という見方です。

    細胞老化と個体老化

    からだの各組織・器官は、固有の細胞およびその生産物でできています。
    細胞老化は、臓器における細胞数減少を招き機能を低下させることになるでしょう。
    細胞老化は内因性にも外因性にもおこります。内因性の細胞老化は“テロメア依存型”ともいわれます。
    “テロメア非依存型”が外因性細胞老化で、DNA損傷や酸化ストレスなどで誘導されるのでストレス老化ともよばれています。
    細胞老化の研究中に、ガン遺伝子もまた細胞老化の外因であることがわかりました。そこでガン遺伝子による老化誘導は生体のガン化抑制機構と考えられました。その後の研究で、正常細胞でガン遺伝子による細胞老化のメカニズムがはたらくと良性腫瘍となり、さらに別の遺伝子変異が重なると老化せずに悪性腫瘍へすすむと説明されています。
    そしてP53のようなガン抑制遺伝子を不活化すると、細胞老化が抑制されることがたしかめられました。
    ガン抑制遺伝子は、細胞周期停止のタイミングを決める役割をしているタンパク質(CDK)に作用します。CDK(サイクリン依存性キナーゼ)は、タンパク質にリン酸基をつけて性質を変化させる酵素作用をもっています。
    老化した細胞ではCDKの活性が低下しています。そしてCDKの活性を阻害するタンパク質が増えていました。このCDK阻害因子の遺伝子を活性化するのがガン抑制遺伝子P53でした。
    酸化ストレスやDNA傷害などのストレスが加えられたとき、細胞はいったん細胞周期を停止し、修復作業をしたのち再び細胞周期を開始します。
    P53による細胞応答をひきおこす生体ストレスには、ウイルス感染、サイトカイン刺激、代謝の変化、栄養条件の悪化などがあり、細胞内では糖代謝やエネルギー代謝、オートファジーなど広範囲なタンパク質相互作用を介して細胞老化やアポトーシスにまでかかわっています。

    テロメア依存型細胞老化

    テロメアは染色体の両方の端がむき出しにならないように守る構造として発見されました。この部分はTTAGGGという塩基配列の繰り返しでできていて、細胞分裂のたびに短くなることがわかったのです。染色体を複製するとき一方の端では8~12塩基ほどの部分が複製できないのです。このテロメアの短縮によりヘイフリックの限界が生じるということになりました。
    テロメアの短縮が細胞分裂の決め手になるわけです。

    酸素ラジカルとミトコンドリア

    酸素を利用するエネルギー産生小器官のミトコンドリアは、活性酸素による傷害に絶えずさらされています。ミトコンドリアは核に属さないDNAをもっていますが、核DNAにくらべて10倍以上酸化による傷害を受けています。構造成分の脂質が過酸化され、エネルギー産生能力が低下します。老化細胞では異常ミトコンドリアの数が増えています。
    ミトコンドリアには活性酸素除去酵素MnSODがあります。動物実験でMnSODをもたない個体をつくると、ミトコンドリアDNAに変異が蓄積して、白髪・脱毛・骨粗鬆症・臓器萎縮などの老化の症状がみられたというのです。
    高齢者の骨格筋で調べたところ、核DNAの酸化傷害マーカー(8-OHdG)が増加し、ミトコンドリアDNA量とATP産生量が低下していたと報告されています。

    慢性炎症と老化

    加齢とともに発症しやすくなるガンや心疾患や神経変性などに共通して慢性的な炎症があるといわれるようになりました。
    病原体感染によらない炎症の原因のひとつが細胞老化とされています。
    実さいに前ガン病変や動脈硬化の部位では、老化細胞が多く、これが炎症性サイトカインを持続的に放出し、それがさらに細胞老化の促進因子になるというのです。
    生体は数多くの要素で成りたっている複雑なシステムであり、老化の決定因子はひとつではありません。これからも新たな老化仮説が登場することでしょう。
    細胞から組織・器官、そして個体へとつながっている生命現象の謎は、まだ解けていません。

    メグビーインフォメーションVol.381「老年症候群」より

  • 骨格筋の機能と代謝

    骨格筋の機能と代謝

    最大の臓器

    骨と骨とを連結し、収縮によって骨格に動きを生じさせる骨格筋は、ヒト(男性の場合)では体重の約40%を占めており、生体内最大の臓器といわれています。
    からだを構成する組織としての“筋肉”には骨格筋のほかに心筋と平滑筋があります。
    心臓の拍動を担う心筋や消化管・血管などにある平滑筋は、自分の意志で動かすことができない不随意筋ですが、骨格筋は随意筋というちがいがあります。
    最近、骨格筋に新たな役割のあることが知られてきて、注目されるようになりました。
    骨格筋は、血中ブドウ糖のとりこみによって血糖値を調節したり、マイオカインとよばれる多様な生理活性物質を分泌して、いろいろな臓器にメッセージを送ったりして、全身の代謝に連関しているというのです。
    運動の健康効果や、サルコペニア(加齢性の筋萎縮)やカヘキシア(ガンなどの疾病にともなう筋量の低下)の発症メカニズムが、骨格筋の構造・代謝の変化とかかわっています。

    骨格筋の特徴

    骨格筋細胞は筋線維とよばれるように、線維状の長い細胞で、多数の核をもつ特別なつくりになっています。細胞膜の外側は基底膜におおわれていて、両方の膜の間にサテライト細胞がはいりこんでいます(右下図参照)。
    サテライト(筋衛星)細胞は、骨格筋細胞の幹細胞で、ふだんは休止の状態であり、周囲の筋細胞が傷害を受けると活性化し、自己複製して筋芽細胞となって障害部位にゆき、融合して多核細胞へと変身し修復します。
    筋肉運動にともなってエネルギーづくりなどの代謝が活発になります。そしてミトコンドリアでは活性酸素の産生が増えるのですが、これが細胞内に蓄積する異常タンパク質の処理機構であるオートファジー(自食作用)を促して、老化したミトコンドリアの排除と新生に役立つと考えられています。
    コレステロール合成を阻害するスタチン製剤は、オートファジー異常をひきおこすことが知られていますが、ミトコンドリアの新旧交代が不調になるため、副作用である筋毒性を出現させることになります。
    マイオカインの作用は、ガンや神経変性などの疾患にもかかわりがあり注目されています。

    赤筋・白筋とミトコンドリア

    骨格筋には速筋細胞と遅筋細胞があります。遅筋細胞は赤筋ともいわれ、ミオグロビンを多く含むので赤くみえます。
    ミオグロビンは酸素運搬体ヘモグロビンのなヘムをもつタンパク質です。
    ミオグロビンの量はエネルギー産生小器官ミトコンドリアの量に比例しています。
    速筋と遅筋の区別は、収縮の速度のちがいであり、速度は強度に対応しています。速筋は太い神経線維に支配され、大きな力仕事をするのに対し、遅筋は細い神経線維の分布により、軽い仕事を制御しながら継続してすることができます。速筋の活動では、解糖系によりエネルギーを得るため、乳酸が蓄積し、代謝性疲労を生じることがありますが、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化経路が主になる遅筋では乳酸の生成がありません。
    筋肉の収縮は、サルコメアという単位構造が多数くり返されてできている筋原線維の仕事です。筋原線維を束ねて筋鞘で包んだものが筋細胞(筋線維)で、神経細胞が筋組織のなかにはいりこむような形で支配しています。
    筋原線維の内部はアクチンとミオシンの2種類のタンパク質のフィラメントが交互に配列した構造になっています。これが収縮単位のサルコメアです。ミオシンフィラメントの間にアクチンフィラメントが滑りこむ形で収縮がおこります。

    筋収縮と糖のとりこみ

    アクチンフィラメントとミオシンフィラメントの滑りこみ運動は、ATPの加水分解でおこります。
    ATPの分解はミオシン分子の酵素作用で生ミオシンATPアーゼ”とよばれています。ATPの分解で生じた化学エネルギーを力学的エネルギーに変換しているのです。
    筋細胞はグルコースをとりこんでグリコーゲンの形で蓄えていますが、その量は軽い運動でも1~2時間ほどで使いきってしまう程度です。
    膵ホルモンのインシュリンは、食事ではいってきたグルコースを筋細胞にとりこませ、グリコーゲンの合成をすすめます。
    筋細胞は特別な糖輸送体タイプ4(GLUT4)を備えていて、インシュリン作用や筋収縮による糖とりこみを受けもっています。
    インシュリンが筋細胞上の受容体に結合すると、糖輸送タンパク質が呼び出されて膜へ移行します。
    筋収縮はインシュリン非依存性にも糖のとりこみをすすめて血糖値を下げることが知られており“インシュリン効果”といわれています。
    成人型(Ⅱ型)糖尿病では、インシュリンの指令に対しての感受性が低下しているので、筋の収縮活動による糖のとりこみは、血糖のホメオスタシスに役立つことになります。
    骨格筋は、食後などで生じてくる血糖の余剰を解消させているわけですが、血糖が不足する状態になったときは、肝臓と協働して糖新生により補充する調整役になっています。
    肝臓もグリコーゲンを貯蔵しており、これを分解して血中へ出しますが、その貯蔵量に限界があるので、糖新生システムによりグルコースを合成します。その原料として筋タンパク質の分解で生じるアミノ酸が利用されるのです。

    サルコメアのしくみ

    骨格筋細胞は細胞膜のところどころに内部へはいりこむ管状の構造(横行小管)をもっています。横行小管は筋小胞体という膜構造と接しています(右図参照)。
    筋小胞体の内腔にはカルシウムイオン(Ca2+)を蓄えており、ニューロンに生じた活動電位が横行小管に沿って内部にはいりこんでくると、筋小胞体の膜にカルシウムイオンを通過させるチャネルが開いて外へ放出させます。このカルシウムイオンがサルコメアの静止状態解除して滑りこみをはじめさせます。
    骨格筋は随意筋であり、意志によって動かすことができます。そのしくみはアクチンフィラメントに結合したトロポミオシンとトロポニンという2種類の調節タンパクによる抑制と解除でおこります。
    身体活動をおこそうとする意志が、運動神経により電気信号としてとどくと、調節タンパクがはなれて、2種類のフィラメントは長さを変えることなく両方の間を滑ります。
    アクチンとミオシンの滑りこみに必要なエネルギーは、前記のようにミオシン分子がATPを分解して供給します。小胞体から出てきたカルシウムイオンが、アクチンフィラメント上のトロポニンに結合すると、トロポミオシンが移動し、ミオシンがはたらきはじめます。
    悪い姿勢をつづけたり、無理な動作をしたりして、筋線維が微小な損傷を受けると、小胞体がこわれて蓄えられていたカルシウムイオンが放出され、これがつづくとアクチンとミオシンが滑りこんだままゆるまない筋拘縮の状態になってしまいます。血流がさまたげられてエネルギー不足となり、筋性疼痛をひきおこします。

    体温・姿勢の保持

    ミオシンの仕事は、筋肉が弛緩しているときにもゆくりとつづけられています。周囲のATP分子をとりこんでADPとP(リン酸)に分解した化学エネルギーを熱にして出します。この熱は、体温を維持することに役立ち、からだから外へ放散している熱を補っています。
    からだには、重力に抵抗して姿勢を保たせるようにはたらく抗重力筋があります。抗重力筋は脊髄にある神経回路で無意識にコントロールされる伸長反射により収縮しています。

    筋線維変化と栄養対策

    筋廃用による変化

    無重力空間に滞在した宇宙飛行士は、地上に帰還した直後には自力で歩行できないことが知られています。
    病気や外傷の回復時にベッド安静をつづけると、骨格筋の量や筋力の低下が生じ、廃用性筋萎縮とよばれる状態になります。
    筋廃用の期間には、1日当り骨格筋は約0.5%減少し、1週間では1kg以上にもなることが、ボランティアを対象にした実験で示されました。
    片足を伸ばした状態で50kgの重量をもち上げることができる人が、2週間のベッド安静あるいは下肢固定で、40kgしか持ち上げることができなくなりました。これは身体活動量の多くない高齢者では、補助なしに椅子から立ち上がれなくなりかねない状態だというのです。
    ベッド安静時の筋肉減少はとくに下肢と腰背部の筋肉群に顕著であり、下肢のなかでも起立筋といわれるヒラメ筋や腓腹筋が急速に萎縮してゆきます。
    通常、骨格筋タンパク質は1日におよそ1~2%の速度で入れかわるとされています。24時間で300~600gの筋タンパク質が分解・再合成されつつ、3~4ヶ月で全身の骨格筋タンパクが交代(代謝回転)しています。
    廃用性筋萎縮では、この分解と合成のバランスが失われていることになるでしょう。

    筋線維の代謝変化

    筋萎縮をおこす要因には廃用性のほか、ガンや慢性疾患にともなう食欲不振や代謝の調節障害でおこるカヘキシア(悪液質)や、ALS(筋萎縮性側索硬化症)、クローン病などいろいろありますが、それぞれによって筋線維の数と断面積の減少ばかりでなく、速筋か遅筋かのタイプの割合が変化することがわかりました。
    ALSや加齢性の筋萎縮(サルコペニア)やカロリー制限やⅠ型糖尿病では遅筋線維の割合が増加し、廃用性筋萎縮や運動神経の損傷、ガンによるカヘキシア、Ⅱ型糖尿病、無重力状態などでは速筋線維の割合が多くなると報告されています。
    疾患ばかりではなく、代謝の変換による筋線維の構成変化は生涯を通しておこっています(右図)。運動トレーニングはもちろん、生活習慣やストレスなどの環境因子が、筋線維を変化させ、高齢者では寝た切りという状態につながってゆきます。

    サルコペニアの問題

    加齢により筋肉(sarco)が減少(penia)することをあらわす語“サルコペニア”は1989年に提唱され、日本語では“加齢性筋肉減少症”と訳されました。
    サルコペニアは、高齢者のふらつきや転倒の原因になり、介護予防の点から認知症とともに重要性への認識が高まっています。
    筋肉の減少にともなって脂肪や細胞間質が増加し、組織に慢性炎症が生じてきます。運動ニューロンとそれに支配される筋線維をまとめて運動単位といいますが、これも加齢とともに減ってきます。前述のサテライト細胞の筋芽細胞への分化は抑制されており、起炎性サイトカインは増加といったさまざまな条件が重なっているのです。
    骨格筋は収縮活動によって損傷と修復をつねに繰り返しています。そのプロセスでいろいろのタンパク質やペプチドを分泌していることがわかり総称して“マイオカイン”とよばれています(前述)。その研究はこれからですが、サルコペニアとのかかわりに関心がもたれています。

    筋萎縮とタンパク質栄養

    廃用性筋萎縮やサルコペニアをテーマにした介入試験が行われ、摂取エネルギーが不足すると筋タンパク質の基礎合成率が約20%減少すると報告されました。
    とくにタンパク質の摂取量低下が、サルコペニアの要因として指摘されたのです。
    1日のタンパク質摂取量が、体重1kgあたり0.8gより少なくなると、筋量維持が困難になるというのです。とくに高齢の場合、摂取エネルギー量が減少するケースが少なくありません。その状況ではとくにタンパク質摂取量に配慮すべきと警告されています。
    さらに筋肉におけるタンパク質合成には、不可欠(必須)アミノ酸の役割が大きいことが知られています。構成アミノ酸でのその割合は30%~40%になります。
    不可欠アミノ酸のなかで分枝鎖アミノ酸(ロイシン、イソロイシン、バリン)は筋組織のエネルギー源にもなり、さらにロイシンは筋タンパク質合成をすすめる機能をもっています。
    高齢者では、ロイシンが低濃度ではタンパク質同化への刺激が弱い(同化抵抗性)という感受性の低下があります。その理由としてタンパク質の消化・吸収や食後のホルモン応答、筋組織のアミノ酸とりこみ、筋細胞内のシグナル伝達などが挙げられています。
    一方で、食前の身体活動により食後のタンパク質合成が促がされて、同化抵抗性が補われるとされています。サルコペニアへの対策として日常生活での身体活動量の維持が大切というわけです。不可欠アミノ酸の割合を多くしたエネルギーレベルの確保も必要条件になります。

    ロコモティブシンドローム

    サルコペニアや骨粗鬆症は、ロコモティブシンドローム(運動器症候群)のリスク因子であり、家事・外出などの日常生活動作を困難にして自立性を失わせる要因になります。
    最近の疫学研究によって、ビタミンDの血中濃度とサルコペニアの関連が明らかになってきました。65歳以上の高齢者1000人以上を対象に、身体活動度や慢性疾患の有無、BMI、喫煙などの項目で補正して得られたデータではビタミンD低値の場合、3年後のサルコペニアのリスクが高くなりました。ビタミンDは骨や骨格筋ばかりでなく、核内受容体を介して神経系にもはたらきかけているのです。

    メグビーインフォメーションVol.380「骨格筋新情報」より

  • 体液循環のシステム

    体液循環のシステム

    体液と内部環境

    60兆個といわれる人体の細胞を養うために血液とリンパ液が休みなく循環しています。細胞の生きている環境は、生理学の父といわれるクロード・ベルナールが提唱した内部環境であり、細胞膜の外にある水分(細胞外液)を指しています。
    細胞の内部も水(細胞内液)で満たされており、細胞外液とあわせて“体液”とよんでいます。
    細胞外液は、細胞と細胞の間隙にある水(間質液)と、血管・リンパ管内の水分(血漿・リンパ液)とに分類され、血漿・リンパ液・間質液の間を移動しています。毛細血管の動脈側で血漿は間質液へ移行し、同じく静脈側およびリンパ管に回収されてゆきます。
    心臓と組織・器官の間に、血管系(動脈・静脈)とリンパ管系をつないだ循環路が形成されており、内部環境の恒常性を維持しています。
    血液は心臓から動脈へ拍出され、毛細血管・静脈を経て心臓へもどります。この循環路は閉鎖された血管内を流れているので“閉鎖血管系”といわれ、脊椎動物以前の動物では“開放血管系”です。開放血管系では動脈から流出する血液は直接組織へゆき静脈へもどるので、毛細血管網やリンパ管がありません。
    毛細血管網での物質交換の効率を助けて、閉鎖循環系を維持するしくみとしてリンパ管系が発達したと考えられています。末梢で血管から漏れ出したタンパク質や細胞や間質液を吸収して血管系へもどす役をしているのです。
    上図中の記号(A~F)は、日常にみられる血管系・リンパ管系の病気を示しています。
    (A)では動脈硬化、(B)は本態性高血圧、(C)は冷え・レイノー病、(D)では浮腫、(E)は静脈瘤、(F)においては、感染や腫瘍に関係する腫脹(はれ)があります。
    リンパ管は、とくに免疫応答に重要な役割をもっていることがわかってきました。

    動脈のつくりと血圧

    血管壁は内膜・中膜・外膜の3層構造で、内膜はひと並びの内皮細胞でおおわれています(図)。
    心筋の収縮により拍出される血液が動脈へ流れます。このときの血液を送り出す圧力が収縮期血圧(最高血圧)です。
    血液を拍出した心筋は拡大して静脈血を吸いこみます。このときの血圧が拡張期血圧(最低血圧)です。
    血管壁中膜には弾性繊維エラスチンと平滑筋細胞があり、太い動脈は弾性繊維が豊富で弾力性により血圧を一定の範囲に保ち、末梢まで血液を送るようにはたらいています。
    大動脈より細い中小動脈には収縮性を受けもつ平滑筋細胞が多く、その作用で血流を調節しています。
    大動脈や中動脈のアテローム(粥状隆起)や、細小動脈での血管壁の肥厚による弾力性の低下した病態が動脈硬化で、それにより脳や心臓や腎臓や四肢の血管病発症にすすむケースが少なくありません。
    血流量が低下して、細胞レベルや臓器レベルの低酸素ストレスや酸化ストレスが生じ病態がひきおこされます。

    血流とシェアストレス

    血液と接する内皮細胞は、血管拡張物質として知られるNO(一酸化窒素)や、エンドセリンなどの血管収縮物質や平滑筋を弛緩させる物質など、いろいろの生理活性物質を分泌しており、そのバランスで血管機能を維持します。
    最近になり、内皮細胞は血流によるシェアストレス(ずり応力)に敏感に反応して、形態や遺伝子発現を変化させていることがわかってきました。
    血流は中心部ではやく、血管壁に近いほうではおそくなっています。この速度の勾配はずり速度といわれており、これに血液の粘度をかけたものがずり応力すなわちシェアストレスです。
    右の図は、血管の分岐部や湾曲部で生じるずり応力を示しています。
    粥状動脈硬化の病変がとくに血管の分岐部や湾曲部に生じやすいことが臨床上知られていますが、血流が停滞したり再循環したりして渦をおこすと、その部分の内皮には乱流性のシェアストレスが作用するようになります。乱流が生じると内腔への肥厚や外側への拡張がおこってくるのです。
    ずり応力の刺激で内皮細胞の遺伝子発現が変化すると、慢性炎症に関係の深いタンパク質がつくられたり、血小板が凝集しやすくなったり、血管収縮物質の分泌が増加したりして、血流に影響します。
    血管内腔がせばまったり、粘度が高くなっていると、シェアストレスを介した血管の変化が増すことになります。そして内皮細胞や平滑筋細胞のアポトーシスや血球成分の変化などが生じてくるのです。それが個体レベルでの循環システムの機能調節に重要な役割をもち、血管病の発生にもかかわってきます。

    静脈・小静脈

    体内を巡り心臓に血液をもどす静脈内には、酸素の乏しい暗赤色の静脈血が流れています。人体の循環システムには体循環のほかに肺と心臓を結ぶ肺循環があり、肺静脈は酸素の豊富な血液を運んでいます。
    体循環では毛細血管を通過した血液が細い小静脈へ流れこみ、合流しながらだんだん大きい血流になってゆき心臓に到達します。
    血液の体内分布を調べると、その3分の2以上が静脈と小静脈にあり、循環血液の貯蔵庫の役割をしており、必要に応じて別の場所へ移動させます。
    静脈壁のつくりは、動脈にくらべて厚みがありません。外膜・中膜・内膜という3層構造は動脈と同じですが、中膜の平滑筋層が貧弱なので壁がうすいのです(右図)。
    静脈の特徴的な構造は、静脈弁をもつことです。
    小静脈・中静脈に、内膜が折り返って形成されている“弁”があります。静脈弁は血液を心臓へむかって送り、その逆方向の流れを防ぐためのしかけになっています。
    右図のように、静脈をとり囲む筋の収縮によって弁が開き、血液を通します。このとき下方の弁は閉じて血液は逆流できません。筋が弛緩すると下方の弁が開いて血液が流れこみます。筋の収縮・弛緩を利用したこのはたらきは“筋ポンプ”といわれており、静脈壁の緊張が低下すると効果を発揮できなくなってしまいます。壁の緊張度が少ないと静脈弁の先端が開いてしまい、閉鎖しなくなります。この状態は静脈弁不全といわれており、血液が逆流することになります。

    静脈瘤

    血液の逆流によって静脈壁が押しひろげられる状態が長くつづくと、血管が拡張し蛇行するようになり、静脈瘤を発症します。静脈瘤は直立二足歩行をはじめたヒト特有の病気です。
    静脈内で血流が停滞すると、血液が凝固して血栓をつくることがあります。

    リンパ管系の知識

    リンパ管のシステム

    心臓から送り出される血液のうち、毛細血管からもれた水分や電解質や少量のタンパク質などが、組織のすき間にたまって組織液になっています。
    組織液を回収する役目のリンパ管は、末梢の各組織から始まり、先端は袋状(盲端という)に閉じて静脈へ接続しています。
    毛細血管では内皮細胞は厚い基底膜にとり囲まれ、さらにとり巻き細胞(周皮細胞)も存在するという構造ですが、毛細リンパ管には内皮細胞のほかに基底膜も周皮細胞もありません。また内皮細胞同士の結びつきがゆるく、すき間をつくりやすいので、組織液の吸収が効率よくおこります。
    毛細リンパ管網は集合リンパ管へつながっています。集合リンパ管の壁には、静脈と同じようにリンパ液の逆流を防ぐ弁(リンパ管弁)があります。
    集合リンパ管は平滑筋をもち、ゆっくりとしたリズムで収縮・弛緩し、二つの弁の間に一方向のリンパ液の流れを生じさせています。
    隣りあう二つの弁の間は、“リンパ管分節”と名付けられており、自律神経により調節されて収縮をくり返します。
    リンパ管系には、血管系の心筋のようなポンプ装置がありません。リンパ管分節が筋ポンプとしてはたらくのです。
    体温の上昇や体表の刺激(マッサージ)や筋運動は、リンパ管壁の平滑筋の代謝を促進して筋ポンプ作用を助けます。
    リンパの流れがからだを巡って元へもどるのに約12時間かかるとされています。
    リンパ管内皮細胞は、収縮タンパクのアクチンやミオシンをもち、自己収縮能を備えています。また血管拡張作用で知られるNO(一酸化窒素)を合成する酵素が発見され、毛細リンパ管内皮の分泌するNOが、集合リンパ管平滑筋に作用して、リンパ管の拡張・収縮を調節制御していると考えられるようになりました。

    リンパ球とリンパ組織

    リンパ管を流れるリンパ液中の細胞は、主として免疫担当細胞のリンパ球です。
    顕微鏡による観察から血液中の細胞(血球)に赤血球と白血球のあることがわかりました。白血球という呼び名は、多数が集まると肉眼的に白色にみえることから生まれたもので、やがて形態や機能から顆粒球・単球・リンパ球に分類されました。
    リンパ球は、胸腺・骨髄・脾臓・へんとう・リンパ節・虫垂などのリンパ組織に多く、リンパ液中細胞のほとんどを占めることからこの名がつけられました。
    リンパ球は血管系とリンパ管系を移動して、複雑な免疫応答の主力としてはたらきます。
    血液中のリンパ球が血管から出て、リンパ組織へ移ってゆく現象は“リンパ球のホーミング”とよばれています。リンパ球は骨髄で生まれますが、胸腺や脾臓やへんとうなどのリンパ組織を移動して多様な機能をもつ免疫担当細胞に育ちます。

    リンパ節のつくり

    リンパ管をたどると、ところどころにリンパ節があります。リンパ節はソラマメのような形で、大きさは直径1mmから2.5cmほどとまちまちで、その数も存在する部位によってさまざまですが、ヒトの成人では全体として650個ほどとされています。(右図)
    リンパ節は、リンパの濾過装置といわれています。
    結合組織の膜がその表面をおおっており、その一部は内部へはいって骨組みとなり構造を支えています。
    結合組織成分のコラーゲン線維と、細網細胞という名の細胞が伸ばしている突起のつながりとが網目になったつくりで、細網組織とよばれていて、内部にはリンパ球がはいりこみ埋まっています。
    細網細胞は、リンパ節や脾臓や骨髄などの細網組織に特有の細胞で、骨髄では造血細胞の発生・分化に不可欠の環境をつくり、リンパ節ではリンパ球の増殖・分化の場を提供し、脾臓では血球の破壊や血流量の調節を受けもっています。
    リンパ節には右図のようなリンパの流入と流出路があります。
    皮質の表層にはリンパ球の集まったリンパ小節(リンパ濾胞)があり、その中心部で抗体やリンパ球が産生されています。活発な免疫反応の場であり、増殖したリンパ球はリンパ管網や血管にはいってゆきます。

    リンパ節の役割

    リンパ節はリンパの濾過装置といわれるように、リンパ液中の異物や細菌や老朽リンパ球などをとり除きます。マクロファージが貪食し、樹状細胞は抗原の情報を免疫システムに伝え、炎症などの反応をひきおこすことになります。リンパ節の炎症反応が、俗にグリグリと表現される状態をもたらします。
    ガン細胞も監視の対象であり、リンパ節に流れこみます。ガン細胞がリンパ管を経由してリンパ節にはいるのが“リンパ行性転移”で、ガン細胞がそこにとどまって増殖したり、さらにリンパ管を流れて血液循環にはいったりします。
    炎症にともなってリンパ管の新生がおこり、ガンのリンパ節転移を促進することがわかり、その抑制による治療法が研究されています。

    メグビーインフォメーションVol.379「血管系とリンパ管系の知識」より

  • アレルギー疾患の新しい見方

    アレルギー疾患の新しい見方

    アレルギーにかかわる細胞

    アレルギー反応の引き金役として、免疫グロブリンのなかまであるIgEが認知され、その標的となる細胞がマスト細胞(肥満細胞)です。IgEがマスト細胞上のIgE受容体に結合し、さらにアレルゲンの結合によって受容体が架橋されることが反応の発端になります。
    IgE受容体の架橋がマスト細胞の体内に蓄えられていた顆粒を放出させる合図になります。
    この反応で、ヒスタミンやロイコトリエンなどのアレルギーをひきおこす炎症性メディエーターが出てきます。
    反応のはじめにはマスト細胞が主導しますが、やがて顆粒球の好塩基球や好酸球などが加わってきます。
    アレルギーのもとになる抗原(アレルゲン)に対して、本来は病原性がないにもかかわらず過剰な応答を生じさせるメカニズムには、樹状細胞が介在しています。
    生体の免疫システムは、自然免疫と獲得免疫とで成りたっています。生体内に異物(非自己成分)が侵入してきたときNK細胞、マクロファージ、樹状細胞などによる初動の防衛機構が発動し、次いでT細胞とB細胞の連携による抗原・抗体反応やキラー細胞の活躍となるわけです。
    この自然免疫と獲得免疫をつなぐのが抗原提示という役割をもつ細胞で、その主力が樹状細胞です。
    マスト細胞、顆粒球、樹状細胞のほか、ナチュラルキラー(NK)細胞やナチュラルヘルパー(NH)細胞、M2マクロファージといった新顔が次つぎと明らかになっており、アレルギーは多種多様な免疫細胞と環境因子の相互作用による複雑な免疫ネットワークの異常とするシステム的な見方が必要になってきました。

    炎症細胞の作用

    マスト(Mast)は、“まるまる太った”という意味のドイツ語で、肥満細胞といわれるのですが、個体の肥満とは関係ありません。
    マスト細胞は多能性造血幹細胞から生まれ、とくに皮膚や臓器の結合組織に分布しています。
    マスト細胞内の顆粒には、血液凝固の調節因子ヘパリンなどのグルコサミノグリカンのなかまがあることが古くから知られていましたが、ヘパリンとともにまき散らされるヒスタミンの発見が「免疫薬理学」の扉を開きました。
    顆粒を細胞内にもち、刺激に応じて顆粒の内容物を放出する細胞として、とくに顆粒球とよばれる白血球には、好酸球、好塩基球、好中球があります。
    好塩基球はマスト細胞によく似ており、ヒスタミンやロイコトリエンを放出して、アレルギー反応をすすめる一方で、M2マクロファージを誘導して、アレルギー症状を終息させるはたらきをもっていることがわかってきました。
    好酸球が放出する顆粒成分には、ヘパリンの作用に拮抗するタンパク質や、マスト細胞からのヒスタミンの遊離をすすめるタンパク質などがふくまれるほか、T細胞を炎症の場に誘導するなど、自然免疫系ばかりでなく獲得免疫系の細胞とも相互作用し、アレルギー性炎症にかかわっています。
    好中球は多数のプロテアーゼや活性酸素の放出で知られていますが、最近B細胞と相互作用してその抗体づくりをすすめることが明らかになりました。
    活性化したマクロファージは機能によってM1型とM2型に分けられています。前者は病原体感染時にさまざまな炎症性サイトカインをつくり出して病原体を排除しようとするのに対し、後者はアレルギーやガン転移の場で炎症を抑える方向にはたらきます。
    上図中のミエロイド系細胞とは、マクロファージや樹状細胞を指しています。

    自然リンパ球のなかま

    生体防衛の初期段階で活躍するNK細胞は、古くから知られた自然リンパ球で、獲得免疫ではたらくT細胞などと区別されています。
    つくり出すサイトカインの種類によって、自然リンパ球は3つのグループに分けられています。ウイルス感染によりγインターフェロンをつくり出すのがグループ1で、NK細胞はその代表です。
    2010年に新しいリンパ球として発見されたのがNH細胞でグループ2に属します。
    NH細胞はIgE抗体と関係なく自然型とよばれるアレルギー反応をおこします。
    NH細胞によりひきおこされるアレルギー症状はステロイドが効きにくい“ステロイド抵抗性”を示します。
    NH細胞の発見は、アレルギー反応の理解をさらに複雑にしました。

    サイトカインネットワーク

    いろいろの細胞がそれぞれに異なるサイトカインを放出し、それにより刺激された細胞が、その刺激によりさらに他のサイトカインを産生します。
    それによって次つぎと連鎖的に反応がすすむ一連の炎症反応は、サイトカインネットワークといわれます。
    それによって炎症が増幅されたり抑制されたりしてゆくことになります。

    環境とアレルギー

    アレルギー性疾患の発症には、アトピー素因といわれる遺伝因子と特異的および非特異的な環境因子との複雑な相互作用がはたらきます。
    アトピー素因とは、環境中のアレルゲンと接触したとき、それによって特異的IgE抗体または総IgE抗体を産生しやすい体質をいいます。
    生活環境には、日常生活でのありふれた物質が、アレルギー疾患発症の原因になったり、悪化させたりなどの因子になっています(上図)。
    直接アレルゲンとして作用する特異的環境因子には、食物抗原(卵白、牛乳など)や吸入抗原(ダニ、花粉、イヌ、ネコなどの体垢)やハウスダストなどがあります。
    大気汚染物質のSO2(二酸化イオウ)や自動車排気ガスのNO2(二酸化窒素)のほか、暖房機器から発生するCO(一酸化炭素)、建築資材や家具などの塗料、接着剤など多種多様で、近年のアレルギー疾患の増加を招いています。

    アレルゲンの作用

    血中のIgEと結合してアレルギー症状をひきおこす抗原をアレルゲンといいます。
    アレルゲン分子のほとんどはタンパク質で、酵素だったり脂質結合タンパクだったり貯蔵タンパク質、あるいは細胞骨格構成タンパク質という具合にいろいろです。
    アレルゲン分子は、マスト細胞や好塩基球上の受容体を架橋することで、細胞の応答をひきおこしますが、タンパク質自体としても粘膜上皮や皮膚バリアの破壊にはたらきます。
    花粉やダニやカビなどのアレルゲンは、それぞれにプロテアーゼをもっており、上皮細胞間の結合をこわしたり、活性酸素を発生させたりします。
    タンパク質以外の脂質や多糖なども、アレルギー反応の促進や増悪に関係しているといわれています。
    環境からの非特異的因子の排除も、アレルギー疾患への対策になります。

    食物アレルゲン

    乳児期の早期に湿疹を生じる“食物アレルギーの関与する乳児アトピー性皮膚炎”では、母乳を介しての鶏卵・生乳・コムギ・ダイズなどがアレルゲンになるとされています。
    離乳食を摂取するようになってIgEに関係して発症する“即時型食物アレルギー”では、鶏卵や牛乳・コムギ・ソバ・魚などが原因食物として多いが、成長とともに自然に耐性が獲得されることが少なくないとされています。
    学童期~成人期では、コムギ・甲殻類・フルーツ・ソバ・魚類となっています。
    特殊な食物アレルギーのひとつが“口腔アレルギー症候群”で、生野菜や果物が主な原因で口腔粘膜に症状があらわれます。通常の食物アレルギーと異なり、前もって花粉に感作していての交差反応で、スギ花粉とトマト、ブタクサとメロンなどが報告されています。

    生体機能とアレルギー

    微量元素とアレルギー

    アレルギーはI 型~ IV型の四つに分類されています。IgEを介した即時型過敏反応がⅠ型で花粉症はこのタイプです。
    Ⅱ型は自己免疫性溶血性貧血やバセドー病など、膠原病における腎炎や皮膚炎はⅢ型で、すべて抗体がかかわって発症します。
    ネックレスやピアスや時計などに使用されている金属(ニッケル、コバルト、クロムなど)が原因で発症する“金属アレルギー”は、遅延型過敏反応でⅣ型に属します。歯科で用いられる金属や人工関節などの医療用金属材料で発症する例もあります。
    金属が体内にはいる経路には、汗にふくまれるClにより溶出したり、唾液による歯科修復物の腐食などがあり、それによって金属イオンが解離します。
    イオン化した金属が体内のタンパク質と結合し抗原として提示されると、活性化したT細胞が炎症をひきおこすことになります。
    金属は抗原として作用するばかりではありません。皮膚の細胞におけるCaとZn(亜鉛)の存在比で、アトピー性皮膚炎ではZnの割合が少なくなっています。さらに細胞内のCaイオンの濃度はヒスタミンに対する気道粘膜の過敏性のレベルに影響し、皮膚のバリア機能の障害では、上皮細胞内のCaの減少がみられるというのです。
    活性酸素除去を担う酵素SODの構成元素であるZnが不足すると、炎症が悪化し、創傷の治りがおそくなります(右図参照)。
    Znは多くの酵素の活性中心であり、免疫応答にもかかわっています。
    近年のアレルギー性疾患の増加の一因として、非経口的に金属と接触する機会が増えたことや、医療上の使用、微量ミネラル摂取の減少が指摘されています。

    皮膚を守る角層バリア

    皮膚バリアの最前線は角質細胞とその間にはさまれた角質細胞間脂質とが、交互に重なった層構造です。通常13層ほどのつくりで、表皮のケラチノサイト(角化細胞)が上方に向かい顆粒層上で角化して角層となります(右図参照)。
    角化細胞がスフィンゴ脂質やコレステロールや脂肪酸などを分泌し、これが角質細胞間脂質になります。その半分を占めるスフィンゴ脂質の95%がセラミドです。
    角層の保湿性はかねてから角質細胞間脂質、皮脂および天然保湿因子に担われているといわれてきました。
    近年、角質細胞内のフィラグリンとよばれるタンパク質が分解されて天然保湿因子になることがわかり、セラミドの減少とともにフィラグリンの不足とアレルギー発症の関係が研究されることになりました。
    フィラグリン遺伝子の多型や変異が、アトピー性皮膚炎の基盤になるというのです。

    経皮感作と経口感作

    さきごろ加水分解コムギ含有石けんの使用によるコムギアレルギーのニュースが流れ、経皮感作として説明されました。
    経皮感作は食物アレルギーでもみられます。乳児・小児期に皮膚バリア障害でピーナッツに経皮感作が成立すると、ピーナッツを食べたときアレルギー症状をおこすという関係が明らかにされました。
    食物成分は経口的に摂取された場合には、経口免疫寛容という生体機能がはたらくので、たやすく感作されません。
    免疫寛容とは、本来は免疫反応をひきおこす抗原に対してはB細胞やT細胞が応答しない状態をいいます。
    皮膚バリアの異常から食物アレルギーがおこるということがわかり、アレルギーマーチ成立のメカニズムが理解されました。

    ラテックスアレルギー

    手術用のゴム手袋、ゴム風船、ゴム靴、接着テープなどのゴム製品が原因でおこる“ラテックスアレルギー”は、ゴムの樹液の成分であるラテックスタンパクが抗原です。ゴム製品にラテックスが残留したとき、少量でも接触によるジンマシンをおこし、進行した場合ジンマシンが全身にひろがったり、鼻炎や下痢や結膜炎といった粘膜症状がおこったりします。
    ラテックス抗原は、バナナ、アボガド、クルミ、ポテト、トマトなどの食物抗原との交差反応があり、スギやシラカバなどの植物との交差反応も報告されています。
    ゴム手袋についているパウダーはラテックスタンパクを吸着して飛散し、ゼンソクやアレルギー性鼻炎をおこすことがあります。
    ラテックスアレルギーは医療現場だけでなく一般家庭でも発症しており、対策として合成ゴム製品がすすめられるようになりました。

    メグビーインフォメーションVol.378「新アレルギーの知識」より

  • 脳システムにおこる変化

    脳システムにおこる変化

    認知症とは?

    認知症はひとつの病気をいうのではなく、脳という情報処理システムが担っている認知機能が、成人期になってから障害され、記憶や理解や見当識などの低下により、生活機能が失われてゆく病態を指しています。
    脳システムのもつ機能は、加齢とともに生理的な変化を生じますが、認知症では事故や疾患などが原因の特徴的な変化が加わります。
    特徴的な症状は、認知症の基本症状といわれており、記憶障害のほか、失認(目でみたものを正しく理解できない)や失行(手順通りになにかをすることができない)や失語(言葉が理解できない)や、自己の置かれた状況がわからなくなる見当識障害や判断ができないなどです。
    基本症状をもつ場合、認知症に一括されますが、よく知られたアルツハイマー病をはじめとして、ピック病(前頭側頭葉変性症)や脳梗塞などの脳血管性障害や脳炎(ヘルペス、インフルエンザ)といった脳疾患の後遺症のほか甲状腺機能低下、ビタミンB1・B12欠乏症の症状などもあり、それらが重なる場合もあります。そのなかでアルツハイマー型認知症がもっとも多く、脳血管性認知症がつづきます。
    狭義にはアルツハイマー型と脳血管性が認知症と考えられており、先進国と新興国を問わず増加していると、WHO(世界保健機関)が報告しています。
    認知症の発症は、脳血管の疾患ばかりでなく、糖尿病や呼吸器疾患・腎疾患といった慢性疾患もリスク因子として挙げられています。

    軽度認知障害(MCI)

    生理的な認知機能低下と、認知症という疾患の間には、正常でもなく、認知症でもない軽度認知障害(MCI)という状態があるという考えが生まれたのは、1990年代のはじめでした。
    MCIは、mild cognitive impairmentの略です。
    MCIは認知症の前段階であり、進行を予防する可能性をもった重要な症候群を指す用語として定着してゆきました。
    右図に示されているように生理的な認知機能のゆるやかな低下のラインを超えていて、やがてアルツハイマー病になる率が健常者にくらべて高い層ということになります。認知症へと移行すると、認知機能の低下速度がはやくなるというのです。
    近年の疫学調査や臨床データから、認知症の明らかな発症までには25年という長い時間の経過があるといわれるようになりました。
    MCIからは、毎年10~15%の割合で認知症へ移行すると報告されていますが、一方でMCIのレベルにとどまったり、なかには改善する例もある(14~44%)というのです。

    MCIの脳

    MCIの時期は、記憶障害の訴えがあるものの、全般的な認知機能は保たれており、日常生活動作では自立しているのがふつうです。
    認知症脳の特徴である老人斑や神経原繊維変化が、MCI脳にもあらわれています。
    アルツハイマー病の発症は、「βアミロイド仮説」で説明されています。
    脳の加齢性変化として大脳皮質にβアミロイドというペプチドが沈着・凝集してきます。これが老人斑で、細胞の外側にたまります。
    βアミロイドは細胞膜にくっつき、細胞内部でタウとよばれるタンパク質をねじれた線維に変化させます。タウタンパクは細胞骨格の構成に重要な微小管に結合して安定化させる役をしているのですが、βアミロイド沈着と連鎖して異常なリン酸化を受けて線維状になり、不溶性になってしまうのです。これが神経原線維変化といわれる現象で、細胞死の原因になります。
    βアミロイドの膜結合によって細胞のシグナル受容が不調になり、タウタンパク質の異常リン酸化がすすむと考えられています。

    加齢とMCI

    加齢が脳の構造・機能を変化させ、MCIや認知症へ向かうというプロセスは、すべての人で同じように進行するわけではありません。
    上図の25年と記された過程で、まず老人斑が生じる時期があり、その基盤として高血圧、高血糖、脂質異常などが存在しています。そして認知症へ加速させるものが異常リン酸化タウの沈着です(下図参照)。
    神経原線維変化は、βアミロイドの作用だけでおこるのではありません。酸化ストレスや小胞体ストレスは、生理的条件でも老人斑形成よりはやくタウ沈着をおこさせるというのです。食生活を中心にした生活習慣が、MCIや認知症対策の鍵といえるでしょう。

    βアミロイドの処理

    βアミロイドは前駆体タンパク(APP)から2段階で切断されて生じます。
    APPは、神経細胞内で細胞体から合成タンパクのシナプスまでの軸索輸送を助けたり、銅イオンのホメオスタシスや細胞間接着にも役割をもつなど、多機能を担っています。
    そこで機能を果したAPPが分解されるのは合理的な反応ということになるでしょう。
    生じたβアミロイドは、細胞の外へ出されてタンパク分解酵素やミクログリアの作用で分解されたり、血液脳関門を介して血中へ排出されたりして処理されます。
    血液脳関門のβアミロイドの輸送体が発見されて、神経細胞を保護していることがわかりました。
    排出されたβアミロイドは、多くは肝細胞へとりこまれて、胆汁へすてられてゆきます。
    βアミロイドは、凝集することによって毒性を獲得します。凝集を抑えるには、すみやかに分解処理されればよいことになるでしょう。
    タンパク質二次構造のβシートは、疎水性の相互作用によって互いに会合しやすい性質をもっています。βシートが数個集まったオリゴマーには毒性があり、シナプスの機能を障害することがわかりました。
    現在いくつもの実験系での食品成分のβアミロイド凝集抑制効果が報告され、カレースパイスのクルクミンやワインのポリフェノールが注目されています。

    リスクはアポE4

    血中で脂質を運ぶLDLやHDLなどのリポタンパク質から脂質成分をとり除いて、残ったタンパク質成分をアポリポタンパク質といい、A・B・C・D・Eの5型があります。アポEはさらにアミノ酸の置換(2ヶ所)で生じたE2、E3、E4に分類されます。
    アポE4遺伝子は、アルツハイマー型認知症の発症リスクを高くするという統計上のデータがあります。
    細胞膜上にアポE受容体があり、βアミロイドはそれを介してとりこまれ、細胞内でアポEと共存しています。
    アポEは、脳内では脂質運搬機能によってシナプスと樹状突起を連結し、細胞の修復を担っています。
    アポE4は構造の不安定性があり、部分的にくずれて中間体をつくりやすく、虚血や炎症、酸化ストレスによる神経障害における保護作用がE2やE3にくらべて明らかに劣っていることが知られています。アポE4はまた分解されやすく、その断片が炎症を誘発し、フリーラジカルがリソソーム膜をこわして内部の分解酵素を流出させ、アポトーシスをひきおこします。
    アポE4はさらに脳のブドウ糖利用効率を低下させたり、樹状突起の伸長を抑制したりなど、アポE3の神経保護作用と反対の方向にはたらくというのです。
    脳は肝臓につぐアポEの合成器官で、神経細胞やグリア細胞がつくっています。マクロファージもまた神経細胞の変性や再生に対応してつくり、細胞外マトリックスに分泌します。
    このようなアポE合成は、神経保護作用を増強したり、障害された神経細胞の再生を促進するためですが、E4はその活性が低いばかりか、分解によって生じる断片は、細胞骨格を変性させたりミトコンドリアにも害を及ぼします。
    ミトコンドリアと小胞体の相互作用が変化して、酸化ストレスや小胞体ストレスがさらにミトコンドリア機能を低下させます。

    脳血管と認知症

    神経と血管の相互作用

    認知症は、アルツハイマー病と脳血管性に分類され、成因が論じられていますが、ほとんどの場合、アルツハイマー型においても脳血管障害を伴う合併型が少なくありません。
    発症に至るまでの25年もの期間では、脳血管の加齢による構造変化が生じており、神経と血管が相互に作用し合って病態が形成されてゆくと考えられるようになりました。
    この血管と神経細胞の機能的ネットワークは“neurovascular unit”とよばれて、その機能低下が認知症へと移行させる要因として注目されているのです。
    アルツハイマー病の脳細胞の変性でも、脳血管性での血管の病変でも、高血圧や糖尿病や免疫反応による酸化ストレスが血管炎症の火種となっています。
    脳の血管は、神経細胞ニューロンやグリア細胞に酸素や栄養物質を供給しますが、神経細胞から放出されるプロスタグランディンE2やグルタミン酸、アデノシンなどがアストロサイトの受容体によりとりこまれ、NO(一酸化窒素)などの生理活性物質がつくられ、細動脈に作用して血流やグルコース代謝を調節するといったつながりをもっています。このような血管と脳細胞の相互作用がneurovascular unit(図参照)というわけです。
    グリア細胞と毛細血管とでつくっている血液脳関門も、慢性炎症により機能低下を生じます。

    加齢でおこる脳内変化

    脳の血管には、加齢とともにいろいろな変化があらわれてきます。
    細動脈は、屈曲したり蛇行したりといった構造変化により血流低下がおこり、毛細血管では、基底膜へのコラーゲン沈着によって血管壁の肥厚が顕著になってきます。
    内皮細胞が放出するNOは、アルギニン(アミノ酸)からつくられますが、加齢はその効率を下げるのです。
    脳は神経活動の維持のために、つねに大量の血液循環を必要としています。心拍出量の17%の血液が送られ、全身の酸素消費量の20%を占めることをご存じでしょう。
    エネルギー産生を担うミトコンドリアにおける活性酸素の発生や免疫および炎症反応の変化もかかわっています。

    ミトコンドリアの重要性

    一般にミトコンドリアでのエネルギー代謝における酸素消費量は細胞全体の90%以上を占め、そのうちの2~5%は活性酸素に変わっているとされています。ミトコンドリアは、細胞内での最大の活性酸素発生源であり、ミトコンドリアDNAの変異率は、核DNAにくらべて十数倍という高さです。
    ミトコンドリアは、つねに酸化ストレス環境にあるわけです。
    神経細胞内にβアミロイドなどの変性タンパクが集積すると、その凝集塊をミトコンドリアがとり囲み、変性タンパクはミトコンドリア内に蓄積するのが観察され、その結果ミトコンドリアがこわれ除去されます。
    こわされたミトコンドリアが細胞外へ放出されると、そのタンパク質や脂質、核酸などの構成成分が炎症反応をひきおこすことになります。
    アルツハイマー病の脳では、大脳辺縁系や前頭葉・側頭葉などで常在する免疫担当のミクログリアの活性が高まっており、炎症性サイトカインが増えて慢性炎症状態へすすみます。これが新たな酸化ストレスを生じるという悪循環におちいってゆくのです。

    慢性疾患と認知症

    高血圧マウスの脳では、活性酸素の産生が増加しており、βアミロイドの蓄積も多いと報告されており、とくに中年期(40~64歳)の高血圧が高齢期の認知症リスクになると報告されています。
    糖尿病もまたリスク因子とされています。糖尿病では末梢神経障害が網膜症や腎症とともに三大合併症とされていますが、中枢神経障害としての糖尿病性認知症という語が登場しました。
    近年の大規模疫学調査では、アルツハイマー病発症リスクは、通常の2倍になるという結果でした。
    老人斑や神経原繊維変化にAGE(糖化で生成する物質)やRAGE(AGEの受容体)が沈着していることが観察されており、βアミロイドやタウタンパクにAGEが結合すると、凝集や沈着を加速すると考えられています。

    細胞ストレスと認知症

    加齢による脳血管の変性と、ゆるやかに進行する慢性神経炎症が認知症の基盤になっています。
    脳のエネルギー代謝や酸素要求度の大きさ、血管構造やネットワークの成りたちといった脳の特性には、酸化ストレスがつきまとっています。
    頭蓋内動脈のミトコンドリアにはMnSOD(活性酸素除去酵素)が多く、その減少が加齢による血管内皮細胞機能の低下につながります。
    不良タンパク質の処理にかかわる小胞体ストレスが、細胞内蓄積やミトコンドリアの破壊とミクログリアの活性化を招き、酸化ストレスを増強させます。
    細胞表面のAGE受容体にAGEが結合すると、細胞内酸化ストレスをひきおこします。
    脳のエネルギー源としてグルコースが必須であり、エネルギー代謝や神経伝達物質づくりのためにタンパク質合成は休めません。グルコースとタンパク質が混在しての糖化ストレスのリスクも小さくありません。
    酸化ストレス、小胞体ストレス、糖化ストレスのトライアングルのレベルを下げるのに、良質タンパクとフィードバックビタミン・ミネラルや、抗酸化ポリフェノール類の積極的な摂取が役に立つでしょう。

    メグビーインフォメーションVol.377「認知症の知識」より

  • 脳の特性─認知と記憶

    脳の特性─認知と記憶

    生物の情報処理

    生物の歴史をさかのぼると、細菌や酵母のような単細胞生物から長い年月を経て多細胞生物へと進化してきました。
    生命体が生きつづけるには、栄養物や光源などへ近づくとか、有害性物質から離れるなどの環境情報の感知と処理、それによる行動という機能が必要であり、単細胞生物ももっていたその基本的能力は、多細胞生物では神経系といわれる構造に担われるようになりました。
    単細胞生物では、情報伝達の形式は、シグナルを受容したタンパク質が、次のタンパク質へと相互作用により伝達するという方式です。
    この方式では、タンパク質の状態の変化が符号になります。
    特定のアミノ酸にリン酸を付加するリン酸化と、リン酸を除去する(脱リン酸化)は、代表的なシグナルタンパク質の符号化です。
    進化の過程で、シグナル伝達系の種類が多くなり、複雑化しました。

    ヒトの脳システム

    ヒトの脳は、1000億個もの神経細胞がつくるネットワークをもっています。
    大脳皮質の1立方ミリメートル中には10万個の神経細胞があり、各細胞あたり1万個程度のシナプス結合が存在します。
    細胞間をつなぐ軸索の総長は10キロメートル、中枢神経系全体では、100万キロメートルにもなる長さの配線が、立体的に密に連結された複雑なネットーワークに仕上っています。このネットワークは“神経回路網(ニューラルネットワーク)”とよばれています。
    神経細胞は電気装置としての性質をもっており、充電したり放電したりします。充電状態になることを興奮といいます。
    神経細胞の内と外とでは、ナトリウムイオンやカリウムイオンの濃度差があるため、電位差が生じています。神経細胞が興奮すると、ナトリウムイオンが細胞内へ流入しカリウムイオンが出されて、イオン濃度の逆転により電位差が下がります。イオン濃度の逆転は細胞膜上のナトリウムポンプのはたらきで元へもどされるのですが、一過性の電位変化が神経インパルスとなって軸索へ伝わります。
    シナプスでは、電気信号はいったん化学伝達物質に姿を変えて渡され、次の細胞ではまた神経インパルスが走ります。

    認知機能とヒトの脳

    脳という器官は、外界からもたらされる多種多様な刺激を知覚し、記憶し、認識し、学習したことを保存し、判断し、行動に結びつけるはたらきをしています。
    この脳内で休まず進行している一連の営みが認知機能といわれています。
    20世紀前半の認知機能研究は、心理学の領域でしたが、分子生物学の登場によって、ショウジョウバエや線虫などの単純な無脊椎動物での学習や記憶にはじまり、やがてマウスのようなより複雑な脊椎動物における分子レベル・細胞レベルの理解へとすすみました。
    ついで脳をシステムとする見方が生まれ、PET(ポジトロン断層法)やfMRI(機能的核磁気共鳴画像法)といった技術の進歩によって、認知機能がはたらくプロセスで脳内におこっている物質の状態を画像としてみることができるようになりました。
    脳機能の土台にある記憶のメカニズムについても、意識あるいは心のあらわれ方についてもまだ解明されたとはいえないのが現状ですが、わかってきたことも少なくありません。複雑ネットワーク論は、神経細胞回路網(ニューラルネットワーク)を理解する新しいアプローチといえましょう。

    特別な細胞・ニューロン

    すべての動物は、感覚情報を受けとるニューロン(知覚ニューロン)と、運動にかかわるニューロンと、両方の間に組みこまれた介在ニューロンをもっています。
    介在ニューロンにはいろいろの種類があり、神経回路内の情報の流れを調節したり協調させたりしています。そして記憶の貯蔵や学習の複雑なプロセスに重要な役割をもっています。
    一般に、細胞数が多くなり相互の連結のしかたが複雑になるほど、学習の能力は大きくなることが知られています。
    同じく3種類のニューロンをもっていても、動物によって学習能力が異なるのは、細胞数とそれらが相互に結合するパターンのちがいによるというのです。
    ニューロン間の相互結合の部分は、シナプスとよばれています。シナプスとはギリシア語で接合を意味する語です。
    ニューロンは右図のように、1個の細胞体と多数の樹状突起、1本の長い軸索をもっています。軸索の末端は枝分かれして多数のシナプス前終末となり、シナプス後細胞の樹状突起とシナプスをつくっています。シナプスの構造や性質の変化が、記憶や学習の基盤になっています。

    シナプスの可塑性

    シナプスにおいて、ニューロン間でのシグナルは、神経伝達物質を渡すという方法で伝達されます。シナプスでは二つのニューロンはわずかなすき間(シナプス間隙)でへだてられており、電気信号は次に伝わりません。
    シナプス前終末に到達した電気信号は、あらかじめ蓄えられていた神経伝達物質を、シナプス間隙に放出させます。これがシナプス後細胞の表面にある受容体に結合すると、シナプス電位を発生させ、それが信号になります。
    放出される神経伝達物質はアミノ酸かアミノ酸の誘導体(グルタミン酸、γアミノ酪酸、アセチルコリン、アドレナリン、ノルアドレナリン、セロトニン、ドーパミンなど)で、約5000分子をまとめて放出します。5000分子を包みこんだ小胞はシナプス小胞とよばれています。
    神経伝達物質の受容体には興奮性と抑制性の二つのタイプがあり、伝達物質の結合によって後細胞の活動電位が発生したり抑えられたりします。
    シナプス電位の強さは、放出された神経伝達物質の数や受容体の数で決まり、変化します。「ニューロン説」の提唱者で1906年のノーベル医学生理学賞を受賞したスペインの神経学者カハールは、シナプス結合の強さは固定したものではなく、可塑性があると考えました。
    シナプス結合の強さとは、ある細胞の活動電位が標的細胞を興奮または抑制させる度合を指しています。
    カハールは、学習がシナプス結合を強め、その継続が記憶の基礎になっているという仮説を立てたのです。この仮説は後年になって実験的に確かめられました。
    記憶は、無意識的で自覚されない“非陳述記憶または内在性記憶”と、意識的に想起したり回想したりできる“陳述記憶または顕在性記憶”とに分類されます。
    非陳述記憶は、方法・手続きを知る技能の知識のように、経験で修得され行動の変化にあらわれますが、意識的に想起しているわけではありません。それに対してモノやコトや考えなどの意識できる記憶が陳述記憶です。

    記憶の段階

    非陳述記憶は無脊椎動物の神経系でも営まれていますが、陳述記憶では脳のシステム的構造が必要です。
    一方は無意識に行われており、他方は意識的に想起されるという相違点がありますが、相方に短期記憶と長期記憶があることや、長期記憶が形成されるメカニズムには共通点があります。
    共にシナプスの成長や、新しいタンパク質合成といった変化がありました。
    短期記憶は数分間つづき、長期記憶は数日あるいはそれ以上持続します。
    認知心理学では、短期記憶を即時記憶と作業記憶に分類しています。
    即時記憶は、情報を受けとった瞬間に、注目され、通常は数秒以内で意識から消えるので瞬間記憶ということもあります。
    即時記憶を繰り返し復唱すると、記憶されている時間が延長します。この延長された記憶を作業記憶とよびます。
    作業記憶にかかわる神経細胞の活動が調べられて、対応するニューロンのネットワークのありかが見出されました。そのなかでもっとも重要な領域が前頭葉でした。前頭葉が記憶を保持したり想起したり、制御して行動したりなどの機能を担っています。

    記憶機能のメカニズム

    記憶の貯蔵

    事故などで脳を損傷した人びとが、長期記憶を貯蔵する脳の領域について解明する手がかりをもたらしました。
    ヒトは視覚によって多くの外界情報を得ますが、その認識や処理は側頭葉の脳システムが担っており、手で触った感触は頭頂葉というようにカテゴリーに対応する部位がありました。
    そして近年のfMRI(機能的核磁気共鳴画像法)は、動物の名を挙げたとき、道具の名前を示したとき、動きのパターン、物体の性質などの知覚や学習により活性化される領域と記憶の貯蔵との関係を明らかにしました。
    それらの領域が損傷されれば、それに関連したモノやコトの認識が困難になるわけですが、側頭葉の内側が損傷されると、すべての陳述記憶が失われることがわかりました。
    内側側頭葉は、海馬や扁桃体やその周辺を含む広い領域を指しています。
    内側側頭葉の損傷では即時記憶と作業記憶は保たれていますが、長期記憶ができません。新しいことが記憶できないことになります。
    新しい記憶を保持するメカニズムでは、とくに海馬が重要です。

    海馬の役割

    解剖学的研究から、両側の海馬の中のCA1という領域の損傷から記憶障害がおこっていることがわかりました。さらにCA3や他の部位(下図中の歯状回や、海馬と隣り合う嗅内皮質)などにも損傷がひろがっているほど、記憶障害が重症でした。
    海馬は、陳述記憶にとって重要なはたらきをしていますが、学習したのちの時間経過とともに前頭などの新皮質において、新しいシナプスがつくられたり、シナプスでのタンパク合成がおこったりして、記憶が移されてゆくと考えられるようになりました。
    シナプス前細胞のなかには、シナプス小胞が存在しないものがあり“サイレントシナプス終末”とよばれています。
    長期記憶のスイッチを入れる遺伝子がはたらき、タンパク質合成がおこり、シナプス小胞が供給されてくると、シナプス終末が活性化されます。このプロセスは3~6時間ほどかかり、次に12~18時間かけて機能をもったシナプスが新生してくるのです。
    加齢にともなう物忘れの原因も、シナプスの数や結合の変化に関係しています。

    ヘッブの学説

    記憶は脳内に分散され、大脳皮質の広い領域で、細胞が集合し協力してはたらいているという考え方をはじめて提唱したのは、カナダの心理学者ヘッブでした。
    ヘッブはまた、学習により相互に連結した二つの神経細胞が同時に興奮するとき、シナプスの結合性が強化され、伝達の効率が上昇するという仮説を発表しました。
    やがてこの仮説は、神経生理学上の事実として確かめられました。
    シナプス伝達の効率の強化は“長期増強(LTP)”と名付けられ、この現象をひきおこすメカニズムが研究されました。
    遺伝子操作によってLTPのおこらない動物をつくってみると、記憶力が劣っていることがわかったというのです。
    動物をストレス状態にすると、LTPが形成されにくくなることや、アルコールの摂取がLTPを弱めることなどが示されました。

    加齢とシナプスの変化

    年齢を重ねるにつれて記憶する能力が低下してくると感じる人は少なくありません。その理由として、一般に神経細胞の脱落が指摘されました。成人期を通じて、ヒトの脳は毎日10万もの神経細胞を失っているというのですが、この説は訂正されることになりました。

    初期の測定では、神経細胞の数は、少数のサンプルから推算されたもので組織の全容積や細胞の大きさによる補正がされていません。領域ごとの神経細胞数は計測できませんでした。
    細胞数を計測する技術がすすんだ現代では、海馬を例にして、次のように報告されています。
    海馬においてCA1やCA3や歯状回の細胞数はほとんどが保たれており、重大な変化はネットワーク内のシナプスの数や結合強度が示すシナプス可塑性である、というものです。
    シナプスの数は保たれていても、小さくなっていたり、LTPが形成されてもはやく衰えてしまい、維持できる期間が短くなったりすることが、物忘れの原因になります。
    アルツハイマー病では、初期の段階で、海馬と側頭葉での神経死が生じてきます。
    海馬の神経細胞は、虚血に弱いことが知られています。脳虚血後の再灌流では酸化ストレスがひきおこされますが、数日後に海馬CA1領域で細胞の脱落(遅発性神経細胞壊死)に見舞われるのです。
    学習と、コーディングおよび抗酸化に着目した栄養条件が、“記憶”を守ることになります。

    メグビーインフォメーションVol.376「脳を考える」より

  • 異常タンパクと生体

    異常タンパクと生体

    タンパク質の形づくり

    タンパク質は、20種類のアミノ酸が鎖のようにペプチド結合でつながった分子(ポリペプチド)で、そのアミノ酸の並び方によって固有の形(立体構造)をとることで、さまざまな機能をもつようになります。
    タンパク質の立体構造では、まずαヘリックスとよばれるらせん状の部分がつくられ、つづいてポリペプチド鎖が平行に並ぶβシートができます。このとき生じる折れ曲がりの部分ではリバースターンといわれる構造があらわれます。
    ポリペプチド鎖が折りたたまれて、三次元の構造に仕上ってゆくことを“折りたたみ(フォールディング)”といいます。
    折りたたまれることで、分子の表面にさまざまな凹凸が生じ、これが他のタンパク質やいろいろの分子との相互作用を可能にし、タンパク質機能に多様性を与えたのです。
    生体分子としてのタンパク質は、細胞小器官の粗面小胞体で進行します(下図)。
    粗面小胞体は、タンパク合成を受けもつリボソームやゴルジ体と協力して、新規合成されたタンパク質のフォールディングや糖鎖付加を行い、一人前のタンパク質に仕上げます。
    さらに仕上りに問題のあるタンパク質をチェックし、不良品は処理するという品質管理も受けもっています。

    ミスフォールドタンパク質

    タンパク質が正しくフォールディングされるように助ける役のタンパク質(分子シャペロンのなかま)がはたらきますが、熱ショックなどのストレスがミスフォールドの原因となり、異常タンパクをつくってしまう不都合がおこります。
    もともとタンパク質の合成プロセスは、複雑であり、水がベースの細胞内での多数の分子の集合と熱運動によるゆらぎがあって、確率に支配されています。合成されるタンパク質の数は1秒間に数万個といわれるほどの大量であり、細胞ごとにいろいろの種類のタンパク質を次つぎにつくる作業なので、つねに確実とはゆきません。
    フォールドされる前のポリペプチド鎖では、疎水性アミノ酸がむき出しであり、お互いに集まろうとしてくっつきあってしまいます。
    正しいフォールディングでは、疎水性アミノ酸を内側に囲んで安定な構造に仕上げるのですが、ミスフォールドタンパク質では疎水性アミノ酸が外側にむき出しになりやすく、別のミスフォールドタンパク質と集合しようとして凝集します。
    凝集タンパクの塊が大きくなると、正しくフォールドしたタンパク質の変性をおこす触媒となり、凝集のなかまにひきこむこともあるのです。
    それは細胞にとって大きな危機であり、このような事態を避けるために備えている機構が小胞体ストレス応答です。

    小胞体という細胞小器官

    必要に応じてタンパク質をつくりつづける細胞工場の製造システムの中心は“粗面小胞体”です。
    アミノ酸をつないでポリペプチド鎖にする作業は、リボソームという細胞小器官の仕事です。
    細胞工場は、リボソームのほか、ミトコンドリアやゴルジ体、そして小胞体といった膜構造の小器官で構成されています。
    小器官には、それぞれに専門の機能があり、それに適した構造をもっていて、細胞内に配置されています。
    リボソームは、細胞質に散らばっている遊離のものと小胞体に結合しているものとがあります。リボソームが結合する小胞体は核の近くにあり、粗面小胞体とよばれています。
    粗面小胞体は、多数のリボソームが結合していて電子顕微鏡で観察すると粗く見えます。
    粗面小胞体と内腔でつながっている滑面小胞体の表面は特徴がありません。コレステロールやリン脂質の合成、薬物の解毒、カルシウムの貯蔵などの役割をしています。
    タンパク質の仕上げと品質管理をしているのは粗面小胞体で、そのプロセスで異常タンパク質が蓄積する事態になり、恒常性が破綻することを“小胞体ストレス”といい、これに対して細胞がおこす反応が“小胞体ストレス応答”です。
    タンパク質づくりのトラブルは、個体の生存にかかわります。細胞の外へ分泌されてはたらくタンパク質(分泌タンパク質)や、細胞膜に配置されてシグナル伝達や物質輸送などを受もつ膜タンパクや、細胞内構造用タンパクなどが小胞体でつくられています。
    分泌タンパクや膜タンパクは糖鎖をつけられて完成品になります。糖鎖の付加はタンパク質構造を安定化させています。

    分子シャペロン

    粗面小胞体の内腔には、分子シャペロンとよばれるタンパク質のなかまが存在します。
    分子シャペロンは、生成途上のポリペプチド鎖の成熟を助けたり、誤りを訂正したりして、ひとつのタンパク質を仕上げるまでに何種類ものなかまが協働しています。
    分子シャペロンは、熱や圧力や紫外線、低酸素、虚血、重金属、過酸化物、グルコース飢餓といったストレッサーに見舞われた細胞で誘導されることがわかって“ストレスタンパク質”とよばれることになりました。
    ストレスタンパク質は、タンパク質の変性を抑制し、フォールディングをすすめていますが、異常タンパクが増加してくると対応しきれなくなってしまいます。

    小胞体関連分解

    小胞体内の分子シャペロンには、タンパク質の品質チェック機能をもつなかまがあり、その基準をパスしないタンパク質は、輸送先であるゴルジ体(装置ともいう)へ送りません。小胞体内腔に止めて置き“小胞体関連分解”の対象にするのです。
    タンパク質はつねに分解される一方で合成される代謝回転を繰り返しています。タンパク質にはそれぞれに固有の寿命があり、代謝回転によって量を調節したり、細胞内部を浄化したりしますが、小胞体関連分解は、タンパク質の構造異常を見分けて、細胞内で選択的に分解することをいいます。
    異常タンパクを小胞体から出してしまうと、細胞内のいろいろの場所でタンパク質機能を損うリスクが生じてしまうので、小胞体内部で処理するしくみになっています。
    変性タンパク質は、からだの免疫システムにとって非自己とみなされる抗原性をもつことがあり、その情報が提示されると自己免疫をひきおこしかねません。
    小胞体関連分解では、異常タンパクは細胞質へ放出され、そこでプロテアソームによって分解処理されるしくみです。

    プロテアソーム

    タンパク質の分解機能をもつ酵素プロテアーゼが集まり、筒型の複合体となったのがプロテアソームで、巨大なタンパク分解装置といわれています。
    プロテアソームによるタンパク質分解は、ATPを消費します。消化管での栄養物のタンパク質分解にはエネルギーは不要です。
    選択的に分解するには、標的タンパク質に目印をつけなければなりません。
    ユビキチンという小さいタンパク質を目印としてつけ、分解するのが“ユビキチン-プロテアソームシステム”で、その研究は2004年にノーベル化学賞を受けました。
    小胞体関連分解は、ミスフォールドしたタンパク質を認識し、小胞体から細胞質へ出すチャネルまで移動させ、ユビキチンという目印をつけたり、糖鎖をはずしたりなどの手つづきを経る複雑なプロセスで構成されており、そこにはチェック機能も組みこまれています。
    分子シャペロンや小胞体関連分解にはたらく酵素などが誘導される小胞体ストレス応答の経路は、異常タンパク応答といわれています。
    フォールディングの異常に、直接または間接にかかわる疾患は少なくありません。身近な白内障・アルツハイマー病・ALS(筋萎縮性側索硬化症)・プリオン病の発症も、コンフォメーションの異常によると考えられています。

    コンフォメーション異常病

    通常、細胞内の遺伝子発現では、リボソームでポリペプチド鎖をつなぐと、ほぼ1秒ぐらいでフォールディングされてゆきます。
    そしてフォールディングにミスが生じたときは分解してしまうのが決まりです。細胞内では、ミスフォールドタンパク質や、いろいろな環境要因によって変性したタンパク質は、ユビキチン─プロテアソームシステムばかりでなく、リソソーム─オートファジーシステムなどで処理され、凝集したり沈着したりという事態にはたやすくなるわけではありません。
    異常事態になるには、長い時間が経過しています。そして細胞レベルのストレスが蓄積や沈着を促進するのです。
    感染や炎症は、コンフォメーション異常と密接であり、加齢が時間経過に結びついています。
    加齢性疾患とコンフォメーション異常は切りはなせないことになるでしょう。
    小胞体ストレスと同じように、生きる営みのなかで必然的に生じているリスク因子には、細胞の内外で絶えず進行する“酸化”と“糖化”の問題があります。
    酸化ストレス、糖化ストレスおよび小胞体ストレスは、細胞の三大ストレスになっています。

    ストレストライアングル論

    タンパク質の素顔

    “生命活動を担う分子は?”の問いに、タンパク質の名が返ってくることは、現代人の常識になっています。
    タンパク質とその素材であるアミノ酸との関係や、食品成分としての栄養価についても多くのことが知られています。
    分子生物学が遺伝現象のしくみを明らかにし、構造生物学はタンパク質の多彩な機能の謎解きに迫りました。
    細胞という生物体の構成要素のなかで、多くのタンパク質がつくられ、役割を分担し、糖や脂質やビタミンなどの有機物やミネラル類とかかわりあい、分解されてゆくプロセスが解明されてゆくにつれて、からだの正常な営みを維持するためのタンパク質のはたらき方ばかりでなく、さまざまな病気の発症と密接なタンパク質の弱点もわかってきました。
    見えてきたタンパク質の弱点は、細胞にとってのストレッサーとして作用し、病態を生じさせたり老化をすすめたりしています。

    タンパク質の弱点

    細胞というおよそ10~20ミクロン(1ミリの100分の1から50分の1)という大きさでしかないスペース内で、毎日驚くほど大量のタンパク質の合成と分解が繰り返されています。タンパク質はそれぞれの持場に輸送されてゆき、細胞外に分泌されたり細胞膜に埋めこまれたり、細胞小器官の構成材料になったりします。
    細胞内には、DNA分子を収納した核や、生体エネルギーを効率よくつくり出す装置のミトコンドリアなどの小器官が配置され、物質の合成や分解や輸送での混乱を防いでいます。
    細胞内スペースの核を除いた部分が細胞質で、さらに細胞小器官を除いたものを、細胞質ゾルとよんでいます。
    タンパク質合成は、リボソームと名づけられた細胞小器官ではじまり、小胞体およびゴルジ体との協働作業で一人前になります。
    その仕事に不可欠なエネルギーの調達機構には酵素が必要であり、副産物としての活性酸素による“酸化”がつきまといます。またエネルギー源の基本物質の糖が常に運びこまれて混在しており“糖化(インフォメーションVoL.374参照)”がおこりかねません。
    さらにタンパク質の正しい構造づくりは簡単な作業ではないため小胞体ストレスのリスクが避けられないのです。
    酸化ストレス、糖化ストレス、小胞体ストレスはタンパク質の弱点といえるでしょう。

    細胞のストレス応答

    酸素を利用する生体にとって、抗酸化にはたらく酵素をもつことは必須でした。同じようにしてAGE(終末糖化産物)の生成を防ぐAGE前駆体消去酵素群のあることが知られています。
    小胞体ストレスを防ぐためのセンサー役タンパクや、分解処理経路に動員される酵素もはたらきます。
    ストレッサーは、生体に防御反応としての応答をひきおこします。そして元の状態にもどそうとするはたらきとの間に力関係が生じます。両者のバランスがマイナスに傾いた状態は、細胞レベルでも個体レベルでも生存にとって不利であり、とくに酸化ストレス、糖化ストレス、小胞体ストレスとよばれています。
    生体内では、酵素作用による合目的的な酸化反応も、糖の付加反応もおこっています。
    糖鎖をもつ糖タンパクや糖脂質が、細胞表層に分布しています。糖鎖は細胞に固有の目印となってシグナルの受容や細胞内へのイオンの透過などによって細胞機能を維持させています。
    糖鎖はタンパク質構造の安定にも必要ですが、酸化や糖化がそれを切断すると、タンパク質を失活させます。
    免疫反応や造血システムなどの生理機能が、サイトカインとよばれる細胞間の情報交換を受けもつ分子により維持されていますが、サイトカインは糖鎖を認識してはたらいています。

    腎臓と細胞ストレス

    AGEは非酵素的に生じる有害物質なので、腎臓がその消去を担っています。
    体内の有害物質の主要な排出経路が腎臓における血液の濾過システムです。
    濾過し排出された物質を網羅的に測定する技術(メタボローム解析)により、尿中にAGEやその前駆体が存在することがわかってきました。
    腎糸球体メサンギウム細胞や尿細管上皮細胞はRAGE(AGE受容体)をもち、AGEをつかまえて細胞内にとりこみ、分解処理しています。メサンギウム細胞は糸球体の血管のすき間に存在、収縮能をもっていて血液濾過を調節しています。
    腎臓の糖化ストレス対策が不調になると、慢性炎症や活性酸素の発生を招きます。糖化ストレスは異常タンパク質をつくり、小胞体ストレスの原因になることが知られています。
    小胞体内に異常タンパク質が蓄積すると、そのシグナルが活性酸素を過剰につくらせ、それが新たな糖化の促進役になるというように、各ストレスの間につながりがあるのです。
    糖化ストレスは他のストレスの引き金になり、それがフィードバックする関係にあるわけです。

    ストレストライアングル

    腎臓にかぎらず、糖化ストレス、酸化ストレス、小胞体ストレスの間にある相互作用が、組織・器官の構造や機能の低下をひきおこしています。
    酸化ストレスも糖化ストレスも、小胞体ストレスも、代謝をはじめとする生理現象のなかに発生要因があり、全身でおこる非酵素的反応であり、細胞レベルから個体レベルまで波及しつつ、加齢とともに病態を形成することになります。
    各ストレスはトライアングル(三角形)の関係にあり、つねに変化しつつ生体の恒常性に影響を与えていると考えるのが「ストレストライアングル説」です。
    ストレストライアングル説は、生命理解を助けるでしょう。

    メグビーインフォメーションVol.375「小胞体ストレス」より

  • タンパク質の糖化

    タンパク質の糖化(非酵素的)

    糖化とAGE

    生体を構成するタンパク質は、絶えず分解と合成を繰り返しながら、一定範囲の平衡を保っていることが知られています。
    生体タンパク質の機能はいろいろですが、その寿命もいろいろです。酵素タンパクのなかには10分から30分という短寿命のものもあり、筋収縮タンパクのミオシンのように月単位のものもあります。
    タンパク質のアミノ基が、糖のカルボニル基と結合することではじまる複雑な反応で褐色の物質を生じる、食品化学で知られた“メイラード反応”が体内でも生じており、動脈硬化や白内障、アルツハイマー病などの加齢性疾患の主要な原因といわれるようになりました。
    ヒトはグルコースをはじめとする糖質を摂取して、エネルギー代謝を営みます。体内にはいった糖質とタンパク質とが、非酵素的に反応してメイラード反応がおこった結果、標的となったタンパク質が変性したり、機能を失ったりするというのです。
    メイラード反応は、糖によるタンパク質アミノ基の修飾反応であり、“糖化(glycation)”といわれます。糖化反応により生成する物質をまとめて終末糖化産物(AGE)とよんでいます。
    寿命が長いタンパク質は糖化をうけやすく、また糖尿病などで体内の糖濃度が高いほどAGEがつくられやすくなります。
    糖化の受けやすさはタンパク質の種類によっても異なっています。
    医学研究の分野では、とくにメイラード反応の初期をグリケーション(糖化)といい、酵素による反応は“グリコシレーション(糖鎖付加反応)”といい区別しています。

    AGEを生じるプロセス

    タンパク質とグルコースが結合して糖化したタンパク質が、シッフ塩基を経由してアマドリ化合物になる初期反応は可逆的ですが、さらに糖化が進行するとAGEになります。
    糖尿病の診断に用いられているHbA1c(糖化ヘモグロビン)はアマドリ化合物の1種です。
    AGEにまでゆきつくと不可逆的になり、元の物質にはもどりません(右図)。
    AGE化によりタンパク質の立体構造が変化します。
    ヘモグロビンのほか、アルブミンやリポタンパクのLDLやHDL、免疫グロブリン、水晶体クリスタリン、コラーゲン、爪のケラチン、骨のオステオカルシン、赤血球や内皮細胞の膜タンパクなど、さまざまなタンパク質の糖化が日常的に生じています。
    タンパク質の糖化は、全身で共通しておこり、非酵素的にたやすく進行するので、酸化ストレスと並ぶ糖化ストレスとして認識されることになりました。

    AGE受容体

    AGE化したタンパク質が細胞内にとりこまれた場合、リソソームでの分解を受けにくいため、内部に蓄積してゆきます。これが細胞機能に影響を与えますが、細胞外のAGEは、細胞表面のAGE受容体(RAGE)を介して作用して、いろいろの生理現象を誘発することが明らかにされました。
    RAGEは、血管内皮細胞、血管平滑筋細胞、毛細血管周皮細胞、腎メサンギウム細胞、足細胞(糸球体上皮細胞)、神経細胞、グリア細胞、肺胞上皮細胞、気管上皮細胞、マクロファージなどのさまざまな組織・細胞に存在しています。
    糖化されたタンパク質などの分子がRAGEに結合すると、酸化ストレスや炎症反応をひきおこし、組織を傷害するのです。

    酸化ストレスとの関係

    近年、糖化ストレスと酸化ストレスとは、密接にかかわるウラとオモテの関係にあると考えられるようになりました。
    活性酸素除去酵素SOD(スーパーオキサイドジスムターゼ)のなかまである銅・亜鉛SOD(Cu・ZnSOD)は、糖化反応の影響をダイレクトに受けて活性が低下してしまいます。
    Cu・ZnSODは、血中や眼球や腎臓などにひろく分布しており、活性酸素スーパーオキサイドを消去する酵素です。
    タンパク質の糖化では、アマドリ化合物を経て反応がすすむとき酸素が存在するとスーパーオキサイドが生じます。
    SOD分子では、活性部位(銅イオン)の近くに糖化がおこり、スーパーオキサイドがペプチド鎖を切断するため、銅が分子からはずれてしまいます。
    この銅がSOD分子の周辺でフェントン反応(金属イオンによる還元反応)により、過酸化水素に作用して、最強力の活性酸素ヒドロキシルラジカルをつくり、SOD分子はこれによりさらに切断されることになります。
    SOD分子の減少は、抗酸化力の低下であり、組織や器官での脂質の過酸化、DNA損傷、タンパク質や糖の分解などにつながるわけです。
    SODばかりでなく、抗酸化酵素ではグルタチオンペルオキシダーゼもまた、糖化により活性が低下します。
    腎臓の血液濾過のしくみを担う足細胞において、AGEがRAGEを介して活性酸素の産生を促すことが報告されるなど、糖化ストレスと酸化ストレスの相互作用が明らかになってきました。

    食品とAGE

    メイラード反応は、食品の調理、加工、保存中にも進行します。
    アマドリ化合物やAGEが、日常的に摂取される食品にもふくまれています。その多くは人体にとって有害ではありませんが、なかには酸化ストレスや慢性炎症とのかかわりから、疾患や老化の促進因子になる場合のあることが指摘されています。
    いろいろの食品中のAGE含量が調べられて、バターやマヨネーズ、チーズ、鶏肉(焼、揚)牛肉(揚)などの脂肪や肉製品が、炭水化物や野菜、果物群より高い数値を示すことが報告されました。
    とくに高温で加熱した食品中のAGEは、炎症や酸化ストレスをひきおこすリスクが大きいとされています。
    生の豆腐にくらべて、焼豆腐ではAGE量は5倍になっています。野菜や全粒粉などはAGE量が低値ですが、レモンや酢は、さらにその数値を下げます。
    注目すべき点は、食事中のAGEの量の多い人は、血清中の数値が高いという相関が明らかになったことです。
    動物実験では、AGEの摂取制限によって寿命が延長したとされています。

    グリコトキシン

    生体内で毒性物質としてはたらくAGEや中間体は“グリコトキシン(glycotoxin)”とよばれています。
    グリコトキシンは、細胞のアポトーシスを誘導して細胞数を減少させたり、炎症性サイトカインの産生を増加させたりして、糖尿病の発症や合併症、腫瘍の発生・転移、アルツハイマー病などの神経変性疾患の発症・進展などにかかわるのです。
    AGEの毒性が明らかになって、その生成をさまたげたり、分解し排除したりなどの対策法の研究がはじまりました。
    ビタミンB6の誘導体であるピリドキサミンは、AGE生成抑制作用を示しました。実験的に糖尿病を発症させたラットに対してピリドキサミンを投与したところ、腎症および網膜症の進行が抑えられたという研究結果から、現在、各国で臨床試験がすすめられています。
    血中タンパクのアルブミンがAGE化されるとRAGEを介して腎糸球体の濾過装置であるスリット膜の構造を変化させ、タンパク尿などの原因になります。
    糖尿病ラットやヒトで、チアミン(ビタミンB1)の大量投与により、アルブミン尿を改善したという報告があります。
    生体には、AGEの前駆体物質(反応性ジカルボニル化合物)を消去するなどの抗糖化性の酵素群があることが知られています。
    酸化ストレスにかかわる疾患では、AGE前駆体消去酵素のひとつ“グリオキサラーゼ”の活性が低下しています。
    グリオキサラーゼには遺伝子多型があり、それが糖尿病合併症発症のリスクに関連があることがわかりました。
    グリオキサラーゼの活性が、糖化と酸化という生体の二大ストレスをつないでいるのです。

    糖化タンパクと疾患

    AGEと眼疾患

    糖化をうけやすいタンパク質のひとつが、水晶体タンパクのクリスタリンです。
    生体内でのメイラード反応が注目されることになったきっかけは、1960年代の後半でのクリスタリンの糖化の発見でした。
    加齢にともなってヒトの水晶体に褐色反応が生じており、色素沈着が観察されます。
    水晶体にあるSODの糖化を調べると、糖尿病の場合、その割合の多いことがたしかめられています。
    白内障とともに加齢との関係で知られる黄斑変性もまた、AGEとの関連が明らかになりました。
    加齢黄斑変性では、網膜色素上皮細胞やその周辺での慢性炎症、脈絡膜の虚血などが相互作用しながらすすみます。
    眼という器官は、つねに紫外線のエネルギーを受容しつつはたらき、そのために酸化ストレスにさらされています。これが糖化反応に結びついています。
    黄斑変性の初期には、網膜色素上皮細胞の下側にドルーゼンとよばれる沈着物がみられ、このなかにAGEが増加してきます。
    AGEの沈着によってLDLの輸送が障害され、これが酸化LDLとなっておこる免疫反応がドルーゼンを形成すると考えられています。

    AGEと動脈硬化

    動脈硬化症は、血管壁における炎症反応により発症し、進展します。
    AGEは、血管内皮細胞上のRAGEと結合すると、さまざまなサイトカインや増殖因子を分泌させたり、NOを不活性化させたりして、炎症をひきおこします。
    動脈硬化の初期には、泡沫化マクロファージが内皮組織にはいりこんでゆきます。
    酸化し糖化したLDLをとりこんだマクロファージが泡沫化し、増殖因子などを分泌して血管平滑筋を増殖させます。
    AGEはまた、血管新生を促して炎症を強めたり、石灰化をひきおこしたりして、血管の弾力を奪います。
    血管平滑筋細胞上にあるRAGEに、AGEが結合すると、酵素NAD(P)Hオキシダーゼが活性化し、活性酸素を発生します。
    活性酸素が転写因子に作用して、平滑筋遺伝子を抑制し、骨芽細胞遺伝子を発現させるというのです。
    1990年代に、血管の石灰化部分に骨形成にかかわるタンパク質が発見され、血管石灰化と骨形成とが、同じ生理現象とみなされることになりました。そしてここでもAGEとRAGEのかかわりが認識されたのでした。

    AGEと骨粗鬆症

    骨粗鬆症は、“骨強度の低下によって骨折のリスクが高くなる骨の障害”と定義されています。
    骨強度は、骨密度と骨質とが相まって決定されます。
    骨は骨基質の石灰化でつくられており、骨基質はコラーゲンで、体積の50%を占めています。骨密度はミネラル成分(Ca、P)の量です。 加齢とともに骨コラーゲンはAGE化してゆきます。近年、血中や尿中のAGE(ベントシジン)値により、骨折リスクを評価する試みがはじまっています。
    コラーゲン分子は、隣り合う分子同士が架橋されて構造が安定します。正しい架橋は、骨芽細胞が分泌する酵素の作用で秩序をもってつくられますが、AGEは無秩序に分子をつないでしまい、骨を過剰に硬く、もろくしてしまうのです。非生理的なAGE架橋の代表的な構造体がベントシジンなのです。
    骨コラーゲンにベジトシジンが多くつくられてくると、鉄筋コンクリートの老朽化によるひび割れのように、微少骨折(マイクロクラック)を生じさせることがわかりました。
    加齢にともなう骨のAGE化は、男女に共通しています。
    血中のホモシステイン高値は、骨密度とかかわりなく骨折のリスク因子とされていますが、ホモシステイン血症が、コラーゲンのAGE化を促進するためと考えられています。ビタミンB6・B12や葉酸はホモシステイン代謝を改善することで骨の劣化を防ぐことになるでしょう。
    またビタミンDおよびビタミンKが、コラーゲンの正しい架橋を助け、AGE架橋を抑制すると報告されています。
    ベントシジンは、アミノ酸リジン・アルギニンが主にベントース(五炭糖)と反応して生成するAGEで、変形性関節症や関節リウマチでも、血中や関節軟骨、滑膜などで多く測定されているのです。

    AGEと筋組織

    加齢や長期の不活動などにより、筋肉組織の萎縮がおこります。
    加齢により、筋量が減少し、筋力や身体機能が低下する病態は“サルコペニア(Sarcopenia)”とよばれています。
    サルコペニアという語は、英語のflesh(肉づき)とloss(消失)をあらわしています。
    サルコペニアは、日本人では70~85歳の男性で63.4%、女性は39.9%であり、欧米人にくらべてリスクが高いとされています。
    AGE化は収縮タンパクのアクチンおよびミオシンに生じてきます。
    筋肉組織の機能は、収縮タンパクだけでなく、筋膜や腱や靱帯などが加わって支えられます。
    筋膜や腱でもペントシジンが加齢により増加しています。
    糖化LDLは、細動脈血管を収縮させ、血中物質の糖化は炎症反応や内皮細胞障害により、筋組織内に酸化ストレスをひきおこします。
    機能的な運動により日常的に筋細胞膜が傷みますが、その修復をAGEがさまたげているというのです。
    膜修復の不調は、細胞死を招き、筋量を減少させます。

    AGEと皮膚

    皮膚の真皮は、コラーゲンやエラスチンなどの寿命の長いタンパク質で構成されています。
    紫外線にさらされた皮膚では、コラーゲンやエラスチンの糖化がおこり、分解されにくくなって組織に沈着することになります。真皮の異常エラスチンは、30歳頃からあらわれて、顔のシミやシワの原因になると考えられています。
    加齢性に生じてくる皮膚や骨や血管の変化は、酸化ストレスと密接にはたらく糖化ストレスが異常タンパクをつくり、その蓄積(小胞体ストレス)により、各栄養素(糖質、脂質、タンパク質)の代謝に影響し、見かけ上や実質的な老化の促進因子になっています。

    メグビーインフォメーションVol.374「糖化ストレスと生体」より

  • 脳の活動とダメージ

    脳の活動とダメージ

    脳の特徴・構造と機能

    脳は、天文学的な数の細胞の間で生じる相互作用によって、いろいろな機能を生み出しています。
    脳の機能は反射、複合運動、生得的行動、感覚、運動機能が重なりあった層をつくっていて、その上に情報を判断・調整するという言語によるシステムがあると説明されています。
    光によって瞳孔が小さくなったり、膝の下をたたくと足が上がったりなどの反射は、脊髄にある反射中枢によって維持されるもので、姿勢を保ったり歩いたりや、食物のそしゃく運動などの反射をいくつか組みあわせた複雑なシステムが、複合運動です。
    動物に共通した餌をとる、水を飲む、異性をもとめるなどの本能といわれるものが生得的行動で、これにはいろいろな複合運動が組みこまれて成りたっています。
    反射から生得的行動までの機能は、脊髄と脳幹に中枢をもっています。
    脊髄・脳幹の上に大脳皮質が重なります。そして得られたのが感覚・運動機能です。さらに感覚・運動の上に連合野があらわれて、高度で複雑なはたらきが加わりました。
    ヒトの脳の特徴は、連合野が発達し大脳皮質の4分の3を占めるほどで、思考や判断などの精神活動が営まれています。

    脳活動を担う細胞

    脳細胞の仕事の本質は、情報伝達にあるとしてよいでしょう。
    神経細胞ニューロンは特殊な形をしていて、長く伸ばした軸索とたくさんの突起(樹状突起)で連絡しあう回路網(ネットワーク)のなかで、さまざまな神経伝達物質のやりとりが行われています。
    ニューロンの細胞膜には、イオンの流れを利用した電気信号が生じていて軸索の末端まで運ばれます。信号は次のニューロンには神経伝達物質による化学シグナルに変換されて渡されます。渡されたあとは再び電気シグナルになって伝わります。両方のニューロンの間にはこのしくみのための装置(シナプス)があります。
    ニューロンの数は2000億個といわれ、連結しあう神経線維を伸ばしてつないだとしたら地球を何周もする長さです。
    さらに細胞数ではニューロンの10倍近くというグリア細胞もまたネットワークとしてはたらいており、「グリア・ニューロン回路網説」が提唱されました。
    ニューロンからグリア細胞、グリア細胞からニューロン、グリア細胞間で活溌な情報伝達が進行しており、その結果、ニューロンの活動がグリア細胞の活動を促し、グリア細胞の活動がニューロンの活動を調整していると考えられるようになったのです。
    電子顕微鏡で観察すると、ニューロンの細胞体や樹状突起の周囲を、グリア細胞が埋めています。海馬の電子顕微鏡画像では、シナプスのほとんどがグリア細胞アストロサイトの突起にとり巻かれていました。
    ニューロンとグリア細胞の相互作用を考える重要な手がかりは、神経伝達物質とその受容体でした。

    神経伝達物質と受容体

    多細胞生物では、刻々の生理機能や行動を調整するために、個々の細胞が周囲の変化を知って、それに応答しなければなりません。それには細胞間の情報伝達が必須の条件になります。
    細胞は、いろいろのシグナル伝達分子をつくって使い分け、隣りあう標的細胞や遠くはなれた標的細胞にシグナルをとどけて、相手の行動を変化させます。
    内分泌腺(甲状腺や膵臓など)が分泌するホルモンは循環系にはいって、全身に分散する標的細胞にゆき、多くの器官に変化をおこさせます。
    ホルモンとして知られた化学物質には成長ホルモン、インシュリン、コルチゾールなどがあります。そのなかのノルアドレナリンやドーパミンなどは、神経伝達物質としても重要です。
    シナプスは神経細胞と別の神経細胞の樹状突起の間、あるいは神経細胞と筋細胞や腺細胞の間につくられています。
    シナプス前ニューロンの軸索終末は何本にも枝分かれし、ボタンのようにふくらんだ終末に神経伝達物質をつめこんだシナプス小胞があります。シナプス後ニューロンの後膜に神経伝達物質の受容体があり、これにシナプス間隙に放出された神経伝達物質が結合するという形式で情報伝達をつなぎます(図参照)。
    ひとつのシナプス小胞のなかには数千から一万個ぐらいの神経伝達物質がはいっていて、いちどに放出されます。
    相手の細胞が化学シグナルを電気シグナルに変えて情報を伝えるには、多くの受容体が活性化するか連続して刺激されなければなりません。そのために放出された神経伝達物質はすばやく分解されたり、神経終末にとりこまれたりして消去されてしまいます。
    神経伝達物質という化学シグナルは、シナプスで電気シグナルに変換されて伝わってゆきます。
    最近の研究では2000億個といわれる神経細胞のほかに、グリア細胞が加わった情報伝達が休まず進行しているといわれ、脳の疾患との関連が明らかにされつつあります。

    大脳辺縁系と海馬

    大脳皮質の内側面の構造は、境界という意味から大脳辺縁系と名付けられました。
    大脳辺縁系には、辺縁皮質のほか扁桃体、海馬、視床などがあり、その機能は、意識の形成、運動や情動、感覚など動物にとっての生命維持にかかわっています。
    扁桃体は、摂食や飲水などの本能的行動や情動の記憶や表現、予想・不安・報酬、攻撃性、原始的な恐怖の感情などに関係しており、海馬はタツノオトシゴに似た形状からこの名でよばれていて、記憶と深い関係にあることが知られています。
    大脳辺縁系における主要な神経伝達物質はドーパミンです。
    海馬はまた、最近になって幹細胞による新生で注目されるようになりました。
    海馬は虚血に弱く、細胞死と脱落がおこりますが、このとき幹細胞による新生が生じることが観察されたのです。
    海馬に存在する神経幹細胞は、生理的な状態で分裂を繰り返して成熟し、持続的に新生しているというのです。

    神経幹細胞

    加齢にともなって生理的にも記憶・学習・認知障害が生じてきます。
    脳内での虚血や酸化ストレス、血管の慢性炎症、血液脳関門の機能低下、異常タンパクの蓄積による小胞体ストレスなどは病的な認知機能の低下(アルツハイマー病など)のリスクを高めることが知られていますが、神経幹細胞による新生は、再生医療という分野での治療への可能性を示すことになりました。
    さらに幹細胞は海馬だけでなく、ひろい範囲で潜在的に分布していると考えられています。
    海馬はまた、ストレスに弱いとされています。ストレスによって誘導分泌されるホルモン(コルチゾール)の血中レベルが高いと、神経新生が抑制されてしまうこともわかりました。

    微量元素の役割

    近年、脳における微量元素の存在比率が、日常的な注意力、記憶などの認知機能の維持と不安・うつといった気分の動きを左右する条件として注目されてきました。パーキンソン病やアルツハイマー病などの神経変性疾患の発症にもかかわっているというのです。
    中枢神経系のうち、とくに大脳辺縁系は鉄、亜鉛などの微量元素の不足や過剰によりダメージを受けやすいとされています。
    大脳辺縁系は、脳内でもっとも微量元素の濃度が高く、貯蔵場所として機能しています。
    鉄、亜鉛、銅、セレンは、酵素などのタンパク質の構造の維持や、代謝や抗酸化といった機能を助け、神経伝達物質としてはたらくカテコールアミン合成に欠かせません。
    海馬の虚血や低酸素に対する感受性は、鉄の不足で助長されます。エネルギー代謝やカテコールアミン合成にかかわる酵素の多くが鉄を必要としています。
    亜鉛は海馬に多く、とくにグルタミン酸を伝達物質とするニューロンのシナプスに含まれています。グルタミン酸の放出とともに出てゆき移行した神経細胞で亜鉛酵素の構成成分になります。亜鉛不足で神経細胞死が増加します。
    海馬では銅とセレンも豊富で、ともに酵素の活性を担う成分として、エネルギー代謝や活性酸素の消去に役割をもっています。
    亜鉛・銅・セレンの不足は、酸化ストレス障害による脳のダメージを増大させるわけです。

    脳疾患のリスク因子

    酸化ストレスマーカー

    見る、聞く、覚える、考える、判断するなどの脳の活動が認知機能であり、神経細胞とグリア細胞の相互作用で営まれています。
    認知機能には、外部から情報をとり入れる感覚システムや、短期記憶・長期記憶の保持と再生などの要素がありますが、加齢にともなって変化します。
    そのひとつに、血管壁や神経細胞内への沈着物の増加があり、病的な認知機能低下の原因として追究され、そして「アミロイドカスケード仮説」や「タウタンパク説」が提唱されました。
    脳機能の低下は生理的なレベルから、アルツハイマー病のような病的なレベルまで、血流量の低下、血管内皮の障害、酸化ストレスおよび異常タンパクの出現と蓄積という細胞内外の条件のもとに進行すると考えられています。
    そこで生活習慣病とされる糖尿病や高血圧、脂質異常症と認知機能低下のリスク因子とのかかわりが指摘されたのです。
    タンパク質、脂質、核酸などの生体構成成分が、エネルギー代謝や免疫応答などの生理現象のなかで出現してくる活性酸素と出会って酸化され生じた物質が“酸化ストレスマーカー”として検出されています。
    酸化ストレスマーカーには、脂質過酸物やペルオキシナイトライト(NOと活性酸素の反応生成物)や、DNA障害マーカーとして注目された8-OHdGなどがあります。
    酸化ストレスマーカーは、後述の神経原線維変化や老人斑において検出されましたが、くわしく調べると、海馬のような病態のあらわれた部位だけでなく、大脳皮質にひろく分布していることがわかりました。
    そして病的に至るまでのプロセスで、はやくから酸化ストレスがかかわっていることが気づかれたのです。
    酸化ストレスによって、アミロイドβタンパクの産生が増加することが明らかになって、抗酸化物質摂取の神経変性予防効果が提唱されました。

    アミロイドとタウタンパク

    脳内にゴミのようにたまる異常タンパクが知られています(上図)。
    リポフスチンは過酸化脂質とタンパク質の結合物です。βアミロイドはペプチドが重合してつくられる線維状の構造で水に不溶です。タウタンパクは神経軸索に存在し、不溶化すると神経原線維変化という構造をつくります。これは軸索内の物質輸送をさまたげるので、ニューロンやグリア細胞の変性や細胞死のもとになります。生体が本来もっている細胞内タンパク分解機構(オートファジー)の不調が、異常タンパク蓄積の原因になります。

    慢性神経炎症

    ミクログリアとよばれる脳内の免疫担当細胞が過剰に活性化されて、酸化ストレスや炎症性サイトカインが過剰になっていると、”慢性神経炎症”の状態がつくられます。
    脳梗塞や頭部外傷の場合は、血液脳関門が破壊されて、マクロファージやリンパ球などがなだれこんできて、ミクログリア活性化に加わって強い炎症反応がおこります。これは“急性神経炎症”として区別されています。
    高血圧症は、脳における活性酸素の発生、血液脳関門の機能低下の原因になり、糖尿病では、高血糖からAGE(終末糖化産物)の蓄積によりインシュリン分解酵素がはたらき、そのとき炎症性サイトカインが出てきて、血液脳関門が破壊され、酸化ストレスをふやします。
    加齢と血管の変化の関係はよく知られています。70歳代になると観察されるようになる細動脈の屈曲と蛇行は血流低下を招いており、血管分岐部での血流の停滞や乱流といった血流状態の変化が内皮細胞に影響して、慢性炎症反応を促進させます。 血管は神経細胞やグリア細胞を養う酸素や栄養物質を供給しますが、その反対の方向へのはたらきかけも進行しています。神経細胞が放出するグルタミン酸やプロスタグランディンE2が細動脈に直接に作用したり、アストロサイトへシグナルを伝えて、血管拡張因子NOやプロスタグランディンE2の産生を促して、細動脈での血流量を増加させるなどの密接な関係をつくっています。酸化ストレスは、血管と神経細胞およびグリア細胞の相互作用にとっての大きなリスク因子にちがいありません。

    海馬の特性

    虚血は神経組織にダメージを与えるので、実験的にネズミの脳にゆく血流を止めたところ、海馬の一部がまとまって欠けてしまいましたが、数ヶ月の後には再生し、元にもどったという研究報告があります。海馬は虚血に対して非常に弱いのですが、再生能力にすぐれていることになるでしょう。この再生能力は、学習という行動によってひき出されます。そしてタンパク質やエネルギービタミンや抗酸化物質などの摂取が必要条件です。

    メグビーインフォメーションVol.373「脳を守る知識」より

  • グリア細胞の世界

    脳機能とグリア細胞

    ニューロンとグリア細胞

    天才とよばれる人びとの脳には、なにか特別の秘密がかくれているのではないかと考えた研究者によって、アインシュタインの脳が無断で遺体からとり出されたという話は有名です。
    そして分析の結果は、一般人との決定的なちがいはニューロンの数ではなく、グリア細胞の数が平均値を超えていたというものでした。
    従来グリア細胞は、ニューロンやその環境を整え保護する役と見なされていました。その役回りは重要ですが、脳機能発現の主役はニューロンであり、そのネットワークでした。
    ところがいま、脳研究は新たな展開をみせており、そこではグリア細胞が脚光を浴びているのです。
    ニューロンネットワークの情報伝達システムは、電気的方法を採用していますが、グリア細胞の一種アストロサイトもまた脳内にひろがるネットワークをつくって情報を伝えており、さらにニューロンネットワークと互いにコミュニケーションをとっているという状況がわかってきました。
    グリア細胞は、カルシウムイオン濃度の変化を基盤として、さまざまなサイトカインやATPなどを分泌し、情報伝達の手段としています。

    3種類のグリア細胞

    グリア細胞はマクログリアとミクログリアに大別され、アストロサイトはオリゴデンドロサイトとともに前者に属しています。
    マクログリアはニューロンと同じく神経幹細胞から生まれるのに対し、ミクログリアは造血幹細胞由来であり、脳神経系における免疫担当細胞としてはたらいています。
    3種類のグリア細胞は大きさも形態もそれぞれに異なっています。
    オリゴデンドロサイトは、ニューロンの軸索を髄鞘化して、電気信号の伝導速度を調節する大型のグリア細胞です。
    アストロサイトは多くの突起をもっていて、それが血管との間で血液脳関門をつくり、ニューロンへの仲介役として栄養物を供給します。
    ミクログリアは、定期的にシナプスと接触してチェックしており、虚血・梗塞などの異変が生じたときは活性化して、死んだ細胞を貪食したり、シナプスを除去したりといった免疫能を発揮します。
    アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患では、シナプスが減少しミクログリアが活性型に変化していることが観察されています。
    麻酔薬を投与する実験で、興味ある事実が明らかになりました。
    意識という脳の機能は、麻酔薬によって一時的に失われますが、このとき脳の領域によってはニューロンの活動はほとんど影響されず、グリア細胞の活動だけが強く抑制されていたというものです。認知や思考といった脳の高次機能とグリア細胞は密接な関係にあるわけです。

    アストロサイトの形と機能

    アストロサイトという名は、“星のような”という意味をもっています。
    脳のつくりや細胞の形を観察するためには、ゴルジ法という銀化合物を使った特殊な方法で染め、顕微鏡を用いて調べます。
    光学顕微鏡で観察されたグリア細胞は、小さな細胞体から太い幹とそこから放射状につき出している突起をもっていました。これが命名のもとになりましたが、電子顕微鏡の時代となりグリア細胞の種類ごとの形や機能への認識にも変化が生じました。
    超高圧電子顕微鏡法という技術も導入されてあらわれたアストロサイト像は、驚くほど複雑に枝分かれした無数の微細突起を四方八方に伸ばしていて、ニューロンの樹状突起や軸索や細動脈などを包みこんでいるというものでした。
    アストロサイトと血管とが接している部位には、エネルギーづくりに欠かせないブドウ糖をとりこむ装置(グルコーストランスポーター、GLUT1)が用意されています。
    この装置でとりこんだグルコースをいったん乳酸に変えて、MCT(モノカルボン酸トランスポーター)によりニューロンに渡します。この乳酸を運ぶトランスポーターは、ニューロン側にも発現しています。
    ニューロンにはGLUT3とよばれるグルコーストランスポーターもあり、直接にグルコースのとりこみをしますが、必要量の半分ぐらいはアストログリアによって使い易い形に変換されたものが供給されるしくみです(図参照)。
    アストロサイトは、グルコースをグリコーゲンにして貯蔵し、ニューロンの要求度にあわせてこれを分解し供給します。

    三者間シナプス説

    アストロサイトは表面積が大きく、うすい膜をひろげたような状態でニューロン網のすき間に詰めこまれていることが観察されていて、1個のアストロサイトは14万個ものシナプスとの接触点をもっていると報告されました。シナプスの60~90%は、アストロサイトの微細突起と密に接していることがわかりました。そしてアストロサイトがシナプス機能を調節していると考えられるようになったのです。
    シナプスは、シナプス前ニューロンとシナプス後ニューロンとでつくられている構造で、神経伝達物質が両者間を渡ることで情報が伝わることをご存じでしょう。
    ここにアストロサイトが加わってのシナプス機能という考え方が生まれ、「3者間シナプス説」が提唱されました。
    アストロサイトには、グルタミン酸やアセチルコリン、ヒスタミンなどの生理活性物質の受容体があり、それに反応したり遊離したりして、情報伝達機構に加わっているというのです。
    主要な興奮性伝達物質として、中枢神経系の3分の1に作用を及ぼしているグルタミン酸は、ニューロンに過剰な刺激を与えると死に追いやる毒としてはたらく一面をもっています。そこで神経伝達が終わったのちは、すばやく除去しなければなりません。
    通常、グルタミン酸は必要量を上まわって出されており、その処理にアストロサイトが受容体を介してとりこみ、グルタミンに変えて貯蔵します。そしてニューロンを刺激する興奮性伝達物質として再利用されることがわかりました。左図は三者間シナプスの模式図で、アストロサイトがつくる伝達物質はグリオトランスミッターとよばれ、ATPやセリンなどがあります。
    ATPは抑制性伝達物質として作用して睡眠をひきおこし、セリンは記憶にかかわるシナプスの長期増強現象をひきおこすなど、脳機能調節を担っています。

    髄鞘化を担う細胞

    ニューロンは、他のニューロンへと信号を伝えるための長い電線のような一本の軸索をもっています。シナプスはこの軸索の先端にあります。
    多くの軸索にはミエリン鞘という絶縁体が巻きつけられていて、これによって効率よく信号を伝えることができるようになっています。
    髄鞘をもつニューロンは有髄神経といわれ、ミエリン鞘を形成することを髄鞘化といいます。そして髄鞘化を担う細胞がオリゴデンドロサイトです。
    オリゴデンドロサイトは19世紀の半ば、顕微鏡下で見つけ出されてアストロサイトより突起の少ないグリア細胞という名がつきました。“オリゴ”は少ない、“デンドロ”は突起あるいはとがった部分という意味です。
    有髄神経の軸索を輪切りにしてみた電子顕微鏡の画像から、軸索に幾重にも細胞膜が巻きつけられている構造がわかります。
    巻きついている細胞膜は、オリゴデンドロサイトの突起部分ですが、重なりを維持してつくり上げるのに糖タンパクが必要です。
    髄鞘は虚血による傷害を受けやすく、脱髄を招くことがあります。虚血はオリゴデンドロサイトを損傷し脱落させ、新しい細胞によって髄鞘化がすすまないと、脱髄がおこり神経機能が低下してゆきます。
    「多発性硬化症」は、代表的な脱髄疾患で、ミエリン鞘のタンパク質に対する自己免疫病として知られています。

    脳内の免疫担当細胞

    中枢神経系内の細胞数の約10%を占めているミクログリアは、脳内免疫システムの構成員です。血液脳関門によって脳内へはいれないマクロファージに代ってはたらいています。
    マクロファージに似た形や機能をもつのは活性型ミクログリアで、死んだ細胞やこわれた細胞成分などを除去する食作用を行います。
    ニューロンがこわれると、大量のATPが流れ出ます。ミクログリアはATP受容体を備えて、ATP濃度を手がかりに移動してゆき、炎症性サイトカイン放出などの免疫反応をおこします。
    アルツハイマー病などのシナプスがこわれた状態になる神経疾患では、ミクログリアが活性化しています。
    活性型になる前のミクログリアも、突起をのばして定期的に接触してチェックしたり、アポトーシスした細胞の除去をしたりなど、脳のセンサー細胞としてホメオスタシスに役立っています。
    活性型ミクログリアは、βアミロイドやインターフェロンなどの刺激によって、活性酸素やNOやTNF-α(傷害性サイトカイン)、グルタミン酸、ヒスタミンをつくるなどして神経傷害因子となる一面もあります。
    神経保護作用と傷害作用のバランスは、疾患の慢性化や老化によって変化すると考えられており、ミクログリアを過剰に活性化させる慢性炎症が鍵になります。

    神経疾患とグリア細胞

    統合失調症の場合

    かつては精神分裂病とよばれていた「統合失調症」や「うつ病」は機能性障害に分類され、血液や脳波を調べても、脳の異常はつかめません。
    統合失調症には、幻覚や妄想などの症状があらわれる陽性タイプと、自閉や活動性の低下といった陰性の症状を示すタイプとがあります。陽性タイプの症状は、覚醒剤の使用との共通点から神経伝達物質ドーパミンの過剰が原因と考えられましたが、それを抑える目的で投与される薬物は、陰性タイプでは効果のないことが知られていました。
    ついで細胞内へカルシウムを流入させるようにはたらくグルタミン酸の受容体の活性低下がクローズアップされました(統合失調のグルタミン酸仮説)。
    死後脳サンプルを用いたプロテオーム解析によって、量的にも質的にも明らかに低下していたタンパク質が8種類あり、そのほとんどはアストロサイトの構造に関係するものということがわかりました。
    脳の各部位での遺伝子発現をDNAチップを用いて調べた結果も、機能性障害を発症している脳では、グリア細胞関連のmRNAやグリア増殖因子のmRNA異常が示されました。
    グリア増殖因子は、アストロサイトがつくっており、オリゴデンドロサイトの分化成熟に欠かせません。
    グルタミン酸を神経伝達物質としているニューロンは、ドーパミンを出すニューロンに対して二通りのはたらきかけ(促進あるいは抑制)をしているという説も出てきました。そこで統合失調症では、陽性タイプでも陰性タイプでもグルタミン酸がかかわっていると考えられるようになりました。
    グルタミン酸仮説は、通常はグルタミン酸によるドーパミンニューロンの過剰活動の抑制が行われており、グルタミン酸ニューロンが促進作用に傾くと、抑制がきかなくなって陽性症状が生じ、さらに進行すると脳全体の活動が低下して陰性症状に至るというのです。
    アストロサイトのグルタミン酸とりこみ機能は、神経変性疾患にも関係しています。

    ALS(筋萎縮性側索硬化症)

    大脳、小脳、脊髄などで、主として中年以降にニューロンの障害や脱落がおこり進行する疾患は、神経変性疾患とよばれており、アルツハイマー病、パーキンソン病と並んでALSはその代表的なものとなっています。
    ALS は、脊髄運動ニューロンだけが選択的に脱落、筋肉が萎縮してゆきます。
    ALSの発症は、大半が遺伝性ではないものの、家族性の例もあり、その研究からSOD1(スーパーオキサイドディスムターゼ1)遺伝子の変異が見出されました。
    SODは活性酸素除去酵素ですから、その変異による酸化ストレスが原因かと思われましたが、SOD1ノックアウトマウスに運動ニューロンの脱落はおこらないことがわかりました。
    変異SOD1の蓄積が小胞体ストレスを招き、それにグルタミン酸毒性や酸化ストレスが加わってアポトーシスに関連する酵素カスパーゼが活性化されるという図式が考えられました(右図)。
    ニューロンが変性・脱落したところには、ミクログリアが多く集まって、貪食作用を発揮します。アストロサイトも増えています。
    グルタミン酸を回収する役割をもつアストロサイトで、グルタミン酸トランスポーターが減少していることや、NOの産生が異常になっていることなどが報告されています。
    炎症をひきおこす遺伝子群の発現が、ニューロン変性のかなり初期からおこっているという報告もあります。
    脊髄中でのカスパーゼの活性化が、グリア細胞の放出するサイトカインに誘導されることもあり、ALSの発症にはニューロンとグリア細胞の相互作用という観点が必要になっています。

    異常タンパク蓄積

    アルツハイマー病ではβアミロイドやタウタンパク、パーキンソン病ではαシニクレイン、ALSにおけるSOD1、脊髄小脳変性症ではポリグルタミン鎖異常伸長というように、原因と考えられている遺伝子産物が異常タンパク質として蓄積し、小胞体 ストレスがひきおこされています。
    ニューロンとアストロサイト、ミクログリアの間では、ATPが神経伝達物質としてはたらき非常事態に対応するので、虚血や血流低下はリスクになります。

    メグビーインフォメーションVol.372「グリア細胞の世界」より

  • 慢性炎症と生体

    慢性炎症と生体

    炎症という生体反応

    病原微生物の感染や外傷や化学物質などが組織を損傷して、赤く腫れて痛むといった症状をひきおこす“急性炎症”は、生体の防御反応であり、ほとんどは一過性で、一定の経過をたどって元通りに修復されます。
    炎症とは、“傷害に対する生体組織の反応であり、血管や結合組織などに変化が生じ、やがて傷害の原因が除かれて組織の修復にむかう経過をたどる”というのが、その定義でした。すなわち外的要因による生体の防御反応というわけです。
    近年、急性炎症に対して“慢性炎症”という語が登場し注目されています。
    慢性炎症は、糖尿病や循環器疾患、骨粗鬆症、アルツハイマー病などの“非感染性疾患”に共通する基盤となっている病態であるという認識が生まれたのです。
    慢性炎症は、急性炎症にみられる症状はあらわれないまま、長期間持続されるうち、複数の臓器が相互に関連し拡大してゆくと考えられています。

    炎症反応の成りたち

    急性炎症では、傷害原因の排除にむかって血管が反応し、白血球や免疫抗体などの血漿タンパクを運びます。
    毛細血管への血液流入が増加して、炎症の徴候に挙げられる潮紅や発赤がおこります。細静脈の透過性が高まって、白血球やタンパク質が組織へ出てゆきます。
    組織は、細胞と細胞外の成分とで成りたっています。細胞の間を埋めるのが、コラーゲンを主体にした細胞外マトリックス(ECM)で、これが炎症の場となります。
    マスト細胞やマクロファージや好中球などがヒスタミンやインターロイキンなどを放出し、発熱・腫れ・痛み・発赤といった徴候があらわれることになります。
    慢性炎症では、炎症反応をひきおこす要因が明らかではなく、初期には組織の変化が認められないことが少なくありません。また臓器によってその表われ方が多様であり、分子レベル・細胞レベルでの解明が期待されました。
    ガンや糖尿病、動脈硬化、アルツハイマー病などの神経性疾患、慢性の腎臓病や腸疾患、脂肪肝や気管支ゼンソクといったそれぞれの病態において共通の基盤であり、慢性炎症の制御は老化の抑制にもつながっています。
    炎症の研究は、反応をおこさせる因子やその作用メカニズムだけでなく、反応の収束を担う炎症抑制メディエーターの協調や、マクロファージや好中球のかかわり方を明らかにしました。
    炎症のはじまりでは好中球が増加しますが、その後減少してゆきます。好中球の減少はアポトーシスで、死んだ好中球がマクロファージに貪食されることが炎症の収束に必要だというのです。
    アポトーシスや、それを認識して除去するしくみに異常が生じると慢性炎症のひき金となって、自己免疫疾患などの発症につながることや、n-3系脂肪酸(EPA、DHA)やアラキドン酸から誘導される脂質メディエーターや、ステロイドホルモンのコルチゾールなどの炎症抑制作用に重要な役割のあることがわかってきたのです。
    炎症が収束されると、マクロファージはリンパ管にはいり、リンパ節へ移ってゆきます。

    センサーと自然炎症

    生体内でつねに生じていて、慢性炎症の火種となっているのは、死細胞やこわれた細胞の構成成分、異常代謝の産物、免疫における抗原と抗体の複合体の組織への沈着によるアレルギー反応などです。
    このような内因性の有害物質に対して、従来は外来の病原微生物成分を見つけるセンサーとされていた受容体群が応答することがわかり、自然炎症という考え方が生まれました。
    病原体センサーとして最初に発見されたのはトル様受容体(TLR)で、マクロファージや樹状細胞がもっています。ヒトではTLR1からTLR10まであり、それぞれが異なる病原体成分(飽和脂肪酸や核酸など)を、見分けています。
    TLR3、7、9は自己の核酸にも応答するすることがわかりました。核酸は自己免疫疾患での代表的抗原であり、この発見によって自己免疫への理解がすすみました。
    TLRの認識する体成分には、酸化リン脂質、HSP(シャペロンタンパク)、ヒアルロン酸、急性期タンパク(炎症反応がおこったとき、肝臓で合成され血中に出てくるタンパク質)などいろいろあります。
    TLRはふだんから体成分との相互作用をしていますが、組織の傷害がおこり核酸などが増えたり、異常成分が出てきたりすると炎症反応を進行させるのです。
    このような生理的状態から病的な状態までを連続的に考えるのが自然炎症です。自然炎症という見方は、慢性炎症の理解を助けるものといえましょう。

    炎症と低酸素ストレス

    慢性炎症は、組織に低酸素環境をつくり出します。
    免疫担当細胞などの活動がさかんになるので代謝に必要とする酸素が増加するのに、血流量が低下して、低酸素と低栄養に追いこまれるのです。
    もともと体内の酸素濃度は平均して2~9%ほど(大気中では21%)で、組織間のちがいもあります。
    血中では13%ほどですが、皮膚の表面では0.5~1%、腸管壁では0.2%にも足りません、炎症が生じるとさらに低酸素になるというのです。
    慢性的に低酸素状態がつづくと、HIFとよばれるタンパク質がつくられて、赤血球新生や血管新生、解糖系酵素群、細胞増殖、アポトーシスといった細胞機能にかかわる100以上の遺伝子の発現を制御する転写因子としてはたらき、組織のエネルギー獲得を助けます。
    HIFは、自己免疫にともなう炎症反応の場である皮膚や腸管粘膜で、低酸素状態であっても免疫担当細胞が活躍できるように助ける一方、過剰な反応は抑えるようにはたらきます。
    自然免疫を担う白血球の武器は活性酸素であり、酸化ストレスを生じるリスクがあるので制御の必要があるわけです。
    低酸素状態の持続は、組織の線維化もすすめるとされています。

    慢性炎症と疾患

    近年、内臓脂肪の蓄積が、低酸素ストレス、酸化ストレス、小胞体ストレスから慢性炎症状態をつくり“メタボリックシンドローム”の原因になるといわれるようになりました。メタボリックシンドロームは、糖代謝、脂質代謝の異常と高血圧とが重なって、糖尿病や心血管疾患にかかりやすくなる身体状況を指しています。
    肥満脂肪組織では、アディポサイトカイン分泌に変化が生じます(左図)。インシュリン作用を助けたり、炎症を抑えたりする善玉サイトカイン(アディポネクチン)が減少、代って炎症をすすめるタイプのサイトカインが増えてくるのです。
    低酸素状態では、タンパク質のフォールディングが正しくすすまず、異常タンパク質の蓄積(小胞体ストレス)やマクロファージによる炎症性サイトカインや活性酸素の放出がつづくことになります。
    炎症性サイトカインのTNF-α(腫瘍壊死因子)が循環系によってひろがり、“インシュリン抵抗性”による病態がつくられます。

    血管・神経・骨

    炎症性サイトカインは、血管壁に炎症性変化をおこさせます。炎症は活性酸素の産生を促して酸化ストレスを増大させ、血管内皮型NO合成を抑制し、動脈硬化をすすませます。
    インシュリン抵抗性は、血管ばかりでなく神経炎症にもかかわっています。高血糖は糖化ストレスの産物であるAGEの蓄積により、インシュリン分解酵素が活性化して炎症性サイトカインが出てくるというのです。
    脳内の血管構造は加齢によって、細動脈の屈曲などの変化を生じます。そのため血流が低下し、酸化ストレスがおこりやすくなり、ミクログリアがかかわる自然免疫系の作用が慢性神経炎症の原因になります。これがアルツハイマー病と血管性認知症とに共通したリスク因子になります。
    炎症性サイトカインはコルチゾールの作用を増強し骨形成の抑制や骨細胞のアポトーシスをもたらして、骨粗鬆症や骨折の原因になることもわかりました。
    いろいろの加齢性疾患への対策の鍵は慢性炎症にあるといえるでしょう。

    代謝・免疫と慢性炎症

    栄養代謝と炎症

    生命の営みは、外界から酸素や水や栄養成分をとり入れることで成りたっています。
    栄養成分は、細胞によって代謝され利用されますが、そのプロセスでの量的変化や質的変化によって、炎症反応を促進あるいは抑制します。それが生活習慣病の発症や個体老化にかかわっています。
    左図に示されているように、栄養素やその代謝産物が作用し、また肥満による代謝破綻により小胞体ストレスや酸化ストレスやインフラマソーム活性化などの状況を生み、慢性炎症を形成してゆくというのです。その構図のなかでは終末糖化産物(AGE)や前述のTLR(トル様受容体)が重要な役割をしています。
    インフラマソームは、炎症性サイトカインを誘導するタンパク質の複合体で細胞質にあり、病原微生物が感染したときなどで活性化し、炎症性サイトカインを分泌します。
    動脈壁に蓄積したコレステロール結晶のインフラマソーム活性化が動脈硬化の発症をすすめ、持続する高血糖やミトコンドリアで発生する活性酸素も同じくインフラマソームの活性化因子になっています。

    糖毒性

    インシュリンを合成・分泌する膵臓β細胞はSOD(スーパーオキシドディスムターゼ)やグルタチオンペルオキシダーゼなどの抗酸化酵素の発現が少なく、酸化ストレスに弱いことが知られています。また高血糖がつづいてインシュリン合成を促す刺激を受けると小胞体ストレス応答がおこることがわかりました。
    高血糖状態がインシュリン分泌障害やインシュリン抵抗性を増大することを“糖毒性”といいます。
    糖毒性は糖尿病でなくても、清涼飲料水を多量に飲む習慣からもおこります。糖質含有量の多い飲料は急激に血糖値を上昇させます。これがつづくとβ細胞からのインシュリン分泌が低下するという例が報告されているのです。
    高血糖から生じるAGEは、血管内皮細胞上に存在するRAGE(終末糖化産物受容体)によって認識され、結合するといろいろのサイトカインを放出させて酸化ストレスや慢性炎症をひきおこします。
    AGEは、食品中にもあって、これが摂取されると、内因性のAGEと同じように炎症促進作用をもつと報告されています。

    老化と慢性炎症

    100歳以上の長寿者での遺伝子型疫学研究の結果、抗炎症サイトカイン遺伝子に特徴のあることがわかったと伝えられています。
    マウスの実験で、食事制限をすると脂肪組織や脳組織での炎症関連遺伝子の発現が抑制されて炎症がおこりにくくなっていることや、アスピリンなどの非ステロイド系抗炎症薬の投与で寿命が延長されるといった報告があり、個体老化が炎症により誘導されると考えられるようになりました。
    ヒトの炎症性サイトカインの血中レベルを調べた研究では、60歳代では20歳代にくらべて炎症マーカーCRP(C-reactive protein)の上昇が明らかでした。
    動脈壁へのマクロファージの浸潤も、高齢者グループで増加しており、脳内のミクログリアの活性化も高年齢で顕著なのです。
    体細胞は一定回数の分裂ののち、増殖を停止します。これを細胞老化といいます。そして老化細胞の特徴のひとつが、炎症性サイトカインなどの炎症を促進する因子を出しつづける性質をもっていることです。
    血管内皮細胞、血管平滑筋細胞、線維芽細胞、脂肪細胞で、細胞老化と炎症性サイトカインとの関係が確かめられました。それは細胞老化が炎症を誘導し、それによって細胞老化がすすむというフィードバックサイクルの関係でした。

    免疫系の変化

    加齢は免疫という生体防御システムにも変化を生じさせ、“非自己の排除”という本来の機能が低下します。
    病原微生物だけでなく、感染された細胞、ガン化した細胞、死細胞も排除の対象になるので免疫能の低下は、慢性炎症の出現を容易にさせてしまいます。
    慢性炎症は、加齢にともなう老化現象の成りたちに密接であり、免疫系は両者を結びつけています。

    インフラメイジング

    疾患の種類とは関係なく、加齢にともなって全身の組織・器官におこってくる慢性炎症は、“インフラメイジング”とよばれています。
    インフラメイジングは、持続的な炎症反応であり、血中には炎症性物質が増加しており、自己抗体もふえています。
    免疫機能が低下するのに、炎症という免疫反応が増加したり継続したりというパラドックス的関係の理由は、疫学的研究や基礎研究から、症状のあらわれない慢性感染がひとつの原因と考えられています。
    アルツハイマー病のようにゆるやかに進行する神経変性疾患には、脳の免疫を担うミクログリアの活性化による慢性炎症が指摘され“慢性神経炎症”とよばれています(下図)。

    メグビーインフォメーションVol.371「新しい「炎症」研究」より

  • 痛覚のメカニズム

    痛覚のメカニズム

    痛みを感じる

    生体の維持には、環境の変化を感じとって適切に対応するしくみが欠かせません。視覚や聴覚をはじめとする感覚は、それぞれに重要な役割をもっていますが、生体を損傷する侵害刺激には“痛みを感じとる”機能がはたらきます。病気や外傷にともなって生じる痛みは、からだの異常を知らせる警告のシグナルということになるでしょう。
    国際疼痛学会は「痛みとは、不快な感覚性・情動性の体験であり、それには組織損傷を伴うものと、そのような損傷があるように表現されるものとがある」と定義しています。
    すなわち痛みには感覚と情動という要素があるというのです。
    痛みという感覚は、全身にある侵害受容神経の興奮をひきおこす痛み刺激受容体群への熱や発痛分子による刺激ではじまります。
    ヒトの皮膚を43℃以上に加熱したときや、15℃以下に冷却したとき、強い機械的刺激や化学物質の接触により痛み感覚が生まれます。皮膚にはこれらの刺激に対する特殊な受容体タンパクがあって、その興奮が電気信号を生じ、脊髄を経由して大脳皮質の体性感覚野に伝わると、痛み感覚となります。

    侵害受容器

    皮膚だけでなく、内臓や関節や筋肉などにひろく分布している“ポリモーダル侵害受容器”は、いろいろの比較的弱い刺激に反応します。ポリ(poly)は多くの、モード(mode)は様式という意味で、この名が示すようにひろく侵害性の熱・化学・機械的刺激に反応するのです。
    組織の傷害には炎症がともない、熱刺激や腫れによる機械刺激によりポリモーダル受容器を活性化させます。ブラジキニンやプロスタグランディン、ヒスタミンといった炎症性分子は、化学的刺激を与えます。
    ポリモーダル受容器が活性化する温度の閾値は、炎症によって体温以下(32℃~35℃)に低下するため、活性化しやすいことがわかりました。
    侵害受容器には、皮膚に多く分布していて、とくに機械的刺激に対して活性化する“高閾値機械受容器”があり、手足をぶつけたときなどにただちに生じる急性痛(一次痛)を生じさせます。
    高閾値機械受容器が受けとった情報は、脊髄から視床の外側部(感覚神経が集まっている)を経由し、大脳皮質の体性感覚野にはいります。瞬間的におこる一次痛は、この体性感覚野で感じているのです。
    急性痛には、しばらくしておこってくる二次痛がありますが、これはポリモーダル受容器によって生じます。
    ポリモーダル受容器からの情報は、脳幹の各部位を経由してから視床で内側部にはいります。そして情報の大部分が大脳辺縁系の扁桃体へとどきます。
    扁桃体はいろいろの情動反応にかかわっていることが知られており、侵害性情報により負の情動(嫌悪など)反応を生じます。
    上図のように、一次痛と二次痛とは異なる経路で脳へゆき、痛覚と情動とをひきおこしているのです。
    侵害受容情報を伝える神経細胞システムではサブスタンスP、グルタミン酸、ソマトスタチン、ATPなどが神経伝達物質の役割を分担しているとされています。

    急性痛と慢性痛症

    急性痛のメカニズムは、1980年代後半に明らかになったものの、それだけでは痛みについてのふしぎな現象を説明することができませんでした。
    組織が修復されたのちも痛みがつづいたり、検査しても原因がみつけられないのに痛みがあったり、異痛症(アロディニア)や幻肢痛の存在などについての研究はおくれてはじまりました。
    アロディニアは、通常では触れただけの感覚がはげしい痛みとなっているので、衣服がこすれても、空気の流れだけでも激痛をひきおこすというものです。
    幻肢痛は、手術などで失われて現実には無いはずの手や足の痛みを感じます。
    やがて、急性痛とは異なるメカニズムで発症する痛みとしての慢性痛症という見方が確立されました。
    慢性痛症は、痛覚神経システムでの混線や異常な変化から記憶される病態であり、急性痛が継続している慢性痛とは区別されています。
    関節リウマチや進行ガンなどの痛みは、長期間つづいていても、病因が存続しているもので急性痛とみなされるのです。この場合は受容器への刺激がつづいているので、神経伝達経路のトラブルではないというわけです。そして慢性痛症では、急性痛には効果のある抗炎症薬が有効ではありません。
    プロスタグランディン合成を抑えるステロイドや非ステロイド性抗炎症薬が、急性痛への薬物療法として用いられています。

    痛覚神経の可塑的変化

    ゴムボールを指で押したときに生じる歪みは指をはなせば元にもどります。それに対してやわらかい粘土の塊を同じように押した場合は、指のあとが残ります。
    この例のように、外力が加えられたときに生じる変化が、その力が除かれても残る性質を可塑性といいます。
    痛覚神経は可塑性をもっていて、炎症や虚血や強い痛み刺激が可塑的変化を生じさせるとされています。
    脊髄のなかで、感覚神経や交感神経と独立している痛覚神経が相互作用するよう変化することがわかりました。痛みという警告信号によりからだは心拍数を増加させたり血圧を上げたりなど、交感神経系を活動させます。慢性痛は警告シグナルの意味はないのですが、痛覚神経細胞に交感神経が放出する神経伝達物質の受容体を新たに発現させることが確かめられました。

    痛みと温度の関係

    ヒトの味覚は甘味、塩味、うま味、酸味、苦味の五種が基本で成りたっており、舌にある味受容体(味蕾)にまで伸びている味神経でそれを感じとっています。
    ところがトウガラシを食べたときのような辛い味は、別の感じ方をすることがわかっています。トウガラシの辛味成分であるカプサイシンは、感覚神経にある受容体を刺激し電気信号に変換され、痛みと同じメカニズムで脳に感覚を生じているのです。
    カプサイシンは辛味だけでなく、痛みもひきおこすことがわかりました。さらに温度のセンサーでもあることが知られ、研究がすすみました。
    痛みと温度との間には密接な関係があります。打撲傷を受けたとき用いられる鎮痛スプレーは冷やすことで痛みを感じにくくします。
    カプサイシン受容体につづいて、ミントの主成分であるメントールの受容体が発見されました。メントール受容体は、冷たいという感覚を生じる温度センサーで、日常薬として用いられる鎮痛剤に配合されています。

    痛みとグリア細胞

    痛み神経そのものが損傷されて、モルヒネの鎮痛効果も及ばないはげしい痛みを発生させている病態は神経因性疼痛または神経障害性疼痛といわれます。
    神経因性疼痛の多くは、神経傷害の原因となった病変が治癒したあとにつづくもので、心因性(気のせい)と診断されるケースがあります。
    心因性疼痛は、身体的な原因が明らかでないものを指しています。
    中枢神経系(脳・脊髄)には、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミクログリアの3種のグリア細胞が存在します。
    近年、グリア細胞の研究がすすみ、それぞれが機能を分担して神経回路のホメオスタシスを維持しており、その破綻が多発性硬化症や統合失調症などの精神・神経疾患をおこすという見方が登場してきたのです。
    神経細胞が損傷されると、内部から大量のATPがばらまかれ、ミクログリアをよび集めるシグナルになります。ミクログリアはこわれた細胞を食べて処理します。
    脳内の異変は、アストロサイトやミクログリアに炎症性サイトカインやNOや活性酸素の生成などの免疫反応をおこさせます。このときミクログリアの作用が、痛覚の抑制システムを異常にし、神経因性疼痛の原因になっています。

    身近な痛みへのアプローチ

    よくある頭痛

    CTスキャンやMRI検査をしても、脳には異常がないという頭痛は一次性または機能性頭痛といわれ、なかで日本人に多いのは緊張型頭痛(筋収縮性)頭痛です。
    緊張型頭痛は、文字通りデスクワークなどの仕事からくる緊張と疲労によりおこり、頭を支えている筋肉が過度に収縮しており、首や肩の重苦しさをともなうことが少なくありません。
    ふつう緊張型頭痛では、後頭部全体に重苦しさや締めつけられるような痛みがつづきます。
    交感神経の過活動から、血管が収縮し血流が悪くなると、筋肉組織は低酸素ストレスに見舞われ、乳酸がたまって局所のアシドーシスが生じます。pHの低下は痛み刺激の閾値を下げます。細胞内からカリウムイオンが出てきて、神経を刺激し、筋肉をさらに収縮させ血液の循環を悪くするという「痛みの悪循環」をつくってゆきます(上図参照)。
    繰り返しおこる頭痛には、片頭痛や群発頭痛があります。
    片頭痛という病名は、頭の片側におこるという意味ですが、両側や左右交互という場合もあります。女性に多く、拍動性の痛みが数時間から2日ほどつづきます。
    そのメカニズムには血管拡張が関係しているといわれ、血管収縮作用をもつセロトニンが急激に増えたあと、その減少するプロセスで血管が拡張し、痛みをひきおこすと説明されています。赤ワインやチーズの摂取が発作の引き金になることがあります。
    片頭痛が女性の病気といわれるのに対し、男性に多いのが群発頭痛です。突然に発作がはじまり1~2時間ほどで治まるものの目の周囲や側頭が激しく痛みます。頭の痛みから三叉神経痛とまちがわれることがあります。
    三叉神経は顔の表情(運動)をつくる神経で額やあごに分布しており、片側性に激しい痛みをおこすのが三叉神経痛です。
    日常的な痛みに対して市販薬を過剰に服用しつづける薬物乱用頭痛が問題になっています。

    鎮痛薬による頭痛

    鎮痛薬を連用することにより頭痛がおこるようになることがあり、薬剤誘発性頭痛といわれます。
    国際頭痛学会が定めている基準では、“薬物を3ヶ月以上毎日服用したあとに出現し、慢性的で薬物を中止すると1ヶ月以内に消失するもの”とされています。
    薬剤の血中濃度が低下する早朝や起床時におこりやすく、このためにまた鎮痛薬を服用してしまうという悪循環になってしまいます。
    そこで慢性痛での鎮痛薬服用は、1ヶ月に10日以内にとどめるのが望ましいとされています。

    内臓と痛みの関係

    痛みを伝える神経線維は2種あって、瞬間的な激しい刺激(急性痛)はAδ(エー・デルタ)線維、そのあとの持続的な痛みはC線維が脊髄へ伝えます。
    痛み受容器は内臓には少ないので、皮膚のような痛みは感じません。胃や腸の痛みは、平滑筋の収縮が原因になっています。
    胆石や尿管結石の痛みも、平滑筋の強い収縮がおこしています。
    痛みを伝える神経は、脊髄のなかで他の神経線維と交叉し、内臓からの信号が強いとその部位の痛みと感じてしまうことがあります。これは関連痛とよばれているもので、胆石では右肩から右肩甲骨のあたりにおこります。
    内臓に病変や異常があっておこる痛みが内臓痛です。
    内臓と脊髄の関係では、ガンの脊椎への転移による痛みが知られています。
    例えば肺ガンでは、肺そのものには痛みの感覚はありませんが、ガンが進展すると肺を包んでいる肋膜や肋間神経が侵され、呼吸のたびに痛みます。脊椎へ骨転移すると骨がこわされて脊髄が圧迫されます。それが激痛やマヒなどの症状の原因になります。

    痛みとかゆみ

    かゆみの感覚は、かくなどの動作をひきおこし、それによって快感を生じる生体防御感覚とされており、皮膚表層やそれに隣接した粘膜におこります。
    かゆみ刺激は、痛み刺激と同じく皮膚のポリモーダル受容器であるC線維により伝えられています。
    かつてかゆみは痛点への弱い刺激でおこるものと考えられましたが、やがてC線維のなかにかゆみ刺激にだけ反応するものがあることがつきとめられました。
    1本のC線維が痛みにもかゆみにもかかわるとするのが「パターン仮説」で、新しい仮説は「特異受容仮説」といわれます。
    ヒスタミンは、古くから代表的な起痒物質として知られており、それを皮内注射すると局所にかゆみを生じます。
    同じようにしてヒトの皮膚にかゆみを生じさせる物質がいろいろあります。神経ペプチドのサブスタンスPやプロスタグランディンやセロトニンなどで、一酸化窒素(NO)はかゆみの増強因子として作用するといわれています。
    アトピー性皮膚炎のように慢性化するかゆみでは、慢性痛と同じような知覚伝達路での可塑的変化があると考えられています。
    組織の損傷や炎症によりマスト細胞や血小板から放出されるセロトニンが、受容体を介してかゆみや痛み刺激への過敏性を増加させているというのです。痛みとかゆみの密接な関係の解明はこれからといえるでしょう。

    メグビーインフォメーションVol.370「〈痛み〉のサイエンス」より

  • フリーラジカルと活性酸素

    フリーラジカルと活性酸素

    元素と原子と電子

    古代ギリシアの哲学者は、自然界を成りたたせている基本は、アトム(原子)であると考えていましたが、その実体がつきとめられたのは、20世紀の量子力学に到達してからでした。
    18世紀の末頃から、物質をつくる元素が発見され、それらの間で化学反応がおこることがわかり、元素の構造が追求され、原子・分子の構造が理解されるようになりました。
    原子は中心にある原子核と、“その周囲をとりまく軌道上の電子とでできている”というのが簡単な説明ですが、電子は原子核のまわりにひろがって存在しており、決まった位置にはなく、電子雲と表現されています。
    原子構造論で有名なデンマークのニールス・ボーアは“原子核のまわりの電子は、いくつかの層(電子殻)をつくっている”と考えました。
    電子殻は電子がはいる軌道をまとめたもので、電子はエネルギーの低い軌道から順にはいってゆきます。原子核に近い軌道のエネルギーレベルは低く、外側ほどエネルギーが高くなります。電子はマイナスの電荷をもち、プラス電荷をもつ原子核に引きつけられています。原子核からひきはなすには、引きつける力に応じたエネルギーが必要というわけです。
    1個の軌道には電子は2個しかはいれないという規則(構成原理)があります。
    いろいろの原子での、軌道への電子のはいり方を原子配置といいます。
    電子殻のなかで、もっとも外側にある最外殻の電子は、化学結合にかかわる電子という意味で“価電子”とよばれています。
    水素やナトリウム、カリウムの価電子の数は1、マグネシウム、カルシウムは2、炭素では4、リンは5、酸素、イオウは6となります。

    電子と化学結合

    原子と原子の結合を化学結合(chemical bond)といいます。
    原子はそれぞれに、他の原子と結合できる手を示す数値をもっています。それが原子価で、ふつう水素の1を基準にして決めています。水分子(H2O)は、酸素原子Oが2本の手を出して、2個の水素原子Hが1本ずつ出した手と結合しています。
    炭素原子は価電子を4個もち、4本の手で他の原子と結合します。
    軌道にはいるとき、電子は2個ずつというルールがあるので、電子の総数が奇数の原子では対になれない電子が生じています。この状態の電子は不対電子とよばれており、不安定なので反応をおこしやすくなっています。
    不対電子をもつ原子や分子をフリーラジカル(または簡単にラジカル)といいます。
    ラジカルという語は“過激な”という意味で用いられるように、フリーラジカルはその反応性によって他の分子に有害にはたらくことがあります。フリーラジカルは日本語では遊離基です。

    ラジカル反応

    化学反応では、結合を切断し原子を再配列します。
    結合の切断によってフリーラジカルが生じる反応が少なくありません。
    有機化合物が熱によって燃えるときや、紫外線のような光の照射で分解するときなどに、ラジカルが生成して反応がすすみます。このような反応を“ラジカル反応”といい、通常は強いエネルギーによって開始されます。
    原子Aと原子Bの間に、価電子の共有による結びつき(共有結合)があるとき、紫外線の強いエネルギーが加えられるとAとBが共有していた電子対が切断されてしまい、AとBに1個ずつ電子が残った状態になります。
    強い力で切りはなされた電子は、対になる相手を求める欲求が大きく、周辺の原子や分子を攻撃して奪いとろうとするのです。
    その標的には、核酸や糖やタンパク質などの生体構成分子がありますが、なかでも生体膜の主要成分である不飽和脂肪酸に生じる過酸化反応は連鎖的に進行して細胞や組織を傷害し、さまざまな病気の発症リスクになっていきます。
    しかし生体はそれに対して無防備ではなく、フリーラジカルの生成を抑えたり、生成したフリーラジカルはすみやかに消去したりして対抗する機構を備えています。
    また生体はフリーラジカルを、シグナル伝達分子として活用しており、生成と制御のバランスを保っています。しかしそのバランスがくずれると“酸化ストレス”がひきおこされます。

    酸素とラジカル

    酸素という元素は反応性が高く、さまざまな物質を“酸化”します。
    酸素はそれ自体がフリーラジカルのひとつです。酸素分子は2個の酸素原子が結合してできています。このとき特殊な形で結合して、分子中に2個の不対電子をもつようになります。このような分子は“ビラジカル”とよばれ、強力ではないもののラジカルな性質を備えています。大気中の酸素はこの状態(三重項基底状態)で、鉄を酸化し錆を生じさせます。
    酸素分子中の2個の不対電子が、外からエネルギーを与えられてペアになった場合、一重項酸素(1O2)になります。
    一重項酸素では不対電子は消えても反応性は大になり、相手の化合物の電子密度の高いところに付加する性質が生じます。体内ではコレステロールや不飽和脂肪酸の二重結合部に付加してヒドロペルオキシドを生じさせます。
    一重項酸素は不対電子がないので非ラジカルですが、酸化活性が高まった酸素なので活性酸素のなかまというわけです。
    同じようにして過酸化水素(H2O2)も非ラジカルの活性酸素になります。
    不対電子をもっていないがラジカルな性質を示すものにオゾン(O3)や次亜塩素酸(HOCl)があります。

    活性酸素の発生と標的

    体内では酸化酵素がはたらくミトコンドリアの電子伝達系や小胞体の電子伝達系、好中球やマクロファージの活動、アラキドン酸代謝、炎症、赤血球のヘモグロビンの変性など、さまざまな生理現象にともなって活性酸素が発生しています。
    正常な代謝のプロセスでもつねに活性酸素が発生しており、虚血や炎症、感染、外傷などのストレスはそれを増加させます。
    放射線、紫外線、薬物摂取、重金属などが外因性の活性酸素発生源になります。
    活性酸素およびフリーラジカルは、生体分子の傷害因子として酸化ストレスを生じさせます。
    なかでも生体膜の機能を支える構造脂質である不飽和脂肪酸はラジカルに弱く、脂質過酸化反応が連鎖的におこり過酸化脂質(脂質ヒドロペルオキシド)をつくります(右図)。
    連鎖的脂質過酸化反応は、膜構造をこわし、膜タンパクを変性させます。これが食品中でおこると脂質ラジカルを生成し、“自動酸化”がはじまり、食品を劣化させます。
    そこで窒素充填や真空包装により、自動酸化を防ぐ方法が食品に用いられています。
    タンパク質構成アミノ酸のうち、メチオニン、ヒスチジン、シスチン、チロシン、トリプトファンがラジカルによる傷害を受けやすく、そのためタンパク質の重合や架橋結合の変性、酵素タンパクの不活性化などの原因になります。
    糖タンパクや糖脂質のもつ糖鎖が傷害されると、細胞のシグナル伝達システムがこわれてしまいます。細胞外マトリックスの主要分子である多糖体(ヒアルロン酸)が攻撃を受けると重合し、関節や水晶体の機能が損なわれます。
    核酸では、DNA分子の塩基が遊離したり、リボースの酸化分解、DNA鎖の切断などにより、発ガンや老化の促進因子となります。

    ガス状ラジカル

    1個ずつの酸素原子と窒素原子が結合している一酸化窒素(NO)はガス状分子で、ラジカルのなかまです。生体内ではNO合成酵素によって、アミノ酸アルギニンからつくられ、血管の弛緩や、血小板の凝集・粘着を抑制して血圧と血流の調節や血栓予防に重要な役割をもっています。
    NOは、標的タンパク質のシステインやチロシンに作用して、細胞内シグナル伝達の経路を切りかえるスイッチとしてはたらきます。それによって細胞の環境に応じた反応を引き出すのです。
    NOには脳で発見された神経型および炎症性サイトカインで誘導される誘導型と、循環系ではたらく内皮型の3つのタイプがあります。
    NOはスーパーオキサイドと出会うと瞬間的に反応して、毒性の強いペルオキシナイトライトに変化します。
    野菜にふくまれる硝酸塩は、口中の常在菌により硝酸となり、胃へ運ばれNOを生じます。

    レドックス制御と酸化ストレス

    レドックスと活性酸素

    レドックス(redox)は、還元(reduction)と酸化(oxidation)との合成語であり、細胞機能の制御にひろくかかわることから“レドックス制御”として研究されてきました。かつて活性酸素は代謝や免疫反応の副産物として出現し、酸化ストレスを発生させるマイナス因子と見なされてきた歴史があります。
    しかし生体は合目的的に活性酸素をつくっていて、細胞の増殖・分化、細胞死(アポトーシス、ネクローシス)などの生命現象を抑制するシステムに組みこんでいることがわかってきました。
    生体が必要とするタンパク質は、DNA上の遺伝子を転写し複製するというしくみでつくられることをご存じでしょう。このシステムは転与因子によって調節されていますが、そこに活性酸素がはたらいているというのです。
    レドックス制御とは、酸化還元反応を介した細胞機能の制御をいいます。
    レドックス制御におけるシグナル分子となるのがスーパーオキサイドと過酸化水素です。

    酵素作用と酸化ストレス

    好中球やマクロファージが病原微生物を殺すとき、活性酸素スーパーオキサイドを発生させる酵素(NADPH酸化酵素)がはたらきます。
    この酵素はニコチン酸の誘導体であるNADPHから酸素分子へと電子を運ぶ仕事(電子伝達)を担い、酸素分子を還元してO2-を生成し、そのときNADPHが酸化されるので、NADPH酸化酵素とよばれています。
    この酵素のなかまは、血管平滑筋や大腸、腎臓、脾臓、甲状腺、気管支、リンパ球などいろいろの組織・器官に多く、感染予防ばかりでなく、甲状腺ホルモン合成を介して全身の代謝システムにも影響を与えます。
    核酸塩基プリンの代謝で、ヒポキサンチン→キサンチン→尿酸という経路ではたらく酵素がキサンチン酸化酵素です。
    この酵素がスーパーオキサイドをつくることや、それを消去する酵素(スーパーオキサイドディスムターゼ、SOD)が存在することが1960年代に発見されました。
    生体はSODばかりでなく、カタラーゼやグルタチオンペルオキシダーゼといった抗酸化酵素やグルタチオンなどの低分子抗酸化物質によって活性酸素の害作用を抑制しつつ、他方で生理活性を利用しているわけです。

    酸化ストレスとゲノム

    体内では右の図のような活性酸素生成がおこっており、これに対して抗酸化機構を備えていますが、そのバランスが維持できず、酸化力が優位になった状態がつづくと、酸化ストレスが出現することになります。
    酸化ストレスは、炎症や虚血、腫瘍化、免疫異常や神経変性などの病態にかかわり、老化の促進因子として認められています。
    酸化により変化した生体分子は“酸化ストレスマーカー”として計測、分析されることになりました。

    ヘムとCO

    細胞へのフリーラジカルの攻撃や、栄養飢餓や低酸素などのストレスは、それに対応する遺伝子群を発現させます。そのひとつがヘムオキシゲナーゼです。
    ヘムオキシゲナーゼはヘムを分解して、一酸化炭素(CO)、ビリベルジン、鉄イオンを生じさせます。
    ビリベルジンは還元酵素によってビリルビンに還元されますが、どちらも強力な抗酸化機能をもち、体内で生じた活性酸素を消去し、その活性はビタミンEに匹敵するとされています。ビリルビンは新生児黄疸の原因物質として、古くから知られていました。
    骨髄で日々新生されている赤血球は、ヘム合成のための鉄をリサイクルでまかなっています。
    COは臓器における血流の調節や抗炎症作用、抗アポトーシス作用で知られています。COはラジカルではありませんが、NOと同じようにレドックス制御に参加するなかまです。

    活性窒素とレドックス制御

    大気汚染物質として有名になった窒素酸化物はまとめてノックス(NOx)といわれます。そのうちのNO(一酸化窒素)やNO2(二酸化窒素)は不対電子をもっています。
    NO2は“ニトロ基”とよばれ、チロシンやトリプトファン、リノレン酸、γトコフエロールなどをニトロ化物に変えます。
    なかでもヌクレオチドのニトロ化が研究されています。
    右図にあるように、グアニンヌクレオチドのニトロ化は、レドックス制御のシグナルとしてはたらき、細胞を保護します。細胞レベルの実験では、グルコース飢餓状態で培養するとアポトーシスする細胞が、ニトロ化したグアニンヌクレオチド(ニトログアノシン)の添加により生き延びると報告されました。
    NOとO2-からのONOO-(ペルオキシナイトライト)の生成反応は、O2-とSOD(スーパーオキサイド除去酵素)との反応速度よりはやいため、NOとO2-が共存すると必ずONOO-がつくられます。この物質は、ヌクレオチドをニトロ化して変異させる作用がありますが、生理的なpHでは水素と結合して硝酸イオンへと変化します。
    O2-の存在するところでNOが生成した場合、NOによるO2-の消去により、酸化ストレスが軽減されるという考え方もある一方で、それが生体内で増殖する感染ウイルス遺伝子の変異を促進しているという説があります。
    レドックス制御では、活性酸素や活性窒素やヘムおよび鉄イオンがこのように複雑な相互作用によりシグナル伝達経路を構成しているのです。

    メグビーインフォメーションVol.369「フリーラジカルと生体」より

  • わかってきたガン細胞の特性

    わかってきたガン細胞の特性

    複雑な細胞ガン化

    ガンという疾患に関心をもつ人は多く、遺伝子変異の蓄積によりつくられるという知識は、いまや常識になっています。
    DNA研究がすすんで、ガン遺伝子やガン抑制遺伝子が発見され、いろいろな物質の変異原性がテストされ、ガン化した細胞がつくるタンパク質をターゲットにした分子標的薬が開発されるといったガン克服へ向かう努力が、国際的にすすめられてきましたが、生命の複雑性に立脚したガンの多様性に道をはばまれているのが現状といえましょう。
    同じ組織に生じ、病理学的には同じと診断される腫瘍であっても、そのはじまりも進展にも多様性があり、治療法が確立されていません。
    遺伝子の変異には、1個の塩基が他の塩基にとりかわるもの(点突然変異)のほか、まとまって塩基配列が脱落する“欠失”や、他の染色体から遺伝子が移動してきてはさみこまれてしまう“挿入”、ある遺伝子のコピーがふえてしまう“増幅”、そして染色体の一部が切り離されて移動する“転座”などの大がかりなものもあります。転座は同一染色体内の場合もあり、他の染色体へ移ってゆく場合もあります。
    細胞増殖にともなうDNA複製でのエラーや、ウイルス、環境中の汚染物質のとりこみ、体内で変化して変異原性をもった化学物質などにより生じる遺伝子変異ばかりではなく、DNA分子やヒストンのエピジェネティクス、さらには酸化ストレス、小胞体ストレス、アポトーシス、オートファジー、栄養素の代謝とのかかわりなどの新しい視点がガン研究に加わってきました。

    ガン細胞と代謝

    細胞内の物質変化を網羅的に測定する技術の進展によって、ガン細胞が示す代謝の特徴が明らかになっています。
    細胞の営む代謝は、加齢や薬剤の摂取や栄養条件によって異なってきます。ガン細胞は正常細胞と異なり“ワールブルグ効果”とよばれる特殊なエネルギー代謝によりATPを得ています。たとえ酸素が不足していない環境でも、どんどんグルコースをとりこみ、解糖系がさかんになるのです。
    解糖系ではATPづくりの効率が悪いばかりでなく、乳酸が蓄積します。ガン細胞がなぜ解糖系を優先するのか、という問題はこれまで謎とされていました。
    最近の研究がその謎の解明にせまりつつあります。
    ガン細胞は、低酸素であるほど増殖能が高いのです。ガン細胞は急速に増殖するために、エネルギー物質だけでなく、核酸、タンパク質、脂質などの生体高分子をどんどんつくらなくてはなりません。その素材としてのアミノ酸やヌクレオチド、脂肪酸などを代謝によって生合成する必要があり、そのために好気的な酸化的リン酸化反応を抑え、解糖系をさかんにするという仮説が提出されています。

    ガン細胞のエネルギー代謝

    ガン細胞ばかりでなく、正常細胞でも分裂・増殖のさかんな細胞はグルコースを大量にとりこみ、酸素を必要としない解糖系によりエネルギーを得ていることが知られています。
    解糖系(嫌気的解糖)は、好気的な酸化的リン酸化とよばれる代謝にくらべてATPの産生量が少ない一方で、反応速度は後者の数十倍であり効率の低さが補われています。
    さらにグルコース代謝の中間産物からは、可欠アミノ酸、脂肪酸および核酸合成に必須のリボースなどがつくられます。
    グルコースから生じるグルコース─6リン酸からペントース5リン酸回路とよばれる経路で、リボース─5リン酸が生じます。これがDNA分子を構成する2種の成分であるプリンヌクレオチドとピリミジンヌクレオチドの合成に用いられるのです。
    ATPづくりの効率でいえば酸化的リン酸化が有利ですが、核酸、タンパク質、脂質、糖鎖などの増殖用分子の生産では解糖系に及びません。
    ガン遺伝子・ガン抑制遺伝子の変異、低酸素、低pH、酸化ストレス、小胞体ストレスなどによって解糖系が亢進するといわれています。
    ガン細胞では、グルコースをとりこむトランスポーターが多くなっています。

    グルタミンの役割

    増殖速度の大きい細胞では、栄養学上は可欠アミノ酸であるグルタミンが不可欠アミノ酸といわれる役割をしています。
    増殖にともなう核酸やタンパク質などの生体分子合成のために、グルタミンが動員されます。
    グルタミンは、グルタミン酸、アスパラギン酸、二酸化炭素、アラニン、ピルビン酸、クエン酸、乳酸へと分解され、その過程で炭素源や窒素源として多用されているのです。
    グルタミンは、グルコースのとりこみと、酸素が存在する環境での解糖をすすめる役割や、シグナル伝達にもかかわっています。
    グルタミンは、ガン細胞内にとりこまれて、ATPや細胞構成分子の確保に必須とされています。

    ガン細胞の血管新生作戦

    急速に増殖するガン組織では、細胞はつねに低酸素、低栄養というリスクを負っています。そこで血管新生促進因子を分泌して、腫瘍の内部に血液を運ぶ通路をつくらせようとすることがわかったのは1960年代でした。やがて血管新生抑制因子も発見されました。インターフェロン製剤が血管新生抑制の目的で投与された時期もありました。
    血管新生は多段階的におこる現象で、血管内皮細胞やマクロファージや線維芽細胞との協調がないとすすみません。
    からだが低酸素状態になると、HIF1とよばれる転写因子が誘導され、低酸素関連遺伝子のスイッチを入れます。HIF1により発現する遺伝子は100種以上とされており、血管新生のほか、細胞増殖やアポトーシス、エネルギー代謝にもかかわっています。
    HIF1は、ガン組織に高率に出現しており、解糖系酵素やオートファジー関連遺伝子を活性化し、ガン代謝を環境(栄酸素・低栄養)に適応するよう変化させるのです。
    HIF1は低酸素のときには分解されないしくみなので、ガン細胞はそれに便乗していることになるでしょう。

    オートファジーを利用する

    HIF1の作用のひとつに、オートファジーの促進があります。
    オートファジーとは、細胞が自ら構成成分を分解処理する機能で、細胞質に生じたタンパク質の凝集体や、変性した膜構造などを除去するしくみです。
    オートファジーは、細胞が栄養飢餓の状況になるとその活性が高まり、あえて自己の成分を分解して生じるアミノ酸や脂肪酸などを新たなタンパク合成やエネルギー源として再利用する、栄養素確保のために獲得された基本的な生理機能とされています。
    ガン細胞はこのしくみを利用して栄養物質を調達します。
    オートファジーで得られたアミノ酸は、脂質や糖の合成に回されて、ガンの生育に役立てられるというのです。
    ガンの多くが、オートファジーに依存していることがわかり、その抑制によるガン治療が考えられ、抗ガン剤や放射線治療とオートファジー阻害剤の併用による臨床試験がはじまっているというのですが、血管新生抑制と同じように、その実現は簡単ではないとされています。

    小胞体ストレスとガン

    小胞体は、新しく合成されたタンパク質を正しくフォールディングして、糖鎖をつけるなどの修飾加工をする小器官です。
    この仕事が順調にすすまず、異常タンパク質が生じ蓄積した状態は小胞体ストレスといわれUPR(unfold protein response)とよばれる細胞応答がひきおこされます。そのひとつがオートファジーです。
    小胞体膜にセンサー役のタンパク質があり、通常は不活性ですが、異常タンパクが蓄積すると活性型になり、シグナル伝達系をはたらかせコーディングを抑制したりオートファジーを誘導したり、アポトーシスさせたりするのです。
    UPRの活性化によって、アポトース感受性の細胞が消え、残った細胞は耐性を獲得して増殖します。UPR活性の高いガン細胞は、多種類の抗ガン剤に耐性を示すと報告されています。
    UPRを阻害し、細胞のストレス応答を抑制するという新しい治療法が期待されています。

    ガンの代謝と栄養物質

    アミノ酸とガン代謝

    ガンの特性である異常増殖では、ATPの確保ばかりでなく、タンパク質や核酸、脂肪酸などの細胞構築成分の需要が高まっています。
    細胞は、親水性のアミノ酸をとり入れるために“アミノ酸トランスポーター”と総称される膜タンパクを用意しています。
    アミノ酸トランスポーターの研究は1990年代からはじまりました。
    やがて小腸壁や腎臓尿細管の上皮細胞で、管腔内と血管側とにトランスポータータンパクのあることがわかりました。
    そしてガン細胞では、アミノ酸トランスポーターが多く発現していることが知られてきたのです。
    アミノ酸トランスポーター分子には、約50の種類があります。ガン細胞はそのなかでも複数の不可欠アミノ酸のとりこみを受けもつトランスポーターや、とくにシスチンを運びこむトランスポーターなどが多くみられるというのです。
    シスチンは含硫アミノ酸システインが酸化されて生じますが、細胞内の抗酸化物質グルタチオンレベルを維持する役割をもっています。
    ガン細胞はシスチンを積極的にとりこんで、酸化ストレスへの抵抗性を高めて抗ガン剤に対抗します。
    中性アミノ酸を移送するトランスポーターは細胞内のグルタミンと交換の形で仕事をするので、グルタミンを運びこむ別のトランスポーターと複合体となって効率よくはたらくこともわかりました。

    腫瘍細胞型トランスポーター

    中性アミノ酸トランスポーターは、正常組織では脳や骨髄や精巣などでmRNAが見出されるものの、タンパク質として存在する臓器はかぎられています。そして成人の肝臓では低レベルなのに胎児の肝臓では高いので、ガンの胎児性抗原といわれました。
    大腸ガン、肺ガン、前立腺ガン、胃ガン、乳ガン、膵臓ガン、腎臓ガン、咽頭ガン、食道ガン、脳腫瘍など、さまざまなガンの組織でこのトランスポーターが多く発現しており、ガンの悪性度と関連していることがわかっています。
    グルタミンをとり入れるトランスポーターは小型の中性アミノ酸(アラニン、セリン、システイン)なども運びます。そしてこのトランスポーターも大腸ガン、前立腺ガンなどに多いことや、そのレベルが高いと生存率が低いことが報告されています。
    ガン細胞のアミノ酸トランスポーターは、腫瘍細胞型トランスポーターとよばれています。
    腫瘍細胞型トランスポーターは、ガン診断のマーカーになり、さらにはこれをターゲットとしての治療法の開発が期待されています。

    ガンと脂質代謝

    ガン細胞は、酸素を得られる条件のときにも解糖系によるエネルギー獲得を行うことが知られてますが、この場合には脂肪酸がエネルギー源になっていると考えられています。
    多くのガン細胞で、脂質の合成に関連する酵素の活性が高く、脂肪酸合成がさかんになることがわかってきたのです。
    低酸素で誘導され、飽和脂肪酸を合成する酵素は、乳腺や前立腺ではそれぞれの性ホルモン受容体が転写因子を介して発現を促進させます。乳ガンや前立腺ガンでは、腫瘍化の初期から多くなっており、ガン化の進展を助けています。
    ガン細胞で、細胞膜の飽和脂肪酸の割合がふえると、シグナル受容や代謝が変わります。
    ガン組織のなかのガン細胞は同一ではなく、それぞれが異なった代謝経路をもち、さらに変化させて生き延びてゆきます。
    抗ガン剤による治療を阻むガンの戦略といえるでしょう。

    体内鉄の二面性

    生命はその誕生のときから鉄を利用し、進化しました。
    体内の鉄は、酸素を運搬・貯蔵するヘモグロビンやミオグロビンの活性を担う成分であり、カタラーゼやチトクロームなどの酵素の補助因子として不可欠であることもよく知られている必須金属です。
    一方で鉄イオンは“フェントン反応”によって最強の活性酸素ヒドロキシルラジカルを発生させるため、発ガンのリスク因子となることが知られています。ヒドロキシルラジカルはゲノムを傷害(DNA切断、塩基の修飾、重合)し発ガンのリスク因子になります。
    体内鉄の蓄積が発ガンに結びつくというデータが集められ、とくにウイルス性肝炎と肝ガン、アスベストによる中皮腫と肺ガン、子宮内膜症における卵巣ガンなどが報告されました。
    実験的に体内鉄過剰の状態にすると、実験動物にガンが生じるのです。
    鉄イオンは細胞外ではトランスフェリンに結合し、細胞内ではフェリチンにとりこまれており、ラジカル反応が抑えられています。また肝臓で合成されるヘプシジンは、十二指腸からの鉄のとりこみを調節します。鉄のホメオスタシスが、これらのタンパク質によって維持され発ガンが抑制されるしくみです。
    鉄を構成成分とするヘムをもつシトクロムやカタラーゼ、ペルオキシダーゼなどのヘムタンパク質は、鉄イオンの特性によって活性酸素を処理する能力をもっており、カタラーゼとペルオキシダーゼが協力して、ヒドロキシルラジカルを生成させないようにはたらいています。

    セレンによるガン予防

    必須の微量ミネラルであり、同時に毒性も強いという二面性はセレン(Se)にもあります。
    セレンは抗酸化酵素のグルタチオンペルオキシダーゼの活性の中心であり、酸化ストレスに対する防御作用で知られていますが、そればかりではなく、DNAを守りガン細胞の増殖を抑制する直接的な複数の抗ガン作用があるといわれるようになってきました。その場合の効果は最小必要量(ラットの餌での最小必要量は0.1ppm)を超えた20~50倍の摂取量による薬理作用として示されたのです(右図)。

    メグビーインフォメーションVol.368「Essential Molecular Nutriology 最新のガン研究」より

  • 調節・制御のしくみ

    調節・制御のしくみ

    調節は生体の特性

    システムとは、多くの要素が互いに連係してはたらくようにまとめられた組み合わせであるという定義からみて、人体はまさしくシステムといえるでしょう。
    もともと機械や装置を安定な状態に保ち、目的にあうように動かすという工夫から、調節という概念が形成されたといわれています。
    調節の英語はregulateで、ラテン語のレグラ(物さしをあてて調べ、合わせるという意味)が語源になっています。
    生体の成りたちやしくみをみると、この調節という考え方があてはまることがわかります。生命体には、代謝によって自己を維持する、自己を複製(生殖)し、形質を子へ伝える(遺伝)などの特性がありますが、どれにも調節がはたらいていることに気づきます。
    体温や血圧などのバイタルサイン、タンパク質などの合成と分解、解糖と糖新生、呼吸や循環のシステム、遺伝子発現など、すべての生理現象、生化学反応にいろいろなレベルで調節作用が存在しています。
    ヒトのDNAには、調節にかかわる領域が多く、その複雑化によって特別な進化をしたといわれています。

    調節の基本メカニズム

    調節における基本原理は、生体でも機械装置でも共通しています。それは得られた結果(出力)を原因(入力)にさしもどすことによって入力を加減するという回路で、フィードバック(さしもどす)といわれます。
    フィード(feed)は給餌という意味で、出力データを餌として、入力側に食べさせる(back)という語がつくられました。
    フィードバックの効果が安定をもたらすものは負のフィードバックであり、反対に結果が送り返されたために反応がさかんになるなどシステムが不安定になるものは正のフィードバックといわれます。
    通常はシステムの安定化をもたらす回路すなわちネガティブフィードバックを単にフィードバックといっています。
    生命現象にみられるフィードバック調節は、分子レベル、細胞レベルから個体レベルや個体群までいろいろありますが、すべてネガティブフィードバックです。
    生体が変動する環境条件のもとで内部環境の恒常性を保つという特性は、フィードバックによる調節で成りたっています。
    「内部環境の恒常性が生命の条件である」という言葉は、19世紀フランスの生んだ生理学者クロード・ベルナールの生命観から生まれました。
    フィードバックは自動制御の原理であり、それによってベルナールの指摘した内部環境の恒常性保持(ホメオスタシス)を実現する生体の機能を支えています。人体をフィードバック系とする考え方が、健康管理にも不可欠です。

    全身調節のネットワーク

    個々の細胞は、タンパク質や核酸などの分子のレベルで調節されていますが、さまざまに分化した細胞が、組織や器官という階層的な構造をつくって成りたっている個体では、全身を調節するネットワークが必要になります。
    全身の調節ネットワークは、神経系と内分泌系(ホルモン)、そして両者の間をつなぐ神経分泌で成りたつシステムです。
    神経系とホルモンの作用は、おおまかには右下表のように整理されています。
    外界の情報を感覚器で受けとり、ホルモンの分泌を生じさせる脳の視床下部-脳下垂体系は神経系と内分泌系とを仲介していることになります。
    視床下部に属している神経細胞は、ホルモン分泌もしているので神経分泌細胞といわれています。神経分泌細胞が分泌するホルモンは視床ホルモンとよばれており、脳下垂体に作用します。甲状腺刺激ホルモン放出ホルモンはその例です。
    甲状腺ホルモン(チロキシン)の調節に、脳下垂体前葉(脳下垂体は前葉・中葉・後葉という3部分があり、それぞれがホルモンを分泌する)の甲状腺刺激ホルモンと、それを制御する視床ホルモンがかかわっています。
    チロキシンの血中濃度が過剰になると、それが視床下部と脳下垂体の両方にはたらきかけてホルモン分泌を制御するというネガティブフィードバックの回路があるのです。
    体温・血圧・呼吸・心臓の拍動などの生理学的な自動調節のセンターは、脳幹(間脳から延髄までのつながった部分)にあります。

    随意神経と自律神経

    間脳につづく脊髄は脳とともに中枢神経系を構成しており、これに対応する末梢神経系には感覚神経・運動神経および自律神経系が属しています。
    感覚神経は脊柱の脊側から脊髄にはいり、運動神経は脊柱の腹側で脊髄から出てゆきます。脊柱は椎骨のつながりでできていて、脊髄を保護しています。
    神経の枝は各椎骨のつなぎ目から出入りしていて、出てゆく運動神経の神経突起は前根、入ってくる感覚神経の神経突起を後根といいます。
    感覚刺激によりすばやく動作がおこるのは、脳までゆかずに脊髄で折り返すという応答が生じるからです。
    この応答は反射とよばれています。反射は日常に経験されるように、熱さや痛みなどをもたらす刺激に対する防御でおこりますが、熱いなどの感覚は脳までとどいています。

    自動制御のネットワーク

    生体のもつ自動制御という機能を個体レベルでみると、呼吸数や心拍数、体温、血圧などの恒常性にかかわっています。このホメオスタシスの実行役が自律神経系で、意識や意志によらず文字通り自律調節を行っています。
    自律神経系のネットワークは、よく知られているように交感神経系と副交感神経系の二つのシステムの組みあわせで成りたっています。
    心臓をはじめとして肺、胃、十二指腸、膵臓、副腎、小腸、膀胱、涙腺、唾液腺、生殖腺など、さまざまな組織・器官に、このシステムの両方の末端がとどいており、支配構造が二重になっています。そして両者の作用はたいていお互いに反対の方向にむかっています。
    そして生体の緊張時には交感神経系が血行や呼吸をさかんにし、血糖をふやすホルモン(アドレナリン)の分泌を促します。そこでは消化や排泄などはあと回しにしているのです(自律神経と臓器の表参照)。休息し安静な状況をつくるには副交感神経系のはたらきが優位になるわけです。

    ストレスと自律神経

    自律神経系の中枢が存在する脳幹には、網様体とよばれる特殊な構造があります。
    脳幹のすべての領域に神経細胞(ニューロン)が散在し、その間を感覚神経や運動神経が通っていて、それらの軸索がからみあって網目構造にみえるので網様体という名がつけられました。そして自律神経系の呼吸中枢や血管中枢などが脳幹網様体に囲まれています。
    感覚神経のもたらす体内外の情報は自律神経系に作用します。また大脳皮質で営まれる精神活動のシグナルが脳幹部へむかってゆき、自律神経中枢に影響を与えます。
    急性のストレス刺激では、主に交感神経の活動がさかんになり、その神経分泌により放出されるノルアドレナリンと副腎髄質から出てくるアドレナリンが、標的器官の受容体(レセプター)に結合して作用し、血圧や心拍数、熱産生、血糖値などを上昇させます。この反応は刺激の種類や程度によりいろいろにあらわれます。
    心理的ストレスもまた自律神経系の反応をひきおこすことが知られています。

    ホルモンの作用

    内分泌器官がつくるホルモンは、循環体液にとけこんで目的の臓器(標的器官という)まで運ばれ、標的の細胞にはたらきかけます。
    受けとる側の細胞には、相手を見きわめて結合する受容タンパク(レセプター)が表面に用意されていて、ホルモンが結合すると、そのシグナルを内部に伝えます。
    ステロイドホルモンは細胞膜を通りぬけてはいり、細胞質や核内に遊離の状態でいるレセプターに結合し、遺伝子発現の転写因子となります。
    ペプチドホルモンは、単純なトリペプチドから198個のアミノ酸からなるものまであり、細胞膜近くの分泌小胞に蓄えられており、指令を受けとって放出されます。血糖上昇による膵臓β細胞のインシュリン分泌はこの例で、調節性分泌といわれます。

    細胞機能と調節

    遺伝子発現の調節

    遺伝子が生命にかかわる情報を保持し、その伝達により細胞内に機能をもつタンパク質を出現させているという意味をもつ用語が遺伝子発現です。発現という語は、“外部にむけてあらわし出すこと”をいいます。
    そのプロセスは、転写からはじまり、RNAの合成や輸送、飜訳というステップを経て、タンパク質の飜訳後修飾にすすみます。
    いろいろな細胞で特異的に遺伝子発現がおこるメカニズムは複雑で、各段階で調節されていることがわかってきました。
    かつてはそれぞれの遺伝子には、1 ヶ所ずつの調節領域があると考えられていました。その場合、1 個のタンパク質がDNA と相互作用して転写調節することになります。
    しかし真核生物の遺伝子には、異なる調節因子と結合するDNA 配列が複数存在していました。そして複数のタンパク質- DNA 相互作用による効果の総和が、その遺伝子の転写速度を決めているのです。
    複数個の結合部位のひとつを除いて、それぞれに調節因子が結合すると転写がはじまります。そしてつくられたタンパク質が、その結合部位に結合すると、転写が抑制されるというフィードバック制御がはたらきます。

    遺伝子調節タンパク質

    DNA の塩基配列を識別して結合し、転写のスイッチをオンにしたりオフにしたりするタンパク質は遺伝子調節タンパク質といわれます。
    DNAの転写作業を開始する酵素はRNAポリメラーゼです。
    遺伝子調節タンパク質は、RNAポリメラーゼが転写をはじめやすいようにしたり、反対にさまたげたりします。
    複数の遺伝子を制御する調節タンパク質は、マスター遺伝子調節タンパク質といわれています(右図)。
    メッセンジャーRNA からタンパク質へのステップ(飜訳)では、合成を抑制するというメカニズムによる調節がはたらきます。
    飜訳で生じたタンパク質は、多くは飜訳後修飾により一人前の機能をもつようになります。
    リン酸やメチル基や糖鎖を付加されたり、まず前駆体のポリペプチド鎖として合成されたのち、一部が切りとられたりなどの加工が行われる飜訳後修飾のステップもまた、活性をもつタンパク質をつくるという遺伝子発現のゴールでの調節作用になります。

    代謝と酵素

    遺伝情報をもとに細胞内で合成されるタンパク質の第一の役割が、生触媒すなわち生体がもつ触媒物質としての酵素作用であることは、生化学によって明らかになっています。
    触媒とは、“進行しにくい化学反応に参加して活性化エネルギーの壁を低くして進行させるが、それ自身は変化しない物質”をいいます。
    細胞は生存のために必要なエネルギーや体成分のいろいろを自分でつくらなければなりません。食物にふくまれているタンパク質は、そのままでは自己のタンパク質にならないので、遺伝子発現という手段でそれを入手します。このような反応が同化であり、そのとき材料となった物質は分解されます。それは異化とよばれる反応です。
    異化と同化をあわせたものが代謝という細胞の仕事で、酵素と名付けられたタンパク質がその反応をすすめます。
    代謝の経路はくわしく調べられており、多くの異なる反応が並行したり、途中で切りかわったり、中間生成物を介して交差したりなど複雑に進行するネットワークを形成しています。
    代謝ネットワークを混乱させないような調節が不可欠であり、細胞小器官で仕切った区画化によって代謝を分担し、酵素の濃度を高めたりしています。

    反応のカップリング

    生体が利用する有機分子は成りたちが複雑なものが多く、その変化にはエネルギーの供給が必要です。
    そのときエネルギーを放出するような反応と組み合わせられればつごうがよいでしょう。生体ではこのような組み合わせ反応が多く、共役(カップリング)した反応といわれます。
    共役反応では参加する物質が複数で、反応がすすみやすくなっています。
    共役反応という方式によっても、代謝の調節があるわけです。

    アロステリック制御

    酵素が自身の構造変化によって活性調節されるものを調節酵素といいます。
    酵素分子の合成量の調節だけではなく、合成した酵素の活性を調節するというものです。
    酵素の活性中心(触媒としてはたらく)とはちがうところに、反応の基質ではない分子(リガンド)がつくことによって、タンパク質の構造(コンフォメーション)が変わり、これによって酵素と基質の親和性や、複数のサブユニットで構成される酵素の場合にはサブユニット間の関係などが変化するアロステリックという現象が知られています。
    アロステリックという語は、物理的にはなれているという意味で、結合するリガンドをアロステリックエフェクターといい、結合する部位をアロステリック部位または調節部位といいます。調節酵素はアロステリック酵素です。
    酸素運搬タンパクのヘモグロビンは、酵素ではありませんが、アロステリック制御されています。ヘモグロビンの場合、酸素分子が基質でもあり、リガンドにもなります。ヘモグロビンは4個のサブユニットで構成されていますが、そのひとつに酸素が結合すると、他のサブユニットへの結合が促進されます。
    また筋肉細胞のもつアセチルコリンレセプターなど、細胞膜上のホルモンレセプターやイオンチャネルなども、リガンドにより調節されています。酵素ばかりでなく、これらのタンパク質もアロステリックタンパク質といわれます。

    メグビーインフォメーションVol.367「Essential Molecular Nutriology 生体の調節システム」より

  • 生きること・食べることを考える

    生きること・食べることを考える

    ヒトと物質

    自然界には生物と無生物が存在しています。生物は生命をもち、無生物と区別されています。また生命と物質という分け方をすることもありますが、いろいろな元素がいろいろな集まり方をしてできているという点では両者ちがいはありません。
    では生物と無生物とは何によって区別されるのでしょうか。生命現象に物質はどのようにかかわっているのでしょうか。
    私たちは無意識のうちに呼吸をし、習慣的に食べて生きていますが、病気や老いという問題に気づいたとき、「からだ」のつくられ方やはたらきを維持することと、食べるという行為の間にあるぬきさしならぬ関係に関心が生まれます。
    現代は情報氾濫社会であり、多くのメディアが身近にあって、整合性のないデータや商業ベースで語られる健康情報があらわれては消えています。
    そのような状況のなかで、真情報とニセ情報とを見分けるには、自分自身の生命観をもつ必要があります。
    生命現象やからだの成りたちの真実を抜きにして、また食べることの意味を考えない切り売り情報からは、正しい答を得ることはできません。
    生物界でのヒトという種が、どのような特性を備えているのかを知って、それを成りたたせている物質的条件を、新しい栄養科学のなかに探ってまいりましょう。

    人体をつくる物質

    地球上には100数種の元素が確認されていますが、人体を構成しているのは下の表にある20種類です。
    これらの元素は、同種または異種の原子が、いろいろの形で化学結合した物質分子として、またイオンとなって体内に存在しています。
    酸素と水素の化合物である水分子が、生命現象を生み出す場を提供する、もっとも多い体成分です。
    水は無機成分ですが、有機生体分子として、タンパク質、脂質、核酸といった高分子があり、さらに高分子が分解して生じたり、栄養素や機能性食品成分として摂取されたビタミンやポリフェノール類などの分子群があります。
    それぞれの元素や分子は、細胞とよばれる生体の構造単位の内と外において、水分子と相互作用をしています。生命現象は、水分子の性質を利用した分子たちのはたらきなのです。

    もっとも存在量の多いグループ(人体の約97%を占めている)
    酸素(O)炭素(C)水素(H)窒素(N)
    次に存在量の多いグループ
    カルシウム(Ca)リン(P)カリウム(K)イオウ(S)ナトリウム(Na)
    塩素(Cl)マグネシウム(Mg)
    微量に存在する
    鉄(Fe)亜鉛(Zn)銅(Cu)マンガン(Mn)ヨウ素(I)クロム(Cr)
    コバルト(Co)セレン(Se)モリブデン(Mo)

    液体としての水(H2O)

    水は無数の水分子が、お互いに作用を及ぼしながら集まっているもので、温度によって3つの状態に変換します。常温では液体ですが、よく知られているように、100℃(1気圧のとき)で沸とうし、水蒸気とよばれる気体にります。
    H2O分子は、水素結合という弱い結合力でつながったネットワークをつくって集まっているのですが、このつながりは絶えず切れたりつながったりしながら、お互いの自由な運動を束縛しています。100℃になるとエネルギーを得たH2O分子がとび出してゆくのです。低温のとき(0℃)では、氷という固体です。
    生命現象を支えるのは液体の水であり、生命はその特性を利用しています。
    水は、さまざまな物質を多量に溶かす能力をもつ特別の液体であり、生体内の水(体液)には、いろいろのイオンや、さまざまなサイズの分子を溶かした溶液になっています。
    溶液のもとになる液体を溶媒、溶けている物質を溶質といいます。

    水和という現象

    水を溶媒とする溶液では、溶質のまわりに水分子がひきつけられて結合した状態になっています。
    この現象を水和といい、H2O分子と溶質との間の相互作用として生体機能に大きく影響しています。
    物質が水に溶けるとは、分子やイオンが溶媒であるH2O分子のネットワークのなかにはいりこむことであり、溶質が親水性の場合は水分子ネットワークと水素結合を形成して水和します。こういう物質は非電解質といわれ、糖アルコールはその例です。
    分子中の陽イオンと陰イオンとのイオン結合は、水中ではH2O分子がイオン結合をさまたげて、それぞれのイオンとして解離させます。食塩(NaCl)の結晶は、NaイオンとClイオンとにわかれ、それぞれのイオンはH2O分と水和します。こういう物質は電解質とよばれています。
    水中で解離したイオンは電気を運ぶので、電解質溶液は電気を通すことになります。

    水とイオン

    生体中には、ナトリウムイオン(Na+)、カリウムイオン(K+)、カルシウム(Ca2+)、マグネシウム(Mg2+)など、多くの金属イオンが水和していて、細胞の形態の維持や酸・塩基のバランスの維持、酵素活性の調節などにかかわっています。(VoL.365参照)。
    水分子は、2つの水素原子(H)と、ひとつの酸素原子(O)が共有結合という強い結合で成りたっており、水素原子のもつ電子が酸素側にひっぱられています。このため水分子での電子の分布は均等でありません。この電子の偏りは極性といわれるもので、水分子の性質を特徴的にしています。
    疎水性物質は水素結合をつくりにくく、水に溶けません。

    生体分子の合成・分解

    細胞のなかでは、タンパク質、DNA、RNA、脂質、多糖などの構成分子の合成と分解が絶えず進行しています(代謝回転)。
    タンパク質の合成は、アミノ酸の脱水結合反応で、その逆の反応は加水分解によるアミノ酸までの分解です。
    ひとつのアミノ酸のカルボキシル基(-COOH)と、次のアミノ酸のアミノ基(-NH2)から1分子のH2Oがとり除かれるとペプチド結合(-CO・NH-)が生まれます。この反応が数十回から数千回も繰り返されるのがタンパク質合成のプロセスで、加水分解では水分子が導入されています。右の図でわかるように、H2O分子が出たりはいったりしているのです。
    ヌクレオチドと核酸(DNA、RNA)との間にも、脂肪酸およびグリセリンと脂肪でも、単糖と多糖とでも、脱水結合と加水分解による合成と分解であり、水は反応の場をつくる媒質というだけでなく、反応物質にもなっています。水がなくては生命活動は成りたちません。
    細胞内でH2Oがかかわる反応はいろいろで、加水反応と脱水反応は基本です。脱水反応と加水反応が連続すれば、水の出入りはないともいえるので反応式には書かれないのがふつうです。
    脱水反応では、化合物のなかから水素(H)と酸素(O)または水酸基(-OH)が奪われて水(H2O)が生じます。

    疎水性と親水性

    水分子と水素結合しない疎水基をもつ物質は、水に溶けにくい性質(疎水性)を示します。
    メチル基(-CH3)やパルミチル基(-C15H31)のように、おもに炭素原子(C)と水素原子(H)とでできている原子団は疎水基です。
    疎水性物質は、H2O分子がつくるネットワークの中に追いやられます。分子の中に親水基と疎水基の両方をもっていると、疎水基は水を避けて内部に、親水基は表面に出てH2O分子と水和しようとします。また疎水性どうしは集まろうとします。球状タンパク質の立体構造はこのような理由で自然に形成されてゆきます。ポリペプチド鎖で並んでいるアミノ酸に親水性と疎水性があるのです。

    両親媒性

    分子中に親水基と疎水基の両方をもっている分子は、水中では自然に集合してミセルとよばれる構造をつくります。これは水分子が自由な熱運動をしようとして疎水基を排除するためつくられる構造で、生体膜の主成分であるリン脂質はその例です。
    リン脂質分子が水中でつくる集合の形がミセルですが、リン脂質2分子層が横にひろがると両端の疎水部は閉じて小さな球の形(小胞という)になります。この構造は脂質(リポ)の小胞(ソーム)という意味のリポソームとよばれるもので、細胞膜や細胞小器官などの生体膜の主要な構成成分となり、物質のとり入れやシグナル伝達などの細胞機能を担っています。

    水分と健康の関係

    体水分のホメオスタシス

    体内にとり入れられる水分と、体外に出される水分の量とのバランスは水分バランスといわれ、大きく変動しないよう調節されています。
    体内水分量のホメオスタシスは、記憶や集中力などの認知機能や身体活動のレベルに影響するばかりでなく、電解質のバランスを介して、便通異常や高血圧、冠動脈疾患、脳梗塞、尿路感染症、呼吸器疾患、胆石、緑内障などの疾患に関連しているというのです。
    腎臓が水分・電解質バランスの調節にはたらいていますが、飲水行動は必ずしも適切にはおこりません。食環境や嗜好などに影響されており、過剰になる場合が少なくありません。
    口渇という飲水行動へのサインに対する反応は、生理的ストレスで鈍感になります。また加齢にともなって口渇感が低下し、自由飲水がおこりにくくなります。高齢者では筋肉量が減少することで体内に保持する水分量が減少しており、腎臓の再吸収能の低下や利尿剤の使用、下剤の使用などが脱水状態へのリスクになります。

    脱水と水中毒

    水分と電解質バランスの障害は、生体に水分脱失(脱水)という状態をもたらすことがあります。
    水分不足が主で、電解質の減少はさほどではない場合は“水欠乏性脱水”で、口渇感が強く尿量は少なくなり高度に濃縮されます。これに対して以前は水中毒といわれた“食塩欠乏性脱水”では、ナトリウムと塩素の欠乏が主症状で、尿量は大きく減少しません。
    体内水分は体液や細胞間質に多くあるので、その量が減ると浸透圧の変化によって細胞内部から水分がひき出されます。
    食塩欠乏性の場合は、体液や細胞間質から細胞内への水の移動がおこります。
    水の移動で細胞の容積が変化すると、内部での水和の状態が変わり、小器官の機能や代謝に影響が及びます。
    例えばミトコンドリアでは、脱水によってATP合成の能率が下がるのです。
    ミトコンドリアは外膜と内膜の二重の膜でつくられた構造で、外膜と内膜の間は、タンパク質や糖や、各種ミネラル(Na、K、Mg、Ca)のイオンと水和した構造水で満たされており、産生されたATPも水和しています。構造水とは、分子中の親水基と結びついて熱運動を制限された状態の水をいいます。
    細胞の容積が15%増加すると、タンパク質分解は25%抑制されるといわれます。細胞質が収縮すると代謝における異化が促進されるというのです。(細胞膨張説)。
    収縮したミトコンドリアでは酸素の消費量が低下していることが確かめられました。
    低Na血症では細胞内へ水の移動により細胞は膨張し、高Na血症では細胞は萎縮します。
    腎臓や脳細胞などの細胞膜には水の通り道となるチャネルがあり、アクアポリンとよばれています。アクアポリンはペプチド鎖でつくられた構造で、血液・脳関門にもあり、虚血やATP不足により生じる脳浮腫では、その状態を改善する役割をしています。

    体内のゲル構造

    体液中の水は水溶液の状態ですが、細胞内や細胞間質では、タンパク質や多糖などの高分子の存在によりゲル状態にあります。
    ゲルとは、高分子が架橋してつくる網目構造のなかに溶媒がはいりこんで膨潤したもので、溶媒が水の場合にはハイドロゲルといいます。コンニャク、豆腐、寒天などの食品はその例です。
    細胞間質では、グルコサミノグリカンとプロテオグリカン分子の網目に水がとりこまれたゲルですが、丈夫なタンパク質であるコラーゲン線維によってはばまれ、自由な動きができません。
    グルコサミノグリカンは、ヒアルロン酸やヘパラン硫酸、コンドロイチン硫酸などの長い糖鎖で、たいていタンパク質と結合してプロテオグリカンを形成しています。
    グルコサミノグリカンは、Na+などの陽イオンをひきつける性質によって水和量の大きいことが特徴です。
    関節の軟骨はこのゲル構造をもち、運動による衝撃から骨を守るクッションとしてはたらいています。

    浮腫 - ゲルの膨潤

    ゲル構造は水を吸収すると膨潤します。細胞間質の水分量がふえておこるゲルの膨潤が浮腫です。
    通常、細胞間質へは毛細血管から少量の水が流入し、リンパ管から排出されています。この流入と排出のバランスがくずれて流入する水分が上回ったとき浮腫が生じます。
    毛細血管の内圧が高まれば、細胞間質への水の移動が増加して、ゲル構造を膨潤させます。反対に大量出血などで血液量が減少すると、毛細血管内の圧が低下して、細胞間質から血管内へと水が移動し、ゲルは収縮します。
    浮腫は炎症にともなって生じることがあります。炎症ではタンパク質やグルコサミノグリカンを加水分解する酵素が放出されるため、ゲル構造が変化します。ゲル構造は周囲のイオン濃度やpHの変化によっても変わります。
    炎症の場では、毛細血管の透過性が高まることが知られています。
    毛細血管壁は、内皮細胞が一層に並んでいて、細胞と細胞の間隙が物質の輸送路になっています。
    この間隙はただの孔ではなく、ゲル構造のマトリックスになっています。ゲルの網目の大きさによって、物質の透過性が変えられるしくみです。

    加齢と水の状態

    加齢にともなって、細胞内の水の状態が変化し、構造水が増加して、代謝速度がおそくなるとされています。自由水の減少が各臓器の萎縮の一因であり、機能低下を招くというのです。

    メグビーインフォメーションVol.366「Essential Molecular Nutriology 生命と水の科学」より

  • 無機栄養素の特性

    無機栄養素の特性

    人体とミネラル

    人体を構成している元素の約97%は、酸素、炭素、水素、窒素が占めています。残りの元素はカルシウム、リン、カリウム、ナトリウムなど、地殻中にみられるものですが、その存在量はいろいろです。
    酸素、炭素、水素、窒素を除いた無機元素でヒトに必須とされるものをミネラルといいます。
    ミネラルの99%以上がカルシウム、リン、カリウム、イオウ、塩素、ナトリウム、マグネシウムの7元素で、鉄、亜鉛、銅、マンガン、ヨウ素、モリブデン、クロム、コバルト、セレンの9元素がつづきますが、全部をあわせても存在量は0.01%以下と微量です。
    右の図は、ミネラルの総和を100とした場合の各元素の存在比を示しています。
    微量元素のなかには、フッ素、ケイ素、ニッケル、バナジウムなど、ヒトへの必須性が確認されていないものを含めています。

    ミネラルの役割

    人体内の存在量が比較的多いミネラルは、骨形成や、電解質として浸透圧や酸・塩基平衡の調節、代謝の調節、神経や筋の機能、免疫機能にかかわっています。
    リンとイオウおよび鉄以下の微量元素は、タンパク質や核酸、ビタミンなどの有機化合物の構成成分として、遺伝子発現や代謝、シグナル伝達という生命維持システムに参加しています。
    人体を構成している元素のうち、タンパク質や脂質や核酸などの有機化合物の基本構造をつくる4種の元素(主要元素:O、C、H、N)を除いた必須元素のリストをみると、ナトリウム、カリウム、カルシウム、塩素、マグネシウム、リン、イオウ(準主要元素:Na、K、Ca、Cl、Mg、P、S)および鉄、亜鉛、銅、セレン、ヨウ素、コバルト、クロム、マンガン、モリブデン(微量元素:Fe、Zn、Cu、Se、I、Co、Cr、Mn、Mo)が並びます。
    このうち塩素、ヨウ素、セレン、イオウ、リンを除くと、すべて金属元素に属しています。

    金属の必須性

    金属という語は、カドミウムや鉛や水銀などの重金属による公害事件の記憶から誤解されましたが、金属のもつ化学的性質(電子の授受など)が、酵素などのタンパク質の構造や機能になくてはならないことが明らかになっており、栄養素として位置づけられています。

    ミネラル間の相互作用

    各ミネラルの間には、吸収や代謝や生理作用における相互作用のあることが知られています。
    例えば、マグネシウムが平滑筋細胞へのカルシウムのとり入れに拮抗して、神経活動や筋肉の収縮にかかわっていることや、カリウムが腎尿細管でのナトリウム再吸収を抑制して、尿への排出量をふやすことが知られています。
    吸収時でのミネラルの拮抗による阻害作用については、カルシウムとリン、カルシウムとマグネシウム、カルシウムと鉄・亜鉛、亜鉛と銅など複雑な関係があります。
    その一方、リンの吸収にナトリウムを必要とする経路があります。
    ミネラルの体内輸送システムが次つぎと明らかになっていますが、亜鉛の輸送体メタロチオネインは、銅も運びます。メタロチオネインは金属イオンの結合能により、重金属を捕捉する防御タンパクとして注目されました。
    ミネラル間の拮抗作用では、セレンと水銀の関係があります。セレンと水銀は互いにそれぞれの毒性を軽減するのです。
    ヘモグロビンなどの成分であるヘム鉄を合成する反応には、銅タンパク質(フェロオキシダーゼ)が必要なので、鉄の供給がじゅうぶんであっても銅の不足で栄養性貧血がおこります。

    ミネラルの吸収

    ほとんどのミネラルは小腸上部で吸収されます。吸収率はいろいろであり、また同時に摂取される食品成分や年齢などの条件にも影響されるので摂取上の注意が必要とされています。
    食品中のミネラルは塩の形態をとって不溶性になっているものが少なくありません。化学用語の“塩”は、金属イオンやアンモニウムイオンのような陽イオンが、酸の分子中にある陰イオンと結合して生じる化合物をいいます。
    不溶性の塩は消化管内で可溶化(イオン化)されて吸収されることになります。
    そこで可溶化をすすめるようにはたらく食物成分などは、ミネラルの吸収を助けることになり、塩の形成にかかわるものは吸収阻害因子になります。
    乳糖、オリゴ糖、ペプチド、有機酸などは吸収促進因子で、フィチン酸やシュウ酸や食物繊維はその反対にはたらきます。
    抗生物質や抗菌剤、骨吸収抑制剤などは、カルシウム、マグネシウム、鉄、亜鉛とキレート化合物をつくります。キレートとはギリシア語の“カニのはさみ”をいい、分子のなかに金属イオンをはさむようにつかまえた構造をつくります。キレート化合物をつくると、薬剤自身の吸収率も低下します。

    遺伝子と金属イオン

    遺伝情報の伝達にかかわるタンパク質の多くは亜鉛含有タンパクで、DNAやRNAと結合する構造をもっています。
    核酸と作用する部分は“ジンクフィンガー”とよばれる特殊な構造(右図)で、タンパク質中のシステインがもつSH基(チオール基)に亜鉛イオンが結合しており、これが転写因子機能などのもとになっています。
    重金属から生体を守る役をするタンパク質のメタロチオネイン遺伝子の転写をはじめ、発ガン物質や熱や紫外線などで誘導されるヘムオキシゲナーゼ(ヘムを分解する酵素)遺伝子の転写にも、ガン抑制遺伝子P53の転写にも亜鉛がかかわっています。
    DNAの二重らせん構造には、金属イオンが役立っており、マグネシウム、銅の存在によってその構造が安定することや、亜鉛不足ではDNA合成が低下することが知られています。
    DNAのヌクレオチド100個に対して、金属イオンが1個の割合で結合していると、放射線照射によるDNA損傷を防ぐことができるという報告があります。
    DNA合成を仕事とする酵素DNAポリメラーゼは、キレート剤で亜鉛を除去すると活性が失われてしまいます。

    活性酸素と金属イオン

    生体は酸化ストレスに対応する防御システムとして、活性酸素除去酵素をもっています。
    活性酸素除去酵素には、スーパーオキサイドディスムターゼ(SOD)や、グルタチオンペルオキシダーゼ、カタラーゼなどがあります。
    SODの活性部位には、銅、亜鉛、マンガン、鉄があり、グルタチオンペルオキシダーゼは、セレンが活性中心のセレン酵素です。
    血中で銅を運ぶタンパク質のセルロプラスミンも抗酸化機能をもち、とくに血管内での役割が認められています。
    酸化ストレスや小胞体ストレスや炎症によって、血清中の亜鉛濃度が低下します。これは肝臓でのメタロチオネイン合成がさかんになったためといわれています。
    生体のストレス応答として、ストレスタンパク質をつくることが知られています。ストレスタンパク質は、分子シャペロンとしてはたらき、変性したり凝集したりした異常タンパクを分解したり、フォールディング(折りたたみ)をし直したりして、細胞内の状態を正常化してアポトーシスを防いでいます。このストレスタンパク(HSP)が亜鉛により誘導されることも確かめられました。

    免疫と微量元素

    リンパ球の増殖・分化に亜鉛が必須であり、DNAやRNA合成効果もあわせて、免疫システムの維持を助けます。
    亜鉛、鉄、銅、セレンの不足は、T細胞の機能低下、マクロファージの機能抑制やアポトーシスなどにより、免疫力を低下させます。

    生命をつくる金属

    金属とイオン

    電気的に中性な原子や分子が、電子を失ったり獲得したりすると、電荷を帯びた粒子が生じます。電荷とは物質がもっている電気の量で、正のものと負のものとの2種類があります。
    正電荷はプラス(+)の符号であらわし、負電荷の符号はマイナス(-)です。同じ符号同士は反発し、異なる符号の電荷同士は互いに引きあう関係にあります。
    電子を失ったり得たりしてイオンになることをイオン化または電離といいます。 イオンの電荷数は、化学式の右上に電荷の符号をつけてあらわします(下表イオンの欄参照)。
    元素は、その原子構造により、どのようなイオンになりやすいかが決まっています。
    ナトリウム(Na)やカリウム(K)は、アルカリ金属元素に属し、このなかまは1価の陽イオンになりやすく、イオン型(Na+、K+)で体液中に存在しています。
    塩素やヨウ素は、1価の陰イオンになりやすいハロゲンに属します。
    遷移元素に分類される元素が鉄(Fe)、銅(Cu)、マンガン(Mn)、クロム(Cr)、コバルト(Co)で、亜鉛(Zn)は遷移元素ではないが、化学的性質がよく似ています。
    遷移元素では、同じ元素の原子のイオン価が複数あり、いろいろの陰イオンや中性の分子と結合して錯体をつくるという特徴があります。
    錯体とは、1個の原子やイオンを中心に、別の原子や分子やイオンが結合した物質で、ヘモグロビンはその例です。
    赤血球につまっているヘモグロビンは、3価の鉄イオン(Fe3+)を中心とする錯体です。

    遷移金属イオンと錯体

    遷移金属イオンは、生理的なpHのもとで触媒としてはたらいたり、フリーラジカルを安定化したりと、生命活動に重要な役割をすることが知られています。
    酸化還元反応での電子のやりとり(電子の移動)には、鉄や銅やマンガンなどの遷移金属が役立っています。上表にあるSOD(スーパーオキサイドディムスターゼ)は、前述のようにスーパーオキサイドという活性酸素を消去する酵素ですが、その活性を銅、マンガン、鉄および亜鉛が受けもっています。
    コバルトイオン(Co3+)の錯体に、ビタミンB12があります。ビタミンB12は造血や核酸合成を促進し、神経変性を防ぎ神経伝達物質の減少を抑制します。

    鉄のホメオスタシス

    鉄イオンは2価(Fe2+)と3価(Fe3+)が安定な状態であり、鉄をもつ酵素は、すべてFe2+とFe3+の間の変換を利用する酸化還元酵素です。
    原始の大気中には酸素がほとんどなく、海中にはFe2+が大量にありました。生命が誕生した時期の地球はそんな状態だったのですが、ラン藻類が光合成により酸素をつくりはじめると、海中の鉄が不溶性の酸化鉄になり底に沈殿したため、海水の鉄濃度は急激に減少してゆきました。
    やがて陸上へ進出した生命体にとって、大気中の酸素がふえ、鉄イオンが減少する状況に適応して、鉄に対するホメオスタシスのシステムをもつ必要がありました。それが体内に貯蔵した少ない鉄を繰り返して利用する一方、決まった排出機構をもたず、吸収量を制御することで過剰を防ぐというシステムでした。
    体内の鉄の量が過剰になると、吸収が抑えられるのです。

    鉄センサーのしくみ

    細胞内には、鉄制御因子とよばれるタンパク質が存在し、鉄の量に応じて鉄代謝にかかわる分子の遺伝子発現を調節しています。
    鉄の不足が生じると、トランスフェリン受容体をふやして鉄のとりこみを促進し、鉄輸送体タンパクによる腸管からの吸収も促します。その一方で鉄の放出を受けもつ輸送体の作用を抑制するのです。
    個体レベルでは、鉄の吸収部位である十二指腸の上皮細胞がもつ吸収率調節機構と、腸と肝臓が協調するシステムがあります。
    肝臓から分泌される鉄代謝調節ホルモンヘプシジンは、鉄が過剰なとき、鉄輸送体遺伝子の発現を抑制して、腸管からの鉄のとりこみと、鉄を貯蔵している網内系細胞からの放出を抑えます。網内系細胞は、古くなった赤血球を貪食するので内部に鉄をためており、ヘモグロビン合成に再利用させています。

    鉄代謝の変化と病態

    近年、鉄代謝での問題点は、鉄欠乏性貧血ばかりでなく、動脈硬化や糖尿病、ウイルス性肝炎やアルツハイマー病、パーキンソン病などの疾患が、体内の鉄過剰に関係しているという仮説があらわれました。
    鉄は生体の酸化ストレスにおいて、見逃せないかかわりをもっています。
    鉄イオン(Fe3+)は、活性酸素スーパーオキサイドによりFe2+に還元されます。過酸化水素がFe2+によって還元されると、最強の活性酸素ヒドロキシルラジカルが生じます。
    通常イオン化鉄は、細胞外ではトランスフェリン、細胞内ではフェリチンに結合していて、ラジカルの生成には参加しないよう阻止されています。ところがトランスフェリンの鉄結合能を上回る状態が生じると、遊離の鉄が肝臓や心臓などにとりこまれて、酸化ストレスをひきおこすというのです。
    先ごろカロリー制限による老化抑制の実験が話題になりましたが、そのとき鉄代謝についての興味ある報告がありました。
    20年間、30%のカロリー制限食を与えられたサルは、通常食をつづけたサルと比較して摂取した鉄の量は同じであるにもかかわらず、脳内の鉄沈着が明らかに少なかったというのです。鉄はトランスフェリンによって血液・脳関門を通って移行しますが、そこに摂取カロリーが影響しているという結果でした。鉄の生体内での動きはこれから明らかになってゆくでしょう。

    メグビーインフォメーションVol.365「細胞生物学と栄養学7 ミネラルの新栄養学」より

  • ビタミンの特性と役割

    ビタミンの特性と役割

    13種のビタミン

    食物成分として摂取される栄養因子のうち、従来の栄養学において研究対象になってきたのが五大栄養素でした。
    五大栄養素のうち、糖質、脂質、タンパク質、とミネラル類以外の有機化合物がビタミンです。
    ビタミンは13種類ありますが、よく知られているようにその発見は約100年前にさかのぼります。
    その発見史は、脚気やペラグラ、壊血病、夜盲症、貧血、皮膚炎など、さまざまな病気とのかかわりから、その必須性に気づかれていったことを示しています。
    そのためか、それぞれに特徴的な病状があらわれない場合、各ビタミンの不足はないという考え方がないではありません。
    ビタミン類は、その生理的な必要量がミリグラム(mg)あるいはマイクログラム(μg)と微量です。そして必要量には遺伝的要因や、生分子レベルでみる人体と生活環境においてのストレスや汚染物質、医薬品や嗜好品の存在、加齢、運動や食習慣などのいろいろの因子が影響するので、潜在的な欠乏状態を生じる可能性は小さくないのです。
    さらに、13種類のビタミンの化学的性質や生体分子との相互作用などがわかってくると、その栄養ネットワークのなかでの位置づけによって、それぞれの摂取量への配慮が重要になってきました。

    ビタミン類の特性

    13種類のビタミンは、9種類の水溶性ビタミンと4種類の脂溶性ビタミンに分類されていますが、それぞれの化学構造の成りたちに共通性はありません。
    共通する性質は不安定性です。ビタミン類はそれぞれの化学的性質から、熱や光や酸・アルカリなどで変性したり分解したりなどの弱点をもっているので、貯蔵や調理のしかたで食事による摂取量が変わる場合があります。

    生体システムでの役割

    三石理論における重要なキーワードが“フィードバック調節”です。
    フィードバック調節とは、自動制御の形式であり、生物はこれによって環境の変化に対応しつつ進化しました。
    ヒトゲノムの解析が終了し、DNAにおいてタンパク情報をもつ遺伝子の割合は2%ほどでしかないことがわかりました。そして残りの大部分は、“タンパク情報をいつ、どの程度に使いはたらかせるのか”を決める調節にかかわる塩基配列であり、この部分が進化のプロセスで複雑化してきたというのです。それによって生存に有利になりました。
    生体の維持は、外界から情報と物質をとり入れ、代謝を営み、ホメオスタシスを継続することで成りたっています。この営みはエネルギー獲得により保障されています。
    これに加えて、システムを乱す負の要因があります。病原性をもつ微生物や代謝をさまたげる毒性物質、生体物質を酸化や糖化に追いこむ化学反応や、システムの不調を招くメンテナンスの不備などへの対応は怠るわけにゆきません。
    ここに挙げたのは、生体システムのサブシステムです(上図参照)。そのどれにもビタミンが役割をもっています。

    代謝とビタミン

    生命活動に用いられるエネルギーはATP(アデノシン3リン酸)分子に貯えられている化学エネルギーであり、細胞内で自家生産しなければなりません。それはグルコースにはじまり、脂肪酸やアミノ酸も原料にしていくつもの化学反応をつないだ経路(エネルギー代謝)で、おもにミトコンドリアで進行します。
    エネルギー代謝は解糖系とよばれる第一段階とTCAサイクル(クエン酸回路)と電子伝達系とが連動するしくみですが、これを動かす役の酵素には決まった協同因子が必要です。
    酵素が作用するのに欠かせない協同因子は補酵素とよばれており、エネルギー代謝の場合その全体にわたってB群ビタミンが動員されています。その顔ぶれはB1・B2・B6・B12、ナイアシン、葉酸、ビオチンおよびパントテン酸で、これに別の経路(脂肪酸利用のためのオルニチン合成)でのビタミンCが加わります。
    ビタミンCは、結合組織成分のコラーゲンを完全な構造に仕上げる酵素を助ける協同因子でもあり、ビタミンKは血液凝固や骨形成に不可欠のグラタンパクをつくる酵素の補酵素です。
    B群ビタミンのそれぞれは、アミノ酸や脂肪酸などの栄養成分の代謝(分解、合成、変換する)にも持場があります。葉酸は核酸塩基の合成を助けています。
    8種のB群ビタミンとビタミンCは水溶性ビタミンに属し、ビタミンA、D、K、Eが脂溶性ビタミンに分類されています。

    新しい機能の発見

    補酵素としてのはたらきのほかに、近年ビタミン類に新しい機能が見出されてきました。そのなかで特筆すべきものとして遺伝子発現へのかかわりがあります。
    脂溶性ビタミンのA・D・Kは、それぞれが特異的に結合する核内受容体があり、その複合体は遺伝子発現を開始させる転写因子としてはたらくことが知られています。
    ステロイドホルモンも同じように核内受容体を介してホルモン作用をあらわすのですが、そのなかのある種のものに、ビタミンB6による抑制作用のあることが知られているほか、ビタミンB12やナイアシン、ビオチンにより活性化されたり抑制されたりするなどの例が、次つぎと報告されるようになってきました。

    調節制御システム

    環境に適応するための情報収集は生存の重要な条件にちがいありません。
    からだは眼や耳などの感覚器官で外部情報を集め、各細胞に伝え適切な応答をひきおこします。外部のさまざまな刺激や変化を感知するセンサーと、それを伝達するシステムの連携があり、遺伝子発現を制御するという流れが複数あり、重なりあって進行するのです。
    外部環境の光・音・温度などの物理的刺激やさまざまな化学物質がもつ化学的刺激は、感覚細胞により受けとられます。
    視覚におけるビタミンAの役割はよく知られていますが、嗅覚や聴覚の維持にもこのビタミンが欠かせません。
    細胞表面にはシグナル分子を識別する受容体タンパクが用意されています。
    嗅覚細胞は、それぞれが1種類の匂い受容体を備えていて、ある刺激に対応して、そのいくつかが組み合わせられ活性化して、多種類の匂いをかぎわけるしくみです。
    ヒトの遺伝子には孤立遺伝子とファミリーをつくっているものとがあり、後者は遺伝子重複によって生まれたとされています。
    ファミリー遺伝子のなかで最大のものは、受容体タンパクと、ジンクフィンガータンパクのなかまです。
    ジンクフィンガータンパクは、4個の亜鉛をもっており、ホルモンや脂質のセンサーでもあり、転写調節タンパク質でもあります。
    亜鉛とビタミンAとは、欠乏したときあらわれる症状には重複するものが多く、糖タンパクの合成低下やDNA・RNAの合成低下がその原因と考えられています。

    抗酸化ビタミン

    センサーから核までの伝達系で運ばれるシグナルはタンパク分子であり、構造を変えることで別のシグナルとなり、伝達システムを構成するタンパク質の間をつないでいます。
    この流れのなかでのシグナル分子の変化には活性酸素により酸化されて酸化型になるケースがあります。酸化型になって活性を失うと、それが次のステップを抑制するシグナルになるという具合です。
    ここでは生体機能に活性酸素の性質が利用されていますが、体内での活性酸素の発生は合目的的におこるとはかぎりません。
    よく知られているように活性酸素を含むフリーラジカルは、エネルギー代謝や薬物代謝や虚血・再灌流や免疫応答にともなって、しじゅう発生しています。それが核酸やタンパク質や脂質などを傷害する毒性を発揮します。
    毒作用の回避のために、からだはその消去酵素やグルタチオンなどの抗酸化物質を備えていますが、それがじゅうぶんではないとき酸化ストレスとよばれる状態が生まれます。
    ビタミンのうちで、ラジカルを捕捉して酸化ストレスの発生を防ぐものを“抗酸化ビタミン”とよんでいます。
    ビタミンEは代表的な脂溶性抗酸化ビタミンであり、水溶性のビタミンCとの併用で効率よく体成分を守ります。
    ビタミンA(レチノール)およびプロビタミンAのβカロチンにも抗酸化作用が認められており、ユビキノン(CoQ10)もまた、膜脂質の酸化を抑制する一方、酸化型ビタミンEの再生に役立つ抗酸化グループの一員です。

    システム生物学のビタミン観

    遺伝子発現の調節

    21世紀にはいり、ヒトゲノムプロジェクトが進展すると、ゲノムは外界からの情報によって後天的に修飾され、個体の一生を通じて複製されていることがわかりました。この現象はエピジェネティクスといわれ、後天的修飾をうけたゲノムをエピゲノムといいます。
    エピゲノムは、DNAのメチル化やヒストン(DNAが巻きついているタンパク質)のメチル化などの化学修飾でつくられています。
    メチル化とは、メチル基(CH3)がリジンなどの分子に付加されることをいいます(右図)。
    DNAやヒストンのメチル化にはアミノ酸メチオニンのほかに、葉酸、ビタミンB6・B12やコリンが必須といわれており、その他の化学修飾にはナイアシンやビオチンがかかわるなど、ビタミンの新しい機能が見出されてきています。
    B群ビタミンの基本的な機能は補酵素作用ですが、遺伝子発現の調節制御という持場でも活躍しているのです。
    ビタミンB6は、グリケーション(糖化)という生体分子に生じる病的な反応を抑制する機能が注目されています。

    糖化ストレス

    タンパク質分子は合成されたのちに、小胞体で糖鎖が付加されて糖タンパク質になるものが少なくありません。この場合は酵素がはたらく合目的的な反応ですが、生体内では非酵素的なタンパク質の糖修飾が生じています。
    それによって酵素タンパクや構造タンパクが変性し、糖化ストレスがおこってきます。
    糖化ストレスはAGEと名付けられた非酵素的糖化での生成物が組織に蓄積して、疾患や老化を促進する状態です。
    腎臓は、血中に生じたAGEを排出する器官ですが処理しきれないケースがあり、蓄積されると機能低下がおこるのです。
    腎機能低下にともなって糖化ストレスが亢進するという悪循環におちいることになってしまいます。
    からだは、AGEの前駆体物質(カルボニル化合物)を消去する酵素をもっていますが、加齢とともにその活性が低下してゆきます。
    ビタミンB6はカルボニル化合物と結合してAGEの生成を抑制し、腎からの排出を促進します。ビタミンB2もまた糖代謝につながるAGE生成の経路を抑えるといわれています。
    糖化ストレスは、酸化ストレスや小胞体ストレス(異常タンパクの蓄積)の間で、引き金になりあうという、トライアングル(三角形)を形成しています。
    セロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリン、GABA(γ-アミノ酪酸)などの神経伝達物質による脳機能の維持および末梢神経の障害予防にも、B群ビタミンがはたらいています。
    また睡眠障害の改善にビタミンB12が有効とする報告や、パントテン酸の腸管運動促進による便秘の改善、ビオチンには難治性皮膚炎(乾癬やアトピー性皮膚炎など)への治療効果などがあります。そしてこういう事例での摂取量は「食事摂取基準」として示されている数値にくらべて大量です。
    例えば睡眠改善でのビタミンB12は推奨量が1日に2.4μgに対し、1.5~3mgという具合です。大量摂取により新たな機能があらわれてくることになるでしょう。
    ある物質のもつ栄養効果を考えるとき、生体システムは複雑性の原理に従う存在であり、非線形性を特性としています。
    複雑系では、原因と結果とが比例する線形関係ではなく、小さな原因であっても結果が大きく変わる非線形性を示します。また多くの要素が協同する相互作用によって、異なる結果にゆきつくこともあるのです。

    ビタミン摂取の考え方

    『日本人の食事摂取基準(2010年版)』は、年齢別、性別、ライフステージごとに、各栄養素の必要量について述べている提言で、推定平均必要量・推奨量・目安量や許容上限量などの用語を用いています(左下図)。
    ビタミンの項をみると、すべてに目標値が設定されていません。目標値とは、“生活習慣病の一次予防の目的”としており、目安量は“一定の栄養状態を維持するのにじゅうぶんな量”、推奨量は“ほとんどの人が充足している量”と説明されており、結局この規準は“欠乏症にならないため”という古典栄養学のパラダイムにとどまっています。
    一方、基準値を超えた大量投与が、虚血性疾患やガンなどの病気発症を防いだり、病態を改善する例が報告されていますが、その場合は栄養効果ではなく薬理効果あるいは保健効果とされています。
    生体システムの運営にとって、栄養ネットワークのなかでのビタミンの位置づけは、ヒトを複雑系とみる新しい視点によって明確にされるでしょう。

    メグビーインフォメーションVol.364「細胞生物学と栄養学6 ビタミンの新栄養学」より

  • 脂質の代謝と生理機能

    脂質の代謝と生理機能

    2種類の脂肪組織

    脂肪細胞の集団である脂肪組織は、体内にひろく分布しています。通常は皮下や腹腔内、骨格筋や血管の周囲、乳腺に多い白色脂肪組織を指しており、成人では少なくなってしまう褐色脂肪組織と区別しています。
    褐色脂肪組織は、胎内で発達し、誕生時にもっとも多くなって、出生にともなう急激な環境温度の低下に対応しているとされています。
    白色脂肪はよく知られているようにエネルギーを貯蔵し、褐色脂肪はエネルギーの消費をするという相反する役割をしています(右下図参照)。
    白色脂肪も褐色脂肪も、細胞内の中性脂肪から脂肪酸をつくりますが、前者はそれを血中に出して全身に供給するのに対し、後者は細胞内部で酸化して生じるエネルギーを熱に変えているのです。
    褐色脂肪細胞のミトコンドリアには、UCP(脱共役タンパク質)が陣どっていて、エネルギー物質ATPの代わりに熱をつくっており、これは散逸させられてしまいます。
    寒冷刺激は交感神経を介してUCPを活性化し、体温維持を助けます。
    近年、褐色脂肪細胞は、食物を摂取したときにおこる“食事誘発性熱産生”にかかわっており、その機能低下が肥満の一因になるといわれるようになりました。

    肥満の問題

    体脂肪の蓄積は、生体にとって合目的的な生理現象ですが、過剰に生じた場合、高血圧や糖尿病などの発症リスクになるとされており、肥満はそれ自体が生活習慣病であるとまでいわれています。肥満にかかわる遺伝子や分子の知識が正しい体重調節に役立つでしょう。

    脂質の機能

    脂肪組織に蓄積する中性脂肪(トリグリセリド)は分類上、単純脂質に属しています。
    脂質は単純脂質と複合脂質とに大別されますが、前者には脂質の加水分解で生じる脂肪酸やステロイドを加えており、後者ではリン脂質や糖脂質があります。
    複合脂質は、分子中にリン・イオウ・糖などが含まれており、なかでもリン脂質は生体膜を構成する主要成分として重要です。
    脂質の機能の第1が効率のよいエネルギー源であり、第2が生体膜成分としてその機能を担うことですが、3番目に挙げられるのがステロイドホルモンや脂溶性ビタミンや、脂質メディエーターと総称される多彩なシグナル分子のはたらきです。
    細胞膜中のリン脂質からは、プロスタグランディン(PG)やロイコトリエン(LT)や血小板活性化因子(PAF)などの、炎症やアレルギーにかかわる生体反応をひきおこすシグナル伝達分子がつくられています。
    リン脂質はまた、血清リポタンパク質として血中での水に溶けない物質の輸送体の役割をもっており、その動態が健康指標になっています。

    脂質の代謝

    リン脂質にはアラキドン酸のような多価不飽和脂肪酸が組みこまれていて、これが生体膜の流動性のもとになったり、酵素により切り出されて各種脂質メディエーターに変換されたりするのです。
    からだは、脂肪酸やコレステロールを合成したり分解したりする基本的な代謝システムを備えていますが、必要量を合成できない脂肪酸があります。そのため食事によってとり入れなければならないのが、リノール酸、アラキドン酸、α-リノレン酸、エイコサペンタエン酸およびドコサヘキサエン酸という多価不飽和脂肪酸のなかまで、必須脂肪酸とよばれています。
    ただしアラキドン酸はリノール酸からつくられ、エイコサペンタエン酸(EPA)とドコサヘキサエン酸(DHA)とはα-リノレン酸から変換する反応があるので、重要な必須脂肪酸はリノール酸とα-リノレン酸ということになります。
    摂取したリノール酸やα-リノレン酸は、主に肝臓でより鎖が長く(つながっている炭素の数が多い)、不飽和度が高い(二重結合が多い)ものへと変換されます。
    リノール酸からアラキドン酸へと流れる反応経路を“n-6系列”といい、α-リノレン酸からEPAを経てDHAへゆく経路は“n-3系”といわれます。
    n-3系とは、脂肪酸分子の基本構造(右上図)で、メチル基(CH3)末端から数えて3番目の炭素に最初の二重結合がある脂肪酸であり、同じく6番目のものがn-6系というわけです。
    n-3系とn-6系多価不飽和脂肪酸とからつくられるDGやLTは対照的にはたらくものが多く、摂取量によって免疫反応の増強や抑制などさまざまな効果があらわれてきます。

    核内受容体と脂質

    ペルオキシソームという名の細胞小器官は、長鎖脂肪酸の酸化や、心筋や脳のリン脂質の成分を合成するはたらきが知られています。
    1990年に、ペルオキシソームを増加させる因子(ペルオキシソーム増殖活性化受容体)が発見されました。
    ペルオキシソーム増殖活性化受容体は、英語名からPPARと略記され、α、δ、γの3型があります。ペルオキシソームを増やす作用をもつ因子によって活性化する核内受容体です。
    核内受容体は、ステロイドホルモン、レチノイン酸、脂肪酸、胆汁酸などの脂溶性物質が結合することにより活性化されて、核内で種々の遺伝子の転写を調節する転写因子のグループで、PPARはステロイド受容体スーパーファミリーに属しています。
    最初に発見されたPPARαは、肝臓、腎臓、胃、十二指腸に多く、γ型は脂肪組織や免疫系組織に、δ型は全身にというように発現しており、それぞれの遺伝子多型と、糖尿病やアテローム性動脈硬化や脂質異常症、ガンなどの疾患とのかかわりが注目されるようになりました。
    例えばアテローム性動脈硬化ではプラークとよばれる隆起が血管壁に生じますが、その内部のコレステロールを主体にした脂質コアが大きくなると軟らかくこわれやすくなります。
    プラークの破綻は、出血や血栓のもとになり心筋梗塞発症に至る場合もあります。
    PPARγはプラーク形成や炎症に抑制的にはたらくといわれています。

    コレステロール代謝

    コレステロール代謝もまた、核内受容体による調節を受けています。
    コレステロールは、リン脂質とともに生体膜の主要な構成成分であり、さらにリポタンパクやステロイドホルモン、胆汁酸、ビタミンDの素材となる脂質で、すべての細胞はコレステロール合成酵素をもっています。加えて細胞表面のLDL受容体を介して血液中のLDLをとりこみ、それに含まれているコレステロールを得て利用することもしています。
    細胞内のコレステロール濃度が上昇すると、合成が抑制され、細胞外からのとりこみも減少し、反対に細胞内濃度の低下で合成をすすめ、LDLとりこみもふやすというフィードバックがはたらき、恒常性が維持されるのです。
    細胞内で増加したコレステロールの一部が酸化された酸化ステロールは、核内受容体LXRに結合し、余分のコレステロールを細胞外へ排出するトランスポーターのタンパク質や、胆汁酸合成にかかわる酵素などの遺伝子発現をすすめます。
    胆汁酸と結合する核内受容FXRもあります。
    FXRの活性化は、胆汁酸トランスポーターのmRNA転写を促進し、コレステロール合成酵素の発現を抑えます。
    脂肪酸は胆汁として消化管へ出されて、小腸での脂質吸収を助ける役をしますが、その後、胆汁酸トランスポーターによって大部分が再吸収されます。この現象を“腸肝循環”といいます。ここで失われた分の胆汁酸合成のためにコレステロールが消費されることになります。
    胆汁酸分泌は、コレステロールを排出する唯一の代謝経路になっているのです。
    腸肝循環は、1日に何度も繰り返されており、再吸収されなかった胆汁酸は、大腸で腸内細菌により分解されて捨てられています。
    胆汁酸再吸収が抑制されている肉食動物は、血中コレステロール値が高くなりません。

    リン脂質の役割

    水に溶けない脂肪やコレステロールはタンパク質とリン脂質の複合体(リポタンパク)によって血中を運ばれます。
    胆汁中でもリン脂質はタンパク質・コレステロール・胆汁酸と複合体になって存在しています。

    脂質代謝と疾患

    肥満と肥満症

    肥満の基準としてBMI(体格指数)が用いられています。BMI(body mass index)の算出法は、BMI=体重(kg)/身長(m)2で、日本肥満学会の基準では、BMIが22になる体重を標準にしており、この場合に肥満にもとづく合併症がもっとも少なく、従って寿命が長いというのです。
    BMIはおもに先進国で採用されている指標ですが、どの数値を肥満と判定するかという点は統一されてはいません。それぞれの国で27~30以上の場合を肥満としており、日本では25にしています。
    その根拠は、BMIが25以上から糖尿病、脂質異常症、高血圧などの生活習慣病といわれる病態が急に増加することにあります。
    肥満とは単に体重が多いということではなく、白色脂肪組織が過剰というものですが、BMIすなわち体脂肪量をあらわしているわけではありません。体重と身長が同じであれば、筋肉量の多い人と脂肪量の多い人とで肥満の程度は同じと判定されることになります。
    肥満が原因となって、糖尿病、脂質異常症、高血圧、脂肪肝、睡眠時無呼吸症候群、腎機能障害、関節障害、月経異常、心血管障害といったさまざまな疾患を発症したり、将来その可能性が高い場合に「肥満症」と診断されます。
    肥満症治療では、摂取エネルギーを制限し、消費エネルギーを増加して、エネルギーバランスを変換させる生活習慣を基本にしますが、体タンパクは保持し、内臓脂肪を減少させることが重要になります。タンパク質およびビタミン・ミネラルの確保は必須条件といえるでしょう。

    低エネルギー食の問題

    エネルギー源としての糖と脂質の配分については、最近の研究では、メタボリック症候群の改善効果は、脂質制限よりも糖質制限のほうが高いと報告されています。
    食事のPFC比(タンパク質:脂肪:糖の配分比)では、古くから25:15:60が一般的でしたが、F(脂肪)とC(糖質)の比を変えて、体重や内臓脂肪減少、血中インシュリン・中性脂肪の低下、HDLコレステロールの上昇などを比較したところ、PFC比=25:20:55の高糖質食に対して、25:35:40の低糖質食の有用性が確かめられたというのです。
    内臓脂肪を分解し、β酸化をすすめる酵素の活性は、糖質に対する脂肪の割合が多い食事により調節され、有利にはたらいたことになるでしょう。

    脂質の必要性

    低エネルギー食ではない通常の食事では、脂肪エネルギー比は20~30、必須脂肪酸の最低必要量はエネルギー比率の2.4%とされています。
    脂肪エネルギー比が、食事全体のエネルギーの15%以下では、脳出血の発症頻度が増加することが疫学研究で示されています。
    また脂肪が少ない食事では、糖質主体に傾きやすく、タンパク質の摂取量に問題が生じてきます。

    脂肪組織と免疫

    肥満、とくに内臓脂肪型肥満がメタボリックシンドロームの基盤となることや、その原因として脂肪組織が分泌する炎症性サイトカインが注目されています。
    脂肪蓄積がすすむと脂肪組織のサイトカイン分泌の恒常性がくずれ、炎症性サイトカインの産生が高まる一方、抗炎症サイトカイン産生は低下します。
    肥満の進行によって、脂肪組織には多くの免疫担当細胞が集まってきて、炎症性サイトカインを分泌しているのです。
    脂肪組織には2種類の性質の異なるマクロファージが存在します。そして右下図にあるように通常のマクロファージ(M1)は、体重増加とともに減少し、M2といわれるマクロファージが増加してゆきます。
    M2マクロファージは、NO生合成を抑制する酵素をつくったり、抗炎症性のサイトカインを分泌したりして、炎症性変化が生じないようはたらいているのですが、肥満の脂肪組織ではM1マクロファージが優勢になり、起炎性サイトカインを分泌して、炎症性変化をすすめるようになります。
    最近、脂肪の分解により遊離脂肪酸が増加すると、組織にマクロファージが多くはいりこんでくることがわかりました。
    リンパ球のなかまも構成に変化が生じ、抗炎症に加担する抑制性T細胞やヘルパーT細胞は減り、炎症をすすめるタイプのT細胞が増加します。
    アレルギー反応にかかわるマスト細胞も、体重増加に応じて脂肪組織に多くみられるようになります。
    好中球は病原体感染に対して防御のさきがけとしてはたらき、急性炎症をひきおこしますが、肥満の初期に一過性に増加することがわかりました。
    炎症は酸化ストレスの火種になります。とくに内臓脂肪での酸化ストレス過剰がつづくと、アディポサイトカイン(脂肪組織がつくる生理活性物質)の産生異常(分泌不全・過剰)を招き、臓器の代謝に影響を及ぼすことになります。
    いろいろあるアディポサイトカインのなかで、動脈硬化や耐糖能低下を抑制する役のアディポネクチンの減少が、糖・脂質代謝異常からメタボリックシンドロームにつながります。
    エネルギー消費を調節するレプチンもまた、肥満によって増加します。レプチンは免疫細胞の寿命と機能にとって重要であり、発ガンや自己免疫との関連が明らかになっています。
    脂質研究の新しい展開です。

    メグビーインフォメーションVol.363「細胞生物学と栄養学5 脂質代謝の新栄養学」より

  • 体タンパクとアミノ酸

    体タンパクとアミノ酸

    体内のアミノ酸

    アミノ酸は、生体を構成する第一の高分子であるタンパク質合成の素材であり、体内のアミノ酸の大部分がタンパク質に組みこまれて存在していますが、そればかりではなく生理活性アミンやヒスタミンやセロトニンなど、いろいろの生理作用物質を生じる前駆体として、あるいはセレノシステインなどの修飾アミノ酸として神経機能の保持にかかわっています。
    近年の分子生物学研究の進展により、アミノ酸が遺伝子発現のプロセスにおいて調節因子としてはたらいていることが知られてきました。
    アミノ酸はまた、生体エネルギー物質ATPづくりの原料にもなり、遺伝子分子DNAやRNAの核酸塩基(プリン、ピリミジン)の前駆物質という役割もしています。
    アミノ酸の摂取、代謝、体内の動き、排出、糖質や脂質やビタミンなどの他の食品成分との相互作用が、循環器や肝臓、腎臓、呼吸器、皮膚などの病態やガン発症に関連することも明らかになってきました。

    アミノ酸と窒素(N)

    アミノ酸は、分子内にアミノ基(-NH2)とカルボキシル基(-COOH)をもつ化合物です。
    アミノ酸のアミノ基は、生体内で必要な各種の窒素をふくむ化合物を合成する反応の材料になります。
    天然に存在するアミノ酸は約700種、人工のアミノ酸を加えると1000種を超えますが、タンパク質の構成成分となるのは20種にかぎられています。
    通常タンパク質は100個から500個ほどのアミノ酸が鎖のようにつながっています。つながるアミノ酸の種類を、かりに10個とした場合には、組み合わせの数は20を10回かけあわせたものとなります。その数は10兆にもなり、体内でつくられているタンパク質も多様です。それがつくられたり(生合成)こわされたり(分解)、細胞内で水分子や他の栄養素分子と相互作用したりして、刻々に変化しながら動的平衡を維持しています。
    アミノ酸がもつ窒素を指標として、タンパク質代謝が研究され、窒素出納法を用いて食品の栄養価の基準がつくられた歴史があります。

    体タンパクと窒素出納

    標準的なヒトのからだには、体重の20%弱程度のタンパク質があり、そのうちのおよそ2~3%が毎日、古いものから新しいものにとり替えられています。体重70kgの人では、約180gから200gのタンパク質の入れ替えが休みなく進行しているというのです。
    この入れ替わりを代謝回転といいます。代謝回転の速度は半減期(蓄積した物質が初めの半分の量に減少するまでに要する時間)で表わすことになっています。
    体タンパクの代謝回転の速度はいろいろで、細胞や組織を構成しているタンパク質の半減期は右の表のように時間単位から月単位まであります。分単位で分解されるものもあります。
    タンパク質の代謝回転には、基礎代謝の15%にあたるエネルギーが消費されています。
    代謝回転で、成人では1日に体重あたり約4~5gのタンパク質が分解されますが、生じたアミノ酸の多くをリサイクルしており、不足する分のアミノ酸を補給するために、体重(kg)あたり約1gのタンパク質を食事によって得る必要があるのです。
    身体に出入りする栄養素やエネルギーの量を測定して、栄養状態を知る方法を出納法といい、エネルギー出納、ミネラル出納、窒素出納などがあります。
    窒素出納法では、全身のタンパク質代謝の変化を知ることはできますが、個々の器官ごとの状態はわかりません。
    窒素出納法は、タンパク質・アミノ酸必要量や食品タンパク質の評価に用いられているのですが、摂取エネルギーの影響を受けやすい、メカニズムが解明されていない、窒素平衡状態は最適なタンパク質栄養を意味しない、この方法ではアミノ酸必要量の値は低くなるなどの指摘があります。

    アミノ酸プール

    食事により摂取したタンパク質のうち、不消化タンパクや脱落する腸粘膜のタンパク質や腸内細菌の排出で約10%が減少します。
    その一方で消化液が加わって食品タンパクとともに吸収され、遊離アミノ酸プールにはいります。遊離アミノ酸プールは、血液や細胞間質液、細胞内に存在するアミ酸で、その量は70~100gほどとされています。このプールのアミノ酸がタンパク合成に使われ、代謝回転で生じたアミノ酸がはいってきます。とても活発なアミノ酸の出入りがあるのです。
    アミノ酸の種類によって体タンパク質と組織内遊離アミノ酸中の含有量は一致していません。細胞内の遊離アミノ酸プールには可欠アミノ酸が血漿遊離アミノ酸の数倍あり、とくにグリシン、グルタミン酸、グルタミンは10~50倍という高濃度です。
    アミノ酸の血漿濃度の測定は、数年前から精度が高くなり、アミノ酸パターンが肝疾患や腎疾患やガンなどの病態に関連して大きく変化することがわかってきました。またヒトに共通の恒常性があるものの、食事やストレス、病気などの要因でも変化するのです。そのデータはアミノ酸代謝にもとづいた新しい健康管理の指標として実用化されようとしています。

    アミノ酸の栄養的分類

    アミノ酸ははじめ、食事中に不足すると窒素出納が維持できない不可欠(必須)アミノ酸と、摂取しなくても体内合成できる可欠(非必須)アミノ酸とに分類されました。
    不可欠アミノ酸は、体内にその合成ルートがないか、合成できても速度がおそく必要量が満たされないもので、その他が後者です。
    その後、準不可欠アミノ酸や条件つき不可欠アミノ酸という分類が加えられました。
    アミノ酸チロシンはフェニルアラニンから酵素作用で生成されるので、チロシンといっしょに摂取すればフェニルアラニンの節約となり、必要量は少なくてよいことになります。シスチンとメチオニンの関係も同じであり、この場合のチロシンおよびシスチンを準不可欠アミノ酸といいます。
    可欠アミノ酸のなかで、ストレスや代謝障害などで必要量が増加し、これを補うと病態が改善される場合、このアミノ酸は条件付不可欠アミノ酸とよばれます。新生児のアルギニンや成人でのストレス時のグルタミンや腸管の代謝機能が傷害された場合のグルタミン・アルギニンなどが知られています。

    非タンパク構成アミノ酸

    右の表は、タンパク質を構成する材料であるほかに、アミノ酸には多様な機能のあることを示しています。
    生理活性アミンと総称されるγ-アミノ酪酸、ヒスタミン、セロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリンや、メラトニン、クレアチン、ポルフィリン、グルタチオン、タウリン、メラニン、NO(一酸化窒素)などの窒素化合物、核酸塩基(プリン塩基、ピリミジン塩基)がアミノ酸から生合成されています。
    アミノ酸分子のアミノ基が除去されて生じるα-ケト酸(アミノ酸の炭素骨格)は、さまざまな反応により最終的にクエン酸回路にはいり分解され、グルコースや脂肪酸やコレステロール合成の原料になってゆきます。
    可欠アミノ酸の体内合成において、主な合成材料として他のアミノ酸の代謝中間体が用いられていることも栄養代謝のポイントになります。

    アミノ酸の機能と病気

    アミノ酸の吸収

    小腸壁の上皮細胞には、タンパク質・ペプチド・アミノ酸の吸収システムがあります。タンパク質はほとんどアミノ酸にまで消化されて吸収されますが、一部はジペプチドやトリペプチドとして吸收されます。

    アミノ酸の吸収を受けもつトランスポーターは、腸粘膜に限らず、各組織の細胞膜にもあります。組織に固有のアミノ酸トランスポーターがあって、細胞の外から内へ、内から外への輸送をしているのです。
    血中のアミノ酸濃度を調べると、サーカディアンリズム(概日リズム)を示し、アミノ酸によっては1日のうち、30%ほどの差がみられます。
    細胞内でのタンパク合成がさかんな日中には血中濃度が低くなりますが、タンパク質を摂取すれば高くなります。
    血液中のアミノ酸濃度のパターンと、健康レベルとの関係が調べられるようになり、食事や生活習慣、ストレスおよびいろいろな疾患によって生じるアミノ酸バランスについて関心がもたれるようになりました。

    血中のアミノ酸

    血液中のアミノ酸は、食事からの摂取と、筋肉などの組織タンパクの分解や、トランスポーターを介した細胞内からの放出で増加し、便や尿への排出、タンパク質合成、トランスポーターでの細胞へのとりこみにより減少します。
    この反応は食事摂取量や内分泌系のシグナルにより調節され、アミノ酸の恒常性が保持されるしくみですが、各組織でのアミノ酸代謝に異常が生じると、その影響があらわれることになります。
    摂取されたアミノ酸の量や質により、脳のアミノ酸パターンが変化し、摂食調節されることが知られています。一般に高タンパク食では低タンパク食に比較して、摂食量が少なくなります。
    血液から脳へのアミノ酸のとりこみが、神経伝達物質(セロトニンやカテコールアミン)の合成を介して食欲に影響します。
    糖質摂取はインシュリンの作用で中性アミノ酸を細胞にとりこませるので、血液アミノ酸パターンが変化し、脳へのトリプトファン移行が増加します。
    トリプトファンからつくられるセロトニンは食物を選択し、栄養素の摂取行動を調節する役割をもっています。
    筋肉疲労や肝硬変などで、組織の分枝アミノ酸(BCAA)が不足すると、セロトニン上昇から食欲減退がおこります。

    器官とアミノ酸

    吸収された栄養素が集められ、からだが必要とする物質に変換し、不用物を処理する肝臓はもっともアミノ酸代謝の影響を受ける器官ですが、腎臓や腸や骨格筋や脳などの諸器官で、それぞれに特有なアミノ酸代謝が営まれており、炎症や腫瘍や免疫異常などが原因の疾患によって、アミノ酸代謝に変化が生じてきます。
    近年メタボリックシンドロームやガンでの、血中アミノ酸パターンについての報告が集積され、それを病気の予測に役立てようという研究がすすめられています。
    いろいろの臓器でのアミノ酸需要とその充足度は変動しており、それが血中濃度に反映していることになるでしょう。
    筋組織には、分枝アミノ酸であるバリン、ロイシン、イソロイシンの異化反応の第一段階ではたらく酵素(分枝アミノ酸アミノトランスフェラーゼ)が多く、運動時のエネルギー源としています。この酵素は脂肪組織、腎臓、脳にもあり、分枝アミノ酸がエネルギー源になります。
    腸管ではグルタミンが重要なエネルギー源になっています。グルタミンは体内の遊離アミノ酸のなかでもっとも多く、筋肉のアミノ酸プールでは約40%を占めています。
    グルタミンは可欠アミノ酸(体内合成される)で、ATPを消費してグルタミン酸から合成されますが、感染などのストレスがあると必要度が増し、生合成量では不足するため条件つき不可欠アミノ酸に位置づけられています。
    グルタミンは、リンパ球などの免疫細胞の分裂を促進し活性化することが知られており、免疫賦活栄養素として、ガン治療などで利用されています。
    脳の機能を担う神経伝達物質や調節因子としてはたらくアミノ酸は多く、なかでもグルタミン酸は記憶や学習に役割をもっています。
    グルタミン酸は抑制性の神経伝達物質であるγ-アミノ酪酸(GABA)に変換され、また抗酸化物質として体内に分布しているグルタチオンの成分としても重要です。
    脳内のグルタミン酸濃度レベルは、機能を正常に保つための条件であり、その合成が活発に進行しています。その合成材料となるアミノ基の30~50%がロイシンから供与されています。

    可欠・不可欠アミノ酸

    自然界には700種類以上のアミノ酸があり、生体内にも多数のアミノ酸をもっています。
    アミノ酸は化学的性質から、酸性、中性、塩基性に分類されますが、栄養学的には不可欠アミノ酸と可欠アミノ酸に大別されています。
    可決と不可欠という呼び方は、従来の非必須と必須にあたります。すなわち必須アミノ酸が不可欠アミノ酸であり、非必須アミノ酸が可欠アミノ酸というわけです。
    最近、それぞれのアミノ酸の有用性はタンパク質構成素材ばかりでなく、さまざまな生理機能をもつことが明らかにされ、必須性に差がないこと、非必須とされたアミノ酸の生合成には必須アミノ酸が動員され、エネルギー消費を伴うなど、非必須アミノ酸も食事から供給されるのが望ましいとする考え方に移ってきました。不可欠という場合、体内に合成系がないか、合成量が必要量に及ばないアミノ酸とし、他を可欠アミノ酸(dispensable amino acid : DAA)としています。
    アミノ酸はまた、タンパク質構成アミノ酸と非タンパク態アミノ酸(タウリン、テアニンなど)とに分けられることもあります。

    メグビーインフォメーションVol.362「細胞生物学と栄養学4 アミノ酸の新栄養学」より

  • エネルギー調節と脂肪細胞

    エネルギー調節と脂肪細胞

    生命とエネルギー

    生物の営みは種の保存と個体の維持のためにあるといって過言ではありません。それは遺伝のシステムと細胞自身が休まず供給する生体エネルギーによって保障されています。
    生命が必要とするエネルギーは、外界からとり入れたエネルギー源を細胞内で変換してつくっています。ブドウ糖や脂肪酸などを酸化して、ATPという化合物に変えます。ATPは3個のリン酸を結合しており、その結合を切るとエネルギーが放出される高エネルギー分子です。
    放出されたエネルギーは、タンパク質合成や分解などの化学反応にも、栄養素の消化・吸収や輸送にも、筋収縮などの運動や姿勢を保つための力学的エネルギーとしても、神経活動での電気的エネルギーにも、体温調節の熱エネルギーにもなってゆきます。
    細胞が生体エネルギーをつくり出す仕事すなわちエネルギー代謝は、おもに細胞小器官ミトコンドリアで進行します。毎日つくり出されるATPの量は、成人の場合自分の体重を超え、2倍以上にもなると試算されています。
    近年ミトコンドリアと、老化・ガン・糖尿病・心不全・神経変性などの病態との間のかかわりが注目されるようになってきました。

    エネルギー代謝の調節

    個体レベルでは、エネルギー代謝の恒常性はいろいろの摂食調節物質と、エネルギー消費調節因子がかかわって調節されています。
    生体において、エネルギー摂取とエネルギー消費のバランスを維持し、体重をほぼ一定に保たせる調節因子には、レプチン、オレキシン、ヒスタミンなどがあります。
    レプチンと同じく脂肪組織から分泌されるホルモン(アディポサイトカイン)であるアディポネクチンは、脂肪酸の燃焼を促進し、エネルギー消費をアップさせる方向にはたらきます。
    脳でのエネルギーバランス調節機構の中枢にある大脳辺縁系の視床下部では、グレリン、オレキシン、レプチン、セロトニンなどの相互作用により摂食が抑えられたり促進されたりするしくみですが、ヒトでは嗜好や習慣やストレスといった要素が加わってバランスを乱していることが少なくありません。
    グレリンは、胃のグレリン分泌細胞がつくり分泌するペプチドホルモンで、食前に血中濃度が上昇し、食後は元の値にもどります。ガンや炎症性疾患での食欲減退や体重減少では、血中グレリン値が高くなっています。
    オレキシンは視床下部で神経細胞によってつくられるペプチドで、摂食のほか睡眠・覚醒の制御にもかかわっています。
    動物にとっての摂食行動は、個体の維持に重要であり、そのため覚醒レベルを上げなければなりません。
    減量を目的にカロリー制限をしていると、不眠を生じる場合があり、それはオレキシン産生細胞の活性化によるとされています。

    多彩なレプチンの機能

    健康志向から体重調節に関心をもつ人は多く、体脂肪率やBMI(体格指数)の測定がひろく行われています。
    血中のレプチン濃度は、体脂肪率やBMIとよく相関することが知られています。
    近年、からだには体重調節にかかわる生理システムがはたらいていることがわかり、その構成要素が明らかにされてきました。
    体重が増減すると、その変化に応じて生理的反応が生じて、体重を元にもどそうとする遺伝的なしくみがあり、レプチンがその重要な因子として注目されたのです。
    脂肪細胞から分泌されるレプチンは、末梢組織でのエネルギー蓄積状態と栄養状態をモニターして、その情報を中枢の視床下部に伝えます。体重増加は血中のレプチンレベルを上昇させ、体重が減るとその血中濃度が低下します。
    その結果、上図にあるように、体脂肪量をコントロールするフィードバックループが形づくられていると説明されています。
    視床下部はレプチン受容体が多く、レプチンの主な作用場所ですが、血管内皮細胞やT細胞や膵細胞にも受容体が見つかっています。
    レプチンは、内皮細胞の受容体を介して血管新生を促します。また上皮細胞の分裂をすすめて組織の傷の修復に役立ちます。
    レプチンはT細胞の増殖やマクロファージの貪食を助けるなど免疫機能にもかかわっています。
    レプチンはまた、コルチゾールや甲状腺ホルモンやエストロゲンと協調しながら、脂肪組織と他の臓器の間のシグナル伝達を受けもち、全身の協調による脂質代謝や血圧調節などの恒常性の担い手としてはたらく役割が認められるようになりました。
    レプチンという名は、ギリシア語のレプトス(やせるという意味)にちなんでおり、“夢のやせ薬”として期待された時期がありました。しかし肥満のヒトは一般にレプチンの感受性が低いことがわかりました。レプチン作用には、血中の輸送や神経回路への他の因子のかかわりが少なくないためと考えられています。

    脂肪細胞の役割

    脂肪細胞は集まって脂肪組織となり、皮下や腸間膜などに分布しています。その内部に中性脂肪の形でエネルギーを蓄積しており、インシュリンやエストロゲンなどのホルモンや神経の刺激によって活発に出し入れしています。
    空腹時でグルカゴンがはたらく状況のときは、脂肪細胞は中性脂肪を分解して、生じた脂肪酸を血中に放出します。反対に摂食によりインシュリンレベルが高くなると、脂肪細胞内にグルコースが増え、脂肪酸はグルコースから変換したグリセロールと結合、中性脂肪が合成されます。脂肪細胞では、このように血中のインシュリンとグルカゴンレベルに対応して、脂肪の合成と分解がさかんにおこっています。
    中性脂肪は脂肪細胞の細胞質に、油滴としてたまってゆきます。はじめはいくつかの小さい脂肪滴だったものが、脂肪の量がふえると融合して大きくなり、細胞を大型化させます。

    脂肪細胞の変化

    エネルギー過剰によって脂肪組織が増加したとき、脂肪細胞のサイズと数に変化が生じています。
    脂肪細胞の肥大化で、遺伝子発現の変化を招き、脂肪酸の分泌異常やアディポネクチンの低下ばかりでなく、炎症をひきおこすサイトカインをつくり出すようになってゆきます。その影響は脳・肝臓・骨格筋・血管系などさまざまな臓器でのエネルギーバランスの恒常性を乱します。脂肪組織に慢性炎症がひきおこされ、くすぶりつづける状態は、脂肪細胞の変質をさらに増幅させるという悪循環になってゆきます。

    脂肪組織と炎症

    脂肪組織には、脂肪細胞のほか、その前駆細胞や白血球などがふくまれていますが、脂肪の蓄積によって存在比が大きく変化します。
    なかでもマクロファージが増えてきます。
    肥大化した脂肪細胞は、シグナル分子を分泌して骨髄からマクロファージを呼びよせて、その数をふやすのです。
    脂肪組織にはもともと炎症を抑制するように作用するマクロファージが存在しているのですが、だんだんと炎症に加担するよう変身したマクロファージが優勢になります。
    脂肪の蓄積した細胞は低酸素状態になり、酸化ストレスや小胞体ストレスが増えています。それが抗炎症作用をもつアディポネクチンの低下につながっています。
    脂肪組織での炎症促進因子と炎症抑制因子のバランスが破綻した状態が、肝臓や骨格筋などの臓器を介して、糖代謝・脂質代謝を異常に追いこむという図式です(図参照)。

    アディポネクチンと栄養

    アディポネクチンの産生をふやす手段として低カロリー食と運動による体重減少、毎日の魚またはn-3系多価不飽和脂肪酸の摂取、食物繊維の摂取の3通りの方法がテストされ、それぞれに効果があったと報告されましたが、なかでも魚またはn-3系多価不飽和脂肪酸(EPA・DHA)を毎日摂取する実験では、約14~60%のアディポネクチン濃度の上昇がみられたのです。
    脂肪細胞にビタミンEを添加する実験では、濃度に依存してアディポネクチンmRNA発現が増加し、その有用性がたしかめられました。ビタミンEには、EPAやDHAの酸化を防ぐ作用があります。

    エネルギー代謝と疾患

    ミトコンドリアの機能

    細胞内で効率よくATPをつくり出す装置がミトコンドリアで、ヒトでは1個の細胞あたり数百あるいは数千個にもなります。エネルギーへの依存度が高い心筋や骨格筋や神経細胞や肝細胞には特に多く、ネットワークをつくって細胞全体に休まずエネルギーを供給しています。
    分裂したり融合したりして形態を変えながら活発に動きまわるアメーバかバクテリアのような姿が顕微鏡下で観察されるのです。
    ミトコンドリアは、太古の時代に真核細胞にとりこまれ、共生したバクテリア(細菌)だといわれています。
    その遺伝子は、進化の過程で大部分が核へ移行し、残ったものがミトコンドリアになりました。
    そのためミトコンドリアは独自のゲノムをもっています。ミトコンドリアゲノムは環状DNAで、母性遺伝で次世代に渡されてゆきます。
    ミトコンドリアゲノムは、つねに発生する活性酸素やウイルスの侵入で変異のおこりやすさは核ゲノムの10倍以上であり、さらに修復システムがないため機能低下のリスクが大きいのです。
    ミトコンドリアは1000種以上のタンパク質をつくり、そのほとんどは核ゲノムからの発現ですが、ミトコンドリア内で転写・翻訳される13種とあわせて揃わなければエネルギー代謝を営むことができません。
    最近のミトコンドリア研究は、老化やガン、神経疾患、心不全、糖尿病といった身近な病気の発症と進行にミトコンドリアがかかわり、一方でそれらの病態がミトコンドリアに影響するという相互の関係を明らかにしています。

    ATPをつくるしくみ

    ミトコンドリアは外膜で包まれ、内側に折りたたまれた内膜があります。この内膜にATPづくりのためのタンパク質が配置されています。
    このタンパク質製のATP生産装置は、4つの電子伝達酵素(複合体Ⅰ~Ⅳ)とATP合成酵素(複合体Ⅴ)で、連携してはたらきます。
    ATPづくりのしくみは、細胞質で進行する解糖というプロセスと、それに連続したTCAサイクル(クエン酸サイクル)とで構成されたシステムで、ADPにリン酸を結合させてATPに仕上げます。
    TCAサイクルの各ステップは、いくつもの酸化還元反応で構成されており、ADPからATPへの変化では、酸化にともなってリン酸が付加されるので“酸化的リン酸化”といわれています。

    活性酸素の問題

    ミトコンドリアの酸化的リン酸化反応では、酸素が消費されつつATPが合成されます。“酸化反応とは電子を奪いとる反応”という表現があるように、ATPづくりのシステムでは電子が移動します。
    複合体Ⅰから複合体Ⅲへ、また複合体ⅡからⅢへの電子の移動(電子伝達)ではユビキノン(CoQ)とよばれる伝達分子がはたらき、複合体Ⅲから複合体ⅣへはシトクロムCという名の伝達分子がそれを受もっています。
    電子伝達のプロセスで酸素の一部が活性酸素に変わることが知られています。スーパーオキサイドが発生するのです。
    ミトコンドリア内にはスーパーオキサイドを除去する酵素スーパーオキサイドディスムターゼ(SOD)の一種(MnSOD)が用意されていて活性酸素を処理しています。ユビキノンにも抗酸化作用があります。
    通常のエネルギー代謝では活性酸素は処理されますが、炎症などにより処理能力を上回る活性酸素が発生してミトコンドリア自身のDNAを損傷すると、不良ミトコンドリアはますます活性酸素をまきちらすようになってしまいます。
    MnSODをつくれなくしたマウスは、強い心筋障害が生じて死亡する例が多く、生き残ったものは重大な神経障害がおこったと報告されています。
    活性酸素を過剰に放出するミトコンドリアをもつマウスは、糖尿病やリンパ腫を発症するが抗酸化剤の投与でそれを予防できたという研究結果もあります。

    エネルギー代謝とビタミン

    エネルギーづくりの第一段階である解糖システムではグルコースからピルビン酸を生じます。次にピルビン酸がコエンザイムA(補酵素A)と結合してアセチルCoAになると、TCAサイクルの終点にいるオキザロ酢酸と反応してクエン酸になりサイクルにはいってゆきます。
    ピルビン酸とTCAサイクルの橋渡しをするのはピルビン酸脱水素酵素複合体で、協同因子として補酵素型のビタミンB1およびパントテン酸が役割をもっています。
    B群ビタミンは、エネルギー代謝での補酵素機能をもつものが多いことが知られています。
    補酵素とは、酵素タンパクに結合してその作用を助ける有機化合物で、補基質と補欠分子族に分けられています。
    補基質は酵素反応後は酵素から離れますが、補欠分子族は酵素と強く結びついています。
    エネルギー代謝での持場が多いナイアシンはニコチン酸とニコチン酸アミドをいいます。ナイアシンはトリプトファンから生合成される経路があるので、ふつう欠乏症はないとされてきたのですが、国民健康栄養調査の結果では、潜在性欠乏症があると推定されています。
    パントテン酸は“広くどこにでもある”という意味のギリシア語から命名されたように、さまざまな食品により供給され不足しないとされていますが、上記の調査では50%の人は摂取目安量を満たしていませんでした。
    補酵素としてはたらくビタミンは、酵素タンパクとの結合力が確率的であること、活性型への変換に遺伝子多型による効率の個体差があることなどの条件を考えた必要量を維持するのが賢明といえるでしょう。

    メグビーインフォメーションVol.361「細胞生物学と栄養学3 生体とエネルギー」より

  • 遺伝情報の流れ

    遺伝情報の流れ

    遺伝子とDNA

    親から子へと形質が伝わることは、現象として知られていても、それがどのようにしておこるものなのかはわからない時代がつづいていました。
    遺伝という語から連想される歴史上の人物といえばメンデルの名を挙げる人が多いでしょう。
    オーストラリアの司祭だったメンデルが、エンドウマメの交配実験によって、後に有名になった遺伝の法則を発表したのは1865年でした。
    メンデルは“ある形質をもつ因子(エレメント)があり、それが親から子へ渡されてゆく”という考えをもち、それを実証しようと実験を重ねたのでした。メンデルの考え方が正しく評価されたのは1900年、彼の死から16年を経ていました。
    メンデルの指摘したエレメントは、“gene”とよばれることになりました。これが日本語に訳されて“遺伝子”となりました。
    20世紀は物質の構造や特性が追求された時代でした。そして20世紀後半における最大の発見といわれるのがDNAの構造解明でした。
    遺伝子は染色体のなかにあることが、20世紀のはじめに明らかにされていましたが、それが核酸なのかタンパク質なのかはわかりませんでした。
    遺伝子の正体は、デオキシリボースをもつ核酸、すなわちDNAであることがはっきりしたのは1944年だったのです。
    DNAの二重らせん構造が、ワトソンとクリックによって明らかにされたのが1953年でした。20世紀前半には、X線を用いて結晶の構造(原子の規則的な配置)を調べる技術がすすんでおり、食塩やダイアモンドや酵素タンパクのX線回折像が得られるようになっていました。その像から構造を解く試みが、より複雑な物質へと及んでゆき、DNA分子もその対象になったのでした。

    20世紀の生体分子研究

    20世紀の前半には、アドレナリン、アセチルコリン、チロキシン、インシュリンなどの生理活性をもつ小分子がつぎつぎに発見され、ホルモン作用という考え方が生まれました。
    ビタミンA、B群、C、E、Kなどの発見や構造解明もこの時代の成果でした。
    最初の抗生物質ペニシリン、ストレプトマイシン、クロラムフェニコール、テトラサイクリンなどの医薬品開発もありました。
    生体構成成分としてのタンパク質や核酸も対象であり、アミノ酸やATPへと研究がすすんだのです。
    生物といろいろな物質分子とのつながりが、物理的・化学的手法で追及され、20世紀後半の「分子生物学」の誕生へたどりつき、生命科学の時代を迎えました。
    それからの道のりは研究がすすむほど生命の複雑さと向きあうことになり、新たなステージに立っているのが現代だといえましょう。

    セントラルドグマ

    バクテリアからヒトまで、すべての生物に共通した生命現象における中心的考え方として、不動の位置にあるのが「分子生物学におけるセントラルドグマ(中心原理)」です。
    ドグマ(dogma)は、日本語の教義を意味しています。その内容は“遺伝情報の伝達には、DNAからRNAへ転写されて、それがタンパク質へ飜訳される”という流れがあるというもので、1958年に、DNA二重らせん構造の発見者クリックにより提唱されました。
    セントラルドグマは、簡略に下記のような式であらわされます。

         転写     翻訳
      DNA →  mRNA  →  タンパク質

    矢印は流れの方向を示しており、転写と飜訳と名づけられた物質反応のつながりです。
    転写過程ではDNAを鋳型にしてmRNAが合成され、飜訳過程ではmRNAが鋳型となってタンパク質が合成されます。
    この一連の流れにはDNAおよびRNAのほかに転写因子やRNA合成酵素やアミノ酸やタンパク合成装置リボソームなど、いろいろの因子が揃っていなければなりません。
    細胞のひとつひとつの中では絶えず大量のタンパク質の合成と分解が進行し、生命活動を支えているのです。
    セントラルドグマは、遺伝情報の流れは一方向であり、タンパク質がもつ情報(アミノ酸の配列)から逆の方向にたどってDNAをつくるということは、細胞のなかでは決しておこらないといっているわけです。ところがRNAウイルスという例外がありました。エイズウイルスや白血病ウイルスは、遺伝情報をRNAとしてもっていて、まずRNAからDNAへ移してから、つぎにDNAからタンパク質づくりへという流れになります。RNAからDNAの部分が変則すなわち“逆転写”だというのです。
    RNAを遺伝子としているウイルスはレトロウイルスといわれ、逆転写酵素とよばれるDNA合成酵素をもっています。

    遺伝暗号とコドン

    DNA分子は核酸のなかまです。核酸の構成単位はヌクレオチドです。ヌクレオチドはリン酸基と糖と塩基がつながった分子で、DNAの糖は“デオキシリボース”です。この糖とリン酸が順々につながった部分は主鎖で、4種類の塩基(アデニン、グアニン、チミン、シトシン)が結合しています(下図)。
    4種類の塩基は、グアニンとシトシン、アデニンとチミンが内側にむき対になって水素結合し、二重のらせん構造をつくっています。
    これがワトソンとクリックによるDNAの二重らせん構造で、この発見が、遺伝という生物現象のメカニズムを解く出発点になりました。
    遺伝情報はDNA分子の塩基配列にあり、細胞が必要なタンパク質をつくる仕事の設計図であると表現されています。
    このタンパク質づくりの設計図にあたる塩基配列の並び方が遺伝暗号とよばれていることをご承知でしょう。
    隣りあった3個の塩基(トリプレット)が、ある特定のアミノ酸を決めるコード(暗号)になっているのです。このようなトリプレットを“コドン”といいます。
    コドンとアミノ酸の対応が調べられて、コドン表(遺伝暗号表)がつくられたのは1961年でした。
    コドン表が完成すると、いくつかのアミノ酸は複数のコドンによって指定されることや、タンパク質合成の終了を指定する終止コドンが明らかになりました。
    コドン表では、塩基は略字で書かれています。アデニンはA、グアニンはG、シトシンはC、チミンはTです。CAGはグルタミンというアミノ酸のコドンであり、AGCはセリンです。AUGはメチオニンのコドンですが、同時に開始コドンにもなっています。つまりすべてのタンパク質づくりはメチオニンからはじまるポリペプチド鎖を伸ばすことになります。このメチオニンは合成が終了すると切り離されます。

    転写の制御

    遺伝情報をもとにタンパク質がつくられることを“遺伝子の発現”といいます。
    からだを構成している細胞は、同じDNAという設計図をもっていますが、所属する組織・器官によって形やはたらきが異なっています。そのちがいは遺伝子発現のタイミングや、発現の抑制のしかたのコントロールで生じています。
    それぞれの細胞は、必要なときに必要なだけのタンパク質をつくることを原則にしています。
    胎内にあるときにさかんにつくっていたタンパク質を成長後はつくらなかったり、特定のシグナルを受けとったときだけつくったりしています。
    どの細胞にも共通して基本となる生理機能にかかわっている、いわゆるハウスキーピング遺伝子(house keeping gene)は、つねに発現の状態にしておかなければなりません。細胞の構成成分のつくりかえやエネルギーを得るための代謝ではたらく酵素タンパクなどです。
    一方で通常は休んでいる遺伝子があり、その活性を調節するしくみによりはたらくことが知られています。
    遺伝子発現の調節機構は、はじめバクテリアで研究され、上図のようなメカニズムが基本であることが示されました。
    高等生物の細胞ではとても複雑なしくみになっており、多くのタンパク質が連携していることがわかっています。

    細胞生物学&タンパク質

    生命はタンパク質なしでは存在しない。そのタンパク質は、細胞自身がつくる。その実行と調節もタンパク質の仕事だ。

    遺伝子のスイッチ

    遺伝子発現のタイミングや量を調節する物質が、DNA上の調節領域にはたらきかけて、転写をコントロールする基本のしくみがあります。
    この調節領域は“転写調節領域”とも“転写調節エレメント”ともよばれており、遺伝子のスイッチをオンにするかオフにするかを決めています。
    転写調節のための塩基配列は転写開始点といわれ、数百種以上が知られています。
    細胞が必要とするとき、必要な遺伝子の前にあるこの部分にシグナルが送られてきます。
    シグナルは転写因子というタンパク質に伝えられ、このタンパク質(転写調節タンパク)が転写開始点に結合します。
    転写因子の結合で遺伝子スイッチがオンになることを活性化といい、反対にスイッチをオフにすることは抑制といわれます。
    転写のプロセスでの主役は“RNAポリメラーゼ”という名の酵素です。

    RNAポリメラーゼ

    RNAポリメラーゼは、1959年に発見され、真核細胞には3種あることがわかりました。
    3種類のRNAポリメラーゼは、役割を分担しています。“タイプⅠ”はタンパク質合成用小器官リボソームのなかでのRNA合成を受けもち、“タイプⅢ”は、タンパク合成の次のステップである「飜訳」のプロセスではたらく転移RNA(tRNA)をつくります。そして“タイプⅡ”がメッセンジャーRNA(mRNA)を合成する転写反応の担い手です。
    RNAもDNAと同じようにヌクレオチドがつながった分子ですが、糖と塩基のひとつが異なっています。
    RNAではヌクレオチドの糖が、DNAのデオキシリボースに対し、水素のひとつが水酸基に変わったリボースになっています。
    塩基はともに4種類ですが、チミンの代わりにRNAはウラシルになっています。そしてふつう一本鎖の分子です。そのために分解しやすく、また塩基の変異もおこりやすく不安定です。生物進化の初期には、遺伝情報はRNAが保持しており、やがて安定な構造である二本鎖のDNAへとその役目が移されました。

    リボソームとRNA

    タンパク質合成の場は、細胞小器官リボソームで、ここで飜訳のプロセスが進行します。
    リボソームは大小のサブユニットで構成されています。大サブユニットには3個のRNA分子、小サブユニットには1個のRNA分子がタンパク質との集合体として存在しています。
    リボソームRNA(rRNA)は、細胞核内の核小体でつくられてリボソームに組みこまれます。
    飜訳の現場に登場するのが第3のRNAで、トランスポーター(運搬役)が仕事です。

    転移RNA(tRNA)

    飜訳プロセスは、リボソームの小サブユニットとmRNAの結合で開始されます。mRNAが運んできた情報(コドン)を読みとってゆくのが小サブユニットの役割です。
    このmRNAのコドンに対応する三塩基の配列を“アンチコドン”といい、これを備えたRNAが運搬役の転移RNAです。
    転移RNA(tRNA)は、分子のほぼ中央にアンチコドンをもち、一方の端にアミノ酸を結合する部分をもっています。
    アンチコドンとつき合わせてmRNAのコドンを読み、対応するアミノ酸をリボソームに運び入れるのがtRNAです。
    運ばれてきたアミノ酸は、リボソームの大ユニットによってつながれ(ペプチド結合)てゆきペプチド鎖が生じます。
    このようにして塩基配列の情報がアミノ酸配列の情報へ飜訳されることになります。右図にはアミノ酸メチオニンでのmRNAコドン(AUG)とアンチコドン(UAC)の変換が描かれています。
    こうして生まれたポリペプチド鎖がタンパク質として生命活動の実行役になります。

    遺伝子発現のゆらぎ

    細胞内での分子と分子の相互作用でおこる反応は、すべて確率に支配されています。遺伝情報の転写・飜訳のプロセスも例外ではありません。
    かりにAとBという2種類の分子が結合してABという分子になる反応が実現するには、A分子とB分子とが出会わなければなりません。
    細胞内で各分子はランダムに移動しています。それは分子の性質である熱運動によるもので、分子は他のさまざまな分子と衝突を繰り返しながら、求める相手の分子と出会うまでランダムに運動をつづけます。
    A分子とB分子がいつ出会うか、出会ったとき反応がおこるのに十分なエネルギーがあるか、また結合を助ける触媒作用物質(酵素や協同因子)が存在するかなど、いろいろな条件がそろっていなければならないので、確率的にしか反応が成立しないのです。
    膜に囲まれた細胞内には、数千から数万種類もの代謝の材料や産物が刻々に生じたり、運び出されたりとりこまれたりして、変化しながら密集している状態です。
    そのなかに存在するDNAやmRNA分子の数は多くありません。分子数が少ないと確率性が上昇し、大きな確率的変動に見舞われることになります。それが結果のゆらぎとなってあらわれます。
    遺伝子発現の転写・飜訳プロセスでは、数多くの確率的な出来事が重なっており、発現量の小さいタンパク質ほど大きなゆらぎを示します。
    三石理論の中核である「確率的親和力」は、代謝ネットワークにおけるゆらぎを問題にしています。

    メグビーインフォメーションVol.360「細胞生物学と栄養学2 細胞と遺伝子」より

  • 細胞の誕生・老化・死

    細胞の誕生・老化・死

    細胞増殖のルール

    多細胞生物であるヒトのからだを構成する細胞の数は60兆個といわれています。その大きさも形もさまざまですが、それぞれが独立した生命体としての機能をもっています。
    からだの構成員である細胞は、一方で死に、その一方で生まれるという新旧の交代を繰り返しています。
    細胞の新生は、分裂という形式で、2個に増殖します(右下図)。
    ひとつの細胞が分裂してつぎに分裂するまでの時間を“世代時間”といいます。
    世代時間は、生物種や組織によって異なっていますが、条件が一定ならば細胞の世代時間は変わりません。
    ヒトの体細胞を培養してみると、数時間から24時間で一回分裂しますが、環境が変われば世代時間は変化します。
    よく知られているように、人体の細胞がすべて世代時間に従って増殖しているわけではありません。
    心筋細胞は死んでも分裂・増殖することはなく、小腸壁の粘膜細胞は、わずか1日半ほどの寿命で脱落します。そして次つぎと増殖し補充されています。
    細胞の分裂・増殖は、増殖因子のシグナルに従っており、全身の組織が統制されています。

    増殖にかかわる因子

    皮膚や消化管などの組織が損傷したとき、細胞の増殖によって再生され、修復が終ると増殖はストップします。そのプロセスを秩序正しく進行させるのが、さまざまな増殖因子やサイトカインです。
    臓器や組織の細胞は、増殖因子やサイトカインをつくり分泌して、周囲の細胞だけでなく、自分自身にもはたらきかけます。
    増殖因子は受容体(レセプター)をもつ細胞にだけシグナルを伝えます。

    細胞周期

    細胞の分裂・増殖は、決められた順序でおこる多くのステップのサイクルであり、細胞周期といわれています。
    細胞周期は、あらゆる生物が増殖するときの基本的なしくみで、細菌や酵母などの単細胞では、1回の細胞分裂で新しい個体ができますが、多細胞生物ではなんども繰り返さなければなりません。それが発生のプロセスです。
    細胞増殖にあたって、遺伝的に同一の2個の娘細胞をつくるためには、DNAを複製し、それぞれに分配しなければなりません。細胞小器官や細胞骨格などの備品もすべて2倍にして等分に分けなければなりません。
    細胞周期において、さかんに遺伝子の転写とタンパク合成をつづけて成分の量をふやすので細胞は大きくなる時期があり、これは間期といわれます(右図)。
    M期にはいるとこの成長(体積の増大)が止まり、最初に核が、つづいて細胞質が分裂します。
    小胞体やゴルジ体は、M期に多数の小断片に分けて配分され、娘細胞ではそれをもとにして新生させます。
    独自のDNAをもつミトコンドリアは、まるごとで分配されます。このときDNA異常を生じたミトコンドリアがあっても正常ミトコンドリアと区別せず、ランダムに振りわけています。そのためミトコンドリア病といわれるミトコンドリア脳筋症のほか、糖尿病やアルツハイマー病などの疾患の発症基盤にもなるといわれています。

    細胞周期チェックポイント

    2001年度のノーベル医学生理学賞は、細胞周期がどのように制御されているのかについての発見・解明に貢献した3人の細胞生物学者に贈られました。
    細胞周期の制御には、100種類以上もの遺伝子グループがはたらいています。
    ヒトのガンの多くで変異のみられるガン抑制遺伝子の代表格として有名な“p53”は、ストレスによって誘導され、細胞周期を停止させます。
    放射線、紫外線、活性酸素などによってDNAが損傷されると、細胞は細胞周期をいったん停止し、DNAを修復してから細胞周期の次の段階にすすみます。この現象は“細胞周期チェックポイント”とよばれる考え方で説明されています。つまり周期を次の段階にすすめる前にチェックするポイントがあるというのです。損傷を感知するセンサーや抑制的シグナルを送る因子や、周期を直接阻害するタンパクなどが発見されています。

    細胞周期の異常とガン

    ヒトの腫瘍では、ひとつ以上のチェックポイントに異常が生じています。細胞周期の進行に関係するタンパク質のなかには、ガン遺伝子やガン抑制遺伝子がつくるものが少なくありません。ガン遺伝子は、本来は細胞周期をすすめる役をする正常遺伝子(ガン原遺伝子)が変異したものなのです。ガン抑制遺伝子では、変異したり失われたりすることで細胞を異常増殖させることになります。なかでもp53は、細胞の分裂・増殖の監視役として注目されています。

    細胞の老化

    体細胞を個体からとり出して培養したとき、一定回数の分裂・増殖が繰り返されたあと、増殖が停止して、再び元にはもどらないという現象があり、発見者の名にちなんで「ヘイフリックの限界」といわれています。
    この現象が細胞老化で、正常な細胞が寿命を終えてゆく姿といえるでしょう。
    細胞の分裂寿命は、細胞周期のチェックポイント機構に守られてつづきますが、放射線や化学物質やウイルス感染などの環境からの有害な作用によってゲノムに異常を生じた場合、修復可能であれば増殖を一時的に停止し、DNA修復酵素をはたらかせて復旧し、再び増殖をつづけます。
    しかし修復がむずかしい場合には、アポトーシスという手段によって異常細胞を排除し、ガン化にすすませないようにすることが知られています。
    細胞はアポトーシスばかりでなく、ゲノムに異常を生じた細胞の細胞周期をストップさせて老化へと追いこみ、ガン化を防ぐバリアーとするしくみも備えており、ガン発生が多段階のステップを必要とする原因になっています。

    心筋虚血と細胞死

    局所的に血流が失われた状態を虚血といいます。心筋は冠動脈から血液を供給されており、血栓や動脈狭窄などが原因で虚血におちいることがあります。そのための酸素不足で心筋細胞がネクローシスするのが“心筋梗塞”です。
    虚血によりミトコンドリアのエネルギーづくりが不調になると、ATPのレベルが低下します。ATPは細胞内外のナトリウムやカルシウムやカリウムなどのイオン濃度の恒常性を保つためにはたらくイオンポンプを作動する動力源なので、解糖系によるATPづくりをはじめて対処することになります。
    ご存じのように解糖系では乳酸が生じます。 乳酸がたまると細胞内を酸性にし、核内のクロマチンが凝集したり、生体膜が傷害されたりといった非常事態になります。リソソーム酵素が放出され、細胞外液が流入して細胞は壊死する事態になります。
    ネクローシスでは、細胞膜が破れて流れ出すヒストンの断片や集まってくる白血球の放出する活性酸素などが炎症反応をひきおこします。
    心筋細胞は増殖しないので、死んだあとには繊維芽細胞が集まり、結合組織で補修するのです。こうして傷あとをつくろった心筋の部分は収縮できないので機能低下はまぬがれません。
    この例のように、炎症を伴って傷あとを残すのが病理的な細胞死というわけです(上表)。

    細胞生物学&タンパク質

    タンパク質が第一の生命物質といわれるのはなぜか? 細胞のなかでおこっていることをシステムとして理解しよう。

    細胞内のタンパク質

    典型的な動物細胞の内部は、水を除くとタンパク質分子が60%(乾燥重量比)を占めています(右図)。その種類も多く、細胞は、DNA上の遺伝子から得る情報をもとに忙しくタンパク合成をつづけており、なかには1秒間に数万個というものもあります。
    酵素作用をはじめとするタンパク質の機能が細胞の生命活動を支えますが、それには正しい構造につくられ、糖鎖や脂質やミネラルイオンなどによる化学修飾がほどこされたり、細胞膜や細胞小器官などの配置場所へ運ばれたりしなければなりません。
    細胞内のタンパクづくりは、分解と合成を繰り返しながら、大量のエネルギーを消費しつつつづけられます。温度や酸・アルカリ度(pH)の調整も必要です。
    一定の機能を果したタンパク質は、分解されて新しいなかまに仕事をゆずります。タンパク質の寿命は数分という短いものもあり、数ヶ月というものもありといろいろですが、からだ全体でみると、1日あたり体タンパクの2~3%は入れかわっていることになります。

    化学反応ネットワーク

    細胞のなかでは、遺伝情報からタンパク合成へのセントラルドグマとよばれる流れとエネルギーや物質の代謝を中心に、多くの化学反応が連結したネットワークがあり、それぞれの経路が協調して進行することにより、多様な細胞機能を実現しています。
    このためにはたらくタンパク質の数は、細胞の種類で異なっていますが、人体をつくっている60兆個の細胞は、それぞれ80億個ものタンパク質をもっているというのです。
    代謝のさかんな肝臓では、1個の肝細胞のなかではたらいているタンパク質は約200億個と計算されています。
    タンパク質の種類と数は多様で、細胞骨格をつくっているアクチンは5億個、細胞膜上のインシュリン受容体タンパクは2万個程度、というぐあいです。
    タンパク質の平均的な分子量を50000とし、細胞の体積から計算されたものですが、これだけのタンパク質が、つねに分解と生成を繰り返されている状態では、異常事態がおこるリスクは少なくありません。それに備えてのタンパク質の品質管理システムが重要であり、その破綻はガンや認知症などの疾患に結びついてしまいます。

    もっとも注目されるp53

    タンパク質の品質管理にかかわるタンパク質のなかで、もっとも注目されているのがp53です。
    元素ごとの原子の質量(重さ)を相対的にあらわす数値が原子量(水素は1、酸素は16など)で、分子を構成している原子の原子量の和を分子量ということをご存じでしょう。
    1970年代に、ガンウイルスに対して動物細胞がつくり出すガン抑制遺伝子の産物として発見された、53000の分子量をもつタンパク質の呼び名がp53です。
    はじめはガン遺伝子の産物と考えられたのですが、その後、この遺伝子の変異が多くのガンでみつかり、ガン抑制タンパクとして認められることになりました。

    p53と細胞機能

    つづいてp53は、特定のDNAの塩基配列に結合して遺伝子発現を制御する転写因子としてはたらくことや、細胞周期を停止させたり、アポトーシスを誘導したりと、細胞老化や細胞死に密接にかかわることが明らかになりました。
    ヒトのDNAでは、500ヶ所以上のp53結合塩基配列が存在するとされており、転写因子として発現を促される遺伝子群は、糖代謝やミトコンドリア機能を介してのエネルギー代謝やオートファジーなどにかかわる代謝の変化を生じさせています。
    オートファジーは、オート(自分)とファジー(食べる)をつないだ“自食”という語であり、古くなったタンパク質や細胞小器官を分解してリサイクルするという細胞機能です。
    p53は上図に示されているように、いろいろなストレスによって活性化されます。そしてその状況に応じて、メチル化やアセチル化、糖鎖の付加などの手が加わり、多くのタンパク質と相互作用することによって、遺伝子の転写をすすめたり抑制したり、エピジェネティクスにもかかわったりなどして、さまざまな細胞応答をひき出しています。まさに特筆すべき中心的なタンパク質といえましょう。

    メグビーインフォメーションVol.359「細胞生物学と栄養学1細胞の一生とからだ」より

  • エピゲノムの健康科学

    エピゲノムの健康科学

    DNAと染色体

    生物がもつ形やはたらきには特徴的な性質があります。これを“形質”といい、そのうち親から子へと受けつがれるものを“遺伝形質”といいます。
    遺伝形質を伝えるしくみが「セントラルドグマ(生命の中心原理)」であり、形質を決めるはたらきを担うタンパク質のつくり方を示すしくみが、DNA(デオキシリボ核酸)という分子の構造にあることを、分子生物学が遺伝子の実体として明らかにしました。
    遺伝子とは、19世紀から遺伝形質の伝え手に与えられたよび名でした。
    DNAはヌクレオチドが多数、鎖状につながった長い分子が2本ペアとなった二重鎖で、2本をつないでいるのが、ヌクレオチドの成分である塩基です。この塩基の並び方(塩基配列)がタンパク質づくりの暗号文の文字です。
    DNA分子は、タンパク質と結合してクロマチン(染色質)になっています。タンパク質の名はヒストンで、DNAがヒストンに巻きつき、数珠のようにつながった複合体がクロマチンです。1本の染色質が染色体で、細胞が分裂するとき、それに先だって凝縮し棒状になります。それが中期染色体です(上図参照)。
    ヒトは男女共通の常染色体を22対と、性の決定に関係する、男性ではXY、女性はXXという性染色体をもつことをご存じでしょう。
    染色体は細胞内の核に収納されており、塩基性の色素によく染まるところから、この名がつきました。

    DNAとゲノム

    ヒトの1個の細胞の核内に収められたDNA(46本分の染色体)を全部つなぐと2メートル近くになるほどの長さで、塩基配列は30億対、2003年に全配列が明らかにされました。
    そのうちタンパク質づくりの設計図になっているのは2パーセントほどでしかないことがわかりました。
    DNAの塩基配列のすべてを“ゲノム”といいます。
    2005年には、ゲノムから転写された産物の半分以上が“非翻訳RNA”であることが明らかにされました。
    非翻訳RNAは転写されたRNAのうち、タンパク質に翻訳される領域をもたないRNAで、“ノン・コーディングRNA”すなわち“非コードRNA”といわれています。
    非コードRNAは厳密にはmRNA以外のすべてですが、古典的な転移RNAなどを除き、新たに発見された小さなRNAなどを指しています。
    新しく登場してきたRNAが、遺伝子発現にかかわる父親由来か母親由来かという“ゲノムインプリンティング”や、染色体複製、転写調節などに重要な役目をもつことなどが次つぎと明らかになってきました。
    またRNA干渉などの遺伝子を沈黙させて制御する現象や、外界の刺激によりDNAやヒストンが修飾される“エピゲノム修飾”などが、従来のゲノムへの見方を大きく変えることになりました。

    エピゲノム情報

    ゲノムに存在する遺伝情報には、遺伝子の特定の部分に特定の塩基配列をもつ個体があり、病気のなりやすさ(疾患感受性)を決めるDNAの多型があります。
    そしてDNA多型は、体質とよばれる遺伝要因のもとであり、環境要因が加わることによって発症に至ると考えられてきました。
    この考え方に大きなインパクトを与えたのが、“エピジェネティクス”という現象によるゲノム情報の遺伝のしくみでした。
    ゲノムの後天的な修飾を“後の”という意味の“エピ”をつけてエピゲノム情報といいます。そしてエピゲノム情報は、個体の一生を通して複製されています。
    エピゲノム情報は、上図のようにDNAのメチル化と、DNAがとり巻いているヒストンのメチル化、アセチル化、リン酸化などの修飾で維持され伝達されます。
    受精卵でいったんリセットされますが、胎内や生後の環境により変更されてゆくのです。
    いまエピジェネティクな異常と、ガンや神経疾患や肥満、糖尿病などの生活習慣病とのかかわりが指摘されるようになりました。
    さらに環境因子としての栄養条件が、遺伝子発現のレベルやタイミングの調節を介して、どのように作用するかという問題が“メタボリックメモリー”という概念として提唱されています。

    個体差とゲノム

    1997年のライフサイエンスのトピックスは、『エピゲノム研究最前線』(医歯薬出版)クローン羊ドリーの誕生でした。クローンとは遺伝的に同一の個体群をいい、ドリーは乳腺細胞の核を、卵子(核をとり出した)に移し、その卵子を子宮に入れるという操作によりつくられた“体細胞クローン動物”でした。
    ドリーは短命で、通常のヒツジの半分の寿命しか生きられませんでした。
    その後、次つぎとクローン動物がつくられたことをご存じでしょう。
    CC(コピー・キャット)と名付けれれたクローンネコが誕生したとき、ふしぎな発見がありました。CCは三毛ネコの体細胞核からつくられており、遺伝的に3色の毛色をもっているのが当然でした。ところが茶色の毛がまったくなかったのです。
    体細胞クローン動物は、提供者(ドナー)と同じ遺伝情報をもっているはずですが、茶色の毛色を生む遺伝子の不活性化が生じていました。この現象は、エピジェネティックな機構がはたらいた結果でした。
    ヒトの個体差にもエピジェネティックなDNAの修飾が存在し、環境因子との相互作用によって身体上に変化をもたらし、ガンなどの疾患の発症にも深くかかわっているといわれるようになってきました。上図は遺伝医学において、従来の遺伝要因と環境要因の相互作用にエピジェネティックな要因が加わった個体差が中心になる考え方の図です。

    ヒストンとDNAの修飾

    クロマチン構造をつくっているヒストンタンパクの末端部分をヒストンテールといいます。このしっぽがアセチル基(-CH3CO)やメチル基(-CH3)やリン酸(H3PO4)により化学修飾され、そのパターンによってクロマチンの状態が制御されています。
    クロマチンは、遺伝子の転写にあたってはゆるんだ状態になる必要があり、遺伝子発現がおこらないときは凝縮した状態(ヘテロクロマチンという)になっています。
    ヒストンのアセチル化やメチル化は、遺伝子発現を制御する調節タンパクや転写因子の作用をいろいろに変化させ、促進したり抑制したりと複雑なコントロールシステムとして機能しています。
    ゲノムにもメチル化がおこります。DNAのメチル化は、塩基配列を変更せずに、その発現を制御します。いったんつけられたメチル基は細胞交代に際して安定に受けつがれます。ただし必要に応じてはずされることもあります。
    一般に、DNAのメチル化では遺伝子の発現が抑制されます。
    細胞には、本来の細胞周期を調節したり、DNAの異常を修復したりなどの遺伝子が存在していますが、かりに異常なメチル化がおきてその発現量が減少すると、ガン化やアポトーシスなどの引き金になり、代謝性疾患の基盤にもなります。

    エピジェネティクスと疾患

    メタボリックメモリー

    第二次世界大戦末期、ナチスドイツによる封鎖により、オランダの一部の地域がひどい食糧難になり、そこでの出生児にある傾向がみられました。母親の栄養条件が悪い場合、出生児は成人したあとの肥満や耐糖能異常や高血圧を発症しやすかったのです。
    その後の動物実験では、父親の栄養状態も関連性があるといわれるようになっています。
    このような過去の一時期に置かれた栄養環境によって代謝系に変化を生じさせており、その状態が長期に持続していることを“メタボリックメモリー”といいます。
    太りやすいとか、ガンになりやすいとかの、いわゆる「体質」は、遺伝子で規定されたものとするのが従来の考え方でしたが、メタボリックメモリーによる個体差という視点がこれに加わりました。そしてこの現象は、エピジェネティックな遺伝子発現制御から生じるというのです。
    エピジェネティクスにかかわる分子はいろいろありますが、基本になるのが“メチル化”です。

    DNAメチル化

    メチル化とは、ある物質にメチル基(-CH3)が結合する反応です。
    DNAのメチル化は、4種類の塩基のうちのシトシンにおこり、メチル化シトシンを生じます。この反応は“メチル基転移酵素(DNAメチルトランスフェラーゼ)”という名の酵素によって進行します(図参照)。
    メチル基はたやすく他の物質と反応しない安定な原子団なので、酵素が手助けしなければなりません。
    メチル化したシトシンを見わけるタンパク質が存在し、それに結合して遺伝子発現をスタートさせる転写因子の邪魔をします。つまり転写が抑制されることになるのです。
    一般にDNAのメチル化は、ヒストンの修飾と協調して、遺伝子発現をコントロールするといわれています。
    DNAメチル化に用いられるメチル基は、図中のSAM(S-アデノシルメチオニン)が供与体です。
    SAMの合成にはメチオニン、葉酸、コリン、ビタミンB12などの栄養素が必要であり、“メチル基ドナー”とよばれています。
    図中のSAHはS-アデノシルホモシステインで、ホモシステインに変換します。ホモシステインが再メチル化してメチオニン回路にむかう反応に葉酸、ビタミンB12とグリシンが必要です。ホモシステインのメチル化でメチル基を供与するのがメチル基を3個もつベタインです。

    メチル化の役割

    さまざまな組織で比較すると、ゲノムにそれぞれに特徴的なメチル化の度合による模様が描かれています。
    動物が脊椎動物に進化したとき、ゲノムの塩基対は急増しました。多様なタンパク質をつくることで、いろいろな組織をもつ多細胞体を構築することができたというのです。
    ヒトなどの哺乳類では、多くの繰り返し配列の領域があります。この領域は通常メチル化されてサイレント(不活性)になり、遺伝子発現は長期的に抑制されているのですが、なんらかの原因でメチル化が失われると、その領域では急速に変異が生じ、ゲノム全体が不安定になってゆきます。その結果、染色体異常やガンなどの疾患につながります。
    メチル化シトシンは“脱アミノ化”という反応をおこしやすく、たやすくチミンに変化することが知られています。
    ガン細胞で調べると、メチル化シトシンからチミンへの変換が高頻度にみられるのです。

    メチル化異常とガン

    ガン細胞のゲノムでは、メチル化シトシンの割合が減少し、全体として、“低メチル化状態”になっています。一方で特別な領域での局所的な“高メチル化状態”が生じています。
    特別な領域とは、遺伝子の転写を開始する場所の近くにある“CpGアイランド”と名づけられている領域で、正常組織ではほとんどメチル化されていません。CpGアイランドの存在する遺伝子は、“ハウスキーピング遺伝子”であり、つねに遺伝子発現が必要なのです。
    ところがガン細胞では、この領域で高メチル化しています。とくにガン抑制遺伝子のCpGアイランド高メチル化によるサイレンシングが注目されました。
    メチル化異常は、ガンの発症・進展にかかわる細胞周期、DNA修復、アポトーシス、転移、浸潤などの遺伝子におこり、ノンコーディングRNA遺伝子もその標的になっていることがわかってきました。
    ガン組織を構成するガン細胞は均一ではありません。とくに転移・浸潤の鍵を握っているガン幹細胞や、抗ガン剤に耐性となった細胞のふるまいが、エピジェネティクスにより説明されています。
    加齢にともなって、さまざまな遺伝子へのエピジェネティック修飾が生じるといわれます。組織の慢性炎症は、前ガン状態にもみられ、動脈硬化や糖尿病などの疾患の基盤にもなることが知られていますが、炎症はメチル化異常をひきおこすのです。
    炎症性サイトカイン遺伝子のプロモーター領域での低メチル化が、炎症を持続させます。

    個体差栄養学との関係

    エピゲノムにかかわる環境因子のなかで、グルコースやホルモン様作用を示す脂溶性ビタミンや、代謝における酸化・還元反応にかかわる水溶性ビタミンや、抗酸化作用物質群などの効用が、エピジェネティクスをキーワードとして理解され、環境因子としての食物成分と生体の関係を追求する三石理論による「個体差の栄養学」を支持しています。

    メグビーインフォメーションVol.358「人体のしくみと病気11 「ゲノム」への新しい見方」より

  • 皮膚のシステム学

    皮膚のシステム学

    情報感知システム

    生体に備った感覚のシステムには、視覚、聴覚、嗅覚、味覚と並んで触覚があります。
    温度や圧力などの変化を情報として感じとり、それに適応することは、生体のホメオスタシスを維持する条件として欠かせません。
    触覚は、バリアー機能と並ぶ皮膚の機能であり、近年ようやくそのしくみについて語られるようになってきました。
    皮膚感覚を担う細胞やタンパク質について、また情報伝達システムにおける受容体のいろいろなどについての発見があったのです。
    バリアー機能にとっての電解質イオンの分布や、電気現象の意味や、肌アレやアレルギー性の炎症や老人性乾皮症などとのかかわりについて研究されました。
    ストレスや免疫反応が、皮膚と密接な関係があることは経験的に知られていますが、表皮細胞ケラチノサイトは、ストレスホルモンや神経伝達物質を受けとる情報感知システムをもっており、神経系や内分泌系と連動しています。
    皮膚は、からだ全体を包み内部環境を保つために情報を受けとり、処理するシステムとしてはたらいているのです。

    皮膚感覚

    からだの表面に生じる感覚を表在性感覚または皮膚感覚といいます。
    皮膚感覚には、触覚、圧覚、温覚、冷覚、痛覚があり、各感覚にはそれぞれ固有の受容器があります。それらの受容器の真上の皮膚の微小な部分を“皮膚感覚点”といいます。
    皮膚感覚点を体表の1cm2あたりの分布密度で比較すると、高いほうから痛点、触・圧点、冷点、温点の順になります。
    皮膚の構造が、外側から上皮組織の表皮、結合組織の真皮、脂肪組織の皮下組織を重ねたものであることをご存じでしょう。そして表皮の上を角層でおおって保護しているかっこうです。
    皮膚感覚受容器は、表皮の最下層にある“メルケル触盤”、真皮の最表面の“マイスナー小体”、真皮の下層から皮下脂肪の部分にある“パチニ小体”などで、それぞれが刺激を受けると脊髄を通って脳の体性感覚野にゆき、触れたり押されたりしたという感覚を生じます。
    メルケル触盤は、メルケル細胞とそれに結合している神経終末とでできています。マイスナー小体は有髄神経が卵形の袋に包まれ、パチニ小体は層状になっています(Vol.340 人体のしくみ─皮膚参照)。
    メルケル触盤やマイスナー小体は、体毛のない指やてのひらや足の裏などに分布しており、有毛部では毛が感覚を受けもっています。毛根に神経終末が巻きついているのです。

    表皮細胞の機能

    表皮は、角化細胞ともよばれるケラチノサイトでできています。
    表皮の基底細胞が分裂して生まれたケラチノサイトは約2週間かけて上方へ移動してゆき、そのプロセスでケラチンとよばれるタンパク質だけの角化細胞に変化します。角化細胞は層をつくり、さらに2週間ほどで最外層となりはがれ落ちます。
    表皮が外部からの刺激を感じとる機能は、個体の発生において中枢神経系と同じ“外胚葉”に属していることによって理解されるようになってきました。
    ヒトの発生では、胚は3~8週間で外胚葉、中胚葉、内胚葉に分かれます。外胚葉の一部がめりこんで管状となり、それが脊髄になり、その一端がふくれて脳になります。視覚、聴覚、嗅覚などの感覚器も、外胚葉からできてきます。
    温度などの物理的刺激や、酸などによる化学的刺激に対する“イオンチャネル受容体”が、ケラチノサイトに存在することがわかりました。
    イオンチャネル受容体は、細胞膜上ではたらきます。外からの刺激を受けとると、カルシウムイオンやナトリウムイオンなどを透過させて電気的な信号を発生させる膜受容体です。
    ケラチノサイトは、感覚器としてのセンサーを備えていることになるでしょう。

    シグナル受容と応答

    ケラチノサイトが、外からの圧力を受けると、細胞内のカルシウム濃度が上昇します。紫外線や浸透圧、酸素濃度、湿度、酸なども同じく細胞内カルシウム濃度を上昇させ、さまざまなサイトカインが分泌され、真皮まで拡散してゆきます。それが末梢神経や末梢血管にはたらきかけて、痛みや熱さなどの感覚を生じる反応をひきおこしているのでした。
    細胞内へのカルシウムイオンの流入の影響を調べると、皮膚のバリアー回復(角層のバリアー機能をこわして再生させる)がおくれるという発見がありました。角層のバリアー機能の破壊は、サイトカインの合成・放出を促進させているのです。
    サイトカインのなかに、炎症性で知られているINFαやIL-1やIL-8などがあります。
    IL-1は、日頃から角層の直下に用意されており、角層バリアーのダメージに応答してただちに放出されます。
    IL-8は免疫細胞をひきよせ、炎症反応がおこり、皮膚炎の病態がつくられることになります。
    環境中の湿度の低下でIL-1の合成量が増加するので、乾燥は皮膚にとって悪条件になります。
    アトピー性皮膚炎では、表皮でのサイトカイン合成が慢性的につづいており、末梢神経が表皮に進入してきます。
    バリアー破壊が引き金となってNGFというサイトカインが放出されます。NGFは“神経成長因子”であり、末梢神経を伸長させるというのです。
    ジンマシンのかゆみに効果のある「抗ヒスタミン剤」が、アトピー性皮膚炎では有効ではないといわれており、その理由として末梢神経による刺激の感受性が考えられています。

    乾燥肌とイオン

    表皮のバリアー機能の異常を示す遺伝性疾患の研究から、その原因遺伝子が明らかにされてイオンポンプとしてはたらくタンパク質の異常によることがわかりました。
    イオンポンプは、生体エネルギー物質ATPを使って、カルシウムやナトリウムやカリウムイオンを細胞内へ入れたり、外へ汲み出したりして、細胞内外のイオン濃度の恒常性を維持しています。
    表皮のなかでのイオンの分布が調べられています。正常な皮膚では角層の直下にカルシウムイオンとマグネシウムイオンが多く、カリウムイオンは低濃度でした。
    ところがアトピー性乾皮症(ドライスキン)や老人性乾皮症などの場合は、イオンの分布が表皮中に一様になってしまうというのです。
    ケラチノサイトはカルシウムイオンがはいると、水分保持役の細胞間脂質(Vol.340「レンガ・モルタル説」参照)の合成をストップするので、角層のバリアー機能の回復がおくれました。
    イオンの分布を正常に保たせるのは、イオンポンプのはたらきであり、高齢になるとその機能低下からバリアーの再生がおくれ、乾燥肌になると説明されています。
    角層のレンガとモルタル構造説では、レンガは角化した細胞で、モルタルとはセラミドとコレステロールおよび遊離脂肪酸の混合物で、ケラチノサイト自身がつくっていて、細胞が死ぬとき外へ押し出されたのです。
    ケラチノサイトを培養する実験で、ビタミンCを加えると細胞間脂質になるラメラ顆粒(上図)がつくられたという興味ある報告があります。
    ラメラ顆粒中には“抗菌ペプチド”がふくまれています。ケラチノサイトは、角層のバリアーを突破して侵入を狙う細菌に対しての備えも用意しているのです。乾癬という慢性的に経過する炎症性の皮膚疾患では抗菌ペプチドの量がふえています。この病気の治療にはビタミンAの誘導体であるレチノイン液の内服や、活性型ビタミンDの外用が行われています。

    皮膚の老化

    60歳を過ぎる頃から皮膚は乾燥しやすくなり、ツヤが失われたりかゆみを生じたりすることが経験的に知られています。
    角層は外からの水の浸入を防ぐだけではなく、内部からの水の蒸散量を調節しています。
    表皮は、真皮の末梢血管から水分と栄養成分を供給されています。
    真皮を構成するコラーゲン・エラスチンは、長期間の酸化ストレスや糖化ストレスによって異常な架橋がつくられ、弾力が低下してゆきます。
    コラーゲンは皮膚の丈夫さを担うタンパク質ですが、これだけでは張りが生じません。コラーゲン線維の束をゴムひものように束ねている弾力線維エラスチンがはりめぐらされていて、張りを生み出しているのです。
    コラーゲンもエラスチンも半減期が長いため、長期間、紫外線を浴びつづけたり高血糖にさらされたりすると、酸化ストレスや糖化ストレスにより、シワ、シミ、タルミなどの加齢による皮膚変化や“日光弾力線維症”などの疾患の原因になっています。
    糖化反応で生成する終末糖化産物(AGEs)の真皮への蓄積は加齢とともに増加することが知られており、それに伴って弾力が低下しているというのです。この現象はだれでも40歳ごろから程度の差はあるものの生じています。
    エラスチンはAGEsの沈着でゴムひもをまるめたような塊となり、弾力がなくなってしまいます。ビタミンB1とB6の不足は糖化ストレスを促進することが動物実験で示されています。

    皮膚とストレス

    ストレス応答ホルモン

    ストレスという語は日常語として定着していますが、通常はいわゆる情動ストレスを指しています。
    生体のストレス応答をひきおこすストレッサーには、熱や騒音、酸やアルカリ、病原体感染や生体分子の酸化や相互作用で生じるホメオスタシス(恒常性保持)のゆらぎなど、いろいろの因子を挙げることができます。
    外部環境とのかかわりを脳で感知したとき、恐れ・不安・緊張などの感情が強くひきおこされ、身体に変化を生じるような状態を情動ストレスとしてよいでしょう。
    ストレッサーがひきおこす身体変化には、自律神経系の反応と神経内分泌系による反応とがあります。
    ストレッサーによる刺激により、脳下垂体から副腎皮質刺激ホルモンが放出されます。このホルモンは副腎皮質に“グルココルチコイド”というステロイドホルモンをつくらせるシグナルです。
    グルココルチコイドは、糖新生と脂肪酸分解を促進し、リンパ球・好酸球を減少させて炎症を抑制し、生体のストレスへの抵抗性を一時的に高めます。ストレスの種類やその受けとめ方の個人差によって、グルココルチコイドの分泌が過剰になったり長期に継続すると、消化性潰瘍や高血圧などの内臓疾患のリスクになるといわれています。そして皮膚もダメージを受けることが知られているのです。

    バリアー機能への影響

    国内外の皮膚科学研究者の行った実験データによれば、情動ストレスの負荷によって、血中グルココルチコイド(コルチゾールはその一種)量は明らかに増加し、皮膚のバリアー回復速度がおくれました。
    実験の前にトランキライザー(精神安定剤・鎮静剤)が投与されていると、グルココルチコイドの上昇が抑えられ、バリアー機能回復のおくれも生じなかったというのです(右図参照)。
    さらにストレスは抗菌ペプチドの合成能を低下させることも明らかになりました。
    男性ホルモン(テストステロン)も、情動ストレスによって増え、バリアー回復をおくらせるとされています。
    ストレス応答ホルモンを皮下に注射すると、血管の透過性が高まり、マスト細胞が活性化してジンマシンにみられるような“かゆみ”を生じるという報告もあります。マスト細胞はヒスタミンをつねにもっていて、刺激によってそれを放出し、皮膚に赤みとかゆみを生じるのです。

    皮膚粗鬆症

    皮膚に生じてくる老化現象に対して“皮膚粗鬆症”という語が用いられることがあります。
    皮膚粗鬆症は、見た目の老化現象だけでなく、内側での皮膚本来の構造・機能の変化(内的変化)をあわせる考え方であり、それは表皮のみならず真皮や皮下脂肪組織もふくめています。
    外的老化においては紫外線や温度・湿度がかかわり、内的老化にはホメオスタシスを乱すストレスが最強の促進因子となっています。
    皮膚にダメージを与えるストレスには、前述の糖化ストレスや、代謝の担い手としてはたらき、組織の構成成分として不可欠のタンパク質の品質管理のトラブルとなる小胞体ストレスも重要ですが、紫外線による光老化で代表される酸化ストレスが第一といえましょう。
    酸化ストレスは、活性酸素を発生させて遺伝子分子DNAやタンパク質や脂質、糖質を酸化し変性させてシミ・シワ・タルミなどの光老化、さらには皮膚ガンの原因にもなることが知られています。

    紫外線と日やけ

    地表にとどく太陽光線のうち、紫外線は6%ほどですがエネルギーが大きく、皮膚や眼を構成する物質に吸収されると、細胞レベルでの反応をひきおこします。
    紫外線は波長によりA波とB波に分けられています。日やけを生じる作用はB波が強いのですが、角化細胞やメラニンのバリアーにより吸収・散乱・屈折されて、真皮にまではわずか10%ほどしか届きません。しかも浅いところですが、A波は20%ほどが真皮の層の半ばまでとどきます。
    表皮の基底細胞の遺伝子が、紫外線B波により傷を受けると、血管拡張作用のあるNO(一酸化窒素)やPGE2(プロスタグランディンE2)がつくり出され、真皮に達して炎症を生じさせるのです。

    アスタキサンチンの効用

    アスタキサンチンは、エビ・カニ・サケなど海の生物がもつ赤橙色の色素でカロチノイドに属しており、特有の抗酸化活性をもっています。
    アスタキサンチンは右図のように細胞膜を貫通する形で縦にはいりこむので、膜の内部と表面の両方で活性酸素を捕捉します。
    アスタキサンチンは、紫外線照射によるPGE2の産生を抑え、過酸化脂質の増加を防ぐ抗炎症効果が実験によりたしかめられました。
    抗酸化物質はいろいろありますが、アスタキサンチンは紫外線A波が生じさせる一重項酸素を消去する能力が、ビタミンCの約6,000倍、ビタミンEの500倍と強力です。

    メグビーインフォメーションVol.357「人体のしくみと病気10 「皮膚」への新しい見方」より

  • 腎機能が低下するとき

    腎機能が低下するとき

    CKDと臓器相関

    腎臓は体内環境の整備役として、毎日100リットル以上の血液を濾過し、そのほとんどを再吸収するという仕事を休みなくすすめています。各器官の細胞が生きる条件としての水分や電解質イオンの濃度やpH(酸・アルカリ平衡)のホメオスタシスを担ってはたらいているのです。その仕事の能率が低下した状態が慢性化して腎不全へすすむと、“人工透析治療”を必要とすることになりかねません。透析を受ける人は毎年1万人以上増えつづけています。
    近年、腎機能の低下は心疾患の発症リスクとして認められるようになり、メタボリックシンドロームの病態にもかかわるという認識から、新しい概念として提唱されたのが“CKD”です。CKDはChronic Kidney Diseaseの略で、慢性腎臓病を意味します。
    CKDの定義は、腎障害はあるが機能は正常のレベルというステージから透析の対象となるレベルまでのひろい範囲を含んでおり、特定の腎臓という器官に限定した障害ではなく、心臓や肝臓や脳などの臓器と連関して進行してゆく病態を指しています。
    CKDの進行は、糸球体における血液濾過能異常の程度で測られます。

    糸球体濾過とCKD

    腎臓の機能単位であるネフロンは、糸球体と尿細管とで構成されていることをご承知でしょう。
    ネフロンは左右の腎臓に約100万個ずつあり、すべての糸球体から濾過される血液量が減少して60%以下にまでなった状態がCKDということになります。それが10%にも満たないほどになると透析治療が必要になるのです。
    腎臓は血流の多い臓器で、重さは体重の0.5%程度ですが、心拍出量の約20%もの血液が送られてきます。
    血管は腎動脈から腎臓内へはいって分岐して糸球体毛細血管へはいってゆく輸入細動脈になっています。糸球体の後方には出てゆく細動脈(輸出)がつづきます。このつくりは糸球体内での血圧を低く保つようはたらいています。
    輸入細動脈壁に、レニンという物質を分泌する細胞が存在しています。腎臓からのレニン分泌は、血中で昇圧因子アンギオテンシンⅡをつくらせ、血圧を上昇させます(VoL.337参照)。
    輸入細動脈と輸出細動脈の作用で、通常糸球体内の血圧は低く保たれ、濾過を行っています。
    しかし体内の電解質バランスがくずれた状態などが、アンギオテンシンⅡの輸入細動脈や輸出細動脈への収縮作用を変化させ、濾過率の低下を招いたり、タンパク尿を生じさせたりすることが知られています。
    糸球体の毛細血管壁は、本来は血中タンパクの洩れ出しを最小限に抑えるバリアー機能を備えており、尿タンパクは検出されません。
    タンパク尿は、糸球体のバリアー機能の破綻を示しています。
    上図は腎臓血管系の模式図です。
    糸球体から出た輸出細動脈は枝分かれして尿細管の周囲をとり囲む毛細血管網(二次毛細血管網)をつくっています。それは尿細管が受けもつ再吸収というしくみのための構造であり、エネルギー消費を伴う仕事に必要な酸素と栄養物質を尿細管に供給しています。
    糸球体に近い近位尿細管の始まりの部分では曲りくねっていますが、やがてまっすぐになり伸びてゆき、ヘンレのループと名付けられている部位を経て遠位尿細管となり集合管に合流します(右図参照)。

    バリアー機能とその破綻

    糸球体の毛細血管は、内側から内皮細胞、基底膜、その外側をおおう上皮細胞の3層構造で、メサンギウムにより束ねられています。
    メサンギウムとは、“血管間膜”という意味で、糸球体の構造を支える結合組織です。
    メサンギウムに埋まった細胞(メサンギウム細胞)は収縮能をもっていて、アンギオテンシンⅡに反応して収縮します。それによって血管壁の透過性を変化させ、濾過率を調節しますが、この領域で炎症が生じると、基底膜や上皮細胞のバリアー構造を変化させると考えられています。
    基底膜は血管壁の3 層構造の2層めで、Ⅳ型コラーゲンによる網目構造がバリアー機能を担っています。
    上皮細胞は足突起とよばれる突起で隣り合った細胞とからみあい、その間に“スリット膜”が存在しています。
    スリット膜の成りたちが研究されるようになったのは最近ですが、アルブミンなどのタンパク質の透過を防ぐと報告されています。
    糸球体のバリアー機能は“サイズバリアー”と“チャージバリアー”とに分類されています。
    基底膜は5~7nmのすき間をもつ網目構造をもち、スリット膜には巾4nmの孔があって、孔のサイズより大きな分子を通さないというサイズバリアーの役をしています。
    基底膜や上皮細胞の表面は電気的にマイナスになっていて、マイナスの電荷をもつタンパク質の通過をはばみます。これがチャージバリアーです。
    このようなバリアー機能を破綻させるのが、酸化ストレス、糖化ストレス、小胞体ストレスの3者間で生じているネットワーク的作用であるといわれるようになりました。

    タンパク尿のリスク

    従来タンパク尿は、糸球体障害の程度を示す指標とされてきましたが、近年その考え方が変化してきました。タンパク尿自体が尿細管に炎症を生じさせて正常なネフロンを減少させる原因になるというのです。
    タンパク尿には、アルブミンやトランスフェリン、リポタンパク、免疫グロブリン、脂肪酸、鉄などいろいろな物質がふくまれており、活性酸素を発生させ、炎症をひきおこします。
    アルブミンは通常、尿細管で再吸収されるので尿へは出てゆきません。尿細管にはタンパク質をとりこむための受容体があるのです。
    糸球体バリアーが破綻して大量のタンパク質が尿細管へ達すると、とりこむしくみが限界に達し、細胞内の処理用小器官リソゾームがパンクし、分解酵素がばらまかれてしまいます。
    血中でほとんどがアルブミンに結合している脂肪酸は、尿細管細胞のなかでアルブミンからはなれます。これが過酸化脂質に変化して傷害因子になります。
    リゾゾームの異常は、細胞内タンパク質の品質管理に問題を生じます。
    細胞内でつくられるタンパク質は、合成装置のリボゾームから小胞体に送りこまれ、糖鎖をつけたり折りたたんだりして仕上げられます。
    この折りたたみ作業(フォールディング)には多量の酸素と糖が消費されるので、血液不足があると異常タンパクが小胞体内に蓄積します。この状態が“小胞体ストレス”です。
    小胞体ストレスが持続されると、細胞はアポトーシスという合目的的な死に追いこまれます。
    さらにこのような状況には“糖化ストレス”というもうひとつの重要な要素が加わることになるのです。

    腎臓と糖化ストレス

    透析に至る原因疾患の第一位は「糖尿病性腎症」であり、高血糖は腎機能低下のリスク因子として認識されています。
    グルコースやフルクトースが、タンパク質やアミノ酸のアミノ基と非酵素的に反応し、最終的に“AGE”を生じる糖化反応が生体内で進行することが知られています。
    AGEの蓄積は、生体タンパク質の立体構造を変化させ、AGE受容体と結合していろいろな疾患を悪化させるのです。
    高血糖はタンパク質のAGE 化を短期間に進行させるといわれています。
    体内で生じた毒物や不用物を尿へ排出する役目の腎臓は、タンパク質の代謝で生じる尿素窒素、クレアチニン、尿酸などを血中からとり除いています。そのなかにAGE やその前駆体もふくまれていることがわかってきました。
    AGE受容体はメサンギウム細胞や尿細管上皮細胞にあり、選択的にAGEをとりこみ、分解処理しています。
    この処理能力を上回ってAGEやその前駆体が蓄積してくると、細胞へのシグナルとなって炎症や酸化ストレスをひきおこすのです。
    本来はAGE を除去して体内環境を維持する腎臓自身が、糖化ストレスによって機能低下に追いこまれるのであり、腎機能の劣化は各臓器が受ける糖化ストレスを増強し、さまざまな病気を発症・進展させるという悪循環があるわけです。
    高血糖以外に酸化ストレスや小胞体ストレス、低酸素ストレスなどが糖化ストレスを増強させます。低酸素ストレスは酸素消費と供給のシステムが不調になって活性酸素を発生させ、酸化ストレスを出現させます。

    腎機能とミネラル

    ミネラル濃度の重要性

    ヒトの体内には、Na(ナトリウム)、Mg(マグネシウム)、K(カリウム)、Ca(カルシウム)、Mn(マンガン)、Fe(鉄)、Co(コバルト)、Cu(銅)、Zn(亜鉛)、Mo(モリブデン)などの金属元素と、Cl(塩素)、I(ヨウ素)、Se(セレン)などの非金属元素が、タンパク質などと結合したりイオンになったりして存在し、細胞の生存を保障する環境をつくり、その営みを助けています。
    細胞の形を維持し、情報を受けとり、物質の出入りをコントロールする細胞膜機能は、Na、K、Mg、CaおよびClイオンが形成する浸透圧と電位によって維持されています。
    細胞外液ではNa イオンが多く、細胞内ではKイオンが主であり、その濃度差を保つために、細胞膜上にNa+・K+ATP アーゼという名のタンパク質が配置されていることをご存じでしょう。
    血液中のNa イオンおよびKイオン濃度は、最重要なホメオスタシスのひとつであり、その異常は神経障害や心不全などの致死的な状態をおこしかねないことが知られています。
    血液中のNa イオンおよびKイオンの濃度を調節する役割を担うのが腎臓です。

    腎臓による調節

    血中の無機イオンは、腎糸球体で濾過されてすべて原尿へ出てゆくので、血中濃度の調節は尿細管での再吸収にまかせています。
    かりに血中のNa イオン濃度が低いと、アルドステロン(副腎皮質から分泌されるステロイドホルモンの一種)が再吸収を促進します。その反対に高濃度の場合は再吸収を抑制して尿への排出をふやすように、このホルモンの分泌が減少するという関係です(上図参照)。
    ClイオンはNaイオンとともに動くので、尿中へはNaCl(食塩)の形で出てゆきます。
    Kイオンに対しては、アルドステロンが、排出をすすめる方向にはたらきます。
    原尿中のKイオンは、90%ほどが尿細管で再吸収されていますが、血中の濃度が高い場合は集合管までいって管腔内へ出されてゆきます。
    これもアルドステロンの作用です。

    ホルモンによる調節

    血圧低下や血中のNa イオン濃度の低下によって腎糸球体の近くにある細胞(腎傍糸球体細胞)から分泌されるレニンは、血中で昇圧物質アンギオテンシンⅡをつくらせます。
    アンギオテンシンⅡ は、尿細管のNa+・K+ATPアーゼに作用してNa イオンの吸収を促進させ、集合管では同じくNa+・K+ATP アーゼによるKイオンの排出をすすめるようはたらいています。
    人体には、本来このようなナトリウムとカリウムの濃度調節メカニズムがあり、食事による摂取量の変化に対応していることになります。
    ナトリウムは食塩として摂取され、血圧の管理とかかわって必要量が論じられたり、上限値が問題にされたりすることをご承知でしょう。
    カリウムはとくに植物性食品に多く、通常の食生活で不足は生じません。下痢や大量の発汗、利尿剤の服用が低カリウム血症をひきおこすリスクになります。

    食塩感受性高血圧

    高血圧といえば減塩というのが常識という時代がありましたが、すべての人が食塩摂取量が多いことで高血圧になるわけではありません。
    一般に減塩によって10%以上の血圧低下がみられれば“食塩感受性”というのですが、遺伝子レベルで明らかになってきました。
    食塩感受性の頻度は、日本人の20%ほどと推定されており、Na イオンを輸送するタンパク質の異常や多型がその一因とされています。
    尿細管や集合管には、再吸収にかかわる輸送体タンパクがあるのですが、原尿中のNaイオンが多くなると細胞膜から細胞内へと移動して、はたらかなくなることが知られています。このしくみは必要以上に食塩を再吸収しないという合目的的な生体機能と考えられているのです。
    腎臓でおこる電解質バランスの乱れが、イオン輸送体やチャネルの遺伝子異常に結びついている例は少なくありません。
    食塩の尿への排出には日周リズムがあり、朝や昼に比べて夕食後に多いというデータが「時間栄養学」の研究で示されました。アルドステロン分泌活性は、朝に高く夕方から夜へと低くなります。これにより尿細管からの再吸収が抑えられる結果になるというわけです。

    カリウムと疾患

    カリウムの摂取量を増やすことは、血圧の安定や脳卒中の予防、骨密度の増加につながることが、動物実験や疫学研究によりわかってきました。そしてこれらの疾患の予防という観点での摂取目標量が決められました。その量は1日あたり3,500mgで、現在の日本人の標準的摂取量(約2,500mg)では足りません。
    高血圧ラットを用いた動物実験では、カリウムの多い餌を与えると血管内皮細胞による拡張機能の増加や、血管内膜へのマクロファージ付着の減少、内膜におけるフリーラジカル産生の抑制、Na+・K+ATPアーゼの活性の上昇などにより、血管内膜の傷害が軽減されると報告されています。
    欧米で行われた疫学調査では、カリウム摂取の少ない地域で脳卒中の発生率が高いことが示され、日本でもカリウムを多くふくむリンゴの生産量が多い青森県は、隣接する秋田県にくらべて脳卒中での死亡率が低いというのです。
    下痢、大量の発汗、利尿剤の服用が、カリウムの不足を生じる原因になります。
    バナナ、アボガド、サツマイモなどの野菜や果物、鶏肉などがカリウムの多い食品です。

    メグビーインフォメーションVol.356「人体のしくみと病気9 「腎臓」への新しい見方」より

  • 骨代謝の調節システム

    骨代謝の調節システム

    骨の成りたちと役割

    骨組織は筋肉との協調で身体を支え、運動機能の中核となっていますが、同時に造血やカルシウムホメオスタシスを担う器官という役割をもっています。
    骨の基本構造は、ひっぱり力に強いタンパク質コラーゲンの線維に、リン酸カルシウムを主体とするヒドロキシアパタイトを塗りこめたような構造物で、脳・神経や心臓や肺などの重要な器官を保護しています。
    ヒドロキシアパタイトは、カルシウムが10、リン酸が6、水が2という割合の化合物で、細かい結晶になっています。簡単には水に溶けないので、体液のなかでも安定ですが、結晶化しているので表面積が大きいため、血中のミネラル濃度との相互作用の影響は小さくありません。それによってカルシウムが溶け出したり沈着したりして、血液中の濃度をコントロールしつつ、カルシウムの貯蔵庫になっているのです。

    再構築される骨

    生体では、古い骨が溶かされ新品にとりかえる営み(骨代謝)がつづけられています。その理由のひとつは、つねに荷重のかかる骨内部に微細な骨折が生じており、強度を低下させることになるからであり、さらに血中カルシウム濃度維持のためとされています。
    体内のカルシウムは、毎日200mgほどが汗や尿や便に排出されるので、それを補わなければなりません。食品中のカルシウムの吸収は多くても50%、平均して30%ほどとされており、通常の食生活では不足しています。また腎臓での再吸収と排出のバランスもかかわって不足の状態になりかねません。そこで体内の貯蔵庫からとり出すしくみをはたらかせるのですが、骨代謝はそれに役立っているわけです。
    骨代謝は骨を溶かす係の破骨細胞の仕事(骨吸収)にはじまり、つづいて骨芽細胞による穴埋め作業(骨形成)によって再構築し、骨の質と量を維持する営みです。この再構築は“リモデリング”といわれ、骨の内部の太い孔(ハバース管:下図)のなかで進行します。

    3種の細胞

    骨を横にうすく切って顕微鏡で観察すると、大きい孔があいており、そのまわりに細かいほら穴が点々と存在することがわかります。このほら穴は“骨細胞”のすみかです。
    骨のリモデリングは“破骨細胞”が古い部分をこわして削りとり、そのあとを“骨芽細胞”が新しい骨のマトリックスで埋めてゆく作業で、この骨のマトリックスはⅠ型コラーゲン線維にヒドロキシアパタイトを沈着させたもので、骨芽細胞がつくり、作り手自身はこれに埋まってゆき、骨細胞とよばれる身分になるのです。
    ほら穴はとなりのほら穴とトンネルでつながっており、骨細胞はそのなかに突起を伸ばして仲間と連結し、骨格全体にネットワークを巡らしています。
    成人の骨組織はハバース管と名付けられた太い孔の周囲を骨層板でぐるぐると巻いて丈夫にしています。
    ハバース管内部には血管が通っており、リモデリングはここで進行します。

    骨代謝回転

    ハバース管のなかで、まず破骨細胞が受けもつ骨吸収の作業からはじまり、骨芽細胞による骨形成がつづきます。ここではたらいている破骨細胞と骨芽細胞の集まりを“骨再構築単位”といいます。
    骨再構築単位は全身の骨に分布していますが通常は作業が中止しており、シグナルを受けて活動をはじめます。骨吸収から骨形成へ移って再び休止期にはいるプロセスが骨代謝で、骨代謝回転ともいいます。
    血液中のカルシウム濃度が低下したときや、エストロゲン分泌が減少したとき、寝た切りのような身体活動の変化などが骨代謝を開始させます。成長期で骨を強化してゆくときや、閉経後の女性に特徴的な骨の弱体化がすすむときには活動する再構築単位がふえるとされています。
    骨吸収と骨形成の転換がスムーズで、吸収された量とあとを埋めた量とが等しくなって終わり、休止期にはいることが骨の維持には望ましいことになります。
    破骨細胞と骨芽細胞の協調は“カップリング”とよばれています。そのはたらきをコントロールする因子(カップリングファクター)に問題が生じれば骨の弱体化はまぬがれないでしょう。

    骨代謝の個体差

    骨の強度は、骨密度と骨質の両者によって決まります。
    骨代謝では、まずマトリックスのタンパク質(主としてコラーゲン)を分解し、つぎに脱灰とよばれる工程がつづきます。
    脱灰ではヒドロキシアパタイトを溶解するために破骨細胞が塩酸をつくります。この仕事には多くのエネルギーが消費されており、ATPづくりのためのリンをトランスポーターを使ってとりこむことが知られています。
    骨吸収で生じた分解産物は、トランスサイトーシスと名付けられている細胞内の移送システムによって細胞外へ排出されるしくみです。このとき血液や尿ではコラーゲンが切断されて生じたペプチドが検出され、骨吸収マーカーになっています。
    骨密度は単位面積(体積)あたりのミネラル(主としてカルシウム)量で骨量ともいいます。個人のピーク骨量は、女性では男性に比較して20~30%程度低く、高齢になってからの骨粗鬆症の発症しやすさの一因とされています。
    骨代謝回転のマーカーのひとつであるオステオカルシンの血中濃度は、ビタミンD受容体の遺伝子多型と関連しているといわれ、コラーゲン産生とともに遺伝的な個体差が存在すると考えられています。
    カルシウムの吸収についてもビタミンD受容体遺伝子多型によるちがいが報告されており、1日のカルシウム摂取量が300mg以下では吸収率が低く、摂取量を1,500mgにした場合には、多型による影響があらわれなかったというのです。栄養条件によって、遺伝要因からの弱点をカバーできるというわけです。
    骨量に与えるマイナス因子には、運動不足や薬の服用もあります。
    運動による骨への負荷が少ないと、骨吸収の期間が長びき、骨形成期も長くなるものの元の量への回復ができず骨を弱くする原因になります。
    「副腎皮質ステロイド」は、骨芽細胞のはたらきを抑え、性ホルモンの分泌を抑制して、骨量を減少させ、骨折リスクを倍増することが知られています。
    抗うつ剤の「SSRI(選択的セロトニン再とりこみ阻害剤)」は、ニューロンネットワークのシナプスにおけるセロトニンの再とりこみを抑制して効果をもたらすのですが、連日投与による骨折の増加が報告されています。
    血液凝固の抑制作用により血栓予防に用いられる「ワーファリン」や「ヘパリン」にも、長期使用による副作用として骨粗鬆症が挙げられています。

    糖化ストレスと骨

    骨粗鬆症は、“骨密度の低下と骨質の劣化により骨強度が低下する疾患”と定義されています。
    骨密度が低いほど骨折は増えますが、正常値を示す人でもしばしば骨折がおこっています。
    骨質は、骨の材質およびその構造であり、その劣化を促進するのは“糖化ストレス”であるといわれるようになってきました。
    糖化(glycation)は、タンパク質分子のアミノ基と糖がカルボニル(C=0)を介して結合する反応で、アミノ酸と糖でおこる褐変反応(メイラード反応)として食品化学の分野で知られていましたが、生体内でも非酵素的におこって体タンパクの立体構造を変化させる物質“AGEs”を生成することや、細胞表面上の受容体に結合することによって糖尿病や血管系疾患や神経系疾患の病態にかかわることが明らかにされ、老化を促進する因子として注目されているのです。
    AGEsは糖化反応の産物で、骨コラーゲンに作用して強度を減少させることがわかりました。
    骨質のコラーゲン線維は、隣り合う分子どうしを架橋でつないだ構造になっています。このコラーゲンの架橋は酵素作用でつくられ、骨材質として役立つ弾力と丈夫さのもとになります。架橋が無秩序につくられた場合、骨は過剰に硬くもろくなる上、骨芽細胞の分化をさまたげてアポトーシスへと誘導するというのです。後者のような異常な架橋を“ペントシジン”といい、AGEsの蓄積で生じます。
    加齢とともにコラーゲン1分子あたりのペントシジンが増加することがわかり、骨折のリスクを評価する“骨質マーカー”といわれるようになりました。そして骨を強くする対策として骨密度を上げても、骨コラーゲンのAGEs化が改善されないと骨折予防の効果が得られないというのです。
    骨コラーゲンのペントシジン高値は血中ホモシステイン値と相関するとされており、かねてから血管系のリスクとされていたホモシステインが、骨コラーゲンにペントシジンをふやし、骨質劣化型骨粗鬆症といわれる病態をつくる原因にもなっているのでした。

    骨粗鬆症と食品の機能

    骨折リスク

    若く健康な骨は、日常生活で出会う外力に対して、その数倍もの抵抗力をもっていますが、骨粗鬆症やガンの骨転移などの病的な状態では小さな外力にも耐えられず、たやすく骨折するようになります。
    社会の高齢化がすすむほど、“骨粗鬆症”が増加し、筋肉量の低下や転倒しやすさから骨折により生活動作能力を奪われる例が少なくありません。
    年齢が10歳高くなると、同じ骨密度を維持していても、骨折リスクは1.5倍になるとされています。
    骨粗鬆症に関連した骨折では、椎骨、大腿骨、橈骨、上腕骨などに多くおこります。
    胸椎や腰椎の椎骨がつぶれて背中が丸くなったり(円背)、身長が縮んだり、痛み(腰背痛)が生じたりします。
    脊椎椎体の多発骨折で円背が強くなると、姿勢の微調整を受けもっている腰背筋がはたらきつづけなければならない状態に追いこまれて、慢性的な痛みの原因になります。
    転倒して肘をついたとき、腕のつけねが骨折することがあります。
    肘より上の腕の骨が上腕骨で、肩関節全体に痛みがひろがります。
    転んだとき手のひらをつくと、手首の骨折がおこります。橈骨は手首の近くで太くなっている前腕の骨で、肘関節の近くで太くなっている尺骨との組み合わせで、複雑な腕の機能を生み出しています。尺骨にくらべて橈骨の骨折がおこりやすいことが知られています。
    大腿骨の骨折は、男女とも70歳代後半から増加します。転倒したとき手で支えられず、尻もちをついたり、太ももをねじったりしておこります。
    椎体骨折は、転倒のように大きな外力が加わらなくても、からだをねじる、曲げる、重い物をもち上げるなどの日常の動作の影響が大きく、身体活動量や栄養素の摂取量などのいろいろの条件がリスクになっています。

    エストロゲンの作用

    高齢女性に骨粗鬆症が多い理由が、エストロゲン分泌低下にあることはよく知られています。
    エストロゲンは、細胞の核内にある受容体に結合して骨代謝を調節しています。
    エストロゲンは骨芽細胞の増殖や、腎臓での活性型ビタミンDづくりの促進などにより、骨形成をすすめて骨の構造を維持するようはたらきますが、血中濃度が10分の1ほどに減少すると骨吸収が上回るようになってゆくのです。
    骨形成と骨吸収がともに活発な状態(高回転型という)で、骨からのカルシウム消失が急速なのが閉経後の4~5年とされており、10年以上経過すると、骨形成と骨吸収のいずれもが低レベルに移行し、骨の萎縮が徐々に進行するようになります。(低回転型骨粗鬆症)
    骨芽細胞も破骨細胞もともにエストロゲン受容体をもち、お互いに抑制し拮抗的にはたらいているのです。

    植物性エストロゲン

    高回転型骨粗鬆症(閉経後)に対して、ホルモンを補充する対症療法が行われますが、子宮内膜ガンや乳ガンの増加という副作用が指摘されています。
    植物成分のなかには、イソフラボンやレスベラトロールなどの、エストロゲン受容体と弱く結合して、骨吸収を抑制する作用を示す物質が見出され、加齢による骨の弱体化への有効性が期待されることになりました。そして“植物エストロゲン”とよばれています。
    ダイズイソフラボンのなかまは、腸内常在菌の作用で変換されて、もとのイソフラボンよりもエストロゲン様作用や抗酸化作用が強い物質(エクオール)になっていることがわかってきました。エクオールは植物にはふくまれていません。
    腸内でイソフラボンからエクオールへと変換する効率には個体差がみられ、日常の食生活との関係をしらべた結果、糖質やルミナコイドの摂取が多いとエクオールへの変換がすすみ、血中濃度が高くなりました。
    食物繊維やオリゴ糖などのルミナコイドと植物性エストロゲンの日常的な摂取は、骨量維持に役立つといえましょう。
    オリゴ糖は、カルシウムやマグネシウムという骨ミネラルの吸収にも役立っています。

    乳タンパクの効用

    骨芽細胞が活性化して最初にとり組む作業はコラーゲン合成です。コラーゲンは繊維状タンパクで、骨の基質(基盤となっているタンパク質)の85~90%を占めています。
    骨基質には石灰化に必要なグラタンパクやプロテオグリカンなどいろいろのタンパク質がふくまれ、これにヒドロキシアパタイトが沈着(石灰化)します。
    そこで骨づくりのための栄養条件が、良質タンパクとカルシウムの摂取とされています。
    日常の食品では牛乳がすすめられます。牛乳のタンパク質はアミノ酸スコーア100の良質タンパク食品であるばかりでなく、カルシウムの吸収効率を高めるCPP(カゼインフォスフオペプチド)や、骨代謝改善効果が確認されたMBP(乳塩基性タンパク)による機能が知られています。
    CPPは主要な乳タンパクであるカゼインが消化されて生じるペプチドであり、MBPは牛乳にふくまれる100種類以上のタンパク質が集まった複合物で、200mlの牛乳に、10mgほどがふくまれています。

    メグビーインフォメーションVol.355「人体のしくみと病気8 「骨」への新しい見方」より

  • 心筋の生理と異常

    心筋の生理と異常

    心不全

    休みなく全身に血液を循環させる原動力は、心臓の営むポンプ作用を基本にしたシステムで生み出されています。それは安静な状態、激しい運動、精神的な興奮などにより変化するからだの需要に応えて、血液の拍出量を適応させるようはたらかなくてはなりません。
    もともと心臓には、必要に応じて通常の数倍もの血液を送り出す能力があるのですが、なんらかの原因で必要量の血液が送り出せなくなった状態を“心不全”といいます。
    心不全は、典型的な加齢関連疾患といわれており、社会の高齢化とともに増加しています。心不全の発症は多くの場合、長い期間に心筋へのダメージを与える状態を継続させる虚血性心疾患(心筋梗塞、狭心症など)や心筋症、弁膜症、慢性の肺疾患などが基盤になっていますが、さらに高血圧や糖尿病、感染症、不整脈、骨折、外傷などの身体的ストレスや情動ストレスといったさまざまな誘因が知られています。
    高血圧症と心肥大、糖尿病と心筋のエネルギー代謝、心疾患とエピジェネティクス、心疾患の性差などのテーマが、ゲノムレベル、分子レベルで語られる時代になってきました。

    心筋と小胞体ストレス

    小胞体という細胞小器官は、生合成したタンパク質の品質をチェックし、異常タンパクはすみやかに処理するシステムとして機能しています。
    虚血や低酸素やウイルス感染、遺伝子変異などが異常タンパクを増加させ、小胞体での処理能力を上回って蓄積するような状態を“小胞体ストレス”とよんでいます。
    小胞体ストレスは炎症をひきおこし、組織を変性させ、動脈硬化や糖尿病やアルツハイマー病などの神経疾患の発症要因になっているといわれています。
    最近になって、心不全もまたタンパク質変性疾患として認められることになりました。
    小胞体での異常タンパク処理のしくみは“オートファジー”とよばれています。オートファジーは日本語では自食作用といわれるように、細胞が自分自身をクリーンに保つために不用物を分解する細胞機能というわけです。
    オートファジーは、神経細胞や心筋細胞のように新旧交代のない寿命の長い細胞の場合、とくに重要な機能といえるでしょう。
    遺伝子レベルの研究で、加齢にともなってタンパク質品質管理にかかわる遺伝子の発現が減少してゆくことがわかってきました。
    かねてから心筋細胞や神経細胞、肝細胞などに老化色素とよばれる“リポフスチン”が蓄積することが知られていました。
    リポフスチンは脂質成分の過酸化物で、オートファジーはその除去を担っています。
    小胞体ストレスと酸化ストレスとが、加齢とともに心筋障害を生じさせ、心不全を発症しやすくさせているのです。

    心肥大のメカニズム

    心筋細胞の分裂・増殖は、妊娠末期には終了し、出生後の臓器サイズの増加は、細胞の肥大によります。成人の心筋細胞の大きさは新生児の3倍ほどになっています。
    心筋細胞は一生の間、収縮と弛緩をくり返すので、圧という力学的負荷にさらされつづけることになります。
    心臓は持続的な力学的負荷に対して、肥大という応答をします。細胞の径が大きく壁の厚みを増し、細胞外マトリックスも増加します。このような変化で心筋組織の容積や重量が増した状態が〝心肥大〟です。
    心肥大には生理的肥大と病的肥大があり、前者は強度の高い運動をつづけているアスリートにみられるもので、心機能は正常に保たれています。それに対して、高血圧や大動脈弁狭窄症といった病態からおこってくる心肥大では、ほとんどの場合収縮・拡張能が低下しています。
    圧負荷を与えられた心筋細胞は、その刺激をシグナルとして肥大にかかわる遺伝子を発現します。容積をふやし、線維芽細胞がコラーゲンをつくって壁の強化をはかります。しかし毛細血管網は多くなりません。そこで血液供給能力に問題を生じることになります。
    血圧上昇システムとしてはたらく“レニン・アンギオテンシン・アルドステロン系”は、血管収縮作用とともに心肥大をすすめることが知られています。
    心肥大は心不全の初期症状といわれており、高血圧性心疾患につながってゆきます。

    心筋と糖代謝

    細胞分裂による交代もなく、休みなく収縮・弛緩をくり返す筋細胞にとって、エネルギーづくりの条件は重要な課題にちがいありません。
    細胞のエネルギー獲得は嫌気的と好気的の二通りの代謝系を組み合わせた方法で、細胞小器官ミトコンドリアがその中心的役割を担っていることをご存じでしょう。
    心臓は重量あたりの消費エネルギーが最大の臓器です。
    成人の心筋細胞は、正常時にはエネルギー源として脂肪酸を60%ほど、残りをグルコースという配分で利用しているとされています。ところが心肥大のメカニズムがはたらき出すと事態は変わってくるのです。
    心筋が肥大するためには、核酸や脂肪やタンパク質などの合成をすすめなければなりません。そこで心筋細胞はグルコースを多くとりこみ、解糖系の維持をはかります。
    ミトコンドリアでのエネルギーづくりでは、活性酸素の発生が避けられません。心臓は解糖系とミトコンドリア系とのバランスにより、酸化ストレスの増大を抑えているのですが、心肥大にともなうグルコース供給の変化は、この体制を乱すことになり、エネルギーレベルが低下してゆきます。
    心筋細胞への血液供給不足は、ミトコンドリアでの活性酸素発生を増大させ、酸化ストレスをひきおこし、さらにミトコンドリア機能を低下させることになります。

    コエンザイムQ10

    ミトコンドリアでのエネルギー代謝では、内膜に存在する4個のタンパク質複合体と電子伝達体との連携したはたらきで運ばれた電子が、最終的に酸素を還元して水にするプロセスにおいて合成酵素によりATPがつくり出されます。
    ここで重要な役割をもつ電子伝達体がユビキノンです。ユビキノンは補酵素Q(コエンザイムQ)ともいわれる脂溶性の分子です。
    コエンザイムQ分子の構造には、イソプレノイドとよばれる側鎖があり、生物の種類によってその数が異なっています。ヒトではその単位数が10であり、CoQ10と表記されます。
    CoQ10は強力な活性酸素スカベンジャーであり、ミトコンドリアでは電子伝達体と抗酸化物質の二刀流ではたらき、心筋の機能を支えているのです。
    CoQ10は細胞内で生合成されていますが、食品(主として牛・豚肉や魚)やサプリメントにより供給されています。
    生合成のとき、側鎖はアセチルCoAからの経路の初期段階がコレステロール合成と共通しているので、この部分の酵素を阻害するコレステロール低下薬(スタチン)はCoQ10の合成もさまたげることになります。
    心疾患へのCoQ10の臨床応用では、心肥大、狭心症、心不全の症状を改善するという報告が多く、心筋保護の有効性が認められています。

    心疾患と性差

    全身へ血液を供給する心臓自身は、冠動脈により養われています。冠動脈の血流と心筋の酸素需要との間のバランスが失われた虚血という状態が一過性のとき、胸痛や圧迫感などが症状としてあらわれます。これが狭心症で、虚血の持続時間が長く心筋が壊死におちいる事態になると心筋梗塞ということになります。共に虚血性心疾患に分類され冠動脈での動脈硬化が基盤となって進行します。
    虚血性心疾患の発症率・死亡率には性差があり、女性は男性よりも約10年おくれて発症し、発症率も低いことが知られており、その理由として女性ホルモン(エストロゲン)の心血管保護作用が挙げられています。
    加齢は男女共通のリスク因子ですが、女性では閉経によるホルモンレベルの変化が加わり、その後は性差が小さくなってゆきます。

    性ホルモンの作用

    心筋細胞や血管の内皮細胞・平滑筋細胞はエストロゲン受容体とテストステロン(男性ホルモン)受容体をもっています。
    エストロゲンは、血管内皮細胞が自らつくり血管拡張を促す物質NO(一酸化窒素)やプロスタサイクリンの合成を誘導したり、平滑筋細胞の増殖を抑制したりなどにより、動脈硬化の発症・進展を予防しています。
    さらに心筋細胞の肥大にかかわるシグナル伝達を抑制して心肥大を防ぐ作用も知られており、活性酸素除去酵素SODの産生をふやして酸化ストレスの低減にも役立つなどの多彩な効用が挙げられているのです。
    テストステロンにもNO合成誘導作用があります。疫学調査により血中テストステロン濃度の低値が心疾患のリスク因子であることがわかってきました。
    テストステロンは、酵素アロマターゼの作用でエストロゲンに変換され、受容体を介してはたらきます。
    男性の場合も、加齢とともに生じるテストステロンの減少が心疾患発症のリスクになります。

    脳と心機能の調節

    循環システム調節

    全身の細胞が生存するのに必要な酸素と栄養物質・生理活性物質を供給する循環系は、下図のように神経調節と体液性調節によりコントロールされています。
    神経調節は、自律神経系の交感神経と副交感神経(主に逃走神経)との拮抗的な作用で営まれるもので、アドレナリンやアセチルコリンのような伝達物質の分泌によるものを体液性調節といいます。
    神経調節と体液性調節によって、心筋の拍出量や血圧を、日常の行動や臓器ごとの活動に適応させています。

    自律神経の作用

    交感神経の伝達物質はノルアドレナリンで、生体活動をさかんにするようはたらきます。それに対して副交感神経はアセチルコリンを分泌してブレーキの役をします。
    心臓に対して交感神経が作用すると、心拍数が増加し収縮力が大きくなります。日常生活で精神的な不安や興奮で動悸がはげしくなることを経験するのは、脳(視床下部や大脳皮質など)からの支配で自律神経系がはたらくからです。
    運動や精神的ストレスは、交感神経の過度の反応から心筋虚血の原因となり、一方で虚血が自律神経のバランスをくずし、不整脈という病態をひきおこすケースが少なくありません。
    図中の“心房利尿因子”とは心房性ナトリウム利尿ペプチドで、その発見によって心筋のホルモン分泌機能が注目されることになりました。

    心房利尿因子

    心臓のつくりは“4弁・4室”といわれます。左右の心房と心室と、内部の血流路をつくっている4種の弁とで構成されており、血液は、全身→右心房→三尖弁→右心室→肺動脈弁→肺循環→左心房→僧帽弁→左心室→大動脈弁→全身という経路で流れています。
    従来、心臓のポンプ作用では心室が主であり、心房は補佐役とみなされていました。
    心筋から強力な利尿作用・血圧降下作用をもつホルモンが分泌されていることがわかったのは1984年でした。
    このホルモンが“ナトリウム利尿ペプチド”で、そのうち主に心房で生合成されるのが心房ナトリウム利尿ペプチドで、心不全や急性心筋梗塞などの緊急時に大量に分泌されます。
    急に脈がはやくなったときなどに、心房が刺激されてこのホルモンの分泌が高まると、利尿作用により頻尿になることがあります。

    拍動のリズム

    心臓の拍動はリズミカルにおこっています。心筋のなかの特定の部位から出た周期的な電気刺激が、心臓内にはりめぐらされた通路(刺激伝導系)を伝わってゆき、刺激をうけた心筋細胞がいっせいに収縮活動をします。
    収縮のあとはいったん拡張し、次の電気刺激によって再び収縮し、これを繰り返しているのです。
    電気刺激の発信元は“洞結節”とよばれており、右心房にあります。
    このようにして心拍のリズム(洞調律)が生じ、通常その回数は1分間に60~100回ほどです。
    洞調律が乱れたり、その回数が通常の範囲を超えたりしている状態を不整脈といいます。
    運動や興奮などで通常は無意識下にある心拍のリズムが強く感じられたり速くなったりするのが動悸ですが、多くの場合一過性の生理現象です。
    洞結節からの電気刺激が1分間に100 回以上になる場合“頻脈性不整脈”といわれ、出血、バセドウ病(甲状腺機能高進)や低血圧、貧血などでおこることがあります。
    拍動がおそく、1分間に60回未満のときは“徐脈性不整脈”で、睡眠中やアスリートの生理現象としておこることがありますが、甲状腺機能低下症や冠動脈硬化が原因というケースもあります。
    脈がとぶとか脈が触れないといった異変を感じるのは“期外収縮”です。期外収縮もまた健康な人にも高頻度でみられ、加齢とともに増加します。
    期外収縮は、洞結節からの正規の電気刺激を無視した“異常自動能”が原因です。もともとは電気刺激を発生する能力をもたない場所が勝手にはたらくのです。
    高血圧や飲酒、睡眠不足、カフェインの過剰摂取、ストレスなどがきっかけになって異常自動能をもつ場所から電気刺激が生じてしまい、拍動のタイミングを狂わせます。病的には心筋梗塞や自律神経障害や肺疾患(閉塞性)などが誘因の場合もあります。

    ミネラルイオンと心臓

    洞調律や心筋の収縮作用は、細胞内外に存在するミネラルのイオンによって助けられています。
    カルシウムやナトリウムやカリウムなどのイオンが、心筋細胞に出入りします。洞結節ではカルシウムイオンが、心房や心室ではナトリウムイオンがはたらきます。
    イオンは電荷をもっているので、細胞の内と外のイオン濃度により電気的に勾配がつくられています。
    細胞内はふつう電気的にマイナスになっています。カルシウムイオンやナトリウムイオンは陽イオンなので、これが細胞内にはいるとプラスに変化し心筋細胞が収縮するのです。
    細胞内部にあったカリウムイオンもプラスのイオンで、これが細胞外へ出されて内部をマイナスの状態にもどします。

    魚油成分と不整脈

    最近、心房での慢性炎症や線維化と不整脈とのかかわりが注目されてきました。酸化ストレスや小胞体ストレスが炎症を誘導します。近年多くの研究から、魚油成分のエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)が炎症を抑え、不整脈や心肥大の発症リスクを軽減するといわれるようになりました。

    メグビーインフォメーションVol.354「人体のしくみと病気7 「心臓」への新しい見方」より

  • 脳機能を支えるグリア細胞

    脳機能を支えるグリア細胞

    グリア─ニューロン回路網

    ヒトの脳には、ニューロン1個に対して10個の割合でグリア細胞が存在します。
    ニューロンは、ドイツの解剖学者ワルダイエルがひとつの神経細胞とその突起をあわせて、神経系を構成する単位という意味で「ノイロン」と名づけた語の英語ですが、今日では神経細胞を指してつかわれることが多くなりました。
    神経細胞が軸索とよばれる長い突起と、多くの樹状突起を備えており、これによってシナプスを介して接続する複雑な回路網(ネットワーク)を形成していることをご存じでしょう。
    感覚・情動・記憶などの脳が担う機能は、この神経ネットワーク内を巡っている電気信号と各種の神経伝達物質との組み合せで情報が伝達されることにより生み出されていることもご承知でしょう。
    シナプスでは、情報は分子の形で渡されます。
    シナプスという語は、イギリスの生理学者シェリントンが“相手をつかまえる”という意味のギリシア語をもとに名づけました。
    シナプスにはわずかなすき間(シナプス間隙)があり、一方のニューロンから送り出される神経伝達物質が、むきあったニューロンの樹状突起上のレセプターに受けとられると、信号が伝わるという方法で情報が伝達されます。
    ニューロンのまわりを埋めるようにしてグリア細胞が詰まっています。

    脇役から主役級へ

    ドイツの病理学者ウィルヒョウが、神経組織内で接着剤のような役をしているものという考えから、“膠のような”という意味でニューログリアとよんだのがグリア細胞でした。
    グリア細胞は、神経細胞に栄養を供給したり環境を整備したりなどのサポート役に位置づけられてきましたが、最近になって多彩な役割が明らかになり、ニューロンとともに脳の構造や機能をつくり出す主役級と考えられるようになりました。
    グリア細胞は、その形態や機能のちがいにより“オリゴデンドログリア(乏突起神経膠細胞)”と“アストログリア(星状神経膠細胞)”および“ミクログリア(小神経膠細胞)”に分類されています。
    オリゴデンドログリアは、アストログリアよりも突起が少なく、神経軸索に巻きついて絶縁体になっていたり(有髄細胞)、神経線維を束ねたりしています。末梢神経ではシュワン細胞が神経線維に巻きついてミエリン鞘(髄鞘)というカバーでおおいます。
    アストログリアはその名の通り星状で、伸ばした突起で神経回路や血管網の周囲を埋めて、神経組織と外部とを隔てるグリア境界膜というバリアをつくっています(上図参照)。
    アストログリアは、このグリア境界膜を介して脳の血管からグルコースをとりこみ、体内にグリコーゲン(貯蔵型グリコーゲン)を蓄えています。グルコース分解を活発に営んでおり、生じたピルビン酸や乳酸をニューロンに供給しているのです。
    セリンは体内合成されるので非必須アミノ酸に分類されるアミノ酸ですが、アセチルコリン分解により神経伝達を調節する酵素アセチルコリンエステラーゼの活性中心を受けもったり、コリンリン脂質やエタノールアミンなどの材料になったりと、脳に必須の栄養因子です。このセリンはアストログリアが合成して、ニューロンに供給しています。
    アストログリアの細胞膜上には、多様な神経伝達物質に対する受容体が存在し、さらにグルタミン酸やATPなどを遊離します。
    グリア細胞もお互いが連絡しあうネットワークをつくっています。ニューロンとグリア細胞の間には、ニューロンとニューロン、ニューロンとグリア、グリアとグリアという情報伝達のルートがあり「三者間シナプス」といわれています(下図参照)。

    三者間シナプス仮説へ

    ニューロンのシナプスでは、シナプス前ニューロンからシナプス後ニューロンへと神経伝達物質が渡されますが、その一部はシナプス間隙へ出ます。周囲をとり巻くアストログリアがこれに応えてグルタミン酸などを放出します。これがニューロンにフィードバックしてシナプス伝達を抑制することが知られています。
    ニューロンの前・後シナプスとアストログリアがもつ周辺シナプスの相互連絡と協調が、脳の複雑なはたらきをつくり出しているというのが「三者間シナプス仮説」ですが、グリア側はアストログリアだけではなく“ミクログリア”が加わったミクログリア-ニューロン間の情報伝達機構があり、さらに複雑で巧みなネットワークシステムがはたらいているというのです。
    ミクログリアは、神経組織の傷害や変性および再生にとって重要であり、ミクログリア-ニューロンの相互作用の解明は、難治性の神経変性疾患(アルツハイマー病、小脳変性症など)や精神疾患(統合失調症、うつ病など)研究の柱とされるようになってきました。

    虚血と脳疾患

    動脈硬化や血栓症により、脳組織への血流がとだえた虚血という状態になると、組織の壊死や炎症が生じます。
    酸素の供給が断たれると、主要な神経伝達物質であるグルタミン酸があふれ出して、ニューロン周囲での濃度が高まります。
    濃度の急上昇は、グルタミン酸受容体に過剰な刺激を与え、その結果、細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇して最終的に細胞を死に至らせます。この細胞死はネクローシスで、梗塞がおきた脳で観察されています。
    虚血の早期からマクロファージや好中球が、つづいてT細胞が集まってきます。これらの免疫細胞とミクログリアがサイトカインや活性酸素などを放出して、神経炎症を成立させることになります。
    虚血が解除され、血流が再開するときに出現する活性酸素も傷害因子になります。

    フォールディング異常病

    アルツハイマー病、パーキンソン病、ALS(筋萎縮性側索硬化症)などの神経変性疾患が内因性タンパク質の構造やふるまいの異常で発症する“フォールディング異常病”であることが明らかになってきました。
    細胞内で合成されたタンパク質は、遺伝情報に従ってアミノ酸をつないだペプチド鎖が折りたたまれ(フォールディング)て本来の機能をもつようになることをご存じでしょう。
    タンパク質が正しい折りたたみ構造に仕上らないとき生体はそれを分解し処理しますが、その能力が足りないと、変性したタンパク質が凝集し細胞内外に蓄積してゆきます。ミスフォールドタンパクは細胞小器官の機能をさまたげたり、酸化ストレスを生じさせたりしますが、ニューロンから病原タンパクが放出されると、周囲のニューロンへと感染してゆくという機序が“プリオノイド仮説”として説明されています。
    近年、神経細胞にも幹細胞が発見されていますが、大部分のニューロンは細胞交代をしないので、ミスフォールドしたタンパク質の蓄積は神経変性疾患の病因になるのです。
    そして病因タンパク質を標的にした抗体による免疫療法の開発が試みられています。

    ヒトの脳と脳内物質

    興奮と抑制のシグナル

    神経組織の機能は、電気装置と表現されます。ニューロンの興奮で生じた電気の信号が、ネットワーク内をかけめぐっているのです。
    ニューロンの内と外との間には一定の電位差があり静止電位といわれます。
    刺激によってこの電位差が上昇する状態を、細胞の興奮あるいは発火といいます。
    ニューロンの興奮がシナプスを経由して伝わったとき、受けとった細胞を興奮させたり、その度合を高めるのが興奮性シグナルです。
    その反対に信号を受けとった側のニューロンの興奮を弱めるのは抑制性シグナルです。
    ひとつのニューロンには興奮と抑制の両方のシグナルが送りこまれます。その総和が受け手のニューロンの活動を決めます。
    神経シグナルの興奮性か抑制性かを決めるのが伝達物質の種類で、その強さは伝達物質の結合した受容体によります。
    もっとも典型的な興奮性伝達物質はグルタミン酸で、ノルアドレナリン、アドレナリン、セロトニン、ドーパミン、アセチルコリンがそのなかまです。
    抑制性伝達物質にはギャバ(γ-アミノ酪酸)とグリシンがあります。
    ノルアドレナリン、アドレナリン、セロトニン、ドーパミンは、アミノ基(-NH2)が1個のアミンであり“モノアミン”とよばれています。
    興奮性伝達物質と抑制性伝達物質のバランスがくずれると神経疾患や精神疾患発症の原因になることがわかってきました。

    モノアミン神経伝達

    モノアミンのなかまは、カテコールアミンとインドールアミンに分類されます。ノルアドレナリン、アドレナリン、ドーパミンは前者であり、セロトニンは後者です。
    モノアミンを伝達物質とする神経系は、脳幹や辺縁系から大脳皮質へゆき、認知や情動といった脳機能を支える基盤になっています。その主要な役割は調節作用であり、その過不足は統合失調症やADHD(注意欠陥多動性障害)や気分障害(うつ病、躁病、パニック障害)、攻撃性などの性格にまでかかわっているというのです。
    この考え方から「心の病い」の病理・病態を解明し、治療法を見出そうと試みられています。

    心の病気とモノアミン

    モノアミン類が、心の状態を左右することは、いろいろのきっかけで発見されました。高血圧症の治療薬を服用する人にうつ病が発生したり、反対に結核治療薬の服用でうつ状態が改善されたりといった経験から、モノアミンを酸化分解する酵素(MAO)の役割が浮かび上りました。
    MAOのはたらきを抑える物質を含む薬を服用したときは、モノアミン濃度が高く保たれ気分がよくなり、モノアミンを減少させる物質はうつ病の原因になることに気付いたのです。
    「モノアミン理論」が発表されたのは1960年代です。これは“ノルアドレナリンの不足がうつ病を発症させ、過剰なときに躁病になる”というものでした。
    一方、“うつ病にかかわるモノアミンは、セロトニンである”と考える人たちによって、次の仮説が提唱されました。
    それは“セロトニンの不足が引き金になってノルアドレナリンが不足し、その結果としてうつ病になる”というものでした。そしてじっさいにセロトニン量の不足と病態との関係がたしかめられていったのです。
    以前は精神分裂病といわれていた統合失調症では「ドーパミン仮説」があります。ドーパミン神経伝達が大脳辺縁系では過剰、前頭前野皮質では低下しているとされており単純ではありません。セロトニンはドーパミンの放出を抑制するのでした。
    統合失調症の治療薬のひとつ(定型といわれる)はドーパミン受容体に結合し、神経伝達をさえぎるものですが、アドレナリンやアセチルコリンやヒスタミンの受容体にも親和性をもつため、副作用を誘発してしまいます。
    そしてもうひとつのタイプの薬(非定型)はドーパミンとセロトニンの両方の受容体と結合し遮断するのです。セロトニン受容体の遮断によりドーパミン放出が促されます。
    新たに開発された第3のタイプの治療薬は、ドーパミン受容体のアゴニストでドーパミンによる神経伝達が過剰のときはアンタゴニストとして作用し、低下している場合はアゴニストになるという行動により、ドーパミンシステムを安定させるというものです。

    アミノ酸とアミン

    神経伝達物質が、必要に応じて直ちに供給されなければ脳の機能は維持できません。
    アミノ酸、ペプチド、アミンに分類される神経伝達物質のうち、ペプチドおよびアミンはアミノ酸から生合成されています。
    アミノ酸に脱炭酸酵素が作用し、CO2(二酸化炭素)がとれるとアミンになります。
    グルタミン酸の構造には2個のカルボキシル基(-COOH)があり、そのひとつが二酸化炭素になって抜け出すとギャバ(GABA)ができます。
    ヒスチジンからはヒスタミンが生じ、トリプトファンからセロトニン、メラトニンがつくり出されます。
    ノルアドレナリン、アドレナリン、ドーパミンは、フェニルアラニンやチロシンが原料です。
    トリプトファンやフェニールアラニンは必須アミノ酸ですが、チロシンはフェニールアラニンから生合成されます。フェニールアラニンの必要量の50%がこれに回されており、また合成にはたらく酵素は脳にはありません。カツオ節やユバ、凍り豆腐、ナチュラルチーズ、しらす干しなどがチロシンの給源です。チロシンの摂取はフェニルアラニンの代替効果をもつので、準必須アミノ酸に分類されています。

    メグビーインフォメーションVol.353「人体のしくみと病気6 「脳」への新しい見方」より

  • 血管と血圧の関係

    血管と血圧の関係

    本態性高血圧

    多細胞体への進化は、からだに巧妙な血液の循環システムをつくり上げました。
    心臓から出た血液は、遠くはなれた手足の先の細胞までとどかなければなりません。そしてその仕事は重力に抗して休まずつづける必要があります。全身にはりめぐらされた血管へ血液を流すための圧力が“血圧”というわけです。
    血圧の基本は、心臓からの拍出量と末梢動脈血管の総体の抵抗とで、次のような式であらわされます。
    血圧=心拍出量×総末梢血管抵抗
    従って心拍出量または総末梢血管抵抗の増加が、血圧を上昇させることを示しています。
    日本人の循環器疾患基礎調査の資料では、高血圧症と診断される人の数は加齢とともに増加し、年代と同じ%の罹患率とされています。60歳代では66%、70歳以上では77%という具合です。
    また高血圧の90%以上が本態性高血圧であり、遺伝性高血圧と区別されています。
    遺伝性高血圧は単一の遺伝子変異が発症の原因になるのに対し、本態性高血圧は環境因子に昇圧の原因があり、その反応のレベルを遺伝子が決めているというのです。

    圧・利尿反応

    環境因子には、過食や運動不足による肥満、カルシウム・マグネシウム・カリウムの摂取不足、ストレス、食塩過剰摂取などがあります。
    また動脈硬化やインシュリン抵抗性との深いかかわりが指摘されています。
    生理作用として、血圧が上がると腎臓からの水とナトリウムの排出を増やし、体液量を減少させて血圧を下げることが知られています。この現象を圧・利尿反応といいます。
    本態性高血圧では、右図のように圧・利尿曲線が右方へ移動しており、ナトリウムと水の排出に、正常より高い血圧を必要とするのです。
    また腎糸球体の数が少ないことが高血圧のリスクになっています。加齢や虚血、酸化ストレスなどが糸球体数を減少させると、ナトリウム排出のための血圧上昇を招きます。
    ヒトの腎臓は、ナトリウムを大部分再吸収します。海から陸上へと移動した動物はナトリウムを保持するしくみを備えることによって、低塩食に適応したといわれているのです。
    減塩により血圧を下げる効果には個体差があります。
    血圧の食塩感受性は、遺伝子多型をふくめた多因子により決まります。右下の表は臨床上知られている傾向をあらわしています。
    世界規模の疫学調査により、食塩の摂取量と血圧の関連がいわれており、日本人の食生活におけるガイドラインとして1日の食塩摂取量を6g以下としていることをご存じでしょう。「健康日本21」では10g/日を目標にしています。
    一方で厳格なナトリウム制限は要注意という指摘があります。
    日本人を対象にした研究のひとつ(女子学生対象)では1日に5.8gの食塩摂取を10日間つづけると、尿中へのカルシウム・マグネシウムの排出促進がおこりました。
    また若い男性を対象として、2g~10gの範囲で摂取量を変えてみる実験をしたところ、血中アルドステロン(腎尿細管でのナトリウム再吸収、水素イオンの排出を促す副腎皮質ホルモン)の分泌が、4g/日の摂取で低下するという結果だったと報告されています。
    日本人の食生活では1日に10g~13gの食塩摂取であり、減塩が必要といわれているのですが、「時間生物学」研究者が興味ある報告をしました。1日の食塩摂取量が例えば同じ12gでも、朝食よりも夕食時に多く配分すると血圧を上昇させません。夕方にはアルドステロン分泌が少ないのがその理由とされています。

    血管と高血圧

    動脈硬化と高血圧とは密接な関係にあることが知られています。動脈硬化が高血圧の原因となり、高血圧は動脈硬化をすすめるのです。
    動脈のうち筋性動脈といわれる中小動脈は、平滑筋細胞が豊富で、つねに緊張を保つトーヌスという状態にあります。筋層が厚くなると内腔がせばまり血管抵抗が増し血圧が上昇します。
    動脈へかかる圧力が大きくなると、血管壁へのシェアストレスが変化し、乱流を生じます。
    シェアストレスはずり応力といわれるもので、流れの速さや粘度で変化します。
    シェアストレスは血管内皮細胞の機能に影響して、NOやプロスタサイクリン(血管拡張作用をもつプロスタグランディン)の産生を促進させたり、平滑筋細胞の収縮作用と増殖刺激作用物質エンドセリンの産生を抑制したり、白血球の接着性をさまたげたり、炎症性サイトカインを増加させたりなどして、慢性炎症による動脈硬化へと進展させます。

    ホモシステイン

    近年、血中のホモシステイン値のコントロールが高血圧の予防に役立つといわれるようになりました。
    ホモシステインは、メチオニン代謝のプロセスで生じる中間代謝物で、動脈硬化のリスク因子とされています。
    ホモシステインはSH基をもつアミノ酸で、ジスルフィド結合(S-S結合)を形成してホモシスチンになります。
    このジスルフィド結合形成のプロセスでは、スーパーオキサイドや過酸化水素が出現します。
    スーパーオキサイドや過酸化水素は活性酸素で、NOと反応するとペルオキシナイトライトとよばれる強い酸化力を示す物質をつくり出し血管内皮細胞を傷つけ機能を損わせるのです。
    葉酸・ビタミンB6・ビタミンB12の不足は、ホモシステイン値の上昇を招きます。

    高血圧とNO

    NOはアミノ酸アルギニンを原料として、NO合成酵素によりつくられます。そして血管を拡張させたり、交感神経の活動を抑えたり、昇圧ホルモンのエンドセリンの分泌を調節したり、腎でのナトリウムの再吸収を抑制したり、血管平滑筋の増殖を抑えたりなどの作用によって、つねに血圧調節の役割を果しています。
    NO合成酵素の活性レベルの調節は、細胞内のカルシウム濃度の上昇が決め手であり、血流のずり応力は細胞内カルシウムイオンを増加させるのです。
    女性ホルモン(エストロゲン)もまた、内皮細胞にあるレセプターを介して、カルシウム濃度を上げる作用があり、それによる血管拡張反応がみられます。これが女性の閉経後高血圧に関係していると考えられています。
    前述のようにNOは活性酸素を捕捉します。活性酸素はアンギオテンシンⅡが血管平滑筋細胞に作用するとき動員される酸化酵素のはたらきによって発生するので、高血圧とのかかわりは少なくありません。

    内皮細胞とNO

    血管内皮細胞は、血流と接することによる機械的刺激を受けつづけています。それは血流の方向へと歪みを生じさせるような力であり、前述のずり応力とよばれているものです。
    ずり応力は内皮細胞からのNO放出を促すので、血管壁ではつねにNOがつくられています。
    ずり応力の強さによってNO合成酵素遺伝子の転写が促され、持続的にNOをつくるのですが、基質となるアルギニンが不足していると、活性酸素を発生させるといわれています。
    アルギニンは非必須アミノ酸(幼児では必須アミノ酸)ですが、アンモニアの解毒や成長ホルモン分泌、血小板凝集抑制などの重要な生理機能をもつことが知られています。
    アルギニンは体内合成されますが、高血圧症の場合、毎日6gの摂取を6週間つづけたところ血圧低下をみたなどの報告があり、いつも充足されているとはかぎりません。
    アルギニンは、カツオ、エビ、ナッツ、牛乳、肉類などに多くふくまれています。

    加齢と高血圧

    血管系は加齢性変化を受けやすい組織であり、交感神経系にも腎機能にも同じく加齢性変化がおこってきます。65歳の時点で血圧が正常値であった人の90%ほどが、のちに高血圧になるというデータが示されています(フラミンガム研究)。
    血圧の変動にはサーカディアンリズムがあり、夜間の就寝中には低くなり、起床とともに高くなり、日中は高めで夜になると低くなるのがふつうのパターンです。
    加齢とともに夜になっても血圧が下がりにくくなる夜間高血圧の割合がふえています。
    夜間高血圧は“ノン・ディッパー型(non-dipper)”ともいわれ、サーカディアンリズム(概日リズム)の異常と考えられており、脳梗塞のリスクが高くなります。
    高齢者では別の血圧変動のタイプ(起床時に急激に血圧が上昇するモーニングサージ)も少なくありません。これの原因は副腎髄質ホルモンアドレナリンの血管収縮作用とされています。

    加齢性高血圧と食物成分

    血管の加齢性変化

    動脈壁の変化を分子レベルでみると、コラーゲンの架橋とエラスチンの減少や断片化が、加齢にともない増えています。
    コラーゲン線維に不必要な架橋がつくられたり、弾力を担うエラスチンの構造が失われたりすれば硬化の原因になるでしょう。
    動脈硬化は炎症性疾患といわれるように、内皮細胞も平滑筋細胞も、構造タンパクであるエラスチンやコラーゲンも、炎症性サイトカインや酸化ストレスによって劣化してゆきます。日常的な抗酸化物質や抗炎症性食品成分の摂取は動脈硬化対策のひとつです。

    腎機能と夜間高血圧

    人体のいろいろな臓器の重量が加齢にともなって減少することが調べられています。
    臓器の重量減少は、細胞数の減少を示しており、従って機能低下と結びついています。
    腎臓の機能低下による“圧・利尿反応”における変化は、前述のように高血圧の状態をつくり出します。
    日中にじゅうぶんナトリウム排出ができないと、代償的に夜間に圧・利尿反応がおこり、血圧が下がりにくくなり、ノン-ディッパーパターンになりやすいとされています。
    サーカディアンリズムの乱れによる睡眠障害や、認知機能・うつなどの脳機能の異常も夜間高血圧とかかわっています。高齢者の高血圧ではノン-ディッパーの頻度は小さくありません。
    脳内アミンの前駆物質としてアミノ酸(トリプトファン、チロシン、フェニルアラニン)およびセロトニン合成に必要なビタミンB6、睡眠障害の治療にも用いられるビタミンB12の不足を生じないことが日常の対策になります。
    n-3系脂肪酸(EPA、DHA)は、抗炎症作用により臓器の機能を保護します。

    脂肪組織と高血圧

    BMI(体格指数)の増加と血圧上昇の間には、直線的な関係のあることが、多くの調査で示されています。
    かつては体重の増加は循環血液量をふやすようにはたらくためといわれていましたが、その後、肥満ではない高血圧の場合とのちがいはないことがわかり、過食により食塩摂取量が増加した結果が一因ということになってきました。
    やがて脂肪細胞の研究がすすんで、脂肪組織が増大することによる物理的な原因と、脂肪細胞の分泌するアディポサイトカインがかかわって生じる代謝異常が原因である場合とが考えられるようになりました。
    内臓脂肪がふえると腎臓が圧迫されます。そして、尿細管の間の間質細胞が増殖してマトリックスをふやします。これが腎臓内部を圧迫し、血流を低下させ、尿細管へ流れてゆく速度がおそくなるためナトリウムの再吸収が増加するというメカニズムです。
    また脂肪細胞が肥大するとTNF-αやIL-6などの炎症性サイトカインや、交感神経系を活性化するレプチンを分泌する一方、インシュリン感受性を上昇させるアディポネクチンの分泌は減少してしまうのです。

    インシュリンの抵抗性とVE

    インシュリンの糖代謝に対する組織の感受性が低くなっている病態を“インシュリン抵抗性”といいます。これがつづくと代償性に血中のインシュリン濃度が高くなってゆきます。
    インシュリンは糖代謝ばかりでなく、交感神経系の活性を上げたり、腎臓にナトリウムを貯留させたり、レニンやアルドステロンを増加させたり、血管平滑筋を増殖させたりなど、昇圧へむかわせる因子としてはたらくのです。
    かねてから疫学研究で得られたデータによって、ビタミンEの補給はインシュリン感受性を改善するといわれてきました。
    ビタミンEといえば抗酸化能によって知られていますが、近年の研究で細胞レベルのいろいろな機能にかかわることが明らかにされています。とくに遺伝子発現の調節に役割をもち、それがインシュリン感受性タンパク質を制御しているというのです。

    脂溶性ビタミンの役割

    アディポネクチンは20世紀末に発見されて以来、糖尿病や動脈硬化や脂質異常症などの慢性的な疾患の抑制への役割が明らかになってきた脂肪細胞がつくるサイトカインのひとつです。
    ビタミンEは、このアディポネクチン産生をすすめるという事実が実験によって確かめられ、インシュリン抵抗性への効用が認識されました。
    ビタミンEのこのはたらきは、核内脂溶性ホルモン受容体ファミリーに属する転写因子である“PPAR”を介しています。
    PPARは、血中の遊離脂肪酸濃度を減少させる作用でも知られています。
    インシュリン抵抗性は、糖尿病および心血管疾患のリスク因子として挙げられており、ビタミンE(α-トコフェロールおよびγ-トコフェロール)は、抗酸化能とあわせて遺伝子レベルでの脂質代謝に役立っているわけです。
    この効果は、1日に70mgの摂取により誘導されるといわれています。
    さらに同じく脂溶性ビタミンであるビタミンDも不足すると、インシュリン抵抗性を生じさせることがわかり、研究がすすんでいると伝えられています。

    フィトケミカルの効用

    フラボノイドを含むフィトケミカル(植物由来化学物資:Phytochemical)は、栄養素ではないが、遺伝子レベル、細胞レベルで生理機能を発揮し、病気の予防に役立つことから“機能性非栄養素”とよばれてその有効性が注目されるようになりました。
    フィトケミカルには、フラボノイド類やレスベラトロール、クルクミンなどのポリフェノール、リコペン・カロチンなどのカロチノイド類などいろいろの植物成分があり、抗酸化作用の認められたものが少なくありません。イソフラボンのようにホルモン様作用で知られたものもあります。
    最近、ココアに豊富なフラボノイドが血管内皮に作用し、NO代謝を促すことがわかりました。

    メグビーインフォメーションVol.352「人体のしくみと病気5 「血圧」への新しい見方」より

  • 肝臓の機能と細胞

    肝臓の機能と細胞

    肝臓の細胞

    生命現象の基盤である栄養素などの物質代謝や異物を処理し解毒する薬物代謝などの、多彩な肝臓の仕事は、多種類の細胞によって営まれています。
    肝臓を構成する細胞の60%は、実質細胞である肝細胞で、肝機能の実質的な担い手です。肝細胞の機能をサポートし、またビタミンを貯蔵したり、血流を調節したり、免疫応答にかかわったりなどのはたらきによって、実質細胞を支えているのは非実質細胞たちです。
    肝細胞はサイコロのような多面体で、これが立体的に並べられた肝小葉が集まって肝臓ができています。
    肝細胞が一層に並んだ板状構造のなかに毛細胆管が網のようにひろがっています。脂肪の消化に必要な胆汁の分泌は、肝臓の重要な機能ですが、肝細胞のつくった胆汁は毛細胆管に流れこんで集められ、外分泌されます。
    集められた胆汁は胆管を流れてゆき、胆のうで濃縮されてから小腸へ出されます(Vol.335 代謝―生命物質の自己生産参照)。
    肝細胞でできた層の間には類洞とよばれる血液の通り路があり、類洞と肝細胞の間のすきまはディッセ腔と名付けられています。
    肝細胞の表面には微絨毛の突起があり、これがディッセ腔まで伸びています。




    肝臓と血管系

    人体の器官は、動脈系から流れてくる酸素の豊富な血流をとり入れ、代謝で生じる不用物は静脈系を介して処理するのが基本ですが、その点で肝臓は特別です。
    肝臓は、血液を動脈系だけでなく、静脈系である門脈からもとり入れています。そして正常な状態では門脈からの血液が70%程度になっています。門脈の役割は、腸管で吸収された食品成分を代謝の中心である肝臓へ供給することであり、酸素は動脈系から得るのです。
    肝動脈からはいってくる血液は、枝分かれして類洞へはいってゆき、門脈からの血液と合流しています。

    類洞と細胞

    類洞は“洞窟のような”という意味の名ですが、この特殊な血液の通路をつくっているのは、内皮細胞、クッパー細胞、伊東(星)細胞、ピット細胞などの非実質細胞です(上図参照)。
    類洞の毛細血管は迷路のようで、血液はここを流れながら肝細胞へ酸素を渡し、物質交換したのち静脈系へはいってゆきます。
    内皮細胞は類洞の壁を内張りしており、血液からの物質のとりこみを助けています。
    クッパー細胞は、免疫システムの一員で貪食細胞とよばれるマクロファージのなかまです。血液中に混入しているこわれた細胞やウイルスや細菌などの異物の処理がその仕事です。
    マクロファージには、血管内から外へ出て炎症の場ではたらくタイプのほかに、決まった組織で待機しているタイプのものがあります。それは“組織マクロファージ”とよばれており、肺や膵臓や骨などがそれぞれの持場です。そして肝臓のマクロファージがクッパー細胞です。
    クッパー細胞は類洞の壁にとりついていて、流れてくる異物を食べてしまいます。細胞の表面には、病原体がもつ糖鎖に対する受容体などが備えられていてこれで捕捉します。体内にはいろいろの分解酵素をもっていて、とりこんだ異物を分解するばかりでなく、サイトカインを分泌してリンパ球を活性化する情報伝達の役目もしています。
    クッパー細胞に活性化されるリンパ球のなかにNK(ナチュラルキラー)細胞があります。類洞内で感染細胞やガン細胞をみつけて退治するNK細胞がビット細胞です。

    ビタミンAの貯蔵

    類洞では、さらに内皮細胞を裏打ちするようなかっこうで、オデッセ腔に突起を伸ばした細胞が見出されます。
    この細胞は、20世紀の半ばに脂肪滴をもつ細胞として発見され、やがてビタミンAを貯蔵することがわかりました。動物にビタミンAを大量に摂取させると、脂肪滴が増加します。
    この細胞は「肝星細胞」と呼ばれたり「伊東細胞」といわれたりします。伊東細胞は発見者である日本人解剖学者の名からで、以前に星状細胞として報告されていたものだったといういきさつでふたつの呼び名になりました。
    全身のビタミンAの約90%が肝に貯蔵されていますが、星細胞にはその75%ほどがあり、必要に応じて分泌され利用されます。
    ビタミンA(レチノール)はレチノイン酸に変換して、コーディングにおける遺伝子の転写を調節する因子として重要です。
    肝臓におけるビタミンA含有量の低下は、肝実質細胞の異常増殖の要因になるとされており、慢性肝炎や肝硬変などの障害は、星細胞のビタミンA貯蔵能を減少させています。

    星細胞の変身

    星細胞は体表に突起をもち、これを長く伸ばして類洞をとり巻くようにしています。突起には筋肉のような伸縮するしくみがあって、それによって類洞内の血流を調節しています。
    本来はビタミンAの貯蔵と血流の調節が星細胞の仕事ですが、炎症や肝細胞の壊死によって放出された増殖因子などのサイトカインに刺激されると、筋線維芽細胞に変身してしまい、コラーゲンづくりに励むようになるのです。
    このような細胞の変身を形質転換といいます。細胞の形質転換の例でよく知られているのは、動脈血管の内皮細胞が損傷されて放出したサイトカインの刺激で、中膜の平滑筋細胞におこる筋線維芽細胞への転換です。形質転換した細胞が内皮へ移行してコラーゲンの増産がおこって動脈硬化が促進されます。
    形質転換した星細胞は、アポトーシスへの耐性も備えるようになっており、さらに病態を進行させます。

    脂質の蓄積(脂肪肝)

    肝臓の生活習慣病といわれる「脂肪肝」は、NASH(非アルコール性脂肪肝炎)から肝硬変や肝ガンへと進行することが知られています。
    脂肪肝とは肝細胞内に過剰の中性脂肪が蓄積する病態です。
    脂肪肝からNASH(ナッシュ)への進行は“two hit theory”で説明されています。これは第1段階として肝細胞の脂肪酸代謝バランスがくずれて、肝細胞内の脂肪酸プールが増加する状態が生じ、ついで第2段階として、酸化ストレスや炎症性サイトカインなどにより、炎症や線維化や細胞死などが加わってくるというものです。
    アルコールの摂取が少量であるにもかかわらず、アルコール性肝障害と同様の組成変化を生じる疾患をまとめてNAFLD(非アルコール性脂肪性肝疾患、ナフルド)といいます。
    食生活における脂肪肝発症の条件としては、まずエネルギー過剰が指摘されています。
    脂肪の過剰蓄積へ至る基盤として、肥満や内臓脂肪があります。
    内臓脂肪の肥大化は慢性炎症(自然炎症)をひきおこし、アディポサイトカインの分泌状態が変化します。インシュリンの作用を助け、抗炎症にはたらくアディポネクチンが減少し、TNF-α(腫瘍壊死因子)やIL-6などの炎症促進サイトカインが増加するのです。
    TNF-αは、脂肪組織の脂肪分解を促し、血中の遊離脂肪酸やグリセロールを増やします。遊離脂肪酸(FFA)は門脈から肝臓に流入してゆきます。
    必須アミノ酸メチオニンから合成され、レシチンの成分となるコリンが不足すると、肝からの脂肪酸の積み出しが抑制されます。
    コリン不足の餌で育てたラットが、NASHモデルとして研究に用いられています。
    アルコール性脂肪肝では、アルコール(エタノール)の代謝プロセスで生じるアセトアルデヒドは毒性があり、ミトコンドリアを傷害して脂肪酸の燃焼(β酸化)を抑制し、またこの毒物の処理に必要なニコチン酸補酵素の減少が、中性脂肪の合成をすすめるなどの原因が挙げられています。
    脂肪肝のなかでは、高カロリー輸液による栄養補給をつづけたときにおこるケースが知られています。脂肪を除いた糖質のみの輸液では、必須脂肪酸が得られずリン脂質の合成ができないため、細胞膜が変性し、脂肪を運ぶリポタンパクがつくれません。

    肝疾患と食品成分

    メタボリックシンドローム

    メタボリックシンドロームの診断基準では、腹腔内内臓脂肪の蓄積を基盤に、脂質異常症、高血圧、空腹時高血糖の3項目のうち2項目以上ある場合とすることになっています。
    メタボリックシンドロームの70~80%でNASHやNAFLDを合併しているところから、これらの肝臓の病態もメタボリックシンドロームとの関連で考えられるようになってきました。両者を結びつける因子として“インシュリン抵抗性”があります。
    NASHを生じさせる動物実験には、メチオニン・コリンを欠いた餌が用いられますが、このとき肥満糖尿病モデルラットは、正常ラットに比較して、肝の脂肪蓄積や星細胞の変性、炎症、線維化がすみやかにおこってきます。この実験食に脂肪量を多くし、インシュリン抵抗性を強めると、炎症や線維化はさらに進むことがわかりました。
    メタボリックシンドローム対策には、酸化ストレスや小胞体ストレスの抑制が重要とされていますが、NASHにもビタミンEが有効というのです。赤色魚やイクラの色素アスタキサンチンなどのカロチノイドや、植物フラボノイドなどの有効性が研究されています。

    いろいろある肝炎

    人体を標的にして感染するウイルスのなかで、肝細胞を狙い、肝炎の原因となるウイルスは、A型、B型、C型、D型、E型の5種類で、A型とE型は経口感染し、他の3型は血液を介して感染します。
    ウイルス感染のほかに、薬剤が原因になったり、自己免疫によっておこるものがあります。
    急性肝炎はふつう免疫機構がはたらいて回復し、抗体がつくられて再び感染しなくなるという経過をたどりますが、B型とC型ではウイルスが排除されずに“キャリア”とよばれる持続感染状態になることがあるのです。
    とくにC型肝炎のウイルスは、急性期を過ぎて治ったようにみえても排除されずに残りつづける例が70%と高率であり、20年~30年もの年月をかけてゆっくりと傷害をひろげてゆくことが知られています。C型肝炎ウイルスが肝臓にひそんで増殖していることを、自覚症状で知ることはできません。その間もウイルスは血液中に出ていて、検診や献血や医療のための血液検査で発見される例が多いのです。

    薬剤性肝障害

    病気の治療が目的で服用した薬が原因で、肝臓が傷害されるケースは、決してまれではありません。
    通常は、薬物代謝によって体内にはいった薬剤は合目的的に分解処理されるのですが、薬剤性肝障害は年々増加しているというのです。
    日本肝臓学会では、全国規模の実態調査を実施しており、原因になる薬として抗生物質や神経科で処方される薬や、鎮痛解熱剤などの頻度が高いと報告されています。
    市販の風邪薬も例外ではありません。
    薬の服用をはじめて2週間以内に症状が出る人が60%ほどですが、そのあらわれ方に個体差があります。
    薬物の摂取に対する生体の反応はいろいろで、アレルギーや代謝の特異性がひきおこす場合もあり、体質に関係なくおこるものもあります。後者は用量依存性であり、薬を多く飲むほど障害が強くなります。
    解熱鎮痛薬には、ピリン系と非ピリン系の2種類があり、ピリン系の副作用として皮膚の発疹(薬疹)が知られています。「アスピリン」はピリン系薬物ではありません。
    非ピリン系薬物はピリン系にくらべておだやかに作用します。小児にも安全とされている「アセトアミノフェン」は、市販の風邪薬の主成分です。これは用量依存性で、大量に服用すると、薬物代謝の途中で生じる中間体が肝細胞に毒性を発揮するので注意しなければなりません。
    薬剤性肝障害は服用を中止すれば回復しますが、発見がおくれたり個体差から重症化することがないではありません。

    肝細胞のガン化

    肝の線維化がすすんで肝硬変になると、その半数で肝ガンの合併がみられるとされています。
    肝ガンには、他の臓器に生じたガンが、血管やリンパ管から転移してきたもの(転移性肝ガン)と、肝臓自体からはじまったもの(原発性肝ガン)とがあります。
    原発性肝ガンには、胆管細胞のガンもありますが、ほとんどは肝細胞ガンです。
    肝ガンの原因の第1位はC型肝炎ウイルスの持続感染ですが、B型肝炎ウイルス感染の場合もあります。
    C型肝炎ウイルスはRNAウイルス、B型肝炎ウイルスはDNAウイルスで、発ガンへのメカニズムは異なっていると考えられていますが、慢性の炎症と酸化ストレスは共通の因子です。
    NASHもまた、酸化ストレスが促進因子としてはたらき、脂質過酸化により、DNAの変異を生じさせ、発ガンに至るとされています。
    血液検査によりガンの存在を探る指標として用いられるマーカーは「腫瘍マーカー」といわれています。肝ガンの代表的な腫瘍マーカーが“アルファフェトプロテイン(AFP)”です。
    AFPは胎児期の肝細胞がつくっているタンパク質で、成人ではつくられなくなります。ところがガン化すると細胞は分化を逆もどりして未分化の状態になります。AFPの値が急に上昇したり、どんどん大きくなるようなとき、肝ガンである確率が高いことが知られているのです。
    肝ガンでは、特殊な栄養療法としてビタミンAの誘導体やビタミンKが用いられるようになりました。いずれもガン細胞に対する増殖抑制や分化の誘導作用が見出されてきたのです。
    肝硬変との関連から、脂溶性ビタミン(A、D、E、K)および亜鉛の欠乏が生じやすいことが指摘されています。

    メグビーインフォメーションVol.351「人体のしくみと病気4 「肝臓」への新しい見方」より

  • 炎症という生体反応

    炎症という生体反応

    炎症とは?

    炎症ということばは日常語として定着しており、虫さされや打撲や熱傷などで皮膚に生じる特徴的な“赤くなり(潮紅)、熱をもち、腫れ(腫脹)、痛む”という徴候(4主徴)を示す病態であることは、ほとんどの人が知っているでしょう。これに機能障害を加えて5主徴とする場合もあります。
    炎症は、生体の組織に有害な刺激が加えられたときおこってくる防御反応であり、その発端となるのは創傷などのほか、微生物の感染もあり、アレルギーもあり、自己免疫もかかわることがわかってきましたが、その経過は血管透過性に代表される第1期から、白血球と血管内皮細胞との間で繰りひろげられる免疫反応のプロセス(第2期)を経て、組織の修復(第3期)へとむかってゆき、比較的短い期間でもとにもどるのがふつうです。
    原因となる傷害因子がとり除かれれば炎症は終息を迎えるものの、アレルギー性や自己免疫性では再燃をくり返すことになります。ウイルス性炎症もまた再燃し、慢性化する場合が少なくありません。
    炎症の場では細胞外マトリックスを構成するコラーゲンや、細静脈内皮細胞に作用するヒスタミンなどの生理物質、白血球を局所へよび集め炎症反応をすすめる各種サイトカイン、急性期タンパクやストレスタンパクの誘導産生がおこります。多くの因子が連関し複雑に作用しあい、炎症のしるしがあらわれているのです。

    自然炎症

    近年、内臓脂肪型肥満と組織の炎症性変化とのかかわりが注目されるようになりました。そしてメタボリックシンドロームやガンの基盤に全身での慢性炎症反応が存在するという考え方が生まれました。
    生体が備えている自然免疫のしくみには、病原体センサーとしての“トル様受容体(TLR)”のはたらきが重要であることをご記憶のことでしょう。
    病原体を見分けて、感染予防反応を誘導することがその役割であり、自己成分は認識しないとされていたTLRが、体内の核酸や遊離脂肪酸などの代謝物によって活性化されることがわかってきて、動脈硬化性疾患や糖尿病や、慢性腎臓病、ガン、自己免疫疾患などとのつながりが明らかになったのです。
    そしてTLRが、細胞のアポトーシスや組織の分解などの異常事態ばかりでなく、日常的に体内成分との相互作用を営むことによってサイトカインの誘導などを調節し、ホメオスタシスを担っているといわれるようになりました。感染や代謝の不調などがコントロールを乱すと、TLRは過剰に活性化を促がされて、慢性炎症状態にすすんでゆくという新たな視点が加わったのです。
    このように炎症を日常的に考えようというので“自然炎症”という概念が提唱されています。

    炎症のプロセス

    炎症は、生体の防衛反応としておこり、刻々と変化しながら進行します。
    炎症の場は、結合組織の細胞外マトリックスです。細胞外マトリックスはコラーゲン繊維やプロテオグリカンで構成され、線維芽細胞やマスト細胞のすみ家になっています。
    炎症のしるしとしての発赤は、血管透過性が高まったことを示していますが、この現象はマスト細胞が刺激されて、体内にもっていたヒスタミンやヘパリンを放出したためにおこります。
    ヒスタミンは毛細血管とくに細静脈に作用して拡張させるので、血流が増して赤く見えるようになります。
    血管がひろがると血流がゆるやかになるので、血漿成分が周囲の結合組織へしみ出してゆきます。
    放出されたヒスタミンは、細静脈の内皮細胞にある受容体と結合して、血管拡張作用物質のNO(一酸化窒素)をつくらせたり、平滑筋細胞をゆるませたりして、血管の透過性を上昇させます。
    ヒスタミンはまた白血球の移動を促します。そして局所において、炎症の次のステージがはじまります。

    白血球の移動

    白血球は、お互いどうしでも他の血球細胞ともくっつきあわず、血中を循環しています。他の細胞のように基底膜などに接着して組織にとどまっていないのです。
    炎症反応の第2期には、この白血球の性質が変化しています。白血球は血管内から組織へ出てゆき、免疫応答に従事しなければなりません。それにはまず、血管壁をくぐりぬけるために内皮細胞への接着を果すのです。白血球表面の糖鎖(Vol.349 複合糖質参照)を介したローリングが開始され、やがて炎症性メディエーターの作用により血管外へ出てゆきます。そしてケモタキシス(走化性)とよばれる機構がはたらいて、目標の場所へ集まってゆきます。
    好中球を用いて、内皮細胞への接着や組織へ出ていった細胞数を調べた実験では、カロリー制限やタンパク質摂取不足があると移動が低く抑えられていることが明らかにされました。
    栄養評価の指標である血中タンパク質のアルブミン濃度は、局所ではたらく好中球の数と正の相関を示していました。
    炎症の進行によって細胞やコラーゲンなどがこわされてゆき、そのプロセスで活性酸素の発生があります。
    炎症の第3期では、マクロファージによるスカベンジャー作業や、線維芽細胞による組織の再建(リモデリング)へと移行してゆきます。通常の状態へもどるまで、構成成分や細胞群は上図のように移り変っています。

    炎症とサイトカイン

    炎症時には、TNF-α(腫瘍壊死因子)やIL-1やIL-6などの炎症性サイトカインの分泌が増え、栄養素代謝に影響します。
    エネルギー代謝がさかんになりますが、グルコース利用が抑えられる一方、アミノ酸や脂肪の燃焼が促進されるなどの代謝異常が生じます。
    炎症性サイトカインが必要なとき、生体は物質代謝を変化させてその産生を促進し、しかも過剰にならないよう抑制しなければなりません。免疫システムへのはたらきかけがつづけられる一方で、各種の代謝に影響して、疾患にともなう病態が形づくられてゆくことになります。
    急性か慢性かを問わず、炎症性疾患では全身で代謝異常へ向かう結果の栄養障害という観点が重要視されるようになってきました。
    栄養素代謝異常にかかわる代表的な炎症性サイトカインとして前記のTNF-α(腫瘍壊死因子)、IL-1やIL-6や、インターフェロンγなどがあります。

    アミノ酸とのかかわり

    TNF-α、IL-1、IL-6は骨格筋にはたらきかけてタンパク質分解を促し、アミノ酸を血中へ放出させます。
    血中には、組織の傷害や感染で急増する急性期タンパクが肝臓から出てきます。急性期タンパクにはCRP(C反応性タンパク質)やフィブリノーゲン、ハプトグロビンなどがあります。フィブリノーゲンは、血液凝固因子の糖タンパクであり、ハプトグロビンは溶血に際してヘモグロビンと結合し、鉄の消失を防ぐ役割をする糖タンパクです。
    免疫反応の主軸となる抗体(免疫グロブリン)づくりが急務になりますが、この代謝では含硫アミノ酸が必要になることが知られています。
    骨格筋の分解により血中に増加するアミノ酸のうち、分枝アミノ酸(バリン、ロイシン、イソロイシン)はエネルギー源となり、糖原性アミノ酸のグルタミン、アラニンは糖新生に用いられますが、トリプトファンとフェニルアラニンが代謝されると、炎症促進にはたらいてしまい、有害アミノ酸とよばれることがあります。
    含硫アミノ酸システインは、抗酸化生理物質グルタチオンの合成にも必須であり、炎症時には需要が増加します。
    システインは同じ含硫アミノ酸のメチオニンからつくられますが、メチオニン代謝にはビタミンB群(B6、B12、葉酸)や亜鉛が要求されます。

    食品成分の影響

    TNF-αとIL-1は、カルニチンを介して脂肪酸燃焼をすすめます。カルニチンはβ酸化の場であるミトコンドリアへ脂肪酸を運びこむ仕事をする物質です。
    近年、魚油成分のn-3系不飽和脂肪酸(エイコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸)は、アラキドン酸などのn-6系不飽和脂肪酸と競合して炎症抑制に有効とされ、臨床現場でも用いられるようになりました。
    バターの摂取はオリーブ油摂取に比較して、TNF-αやIL-6の増加の方向にはたらくことが知られています。
    食品成分中のフラボノイドをふくむポリフェノール類や、ルテインやアスタキサンチンなどのカロチノイド類など、非栄養素とされる植物成分の抗酸化や抗炎症機能が多く報告され、植物由来化学物質フィトケミカル(Phytochemical)として、日常的な摂取がすすめられています。

    病気と炎症

    内臓脂肪と炎症

    かつては全身的な皮下脂肪の蓄積による肥満が、健康レベルをひき下げる要因としてチェックされていました。
    今世紀にはいってから、有病率を高めるのは腹腔内内臓脂肪の蓄積であるといわれるようになりました。そして腹囲径が検査項目としてとり入れられました。
    へその高さで測った腹囲で、男性85cm、女性90cmが基準値とされていますが、これはその位置でのCT断面像において脂肪面積100cm2に対応する数値です。女性は皮下脂肪が多いため、同じ内臓脂肪量での基準値を大きく定めているのです。
    内臓脂肪蓄積がある上に、脂質異常症(中性脂肪値が高く、HDLコレステロールが低い)高血圧、空腹時高血糖の3項目のうち2項目が同一人で重なっている場合、メタボリックシンドロームと診断されます。
    メタボリックシンドロームは、心血管疾患のハイリスクとして認識されています。
    内臓脂肪組織の脂肪細胞は、皮下脂肪に比較して肥大や機能異常をおこしやすいことが知られています。このちがいは、アディポサイトカイン分泌を制御する酵素の活性が異なっているため生じているのです。
    過剰な脂肪を蓄積した脂肪細胞では、酸化ストレスや小胞体ストレスが生じてストレス応答シグナルを活性化します。これがTNF-αなどの炎症をひきおこす因子の分泌を誘導し、抗炎症分子のアディポネクチンは抑制するようにはたらきます。炎症性サイトカインは肝臓や骨格筋などの組織へ送られて炎症をすすめることになります。
    肥満した脂肪組織では、通常より小型の脂肪細胞が増えたり、前駆脂肪細胞がマクロファージ様の性質を獲得したりなどの異変がおこっており、相互作用によって炎症を増強しあっているというのです。

    動脈硬化の成因

    動脈硬化は脳や心臓や腎臓など、いろいろの臓器で病変をおこさせる基盤になっていますが、加齢とともに進展することが知られています。
    虚血性心疾患や脳卒中の発生率も、年齢とともに上昇します。
    血中には、TNF-αやIL-6などの炎症性サイトカインや、CRPなどの炎症マーカーが増えてきます。
    動脈硬化を生じている血管細胞では、炎症性サイトカインの分泌が増し、マクロファージが集められています。
    血管壁を構成している内皮細胞は、高血圧、脂質異常症、糖尿病、喫煙、感染、血流によるシェアストレスなどによってだんだんと機能障害に追いこまれてゆきます。血液成分や血流の変化と慢性の炎症とが加わって動脈の変性へとすすむことになります。
    太い血管のアテローム硬化では、プラークとよばれる病変が形成されます。プラークは血管内膜に斑状に生じる隆起で、表面はコラーゲンの膜でおおわれ、内部の粥状の壊死組織を包んでいます。
    プラークは同年齢でも同じように形成されるわけではありません。個体差があり、また動脈の部位によっても異なっており、内部の成分も脂質に富むものもあり線維性のものが多いケースもあります。
    機能障害の内皮細胞は、接着因子などを分泌して、白血球の血管壁への接着・侵入を促進し、単球をマクロファージへと分化させます。マクロファージは酸化LDLをとりこんで掃除しますが、泡沫化したり血管平滑筋細胞を内膜へよびよせたり、炎症反応を促進したりします。
    プラーク内ではマクロファージやTリンパ球や、少数ながら樹状細胞やマスト細胞が混じっていることもあります。
    プラーク内で炎症反応がつづくと、マクロファージはマトリックス分解酵素(マトリックスメタロプロテアーゼ)をつくりはじめ、プラークをおおっていた被膜がうすくなり、ついに破れてしまうという経過をたどるのです。
    プラーク内での炎症の持続は、酸化LDLやCRPなどの沈着やウイルス感染が原因とする説が出されています。

    血栓性疾患

    心筋梗塞の発症には、プラークの破裂により大きな血栓を生じ、内腔をふさぐというメカニズムがあり、脳梗塞においてもアテローム血栓による梗塞の頻度が増加しているといわれます。
    しかしプラーク破綻で生じる血栓が、すべて重篤な病気を発症させているとはかぎりません。むしろ無症候性といわれる規模のプラーク破綻がかなりの頻度でおこっているというのです。その小さなトラブルが繰り返されることでリスクを増してゆき、やがて大きな血栓がつくられることになります。
    血栓の大きさは、血小板やプロスタサイクリン(PGI)やNO(一酸化窒素)などの因子や血流の影響で制御されており、炎症性サイトカインがこれらの因子を調節しているのです。
    プラークの内部で低酸素状態や炎症が引き金となって血管が新生し、これがマクロファージの浸潤ルートになったり、内出血の原因になったりします。
    出血により赤血球がこわれると、鉄が流れ出して酸化ストレスが増大し、プラークを不安定にさせてしまいます。
    最近の研究で、マクロファージが動脈硬化に対して二通りの作用をすることがわかってきました。M1に属するマクロファージ(M1型)がIL-6やTNF-αやインターフェロンγを放出するのに対し、M2というタイプのマクロファージは動脈硬化の進行を抑制するIL-10をつくります。このサイトカイン分泌のバランスが乱されると、病態へとすすむわけです。IL-10は、炎症第3期にあたる組織修復へむかって線維化を促します。

    細胞外マトリックス

    自然炎症は、急性炎症と異なり、通常の生理現象のプロセスでおこっています。細胞間質で絶えず破壊と修復が繰り返され、線維化によりコラーゲンをはじめとする細胞外マトリックスの機能に影響することになります。
    コラーゲンが適切につくられなければ組織の修復はできませんが、炎症の継続はコラーゲンづくりの機構を乱して過剰にはたらかせ、肝臓などの臓器で線維化による病変を発生させる結果になります。
    マトリックス成分の分解と平行して新品をつくる過程ではたらくマトリックスメタロプロテアーゼは、活性中心に亜鉛をもつ酵素であり、このミネラル不足で組織の修復がおくれます。

    メグビーインフォメーションVol.350「人体のしくみと病気3 「炎症」への新しい見方」より

  • 細胞機能を担う複合糖質

    細胞機能を担う複合糖質

    糖鎖生物学

    デンプンやショ糖などのエネルギー源として摂取される糖質は、グルコースのような単糖がつながったつくりになっています。
    単糖どうしは“グリコシド結合”とよばれる結合で鎖状に連結(糖鎖)し、二糖(ショ糖、乳糖など)や多糖(デンプン、グリコーゲンなど)になります。
    体内では、糖鎖がタンパク質や脂質に結合した形で存在し、細胞機能を支えています。それが“複合糖質”と総称される糖タンパク、糖脂質およびプロテオグリカンです。
    複合糖質を構成する糖は2~20個ほどですが、枝分かれなどの多様な構造をとることができるので、細胞ばかりでなく臓器や個体の多様性を決めるのに役立ちます。
    複合糖質は、細胞膜に埋めこまれており、糖鎖は細胞表面にヒゲが生えたように突き出しています。
    このヒゲによって細胞どうしがお互いを認識し、情報を交換します。
    右図に示されているように、さまざまな生命現象にかかわる複合糖質について研究する「糖鎖生物学」は、今世紀になってから注目されるようになり、“生命のふしぎ”を握る鍵といわれるほどになりました。

    飜訳後修飾

    ヒトゲノムの塩基配列が明らかになり、遺伝子産物のタンパク質の構造と機能の研究がすすむなかで、タンパク質成熟過程での飜訳後修飾が知られることになりました。
    ゲノム中の遺伝子の発現は、遺伝暗号の飜訳によるタンパク質合成というプロセスですが、それにつづくステップとして飜訳後修飾があります。
    飜訳後修飾でタンパク質につけられる因子はリン酸、硫酸、メチル基などですが、なかでもっとも多いのが糖鎖だというのです。
    糖鎖による修飾は“グリコシレーション”といわれます。
    細胞膜には、シグナル分子や抗体などの結合する受容体やいろいろの分子のトランスポーターなどのタンパク質が配置されていますが、ほとんどが糖鎖をもっています。腎臓でつくられ血中で造血ホルモンとしてはたらくエリスロポエチンなどの分泌タンパクも多くが糖鎖修飾を受けています。タンパク質の機能に、糖鎖をもつことが必須である例が少なくないのです。
    複合糖質と、炎症や病原体感染やガンの転移などの病態や、アポトーシスとのかかわりもわかってきました。

    細胞の情報交換

    人体を60兆個もの細胞が集合した社会とする見方があります。人間社会に秩序が必要であるように、細胞社会にも秩序がなければ個体は生きてゆけません。
    個体をとり巻く環境の条件は、つねに変動しています。外界の温度が高ければ汗をかいて体内温度を下げようとする生体反応がおこり、鼻腔へと異物がはいりこもうとすると、クシャミで排除しようとする反射が生じます。ウイルスや細菌の侵入に対しては、大がかりな免疫という防御機構が動員され、からだのエネルギーレベルを維持するためには摂食行動の欲求がおこるなどの生存への営みが、個々の細胞のはたらきの統合によって維持されています。それには細胞と細胞の協調がなければ不都合が生じるにちがいありません。
    細胞は、外界からのシグナルを受けとる装置として受容体を備え、細胞内シグナル伝達とよばれる方法で、代謝などの仕事をする分子へとどけるしくみをもっていることをご存じでしょう。
    細胞どうしの間でも情報のやりとりがあります。ひとつの細胞が他の細胞へむかって放出したシグナル分子と、相手の細胞の受容体分子とが結合すると情報が伝わります。結合には双方の分子の形が適合しなければなりませんが、体温という環境の溶液のなかでは、分子は熱運動によりゆらいでいるので結合は確率的におこることになります。
    ここで役立つのが複合糖質のなかま、プロテオグリカンです。

    プロテオグリカン

    プロテオグリカンとは、コアタンパクとよばれるタンパク質に、1本以上のグリコサミノグリカンという糖鎖が共有結合した構造をもつ分子の総称です。
    プロテオグリカンには“マトリックス型”と“膜型”とがあります。
    プロテオグリカンはまた、結合しているグルコサミノグリカン鎖の種類によっても、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン、デルマタン硫酸プロテオグリカン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、ケラタン硫酸プロテオグリカンのように分類されています。
    グルコサミノグリカンの基本構造は、二糖の繰り返しが長くつづく鎖状という単純なものですが、いろいろな場所に硫酸を結合するなどの修飾が複雑にしており、それがプロテオグリカンの機能のもとになっています。
    軟骨にある特徴的なプロテオグリカンは大型で、その形状は棒ブラシにたとえられています。コアタンパクの中ほどに100本以上のケラタン硫酸がつき、その下方にはもっと多くのコンドロイチン硫酸がついているという具合です。このブラシの毛にあたるグルコサミノグリカンが多くの水分子をつかまえてゲル構造をつくります。ゲル構造が軟骨に要求される弾力性を生み出しています。
    右図は軟骨のマトリックスでのプロテオグリカン(図中のP)とコラーゲン線維(C)と水分子(W)の模式図です。プロテオグリカン分子がつくっている網目構造に水分子がとりこまれてゲルになり、コラーゲン線維の間を埋めているような状態です。
    プロテオグリカンがもつ硫酸化された糖鎖はシグナル分子などをゲル構造にとりこんでおり、硫酸鎖が切れるとシグナル分子と受容体との結合がおこるといわれています。
    糖を1個ずつつないでゆく酵素(糖転移酵素)と、糖鎖上の任意の場所に硫酸基を移してゆく酵素(硫酸転移酵素)の連携でつくられてゆくわけですが、硫酸基のつけ方によって分子の形が多様になり、さまざまなタンパク質との結合が可能になっているのです。それが成長因子やシグナル分子などと受容体との結合を固定せず、確率的に生じさせるもとになっています。

    ムチン型糖鎖

    消化管や気道の内壁は粘膜上皮で内張りされています。粘膜は外界との境界であり、それへの備えとして、糖鎖を利用した構造をもっているのです。粘膜の表面は上皮細胞が分泌する粘液ムチンにおおわれています。
    ムチンは重量にして半分以上を糖が占めている糖タンパク質で、分泌型と膜結合型とがあります。分泌型はゲル状で粘膜表面をなめらかに保ち、乾燥を防ぎ、細菌などの侵入を防いでいます。膜結合型ムチンは、細胞表面につき出して存在し、情報を認識する機能をもつとされています。
    ムチンの合成にはたくさんの糖鎖をつくり付加しなければなりません。そこで細胞内にムチンをためておくのですが細胞交代がはやいと合成が追いつかなくなってしまいます。
    ヒトの場合、糖をつなぎ糖鎖をつくる酵素(糖転移酵素)の遺伝子は全体の約1%を占めているといわれています。糖鎖合成にはビタミンAが役割をもっており、不足があると粘膜の異常から病原体感染がおこりやすくなります。
    病原微生物は、糖鎖を認識するレクチンという分子をもっていて、粘膜表面に接着するときムチンの種類によってどの臓器のどの部位に接着するかが決まるというのです。
    接着した病原体がムチンとともに排出されてゆけば感染は成立しません。

    糖脂質とラフト

    最近の研究で、細胞膜上の糖脂質やコレステロールが集合してできている微小な領域が注目されるようになり、“脂質ラフト(いかだ)”とよばれています。
    この糖脂質は、動物の発生や分化に重要な役割を果しているスフィンゴ糖脂質で、セラミドという脂質に糖鎖が結合しています。
    スフィンゴ糖脂質は、組織によっていろいろのものがあり、神経変性やプリオン病や病原性大腸菌O-157の感染などとの関連が指摘されています。
    脂質ラフトには、さまざまなシグナル伝達分子が集められ情報伝達の中継点になっています。

    複合糖質と病態

    病原体感染の始まり

    細菌やウイルスは、臓器の細胞表面の糖鎖を見分けて結合し感染します。
    コレラ菌の出す毒素が、ヒトの消化管壁上の糖鎖のうち“ガングリオシドGM1”とよばれる糖脂質の糖鎖を選んで結合するとコレラを発症します。病原性大腸菌O-157は、スフィンゴ糖脂質の1種(グロボトリアオシルセラミド)の糖鎖に結合する毒素をもつことで発症させるのです。
    インフルエンザウイルスは、気道粘膜上皮細胞に感染・増殖しますが、その第一歩は上皮細胞上の受容体への吸着です。
    インフルエンザウイルスの外殻には“スパイク”とよばれる糖タンパクがつき出していて、これが標的細胞の受容体に吸着する道具になります。狙われるのは末端にシアル酸という糖のついた糖鎖で、ウイルスはそのシアル酸をこわしてはずす道具をもっていて侵入に成功するのです。その道具は受容体破壊酵素ノイラミニダーゼです。ノイラミニダーゼは“NA”と略記することになっています。
    ウイルスは“HA”と略記される侵入用道具(ヘマグルチニンという)ももっています。
    侵入したウイルスは、細胞内で殻を脱ぎ、遺伝子を核へ送りこみます。ついで子ウイルスの核酸やタンパク質が合成され、細胞表面へと移ってゆき、細胞膜をかぶったまま外へとび出します(発芽という)。
    子ウイルスもHAやNAをもつように育ちます。これにシアル酸をもつ糖鎖がつくため、そのままではウイルス粒子どうしが凝集し発芽ができません。ウイルスはNAをはたらかせてシアル酸をとり除き、凝集をまぬがれています。そこでNAを阻害する薬が開発され、臨床で抗ウイルス薬として使用されることになりました。
    インフルエンザウイルスの感染は、受容体糖鎖の認識の特異性により、種の壁があることが知られており、カモのインフルエンザウイルスはヒトには感染しないと信じられてきましたが、新型インフルエンザというヒト型(ヒトに感染する)の出現が世界を驚かせました。
    自然界ではウイルス遺伝子変異の頻度は小さくありません。糖鎖にかかわる変異が感染の領域をひろげているのです。

    炎症と白血球

    病原体感染により免疫応答がおこります。血中を循環している白血球は血管から出て組織ではたらくために、まず血管内皮細胞に接着しなければなりません。この接着は細静脈壁の内皮細胞表面に結合したりはなれたりしながら、ゆっくりと移動してゆく“ローリング”にはじまり、ついで細胞接着因子セレクチンと糖鎖との結合により接着を果します。
    炎症の生じた局所には、多数の白血球が集められますが、そのとき糖鎖をすばやく変化させて呼びよせています。酵素による糖鎖の末端へのシアル酸の着脱によって生体防御反応が調節されているというのです。
    シアル酸には多くのなかまがありファミリーをつくっています。シアル酸の構造は、神経機能や免疫などの生物機能における情報伝達システムのスイッチ役にもなるなど、糖鎖機能の決め手となる要素です。

    ガンの転移と糖鎖

    悪性腫瘍(ガン)は、周囲への浸潤能や遠くの組織への転移能を獲得しています。けれどもその能力はすべてのガン細胞で同じではなく、特定の糖鎖構造をもつものが転移しやすいことが知られています。
    ガン細胞の転移は、いくつもの段階を経て進行するプロセスであり、第一のステップは原発巣からの離脱です。フリーになったガン細胞の行動をはばむのは前述の細胞マトリックスで、コラーゲンやプロテオグリカンがつくっている包囲網を突破しなければなりません。ガン細胞は“マトリックスメタロプロテアーゼ”とよばれるタンパク分解酵素ファミリーを過剰に発現するよう変化していて浸潤をはたします。
    次のステップは基底膜を破壊して血管内へ侵入することです。基底膜もまたコラーゲンやプロテオグリカンなどでできているので、マトリックスメタロプロテアーゼで破壊します。
    次に血中を移動してゆき、目当ての臓器で血管内皮細胞に接着します。内皮細胞上の糖タンパクの糖鎖とガン細胞の表層に出されている抗原の糖鎖との結合で接着し、ここで再び基底膜をこわすと血管外への脱出が成功します。
    転移した先の臓器で新たに分裂・増殖して、ガン組織をつくるには、自らを養うための血管網を新設する(血管新生)ことになります。

    基底膜の異常

    各臓器のつくりをみると、上皮細胞や内皮細胞は基底膜の裏打ちにより整列しています。基底膜はマトリックスと細胞の間にあって、それぞれを保護しつつ機能を助ける存在です。
    基底膜の成りたちの特徴は、50%のコラーゲンがつくる網目構造と、多くのタンパク質をもち糖鎖に富んでいることです。
    腎糸球体では両方が細胞に接しています。腎糸球体は血液を濾過して尿をつくる装置で、基底膜がフィルターの役をしています。
    血漿中の水や低分子は通しますが、高分子は通れません。糸球体腎炎や糖尿病性腎症では、コラーゲンやプロテオグリカンが減少しており、そのためにタンパク質や、ときには血球などが洩れ出すことになります。

    メグビーインフォメーションVol.349「ヒトのための栄養学3 「複合糖質」への新しい見方」より

  • 生命現象と脂質

    生命現象と脂質

    構造脂質と生体膜

    生命の単位である細胞は、細胞膜に囲まれて外部より隔てられ、内側の水で満たされたスペースには核やミトコンドリア、小胞体などの細胞小器官を備えており、複雑な代謝が休みなく進行しています。
    細胞膜および細胞小器官の成りたちは膜構造といわれ、構造脂質の性質によってつくり出されている構造体です。それが生体膜です。
    体内の脂質でもっとも多いトリアシルグリセロール(中性脂肪)は脂肪細胞に蓄えられてエネルギー源になりますが、生体膜の構成成分にはなりません。
    生体膜の主要な構成成分はリン脂質で、ほかに糖脂質とコレステロールが参加しています。
    リン脂質は、分子のなかに水になじむ親水性の頭部と、水に溶けない疎水性の尾の部分とをあわせもつつくりであり、水中で特有のふるまいをみせます。
    疎水性の原子や原子団を“疎水基”といい、親水性のものを“親水基”といいます。

    自己組織化する分子

    疎水基と親水基とをあわせもつ分子を水に入れると、疎水基同士が集合し整列しようとします。その集合のしかたに2種類あり、ひとつはセッケンの水溶液に生じている“ミセル”で、他のひとつが“二重膜”です(図参照)。
    セッケンの水溶液中では、疎水基を内側に親水基を外にむけた状態で集まってミセルをつくっています。ミセルの内部は親油性になっていて、これによごれがとりこまれ洗濯の効果があがります。
    リン脂質のなかまは、コリンリン脂質(フォスファチジルコリン)やイノシトールリン脂質などいろいろの種類があり、水中で脂質二重層をつくり生体膜の構造と機能を担っています。
    水中では外からエネルギーを与えるなどしなくても自発的に二重膜をつくる性質を示すので自己組織化といわれています。
    生体膜を構成するリン脂質中の脂肪酸の不飽和度が上昇すると二重層膜の流動性が高まります。また脂質二重層の成りたちは均一ではなく、流動性の低いドメインとよばれる領域があります。
    細胞膜には、それぞれ数千種類の脂質分子とタンパク質分子が存在していて相互作用を及ぼしあっています。
    コレステロールは脂肪酸の間にはいりこみ、その存在量により膜の流動性を調節しています。

    脂溶性シグナル分子

    エネルギー源、生体膜構成成分と並ぶ第3の脂質の機能は、生体情報伝達システムでの脂溶性シグナル分子としての役割です。
    第1に、コレステロールから体内合成されるステロイドホルモンと胆汁酸があります。
    第2は脂質メディエーターとよばれるグループです。これには血小板活性化因子やプロスタグランディンなどのエイコサノイドやアナンダミドなどがあり、さらに細胞内でタンパク質と結合してその活性を制御し、免疫や細胞運動にかかわるノイシトールリン脂質があります。
    脂質メディエーターのいろいろは、その前駆体が細胞膜成分として蓄えられており、必要に応じて酵素によって切り出されて活性をもつ物質に変換されて作用します。
    このとき原料になるのが、生体膜脂質の分子にある炭素数が20以上の多価不飽和脂肪酸のなかまで、つくられるメディエーターはエイコサノイドと総称されています。

    脂質メディエーター

    血流によって運ばれ、全身的に作用するホルモンとは異なり、それを合成する細胞自身や周辺の細胞にはたらきかけてホルモン様の機能を発揮するものを“局所ホルモン”といいます。
    エイコサノイドのなかまは局所ホルモンといわれており、プロスタグランディン、トロンボキサン、ロイコトリエン、プロスタサイクリンがあります。
    エイコサノイドは微量で顕著な生理作用をあらわし、その効果は炎症の促進、血圧調節、痛み、発熱、睡眠・覚醒、血液凝固、免疫細胞の活性化やサイトカインの生成抑制などと多彩で、脂質摂取の条件を考える基盤になります。
    脂質摂取の条件には、必須脂肪酸(リノール酸、αリノレン酸)および多価不飽和脂肪酸の摂取量があります。
    多価不飽和脂肪酸は、分子中に2個以上の二重結合をもっています。
    多価不飽和脂肪酸にはn-3系、n-6系、n-9系の区別があり、そのちがいは下図のような二重結合の位置によるものです。
    n-3系 C-C-C=C-C-C=C-C-・・・COOH
    n-6系 C-C-C-C-C-C=C-C-・・・COOH
    脂肪酸分子の、メチル基末端から数えて3番目に最初の二重結合があるものが“n-3系”で、α-リノレン酸、エイコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸などがあります。同じく6番目に二重結合があるのがn-6系で、リノール酸やアラキドン酸などがこのなかまです。
    摂取されたリノール酸やα-リノレン酸は、主に肝臓で酵素反応により不飽和度を増し炭素鎖が延長し、アラキドン酸やエイコサペンタエン酸になって膜リン脂質に組みこまれてゆきます。
    n-3系とn-6系多価不飽和脂肪酸は、生体内で相互に変換することはありません。
    n-3系とn-6系の多価不飽和脂肪酸から生じるエイコサノイドの機能は拮抗的にはたらくので、それぞれの産生量は免疫などの生体機能に影響することになります。
    近年、一価不飽和脂肪酸(二重結合が一個)であるオレイン酸の循環系疾患やガンの予防効果がいわれるようになり、脂肪酸を考えての食事計画がすすめられています。けれども確定したものではなく、n-6系脂肪酸は総エネルギー摂取量の10%未満に、n-3系脂肪酸は成人の場合、女性は22g以上、男性は26g以上が一応の目標値とされています。
    オレイン酸は体内で飽和脂肪酸から合成されるので摂取目標値は決められていません。

    脂質メディエーターと炎症

    プロスタグランディン(PG)やロイコトリエン(LT)は代表的な古典的脂質メディエーターといわれ、免疫反応とのかかわりが明らかになっています。
    非ステロイド系消炎鎮痛剤が、プロスタグランディン産生を抑制することが知られ、炎症反応におけるエイコサノイドの役割が研究されたのです。
    免疫における主要な抗原提示細胞である樹状細胞(「からだを守る複雑なシステム」参照)は、PGE2の受容体をもっています。PGE2は古くから免疫反応に抑制的にはたらくとされてきましたが、最近の研究で食事中の脂肪酸の種類によってその効果が異なることがわかってきました。
    この現象は“トル様受容体(TLR)”によりひきおこされます。TLRは前月号で“ハエからヒトまでの病原体センサー”としてご紹介しました。ちなみに今年度のノーベル医学生理学がTLR分子および樹状細胞による免疫応答のしくみの解明に授与されました。

    パターン認識受容体

    病原体の感染は免疫応答により“感染性炎症”をひきおこします。
    このときTLRは病原体の分子パターンを認識することで自然免疫応答がはたらきはじめるきっかけをつくっています。このような役割から“パターン認識受容体”とよばれているのです。
    さらにTLRは、組織や細胞の傷害で生じる自己成分(核酸や脂質や多糖など)も認識して起炎性遺伝子の発現を誘導することが知られ、非感染性の慢性炎症状態をつくります。
    慢性炎症は、動脈硬化やインシュリン抵抗性(糖尿病)やガンなどの病気の温床として注目されています。

    脂肪酸のバランス

    最近になって、パターン認識受容体は飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸のバランスにより活性の調節を受けていることがわかってきました。
    ラウリン酸やパルミチン酸などの飽和脂肪酸はTLRを活性化し、n-3系多価不飽和脂肪酸はそれを抑制するというのです。
    細胞内の脂肪酸濃度は飢餓やストレスや運動などで上昇します。そのとき脂肪組織の中性脂肪からの飽和脂肪酸の遊離がおこり、炎症につながるケースが指摘されています。
    そして食事によるn-3系不飽和脂肪酸(EPA、DHA)の摂取はそのリスクを減らすといわれています。

    脂質代謝と病気

    脂質異常症

    血液中の脂質のうち、総コレステロールあるいはLDLコレステロール、トリアシルグリセロール(中性脂肪)のいずれかが基準より高い値を示すと、かつては「高脂血症」と診断されましたが、2007年より「脂質異常症」という病名でよばれることになりました。
    さらに総コレステロール値の高いものを「高コレステロール血症」とする基準もなくなりました。代って新しい基準としてHDLコレステロール値が低い場合が加わりました。
    脂質異常症と判断する基準は、下記のように決められたのです。
    高コレステロール血症は、LDLコレステロール140mg/dl以上、高トリグリセリド血症とされるのはトリグリセリド値が150mg/dl以上、低HDLコレステロール血症は、HDLコレステロールが40mg/dl未満というものです。
    人間ドックの検査結果報告書などにこの数値が記されているのをご存じでしょう。
    脂質異常症は、甲状腺機能低下症や糖尿病や肥満にともなって発症することが少なくありませんが、脂質ホメオスタシスにかかわる遺伝子の活性のちがいからという発症のメカニズムがだんだんに明らかになってきました。
    たとえばコレステロールやトリグリセリドの合成をすすめる酵素群や、脂肪を燃焼させたりコレステロールを排出させたりする機構にかかわるセンサータンパクや受容体タンパクやトランスポーターなどの遺伝子発現レベルが影響しています。
    LDLやHDLなどのリポタンパクのタンパク部分(アポリポタンパク)の個体差もあります。

    胆石症

    コレステロールの体外へのただひとつの排出経路が“胆汁”です。
    コレステロールは水に不溶であり、胆汁酸とコリンリン脂質(レシチン)の助けによって胆汁中に溶けています。
    胆汁酸は、肝細胞内で薬物代謝酵素チトクロームP450の作用でコレステロールを原料としてつくられ、胆汁成分となります。胆汁中ではタウリンやグリシンと結合して強力な界面活性作用をもつようになります。レシチンもまた前述のように両親媒性(親水性の頭部と疎水性の尾部をもち、界面活性剤としてはたらく)です。
    コレステロール、胆汁酸、レシチンの3者は、安定なミセルをつくっていますが、胆汁酸やレシチンの割合が小さくなると、コレステロールが結晶化し、凝集して“石”をつくります。
    胆石は、石をつくっている成分によってコレステロール石のほかビリルビン石などがありますが、日本人の胆石症は70%以上がコレステロール石です。
    カロリー摂取過剰や肥満、ショ糖の多い食生活はコレステロールの生合成を促して、胆汁中での過飽和から胆石のリスクになります。

    脂肪細胞の機能障害

    脂肪組織は余ったエネルギーを中性脂肪のかたちで貯蔵するだけでなく、レプチンやアディポネクチンなどの“アディポサイトカイン”を分泌する活発な内分泌器官として認識されるようになりました。
    エネルギー過剰の食生活で脂肪細胞が肥大した状態になると、アディポサイトカイン分泌が異常になり、耐糖能異常、脂質異常症、高血圧などが複合するメタボリック症候群やガン発症のリスクになるというのです。
    肥大した脂肪細胞には、貪食細胞マクロファージが集まってきて炎症性サイトカインを分泌します。そのひとつ“TNFα”は、腫瘍や病原体に対する防御因子として発見され“腫瘍壊死因子”とよばれたのですが、やがてGLUT(グルコーストランスポーター)やインシュリンシグナルの伝達を阻害して“インシュリン抵抗性”をもたらすといわれるようになりました。
    TNFαはまたアディポネクチンを減少させます。
    アディポネクチンは脂肪組織でしか産生されません。そして種々のアディポサイトカインのなかで鍵となる分子とされているのです。
    アディポネクチンは、インシュリン感受性を高める作用や抗炎症作用や血管平滑筋の増殖を抑える作用をもっており、内臓脂肪組織の脂肪蓄積がすすむと分泌量が低下します。他のアディポサイトカインと比べてきわだった減少をみせるのです。
    アディポネクチンは、細胞のグルコースとりこみや、脂肪酸のβ酸化をすすめ、糖新生を抑え、動脈硬化をおくらせます。

    アディポサイエンス

    アディポサイトカインのひとつレプチンは、もっともはやく見出されたアディポサイトカインで、脳の視床下部にある受容体に結合すると食欲を抑える一方エネルギー消費を促します。そこで抗肥満因子とされていますが、免疫機能を強めるはたらきもあります。
    レプチンは免疫応答を分担するナチュラルキラー(NK)細胞の活性を高めたり、マクロファージやT細胞のサイトカイン産生をふやしたり、T細胞のアポトーシスを抑制したり、血球の増殖分化をすすめたりなどによって、発ガン予防にもかかわっているとされています。
    最近の遺伝子多型の研究により、日本人の約半数に血中アディポネクチン値を低くする素因があることが報告されました。これが糖尿病やガンなどの発症しやすさに関係しているのです。
    多価不飽和脂肪酸の摂取には、過酸化脂質を生成する問題を考えなければなりません。またトランス酸(二重結合がトランス型)をふくむ場合、コレステロール代謝や虚血性疾患への影響が指摘されています。
    新しい脂質研究の領域である「アディポサイエンス」にもとづいた食生活が必要になってきました。

    メグビーインフォメーションVol.348「ヒトのための栄養学2 「生体脂質」への新しい見方」より

  • タンパク質代謝と分解

    タンパク質代謝と分解

    プロテオリシス

    細胞の仕事の第一が、遺伝情報をもとに自己のタンパク質をつくることにあるのはいうまでもありません。
    タンパク質は、代謝の進行を担う酵素をはじめとして、ホルモンやサイトカインやその受容体などの情報伝達にかかわる分子、免疫グロブリンなどの生体防御因子、結合組織のコラーゲンや筋収縮用のアクチン・ミオシン、ビタミンやミネラルや脂質などを運搬する輸送体のいろいろという具合に、生理現象の実行者です。
    遺伝子とタンパク質の関係を解明する研究は、分子生物学から構造生物学へとすすみ、ついで構成成分であるアミノ酸の栄養的役割が次つぎと明らかにされてきました。
    体内で生まれたタンパク質は、それぞれに寿命があり、古いものはこわされて新しくつくられたものと入れかわることもわかりました。この新旧の入れかえ(代謝回転)はしじゅう生じています。
    タンパク質の分解は“プロテオリシス”といわれ、細胞にはそのためのシステムが備えられています。
    生命を維持するためのタンパク質の利用には合成と分解のサイクルが正しく営まれる必要があるのです。
    ヒトの体タンパクは、およそ2~3%が毎日入れかわっているとされています。つまり合成されるのとほぼ同じ量が分解されていることになります。
    新しいタンパク質をつくる材料のアミノ酸は食事により供給されたものと、プロテオリシスにより生じたものとでまかなわれます。

    代謝回転の流れ

    右下の図は摂取されたタンパク質と代謝回転の流れを示しています。
    成人の必要タンパク摂取量は、体重1kgあたり1.1g/日とされているので、60kgの体重の場合、約70gとなります。70gのタンパク質を摂取しても不消化分があり、これに腸粘膜から脱落したタンパク質と腸内細菌の排出とで約10gが便へ出てゆき、体内にとりこまれるのは60gほどになります。
    タンパク質は消化されてアミノ酸およびペプチドとして吸収されます。アミノ酸はプロテオリシスによるアミノ酸とともに“遊離アミノ酸プール”をつくります。
    アミノ酸プールは、血液や組織液や細胞内に存在する遊離のアミノ酸を指しており、約70~100gと想定されています。
    アミノ酸の一部はエネルギー源としても利用されており、細胞は遊離アミノ酸プールをモニターしながらタンパク合成などの細胞機能をすすめます。
    通常1日に約200gのタンパク質の合成があり、それと等しい体タンパク質が分解され、約60gが尿素、尿酸、アンモニアなどの窒素代謝の最終産物として尿へ出てゆきます。
    摂取と排出、合成と分解によって体タンパク質の恒常性が維持されているのです。

    アミノ酸の利用

    アミノ酸は下図に描かれているようにタンパク質合成のほか、非必須アミノ酸の合成、核酸やグルタチオン、グルコサミン、エタノールアミン、ヒスタミン、メラニンなどいろいろの生理作用物質への利用経路があります。またエネルギー代謝へのかかわりも少なくありません。
    筋肉に多い分枝(岐鎖)アミノ酸(バリン、ロイシン、イソロイシン)は、長時間の運動でのエネルギー源になっており、血中でもっとも多いグルタミンは腸管でエネルギー源として利用されています。
    通常の生活では、5~15%のエネルギーはアミノ酸から得ているといわれ、低タンパク食ではエネルギー効率が低下します。

    プロテアーゼのはたらき

    食事によりとり入れたタンパク質は、消化によって大部分がアミノ酸となって吸収されます。このプロセスによりタンパク質の非自己性が失われ、体内で利用されます。
    タンパク質は数多くのアミノ酸がペプチド結合でつながった構造の分子で、その結合を切断するのがタンパク分解酵素(プロテアーゼ)です。
    ペプチド結合(アミド結合ともいう)は、加水分解により切り離されます。この反応にはエネルギーの消費はありませんが、触媒としてプロテアーゼが必要なのです。
    細胞外ではたらくプロテアーゼは、消化管や唾液、汗などに分泌される外分泌型と、血液や組織液、脳髄液などにある内分泌型に分けられています。止血システムや免疫反応にも内分泌型プロテアーゼがはたらいています。
    なかでも活性中心にセリンをもつ“セリンプロテアーゼ”には、膵臓から分泌される消化酵素のトリプシン・キモトリプシン・エラスターゼ、血液凝固因子のトロンビンなどがあり、多くの生理作用にかかわり、はたらきが阻害されると炎症や出血、血栓、肺気腫、膵炎、不妊などの病態を生じさせる原因になります。
    細胞の内部でも各種のプロテアーゼが重要な仕事をしています。

    オートファジー(自食作用)

    細胞内では二通りのタンパク質分解システムが進行しています。
    細胞内で自己タンパク質を分解する現象は、オートファジーといわれています。
    オートファジーは、アミノ酸プールの維持を担う機構であり、小胞体などの小器官のつくりかえや不用物の除去などをしています。また異常タンパクが蓄積したり、アミノ酸が不足したりといった異常事態では、“細胞の胃袋”とよばれる小器官リゾゾームへ送りこんで処理してしまうのです。
    リゾゾームは、タンパク質だけでなく糖や脂質などを加水分解するさまざまな酵素をもっており、細胞の外から細菌などをとりこんだり、傷害されたミトコンドリアなども膜構造で包みこんだりして消化してしまいます。
    細胞膜上にはいろいろの基質と結合する受容体がありますが、シグナルを細胞内へ伝えたあとはリゾゾームで分解されるものが少なくありません。

    選択的分解システム

    細胞内分解には、標的タンパク質に目印をつけて選択的にこわす方法があります。
    目印はユビキチンという名のタンパク質で、酸化したり老化したりしたタンパク質を見わけて結合します。
    細胞質に多数存在するプロテアソーム(円柱状のプロテアーゼ複合体)が、ユビキチンを認識して内部に送りこみ分解するしくみです。
    選択的分解の方法は、細胞増殖・分化、ストレス反応、免疫反応などに欠かせないのです。

    プロテオリシスと病気

    オートファジーとガン

    ガン細胞は、正常に生きるために備えられた機能を利用して増殖することが知られています。
    抗ガン剤への耐性獲得の方法として、細胞がもつ栄養物質などを運びこむトランスポーターとよばれる膜タンパクによる膜輸送システムを活用したり、低酸素環境を生き延びるのには血管を新生させる因子を分泌したりするのです。ガン遺伝子はグルコースを輸送するトランスポーター(GLUT)を多くつくり出すよう誘導するといわれています。ガン細胞には解糖系によるエネルギーづくりという特徴があり、正常細胞よりも高率にグルコースを必要としています。
    ガン細胞はまた、プロテオリシスを促進する因子をつくり分泌します。この物質はPIFとよばれます。この呼び名は“Proteolysis inducingfactor”の頭文字です。
    PIFは、選択的分解を受けもつユビキチンとプロテアソームの発現と活性化を生じさせて筋線維や筋タンパクを分解にむかわせます。
    ガン細胞は栄養飢餓に対してはオートファジーを活発にして生き延びるのです。
    オートファジーは放射線や抗ガン剤による治療によってもさかんになり、傷ついたミトコンドリアなどの小器官を処理する結果、ガン細胞を生き延びさせてしまいます。
    魚類油脂の成分であるEPA(エイコサペンタエン酸)は、ユビキチン・プロテアソームによるタンパク質分解経路の抑制により、骨格筋や内臓タンパクの減少を防ぐといわれ、ガンに対する栄養療法にとり入れられています。

    オートファジーとガン

    アポトーシスは細胞の恒常性を保つ機構であり、古くなって機能の低下したものや異常な増殖をはじめたものを排除するので、ガン化に対する重要な防衛のしくみになっています。
    アポトーシスが正しく行われるようにふだんは制御されているのですが、ミトコンドリアはアポトーシスを開始させるシグナルを出すことが知られています。
    ミトコンドリアはエネルギー代謝を担う小器官であり、活性酸素の発生源になっています。ミトコンドリアが傷つくと、通常の10倍もの活性酸素を放出するとされており、生体に備わった抗酸化作用では処理できません。大きな酸化ストレスに見舞われることになり、遺伝子のゆらぎ(不安定性)が増加します。
    オートファジーは、細胞内の掃除役としてはたらき、傷ついたミトコンドリアともれ出したアポトーシスシグナルのタンパク質をとり囲み、リゾゾームへ運んで処理し、アミノ酸などのリサイクルに回しています。
    オートファジーは、細胞内へ侵入した細菌・ウイルスの排除にも役立っており、不必要なアポトーシスを回避することで、臓器の萎縮を抑えて老化を減速させているのです。

    アポトーシスとの関係

    オートファジーとアポトーシスとは、互いに連携しています。細胞内の損傷のレベルによってオートファジーにより修復したり、アポトーシスという道にむかったりというわけです。

    オートファゴソーム

    オートファジーでは、はじめに分解すべき細胞内成分を袋詰めにする作業があります。この袋はタンパク質と脂質でできた二重膜(隔離膜)で“ファゴフォア”とよばれており、伸張しながら口を開いた球のようになって、周囲の細胞質をどんどんとりこんで球体となります。これをオートファゴソームといいます。
    オートファゴソームは、感染微生物もとりこみリゾゾームに運びますが、赤痢菌やレジオネラ菌のようにその網をくぐるものがあります。オートファゴソームに包まれてもリゾゾームとの融合をさまたげ、そうなるとオートファジーはかえって細菌に栄養物を与える結果を招いてしまいます。
    病原体の侵入を感知して免疫応答をひきおこす生体防御のしくみにもオートファジーは重要な役割をもっています。
    病原体センサーであるトル様受容体へ侵入者を集めて運ぶのです。

    小胞体関連分解

    細胞のタンパク合成工程では、小胞体とよばれる小器官でのチェックシステムがはたらき、正しい構造に仕上っていない不良品は分解されてしまいます。このしくみは“小胞体関連分解”とよばれており、小胞体ストレスを免れることに役立っています。
    小胞体では、タンパク質に糖鎖をつけたり、ジスルフィド結合(S-S結合)で構造を安定化したりしますが、虚血、低酸素、遺伝子変異などがその作業をはばみます。こういうとき分子シャペロンと名付けられたサポート役のタンパク質が不良品を再生しますが、その手にあまる場合が少なくありません。
    その場合には不良品を細胞質へ出してやり、ユビキチン・プロテアソームシステムで分解処理しているのです。
    小胞体ストレスとは、不良タンパクが処理されずに蓄積した状態であり、これが慢性炎症の火種となって、ガン、アルツハイマー病、自己免疫疾患などの病気にかかわりをもつといわれています。

    神経変性疾患

    アルツハイマー病、パーキンソン病、プリオン病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などが、神経変性疾患の代表ですが、共通しているのはオートファジーの不調です。
    最近、神経細胞ニューロンにも幹細胞のあることがわかりましたが、ほとんどの神経細胞は増殖することはありません。老化したニューロンでは不完全なオートファゴソームができていて、老化色素とよばれるリポフスチンやセロイドが細胞体や樹状突起や軸索にたまるようになります。こうなると“老人斑”が細胞表面に沈着するというのです。
    老人斑は、βアミロイドの凝集体が沈着したもので、アルツハイマー病の特徴のひとつです。アミロイドタンパク質は、短い線維が折りたたまれ、さらにそれが組み合わさった構造で溶けにくく、蓄積すると細胞死の原因になります。

    フォールディング異常症

    遺伝子変異などで不完全なタンパク質がつくられると、その機能が失われて病気の原因になるばかりでなく、いったんつくられたタンパク質が変性したり凝集したりすることで発症する病気のあることがわかり、「フォールディング異常症」とよばれています。白内障はそのひとつの例です。

    メグビーインフォメーションVol.347「ヒトのための栄養学① 「タンパク質」への新しい見方」より

  • からだを守る複雑なシステム

    からだを守る複雑なシステム

    複雑な免疫システム

    生物が備えている自らを守るしくみの謎は、過去100年ほどの間に免疫学の進展によって解かれてきました。そしてこの分野にベーリング(ジフテリアに対する血清療法)、エーリッヒ、バーネット、ヤーネ、利根川進など、多くのノーベル賞受賞者が生れました。
    現代の免疫学では“免疫とよばれる生体防御機能の本質は自己と非自己の識別である”といわれるようになりました (VoL.323「免疫システムの加齢変化」参照)。
    免疫という生体応答は、はじめに気づかれたような感染を防ぐはたらきというよりも、自己に対しては反応しないが、非自己に対しては攻撃をしかけて排除するシステムであり、その機能により細菌やウイルスの感染を防ぐという結果が得られることになります。
    免疫システムは、補体系、自然免疫系、獲得免疫系に大別されますが、相互に密接なつながりをもち、複雑なネットワークをつくってはたらいています。
    自然免疫系は外敵の侵入に対してすばやく反応します。細菌、真菌、ウイルスなどをセンサー(TLR)で認識し、食作用やキラー作用で攻撃します。好中球、マクロファージ、NK細胞などの活躍の場です。
    外敵の特徴(抗原)を、獲得免疫系へ伝達するのが抗原提示役の樹状細胞です。
    獲得免疫のメンバーはT細胞とB細胞で、それぞれの方法で受けとった抗原情報をもとに抗体をつくったり、非自己細胞を直接殺したりします。未知のどんな抗原にもあう抗体がつくられるしくみは長く謎でしたが、“遺伝子再構成”がそれを可能にしているのでした。
    提示された抗原を受容体で受けとったT細胞には、サイトカインによる増殖シグナルがとどき、なかまをふやして敵に対応します。その間にB細胞の抗体づくりも強めます。このプロセスにふつう一週間ほどを要しますが、細胞の数は何億倍にもふえて感染を防ぎます。そして抗体づくりをマスターしたB細胞は体内に集団として残り、再び同じ抗原の主が侵入をはかってもただちに排除する免疫記憶が成立するのです。

    抗原提示とMHC

    T細胞の抗原受容体は、侵入者やガン細胞をこわした断片のペプチドだけでなく、自己の標式とセットにしたものを認識します。
    自己標式とは、HLA(ヒト白血球抗原)ともいわれるMHC分子(主要組織適合抗原)で、クラスⅠとクラスⅡの2タイプがあります。
    クラスⅠMHCと抗原ペプチドのセットは、キラーT細胞へのシグナルとなり、クラスⅡMHC分子との組み合わせでは、受けとるのはヘルパーT細胞というちがいがあります。
    MHC分子は、臓器移植での拒絶反応をおこさせる抗原として発見されました。
    自己と非自己の細胞の目印であるMHCは、細胞がガン化すると失われてしまいます。そのため免疫による排除がむずかしくなります。

    免疫細胞のいろいろ

    抗原の種類によって提示のしかたや、受けとる細胞が異なり、それによってひきおこされてくる免疫反応のすがたもちがっています。
    白血球の大部分を占めるリンパ球は、数にして1兆個、合計すると重さ1kgにもなります。
    リンパ球に属するのはT細胞、B細胞、NK細胞、NKT細胞ですが、このうちのT細胞とB細胞が免疫システムでの主役といってよいでしょう。B細胞とT細胞は、血中を浮遊しながら多種類のサイトカインというコミュニケーション用分子により連携し、役割を分担して生体防御網をはりめぐらしています。
    その防御方法は、抗原に対する抗体というタンパク質をつくり、結合させて複合体にして全身の組織へ出し、補体やマクロファージに処理させてしまうというものです。
    ここで抗体づくりを担うのがB細胞であり、抗原の持主によっては、きめこまかい抗体づくりと排除法を使いわけるのがT細胞です。
    非自己細胞(抗原)をみつけるのは樹状細胞で、細菌やウイルスなどを体内にとりこんで分解します。抗原のタンパク質を断片化したペプチドをシグナルとして伝えるのです。
    B細胞とT細胞には、そのシグナルを受けとる装置(受容体)があり、どんな敵が侵入してくるかを知ることができます。
    主に細菌やガン細胞の情報をキャッチして抗体をつくるのがB細胞です。
    ウイルスに感染された細胞やガン細胞や移植された他人の細胞や、表面に化学物質を結合した細胞などは、キラーとよばれるT細胞が認識してアポトーシスへ追いやります。
    ヘルパーとよばれるT細胞は、MHCと抗原とをセットで認識し、インターフェロンやインターロイキン(IL)などのサイトカインの分泌をはじめます。
    インターロイキンは種類が多く、B細胞の増殖を促したり、炎症反応をおこさせたりなど多彩な作用を生じます。
    インターフェロンは、ウイルスに感染された細胞がつくり分泌する“ウイルス干渉因子”として発見されたサイトカインですが、MHCと抗原ペプチドの複合体を増加させて非自己排除の効率を高めます。
    最近になって、新しいタイプのヘルパーT細胞が見出され、それがつくっているサイトカイン(IL17)が、アレルギー疾患や自己免疫疾患にかかわっていることや、炎症反応を抑制するT細胞(Treg)、従来から知られていたタイプ1(Th1)やタイプ2(Th2)との間のバランスが病態の形成に重要と考えられるようになってきました。

    免疫異常疾患の増加

    花粉症やアトピー性皮膚炎、ゼンソクなどのアレルギー性疾患は、慢性関節リウマチなどの自己免疫疾患とともに20世紀後半の50年間に急増しました。
    その理由を説明する「衛生仮説」は、英国での疫学的調査から生まれた考え方で、非衛生環境で育つことがアレルギー症状をおこしにくい体質にするというのです。
    衛生的な環境では、微生物や寄生虫や植物抗原などに刺激される機会が減少しており、Th1やTh2、Th17、Treg、の4種のT細胞間のバランスが乱れる結果、慢性的な炎症やアレルギー反応が成立しやすくなっているというわけです。
    アレルギーと自己免疫とでは、その成りたちは同じではありません。アレルギー反応は、本来の免疫反応の要員である免疫抗体の“IgE”やマスト細胞(肥満細胞)や好酸球などの顆粒球がかかわっておこり、自己免疫では自己と非自己の識別に問題を生じています。けれども組織の炎症という共通点があります。
    そして従来はTh1細胞とTh2細胞の相互に抑制しあう機能のバランスにもとづく「Th1/Th2パラダイム」が重要な理論として有力でしたがさらに「Th17/Tregパラダイム」が浮上してきたというわけです。Th17細胞は自己免疫を誘導し、Trag細胞は炎症応答を抑制する役回りなのです。
    さらにT細胞群には、IL19をつくるTh19細胞、IL22を分泌するTh22細胞などが次つぎと発見されてきました。
    免疫システムがつくる細胞および機能のネットワークは、想像以上に複雑であるといわなければならないでしょう。

    免疫寛容

    日常に摂取する食物には、さまざまな異種タンパクが混在しています。そのひとつひとつに免疫応答がおこれば、栄養という営みが成りたちません。
    また自己の体成分に対しても、応答を禁じておかなければ、個体の維持があやうくなるでしょう。
    生体には、そんな事態を回避するしくみがあり“免疫寛容”といわれます。
    前記の衛生仮説は、乳幼児期での環境因子への免疫寛容の成立を示しているというのです。
    免疫寛容とは、ある抗原に対して免疫細胞のはたらきがおきない状態をいい、自己抗原に対する寛容を自己寛容といいます。自己免疫疾患は自己寛容の破綻ということになります。
    免疫寛容の誘導には、樹状細胞が役割をもっています。
    消化管粘膜の樹状細胞は、ビタミンAを変換してレチノイン酸を合成する酵素をもっています。レチノイン酸をもつ樹状細胞が抗原提示すると、T細胞の分化が抑制性のTrag優先になることがわかりました。
    食物中の抗原性成分は、ビタミンAやβカロチン(プロビタミンA)をとりこんでレチノイン酸を生合成している樹状細胞によってTragの増加による免疫寛容へ誘導されるというのです。

    免疫システムと食品機能

    栄養条件が支える

    免疫システムは、食細胞や顆粒球、抗原提示細胞、傷害性のリンパ球や抗体づくりに従事するT細胞とB細胞など多彩な白血球のチームワークで成りたっています。
    それぞれの細胞は、機能を分担しつつ互いに制御しあうネットワークにより、生体防衛機構を構築しています。サイトカインによる細胞間の連帯が、免疫反応のレベルを維持します。
    加齢や栄養条件は、白血球集団の全体に影響を与えます。基本となる栄養条件が整っていなければ破綻しかねません。
    エネルギー代謝やタンパク質などの栄養素代謝のレパートリーとレベルの維持によって、白血球数の増加や運動性や、貪食作用や抗体づくりなどの機能性が保障されるのです。

    代謝の維持

    代謝という細胞の仕事は、遺伝情報にもとづくタンパク合成を柱にしています。タンパク質は細胞増殖用の核酸や脂質や、サイトカインの産生分泌の作業をすすめ、必要なエネルギーを確保するとともに、それにともなって不可避的におこってくる酸化ストレスや免疫応答にも不可欠な生命物質です。
    免疫栄養では、とくにビタミンA、ビタミンB6、ビタミンEの不足が抗体産生や食作用の低下を招き、感染症にかかりやすくなるというデータが報告されています。
    ビタミンAの大量摂取により、粘膜でのIgA抗体の産生応答がきわだって増加したというマウスでの実験結果や、鳥インフルエンザ感染モデルのニワトリで、最低必要量を満たしていてもキラーT細胞の活性が著しく低下しており、ビタミンAをじゅうぶんに与えるとキラーT細胞の活性が回復したという例が示されています。
    ビタミンAは、ヘルパーT細胞同士の制御バランスを正常に保つ役割もしています。
    ビタミンB6の不足は、リンパ節や粘膜付属リンパ組織を萎縮させ、リンパ球の減少を招きます。
    血中のビタミンEレベルが低いとき、リンパ球増殖反応が減速し、継続的なビタミンE摂取によりウイルス感染動物の組織でのウイルス量が減少しました。
    銅・亜鉛・セレンは、抗酸化酵素の必須成分であり、鉄は病原微生物の増殖を抑えます。

    白血球増強作用

    動物個体にとって、植物体にふくまれる成分は異物性が高いといえるでしょう。
    食細胞(マクロファージ、好中球)は、異物に対して遊走し集まる性質があるので、植物成分には、食細胞の増加作用を示すものが少なくありません。
    日常の食生活で摂取される野菜や果物は、さまざまなレベルで白血球を増加させる成分をもっています。それはビタミン類ともに重要な機能性成分といってよいでしょう。
    野菜や果物の白血球増加成分を検索する実験の結果、シソ、タマネギ、ホウレンソウ、キャベツ、ニンジン、ピーマン、ナス、キュウリなどでその活性が高いことや、果物にも含まれるものの、野菜類に有効成分が多いことがわかりました。
    白血球を増加させるだけではなく、活性を高める作用についても調べられ、野菜ではキャベツ、ナス、ダイコンなどの淡色野菜が、医療現場で用いられる「免疫賦活剤」に負けないほどの効果を示しました。
    同じく淡色野菜に属するキュウリやタマネギは、ホウレンソウやニンジンと同じレベルの成績でしたが、ピーマンやアオジソにはほとんど白血球活性化能が認められなかったというのです。
    果物では、バナナやスイカ、ナシの成績が上位でした。
    有効性の判定は、TNF(腫瘍壊死因子)などのサイトカインの誘導を指標にして測られますが、誘導までの時間や効果の持続する時間などはいろいろであり、サイトカイン間の相互作用に対する影響はわかっていません。

    炎症と機能性成分

    免疫応答のプロセスでは、組織・器官に炎症という病態が生じます。非自己を排除するために傷害性細胞が放出する活性酸素やタンパク分解酵素などが、局所的な細胞破壊を生じさせます。こわされた細胞の核酸やタンパク質や膜脂質などはマクロファージを刺激して炎症性サイトカインを分泌させ、組織に炎症をひきおこすのです。
    炎症性サイトカインには、前記のTNFのほか、IL1やIL6などがあります。
    炎症は生体内の異常事態を知らせる警告反応であり、樹状細胞をよびよせて、獲得免疫を始動させることになります。
    このとき、炎症性サイトカインの分泌が過剰だったり不足だったりすると、代謝に影響を生じてきます。
    過剰の場合、代謝は異化の方向に傾いて、骨格筋の分解や破骨細胞の活性増加、糖新生の増加などがおこり、不足では獲得免疫のおくれにつながってしまいます。
    近年、栄養物質と炎症性サイトカイン分泌調節の関係が知られてきました。
    急性の炎症を鎮静させ、組織を修復するプロセスで、炎症性サイトカインを抑制するタンパク質が誘導されてつくられますが、それによって含硫アミノ酸システインの需要度が高まります。システインはメチオニンから転換されますが、この反応にビタミンB6と葉酸が必要です。
    炎症反応では、血管内皮細胞やマクロファージがつくる誘導型NO(一酸化窒素)は、殺菌にはたらく一方、リンパ球の増殖を抑えるという二面性をもっています。そしてビタミンCは高濃度でNO産生を増加させるといわれます。
    NOは、アミノ酸アルギニンからつくられます。アルギニンは、脳下垂体に作用して成長ホルモンの分泌を促し、タンパク合成をすすめたり、T細胞数をふやしたりする一方で、NOによる血管拡張作用が過剰な炎症反応による傷害を招くという考え方もあり、単純ではありません。
    魚油成分のEPA(エイコサペンタエン酸)とDHA(ドコサヘキサエン酸)は、抗炎症作用物質として知られています。疫学的にEPAなどの摂取量と、関節リウマチや潰瘍性大腸炎などの免疫にかかわる炎症性疾患との関連がわかってきたのです。
    EPAは、インターロイキン(IL1、IL2)やTNFの産生を調節し、白血球の動員を阻止するといわれています。

    メグビーインフォメーションVol.346「人体のしくみと病気② 「免疫」への新しい見方」より

  • ガン細胞の生物学

    ガン細胞の生物学

    細胞の腫瘍化

    生きた細胞は、分裂して自己と同じ子孫細胞をつくります。分裂して増えた細胞は異なった形態や性質をもついろいろの細胞に育ち(分化)、集まって秩序のある多細胞構造になります。
    細胞の分裂は、遺伝的にプログラムされている決まったタイミングで行われるよう制御されています。
    多くの細胞には寿命があり、分裂が止まって死にます。また傷害を受けたり不要になったりした細胞にはアポトーシスとよばれる死へのメカニズムがはたらき、消去されることが知られています。
    生体を構成している細胞たちは、通常は分裂・増殖、分化、アポトーシスを繰り返しながら、秩序を保っていますが、そのなかに制御をはずれた細胞が出現し、必要のないときに分裂・増殖し、死ぬべきときにアポトーシスがおこらず塊をつくるのが腫瘍です。
    腫瘍化のはじまりは、正常な組織のなかのたったひとつの細胞で、特定の遺伝子に生じた異常です。遺伝子の突然変異は、通常の細胞分裂においてしばしば生じています。また放射線などの環境因子により、ガン関連遺伝子に偶発的な変異がおこることもあります。
    やがてゲノム不安定性が増加し、周囲の組織に浸潤し、離れた場所へ転移してゆく性質を備えると悪性腫瘍(ガン)の資格を得たことになります。
    すでに腫瘍細胞の悪性化が多段階にすすむことが知られていますが、そのプロセスの解明にエピゲノム、微小環境、幹細胞、慢性炎症などの新たな視点が加わり複雑さを増してきました。
    ゲノムは遺伝子の全体を指しており、“エピ”はエピジェネティクで、DNAの塩基配列をともなわない遺伝子発現の変化をいいます。ガン細胞には、エピジェネティクなゲノムの変化が蓄積していると報告されているのです。
    正常な細胞にくらべて、ガン細胞ではさまざまなガン形質をもつように変異が重なっています。
    ガン細胞には、形態や代謝に変化が生じており、腫瘍マーカーといわれるガン抗原が出現します。また周囲組織や免疫細胞とのかかわりのなかでの炎症という病態が注目されています。
    腫瘍は遺伝子の突然変異の上に成りたつとはいえ、ガン化した細胞では、通常とは段ちがいに多く変異が蓄積されていることから、悪性化には“遺伝的ゆらぎ”が加わって押しすすめられているといわれます。
    遺伝的ゆらぎとは、ゲノム変異の発生率が高い状態であり、ガン細胞は変異が容易に起るような形質を獲得しているのです。

    ガン細胞の代謝

    ガン細胞の特性の第一は、異常な増殖です。細胞の増殖は、自己のコピーをつくることであり、そのために細胞は核酸や生体膜構成脂質などを合成しなければなりません。
    細胞が生存のためのエネルギーや生体構成物質を、単純な物質から変換してつくる仕事は同化といわれ、反対に物質を分解して単純なものにする異化とをあわせて“代謝”といいます。
    ガン細胞では、増殖や分化の制御を受けもつ遺伝子の変異から、同化は素材があれば急速にすすむことになります。そしてグルコースや酸素をどんどん消費するので、周辺は低酸素環境になってゆきます。
    腫瘍が塊をつくり一定以上の大きさになるには、血管新生という手段を用います。ガン細胞をとりまく環境が低酸素になるとHIF-1(低酸素誘導因子)や血管新生因子の産生がさかんになります。(インフォメーションVoL.334参照)。新たにつくられる血管は、酸素と栄養物をガン細胞に供給するだけでなく、転移してゆく通路にもなります。
    ガン細胞は、酸素がじゅうぶんにあっても嫌気的解糖を営みます。解糖システムの酵素ピルビン酸キナーゼが、成人のもつタイプではなく胎児のときの型になっていることが知られており、グルコースのとりこみとその代謝が変化しているのです。
    ガン組織では、グルコースやピルビン酸が少ない一方、乳酸は多くなります。そして解糖経路の中間生成物が核酸合成へ回送されたり、ミトコンドリアでアセチルCoAとなったピルビン酸が脂肪酸合成に役立てられたりします。
    乳酸が細胞外に排出されると、間質が酸性環境となり、ガン細胞の浸潤に有利になります。

    ガン細胞の異型(性)

    ガン細胞は、顕微鏡でみると形がふぞろいであったり、内部の構造がもともとの細胞や組織との類似性を失っていたりすることが観察され異型(性)といわれます。
    ガン組織のなかでは、異型の度合がまちまちの細胞が混在し、均一性が失われています。
    同一のゲノム情報をもつ細胞間で、エピジェネティクな変化により、多様なガン細胞に育っていると考えられています。

    ガン幹細胞

    骨髄のなかにいて、種々の血液細胞を産み出す幹細胞の存在はよく知られています。
    幹細胞は“不均等分裂”とよばれる特殊な分裂のしかたで、自己と分化にむかう細胞とを生じます。分化へむかった細胞は造血システムを形成し、残った幹細胞は自己を複製してシステムを維持し継統させています。
    ガン組織は、もともとたった1個の細胞の変異からつくられていますが、増えた子孫のガン細胞の形態や性質は多様です。
    調べてみると、ガン組織のなかに、大部分の細胞集団とは区別される小集団がみつかり、この細胞は多分化能と自己複製能という幹細胞の性質をもっていることがわかり“ガン幹細胞”とよばれることになりました。
    ガン幹細胞は、ガン組織のなかに存在し、多様なガン細胞を産生する多分化能を発揮しながら、不均等分裂によって自己を維持して、新たなガン細胞をつくり続けます。他の大部分のガン細胞は分裂能力が有限なので、やがて死んで消えてゆきます(図参照)。
    ガン幹細胞は、はじめ白血病でみつかり、造血幹細胞の変異で生まれたと考えられました。21世紀にはいって乳ガンや脳腫瘍や肝ガン、大腸ガン、肺ガン、胃ガンなど、ほとんどの組織のガンで見出されるようになったのです。

    ガンの転移・再発

    ガン幹細胞は、転移や再発、そして治療への抵抗性に密接なかかわりをもっています。
    ガンの進行プロセスにおいて、転移しやすさが決まるのはどの段階かという問題を追求するなかで、鍵となるのは幹細胞であることがわかりました。
    血流やリンパの流れに乗って、はなれた臓器に転移するときは、ガン幹細胞の移動が必要だというのです。
    ガン幹細胞はひんぱんに分裂しません。放射線や抗ガン剤の治療は、分裂サイクルにある細胞を標的にすることが多いので、幹細胞は生き残り、再発の原因になることが少なくありません。抗ガン剤に耐性をもつ場合もあります。

    炎症とガン

    腫瘍の悪性化の背景には“くすぶり型炎症”があるといわれるようになりました。
    遺伝子変異だけでは腫瘍は発生せず、炎症反応や免疫細胞が重要だというのです。多くのガンの前ガン状態にあるとき、炎症が悪性化をすすめるという見方がひろがってきました。
    生体防御の要である免疫細胞とのかかわりも意外な面をみせています。
    この考え方から、新たなガン治療の戦略がすすめられようとしています。
    国際的な研究にもかかわらず、ガンの複雑さが立ちはだかり、解明のゴールがみえているとはいえない現状です。

    ガンの治療と予防

    ガンのバイオマーカー

    ガンは個体の遺伝的多型の上に、生長のプロセスでゲノム不安定性から多様性を獲得しており、ひとつひとつが個性をもっています。
    21世紀になって臨床がはじまり、期待された「分子標的治療」はオーダーメイド医療をめざしています。
    オーダーメイド医療では、レントゲンやCTスキャンで得られる画像や細胞診などの病理学上のデータのほかに「バイオマーカー」がとり入れられます。
    ある疾患に関連して、特定の状態において変化するような生物学的測定値を“バイオマーカー”といいます。
    ガンのバイオマーカーには、ある臓器のガンにだけ非特異的に異常を示し“腫瘍マーカー”とよばれるものや、原発ガンか転移性ガンかを見わける“分類マーカー”や薬剤への感受性などの治療への反応レベルの予測に用いられるものなどがあります。
    分子標的治療は、ガン細胞の増殖や転移に関係している分子に狙いを定めて作用させ、効果をあげようというものです。

    化学療法と副作用

    1950年代からの化学療法では、DNAの塩基合成を阻害したり、細胞分裂時に必要な微小管の動きを止めたりなどして、細胞増殖を標的にした抗ガン剤が開発され使われました。
    このような抗ガン剤は、ガン細胞の増殖力の大きさに目をつけ抑制しようというものなので、正常組織のうちの増殖性の高い細胞を巻きこんでしまいます。これが白血球の減少や貧血、脱毛などの副作用を生じさせることになります。
    1990年代にはいり、ガン細胞に特異的に見出される分子を標的にしてはたらくことで、抗ガン効果を高める一方、副作用が少ない分子標的治療へと移ってゆきました。
    分子標的治療薬は、抗体を利用して標的分子の形をみつけたり、分子の凹み部分に適合するような低分子を探し出したり、コンピュータ上で分子設計したりなどして開発されてきました(上図参照)。
    低分子化合物型の分子標的治療薬は、標的となる分子で機能を発揮する部分にはまりこんで邪魔する小さな分子が攻撃の武器になります。
    攻撃の目標は、増殖のシグナル伝達システムを構成するタンパク質や、血管新生をすすめる因子やアポトーシスを誘導する因子などいろいろですが、初期の期待通りに成果がもたらされたとはいえないのが現状なのです。
    さらに分子標的治療薬には、従来型抗ガン剤とは異なり、標的分子に関連した副作用を生じることがわかりました。
    たとえば血管新生抑制の“血管内皮成長因子”の阻害剤では、高血圧、出血、塞栓症、消化管穿孔など、シグナル伝達での“上皮成長因子受容体”阻害では、皮膚障害や下痢、間質性肺炎などが報告されています。
    分子標的治療薬の副作用には、人種差や個体差のあることも知られています。

    薬剤耐性化

    抗ガン剤の効果が、使用をつづけるうちに失われてしまう現象が知られており“耐性”といわれます。
    分子標的治療薬においても耐性の問題はないわけではありません。
    薬が効かなくなるのは、抗ガン剤ばかりではく、院内感染で指摘された病原性細菌での抗生物質耐性化が知られています。
    薬剤が効果を生じるためには、細胞のなかにとりこまれなければなりません。
    薬剤を運びこむ膜タンパク質のABCトランスポーターについては前月号(VoL.344)でご紹介しました。
    数あるABCトランスポーターのなかで、多剤耐性の英語(multidrag resistance)の頭文字をとって“MDR1”と名付けられたものが、抗ガン剤排出ポンプ役で、化学療法の有効性や余後を予測するバイオマーカーになっています。
    実験によってMDR1は、エネルギーを消費して抗ガン剤を輸送し、細胞外へ排出することがわかりました。
    ほとんどの抗ガン剤は脂溶性であり、細胞内へは単純拡散によってはいりますが、MDR1はいろいろの薬物の分子構造を見わけ、ATPを加水分解して得られるエネルギーを利用して、細胞外へ排出するという仕事をするのです。
    MDR1遺伝子の多型は、ガン細胞の抗ガン剤への感受性を介して治療効果のちがいを生じることになります。
    薬剤の吸収、体内分布、動態、排出のいずれにも遺伝的素因がかかわり、効果が個別にあらわれることになります。同じ量の薬を使用しても、血中濃度が異常に高くなったり、効果がなかったりします。またガン細胞にも個性が生じているので、オーダーメイドの治療法を選択するのはたやすいことではありません。

    ガンの化学予防

    “ガンの発生および進展を、化合物の投与により阻止し予防しようという試み”と定義されているのが“化学予防”です。ここでの化合物には食品成分が含まれています。
    食物の機能性研究の分野で“ガン予防”は重要なテーマとして位置づけられており、主として植物性素材(野菜・果物)のなかから、セリ科(ニンジンなど)やアブラナ科(ブロッコリーなど)やキク科(春菊など)の野菜、海草やキノコ、茶類、マメ類、スパイスなどを、予防性食材として、いろいろ摂取することをすすめています。バイオマーカーを検索し、データを集めて、個体差に対応した栄養条件づくりの体系化への取り組みがはじまっています。

    メグビーインフォメーションVol.345「人体のしくみと病気① 「ガン」への新しい見方」より

  • ポンプ機能のメカニズム

    ポンプ機能のメカニズム

    血液の循環と心臓

    多細胞生物のからだを構成する細胞たちは、生きる条件である酸素や物質を「循環システム」によって供給されています。
    循環システムは“心血管系”といわれ、肺循環と体循環が組み合わせられています(下図)。
    肺循環では、心臓から肺動脈へ出た血液が、左右の肺のなかの毛細血管へと流れ、肺胞との間で酸素と二酸化炭素を交換(ガス交換)し、肺静脈からもどります。
    体循環は、大動脈から枝分かれして動脈、細動脈へと流出する血液が組織の毛細血管網でガスや栄養物や代謝産物を交換し、細静脈、静脈、大静脈を通って心臓へという循環路です。
    肺循環はわずか4~5秒で回り、体循環の一巡は平均50秒です。
    肺循環は小循環、体循環は大循環といわれることもあります。
    全身の組織からもどってくる静脈内の血液は、酸素はすでに消費され、回収した二酸化炭素が多くなっています。この血液を肺へと送りこみ、ガス交換で酸素の豊富な血液にして、再び体循環路へ送り出すのです。
    循環システムを休みなく進行させる原動力が心臓のポンプ機能です。

    心臓のつくりと自律性

    心臓は左右の肺の間にあり、成人の握りこぶしほどの筋肉製の器官です。
    心臓をつくっている筋肉(心筋)には、固有心筋と特殊心筋があります。
    心臓のポンプ作用は、心筋の収縮・拡張の繰り返しで営まれており、これは固有心筋の仕事です。
    特殊心筋は、固有心筋の収縮を自動的に生じさせる“刺激伝導系”をつくっています。
    筋肉の収縮には、電気的刺激が必要であり、骨格筋の場合は神経の刺激により収縮しますが、心臓は自分自身の刺激で収縮します。この自律性は、刺激伝導系とよばれる刺激発生装置により維持されています。
    この刺激発生装置は、洞(房)結節、房室結節、ヒス束、プルキンエ線維で構成されたシステムです。
    心筋の電気的興奮は洞結節ではじまります。
    心臓のつくりは“4弁・4室”といわれます。心臓は中隔によって右心系と左心系に分けられ、右心系から肺へ血液を送り、左心系にもどるのが肺循環で、ここから体循環へつながってゆきます。
    右心系と左心系は、さらにそれぞれが心房と心室とよばれる部屋に分かれています。
    心房は血液がもどってくる部屋(肺からは左心房へ、右心房へは全身から)で、心室から血液を送り出します(右心室から肺に、左心室から全身へ)。
    心室には入口と出口とがあり、血液が一方向にのみ流れるように“弁”がついています。この弁は反対側から圧力が加わると閉じ、血液の逆流を防ぎます。
    心房と心室の間の弁は“房室弁”で、薄くて白い結合組織の膜でできています。左房室弁はその形から“僧帽弁”とよばれ、右房室にある弁の名は“三尖弁”です。
    心室からはじまる太い血管への出口には“半月弁”といわれる弁があり、血液が出てゆくとき開き、動脈側から血液が逆流しようとすると閉鎖します。
    肺動脈半月弁を“肺動脈弁”といい、大動脈にあるのを“大動脈弁”といいます。

    ポンプ機能

    心臓は血液を吸いこみ拍出するというポンプ作用を、1日に10万回もつづけます。
    心臓が1回拍動するたびに、コップ半分ぐらい(60~70ミリリットル)の血液が出てゆきます。健康な成人の場合、1分間に拍出される血液量(心拍出量)は、およそ5リットルにもなります。
    心筋の収縮にも、骨格筋と同じようにCaイオンが重要な役割をもっています。
    心筋細胞の膜でへだてられた内と外とには、静止状態にあるとき、約100ミリボルトほどの電位差があります。この状態を分極といいます。このとき細胞内は外より低いマイナス電位になっていますが、細胞内液のイオン濃度が変化すると、マイナス電位がプラスに転じます。これを脱分極といいます。

    心電図

    心筋が脱分極と再分極を繰り返すことを電気的興奮といいます。そして分極、脱分極、再分極という細胞の興奮を生み出しているのが洞結節です。
    洞結節では、1分間に60回ほど脱分極をおこします。これが心拍数です。細胞の興奮が伝達系に伝わってゆき、心筋全体で統制されたポンプ機能を発揮します。
    洞結節ではじまる電気的興奮は、心房へ移り心房内を移動し、房室結節を経由して心室へ伝えられてゆきます。房室結節を通過したのち、ヒス束からプルキンエ線維へと波のように伝わり、心室全体へゆき渡ります。これによって心室は収縮し、一気に血液を送り出すことができるのです。
    右図は、刺激伝導系と、それぞれの部位での電位と心電図との関係を示しています。
    心電図は、20世紀の初頭、心臓が電気を発生していることに気づき、心筋の収縮が電気によっておこることを記録し証明しようとしたオランダの学者アイントーフェンの命名でした。彼は“心電図の父”とよばれ、1924年にノーベル医学生理学賞を受賞しています。
    心筋で発生する電気的変化は体表にまで達するので、胸部や手足に電極を貼りつけて測定することができます。
    図の波形のうち“R波”は主波ともいわれ、心室の収縮をあらわしています。“P波”は心房の興奮にあたります。健康な心臓の心電図では規則正しい波の繰り返しをみることができます。
    心電図の波形の異常によって、不整脈や心筋梗塞や心室肥大などの病態が発見されます。

    脳と心臓の関係

    心臓は、脳の延髄(脳幹の下の部分で脊髄につづいている。生命活動の中枢が集まっている)の循環中枢から送られるシグナルに支配されており、意志の力で動かしたり止めたりすることはできません。
    循環中枢からのシグナルは自律神経系により伝えられます。
    心臓に対する神経作用は、収縮力や心拍数や興奮性や刺激伝達の調節で、交感神経は促進的に、副交感神経は抑制的にはたらきます。
    心電図の波形の“T波”は変わりやすく、運動や食事、精神的ストレスで変化します。
    内臓諸器官に分布する副交感神経を迷走神経といいます。
    交感神経と迷走神経は枝分かれして心臓神経になります。
    交感神経の枝が刺激されると頻脈がおこり、迷走神経線維では徐脈がおこります。
    心臓神経はシグナルを受けとるだけでなく、発信もしており、それが脳へと伝達されます。
    狭心症や心筋梗塞の発作は、痛みのシグナルを脳へ送ります。このシグナルが伝わる途中で隣りあった感覚神経を刺激すると“関連痛”の原因になります。
    この関連痛は左肩、左上肢の痛みとして知られていますが、ときには頭やあご、歯などの痛みとして感じられることもあります。
    日常生活において、興奮したり驚いたり、怒ったりしたときは交感神経が優位になって心拍数が増加し、ドキドキします。嘔吐や排便で強くいきむときなどには副交感神経のはたらきが上まわります。姿勢の変化による動脈圧の低下にも交感神経系をはたらかせて元にもどします。

    いろいろある心疾患

    心不全と疾患

    正常な心臓は予備能力をもっていて、過激な運動や精神的興奮などで必要になると、安静時の数倍もの血液を拍出することができます。
    ところがなんらかの異常でポンプ機能が低下すると、必要に応じて拍出量を増やすことができません。この状態を「心不全」といいます。
    心不全は、虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)や弁膜疾患、不整脈などの異常が基盤にあり、ストレスや貧血、無理な運動などが引き金になり発症します。
    左心不全では、送り出せない血液が肺血管内によどんでしまい、血液の水分が肺の組織へと洩れることになり、進行すると「肺水腫」をおこします。肺に異常が及ぶので呼吸困難や咳がみられたり、腎臓や骨格筋の機能低下を招いて、日中の尿量低下や倦怠感がおこったりします。高齢者では脳への血流減少による循環障害のリスクにもなります。
    右心不全を伴うと、全身からもどってくる静脈血が送り出せなくなり、胃・腸の静脈のうっ血による食欲低下や吐き気、肝臓の腫れやむくみや腹部のぼう満感などがあらわれてきます。
    心不全の発症予防には、体液の調節が必要とされています。通常食塩の制限がいわれますが、カリウムやマグネシウムの補給が必要です。カリウム・マグネシウムやカルシウムの不足は交感神経系を介して「不整脈」を生じさせるリスクになります。
    不整脈は、心拍のリズムが不規則になった状態で、心不全を誘発するのです。
    風邪などの感染症では、発熱や免疫反応によりエネルギー代謝がさかんになるため、心臓に負荷を与えて心不全をひきおこすケースもあります。

    脈拍のゆらぎ

    洞結節で発生した刺激が適切なペースで伝わり、規則正しく拍動を繰り返すリズムを洞調律といいます。
    洞調律は、1分間の心拍数が60から100回を正常としていて、この範囲をはずれていると「不整脈」とするのが医学上の約束になっています。
    不整脈といえば、突然死の原因になりかねない病態の場合もあり、また症状として動悸や脈がとぶなどの自覚症状から、重篤に感じられたりします。けれども不整脈の多くはとくに危険はなく、治療を必要としないことが少なくありません。
    だれでも経験するように、走ったり発熱したりしたとき脈は速くなり、睡眠中にはおそくなります。前者は洞頻脈、後者を洞徐脈といいます。
    脈拍の間隔は、安静にしていてもゆらいでいます。このゆらぎは心臓に固有の内在的なものであり、健康な人のほうが心疾患のある人よりもゆらぎの大きいことがわかりました。
    ゆらぎの巾は、30秒の間に35回から40回の範囲ですが、眠っていても生じています。
    脈拍にゆらぎのあることは、予期されない外からの刺激にもすばやく対応できるような準備のためにあると考えられています。たとえばストレス反応で急に心拍数を上げなければならない事態に備えているというのです。
    近年、ゆらぎの問題は生命分子の機能と結びつく重要なテーマになってきたのです。

    期外収縮

    ふだんは意識されない拍動を“動悸”として強く感じることがあります。また、“脈がとぶ”あるいは“脈に触れない”などの脈の乱れを自覚する「期外収縮」も珍しくありません。
    期外収縮は、健康な人でも24時間継続して心電計で計測・記録する「ホルター心電図」を用いると発見され、“1日に年齢の数だけおこる”といわれるほどです。
    期外収縮は、もともとは電気刺激を発生させる機能のない心房や心室などで電気的興奮がおこったため、早いタイミングで心筋が収縮してしまうものです。この場合心室に血液がたまっていないので脈が触れません。そして次の拍動はふつうより多い血液を送り出すことになり、脈を強く感じ、動悸などの異常感がおこるのです。
    期外収縮は、ストレスや睡眠不足、喫煙、飲酒などが誘因の自律神経システムの乱れでおこるものがほとんどで、治療の必要はないとされるのですが、心筋や弁や冠動脈の疾患がある場合には、対策を考えることになります。

    心臓がつくるホルモン

    1984年に、心臓は強力な利尿・降圧作用のホルモン“BNP(ナトリウム利尿ペプチド)”を分泌することがわかりました。
    心不全や高血圧症ではBNPが大量に分泌されるので、その血中濃度を調べて心臓への負担の程度をみる検査が行われます。
    期外収縮でも頻発する場合、BNP濃度の上昇がみられるケースがあります。
    不整脈には、拍動がはやすぎる頻脈性と通常よりおそい徐脈性がありますが、脳や肺の血液不足から、めまい、失神、息苦しさ、息切れなどの症状があらわれたり、全身の循環量低下からだるさや疲れやすさがつづいたりします。
    また頻尿になることがありますが、これは不整脈によりBNPが過剰に分泌され、利尿作用がはたらくためです。

    “弁”の病変

    心臓の内部で血液を決まった方向に流し、逆流を防ぐようにはたらいている弁は、スムーズに開閉しなければ機能がはたせません。
    弁がじゅうぶんに開かないケースを“弁狭窄”といい、完全に閉まらずにすき間がつくられている状態を“弁閉鎖不全”といいます。
    弁は、前述のように三尖弁、肺動脈弁、僧帽弁、大動脈弁の4種ですが、疾患として通常多いのは僧帽弁膜症と大動脈弁膜症で、いずれにも狭窄と閉鎖不全があります。
    以前は弁膜症は“リウマチ熱”の後遺症として発症する僧帽弁膜症が多かったのですが、社会の高齢化により、弁の石灰化や虚血による閉鎖不全などが増加してきました。リウマチ熱は“溶血性A群連鎖状球菌”感染症ですが、近年その発症例は世界的に減っていることが背景にあります。
    高齢者にはいろいろな代謝変化がみられますが、そのなかでカルシウム代謝は大きく変化するといわれており、カルシウムの吸収低下からパラドックスにより軟部組織への沈着がおこりやすくなります(石灰化)。弁の石灰化変性は開閉のさまたげになります。
    疫学的にみて僧帽弁膜症は女性に多く、大動脈弁膜症は男性が3倍という特徴があります。

    メグビーインフォメーションVol.344「人体のしくみ⑯心臓─生命のポンプ」より

  • 眼のつくりとはたらき

    眼のつくりとはたらき

    眼は光学装置

    地球上のあらゆる生命体は、太陽からの光エネルギーを捕獲し、生体エネルギーに変換して生きています。
    光は電磁波としての性質をもち、生体をつくっているタンパク質などの分子と相互作用してエネルギーを与えたり、明暗や色などの情報を伝えたりします。
    光には、ヒトの目に見える可視光(赤、ダイダイ、黄、緑、青、藍、紫)のほか、赤外線や紫外線もふくまれていることをご存じでしょう。
    それぞれの光は波長が異なっており、波長に反比例するエネルギーをもっています。紫外線は可視光線より波長が短かく、エネルギーが大きいので、白内障や網膜疾患などの発症に密接にかかわっています。
    ヒトの眼球はカメラに例えられるように、光学装置としてはたらく構造になっています。カメラの機能と同じように、眼にはいってくる光を集め、屈折させてフィルムにあたる網膜上に像を結ばせます。
    眼の光学システムは、角膜、眼房、水晶体、硝子体、網膜で構成されています。
    眼球は球形で、外膜、中膜、内膜の3層でつくられた壁に囲まれた内部に光学装置を備えています。外膜は丈夫な結合組織製の強膜で、眼球の形を維持しており、中膜の脈絡膜には豊富な血管網が栄養を運んでおり、ここから網膜へ供給しています。
    内膜には網膜があり、光を感じる細胞(光受容器である視細胞)と、脈絡膜との間で物質交換をする色素上皮および神経細胞がつくる層構造になっています。
    脈絡膜は、眼球の前部で毛様体になり、ここから伸びている結合組織性の線維(毛様体小帯という)が水晶体を吊っているかっこうです。毛様体のなかには毛様体筋があり、近くや遠くを見るときにこれが収縮して水晶体の厚みを変えることができます。

    遠近調節

    眼の遠近調節は、水晶体の湾曲状態を変える弾性と毛様体筋の収縮に依存しています。
    水晶体の厚みの変化で屈折のしかたを変えて網膜上に入射光線を集めるのです。加齢により水晶体の弾性が乏しくなると老視になります。

    視細胞の光受容

    視細胞にはふたつのタイプがあり、桿体と錐体とよばれています。前者はさまざまなレベルの明るさを識別し、後者は色のちがいを見わける役です。
    角膜、水晶体、硝子体を通って網膜にとどいた光を、錐体細胞または桿体細胞がとらえます。
    クロロフィル(葉緑素)などの色素分子は、光を吸収しやすい性質をもっています。分子によって吸いこむ光のエネルギーがちがっていて青い光を吸収する分子もあり、赤い光を吸収するものもあります。レチナールという分子は、ビタミンA(レチノール)の酸化型で、視細胞の光受容タンパク(ロドプシン)にとりこまれてはたらく色素分子です。
    ヒトの錐体細胞は、赤・緑・青の3原色の波長を吸収して色覚を生じています。
    哺乳類の先祖は、夜行性で聴覚と嗅覚が発達していましたが、緑に対応する色覚はありませんでした。それが霊長類になって3色覚になったいわれています。
    この変化は、赤の視色素遺伝子の突然変異で生じました。
    色素遺伝子の変異から、光の吸収が正常でなくなると、色弱や色盲の原因になります。また網膜色素変性症の発症にもかかわりがあるとされています。

    ロドプシンとレチナール

    網膜色素変性症の原因遺伝子として発見されたのがロドプシン遺伝子でした。
    ロドプシンは、視細胞の円盤体とよばれる部分に埋めこまれているタンパク質です。円盤体は生体膜でつくられた袋状の構造がつみ重ねられた小器官で、埋めこまれたロドプシンが高感度に光を検出します。
    ロドプシンは、オプシンというタンパク質にレチナールが結合してできています。
    レチナールは、結合したタンパク質との間で生じる相互作用によって光の吸収能力が大きく変化します。
    レチナール分子は、光を吸収すると180度ねじれ(異性化という)ます。
    ロドプシンのレチナールは、可視光の刺激によって構造が変わり(シス型からトランス型)ロドプシンにも構造変化がおこって、オプシンとトランス型レチナールが分離します(上図)。
    トランス型レチノールは、色素上皮層の細胞へ移されて貯蔵され、暗くなると再びシス型レチノールにもどされ、ついで酸化されてレチナールとなって視細胞へゆき、オプシンと結合するという視覚サイクルがつくられています。
    このプロセスでレチノールが減ってゆきます。レチノール(ビタミンA)の摂取不足は、網膜の機能低下を招き、いわゆるとり目や夜盲症の原因になります。
    映画館などで、明るい場所から急に暗がりにはいると、しばらくは周囲が見えません。しだいに見えてくるという経験をしますが、これは“暗順応”とよばれ、桿体細胞の順応です。反対に暗がりから明るいところに出たときや、向かってくる自動車のヘッドライトを浴びたときなどに、目が開けていられないほどまぶしいことがありますが、すぐに元にもどります。これは“明順応”で、錐体細胞の順応反応です。この機能も、ビタミンAの補給で保たれています。

    黄斑と視野

    右の図は眼底を正面からみたもので、網膜のほぼ中央に丸い形の視神経乳頭があります。
    桿体細胞や錐体細胞から出される光の情報は神経細胞に伝達されます。神経細胞の突起が視神経乳頭の付近に集まって視神経となり、視覚情報を大脳へ送ります。
    物体を注視すると、角膜からはいった光は、つねに両眼の網膜上に像を結びます。その場所は“黄斑”に存在する中心窩です。中心窩はとくに錐体細胞だけが密集している部位であり、視力の中心なのです。
    それに対して、桿体細胞は網膜の周辺部に多く分布しています。
    片方の眼で、前方の一点をみつめたとき、見える範囲を視野といいます。
    視野は楕円形で、視覚の伝わる経路のどこかに障害があると、いろいろな視野欠損が生じます。(左下図参照)
    網膜上に結ばれた像は、視神経を伝わって大脳皮質の後頭葉にある視覚中枢へむかうのですが、このとき“半側交叉”とよばれる現象が生じています。
    これは眼球の右側にある像と左側にある像とが、視覚中枢への異なったはいり方をしていることを示しているのです。
    ものを見ているとき、右側の物体は右眼でも左眼でも、網膜の左側に像を結び、ここから出た視神経は脳の左側へはいってゆきます。
    左側にある物体の像は右側へはいってゆきます。
    このとき視神経が半分ずつに分かれて、一方だけは視交叉といわれる部分で交叉して反対側の視覚中枢へはいってゆくのです。
    このしくみによって、両方の眼で見た右側の物体の像が脳の左側(左眼の視覚中枢)へはいり、左側にある物体の像は右眼の視覚中枢へはいってゆきます。
    両眼の視野が重なることで、立体的に見ることができるのです。

    視野の異常

    視野に生じる異常でおもなものは“狭窄”と“暗点”です。
    網膜色素変性症や緑内障、網膜剥離などの眼疾患や、視神経を養う血管での虚血などが、視野の狭窄や欠損の原因になります。
    視野のなかで、周囲よりも感度が落ちている暗点は、黄斑などの網膜の疾患のほか、ビタミンB群の不足が原因になるとされています。
    殺虫剤や抗生物質の使用によって、視野狭窄と暗点を生じさせる場合があります。

    眼疾患の新しい見方

    加齢と眼疾患

    高齢化がすすむにつれて、加齢にともなう眼疾患がふえてきました。厚生労働省の調べでは、かつては失明に至る眼疾患の第一位は糖尿病性網膜症でしたが、2006年以降、緑内障がトップになりました。
    緑内障、糖尿病性網膜症、網膜色素変性症、そして加齢黄斑変性、白内障などが加齢にかかわる眼疾患であり、老視のほか眼瞼下垂や翼状片、ドライアイなどもあります。
    眼科学においても、他の分野と同じく遺伝と環境の両方での病因の追及がすすみ、原因遺伝子の発見や、酸化ストレス・アレルギーを介した慢性炎症などのリスク因子との関係が明らかになってきたのです。

    失明原因1位

    緑内障は日本では1位、世界でも第2位の失明原因で、今後も増加するといわれています。
    眼球の前部のつくりをみると、虹彩の前に前房といわれる場所があり、虹彩と水晶体との間には後房というすき間があります。
    前房と後房には、房水とよばれる涙に似た液体が満たされています。房水はつねに毛様体でつくられていて角膜と水晶体を養いながら隅角へゆき、線維柱帯網を通ってシュレム管へ流入します。房水はシュレム管の内壁にある細い孔を通り静脈へはいって心臓へもどります。
    房水の流出を助けるのは線維柱帯をつくっている細胞で、収縮性タンパク質をもち収縮によりすき間をひろげます。
    線維柱帯細胞は、異物や細菌などをとりこむ掃除屋としてもはたらいています。

    眼圧

    房水の生成する量と排出量との差によって、眼圧が決まります。
    シュレム管がつまったり、房水の粘度が高まったりして房水の流れがさまたげられると眼圧が上昇し、押されている視神経乳頭の形や性質の変化を招きます。視神経の萎縮で視野狭窄がおこり、緑内障と診断されることになります。
    眼圧は、視神経の障害をおこさない上限の値を正常値としています。通常21mmHgが正常値といわれますが、個体差のあることが知られています。上限が15mmHgの人もあり、28mmHgの人もあるのです。
    眼圧が正常値の範囲であるにもかかわらず、緑内障を発症するケースがあり“正常眼圧緑内障”とよばれます。日本人の場合、緑内障患者の約70%がこのタイプであり、発症のメカニズムは不明とされてきました。
    最近、その手がかりのひとつとして“グルタミン酸輸送体”の機能異常が指摘されました。
    グルタミン酸は、網膜において光情報を脳へ伝える神経伝達物質として重要ですが、過剰になると神経毒になるとされています。
    そこでグルタミン酸の濃度をコントロールする役の輸送体が用意されていて、余分のグルタミン酸を回収しています。輸送体の活性低下による神経細胞の傷害は、アポトーシスをひきおこして、アルツハイマー病や筋萎縮性側索硬化症、てんかんなどの神経疾患にもかかわっていることが知られています。
    房水にはグルコースや電解質のほかビタミンCやグルタチオン、SOD(活性酸素除去酵素)が多くふくまれています。
    グルタミン酸が細胞毒になるとき、一酸化窒素(NO)や他のフリーラジカルが発生しています。グルタミン酸輸送体のはたらきの個体差から生じる酸化ストレスに対して、抗酸化物質が予防の役割をもっています。また神経保護作用をもつビタミンB12の継続的摂取が、グルタミン酸の毒性を抑制するとされています。

    眼内炎症と黄斑変性

    眼内に存在する免疫細胞が、血中を運ばれてきた抗原に対して反応し、毛様体や虹彩や脈絡膜に炎症をひきおこしている“ぶどう膜炎”にもNOが関係しています。
    NOは細胞のエネルギーづくりや虚血などで生じた活性酸素と反応すると、強力なラジカルペルオキシナイトライトになって組織を傷害します。
    網膜は酸素への依存度が高い神経組織なので、虚血に弱く、これが細胞のアポトーシスを招きかねません。
    酸化ストレスと炎症を視野において、加齢黄斑変性予防への介入試験が行われ、有効性が報告されるようになりました。
    黄斑部での加齢的変化は、視力の低下やひずみ、暗点などをひきおこし、失明に至る場合もあります(米国では失明原因の1位)。
    米国での大規模な介入試験が、ビタミンA・C・Eと亜鉛・銅を組み合わせたり、ビタミンに加えてカロチノイドやEPA・DHAを用いたりして継続されており、抑制効果が認められてきました。

    眼を守る食品成分

    黄斑変性では、ドルーセンとよばれる点状の病変が出現してきます。これは網膜色素上皮にリボフスチンという脂質の過酸化物が蓄積したもので、活性酸素の一重項酸素を発生します。5年間の追跡調査でビタミンC・Eおよびカロチノイドの摂取が予防に有効とわかりました。
    ヒトの水晶体や網膜にはカロチノイドが含まれ、とくに黄斑部には黄斑色素とよばれるルテインが多く、光をさえぎるフィルター役となり、抗酸化作用によって保護しています。ルテインの給源は緑黄色野菜です。
    エビ・カニ・イクラなどにあるダイダイ色の色素であるアスタキサンチンもまた、抗酸化作用にすぐれ、フリーラジカル捕捉活性はルテインの3.5倍です。さらに自己免疫や感染ストレスなどによる炎症の抑制に役立ちます。
    植物成分では、ブロッコリーの新芽に豊富なスルフォラファン(含硫化合物)は、網膜でグルタチオン合成を誘導し抗酸化力を強化します。

    メグビーインフォメーションVol.343「人体のしくみ⑮視覚・色覚のしくみ─眼」より

  • 精密な聴く構造─耳

    精密な聴く構造─耳

    音と聴覚系

    物体が空気などの媒質のなかで急速に動くと周囲の媒体のなかに分子の密度の高い部分と低い部分とが生じ、そのくり返しが波のようにひろがり伝わってゆきます。
    物体の急速な運動が空気のなかでおこしたこのような物理現象が、耳から脳へ伝わって“音”として感じとられることになります。
    この物理現象は空気の振動といわれており、波のようにひろがり伝わるので“音波”とよばれます。
    音波は耳介がもつ複雑な形状によって反射したり共鳴したりして外耳道へはいり、中耳から内耳へと送りこまれてゆきます。
    内耳は音刺激により電気信号を発生し、脳幹を経由して大脳皮質の聴覚野へ送ります。ここではじめて聴覚が生じます。
    聴覚野の近くに言語中枢があり、音刺激がとどくと、音を言葉として理解したり、声にして出したりする機能を司どっています。
    ヒトにとって聴覚は、環境情報の収集ばかりでなく、言語によるコミュニケーションという人間としての活動にとって重要な機能といえましょう。

    聴覚システムの成りたち

    耳から脳までの聴覚系は、耳介にはじまり、外耳道、中耳、内耳、内耳道、脳幹の順につながっています。
    耳介と外耳道は外耳といわれます。
    外耳道は、成人では長さが約3cmで、一ばん奥に鼓膜があります。音は外耳道のなかで共鳴して鼓膜にとどきます。
    外耳道の入口の皮膚に、耳垢腺があって、耳垢を分泌しています。耳垢は、外耳道の表面に湿り気と油分を保たせており、鼓膜が効率よく振動するのに役立っています。
    鼓膜はうすい結合組織性の膜で、これに伝わった音が中耳を経由して内耳へとどけられます。
    鼓膜の奥は、鼓室とよばれる空気のはいった空間で、ここに3個の耳小骨があります。
    3個の耳小骨は、外側からツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨と名付けられており、関節でつながり耳小骨連鎖を形成しています。ツチ骨は鼓膜にしっかり付いていて、音は耳小骨連鎖で増幅されて内耳へとどけられます。
    耳小骨は、関節でつながっていることで、テコの作用が生じ、音を増幅するのです。この関節の動きが悪いと、難聴の原因になります。
    鼓室は耳管という管で上咽頭につながっていて、外界と鼓室内の気圧のバランスを保っています。内外の気圧が等しいとき、鼓膜がよく振動するのですが、飛行中やトンネルのなかなどで、鼓室内の圧が低くなると鼓膜は内側へへこみ、外の圧が高いと外側へふくらむことになり、耳がつまった感じが生じ、“きこえ”が悪くなります。耳管は通常は閉じていて、嚥下運動で開きます。つばをのみこむ動作で耳管が開くと、咽頭のほうから空気が出入りします。
    中耳に原因がある難聴を“伝音性難聴”といいます。

    迷路といわれる構造

    耳は聴覚と平衡覚(からだの位置や運動を感じとる)のふたつの機能をもつ器官です。
    聴覚器も平衡器も内耳のなかにあります。
    内耳は硬い骨に囲まれ、内部はリンパ液で満たされた複雑な構造で“骨迷路”といわれています。
    骨迷路をつくっている前庭と三半規管が平衡覚を、蝸牛は聴覚を受けもつ器官です。
    音を感じる蝸牛(右図)は、その名のようにカタツムリの形で、隔壁でふたつに仕切られており、上の腔所は前庭階、下のほうが鼓室階で、内部は外リンパ液で満たされています。
    前庭階と鼓室階とにはさまれた部分は蝸牛管で、その内部に内リンパ液がはいっています。
    蝸牛にはふたつの窓があり、そのひとつ前庭窓にはアブミ骨の底がはいりこんでいます。耳小骨を伝わってきた音は、ここから内耳にはいり、もうひとつの窓(蝸牛窓)へ抜けてゆきます。音の振動は前庭階の外リンパ液を振動させ、鼓室階へすすむと蝸牛管内リンパ液に伝わることになります。

    音のセンサーと有毛細胞

    蝸牛管と鼓室階の境をつくる基底板に、音のセンサーである“コルチ器”がのっています。
    音の振動を受けとるのは、コルチ器上の感覚細胞の役目です。
    空気の振動が、鼓膜、耳小骨から内耳のコルチ器に達することを“気導”といいます。
    コルチ器に並んでいる感覚細胞は、表面に微絨毛の生えた有毛細胞で、蝸牛管の内リンパ液につき出ていて、その上にゼリー状の蓋膜が触れています。リンパ液が振動すると微絨毛と蓋膜とがずれて毛の傾きが生じます。これが細胞内に電気信号を発生させて、基底板にある聴神経へ伝達されます(右図)。
    基底板は、蝸牛のなかでらせん階段のようになっていて、高い音は入口に近い低いところで、低い音は奥のほうの蝸牛上部で基底板を振動させます。このしくみで内耳は、音の高低と強さを電気信号に変えて脳へ送っています。

    音のセンサーと有毛細胞

    からだを安定に支えているのは、皮膚の知覚、眼の視覚と耳の平衡覚からの情報を中枢神経により統合するシステムのはたらきです。
    耳は頭の傾きや、からだの回転運動などを感じとり、筋肉の緊張を調節します。
    耳の前庭にはふたつの袋状の構造があり、ここに平衡感覚の受容器があります(平衡斑という)。平衡斑をつくっているのは有毛の感覚細胞で、垂直あるいは水平方向の加速度や重力の変化に反応します。
    三半規管にも有毛の感覚細胞があって、その先端はゼリー状のクプラとよばれる塊にはいりこんでいます。からだが回転すると内リンパ液が動き、それがクプラを動かすことで回転運動が感じとられます。
    内耳のリンパ液は常に入れかわりながら、感覚細胞のはたらきを助けています。
    平衡感覚は、動く生物にとって重要であり、原始的な生物にも簡単なバランス用の器官があり、やがて水中の魚や大気中の鳥のように三次元を動く動物で三半規管が発達しました。
    内耳に備わった機能の低下は、身近なりや難聴、めまい、高齢者のふらつきなどの病態をひきおこします。

    内耳の障害

    内耳の機能低下の原因には、感染、騒音、薬物や老化などが挙げられますが、感覚細胞の障害という共通点があり、フリーラジカルのかかわりがいわれるようになりました。
    近年、内耳が正常に機能を発揮するのにNO(一酸化窒素)がはたらくことが知られるようになってきました。NOは感覚細胞の神経伝達や血流調節や内リンパのホメオスタシスを助けており、感染などでNOの産生が過剰になると、感覚細胞を傷害してしまうというのです。
    さらにNOと活性酸素との相互作用が、内耳の病態をひきおこすメカニズムが考えられています。
    そして難聴やめまいなどの内耳障害に対しての予防や治療に応用されるようになりました。

    有毛細胞とNO

    蝸牛ではコルチ器や神経網のシナプス、血管の周囲、水分輸送を受けもつ上皮細胞などに、NO合成酵素が存在しています。
    NO合成酵素には、神経型、内皮型のほか、炎症により誘導される誘導型があります。
    内耳のいろいろの部位で神経型および内皮型のNO合成がつねに行われていますが、免疫細胞が放出する炎症性サイトカインによって誘導型が活性化されるのです。
    感覚細胞の聴毛は、結核の特効薬ストレプトマイシンなどの抗生物質で破壊されます。利尿剤、抗ガン剤などもリスクになります。
    また過大な音響も聴毛をこわす場合があります。その逆に有毛細胞を守るのにビタミンAや抗酸化物質が役立ちます。

    よくある耳の異常

    耳鳴りの原因

    体外の音源に関係なく、耳や頭のなかで音をきいている状態を耳鳴りといいます。
    日中、仕事をしているときには気にならないが、就寝時や周辺が静かなときに耳鳴りを自覚するという人は少なくありません。
    大部分の耳鳴りは本人だけしかわからない自覚的耳鳴ですが、マイクロフォンをあてれば他人にもわかる他覚的耳鳴もあります。
    体内では、血流や筋肉が音源になります。また炎症や異物も原因になります。鼓膜のそばの耳垢が音源になることもあります。
    耳小骨や耳管や口腔・咽頭の筋収縮や、鼓室や内耳の血管・頭部の血管での血流障害、鼓膜・耳管などの炎症、リンパ液の組成変化などが原因の場合もあります。
    薬剤性耳鳴は、抗ガン剤、抗炎症剤、利尿剤、抗生物質、循環改善剤など、ほとんどの薬剤の副作用とされており、身近な鎮痛消炎剤のアスピリンや非ステロイド系抗炎症剤も例外ではありません。

    聴覚システムの異常

    耳鳴りは、医学的には聴覚システムの伝導路で異常信号を発し、大脳皮質の聴覚中枢がそれを受けとっている状態です。
    精巧な成りたちの聴覚システムは、加齢による影響を受けて、機能低下がおこってきます。
    ヒトの聴力は20歳代をピークとしてだんだんに低下しますが、耳鳴りの頻度も高くなります。
    感覚細胞のもつ聴毛の伸び縮みによる基底板の振動も耳鳴りの原因になることがわかってきました。
    聴覚システムでは、いろいろの部位で炎症がおこります。骨のなかで保護されている内耳も風疹ウイルスや流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)ウイルスの感染でコルチ器をこわされてしまいます。

    難聴がふえている

    聴覚を損う原因となる騒音や薬剤、環境ホルモンなどが難聴をふやしているといわれています。高齢人口の増加もこれに加わります。
    “きこえない”状態は、軽度では1対1の会話では不自由はないが、ささやき声のききとりがやや困難になります。中等度になると会議でのききとりや日常会話が困難になり、補聴器が必要になります。
    難聴の原因と耳鳴りの原因には、共通するものが少なくありません。
    胎児期の母親の風疹感染やサリドマイド中毒などによる先天性の難聴もありますが、後天的には耳垢のつまりや外耳道真菌症などの外耳の病変、風邪をひいて咽頭につながる耳管の粘膜での炎症でおこる耳管狭窄、アレルギー性の滲出性中耳炎、細菌やウイルスの感染などのほか薬剤性もあり、「ディスコ難聴」や「ヘッドホン難聴」の語を生んだ音響外傷など、耳のトラブルメーカーはさまざまです。
    老人性難聴では、内耳の感覚細胞の変性脱落、基底板の弾性低下、動脈硬化のほか、聴神経の減少により、高音域から進行してゆきます。

    めまい・ふらつき

    からだがふらつく、倒れそうになる、歩けないなどの“平衡失調”が、転倒事故の原因になることがあり、とくに高齢者の健康管理上の問題になっています。
    めまい、ふらつき、ゆれる感じ、ふわっとする、目の前が暗くなるなどの異常感を日常で経験されるとき、原因はひとつではありませんが、平衡覚の受容器である前庭の機能低下が存在します。
    立った姿勢でのふらつきの度合を計測すると、加齢により大きくなることが知られています。平衡の維持には視覚も関係しているので、目を閉じて検査すると、前庭に頼ることになります。そのため前庭に障害が生じていると、からだの動揺が大きくなります。
    加齢による前庭の機能低下は、有毛細胞や前庭神経での細胞数の減少によると考えられています。
    70歳以上では、平衡斑の有毛細胞の25%、三半規管の有毛細胞の40%が失われているというのです。前庭神経のニューロン数も、30歳から60歳にかけて20%の減少があると報告されています。
    多くの薬剤が、直接あるいは間接にめまいの原因になり、とくに高齢者では注意しなければなりません。
    高齢者では、内耳機能の低下だけでなく、循環系や中枢神経系に作用する薬剤などを複合して摂取している場合が少なくありません。
    薬剤によるめまいの特徴は、中枢神経系(抗うつ剤、鎮静剤、トランキライザー、筋弛緩薬)作用薬では眠気とともにめまい感がおこります。
    抗不整脈薬、抗ヒスタミン薬、抗アレルギー薬、非ステロイド系消炎鎮痛薬の副作用も、同じような症状を示します。
    降圧剤や高脂血症治療薬、利尿剤では、脳や内耳の循環不全を招いて、天井がぐるぐる回る回転性めまいやふらつき感を生じることがあります。
    近年、65歳以上の人で疾患や薬剤の影響を除外できる場合“加齢性平衡障害”とよび、神経系や運動器の加齢性機能低下もふくめた概念として扱われるようになってきました。

    メニエール病

    めまいときくと「メニエール病」が連想されます。
    メニエール病は多くの場合、突然に回転性のめまいがおこり、一方の耳で耳鳴りがしたりきこえにくくなったり、耳がつまった感じがしたりという症状がおこりますが、やがて納まり元にもどります。しかしこのような発作がくり返されていると発作が去っても耳鳴りや難聴が残り、少しずつ進行することになります。
    メニエール病は、内リンパ液の貯留(内リンパ水腫)が原因でおこります。
    内リンパ液は音や平衡にかかわる情報を神経に伝える役をしているので、その恒常性がくずれると耳鳴りや難聴やめまいがおこってくるのです。
    内リンパ水腫は、中耳炎などの感染症でも生じます。自己免疫病の全身性エリテマトーデスや関節リウマチで、内リンパ水腫を伴うこともあります。水腫を生じる原因のわかっていないものをメニエール病としています。
    メニエール病の薬物治療には、ビタミンB12や血管拡張剤、利尿剤などが使われます。
    メニエール病の予防にかぎらず、内耳の機能低下を抑制する方法として、ビタミンA・ビタミンB12や抗酸化物質は有効といえましょう。

    メグビーインフォメーションVol.342「人体のしくみ⑭平衡と聴覚を担う─耳」より

  • 体液のなかで生きる骨

    体液のなかで生きる骨

    骨の成長

    人体には200あまりの骨があり、骨格をつくっています。骨格は体幹と体肢とに分けられ、前者は頭蓋、胸部、脊柱に、後者は上肢と下肢に分けられています。
    骨はまた、形によって分類されています。上腕骨や大腿骨は長骨、手根骨は短骨、頭頂骨や胸骨は扁平骨、それ以外の椎骨などは不整骨に属しています。
    このほかに、附属骨とよばれる小さな骨があります(くるぶしの外脛骨など)。この骨をもつ人ともたない人があるので骨の数は“206個プラスα”ということになっています。
    骨の成長は、どれも同じようにすすむわけではなく、頭蓋骨はゆっくりと、上肢・下肢ははやく、成人の体格へ移行してゆきます。
    頭の骨は、脳の周囲をとり巻いている膜にカルシウムが沈着して形成される“膜性骨化”で脳が大きくなるのにあわせてすすみます。
    手や足の長管骨は、骨端近くにある成長軟骨層でまず軟骨がつくられ、それが骨に置きかわってゆきます。この方法は軟骨性骨化とよばれています。
    成長軟骨層では、軟骨細胞が次つぎと生み出され、古い細胞は死んで、その周囲にカルシウムが大量に集められて骨になってゆきます。
    骨化のスピードは、骨折した場合の治りやすさに反映しており、頭蓋骨折は手や足の骨折にくらべて治りの悪いことが知られています。

    軟骨とカルシウム

    体内に存在するカルシウム量は、成人になると出生時の30倍近くになります。赤ちゃんの骨は、半数近くがカルシウムをふくまない軟骨で、他の骨も多くはカルシウムの集積は一部だけという状態です。
    軟骨はいわば骨をつくるための鋳型で、その中央部に血管がはいりこんできて、カルシウムが運びこまれて沈着してゆきます(石灰化)。
    長管骨では石灰化した部分と骨端部の境の部分が成長軟骨層として残り、ここで骨の成長がつづけられますが、思春期をすぎるとこの層も骨に占められてゆき、成長がとまることになります。
    この成長にかかわる軟骨のはたらきは、成長ホルモンや活性型ビタミンD、副甲状腺ホルモン、線維芽細胞増殖因子によりコントロールされ、最後はアポトーシスしてゆきます。

    丈夫な骨の成りたち

    頭蓋骨は脳を、胸郭は胸部臓器を囲って保護しています。骨は姿勢を保ち、筋や神経との協調により運動を可能にするほかに、カルシウムの貯蔵と動員により、体液中の濃度のホメオスタシスを担っています。
    このような機能を果すために、骨は体重を支え、圧迫に耐える強さとしなやかさを備え、活発に代謝を営んでいます。
    1本の長管骨を縦割りにした断面をみると、外側から内へむかってとても硬い皮質骨、比較的やわらかい海綿骨、まん中にゼリー状の骨髄という硬さの異なる部分でできており、その周囲を骨膜(外骨膜)が包んでいます。骨髄と接している部分は内骨膜がおおっています。
    皮質骨と海綿骨の比率は、体重の直接かかる骨では前者が高く、柔軟な動きが必要な部位では後者が高くなっています。そして折れやすく骨粗鬆症になりやすいのは海綿骨の割合の多い骨です。
    長管骨の中空構造は、軽くかつ強いという利点をもっています。鉄製のパイプを使って実験してみると、中空構造の場合、強さが2倍になることがわかりました。

    荷重センサー

    骨を丈夫にするには体重をかけなければなりません。
    重力の負荷が少ない状態を実験的につくった“ベッドレスト”や宇宙飛行で骨の強さが低下することが知られています。このときもっとも減少するのが荷重骨中の海綿骨でした。数時間の臥床状態でも骨をつくるはたらきが減少し、数日後には半減すると報告されています。
    骨の中には荷重センサーがあり、生活のなかでかかっている重力の大きさを測って、骨の石灰化(カルシウム沈着)を調節しています。
    センサー役を勤めるのは骨細胞です。骨細胞は骨づくりの主役である骨芽細胞が、石灰化をすすめながら分化したもので、長い突起を伸ばして他の骨細胞や骨芽細胞とネットワークをつくり、情報を伝達しています。

    血流・電位と石灰化

    骨は血管が発達した器官ですが、体重のかからない状態では、血流量が減少し石灰化がすすみません。
    圧力のかかっているとき、骨にはマイナスの電位が生じ、ひきのばされるとプラスの電位が発生します。マイナスの電位は、プラスのイオンであるカルシウムをひきつけ、沈着を促すことになります。
    骨の成りたちは“基盤となるタンパク質(基質という)に、ヒドロキシアパタイトというミネラルの化合物が沈着した石灰化組織である”と表現されます。
    骨のタンパク質は、体積の約50%(重さでは25%)で、残りをミネラルが占めています。
    骨のつくりは、しばしば鉄筋コンクリートにたとえられますが、この場合タンパク質が鉄筋に、ミネラルがセメントや砂利にあたります。ヒドロキシアパタイトは、カルシウムとリン酸が10対6、水が2の割合で結合した化合物で、細かい結晶をつくっています。ほかに3%ほどの脂質があります。

    骨の代謝

    骨はつねにつくり替えられていて、全身の骨がほぼ10年で再生すると計算されています。
    そのプロセスは、破骨細胞と骨芽細胞によって営まれる骨吸収と骨形成です(図参照)。
    このような骨の代謝は、古くなった部分を少しずつ新しくして丈夫なものに置きかえ、強さを維持するために必要であり、同時に骨吸収により貯蔵していたカルシウムを血液へ出すことでホメオスタシスの一角を担っています。
    骨代謝は、副甲状腺ホルモン、ビタミンD、性ホルモン(エストロゲン、アンドロゲン)やサイトカインのいろいろ(骨形成因子など)といった多くの因子により調節され、骨髄と接している内膜面ですすめられます。
    骨が吸収と形成を繰り返す現象は“リモデリング”とよばれており、破骨細胞と骨芽細胞の協力しあう関係は“カップリング”といわれています。
    骨代謝は皮質骨でも海綿骨でもすすみますがとくに海綿骨ではスピードの速いことが知られており、それが女性の閉経後や、体重をかけない生活による骨の弱体化の原因とされています。
    ヒトの骨格は、リモデリングによって40歳代まで質も量も保たれていますが、閉経後の女性ではエストロゲンの不足による変化で骨折のリスクが高まります。

    骨基質と骨細胞

    骨をつくるとき芯となる基質は、その85~90%を占めるコラーゲンと、10~15%ほどの非コラーゲンで成りたっています。
    非コラーゲンの4分の1は、血液からきたアルブミンや血小板由来増殖因子などで、他は骨でつくられる糖タンパクやヒアルロン酸や、細胞同士を接着させるタンパク質などです。
    骨基質に埋まって存在する骨細胞が、最近注目されるようになりました。
    骨のリモデリングでは、破骨細胞による基質タンパクの分解および結晶化したヒドロキシアパタイトの溶解が2~3週間つづき、ついで逆転して骨芽細胞による骨づくりへと移ってゆきます。この作業は骨の表面ですすめられます。
    骨芽細胞は、仕事を終えると、自身の生産した骨基質のなかに埋めこまれてゆき、ヒトの骨には1mm3あたり1~2万個も存在しています。
    いまでは骨細胞は、破骨細胞と骨芽細胞の間にあって代謝回転の調節物質を分泌し、骨の強度を決めているといわれるようになりました。

    弱くなる骨を守る条件・栄養

    萎縮し弱くなる骨

    加齢によりいろいろな臓器に萎縮が生じることが知られていますが、骨も例外ではありません。
    骨の萎縮は、背が低くなり腰が曲がるという高齢者の外見にあらわれます。
    骨代謝の速度や、吸収と形成のバランスは骨の部位や種類によって異なっており、海綿骨の萎縮がはやいのです。なかでも海綿骨の比率の多い胸椎や腰椎からはじまってきます。
    骨の強度を測る実験をしてみると、皮質骨の強度は20~30歳代と比較したとき、70~80歳代には20%ほど低下していますが、海綿骨では60%近くも低下しているという結果になると報告されています。
    骨はもともと、日常で経験される程度の外力に対しては、その数倍でも持ちこたえる強度を備えていますが、萎縮によってそれを失ってゆきます。転んだり重いものを持ち上げたり、からだをねじったりなどの動作でも、圧迫力を受ける背中や腰で強度が不足していると、抗しきれず骨がつぶれてしまいます。
    脊椎の構造は、椎骨を重ねています。椎骨は前の部分に負荷のかかる構造になっているのでだんだんと変形し、背中や腰の曲がる“円背”になるのです。
    右の図は、持ち上げたりしゃがんだりする動作で背中をまるめることが椎骨の損傷を招くことを示しています。
    慢性的に椎骨の変形が進行して、まず背中の上のほうが軽く曲がります。骨の萎縮がすすみ弱くなるにつれて、円背の頂点は腰のほうへ向かいます。
    ゆるやかな腰曲がりは“骨粗鬆症”がつくる体型ですが、時折見かけることのある極端な前かがみの姿勢をとるケースでは、腰椎で骨棘というトゲのような出っぱりができたり、椎間板が変性して突き出したりして背柱管がせまくなっており、強い前屈姿勢が痛みの抑制に役立つことを示しています。

    骨粗鬆症のリスク

    骨の萎縮や骨量の減少により骨折しやすくなった病態は“骨粗鬆症”と診断されます。
    骨粗鬆症は閉経後の女性に多く発症します。その理由として、もともと骨へのカルシウム蓄積量が少ないことと、女性ホルモン分泌の変化が挙げられています。
    骨のカルシウム量は18歳から40歳ごろに最大になりますが、その量が約1000gの男性に対し、女性は20~30%も少ないのです。若い年齢からの意識的なカルシウム摂取は、そのリスクを減らすことになります。

    エストロゲンと骨代謝

    骨芽細胞と破骨細胞は、ともにエストロゲンレセプター(受容体)をもっています。
    エストロゲンはステロイドホルモンに属する女性ホルモンで、レセプターを介して作用し、骨芽細胞のはたらきを促進し、一方で破骨細胞を抑制します。
    更年期後の女性は、エストロゲン量が低下して、骨づくりでのバランスが吸収へと傾いてゆきます。
    エストロゲンは男性の骨代謝でもはたらいています。エストロゲンは男性ホルモンのアンドロゲンから酵素アロマターゼによって変換されてつくられています。
    高齢男性の老人性骨粗鬆症での骨の量は、血中の男性ホルモンではなく、女性ホルモンと関連することがデータで示されています。
    最近、エストロゲンの骨細胞のアポトーシスを抑制する作用が明らかになりました。さらに腎臓にはたらきかけてビタミンD活性化を促します。ビタミンDは腸管でのカルシウム吸収や、腎臓の尿細管での再吸収を増やします。

    骨とミネラル

    血中カルシウム濃度は、摂取し腸で吸収される量と尿へ排出される量、および骨吸収・骨形成のバランスにより10mg/dlに調節されています。腸管からの供給量が減少すると、骨吸収により血液に出してカルシウムで補おうとするので、骨を弱体化させることになります。
    食品成分のなかには、カルシウムの吸収にプラスの作用をするものと、阻害するものとがあります。前者には乳タンパクのカゼインが消化されたペプチドや、ミカン・イチゴなどにふくまれる有機酸(クエン酸・リンゴ酸)、フルクトオリゴ糖など、後者としてはシュウ酸(ホウレンソウ・タケノコ)やフィチン酸(玄米・ゴマ)が挙げられます。
    フルクトオリゴ糖は、小腸粘膜細胞の接着装置であるタイトジャンクションでの通過を助ける糖で、ルミナコイド(食物繊維などの消化されない糖質)のなかまであり、マグネシウムの吸収も促進します。
    マグネシウムの不足は、炎症や酸化ストレスをひきおこすとされ、体内量の60%は骨にあります。
    骨はまた亜鉛の体内プールにもなっています。亜鉛は骨代謝の調節因子(吸収の抑制と形成の促進)であり、その欠乏は骨や関節に異常をひきおこします。

    骨とビタミン

    カルシウム吸収に必要なビタミンDは、脂溶性ビタミンですが、同じく脂溶性のビタミンKも骨にとって重要な因子です。
    ビタミンKは、骨の石灰化に役割をもつグラタンパクの生成に必須であり、さらに骨芽細胞のはたらきを調節するタンパク質合成に、遺伝子発現を介してかかわっているのです。血中ビタミンK濃度の低い人では骨折のリスクが高いと報告されています。
    骨折のリスクを下げるビタミンには、水溶性のビタミンB6、B12、葉酸があります。
    これらのビタミンの不足は、血中ホモシステインをふやし、動脈硬化や心疾患発症のリスクとなることが、かねてから指摘されていましたが、近年、ホモシステインの増加は、コラーゲンの分子間架橋を異常にし、骨質を劣化させる結果、骨折しやすくなることがわかってきたのです。ホモシステインの影響が長くつづくほど骨が弱くなるので、骨の老化傾向を強めます。

    メグビーインフォメーションVol.341「人体のしくみ⑬支える器官―骨の知識」より

  • 外界に備え、内を守る

    外界に備え、内を守る

    皮膚の細胞たち

    ヒトのからだには、さまざまなタイプの細胞があります。同種の細胞が集まり組織となり、数種類の組織が立体的に配列して、一定の機能をもつ器官がつくられています。
    いくつかの器官が連携して、ひとつの機能を果たすシステムが形成されています。それは器官系(organ system)とよばれます。心臓・血管・リンパ管・血液の循環系や、鼻・気管・肺による呼吸器系はその例です。さらに神経系や内分泌系、運動器系、免疫系などがありますが、皮膚という器官は、感覚器系や免疫系や神経系と密接にかかわり、内部環境の守りと、外からのストレッサーへの備えを担っています。
    皮膚は重さで表現すると、約3キログラムにもなり、脳や肝臓の2倍ほどの大きな器官であり、からだと外部環境の間にあって、複雑なはたらきをしています。そのメカニズムがわかってきて、皮膚への見方が変化したのでした。
    皮膚にあってその機能を分担する細胞を挙げると、ケラチノサイト、メラノサイト、ランゲルハンス細胞、メルケル細胞、繊維芽細胞、肥満細胞(マスト細胞)と多彩です。
    皮膚は表皮と真皮とを重ねた層構造で、その上を角(質)層がおおっていることをご存じでしょう。

    表皮とケラチノサイト

    ケラチノサイト(角化細胞)は、その名の通り角質(ケラチン)をもつように変化し、やがて表層からはがれ落ちてゆきます。
    表皮の最深部(基底層)で細胞分裂をし生まれた一方の細胞が、しだいに表層へと移ってゆく間に核を失い平たく変形し、やがて死んで屋根瓦のように積み重なり角層を形成します。
    角層には、体内から水分を逃がさないようにしたり、外部環境から微生物や有害物質が侵入するのを防いだりというバリアー機能が要求されており、それを維持するために、絶えず一定の速度で更新されているのです。
    ケラチノサイトを補給するのは基底細胞で、分裂後、一方の細胞が残って新しいケラチノサイトをつくりつづけます。そのなかにはいろいろに分化する能力を秘めた幹細胞も存在します。
    基底細胞の分裂周期はほぼ2週間ですが、かぶれ(接触皮膚炎)などによる炎症や、環境湿度の低下によってこの周期の短縮がおこります。ケラチノサイトの増殖がはやまり、炎症性サイトカインが合成され、皮膚は刺激に敏感な状態になります。
    皮膚炎がつづくと、表皮のターンオーバー時間が不足する状況が生じてきます。そのためケラチノサイトは、核などを失い平たくなるという変化(角化)ができないままの角層細胞になってしまい、バリアー機能が低下します。細胞のサイズも大きくひろがることができず、乾いた皮膚になり、かけらが落ちる状態になることもあります。
    ヘチマやブラシで皮膚表面をこすりすぎると肉眼では見えない程度の炎症がおこり、メラニン色素をふやします。表皮がこわれるとメラニンが真皮へ落ちて色素沈着の原因になります。

    レンガ・モルタル構造説

    切りとられた皮膚片にタンパク分解酵素を作用させると、消化されない角層がうすい膜として残ります。それはポリエチレン製のラップのようと表現されているほどのうすい透明な膜ですが、これがなくては生命が保てないほどの重要な役割をしています。広範囲の熱傷が命とりになるのは、角層の消失が体液の流出を招くからにほかなりません。
    角層の機能は、その構造に支えられています。ケラチノサイトは角化のプロセスで、ケラチンの繊維をタンパク質で固めて丈夫さを獲得しますが、これだけでは水分の通過を阻止することはできません。
    ここで必要なのが、“角層細胞間脂質”の存在です。
    1970年代のなかば、電子顕微鏡による観察から、角層の構造について「レンガとモルタル構造」と名づけた説が出されました。提出者は米国カリフォルニア大学のエライアス教授でした。レンガを積み重ねた間をモルタルにあたる脂質をぬりこめているつくりとして説明したのでした。
    この脂質は、セラミド、コレステロール、遊離脂肪酸が1分子ずつの混合物です。
    ケラチノサイトが基底層から移動する間に、脂質のつまった小さな粒が内部にたまってゆきます。この粒は“ラメラ顆粒”とよばれていて、ケラチノサイトが死ぬと外へ押し出され、角層細胞の間をつなぐようにひろがるのです。(下図参照)
    角層細胞間脂質によって、水分が逃げずに保持されます。“ラメラ”とは水の層と脂質の層とが交互に並んだ多層の構造を指しています。
    乾燥肌やアトピー性皮膚炎では、角層細胞間脂質のセラミドが不足しており、炎症が慢性化しやすく、粗雑な角層がつくられてしまいます。
    セラミドは、アミノ酸セリンから生合成されます。
    人工皮膚をつくる研究から、ラメラ顆粒の生成にはビタミンCが必要であることがわかりました。
    角化の途中で、ケラチン繊維を束ねていたタンパク質に分解酵素が作用し、水に溶けるアミノ酸を生じます。アミノ酸は水と結合してふくれ、角層細胞に柔らかさやなめらかさを与えます。水溶性のアミノ酸は天然保湿因子(NMF)の主成分で、高齢者に多い乾燥肌では少なくなっています。

    感じる皮膚

    細胞は自己のイオン環境を利用して、遺伝子発現や代謝、運動などの機能を調節します。
    細胞内のイオン濃度と外部環境のイオン濃度の差による勾配を変化させて、情報を伝えるしくみをもっています。このシステムは“イオンシグナル”といわれており、伝達物質としてCa やNa、Mgなどのイオンがあります。
    皮膚が触覚や温・冷覚などの感覚を受けとっていることは経験的に理解されるでしょう。
    各感覚は、右図のような4種の受容装置によって、それぞれに感じとられると考えられています。
    1990年代の末に、末梢神経(表皮の下までとどいている)で痛みを感じとらせるしくみについての新しい発見がありました。
    それは「イオンチャネル型受容体」とよばれ、“ 痛み”という感覚を生じさせる装置として、細胞膜にあるタンパク質でした。
    このタンパク質が、トウガラシの成分カプサイシン、43 度以上の熱、pH6.6 以下の酸性条件によって、細胞内にカルシウムイオンやナトリウムイオンを流入させ、電気的シグナルを発生させ、それが中枢へとどくというのです。
    このタンパク質にはなかまが多く、いろいろの温度に対応してはたらくことが報告されています。そしてケラチノサイトはこれらのタンパク質をもっていることがわかりました。

    感覚器官として

    痛み感覚の受容メカニズムの研究から、ケラチノサイトの役割は角層をつくることだけではないという話になってきました。
    ケラチノサイトは、脳細胞と同じようにカテコールアミン(ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン)の合成・分解をします。ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)やβ-エンドルフィン、サブスタンスP や、インターロイキンなどのサイトカインやHIF-1 やNO(一酸化窒素)の合成能力も備えていたのです。
    カテコールアミンは、中枢神経ではたらく神経伝達物質で、精神状態を左右します。ACTHは副腎に作用し、ストレスホルモンを放出させます。神経ペプチドであるサブスタンスP はP物質ともいわれ、唾液などの分泌作用や免疫反応にもかかわる知覚神経の伝達物質です。
    サイトカインは放出されたあと、血球細胞などにはたらきかけ、増殖・分化などの細胞応答をおこさせる生理活性物質です。
    HIF-1 は、細胞が酸素濃度の低下を感じたときつくります。
    脳内で生まれるNO は、記憶の保持や学習に関係していますが、これと同じタイプのNO をケラチノサイトがつくっているというのです。
    快感ホルモンといわれるβ-エンドルフィンや、ストレスホルモンのコルチゾールまでを合成する能力が表皮にあることが知られ、内臓疾患で生じる皮膚症状や、マッサージなどの手技の作用とのかかわりが考えられています。

    防御担当細胞

    ケラチノサイトは表皮の95%を占めており、そのすき間に2種類の防衛を担う細胞が散在しています。
    そのひとつメラノサイトは、紫外線の傷害作用を防ぐための褐色色素メラニンをつくり、周辺のケラチノサイトに供給しています。
    ランゲルハンス細胞は、樹状細胞の呼び名のある抗原提示細胞のなかまです。
    樹状細胞はその名のようにからだじゅうに突起を伸ばしていて、侵入者を捕え、その正体をリンパ球という免疫ネットワークの主力の細胞に通報することをご存じでしょう。
    角層のバリアー機構がこわされると、ランゲルハンス細胞の数がふえることが、実験的にたしかめられました。
    バリアーがダメージを受けると、ケラチノサイトはサイトカインの増産をはじめます。
    もともと角層のすぐ下の部分には、炎症をひきおこすサイトカイン(インターロイキン-1)が準備されていて、バリアーの損傷によりただちに放出されます。
    樹状細胞は、いろいろの炎症性サイトカインを出すセンサー(パターン認識受容体)をはたらかせて、つねに炎症性サイトカインを放出しているのです。

    皮膚の炎症

    表皮のバリアー機構にダメージを与える因子は、紫外線や微生物だけではありません。ウルシのカブレ成分、ニッケルのような金属のイオン、洗剤の界面活性剤、酸・アルカリ性化学物質、温熱・寒冷、物理的な摩擦などが炎症を招く刺激になります。
    界面活性剤は、角層細胞膜や細胞間脂質をこわして浸透します。角層構造が破れていると、ダニや花粉などのタンパク質や細菌がはいりこみやすくなります。
    皮膚表面には1cm2ぐらいの領域に、数十万から、ときには数百万もの細菌が存在していて、目に見えない小さな傷からはいりこもうとするのです。
    皮膚の表面に近い組織におきて、持続する炎症が皮膚炎です。

    真皮とマスト細胞

    外からの侵入者が真皮にまで達した場合には、マクロファージやマスト細胞に出会うことになります。
    マクロファージは大食細胞といわれるように、貪食作用で侵入者をはばむ一方、抗原提示もしますが、その能力は樹状細胞にはかないません。
    マスト細胞は、体内にヒスタミンなどの炎症性物質を多く蓄えており、そのために太った外見から、肥満細胞とよばれています。
    サブスタンスP の刺激で、マスト細胞は数分のうちにヒスタミンの放出をはじめます。ヒスタミンは血流をふやし液体成分(血漿)を滲出させるので、皮膚が赤くなり腫れてきます。

    皮膚とアレルギー

    アレルゲン感作

    皮膚は日常的に、いろいろのアレルゲンと接触しています。
    アレルゲンは、生体にアレルギー反応を生じさせる物質であり、皮膚では洗剤の界面活性剤や化粧品の香料、衣類の染料やゴム、皮革製品のなめしに使われた六価クロム、アクセサリーの金属など、身近な物質のなかにあります。
    皮膚には直接に触れなくても、歯の詰めものに用いられる金属や、ときには服用した薬剤による反応が皮膚にかゆみや発疹などの症状を生じるアレルゲンになっているケースもあります。
    アレルギー疾患はアレルゲンの侵入に対して、IgE(免疫グロブリンE)という抗体がつくられることで発症します。
    血液中に、あるアレルゲンに特異的なIgEがあることが証明されたとき“その個体はアレルゲンに感作された”ということになります。
    アレルゲン感作は、個体がアレルギー体質を獲得したことを示します。

    IgE とマスト細胞

    近年アレルギー疾患が増加しているといわれます。
    乳幼時期での病原微生物との出会いが少ない環境が、アレルギー体質をつくらせるとするのが「衛生仮説」です。
    環境が清潔になり、感染症が激減した20 世紀の後半に、炎症性アレルギーが増えており、それには、T 細胞のはたらき方のバランスが関係しているというのです。
    タイプ1 ヘルパーT 細胞(Th1)とタイプ2ヘルパーT 細胞(Th2)とは、アレルギー反応において後者がIgE づくりを促進し、前者はそれを抑制するという関係にあります。
    細菌感染はTh1 細胞を活性化し、Th2 細胞の増殖を抑えるサイトカインを分泌します。感染の機会が少ないと、Th2 細胞へ育つT 細胞が優位の体質になってゆくと考えられています。
    近代的な生育環境では、Th2 細胞を発達させるようにはたらく寄生虫や植物性抗原も減少して、免疫システムの変化が今日の状態を招いていると説明されています。
    アトピー性皮膚炎の表皮では、IgE を多くもつ肥満細胞が増えており、アレルゲン感作が成立しやすくなっています。また知覚神経の数やサイトカイン分泌にも異変がみられます。

    メグビーインフォメーションVol.340「人体のしくみ⑫皮膚―生体防御の最前線」より

  • 多彩な防衛戦士たち

    多彩な防衛戦士たち

    白血球の分類

    血液を遠心分離器にかけて得られる液体成分(血漿)は、血小板、白血球、赤血球の層をつくります。
    白血球は、赤血球のように色素タンパクをもっていないので白っぽく見えるところからこの名がつきました。また、核をもっている点も赤血球と異なっています。
    透明な白血球は、顕微鏡での観察がしにくいため、染色法が工夫されました。
    そして、どの色素に染まるかによって分類されました。
    細胞核のDNAやリボゾームのRNA、そして細胞質の顆粒は、種類によってちがった色素に染まり、その姿を美しくみせるのです。
    白血球は、顆粒球、単球、リンパ球の3種に大別されています(下表)。
    顆粒球のなかまは、好中球、好酸球、好塩基球に分かれ、酸性色素によって顆粒がきれいなダイダイ色に染まるのが好酸球であり、アルカリ性(水溶性の塩基)の色素が好塩基球を青紫色に染めます。

    分類と割合
     顆粒球
     好中球:顆粒球の95%、白血球の50~70%を占める
     好酸球:顆粒球の約3%、白血球の2~4%
     好塩基球:顆粒球の約1%、白血球の2%以下
    単球:白血球の2~10%
    リンパ球:白血球の20~45%

    好中球はその名が示すように、酸性色素と塩基性色素の化合物で染まり、顆粒は淡いピンク色になりますが、この塗料に染まらない顆粒もふくまれています。
    血液が毛細血管網を循環している間に、血漿の一部は血管壁から洩れ出してゆきます。
    毛細血管と組織の細胞との間では、間質を介しての物質交換が生じています。このとき運動性の髙い白血球が血漿とともに出てゆき、組織に移って防衛細胞として活動するのです。
    白血球も他の血球と同じく骨髄で生まれます。骨髄からいろいろの組織へむかう白血球を運ぶのが循環する血液であり、血流中の白血球はからだ全体での10%ほどとされています。

    単球という食細胞

    単球は馬蹄形の大きな核をもち、からだも大型です。
    単球は、異物や病原性微生物の貪食が得意で、組織に出ると大食細胞マクロファージへと変身します。
    単球の細胞質にある顆粒は、塩基性色素に染まります。この顆粒の成分は、脂質分解酵素が多いという特徴をもっており、細菌や真菌などの細胞膜や細胞壁を構成する脂質を破壊する強力な武器になっているのです。
    好中球がもつ顆粒には、殺菌作用のある酵素ペルオキシダーゼやリゾチームなどの消化酵素が多く、病原微生物を貪食するとこれらの酵素により殺菌・分解してしまいます。

    リンパ球

    免疫応答は、すべての白血球のチームワークによって成りたっているといえますが、狭い意味での免疫反応を担うのはリンパ球です。
    リンパ球は白血球全体のおよそ3分の1を占め、塩基性色素(メチレンブルー)でスカイブルーに染まります。
    血中のリンパ球は4%ほどで、約70%はリンパ性器官内に、10%ほどは骨髄、残りはその他の器官に存在しています。
    全身に分布するリンパ管、胸腺、脾臓、リンパ性咽頭輪、リンパ節、小腸(バイエル板)、虫垂などがリンパ性器官に属し、リンパ球は、それぞれの役割を与えられたのち、リンパ性器官へむかって遊走してゆくのです。
    リンパ球は、現在では多くの種類に分化することが知られていますが、かつては顕微鏡でその形態が同じように見えたので1種類だと思われていました。そのはたらきの複雑さも、想像以上だったのです。

    リンパ球の種類

    1日に約100万個以上ものリンパ球が生まれ、死んでいるといわれています。
    リンパ球は、骨髄の幹細胞から生まれます(右上図)。
    血球をつくる造血幹細胞は、骨髄の造骨細胞に接着して、血球を生み出しているのです。
    造血幹細胞は、まず骨髄細胞系とリンパ球系とに分かれます。
    リンパ球系が約20%ほどで、やがてT リンパ球系とBリンパ球系とに分かれることになります。
    “T”は胸腺(thymus)の頭文字、“B”は骨髄(bone marrow)の頭文字です。T リンパ球系は骨髄で生まれて、胸腺にゆき分化するもので、Bリンパ球系は骨髄の組織内で成熟するものという命名です。
    Tリンパ球およびB リンパ球という呼び方は、医学用語委員会で検討された結果、それぞれT 細胞およびB 細胞と呼ばれることになりました。
    T 細胞、B 細胞のほかに、自然に獲得される細胞傷害性をもつという意味のナチュラルキラー(NK、natural killer)の名で呼ばれる細胞群があります。T細胞には、NK細胞と同じようにはたらくNKT細胞があり、第4のリンパ球と呼ばれています。
    T 細胞とB細胞は連携して、複雑な免疫応答のネットワークをつくっています。

    免疫のメカニズム

    さまざまな病原性をもった異物や微生物が大気や飲食物とともに体内にはいりこんできます。
    病原体の感染は、まず皮膚や粘膜でのバリアーにはばまれますが、これを突破して組織へはいりこむ外敵は少なくありません。
    そこで待ちかまえているのが免疫反応チームである白血球です。
    免疫の本質は“自己と非自己の識別”であり非自己に対して攻撃し排除するメカニズムがはたらきます。
    免疫システムを構成する白血球たちは、それぞれに特技があり、チームワークによって生体を守るという任務についています。
    細菌やウイルスなどの病原体侵入への備えは第一に敵の正体を察知して行動をおこす初期防御からはじまります。そこで重要なのがマクロファージや樹状細胞による抗原提示です(インフォメーションVol.323参照)。
    マクロファージ(ファージは食べるという意味)や好中球のはたらきは“貪食”といわれ、食細胞は自らの体内に侵入者や異物をとりこみ、殺菌し、消化するのです。
    抗原提示とは、捕食し解体した病原体の断片を、ヘルパーT細胞に渡して侵入者の身元を知らせるしくみです(下図)。

    抗原提示のしくみ

    マクロファージは組織や体液中をパトロールしており、侵入者を発見すると、病原体センサーをはたらかせて、相手の正体を見破ります。このセンサーは「TLR」とよばれる受容体タンパクです。(TLRはtoll-like recceptorの略)。
    このセンサーは、病原菌のべん毛や細胞壁のリポ多糖やウィルスのDNA・RNAなどを識別して、その情報をサイトカインという伝達分子にして周辺にばらまきます。
    情報伝達分子によって、なかまのマクロファージや樹状細胞が集まり、さらに貪食し大量に情報を流します。
    樹状細胞の出すサイトカイン(インターロイキン)は、ヘルパーT 細胞を活性化し、抗原提示を受けとる準備をさせます。同時に病原体の目印となるタンパク質(抗原)が酵素により消化され、その断片は樹状細胞の主要組織適合抗原(MHC)と結合した複合体につくられます。
    MHCはヒトではHLA(ヒト白血球抗原)とよばれ、体細胞の表面にかかげられている自分印のタンパク質です。このタンパク質は臓器移植にあたって拒絶反応を生じる原因となる抗原であることがわかって、主要組織適合抗原ということになったのでした。
    MHCと外敵の抗原の複合体が、情報としてヘルパーT細胞上の抗原受容体に渡されて、はじめて獲得免疫を展開することができるのです。

    自然免疫と獲得免疫

    免疫応答は自然免疫と獲得免疫に分けられることがあります。自然免疫は、ほぼすべての生物に生得的に備わっている生体防衛のしくみであり、脊椎動物でみられるシステムは、免疫記憶という能力により“二度罹りなし”といわれる効果をもたらすものです。しかしその効果は速効的ではありません。それは抗体という武器をつくるプロセスが必要だからです。
    抗体は、抗原と特異的に結合するタンパク質です。特異的とはある病原体の抗原に対してつくられた抗体は、他の病原体には作用しないことを意味します。
    獲得免疫でつくり出される抗体は、相手ごとに異なるので、その種類は億の桁とされるほど多いことになります。
    抗体は免疫グロブリンとよばれるタンパク質で、B 細胞がその生産者です。
    抗原提示をうけたヘルパーT細胞は、B 細胞を刺激して形質細胞へと分化させます。
    免疫グロブリン(Ig) には、IgG、IgM、IgA、IgD、IgE の5種類がありますが、それぞれを分担する形質細胞が合成して、血中に分泌するのです。

    T細胞・B細胞の生いたち

    T細胞は胸腺(胸骨の内側で心臓のすきまにある器官)で育ちます。未成熟のまま骨髄を出た前駆T 細胞は、胸腺ホルモンと、ナース細胞という仇名をもつ上皮細胞の保護のもとに一人前にになってゆくのですが、ここでの教育方針(自己抗原には反応しない)はきびしく、さらにヘルパーT細胞とサプレッサー(抑制)T細胞というコースに分別されるなどのプロセスを経たのち、合格して巣立ってゆくT細胞はわずか5%ほどしかありません。
    B細胞もまた未成熟のまま骨髄を出てゆきますが、行先はリンパ節です。
    骨髄を出た前々駆B細胞は静脈の血流にはいり、全身に配置されているリンパ節のどれかに移ります。そこで定着して細胞分裂し、前駆B細胞になりますが、この段階ではまだ専門家には育っていません。病原微生物などの抗原に出会って成熟し、形質細胞へと分化したのち、骨髄へもどってゆくというコースをたどります。
    骨髄で分裂・増殖して、専門とする免疫グロブリンを増産し、血中へ出してやります。
    免疫グロブリンが、抗体として血中を循環し外敵の侵入に備えることになります。
    B 細胞の成育の場であるリンパ節は、ほぼ静脈に添うかたちで張りめぐらされているリンパ管のところどころにあります。首や脇の下や、太ももの付け根の左右、口の奧(口蓋)、へんとう、気管や消化管の周囲などにあります。
    リンパ節には、ほかにも重要なはたらきがあります。それは濾過機能です。
    リンパ液には、細胞の代謝産物や細胞の小片、病原体、毒素などの異物が侵入しており、ゆっくりとした流れによってリンパ節を通過するとき除去されているのです。
    リンパ節は結合組織のおおいで包まれた内部に、細胞のネットワーク構造があり、貪食細胞やリンパ球がその間を埋めています。
    赤血球と異なり、白血球の寿命はいろいろです。血管から組織へ出たリンパ球は、短命のものは2~3日、長命のものは2~3年とされています。それぞれの役割によってちがいがあり、またはたらく場(組織)の条件や、出会った敵の質と量にも影響されることになります。

    白血球の病気・減少と増加

    白血球の減少

    白血球のなかでのそれぞれの種類の比率は個体差が大きく、さらに同一人でも運動したり緊張したりすることで変動することが知られています。
    白血球数は、ウイルスに感染したときや放射線障害などで減少することがありますが、多くは好中球減少で、リンパ球の減少はステロイド治療やエイズなどの特殊な場合におこります。
    好中球減少症は、再生不良性貧血や白血病での症状としてあらわれることがありますが、いろいろな薬の副作用としておこることもあります。多くの抗ガン剤にはそのリスクがあるとされており、また市販されている頭痛薬や風邪薬の使用によって好中球が減少するケースもあるというのです。

    白血球の増加

    炎症という病態では、白血球の増加がみられる場合が少なくありません。
    白血球増加症は、細菌の感染や火傷などによる組織の壊死、アレルギー性皮膚炎での顆粒球の増加のほか、腫瘍性増殖があります。
    腫瘍性増加はいわゆる血液のガンで、急性・慢性の白血病や成人T 細胞白血病があります。
    急性白血病は骨髄性とリンパ性とに大別されますが、ともに分化の初期段階での白血球系の幹細胞に異常が生じて、白血病細胞が増殖する病気です。
    造血幹細胞がガン化して、白血病細胞をつくりつづけるため、血球づくりのバランスがくずれて、正常の白血球減少から感染しやすくなったり、赤血球や血小板の不足による貧血や出血傾向が生じたりなどの病態を招くことになるのです。
    ガン化した幹細胞を押さえこむために、多剤併用による大量の抗ガン剤投与や放射線照射、造血幹細胞移植、分化誘導法などの治療が行われます。
    分化誘導法は、白血病細胞を再び分化・成熟させ、最終的にはアポトーシスにより除去する方法で、臨床上はじめて成功したのが「急性前骨髄球性白血病」に対するレチノイン酸(ビタミンA の誘導体)による治療でした。
    この治療による完全寛解率は90%という画期的なものでした。
    血球の数値が改善し、社会復帰が可能な状態を完全寛解としています。
    ビタミンA とその誘導体は、ガン予防因子として期待されることになりました。

    成人T 細胞白血病

    成人T 細胞白血病は、日本で最初に発見、報告された病気で、これによりウイルス感染が腫瘍の原因になることがヒトで証明されたのでした。
    それまでマウス、モルモット、ネコ、イヌ、ウシ、サルなどに白血病ウイルスがみつかっていましたが、成人T 細胞白血病が「HTLV」というウイルスにより発症することがわかったのです。HTLV はもぐりこんだT 細胞で細胞増殖を促します。同じような例は子宮頸部ガンへのヒトパピローマウイルスにみられます。

    メグビーインフォメーションVol.339「人体のしくみ⑪免疫を担う―白血球」より

  • 細胞のライフライン・血液

    細胞のライフライン・血液

    組織と器官

    人体はいろいろの器官を備えています。眼は視覚を担う器官であり、心臓は血液を拍出するポンプ作用を営む器官です。
    器官は体内で特定のまとまった機能を果しているものをいい、組織を組みあわせてつくられています。
    組織とは同じような形態・機能をもつ細胞集団で、上皮組織や結合組織などの種類があります。
    上皮組織は外界と接している体表をおおい、結合組織は細胞をまとめ、各組織の間を埋めています。
    ひとつの器官のつくりをみると、上皮組織や結合組織のほかに、筋組織や神経組織や血管中の血球などが協調して細胞集団の機能を支えていることがわかります。
    このような決まった形をもつ器官と異なり、液体であり、つねに流れている血液もまた、まとまったはたらきをしている特殊な臓器であるといわれています。
    いうまでもなく血液は血管内を流れており、血管壁の内皮細胞との相互作用が生じます。血球組織(赤血球・白血球・血小板)は、血液の固体成分として“物質や情報を運ぶ”というはたらきを担っています。

    血液の成分

    血液から固体成分を除くと、黄色の透明な液体成分が残ります。これが血漿で、その91~92%は水分ですが、タンパク質や糖質をはじめさまざまな物質が溶けこんでいます。
    血漿中には、血液凝固因子(後述)のフィブリノーゲンがあり、止血にはたらきますが、これを除いたものが血清です(右図)。
    血漿を黄色にみせているのはビリルビンです。ビリルビンは胆汁色素ともいわれ、ヘム(血色素やヘム酵素の成分)の分解によって生じた代謝産物で、その名の通り胆汁中の色素の主成分です。
    血漿タンパクは6~8g/デシリットルほどで、もっとも多いのがアルブミン(約60%)、ついでグロブリン(約30%)で、両方の量の比はほぼ一定の範囲に保たれるのですが、タンパク質の摂取不足があるとアルブミンが減少します。
    また腎臓の機能に異常が生じると、尿への排出量がふえてアルブミン値が低下します。
    アルブミンは肝臓で合成されるので、肝硬変のような肝疾患や栄養条件によって、減少することになります。血中へ出されたのち1日あたり4~5%ずつ減ってゆきます。

    物質・情報を運ぶ

    血液のはたらきは、下記のように体内環境の保持から生体防御までのひろく重要な役割で、ふつう6項目に分類されています。
    酸素や栄養物を細胞へ供給し、不用物を回収し、体外へ排出させる赤血球や血漿中の運搬タンパクが、つねに体内を巡っています。運搬タンパクは脂質やビタミンやミネラルを運びます。
    内分泌器官から分泌される多種多様なホルモンが、血流にのって標的器官に送られます。
    今日ひろく行われている血液検査は、血漿や血球を対象にして測定し、基準値と比較します。
    基準値は、多数の人の検査値を統計学的に処理して得られる平均値を中心にして95%が含まれる範囲の数値となっています。
    血球や血漿中の成分は、生体内の状況を推測することに役立つ情報をもっているといえましょう。
    血球成分の検査によって、貧血や骨髄の造血機能や炎症や出血傾向などの情報が得られます。
    血漿中の酵素、ブドウ糖(血糖)、電解質のいろいろ(ナトリウム、カルシウム、マグネシウムなど)、クレアチニン、尿酸、尿素窒素などの代謝産物、甲状腺ホルモンやストレスホルモン(コルチゾール)、各種抗体、腫瘍マーカーなどが、それぞれに関連した器官や組織の機能にかかわる情報をもって流れているわけです。
    1、物質の運搬と体外への排出
    ①ガス(酸素や二酸化炭素)の運搬
    ②栄養物の運搬
    ③ホルモンの運搬
    ④水分や老廃物の排出
    2、体温の調節
    3、酸・塩基平衡の維持
    4、体液量の維持
    5、からだの防衛(免疫)
    6、止血と修復
    『人体の構造と機能』(放送大学テキスト)より

    体温の調節

    外気温が高いとき、汗が出てきます。汗をかくことは体温のホメオスタシスを維持するからだのしくみです。
    水が蒸発するとき、約0.58キロカロリーの熱を奪います。これを気化熱ということをご存じでしょう。
    100ミリリットルの汗が出て蒸発すると、約1℃の体温上昇を抑えます。
    汗と気づかれない水分が、不感蒸泄とよばれるしくみでふだんから皮膚や呼気によって出されて、熱を体外に捨てるのに役立っています。
    体内での熱の発生は、いわば代謝の副産物であり、細胞が仕事をしたとき、最終生成物として熱を生じているのです。従って代謝のさかんな肝臓や筋組織は多くの熱を出しています。
    呼吸や消化、血液のろ過、脳細胞ニューロンの活動なども熱の発生源です。体内の組織によって生じている熱は“深部体温”とよばれており、ほぼ37℃に保たれています。
    温度が1℃上昇すると、代謝の速度は10%もはやくなります。タンパク質は50℃を超えると変性し、正常にはたらけません。
    そこで血流によって皮膚へ熱を運び、放熱しているのです。

    ガス交換

    肺呼吸(外呼吸)と、細胞呼吸(内呼吸)は酸素と二酸化炭素という2種類のガスを交換するしくみです。
    細胞は酸素を利用して生体エネルギーを自前でつくっており、そこで二酸化炭素が生じます。
    肺胞には毛細血管がはりめぐらされていて、肺胞壁と血管壁とが接しています。肺胞にはいった空気は拡散によってすばやく血流へ移り、赤血球につめこまれたヘモグロビンが酸素を捕捉し運搬します。
    二酸化炭素ガスは、大部分が血漿に炭酸として溶けこみ、すぐに炭酸水素イオンに変換しており、pH 濃度の維持に役立っています(Vol.334参照)。ヘモグロビンには10%ほどが結合して肺へ運ばれますが、肺胞から外気へ吐き出される二酸化炭素は、赤血球中にある酵素によって炭酸水素から変換されて生じたものが主です。

    ヘモグロビン

    ヘモグロビンは血色素ともよばれるように、血液を赤くみせる色素タンパクです。
    ヘモグロビンは、ヘム分子をかかえたグロビンという長いポリペプチド鎖の4本(α鎖とβ鎖)がセットになってできています(右図)。
    ヘムは、鉄イオンをポルフィリンという環状構造の中央に結合した赤い色の分子です。ヘムは空気中の酸素とたやすく結合する一方、酸素が少ない状況では簡単に手離してしまう性質をもっているので、酸素の運搬役として適任なのです。酸素をつかまえたりはなしたりするのはまん中の鉄原子です。
    地殻には鉄が多いので、生物はこれを利用して進化したと考えられています。
    ヘモグロビンの酸素放出率は、組織のpH が、乳酸や二酸化炭素などの代謝産物によって低下しているときや、高地などの酸素の少ない環境では大きくなります。
    ヘモグロビンは、1個のヘムに酸素分子が結合すると4本のポリペプチド鎖の相対的配置が変化し、それによって残りのヘムへの酸素親和性が高まるという“アロステリック効果”を示すタンパク質です。

    赤血球という細胞

    成人の赤血球の主成分は“アダルトヘモグロビン:HbA)”で、5%~8%ほどがHbA にグルコースが結合した“グリコヘモグロビン:HbA1C)”になっています。
    HbA1C は、高血糖がつづくと増加してきます。その寿命は赤血球と同じほぼ120日なので、血液検査において、過去1~3ヶ月間の血糖値の動きを示す項目として用いられています。
    赤血球は、核をもたないという変った細胞です。円盤の形状で中心にむかってくぼんでいます。このからだつきは、ガス交換の効率にも、細い毛細血管のなかを通りぬけるのにもつごうがよいものになっています。
    赤血球は骨髄で、白血球と共通の幹細胞から生まれ、成熟して血中を約120日の間循環しますが、古くなるとヘムの酸素結合能が低下するので、分解処理される運命です。
    脾臓には脾洞とよばれる血液を入れる網目構造の部分があり、老化した赤血球を選別して分解します。処理役は主に脾臓ですが、肝臓や骨髄でも食細胞によりこわされています。
    赤血球がこわれて遊離したヘモグロビンは、ヘムとグロビンに分離し、ヘム分子の鉄はキャリアタンパクに捕捉されて再利用され、残りはビリルビンに変化して胆汁へ出されます。血中ビリルビン濃度の上昇した状態が黄疸です。

    止血と血小板

    動脈にはつねに血圧がかかっているので、小さな血管でも傷つくと出血がおこります。けれどもただちに止血のしくみが発動し大事にはなりません。
    止血を担うのが血小板です。血小板も骨髄で生まれて血中をめぐり、1~2週間ほどで脾臓や肝臓でこわされます。
    血小板も核をもっていません。骨髄内にあり大きな核をもっているので巨核球とよばれる細胞の細胞質がバラバラにちぎれ、数千個の断片になったのが血小板です。
    血小板は内皮細胞や細胞間物質に粘着したり、血小板同士がくっつきあったり(凝集)、止血に必要な因子を放出したりします。
    血小板は出血場所のコラーゲンに粘着し、プロスタグランディンやADP(アデノシン2リン酸)などを放出してなかまをよび集めるのです。
    集まった血小板は、コラーゲンを足場にフィブリノーゲンをつなぎ合わせて網をかけ、塊をつくります。これが血栓です。
    血栓の網に赤血球や白血球もとりこまれ凝固すると凝塊(血餅)になり、血栓とともに血管修復や傷の治癒を助けます。

    凝固と線溶

    出血が太い血管でおこった場合、血栓だけでは対処できません。血栓は血流などの作用でこわれることもあり、補強が必要になります。そこで“凝固のしくみ”がはたらきます。
    しかし丈夫な血栓がいつまでも存在することは、血流をさまたげるリスクになりかねません。
    血栓づくりにも凝固にも制御機構がありますが、さらに血栓を溶かすという方法が用意されていて、血栓によるトラブルを抑制しています。
    血栓は止血には欠かせないけれど、血管内で生じた場合、脳梗塞や心筋梗塞や脳血管性認知症などの血栓性の病態をひきおこす危険因子となってしまいます。
    生じた血栓を溶かすしくみを線溶(線維素溶解)といいます。

    血液凝固過程

    血液の凝固は、多くの凝固因子が連鎖的に活性化され、フィブリノーゲンがフィブリンに変化し、重合して線維状になり、網目構造をつくり、赤血球などの血球がつまったかたまり(凝塊)をつくる反応過程です。
    この反応をすすめるのがトロンビンなどの複数の因子の酵素作用です。 凝固にかかわる因子は、フィブリノーゲンをはじめ12種類あり、その性質とはたらきによってローマ数字の番号がつけられています。フィブリノーゲンはⅠ因子、欠損により血友病の原因となるのがⅧ因子およびⅨ因子です。Ⅳ因子はイオン状のカルシウムです。
    12種のうちの4種類の因子(プロトロンピンなど)は“ビタミンK依存性”とよばれます。この4種の因子は“グラ(Gla)タンパク”を分子内にもっています。
    Gla タンパクはカルシウムイオン結合タンパクであり、血液凝固および骨の形成に重要な役割をもっているのですが、グルタミン酸からこれをつくる仕事をする酵素はビタミンKがないとはたらけません。
    線溶の主役であるプラスミンも、前駆体のプラスミノーゲンとして血中にあり、血管壁内皮細胞が放出する酵素プラスミノーゲンアクチベータにより活性を与えられ、フィブリンを溶かします。線溶ばかりでなく血管壁にはヘパリン様物質があり、血管内凝固を抑制しています。

    血液のトラブル―貧血・血栓症

    赤血球の異常

    個体の赤血球数は、成人男性で500万/μリットル、女性で450万/μリットル程度です。赤血球が減少した状態を貧血といい、反対に増加した状態は多血症(赤血球増多症)といわれます。
    血球検査では、ヘモグロビン量やヘマトクリット値という項目があります。
    ヘモグロビンの増減は、ほぼ赤血球数に比例しています。ヘマトクリット値は、血球と血漿の容積の比をいい、血球成分容積の98%が赤血球なので、その数値はほぼ赤血球の割合になります。
    赤血球の数、ヘモグロビン量、ヘマトクリット値の3種の検査は、それを総合して貧血の状態を判断するもので、関係を示す「赤血球恒数」という基準がつくられています。

    貧血の分類

    貧血は、骨髄の造血機能が低下したり、赤血球の破壊や出血が異常なレベルで生じたりしておこる病態ですが、その程度はいろいろです。
    造血の問題では、ヘムの材料となる鉄やタンパク質や造血ビタミン・ミネラル(葉酸、ビタミンB6・B12、ビタミンC、銅)の不足があったり、放射線の照射などが原因になります。“栄養性貧血”や“再生不良性貧血”はその例です。
    “腎性貧血”といわれるのは、腎臓でのエリスロポエチンの産生が低下して、幹細胞の分裂や分化を促す増殖刺激因子の不足からおこっています。
    約120日という赤血球の寿命が短縮するのが“溶血性貧血”で、異常なヘモグロビンがつくられたり、グロビン合成が低下したり、膜タンパクに遺伝的欠陥があったりします。また赤血球への抗体による“自己免疫性溶血性貧血”もあります。

    詰まる血管

    血管の内腔が詰まると、その部分から先の組織は必要な酸素や栄養物質が得られなくなり、梗塞や壊死の状態になります(虚血)。
    血管を詰まらせるのは、多くの場合、血液の凝固で生じた血栓で、その病態を“血栓症”といいます。
    脳でも肺でも心筋でも血栓症がおこり、脳では意識障害、肺では胸痛や血痰など、心筋では不整脈や突然死、下肢静脈では痛みや浮腫などと、さまざまな症状があらわれます。
    血栓が小さいと、数時間か1日ぐらいの時間経過でこわれたり溶けたりして血液が再開することがあります。
    脳でおこったものが“一過性脳虚血発作”ですが、繰り返すと“脳梗塞”にすすむリスクになります。
    血栓症の危険因子は、高脂血症、高血圧、糖尿病、肥満、運動不足、ストレス、脱水、喫煙、などですが、血栓のできやすい遺伝子多型も知られるようになってきました。
    脳に血液を送る頸動脈は、動脈硬化により管腔がせばまると血栓ができやすくなり、これがはがれて脳へゆき“脳塞栓症”をおこします。米国ミネソタ大の研究チームは、人生に絶望感をもつと頸動脈硬化がすすむと報告しています。

    メグビーインフォメーションVol.338「人体のしくみ⑩流通システム―血液循環」より

  • 体液の恒常性と腎臓

    体液の恒常性と腎臓

    からだと体液

    生命の基本単位である細胞は、体液とよばれる水溶液のなかで生きています。
    細胞内部では、DNA やタンパク質などの生体高分子と水分子との相互作用によって、増殖や代謝などの生命現象が営まれています。
    細胞の周囲も水をベースにした液体(細胞外液)で、細胞内液とあわせて“体液”とよばれます。
    細胞内液は体液の2/3を占めており、全体重の約40%にあたります。細胞外液は体液のほぼ1/3の量で、体重の約20%ほどです。
    細胞外液は、細胞と接している組織間液(間質液ともいう)と、血管内にあり全身を循環している血液とに大別されます。
    体液にはタンパク質などの有機物やナトリウムなどの電解質イオンが溶けていますが、その組成は内液と外液では同じではありません。その違いが細胞機能の維持に必要なのです。
    細胞膜での水の透過性は高いが、電解質の透過性が低いので、細胞内外の液の組成は一定に保たれます。

    体液量の調節

    食物にふくまれた水分や飲料として摂取される水と、体内で代謝によって生じる水(代謝水)が、からだへ供給されます。
    ふつうの食生活では1日に1.5~2リットルほどの水分摂取量になります。
    1g の栄養素の燃焼で、糖質は0.6ミリリットル、脂肪は1.07ミリリットル、タンパク質は0.4ミリリットルの水を生じます。
    水分摂取量は、同一人でも日によって異なりますが、体内の水分量は一定に保たれています。それは水の排出量が摂取量とほぼ等しくなる出納のメカニズムがはたらいているからです。
    体外への水の排出ルートは、尿、便、発汗および不感蒸泄です(図参照)。
    不感蒸泄とは、気づかない状態で継続的に生じている水分の蒸散であり、意識的に調節することはできません。尿量は水分摂取量により変化し、汗として失われる量は、気温や活動レベルにより異なってきます。
    水と同じように、ナトリウムなどの電解質の摂取も、個々の食生活で異なり、日によっていろいろであるにもかかわらず、体内の存在量は大きく変動しません。
    この水や電解質のホメオスタシスに重要な役割をしているのが腎臓です。
    細胞内液と外液の水分量の配分は、浸透圧によって決められています。
    浸透圧とは、細胞膜のような選択的透過性をもつ膜が介在している溶液で、水分濃度が高い溶液から低い溶液へ水分子が拡散する(浸透)のを抑えるのに必要な圧力をいいます。
    水は細胞膜を通して急速に移動し、細胞内外の浸透圧が等しくなります。外液の浸透圧のほとんどはナトリウムイオンと塩素イオンにより、内液の浸透圧の約半分はカリウムイオンにより生じており、腎臓が摂取した塩分と水に見合った量を排出して、体内量を一定に維持するようはたらいているのです。

    腎臓のつくりとはたらき

    腎臓は、横隔膜の下で脊柱の両側に左右一対あり、周囲は脂肪組織に囲まれて動きを制限されています。
    腎臓は平たいソラマメのような形状で、長さ11cm、巾6cm、厚さ3cm、重さは約150gの臓器で、表面は線維性の被膜でおおわれています。被膜の下は皮質とよばれ、その内側に髄質があります。
    皮質と髄質をあわせて実質といいます。実質で尿がつくられており、腎杯から腎孟へと集められて尿管へ流れてゆきます(右図)。

    ネフロン

    腎臓の機能は、実質を構成しているネフロンの集合体で生みだされています。
    ネフロンは1個の腎臓に約100万個、左右で200万個もあります。
    それぞれのネフロンはひとつの糸球体と1本の尿細管を組みあわせたセットになっています。
    糸球体は、きわめて薄い内皮細胞でできた毛細血管網をまるめた糸玉のような構造で、この内皮細胞には無数の孔があいています。
    毛細血管の外がわをとり巻いて、タコ足細胞とよばれるユニークな細胞がおおっています。
    ネフロンの役割は、血液中の低分子物質を原尿のかたちで排出し、そのなかから必要なものは尿細管で再吸収するという仕事をすることです。
    尿細管は、糸球体に近い部分から近位尿細管、ヘンレのわな、そして遠位尿細管となって集合管へつづいています(右図)。
    糸球体には細動脈から血液が流入します。
    腎臓を流れる血液量は、心臓が拍出する量の約20%にもなり、糸球体でろ過されて出される原尿は1日に150~180リットルほどです。
    しかしじっさいに尿として排出されるのは原尿のわずか1%にすぎません。
    糸球体で毛細血管の壁から原尿をこし出すためのフィルターとして基底膜があります。
    基底膜は血管内皮細胞とタコ足細胞のあいだにはさまっており、またタコ足細胞の分泌する糖質のゼリーのはたらきとあわせて、物質を選択的に濾過します。
    血液中の血球(赤血球・白血球・血小板)や血漿タンパク質は濾過されません。
    基底膜を通しての濾過の原動力は、毛細血管内の血圧ですが、タコ足細胞がこれを助けていると考えられています。
    糸球体で毛細血管をまとめておくために、支えている結合組織があります。これはメサンギウムという名をもっています。
    糸球体と基底膜とをすっぽりと包む二重の袋はボウマンのうとよばれ、タコ足細胞はその内がわの一枚にあたります。
    二枚のボーマンのうのすき間(ボーマン腔)に、原尿がたまります。

    尿細管の再吸収能

    糸球体で濾過された原尿は、尿細管を通過する間に、約99%の水およびアミノ酸、グルコース、ホルモン、電解質などが必要に応じて再吸収されてゆきます。
    1個の糸球体に組みあわせられている尿細管は10~20cmほどの長さで、水チャネルであるアクアポリンを備えています。
    アクアポリンは「抗利尿ホルモン」により制御されています。
    尿細管には、電解質の輸送体があり、それによってナトリウムやカリウムや塩素などのイオンが再吸収されます。
    そのうちナトリウムイオン(Na+)との共輸送体が多く、水やグルコースやアミノ酸が、ほとんど完全に再吸収されます。
    尿細管上皮細胞膜には、ATPを消費してはたらく“ナトリウムポンプ”役の酵素があり、Naイオンの移動と共に物質を輸送するしくみがはたらいているのです。
    とくにグルコースは、トランスポーターとよばれるタンパク質によって効率よく再吸収されます。これもナトリウムとの共輸送です。

    体液の酸塩基平衡

    腎臓の重要な機能のひとつが、体液の酸塩基平衡の維持です。
    物質が水に溶けた時、水素イオン(H+)を遊離するものが“酸”で、“塩基”はH+を捕捉するものをいいます。
    溶液の酸性度や塩基性度は水素イオン濃度によって表示されることをご存じでしょう。それが“pH(ピー・エイチ)指数”です。
    中性溶液のpHは7.0であり、7以上はアルカリ性溶液、7以下が酸性です(水溶性の塩基をアルカリという)。
    体液のH+濃度は、ふつう動脈血のpH を測定しています。正常血液のpHは7.4±0.05に保たれ、生命活動に適した細胞外液のpH の範囲は7.0から7.6とされています。
    生命の営みは化学反応で成りたっています。タンパク合成、エネルギー産生などの細胞の仕事の進行に適した温度や酸性度の条件があるのです。
    細胞外液は、前述のようにややアルカリ性ですが、7.35より低い場合を“アシドーシス”、7.45 より高い場合を“アルカローシス”といいます。
    pH は、血中の炭酸水素イオン(HCO3-)と、炭酸(H2CO3)の割合で決められています。水素イオンは下の式のように増減するからです。
    pH は、腎臓からの代謝産物の排出(腎性調節)と、呼気からの二酸化炭素の放出(呼吸性調節)による調節を受けています。
    pH 指数の調節システムは“緩衝系”とよばれ、過剰なH+を捕捉したり放出したりして、pHの変動を抑制します。
    人体は代謝によって硫酸、リン酸、尿酸、塩酸、有機酸などを刻々と生じて酸性過剰になります。この状況は一時的には呼吸性調節で対処できますが、結局は腎臓がこれを捨てなければなりません。
    近位尿細管がアルカリを再吸収する一方、遠位尿細管は酸を排出するという協同作業です。
    これに加えてグルタミンを酵素により加水分解して、塩基性のアンモニアにして排出し、水素イオンを中和することもしています。尿のアンモニア臭はこのためです。

    腎臓の病気と栄養

    腎臓がその機能を果すには、原尿を持続的につくり排出しなければなりません。原尿の生成能力が低下してくると、体液がたまったり、酸性に傾いたり、貧血、高血圧、カルシウム濃度減少などの異変を生じてきます。これが腎不全の病態で、急性にも慢性的にもおこります。
    腎臓の疾患には急性・慢性糸球体腎炎や高血圧や糖尿病や免疫が関係する腎症、ネフローゼ症候群のほか、尿細管に病変を生じる疾患として、腎盂腎炎、痛風腎、アシドーシスや、薬剤が原因となる薬剤性腎障害、水・電解質異常などがあります。

    糸球体の炎症

    へんとう腺や咽頭での溶連菌感染やウイルス感染のあと、病原体の一部が抗原となってつくられた“抗原・抗体複合体”が血中をめぐり、糸球体に沈着して炎症をひきおこすのが急性の糸球体腎炎です。
    炎症は糸球体の血流量や、濾過量を減少させ、Naを貯留させるため、浮腫や高血圧を生じることがあります。多くは自然治癒にむかうとされており、塩分の制限がすすめられます。
    腎炎の発症後、尿の異常(タンパク尿や、血尿)や高血圧が持続されると慢性腎炎と診断されることになります。
    慢性腎炎のうち、腎炎型に分類されるのは比較的病態が軽く“潜在型”といわれます。
    ネフローゼ型とよばれるものは、タンパク尿が多いのが特徴です。
    代表的な慢性腎炎といわれるのがIgA 腎症です。
    IgA 腎症は、糸球体にIgAを中心とする免疫複合体が沈着、メサンギウムの増殖が認められます。インフルエンザによる上気道炎後に発症が明らかになるケースが多いとされています。

    二次性腎炎

    糖尿病やSLE(全身性エリテマトーデス)や血管炎、肝炎などの疾患に関連する腎炎があります。
    糖尿病にともなう腎炎は、3大合併症のひとつに数えられ、腎不全へ進行し人工透析に至るケースが、年々増加していると報告されています。
    高血糖がつづくと、糸球体の濾過用フィルターである基底膜の周辺でコラーゲンが増加して濾過量が低下します。
    コラーゲンづくりをサポートする役のHSP(分子シャペロンとよばれるタンパク質)が過剰にはたらいてしまうのです。
    糸球体内の血流量や血圧の低下による虚血や、免疫細胞の活性化がおこす酸素需要の増大は酸化ストレスを招くでしょう。
    このような状態の持続が、糸球体の濾過量を減少させ、限界を超えると腎不全になるわけです。
    生体組織は、低酸素状態のリスクを回避するために、HIF-1というタンパク質をつくり、赤血球をふやしたり、血管新生を促したりすることが知られています。
    二次性の腎症は、発症しやすい遺伝的素因があることが知られています。HSP・HIF-1などのタンパク質や、酸化ストレスで誘導される抗酸化タンパクの活性のちがいなどがその条件になります。

    血液・血管と腎疾患

    腎臓はいわば血管のかたまりで、その機能は血圧や血流量や血液成分に強く影響されています。
    糸球体へはいる動脈には、血圧の低下を感知する装置があって、レニンを分泌して血中にアンギオテンシンⅡという昇圧物質を生成させます。
    アンギオテンシンⅡは腎血管を収縮させて血流量を減らし、水と塩分の排出を減少させます。また副腎からアルドステロンという昇圧ホルモンを分泌させ、あわせて血圧が上昇するのです。
    アンギオテンシンは、アンギオテンシノーゲンという血中タンパク(グロブリン)にレニンが作用して生じます。レニン-アンギオテンシン-アルドステロンのシステムが、塩分摂取量が変化しても体内量はほとんど変動しないよう調節しています。
    ところがアンギオテンシノーゲン遺伝子の多型があり、食塩の感受性に個体差を生じているのです。食塩感受性の低い場合、減塩しても血圧調節の効果を得られません。
    腎臓はまた、造血ホルモンのエリスロポエチンを分泌し、骨髄にはたらきかけます。このホルモンは前記のHIF-1 によって誘導され、赤血球をふやすよう作用します。

    腎疾患とアミノ酸

    ネフローゼ症候群では、血中タンパクが尿へ出て低アルブミン血症になりますが、肝臓のアルブミン合成が増加します。
    腎不全では、体タンパクの合成が低下する一方、異化(分解)がすすみます、そして血中アミノ酸パターンに特徴的な異常が生じてきます。血漿中の必須アミノ酸(ロイシン・イソロイシン・バリン)や、準必須アミノ酸のチロシンの低下がある一方、シトルリン、オルニチンやシステインが増加し、相対的に必須アミノ酸の割合が小さくなります。
    腎臓病ではタンパク質摂取が制限されることがありますが、必須アミノ酸不足は要注意です。

    メグビーインフォメーションVol.337「人体のしくみ⑨腎臓―細胞の環境保全」より

  • 膵臓のつくりと腺機能

    膵臓のつくりと腺機能

    腺上皮(分泌上皮)

    生体を構成する組織には、上皮組織や結合組織などがあります。
    上皮組織は、消化管や気管などの粘膜や尿路や皮膚などをつくり、それぞれの器官の機能に適合する形態をもっています。
    たとえば腸管では“吸収上皮”であり、気道では異物を排除するための“輸送上皮”というように、そのはたらきによって分類されています。そして皮膚や腸粘膜などには“腺上皮”があります。
    腺上皮は、液状の物質をつくって分泌する上皮細胞の集まりで、汗腺や唾液腺、涙腺などがその例です。
    腺上皮は、その分泌のしかたによって、外分泌腺と内分泌腺とに区別されており、膵臓は両方のタイプの腺を備えている分泌器官なのです。
    外分泌腺は、同じく上皮でできた導管を介して分泌物を皮膚や粘膜の表面へ出します。
    内分泌腺では導管はなく、分泌物であるホルモンは毛細血管中へ出されて、標的細胞へ送られることになります。

    膵臓のなりたち

    膵臓は、長さが12~15cm、重さは60gほどの臓器で、ホメオスタシス(生体の恒常性)にとって重要な腺のひとつです。
    膵臓は、下図のように頭の部分(膵頭という)を凹の字型の十二指腸に囲まれており、そこから左に体部と尾部が伸びています。
    膵臓の内部は、多数の腺小葉の集まりで、それぞれの小葉には細い導管が通っています。
    腺の導管は次第に合流して膵管をつくっています。膵管は、膵頭にむかって走り、十二指腸のほぼ中央のあたり(大十二指腸乳頭)で開口しますが、その直前に総胆管と合流しています。
    腺小葉は、分泌細胞がとり囲んだ小さな腺房の集合体です(図参照)。
    腺房でつくられた膵液が導管によって十二指腸へ分泌されるのが膵臓の外分泌作用であり、腺房と導管が外分泌腺を構成していることになります。
    膵臓の内分泌作用を担う内分泌腺は、ランゲルハンス島(膵島)とよばれる特殊な細胞による集団で、膵臓の全体にひろく散らばって存在しています。
    膵島は、インシュリンなどのホルモンを分泌します(後述)。
    膵外分泌と膵内分泌とは、構造的にも機能的にも密接な関係をもっています。
    膵臓内の血液の流れをみると、血流量の11~23%ほどが、まず膵島にゆき、そのあとに膵島腺房門脈とよばれる小血管によって外分泌線へと流れます。
    これによって外分泌腺の活性は、内分泌腺が分泌するホルモンの作用により影響を受けており、両方のはたらきが協調して食物の摂取による栄養素利用のメカニズム(消化・吸収、代謝、蓄積など)を支えていることになるでしょう。

    膵液と消化

    膵液の分泌は、自律神経系と腸管ホルモンによって調節されています。
    胃からくる内容物は強酸性なので、それを中和するアルカリ性の炭酸水素Na(重曹)を豊富にふくむ膵液の分泌を促すホルモン(セクレチン)が十二指腸から出されるのです。セクレチンは、肝臓の胆汁づくりも促進します。
    アルカリ性粘液は、膵外分泌システムの導管細胞がつくり、膵管へ出しています。
    十二指腸粘膜からはコレシストキニンというホルモンも分泌されます。
    コレシストキニンは、腺房細胞に作用して消化酵素の産生量を増加させます。
    膵液にはいろいろの酵素がふくまれており、糖質、タンパク質、脂肪の分解に重要な役割をつとめます。
    膵アミラーゼは、デンプンを二糖類の麦芽糖にまで分解し、リパーゼは中性脂肪(トリグリセリド)から脂肪酸を分離します。
    タンパク分解酵素にはトリプシンやキモトリプシンがあり、ペプチドまで分解します。
    ふつう1日あたり1.5リットルの膵液が分泌されて小腸の内容物に混じります。
    膵液は強力なタンパク分解能をもっているので、腸管内へ出される前は不活性化しておかなければ、自己の腺組織を消化することになりかねません。そこでトリプシンやキモトリプシンは活性のない前駆体(トリプシノーゲン、キモトリプシノーゲン)として分泌され、小腸にはいってから、酵素エンテロキナーゼの作用によって活性型のトリプシン、キモトリプシンに変換されるしくみです。

    膵島の細胞たち

    膵臓の内分泌細胞の集団が膵島で、発見者の名(ドイツの病理学者ランゲルハンス)にちなんでランゲルハンス島あるいはラ氏島などともよばれています。
    膵島は、成人で20万~180万個あるといわれ、ヒトではA(α)細胞、B(β)細胞、D(δ)細胞の3種が知られています。
    膵島全体の約70%をB細胞が占めており、A細胞は25%ほど、D細胞は約5%ほどでしかありません。
    3種類の膵島細胞のうち、数が多いだけでなく機能の点でも最重要なのがB細胞です。
    D細胞が分泌するホルモンのソマトスタチンは、脳の視床下部や脊髄や消化管粘膜などにひろく見出されるホルモンで、A細胞が受けもつホルモンのグルカゴンや、同じくB細胞のインシュリンの分泌や、外分泌作用などに抑制性にはたらくとされているものの、腫瘍などで過剰になるような事態でなければ、その役割は特筆されていません。
    A細胞とB細胞とは、前者が血糖値を上昇させる作用をもつホルモンのグルカゴンを、後者は血糖値を低下させるホルモンのインシュリンを分泌し、両者の協調によってホメオスタシスの重要な項目である“血糖値”の調節を担っています。
    グルカゴンは、標的器官である肝細胞の受容体と結合し、肝グリコーゲン(ブドウ糖の貯蔵型)分解を促進し、肝臓からのブドウ糖の放出を増加させます。
    ただし血糖値上昇作用はグルカゴンばかりでなく、副腎髄質の出すアドレナリン、副腎皮質からのコルチゾール、下垂体ホルモンの成長ホルモン、そして甲状腺ホルモンにもその作用があるのです。
    それに対して、血糖値を下げるよう働くホルモンはインシュリンしかありません。

    B細胞とインシュリン

    B細胞はグルコース(ブドウ糖)に対して非常に敏感な特性をもっています。
    B細胞をとり出し、培養皿に入れてグルコースをふりかけると、たちまちのうちにインシュリンを放出します。
    ふつう内分泌腺は下垂体ホルモンに支配されますが、膵島は例外で、血中のグルコース濃度を感じとって反応するのです。
    食物が消化・吸収されてグルコースが血中にはいると、門脈内の血糖量は150mg/デシリットル以上になります。
    門脈から肝臓へゆくと、グルコースの大部分はグリコーゲンに変換されるのですが、血糖値が110以上になると、B細胞がそれを感じとってインシュリン分泌を開始します。
    B細胞からのインシュリン分泌量は、血糖値300ぐらいのレベルまでは、血中のグルコース濃度に比例して増大します。
    このようにグルコースは、もっとも強力なインシュリン分泌促進物質ですが、そのほかにも脂肪酸やアミノ酸にも反応します。
    グルコースやアミノ酸ロイシンは、クエン酸回路(TCAサイクル)でのATPづくりをふやして、またアルギニンや脂肪酸は、細胞内のカルシウムイオンの上昇を介してインシュリン分泌をひきおこすなど、食品成分により影響されています。
    水溶性のグルコースは、脂質が主体で構成されている細胞膜を通過できません。細胞膜上に存在するグルコース輸送体の助けが必要で、肝臓や脳や腎臓、小腸、筋肉などには数種類の輸送体が配置されています。
    B細胞の表面にもグルコース輸送体があり、とりこんだグルコースを代謝してATPをつくり、Caチャネルを開きます。
    Caイオンがインシュリン合成にかかわる酵素を活性化するしくみです。

    膵疾患・糖代謝疾患

    膵臓におこる炎症

    膵臓内では活性の抑えられている消化酵素が十二指腸で活性化したのち、再び膵管内に逆流すれば、膵臓は自己消化という事態に見舞われるでしょう。
    膵臓に急性の炎症をひきおこす原因は、アルコールの大量摂取や胆道疾患(胆石、胆のう炎)、ウイルス感染や寄生虫のほか、動脈硬化や薬剤(ステロイド、抗ガン剤)性もあるなど多様です。
    はげしい腹痛や腹部の膨満感などが症状ですが、やがて軽快するのがふつうです。なかには重症化するケースがありますが、それには免疫にからんだ炎症性サイトカインや、NO(一酸化窒素)などのメディエーターのかかわりがあると考えられています。
    急性の病態(腹痛など)が消失しても、脂肪の多い食事をしたあとにぶり返したり、消化不良や下痢などを繰り返すケースがあります。
    ときには膵臓に無数の石灰化が生じている場合(膵石症)もあります。
    低カロリー・低タンパクの食事(栄養障害)も、膵石症や慢性膵炎の原因のひとつとして挙げられています。また脂溶性ビタミン(A、E、K)の補給が必要とされています。

    膵ガン

    膵臓に発生するガンは、通常“浸潤性膵管ガン”をいい、腺房細胞や内分泌腺などに生じる腫瘍にくらべてもっとも発生頻度が高く、余後が悪いとされています。
    膵ガンは、胃ガンなどの消化器ガンのなかで早期発見が容易ではなく、治療も困難とされています。膵臓は胃の後ろにあるため、肝ガンのように超音波(腹部エコー検査)による発見率が高くありません。
    黄疸が生じたり、腹痛や背部痛がつづいたり、体重減少が目立ってきたりなどの、特徴的な症状があります。

    膵内分泌腫瘍

    インシュリンなどの膵ホルモンをつくり分泌する内分泌細胞から発生する腫瘍が“膵内分泌腫瘍”です。
    腫瘍化するとホルモンを持続的に分泌するので、血中ホルモン濃度が上昇して、低血糖や糖尿病や、はげしい下痢、消化性潰瘍などが出現してきます。
    正常では、ホルモン分泌は調整されているので過剰の状態にはなりません。インシュリンは血糖値の上昇により分泌され、血糖値が低下すれば分泌が抑えられるというフィードバック制御を受けているのです。

    糖代謝疾患

    代謝疾患とは、生体を構成する物質の同化や異化のプロセスに異常を生じる疾患をいいます。
    代謝疾患には、代謝に不可欠の酵素の機能に遺伝子レベルの異常が生じるなどの先天性疾患(フェニールケトン尿症など)と、糖尿病や痛風などの後天性疾患とがあり、後者では遺伝的要因と環境要因とがかかわって発症します。遺伝要因は多因子とされ、環境因子として食行動や運動などの生活習慣が指摘されています。
    糖代謝は、生体のブドウ糖利用を中心にした代謝プロセスであり、生命維持に不可欠のエネルギー獲得にかかわっています。
    糖代謝のキーファクターである膵ホルモンが不足したり、本来の機能を果せない状態にあるとき、高血糖や糖尿病という病態を招くことになります。

    糖尿病

    “持続的に血糖値の高い状態がつづく疾患”と定義される糖尿病は、1型(若年型)と、2型(成人型)に分類されています。
    若年型は、リンパ球が膵島B細胞に対して抗体をつくり破壊してしまう(自己免疫)ためにインシュリン補給をしなければなりません。
    1型は糖尿病全体の5%以下と少なく、大部分が2型ですが、その発症のメカニズムは一般的には下図のように考えられています。
    まず肥満にもとづくインシュリン抵抗性が生じ、代償的にインシュリンが過剰分泌される期間があるが、やがて酸化ストレスや小胞体ストレスなどによるB細胞の機能低下がおこってくる、というのです。
    インシュリン抵抗性とは、血中にインシュリンがあっても、各臓器でその作用が正常に機能しない状態であり、糖尿病だけでなく動脈硬化をすすめ、いわゆる「メタボリックシンドローム」の基盤になります。
    骨格筋や肝臓や脂肪組織などのいろいろの臓器でのインシュリン作用の変化が、混在して生じて全身性の病態をつくるわけです。
    B細胞の機能が維持されていれば、インシュリン抵抗性は高インシュリン血症を誘導する原因になり、それがメタボリックシンドロームの病態と複雑にかかわってきます。
    たとえば高インシュリン血症では、尿細管でのNa再吸収を増加させて高血圧を進展させたり、肝臓の脂肪酸合成を促進して、脂肪肝のリスクになったりします。
    高血糖状態がつづくと、やがてアポトーシスに追いこまれてB細胞の数が減少し、そのため低インシュリン血症へと転じます。その結果インシュリンの抗アポトーシス作用が失われて、さらにB細胞数を減らすという悪循環におちいり、糖尿病を進行させることになります。

    日本人の糖尿病

    糖尿病の関連遺伝子(インシュリン受容体やアドレナリン受容体など)には民族差のあることが知られており、病態のあらわれ方にもちがいを生じています。
    日本人の場合、食後すぐの初期分泌が少なく、おくれてインシュリン分泌がみられます。
    またBMIが24前後で、とくに肥満というほどでないのに、軽度の内臓脂肪蓄積や運動不足が後押しして耐糖能(ブドウ糖の利用)異常を生じます。
    2型糖尿病の検査で、グルコース経口摂取が行われますが、インシュリン分泌反応は、日本人は欧米人に比較して著しく低下していることが知られています。
    進化のプロセスで獲得してきた遺伝子が、状況によって代謝異常の原因にもなるのです。

    メグビーインフォメーションVol.336「人体のしくみ⑧複合分泌器官―膵臓」より

  • 代謝 ― 生命物質の自己生産

    代謝 ― 生命物質の自己生産

    A 同化と異化

    外部から物質をとり入れ、分解し、加工して生体が利用できるエネルギーや、生命活動に必要な物質を合成する営みを代謝(メタボリズム)といいます。
    栄養素の分解によりエネルギーを獲得するプロセスと、簡単な分子を素材にして生体高分子を合成するプロセスとは、それぞれ"異化"と"同化"とよばれています。
    代謝は多くの反応のつながりで成りたっており、それぞれのステップでは特異的な酵素がはたらかなければ反応がおこりません。すなわち代謝は多くの酵素反応の連続であり、これを代謝経路とよんでいます。
    代謝経路は、その生理機能によってグループにまとめた代謝系に分けられます。
    異化代謝系は"エネルギー代謝"であり、同化代謝系は"物質代謝"です。
    物質代謝系は、糖質、タンパク質、脂質などの変換される物質により、糖質代謝、タンパク質代謝、脂質代謝などに分けられています。
    細胞は、それぞれが必要とする代謝を休みません。消化システムと呼吸システムによって運びこまれる栄養物質と酸素がそれを可能にしています。

    代謝系の中枢・肝臓

    いろいろの代謝系の中枢に肝臓があります。肝臓は人体の化学工場といわれ、多くの酵素をもち、多彩な仕事をこなしています(表参照)
    肝臓は大きい臓器で、重さは1.0 ~ 2.3kg、体重の約2%を占めています。
    腹腔の上部右側にあり、上部は横隔膜に接しています。そして下面にはふくろ状の胆のうが付着しています。
    肝小葉とよばれる直径約1mm の構造単位の集合体が肝臓で、肝小葉の中央の中心静脈から肝細胞が放射状に並んでいます。
    肝細胞は立体的に配列し、細胞間には迷路のように毛細血管網がひろがっています。迷路状の毛細血管には、壁の不完全な太い血管があり"類洞"と名付けられています。
    類洞には、酸素を多くもつ動脈血と、栄養分を高濃度にふくむ門脈血とが混じって流入してくるのです。
    門脈は、消化管血流の静脈にあたり、栄養分が豊富で、肝血流のほぼ70%を供給しています。肝臓はつねに多量の酸素と栄養を必要としている臓器なのです。

    糖質(炭水化物)代謝

    炭水化物とは、構成元素の炭素に対して、水素と酸素とが2:1(水と同じ割合)の化合物をいいます。
    炭水化物が酵素などにより加水分解(反応の途中で水が加わって分解する)されると、最終生成物として単糖のなかまが得られます。すなわち炭水化物は、単糖類かそれが結合した化合物なので糖質といわれることになりました。
    単糖類には、グルコース(ブドウ糖)やフルクトース(果糖)などがあり、単糖が2個結合した二糖類にはスクロース(ショ糖)やマルトース(麦芽糖)、乳の成分ラクトース(乳糖)があります。
    単糖類が多数、化学的に結合(重合)したデンプン、グリコーゲン、セルロースなどは多糖類に分類されています。
    生体は食物中の糖質を消化・吸収して、エネルギー源として利用します。またタンパク質や脂質の機能を助ける糖鎖をつくります。
    食品中の糖質が摂取され、細胞で利用されるまでの経路には、肝臓が中心となる代謝の流れがあります。

    グルコースの活用

    糖代謝は、肝機能のなかで最重要といって過言ではありません。
    消化された糖質は、グルコースや他の単糖になって、小腸壁の上皮細胞で吸収され、門脈(腹部臓器の静脈)によって肝臓へ運ばれます。
    肝細胞には、血管にむいた側の細胞膜に"グルコーストランスポーター"とよばれるタンパク質が配置されていて、グルコースを運びこみます。
    肝細胞内には、グルコースを変換してグリコーゲンにする活性の高い酵素が待ちかまえています。そのはたらきで細胞内にはいったグルコースは貯蔵につごうのよいグリコーゲンになってゆきます。
    肝細胞内に蓄えられたグリコーゲンは、空腹時に加水分解され、血中へ出されます。
    このグリコーゲン合成・分解は、膵臓が分泌するホルモン(インシュリンとグルカゴン)の作用に支配されており、血糖値の調整システムになっています。
    肝臓の貯蔵能力を超えたとき、グルコースは脂肪酸合成にむけられ、脂肪酸は脂肪組織に中性脂肪として蓄えられることになるのです。
    グリコーゲン合成と脂肪酸合成とは、しばしば同時に進行しており、女性ホルモン(エストロゲン)は後者を後押しします。また酵素活性の個体差があり、脂肪合成が優位になるケースがあり、グリコーゲン生成量が不足します。
    グリコーゲンは、ふつう1~2日間の飢餓により使い切ってしまう量なので、その不足があると短時間で血糖値が低下して食欲が刺激されるため、間食が多くなり肥満のもとになります。

    A糖新生システム

    脳のエネルギー消費量は1日に約300kcal で、空腹時にも血糖値が60mg/dl以上に維持されなければなりません。
    肝臓は、貯蔵していたグリコーゲンがなくなり、血糖値が低下したとき、糖新生システムを出動させます。
    糖新生システムでは、筋肉からアミノ酸や乳酸などの"糖原性化合物"を調達し、グルコースをつくるのです。
    筋肉の運動に"嫌気的解糖"がおこると、乳酸が生じ(通常この反応は白筋でおこる)、これが肝臓へゆきグルコースへと再転換されるのですが、この仕事ではエネルギー物質ATP の消費量が大きいことが知られています。乳酸は酸性が強いので、すみやかに処理されるしくみになっているのです。
    糖新生用のアミノ酸は、筋肉の分解によって供給されます。
    筋肉内のアミノ酸の多くは、アミノ基転移反応(これにはビタミンB6が必要)によってグルタミンおよびアラニンになって血中へ出され、肝臓にとりこまれます。
    アミノ酸からグルコースへの変換には、乳酸の場合よりもさらにエネルギーが多く消費されます。アミノ基の窒素を尿素にするのにATP が使われるのです。
    グルコースは、必須アミノ酸・必須脂肪酸・ビタミンや、これらの物質から代謝によってつくられる化合物を除いて、細胞交代に要求される体成分のほとんど(脂質、核酸、アミノ酸など)を合成する原料になる重要な栄養物質です。
    病気のとき、絶食状態でいると、体タンパクが失われて抵抗力が低下するので、輸液によってグルコースを補給して、病状の悪化を防がなければなりません。
    糖質の供給がないと、脂肪組織で脂肪の分解による脂肪酸放出がおこり、肝臓や筋肉でのエネルギー源になります。これは糖新生による組織の消耗を防ぎ、グルコースを節約する合目的的な現象です。

    肝臓と脂質

    脂肪酸をエネルギー源とする代謝では、中間代謝物としてケトン体が生じます。
    ケトン体は酸性物質で、細胞の環境物質として好ましくありません。ケトン体がふえると血液は酸性に傾くのです。
    ブドウ糖の輸液には、ケトン体対策の目的もあるわけです。
    肝臓では、食事による脂肪酸や脂肪組織からの脂肪酸はエネルギー代謝の原料にまわすほか、再び脂肪に合成されて、リポタンパクVLDL として分泌されます。
    肝臓は脂質の合成がもっともさかんな臓器ですが、健康な人では肝細胞に脂肪は蓄積していません。
    肝細胞内に脂肪が蓄積した状態は「脂肪肝」とよばれ、かつては軽度の肝障害と考えられていましたが、内臓脂肪型肥満やインシュリン抵抗性にともなって認められることが多く、近年メタボリックシンドロームとのかかわりが重要視されるようになりました。
    高血糖のとき、肝細胞内で脂肪合成が進行しますが、運び出し役のVLDLの構成成分であるアポタンパクやリン脂質が不足すると、滞貨になってしまうことになります。
    その一方で、低血糖では大量の脂肪酸が肝細胞へととりこまれます。このときミトコンドリアの機能低下や、ビタミンC やニコチン酸の不足などでエネルギー代謝システムへはいっていかないと、脂肪酸が余ってしまいます。
    ところが肝細胞は脂肪酸を分泌する機能をもっていません。やむなく脂肪合成にまわされてしまうのです。
    脂肪肝は、過食や過度の飲酒、内臓型肥満、運動不足を基盤にしているので、食事療法や運動療法がすすめられます。栄養療法ではエネルギー代謝を促進するビタミンB 群やC のほか、とくに"レシチン"が有効とされています。
    レシチン(コリンリン脂質)は、リポタンパクの最外層をおおって、血中の脂質移動を可能にする役を担っているのです。

    薬物・毒物の処理

    体外からはいり、体内でも生じる毒性物質の処理をする薬物代謝は、肝臓で発達しています。このシステムは脂溶性薬物を水溶性物質に変える第一段階と、硫酸・グルタチオンなどを結合(抱合)してさらに排出されやすくする第二段階との組み合わせで進行します。それによってフェノールなどのさまざまな薬物やステロイドホルモンやビリルビンなどを体外に出すのです。
    第一段階を受けもつ酵素チトクロムP-450はヘムタンパクで、生理機能の異なるファミリーがあります。
    チトクロムP-450は、細胞内小器官ミクロゾーム(小胞体)に存在しており、肝細胞にもっとも多いのです。
    アルコール飲料の成分エタノールは、細胞質でアルコール脱水素酵素、ミクロゾームでエタノール酸化系、およびペルオキシゾームのカタラーゼにより分解され、アルデヒドになり、そのあとミトコンドリアのアルデヒド脱水素酵素により酢酸にされるというコースをたどります。
    酢酸は血中に出て、主に筋肉にゆき酸化されて二酸化炭素(CO2)と水(H2O)に分解されることになります。

    過酸化物の処理

    薬物代謝システムには、多くの酸化酵素が属しています。
    解毒という生体防衛機能は酸素を利用しており、そのプロセスで活性酸素の発生は避けられません。
    酸素を用いた反応の過程では、必要以上の過酸化物(過酸化脂質)がつくられています。
    過酸化脂質は直接に生体組織を傷つけたり、炎症をひきおこしたりし、また新たな活性酸素の発生源にもなります。
    "アラキドン酸カスケード"とよばれる生体膜の構成不飽和脂肪酸を出発物質として、局所ホルモンのなかま(プロスタグランディンなど)が合成される経路ではたらく各種のヒドロキシラーゼ(脂質過酸化物を水酸化し活性を失わせる酵素)は肝臓に多いことが知られています。
    活性酸素の除去を担う酵素グルタチオンペルオキシダーゼの活性も、肝臓が最大です。

    メグビーインフォメーションVol.335「人体のしくみ⑦生命の化学工場―肝臓と代謝」より

  • 酸素と生命現象

    酸素と生命現象

    酸素と炭素の関係

    生物のからだは炭素、水素、酸素、窒素などの少数の元素を素材として成りたっています。
    炭素は、地球誕生以来、大気や水や土や地球の深部、そして生物体のなかを循環しつづけています。
    その90%はカルシウムやマグネシウムと反応して堆積岩となり、陸や海底にあります。また有機化合物として生物のからだをつくり、二酸化炭素となって大気中をただよっています。
    土壌中の植物の根や、そこにすみついている共生菌から二酸化炭素(CO2)が生成され植物を育てます。
    植物や海洋中の植物性プランクトンなどの光合成生物が有機物をつくり、動物はそれを利用して生命を保ち、二酸化炭素を排出します。
    いま大気中には約21%の酸素があり、また水や土や多くの無機物・有機物を構成する基本の元素ですが、はじめの頃の地球上には酸素ガスはありませんでした。
    地球上に酸素ガスをもたらしたのは「シアノバクテリア」という光合成細菌で、現在でも全地球の光合成の4分の1を担っています。シアノバクテリアは硫化水素を分解して生じる水素と二酸化炭素を使って有機物をつくる細菌(紅色細菌)の遺伝子組み換えから、水を利用し酸素を発生させるしくみをもつ新しいタイプの光合成菌へ進化したと考えられています。
    地球には豊富な海水があり、シアノバクテリアによる水の分解と酸素の放出がすすんだのでした。
    水が分解されて発生した酸素と二酸化炭素とが反応して有機化合物がつくられるという生命の根幹にあるシステムが光合成であり、炭素と酸素は密接な関係を保ちつつ循環していることになります。

    酸素とエネルギー

    個体の生存は細胞のはたらきで支えられています。細胞の仕事にはエネルギーの消費があり、その供給が保障されなければなりません。
    生物がエネルギーを得る方法は解糖・発酵による独立栄養、光合成、そして従属栄養に分類されます。
    独立栄養は微生物の方法であり、光合成は藻類や植物や細菌が獲得した方法で、太陽エネルギーを化学エネルギーに変換し、糖などの分子に蓄えます。
    光合成生物の生産物(糖やアミノ酸などの有機炭素化合物)に依存して生命活動を営むのが、ヒトをふくむ動物です。
    下の式は、右向きの反応は光合成によってグルコース(ブドウ糖)と酸素を生じ、左向きの反応ではグルコースを、酸素を使って燃焼(酸化)しエネルギーを得るという関係を示しています。

    外呼吸・内呼吸

    ヒトのエネルギーづくりのしくみには、酸素を利用しない嫌気的な解糖系と、酸素を必要とする効率のよいTCA回路(クエン酸回路)とよばれる反応サイクルとがセットになっています。
    解糖系は細胞質での反応ですが、TCA 回路は、細胞小器官ミトコンドリアで進行するので、その場所に酸素(O2)を届けなければなりません。
    エネルギー代謝では、二酸化炭素(CO2)が生じます。CO2は体外へ排出しなければなりません。
    酸素を外気からとり入れる一方、発生する二酸化炭素を外気へ出す仕事をするのは「肺」であり、肺における酸素と二酸化炭素の出入りを外呼吸といいます。
    酸素は血液により細胞へと運ばれてゆきます。血液と細胞との間での、酸素と二酸化炭素の出入りを内呼吸といいます。
    呼吸にかかわる器官は、鼻腔にはじまり、咽頭、喉頭、気管、気管支および肺で、あわせて呼吸器系といいます。
    鼻腔から気管支の末端(終末細気管支)までは空気の通り道すなわち「気道」で、肺がガス交換(酸素と二酸化炭素の交換)の場です。

    気道のなりたち

    鼻腔の内面は鼻粘膜でおおわれており、吸いこんだ外気から異物を除去したり、湿り気や温度を加えたりしています。
    咽頭から気管までが喉頭で、上端にある咽頭蓋によって、飲食物の誤飲を防いでいます。
    咽頭は「声帯」を備えている発声器官ですが、気道への空気の出入りの調整をしており、さらに鼻粘膜と同じように吸気の加温・加湿や微粒子などを除くはたらきもしています。
    気管は喉頭につづく10~11cmほどの管で馬蹄形の軟骨(気管軟骨)でつくられています。気管軟骨は、外力によって気道が圧迫されてふさがることのないよう支える構造体として役だっているのです。
    気管の後壁は、食道と接しています。

    粘膜上皮

    気道の内腔は、粘膜上皮でおおわれて保護されています。
    呼吸器の粘膜は、全体では500m2に達し、外界への備えになっています。
    防御のはたらきを担うのが、粘膜の表層を構成する上皮細胞です。
    粘膜上皮細胞の線毛は、私たちが眠っている間にも、1分間に1500回というスピードで動いています。その動きはしなやかで一定の方向へすばやく倒れ、ゆっくりもどります。
    このそよぐような動きは順々に咽頭にむかってなびいてゆくので、線毛に付着した微粒子などは出口へ運び出されてしまいます。
    この線毛に異常があると、感染に弱くなり、気道炎を繰り返すなどのトラブルを生じる原因になり“線毛不動症候群”とよばれる病態をつくり出すことが知られています。
    気道における線毛不動症候群には、慢性副鼻腔炎や慢性気管支炎、気管支拡張症があります。
    線毛のはたらきは、粘膜表面上の液層により助けられています。
    粘膜の表面は、粘液層と液層の二層になっていて、外側の粘液が細菌やウイルスをからめとり、内側の液層が線毛の運動を容易にしているのです。
    気道粘膜のこのような防御的機能の維持に、ビタミンAやリン脂質がかかわっています。

    呼吸のメカニズム

    息を吸うと肺が拡張し、外界から酸素の多い空気が、肺胞の中へ流入します。
    肺胞は、枝分かれした細気管支が肺のなかでさらに分岐してつながっている袋状の組織で“ぶどうの実の房をみるような”と表現されています。
    1個の肺胞は、直径0.2~0.5mmほどですが、その数は肺全体では3億個とされ、総面積は70m2にもなります。その外側を無数の毛細血管網がとり巻き、ガス交換をしています。
    息を吐いたとき肺は収縮して、二酸化炭素が多く酸素の少ない空気が出てゆきます。
    肺胞と毛細血管との間での酸素と二酸化炭素の移動は、濃度匂配による拡散によっておこっています。
    肺炎などで分泌物が増加すると、拡散に手まどりガス交換の不調から呼吸困難になります。

    O2とCO2の運搬

    肺で血液にはいった酸素は、約97%がただちに赤血球へ移りヘモグロビンの鉄分子と結合し、体細胞へ供給されてゆきます。3%ほどは血漿に溶けた状態で運ばれます。
    二酸化炭素の80%は、血液中で炭酸水素イオン(HCO3)に変換し、一部は赤血球のなか、一部は血漿中に、残りの10%はヘモグロビンに結合して赤血球により肺へ運ばれます。
    血液中の炭酸水素イオンは、水素イオン濃度(pH指数)の維持に役立っています。
    pHは体液のホメオスタシスにとって重要な要素であり、動脈血の場合7.4±0.04の狭い範囲で調節されています。
    肺での換気量が減少すると、血液のpHが低下します(呼吸性アシドーシス)。反対に換気が過剰な場合はCO2排出が多くなり、pHが上昇します(呼吸性アルカローシス)。
    肺の表面は“肺サーファクタント”におおわれています。
    サーファクタントは界面活性物質で、レシチンとタンパク質でできていて、肺胞のふくらみやすさを維持し、換気量を保つのに役立っています。

    呼吸器系のトラブル

    慢性呼吸器疾患

    呼吸器疾患は、循環器、消化器疾患と並んで頻度が高く、なかでも肺ガンや気管支ゼンソクは年々増加しているといわれます。
    肺炎は死因の第4位で、とくに高齢者では死因に占める比率の大きいことが知られています。
    呼吸器系疾患には、ほかにカゼやインフルエンザなどの感染症があり、肺気腫、間質性肺炎といった病名も身近になっています。
    肺結核もまた、薬剤耐性菌の出現などあり、過去の病気とはいえません。
    呼吸器疾患が慢性化すると、体内へ酸素をより多く摂取するための横隔膜をはじめとする呼吸筋の負担が大きくなります。呼吸に必要な消費エネルギーは通常より多いことになり、栄養障害をおこすケースがあると指摘されています。

    肺活量と病気

    肺への空気の出し入れ(換気)の量は、ふつう成人で400~500ミリリットル(安静時)、1分間の呼吸数は12~15回なので、1分間の換気量は5~9リットル(1回換気量×呼吸数)となります。
    換気機能は、口元での空気の出入りで計測します。大きく息を吸ってゆっくり吐き出し、最大に吐き出したときの量が「肺活量」で、人間ドックなどの検査項目になっています。
    肺活量は、性、年齢、身長によって予測値が定められていて、実際に測定された肺活量を予測肺活量で割ったものを%肺活量といいます。
    %肺活量は肺のふくらみやすさをあらわしており、ふつう80%以下を異常としています。
    肺がかたくなりふくらみにくくなると、%肺活量が低下します。この状態は“拘束性障害”とよばれるもので、代表的疾患に肺線維症があります。
    気道の狭窄や閉塞が原因で、空気の流れがおそくなると、努力して吐き出してもガス量は多くなりません。このような状態は、“閉塞性障害”で、肺気腫や気管支ゼンソクの病態はこれに属します。

    肺・気道の炎症

    気道や肺胞は、つねに空気中の微生物にさらされています。また細菌が常在している口腔や食道に隣接していることもあり、感染症をおこしやすい臓器といえましょう。
    これに対して生体には、セキや粘液線毛システムによって排除するしくみがあって病原微生物の侵入を防いでいます。
    このバリアーをかいくぐって、病原体が肺胞にまでゆくと、待ちかまえている肺胞マクロファージがこれを処理します。
    侵入病原体の量が多かったり、毒性が強かったりすると、生体側の防御力を上まわって肺胞内で増殖をはじめます。
    免疫応答細胞のなかま(好中球やリンパ球)が集まってきて、肺胞を舞台とした病原体との戦いが開始されます。血管透過性が高まり、急性の炎症がおこります。
    呼吸器感染症のうち、主として肺胞腔内におこるものを肺炎といい、細菌のほかウイルスやマイコプラズマ、真菌などの感染が原因で発症します。
    炎症により死んだ微生物や好中球などの死骸や、気道・肺胞の分泌物が、膿のような痰として吐き出されます。
    高齢者では、嚥下反射やセキ反射の機能低下により、睡眠中に誤嚥が生じ、肺炎を繰り返すケースがあり要注意とされています。
    さきごろ抗ガン剤「イレッサ」の副作用として報告された間質性肺炎では、肺胞の壁で生じる炎症から、やがて肺の線維化をともなってくることが少なくありません。
    間質性肺炎の原因には、粉塵や有毒ガスの吸入、細菌・ウイルスの感染のほか、多くの薬剤がそのリスクをもっているといわれています。抗ガン剤ばかりでなく、抗不整脈薬や金製剤などにその例が知られています。

    肺の線維化

    炎症が持続したりくり返されたりするうち、線維化により臓器の機能が失われる事態になることがあります。
    細胞の間をつなぐコラーゲンは、通常はその産生は調節されていて過剰になりません。しかし組織の修復に必須なので、慢性炎症はコラーゲン産生の調節機構を破綻させてしまい、線維化をすすめるというのです。
    臓器の線維化は、肝臓や膵臓、腎臓、皮膚などでおこることが知られています。
    肺では、肺炎や間質性肺炎などが胞隔炎(肺胞の壁での炎症)をともない、線維化に進展してゆきます。
    肺胞構造の正常な修復には、肺胞上皮細胞の増殖と分化が必要です。
    コラーゲンづくりを受けもつ線維芽細胞と上皮細胞との関係では、正常な上皮細胞は線維芽細胞の増殖を抑制し、相互作用によりお互いのバランスを維持していると考えられています。

    アレルギーと炎症

    気管支ゼンソクや過敏性肺臓炎とアレルギーのかかわりが知られています。
    気管支ゼンソクでは、いろいろの刺激に対して気道が過敏に反応し、過剰に収縮します。そして気道に好酸球や肥満細胞が集まって炎症を持続させています。
    気道の内径には“サーカディアンリズム(概日リズム)”があり、1日のなかで変動を示します。早朝には空気が通りにくくなるので、ゼンソク発作(呼吸困難)は明け方に多く出現するのです。
    アレルギーは免疫応答のなかで抗体(免疫グロブリン)の一種であるIgEが起こす反応ですが、気管支ゼンソクの場合、はじめは肥満細胞がはたらき、いわゆるアレルギー症状が生じます。慢性になると主役が好酸球に代ります。好酸球はプロテアーゼ(タンパク分解酵素)を放出して組織をこわし、神経を露出させるので過敏に反応するようになってゆくことがわかりました。
    カビや動物の排泄物や毛髪などの動物性タンパクなどの吸入がひき金のアレルギー反応で、発熱やセキ、呼吸困難をおこすものが過敏性肺臓炎です。

    メグビーインフォメーションVol.334「人体のしくみ⑥息をする―呼吸と酸素」より

  • 腸と神経・腸と免疫

    腸と神経・腸と免疫

    独自の神経系

    全身の器官のはたらきが脳により統率されているというのが常識的な考えです。それは誤りではありませんが、脳といろいろな臓器との関係は一様ではないことがわかっています。
    脳の支配系統である神経系には、骨格筋へゆく系統と、血管や腺や心臓などにむかう自律神経系とがあります。
    自律神経系は解剖学的にみて交感神経系と副交感神経系とに分けられており、その作用のしかたも異なっていることが知られています。
    副交感神経は交感神経よりも効果がはやくあらわれ正確です。といっても厳密に両者のはたらき方が区別されるわけではありません。
    自律神経系を研究していたイギリスのラングリーは、脳や脊髄からの指令に依存しない腸の独立した神経系(腸神経系)に注目しました。
    19 世紀に腸のぜん動反射は、腸管壁に内在する神経細胞のネットワーク(神経叢)によって生じることが知られるようになりました。消化管ホルモン“セクレチン”を発見し「ホルモン」という名称を提唱したベイリスとスターリングは、腸は脳や脊髄からの支配なしに、内部の神経により反射運動をおこすという「局所神経機構説」を唱えました。
    腸壁をつくる内と外の二層の筋肉にはさまれた多数の神経節をもつ神経叢は、ドイツの解剖学者アウエルバッハが発見したもので、その名を冠して“アウエルバッハ神経叢”または“筋層間神経叢”とよばれています。
    その後、腸管の粘膜下組織とよばれる層のなかにも神経ネットワークのあることがわかり、それを報告したドイツの生理学者の名によって“マイスネル神経叢”または“粘膜下神経叢”とよばれることになりました。
    筋層間神経叢と粘膜下神経叢をあわせて“腸壁内神経叢”といいます。

    セカンドブレイン

    骨格筋や心筋や膀胱など、さまざまな臓器では、中枢神経系との連絡を切断すると、指令がとだえて反射行動はおこりません。
    ところが腸管では、内部にある神経系が中枢神経と同じはたらきをするのでした。
    腸神経系は、情報を集めることやその処理を独自で行っています。このことから腸にはセカンドブレイン(第二の脳)があるといわれるようになりました。
    1980 年代になって、腸神経系の神経伝達物質としての“セロトニン”のはたらきが認められ、腸神経により合成されて存在することが証明され、神経生物学がすすんだのでした。
    筋層間神経叢内にある感覚神経細胞や、セロトニン受容体などに研究がひろがりました。
    腸にはセロトニンに反応する受容体が複数種あり、分子構造が異なるためそれぞれに固有の作用をもっています。それによってセロトニンはさまざまな反応をひきおこすことがわかったのです。

    腸のセンサー細胞

    食物の栄養成分や毒性物質が消化管粘膜に触れると、化学センサーがはたらいて防御反応がおこります。
    腸の化学センサーは、消化管全体に散在する“EC 細胞”で、通常は圧や粘膜の変形を感知する感覚受容体としての機能を果しています。
    EC 細胞は、細菌毒素などの有害物質に接触するとセロトニンを放出します。
    この細胞は大量のセロトニンを貯蔵しています。ES 細胞がもつセロトニンの総和は、脳などの臓器にある量の総和よりも多いといわれているのです。
    セロトニンは、アミノ酸トリプトファンから生合成される生理活性アミンで、腸管のぜん動反射を促したり、腸液の分泌をおこさせたりするはたらきがあります。
    セロトニンの放出で分泌される大量の腸液は下痢をおこし毒物を排出します。
    EC 細胞は、腸からのシグナルが通る迷走神経内の感覚神経にセロトニンを送り、脳へのメッセージを伝えます。
    腸内の異変により、むかついたり吐き気を生じたりするのは、このようなシグナルが脳の延髄にとどくためといわれています。
    化学センサーとしてはたらいている感覚細胞は“パラニューロン”とよばれています。パラとは横に並びたつという意味で“ニューロンと同格”をいいあらわしています。
    腸には億の桁のニューロンおよびパラニューロンがネットワークを構成して存在し、自律的にはたらきながら脳と連絡をとり合っているのです。
    腸と脳との間にある相関関係が明らかになり、ストレスによる「過敏性大腸炎」の発症メカニズムの説明が可能になりました。

    粘膜免疫

    人体と外界とは皮膚および粘膜で接しています。粘膜は口腔、鼻腔、呼吸器、消化管、泌尿器、生殖器をおおうバリアーとして外界から選択的にとりこんだり排除したりするシステムをもち「粘膜免疫システム」とよばれています。
    粘膜免疫は、胸腺や骨髄を介した全身の免疫システムとは異なる誘導・制御機構により営まれています。
    免疫応答では抗原に対して抗体をつくる機構がはたらきますが、全身免疫で成立する注射による抗原投与は粘膜免疫では効果がありません。しかし抗原を食べたり飲んだりという“経口免疫”によって、消化管や呼吸器などの粘膜に免疫応答を生じさせ、さらに全身免疫にも応答を誘導したり、その反対に不応答の状態にすることもできるのです。
    粘膜免疫システムは、外来の抗原に対する識別をし、必要に応じて排除したり、ときには共存するために不応答というシグナルを全身系と粘膜系の両方へ送り制御します(上図)。
    全身の粘膜面は、テニスコートの広さの1.5倍という面積ですが、そのうちの80%を腸管が占めています。
    腸管の表面は、厚い粘液層におおわれておりその粘着性によって病原性微生物の侵入に対する物理的バリアーになっています。
    粘液の主成分は糖タンパクです。セリン、スレオニン、プロリンを主体としたアミノ酸の繰り返しでできたタンパク質をコアに、シアル酸やグルコサミンなどがつながった糖鎖で構成されていて、この糖鎖に病原体がとりつくことで上皮細胞への侵入が阻止されます。
    さらに上皮細胞層内の粘液産生細胞から送り出される粘液の流れが、侵入者を押しもどす役をしています。
    粘液層にはリゾチームやラクトフェリン、ペルオキシダーゼ、胆汁酸中の界面活性作用物質などがまじっていて、抗菌作用による化学的バリアーとして機能しています。
    ビタミンA とレシチンは、この粘液による防御バリアー機能を支えます。

    獲得免疫による守り

    粘液層の果すバリアー機能は“自然免疫”ですが、上皮細胞層では特異的にはたらく“獲得免疫”の機構が備わっています。
    上皮細胞層には、細胞間にはさまれたようなかたちで、多数の“上皮細胞間リンパ球”が待ちかまえています。
    上皮細胞間リンパ球はT 細胞のなかまです。ヘルパーT 細胞(B 細胞に抗体産生の指令を与える)が多く、直接に病原体を排除する細胞性免疫にかかわるタイプ(Th1型)と、抗体をつくって阻止するタイプのTh2型とが共存しており、あわせて腸管免疫を担っています。

    パイエル板とIgA 抗体

    腸管粘膜中に存在するドーム状の隆起として観察されるのが「パイエル板」とよばれる免疫応答の誘導組織です。
    口からはいってきた細菌やウイルスは、パイエル板のドームの周辺からとりこまれ、マクロファージや樹状細胞などに渡されて、抗原情報が処理され、B 細胞やT 細胞がさかんに分裂増殖します。T 細胞はインターロイキンなどのサイトカインをつくり、B 細胞はIgA という抗体をつくり出す状態へと活性化がすすみます。
    活性化した細胞群は、やがてパイエル板から巣立って、リンパや血液の流れによって全身をまわり、再び粘膜組織へもどってきます。この現象は“ホーミング(粘膜免疫循環帰巣)”といわれます。ホーミングしたリンパ球は最終的に成熟し、ヘルパーT 細胞はサイトカインをつくり、B 細胞の抗体づくりを促進します。
    IgA とよばれる抗体は、上皮細胞を通過して腸管へと分泌されますが、このとき上皮細胞がつくった“分泌成分”というタンパク質によって2分子がつながった分泌型に仕上げられます。
    分泌型IgAは、粘膜面で細菌やウイルスに結合し、その運動や増殖や、組織への接着をさまたげるようはたらきます。

    メグビーインフォメーションVol.333「人体のしくみ⑤食べる―腸の機能」より

  • 消化システム ― 運動と分泌

    消化システム ― 運動と分泌

    消化・吸収のシステム

    多細胞動物では、外からとり入れた栄養物を各細胞にとどけ、その生命活動を維持しなければなりません。
    食物を体内にとり入れる“吸収”のために、まず“消化”というプロセスが必要になります。
    消化と吸収にかかわる器官が消化器系で、多くの器官が協調しています。
    消化器系は、左図にあるように、口腔にはじまり、食物残渣を外に捨てる排出器官までの、食道、胃、小腸、大腸、肝臓、膵臓、腹膜と、消化液を分泌する腺で成りたっています。
    飲食物は消化管を通り、消化管に付随する消化腺が消化酵素などを分泌し、そのはたらきは自律神経と消化管ホルモンにより調節されています。
    食物がかみくだかれて食道にはいったのち、変化してゆくプロセスが追求されて、動物生理学から人体生理学へとすすむなかで、19世紀には“栄養”についての考え方が形づくられ、科学的な栄養学の歴史がはじまりました。

    消化管の筋肉

    消化管の第一のはたらきは、食塊を先へ送ることにあります。
    消化管の壁には、そのための筋肉が配備されています。
    消化管をつくる筋肉は平滑筋で、骨格筋にくらべて収縮力は大きくありません。
    食道の平滑筋が“ぜん動運動”をおこし、食塊を咽頭部から胃へと送ります。
    食道から胃への入口には括約筋があり、胃への移行を調節し、また胃からの逆流を防いでいます。
    括約筋は、器官の内腔をとり囲むかたちに存在する筋肉で、胃から十二指腸への食塊の出口にもあります。これにより胃での消化が終わるまで食物をとどめています。
    胃につづく十二指腸、空腸、回腸をあわせて小腸といい、消化と吸収の主要な部分を担います。
    吸収の終った残りは、回腸から盲腸へ移ります。回腸と盲腸の間にはヒダ状の回盲弁があり盲腸からの逆流がおこらないしくみです。盲腸よりから虫垂が出ています。
    小腸壁の筋肉は輪状筋と縦走筋の2種類の組みあわせで成りたっており、振り子運動やぜん動運動を行って、消化液と内容物をまぜあわせ、大腸へむかって移送します。
    この運動は、管壁に分布する神経によって調節されています。
    大腸でも小腸と同じような振り子運動やぜん動運動がありますが、そのほかに盲腸と上行結腸の間を内容物が行ったり来たりする運動があります。この運動は“逆ぜん動”とよばれています。
    大腸にとどくまでに消化・吸収作業は終了しているので、消化酵素の分泌はなく、水と電解質を吸収し、糞便をつくるのが仕事です。
    肛門腔の上部と下部とに、それぞれ括約筋があります。上部の括約筋(内肛門括約筋)は不随意筋で平滑筋でできており、外肛門括約筋とよばれる下部の括約筋は横紋筋製の随意筋です。
    排便では、直腸壁が内容物によりひき伸ばされたという情報が、骨盤神経を介して脳にゆき便意と自律神経による反射が生じます。
    下腹部の交感神経が抑制されて、内肛門括約筋がゆるみ、副交感神経が直腸の筋肉を収縮させます。
    次に自己の意志で排便行動を調節するため、陰部神経を介して外肛門括約筋をゆるめるのです。
    排便行動には、横隔膜や腹筋の収縮による腹腔の内圧上昇も加わっています。

    消化腺のはたらき

    胃粘膜には胃腺とよばれる分泌腺があります。胃腺には、毎日約1~3リットルの胃液をつくり胃袋のなかに分泌している外分泌細胞と、ホルモンを血中に出す内分泌細胞があります。
    外分泌細胞には主細胞、副細胞、壁細胞の3種があり、それぞれペプシノーゲン、粘液、塩酸と内因子を分泌します。
    塩酸はpH(水素イオン濃度)1~2という強い酸性で、食物とともに入ってきた細菌やウイルスを殺すので、胃を通過したあとの内容物には、増殖できる微生物はふくまれていません。
    塩酸はまた、ペプシノーゲンを活性型のペプシンに変えるはたらきをします。
    ペプシンは“タンパク分解酵素”で、塩酸により変性したタンパク質を、アミノ酸10個から100個ほどのポリペプチドにまで切断します。
    胃の内腔をおおって、胃酸やペプシンの作用から粘膜自身を守る役割の粘液は、粘性の強い多糖グリコサミノグリカンとタンパク質が結びついた物質を多く含んでいます。
    この粘液には、塩酸と同じく壁細胞でつくられる、ビタミンB12の吸収に欠かせない内因子も含まれています。

    小腸粘膜と腸腺

    小腸壁粘膜は、表面積をふやすための構造をもっています。
    “輪状ヒダ”とよばれるヒダがあり、これによって、小腸全体での粘膜表面は200㎡に及ぶ広さになっています。
    このヒダの表面には腸絨毛が突き出し、さらに浅いくぼみ(陰窩)もあって、これが表面積の増大に役立っています。
    これに加えて上皮細胞には微絨毛を備えて、吸収面をさらに拡大しています。
    腸絨毛は400万個もあります。その中心を毛細リンパ管が貫通していて、消化されて生じた小分子を運ぶ輸送路になっています。
    腸絨毛と腸絨毛の間のくぼみに腸腺があり、ここで腸液がつくられ分泌されます。
    微絨毛や腸腺には、粘液を分泌する杯細胞があります。粘液は十二指腸壁にある腺からも分泌されており、粘膜を保護しています。
    十二指腸から分泌される粘液はアルカリ性で、胃液によって酸性になった内容物を中和する役割をしています。
    腸腺からは消化酵素が出てきます。
    これらの消化液や粘液を、あわせて腸液といいます。腸液は消化物を微絨毛によく接触させて吸収の効率を高めるはたらきもしています。

    膵液と胆汁

    消化の最終的段階は、主として十二指腸において、膵液と胆汁の作用で進行します。
    膵臓は、内分泌機能と外分泌機能の両方をもつ器官です。インシュリンなどの糖代謝にとって重要なホルモンの分泌が前者であり、後者が膵液の分泌です。
    1日あたり1.5リットルほどの膵液が分泌されています。胃から送られてきた内容物とまじりあった膵液は、酸性を中和し、多種多様の消化酵素によって栄養素を分解します。
    膵液は膵管を通って、胆汁の通路である総胆管に合流して十二指腸に分泌されてゆきます。
    胆汁は肝臓がつくります。総胆管は長さが6~8cmで、十二指腸の後ろ側を回って膵管と合流し、大十二指腸乳頭に開いています。
    この乳頭に括約筋が存在し、消化が行われていないときは収縮して口を閉めるので、胆汁は胆のうに蓄えられます。
    胆のうは肝臓の下部にあり、内面の粘膜が胆汁中の水分や電解質をさかんに吸収し、濃縮します。胆汁は肝臓のものよりも10~15倍も濃縮されており、必要なとき、胆のう壁にある伸縮性に富む平滑筋の収縮で十二指腸へ送り出されます。
    食事をすると、十二指腸粘膜からコレシストキニンというホルモンが出てきて大十二指腸乳頭の括約筋をゆるめて胆汁の排出を促します。

    栄養素の消化・吸収

    小腸の役割

    小腸は、口や胃での消化で断片になった食物成分をさらに分解し、腸壁粘膜を通して吸収し循環する血液へと送りこみます。この仕事には1日に7リットルにもなる消化液(唾液、胃液、胆汁、膵液、腸液)の分泌がありますが、その大部分が小腸粘膜から吸収されています。
    とくに胆汁は、その機能成分である胆汁酸の90%が再吸収されて門脈へはいり、肝臓へもどっています。そして再び胆汁として活用され、残りの10%ほどが便へ出されています。
    この小腸と肝臓との間での胆汁の循環を“腸肝循環”といい、1日に何回も行われています。
    胆汁酸は、肝臓でコレステロールから合成されますが、腸肝循環によって肝臓の負担が軽減されていることになります。
    胆汁酸は、腸内で脂肪滴を小さな“ミセル”とよばれるコロイド(微粒子が気体・液体・固体のなかに分散している状態をいう)粒子に分散させ、また小腸粘膜との接触を助けて吸収されやすくするはたらきもあります。

    吸収のメカニズム

    小腸粘膜の上皮細胞の細胞膜には、糖やアミノ酸などの輸送用タンパク質があります。
    膜輸送体には担体やチャネルがあります。
    1種類の分子だけを移送する担体では、水輸送体のアクアポリンや、グルコースの単輸送体が知られています。
    担体の機能には膜の一方の側で運ぶ基質分子を結合して膜を通過させる受動的な“促進拡散”と、濃度差にさからって運ぶエネルギー消費型の“能動輸送”があります。
    小腸上皮細胞には、グルコースの促進拡散用および能動輸送用の担体が用意されています。
    上皮細胞の微絨毛膜から上皮細胞内へグルコースをとりこむには、濃度勾配にさからう上り坂の輸送となり、“Na+/グルコース共輸送体”による能動輸送をしなければなりません。これは2個のNaイオンが小腸内腔から細胞内へ流れこむときに生じる電気化学的勾配を利用するしくみです。
    細胞内にとりこまれたグルコースは、血管側の細胞膜にある促進拡散型の担体によって細胞外へ出ることになります。 上皮細胞内に流入したNaイオンは、Naポンプの作用で細胞外へ出されます。
    グルコースの担体(GLUT)は5種類が知られています。
    小腸でのアミノ酸吸収にも“Na+/アミノ酸共輸送体”がはたらいています。

    栄養素の分解

    高分子であるデンプンやタンパク質などは、酵素によって加水分解されます。
    加水分解には、分子の中央から切断する酵素(エンド型酵素)がまず作用し、そのあとを分子の両端から切断する酵素(エキソ型酵素)が受けもちます。
    タンパク質分解酵素(プロテアーゼ)は、中央部を切断するエンドペプチダーゼと、端から1個ずつ切りとるエキソペプチダーゼに大別されます。
    前者の代表はトリプシンやキモトリプシンやペプシンで、いずれも決まった箇所でペプチド鎖を切断します。
    エキソペプチダーゼにはペプチド鎖のカルボキシ末端(COOH)側から切るカルボキシペプチダーゼ(膵臓から分泌)や、小腸が分泌するアミノ末端(NH2)から切る仕事をするアミノペプチダーゼおよび、最後に残ったジペプチドを切るジペプチダーゼがあります。ジペプチダーゼは小腸粘膜の微絨毛にあり、アミノ酸までの分解をしますが、2~3個のペプチドのまま吸収されるものもあります。
    右図に示されているように、いろいろな消化酵素は、エンド型からエキソ型へと連携して栄養素の吸収をすすめています。
    糖質や脂肪の加水分解にも、核酸の加水分解にも、それぞれのエンド型とエキソ型の酵素が用意されています。
    水に不溶の脂質は、膵リパーゼによって生じるモノグリセリド、脂肪酸、リン脂質、コレステロール、脂溶性ビタミンが、胆汁酸の作用でミセルを形成し、拡散によってとりこまれ、リンパから静脈へはいります。

    メグビーインフォメーションVol.332「人体のしくみ④食べる ― 消化・吸収」より

  • 嗅覚・味覚と摂食

    嗅覚・味覚と摂食

    細胞と内部環境

    からだを構成している細胞は、体液に浸されて生きています。
    生理学の父といわれる有名なクロード・ベルナール(フランス 1813 ~ 1878)は、細胞の生きる環境を“内部環境”とよびました。
    体液とは体内の水分です。細胞の内部も水に満たされていて、代謝などの細胞の営みはこれが無いと保障されません(細胞内液)。
    細胞膜の外側の水分が細胞外液で、これが細胞の内部環境ということになります。
    内部環境は、細胞がその形態を保ったり、エネルギーをつくり出したり、自己用のタンパク質を合成したりするために必要な条件を整備していることが理想です。
    その条件には、外液の量、pH(水素イオン濃度)や、ナトリウムやカリウムなどの電解質イオンの組成、酸素濃度、ブドウ糖、温度などがあり、変化しながら一定の範囲で維持されています。
    きっちりと決まった状態ではなく、変化するなかで相対的には一定の状態を維持しているもので、これをホメオスタシス(恒常性保持)とよんで提唱したのは、アメリカの生理学者ウォルター・キャノン(1871 ~ 1945)でした。
    個体は外部環境から物質をとり入れ、一方で不用物を捨てて内部環境を整備しています。
    摂食や呼吸などの生体機能は、それを実現するためにあるといってよいでしょう。

    “食べる”こと

    細胞は生きることに必要なエネルギーを、自家生産します。そのエネルギー源は主にブドウ糖であり、とくに脳はブドウ糖しか利用できません。血中にはその供給源としてブドウ糖が常備されていなければならないのです。
    血中のブドウ糖の量が“血糖値”で、空腹時でも血液1dlあたり100mg程度に保たれています。
    血糖のホメオスタシスには、食物から摂取したり、グリコーゲン(貯蔵型ブドウ糖)を分解したり、アミノ酸から合成したり(糖新生)して調節するシステムがあります。脳には、視床下部に食欲に関する中枢があって、血糖値の上昇により満腹中枢がはたらき一方の摂食中枢を抑制します。血糖値が低下すると、満腹中枢による抑制が解除されて空腹感が生じ、摂食中枢が指令を出して摂食を促します。

    嗅覚と食行動

    栄養物質を自家合成する植物とちがい、動物は外部環境からとり入れなければ生存できません。食という行動は、いわば生命活動の基本であり、食欲や口腔内での咀しゃく(歯でかみくだく)、嚥下(飲みこむ)、そして消化・吸収へとつながる、いろいろな組織・器官の協調で成りたっています。
    空腹感を生じたときや、食べ物を思い浮かべたり、みたり、匂いをかいだりしたとき、消化器官が刺激をうけとり、からだは食行動の態勢にはいります。
    大気や食物中の化学物質は、嗅覚や味覚を生じさせて応答をひきだします。
    香り成分をもつ化学物質は、空気に運ばれて鼻腔に入り、嗅粘膜(下図参照)にとどきます。
    嗅粘膜は、支持細胞に嗅細胞がはさまったかっこうで、その一方の端に6~8本の細い嗅毛をもっています。
    嗅毛が“臭い分子”を感覚刺激として受けとると、その情報は、もう一方の端から伸び出した神経突起へ伝えられます。
    この神経突起は多数が合わさって嗅神経となり、嗅球にゆき、さらに大脳辺縁系を経て嗅覚中枢まで到達し、そこで“におい”が認識されます。
    嗅覚はもっとも原始的な感覚といわれ、腐敗した食物を避けるなど、食行動を助けています。

    嗅覚の異常

    アレルギー性鼻炎や副鼻腔炎や風邪による炎症のあとに、臭いの感覚が失われたり、変な臭いを感じる「異嗅症」といわれる症状があらわれたりすることがあります。
    炎症では嗅細胞が傷つきますが、抗酸化物質やタンパク質の摂取が、そのリスクを軽減します。嗅毛の再生にはビタミンAが必要です。
    嗅細胞は、一生の間、成熟するとアポトーシス(合目的的な死)し、新品に置き代わるというターンオーバーを繰り返しています。
    嗅細胞の樹状突起の先端には細かい線毛が数十本あり、全体を粘液がおおっています。この粘液のなかで臭い分子と受容体の結合が生じており、ビタミンAがその機能を保持する役をしています。
    臭い分子と結合する受容体の遺伝子は、哺乳類の場合1000種類に達しており、その発見(2004年のノーベル医学生理学賞受賞)により嗅覚のメカニズムが明らかになってきました。

    かむこと。味わうこと。

    風邪をひいて鼻がつまると、匂いがとどかないため、食事がおいしくなく感じられます。原始的な感覚とされる嗅覚は、ヒトでは退化しているといわれますが、食行動にとっては重要で、味覚と嗅覚が密接にかかわりをもっています。嗅覚が障害されると、味覚も損なわれる場合が少なくありません。
    口のなかに入れた食物をかみ砕き、唾液とまぜあわせるのが“消化”のはじまりです。唾液に溶けた食品中の化学物質は、舌や咽頭、喉頭に分布している“味蕾”を刺激し、味情報を伝えます。
    右図は舌表面にある味蕾の構造です。
    粘膜上皮細胞が特殊化した支持細胞が味細胞をとり巻いています。
    細長い味細胞の一端は、口腔にむいて開いた味孔になっていて、ここに味毛という突起があり味刺激を受けとります。
    その反対側から味覚神経線維が出ていて、末梢神経を経て大脳皮質にある味覚中枢へと情報がとどき、それが“味”として認識されることになります。
    成人の舌には2000 ~ 3000個の味蕾があるとされていますが、高齢になるとその数が減少しているといわれます。

    味を感じるしくみ

    味細胞は、7~ 10日の寿命で活発に新旧の入れ替えを生じています。
    この細胞回転は亜鉛を必要としており、その不足があると正常にすすみません。
    味細胞の細胞膜には、ショ糖、食塩、クエン酸、キニーネ、グルタミン酸が作用する部位があります。これらの物質は、それぞれ甘味、塩味、酸味、苦味、うま味という基本の味に対応しています。
    甘味、苦味、うま味に対応する受容体タンパクは異なっており、そのアミノ酸配列が明らかにされています。塩味はナトリウムイオンだけを通すチャネルによって、酸味では水素イオンだけを通すチャネルにより細胞内に流入した陽イオンが味細胞に作用して生じます。
    そこで味細胞膜に電気的変化が生じ、シナプスを通って味覚神経へ情報が送られます。
    舌には三つの末梢神経系(顔面神経、舌咽神経、迷走神経)が来ていて、味覚情報を脳へ伝えるルートになっています。
    大脳皮質の中心溝には味覚野(第一次)があり、受けとった味情報の質や強さを感じとります。
    その情報は、さらに扁桃体にも送られて、好き・嫌いの判断や、その学習が行われます。同時に前頭連合野にもゆき、そこで嗅覚や触覚や視覚などの情報と統合されて、その食べ物を認知するのです。この領域は第二次味覚野といわれ、扁桃体や視床下部の食欲中枢とも連絡しているので、食物への嗜好性(好き・嫌い)や空腹・満腹時の変化などを生じさせています。
    前頭連合野は、からだの栄養要求に従って、どんな食べ物をどれくらい食べればよいかの判断をし、食行動をおこさせています。
    食物をよくかむことは、唾液への味成分分子の溶出を助け、多くの味蕾に結合させることになります。それが消化・吸収という次のプロセスにとっても有利にはたらきます。

    味覚の異常

    味覚異常の原因で頻度が大きいのは“薬剤性”で、降圧剤や抗不整脈、パーキンソン病治療薬、抗うつ薬、睡眠薬のほか抗生物質や抗ウイルス薬など広範囲で、亜鉛のキレート作用や吸収阻害作用が主因です。
    亜鉛の不足による味覚障害は、近年増加しているといわれます。タンパク質・ビタミンAとともに亜鉛の摂取が、正常な味覚に必要です。

    メグビーインフォメーションVol.331「人体のしくみ③ 食べる - 栄養の基本」より

  • 脳・脊髄と末梢神経

    脳・脊髄と末梢神経

    神経系の成りたち

    神経系は、解剖学的には脳と脊髄をあわせた中枢神経系と、脳の下側や脊髄から出て、からだのすみずみまで張りめぐらされている末梢神経系とで構成されています。
    中枢神経系は、からだの最上部の大脳、頭部のうしろの部分にある小脳、大脳から下方にむかって中脳、橋、延髄とつづき、脊髄は背骨のなかを通っています。
    末梢神経は、白く細い糸のような組織で、左右対称に骨や筋肉や臓器のあいだを通っています。
    脊髄を輪切りにすると、中央に芯のようにニューロンの集団があります。この部分は、灰白質で英字のHのかたちにみえます。
    H字型の前のほうを前角といい、後部は後角といわれます。
    前角の細胞は筋肉の動きを支配し、後角には感覚細胞があります。
    H字の外側は側索で、大脳から前角の運動神経への指令の通り路です。「筋委縮性側索硬化症」はこの部分での脱髄(軸索の髄鞘の消失)にはじまり、前角細胞が傷害されて、筋肉がやせてゆく病気で「ALS」ともいわれます。
    脊髄のうしろからは、感覚情報を伝える末梢神経がはいってきます。
    脊髄から大脳へとどいた情報が処理され、運動の指令が送り出されます。
    脊髄内には、自律神経系の細胞集団もあり、内臓機能を調節しています。
    脊髄は多くの情報の通路なので、異変が生じると、痛みやしびれやマヒなどの障害をもたらすことになります。

    感覚情報の伝達

    皮膚や粘膜などの体表から伝えられてくる触覚や温度や痛みの感覚を“表在感覚”といいます。
    筋肉や骨などの深部組織からは、関節の位置や圧力などの感覚情報がつたわっており“深部感覚”といわれます。
    大脳皮質では、表在感覚や深部感覚をもとに判定して“複合感覚”を生じています。
    表在感覚、深部感覚、複合感覚を“一般体性感覚”といいます。
    一般体性感覚に対して特殊体性感覚ということばがあります。これは視る、聴く、味わう、嗅ぐ感覚と平衡感覚で、これを受けもつ神経は脳から直接に出て頭部に分布しており、脊髄を伝わってくる感覚と区別されています。
    脳の領域から出る末梢神経は、脳神経といわれます。

    脳脊髄神経系

    ヒトの脊柱は、24個の椎骨を重ねたつくりで、内側は1本の管状にでき上っています。このなかを脊髄が通り、椎骨と椎骨のすき間にある小さな孔(椎間孔という)から、神経が出ています。この神経は脊髄神経とよばれています。
    脊髄神経は末梢神経に属しており、脊髄という中枢神経からの指令を筋肉に伝えたり、外部から受容した感覚情報を中枢神経へとどけたりしています。
    脊髄から神経が出てゆく分かれめを神経根といいます。椎間孔は左右ひとつずつ形成されており、それぞれに1本ずつの神経根が通っています。
    椎骨と椎骨のつながりの部分は、クッション役の椎間板と、後方の左右にある関節(椎間関節)によって連結されています。
    椎間板や椎間関節は、加齢とともに形や機能に変化が生じます。椎間板の老化と椎間関節の老化はつねに平行して進行し、頸椎におこれば首すじや肩のこり・痛み、あるいは手のしびれ、腰椎では慢性的な腰痛などの身近な症状を生じさせることになります。
    椎間孔は椎間板や椎間関節でつくられた構造のすき間であり、関節の変形や椎間板変性により形や大きさが変わり、神経根が圧迫されるので、しびれや痛み、ときにはマヒという事態をひきおこす原因になっているのです。
    脳神経と脊髄神経は、あわせて脳脊髄神経系といわれており、自律神経系とともに末梢神経系を構成しています。

    末梢神経の特徴

    末梢神経のネットワークは、全身に分布して内臓や筋肉や感覚器官のはたらきを生み出し、全身のホメオスタシスを保持するために協調しています。
    ニューロンの一般型は、核を納めた細胞体から、多数の手と1本の足をのばしたかっこうです。手は他のニューロンからの情報を受けとる装置の樹状突起で、とくに中枢神経で発達しています。
    末梢神経のニューロンは、細胞体の大きさにくらべて特別に長い軸索をもっています。人体でもっとも長くて太いのは坐骨神経です。
    坐骨神経は腰から太ももの後方を走っている神経で、腰椎の数本の神経が集まって1本になったもので、腰椎の椎間孔から出る神経根のどれが刺激されても痛みを生じます。
    末梢神経の軸索部は、シュワン細胞が巻きついた髄鞘をもつタイプと、それのないタイプとがあります。
    前者は比較的直径が太い“有髄細胞”であり、後者は“無髄細胞”に分類されています。有髄神経では、髄鞘の電気的な絶縁効果によって、伝導速度が格段に向上しました。
    筋肉や腱からの感覚を受もつ神経は太く、伝達のスピードは新幹線の“のぞみ”に匹敵するほどです。それは刻々の動きを創出するための合目的性を示しているといえましょう。
    脚気(多発性神経炎)は、ビタミンB1の不足が原因ですが、髄鞘のミエリンに対する抗体ができる自己免疫や、ウイルス感染後の帯状疱疹などが感覚障害をおこします。

    特別な感覚“痛み”

    冷さやあたたかさや肌ざわりなどの、皮膚に生じる感覚は“表在性感覚”といわれ、それは感覚点への刺激によって生まれます。
    皮膚には、それぞれの感覚に対応する刺激の受容体(特殊な神経細胞)があり、その真上の微小な領域が感覚点といわれています。
    感覚点は、痛点>触(圧)点>冷点>温点の順に全身での分布密度が異なっています。
    受容体細胞は、特定の刺激に反応し、それを信号に変えてつながっている感覚神経細胞に伝達するのです。
    痛みの受容体は皮膚や粘膜だけでなく、筋肉や骨・関節や結合組織、内臓や動脈など、からだの多くの場所に分布しています。

    痛みの伝達と抑制

    痛みを生じさせる機械的・化学的・熱などの刺激が、受容体の反応をひきおこし、電気的信号が脊髄から脳の視床へゆき、大脳皮質の感覚野にとどきます(上行性伝導路)。
    痛みの電気的信号がニューロンを伝わるスピードは、瞬間的に感じる鋭い痛みは有髄神経が担い、速度がおそくおくれてくる鈍い痛みは無髄神経の役であり、痛みの伝導路はいろいろあるわけです。
    これに対して、脳からは痛みをやわらげる指令を出す“下行性抑制路”があります。
    視床を介して伝導路が走っているので、この部分をとり囲む大脳辺縁系に影響して、不安などの気分や怖れなどの情動をひきおこします。
    1974年、国際疼痛学会が発足し、共通理解をもとめて痛みを定義する用語委員会が組織されました。そのメンバーには医学者・医師のほか心理学者も加わり、痛みは“実際の、または潜在的な組織損傷をともなう不快な感覚的、精神的な経験”と定義しました。
    すなわち痛みは単なる感覚ではなく、情動との二面性がある、とする考え方です。
    とくに日常生活での痛みは、組織損傷が原因ではない慢性痛が少なくありません。
    神経因性疼痛とよばれるのは、神経のダメージから回復したあとにつづく(帯状疱疹後神経痛など)ものであり、心因性疼痛では、身体的病因が明らかではないにもかかわらず、痛みや不快感があるのです。

    メグビーインフォメーションVol.330「人体のしくみ②情報システム - 神経系」より

  • 脳システムへのアプローチ

    脳システムへのアプローチ

    脳活動の担い手・ニューロン

    21世紀は脳の世紀といわれています。過去半世紀の間に、脳の研究は国際的に活発になりニューロン(神経細胞)やグリア細胞の姿やふるまいについても、反射や本能や思考などの生物現象を生じるメカニズムについても、基本的には明らかになりました。
    そしていま、脳研究は意識や心の理解へとむかっています。
    脳も他の組織・器官と同じく細胞でできていますが、その形態には特徴があることが19世紀末に顕微鏡によって観察されていました。
    多くの突起をもつこの細胞には、ギリシア語の“腱”や“綱”を語源とする「ニューロン」という名がつけられました。
    20世紀にはいり、電子顕微鏡が発明されると、ニューロンのつくりがくわしくわかってきました。それは今日では教科書やテレビの映像などでみるような細胞体から軸索が伸び、多くの樹状突起を備えたかたちでした(左図)。
    脳は情報処理装置といわれます。はいってきた情報を判断し記憶し、適切な行動を指令します。
    ニューロンは母親の胎内でさかんに分裂し、軸索や樹状突起を伸ばしてネットワークをつくってゆきます。ネットワークをつくれなかったニューロンはアポトーシスで除かれます。
    誕生後も脳は発達し、やがて遺伝子情報より10万倍も複雑な構造になってゆきます。
    情報は細胞体から出て軸索を通って末端へゆき、次のニューロンに渡されます。
    軸索の末端はシナプスとよばれています。この名は、つなぎあわせるという意味をもつ造語です。
    軸索を通るとき、情報は電気的な信号であり、ミエリン鞘が絶縁体としてはたらき、信号伝達速度をはやくしています。

    神経伝達物質の役割

    情報の送り手と受けとり手のシナプスの間は電子顕微鏡でなければみえないほどのすき間があります(シナプス間隙)。
    わずか50分の1マイクロメートルのすきまですが、電気信号はここでストップしなければなりません。
    そこで信号を化学物質に変えてすき間を渡します。シナプスには神経伝達物質と総称される化学物質をためておく小胞があり、軸索末端まできた電気信号によって、それがシナプス間のすき間に放出されるのです。
    放出された神経伝達物質は、情報を受けとる側のニューロンにあるレセプター(受容体)に結合すると、次の電気信号に変換されます。このように脳は、電気的信号→化学的信号→電気的信号という形式で情報を伝えるネットワークをつないでいるのです。
    神経伝達物質にはセロトニン、ドーパミン、アセチルコリン、グルタミン酸、ギャバ、アドレナリンなど多くの種類があります。
    アセチルコリンは認知症とのかかわりが指摘されており、ドーパミン不足は自閉症やパーキンソン病のリスクになります。

    脳の特性ー階層性

    ヒトの脳を外からながめると、全体を大脳皮質がおおい、その内側に辺縁系とよばれる領域があります。
    大脳皮質の機能は、痛みなどを感じる感覚野、手や足を動かす運動野、言葉に関する機能を支配する言語野、視覚野、聴覚野など、いろいろな場所に分散され、さらにそれを高次な情報として理解したり記憶したりする連合野があります。
    辺縁系には、快・不快の判断や対人的な情動を司どる扁桃体、注意やこだわりに関係する帯状回、記憶と密接な海馬があります。
    橋や延髄がある脳幹は、呼吸や血圧など生命に直結する営みの中枢です。
    動物が魚類から鳥類、哺乳類へと進化するに従って、大脳に占める辺縁系の割合は小さくなり、皮質が発達してきました。
    哺乳類では霊長類になって、脳の前のほうに前頭連合野、後ろのほうに側頭頭頂連合野が生まれました。
    ヒトの脳では連合野が大きく、大脳皮質の4分の3を占めるほどです。
    脳の構造は、38億もの年月を経た間の進化の歴史をあらわしています。外界からくる情報をキャッチして処理し行動する機能は、嗅覚にはじまり視覚が加わり、やがて聴覚や怒りや恐怖や嫌悪などの感情をもつようになりました。それが生存に有利だったのです。
    サルからヒトへの進化は爆発的だったといわれます。視覚や聴覚のほかに手指や手のひらや腕などの感覚が発達し、その周辺の顔面筋、舌唇の感覚や運動にかかわる部分に影響して豊かな表情と言語の能力を獲得することになりました。脳のつくりは機能をともなって階層的に大きくなってきたのです。

    大脳皮質の機能地図

    顕微鏡による観察にはじまった脳構造の研究は、今日では「fMRI」の開発によって、生きている状態で脳のはたらきを可視化できる段階を迎えています。
    fMRIは“ファンクショナル磁気共鳴画像診断装置”で、それまでは死後の解剖でしか得られなかった脳内の状態を、生きたヒトを対象にリアルタイムに測定することができます。これによって脳科学に新しい知識が加わってきました。

    機能単位は“コラム”

    大脳皮質の各領域を形態によって区別した有名な脳地図は、ドイツの解剖学者ブロードマンによってつくられました。その区分けは、運動や感覚や言語などの機能による区分とほぼ一致しています。
    最近、fMRIなどによってさらに細かく構造と機能の関係が明らかになってきました。
    大脳皮質は、数万個の似た性質をもつニューロンが束になった円柱状の構造が機能単位としてはたらいています。この機能単位は円柱という意味で「コラム」とよばれています。
    1個のコラムには約10万個のニューロンが詰まっており、その直径はおよそ0.5 ~1ミリメートルほどで、高さは大脳皮質の厚さと同じ2~3ミリメートルの大きさです。
    大脳皮質にはコラムが10万個ほどあるとされています。それはチームとなってはたらいているニューロン群で、6層構造になっています。
    サルに人形や人間の顔をみせるなどの実験で、視覚情報を認識するとき、側頭葉や後頭葉で機能単位となるコラム構造がみつかりました。
    より高いレベルの脳の機能も、コラム構造がつくるネットワークに担われているという考え方で研究がすすめられています。

    ヒトを人間にした脳

    脳はいろいろな機能を異なった場所に分散して処理し、それを行動につないでいます。眼からはいる情報は後頭葉の視覚野に、ついで側頭葉や前頭葉に伝えられます。聴覚情報の処理と言語理解は側頭葉、痛みなどの感覚情報は頭頂葉、運動の制御と他の領域の統合を担うのは前頭葉です(下図)。
    前頭連合野は、大脳皮質全体の3割を占めており、意欲や創造性や問題解決能力を生み出します。脳全体をコントロールし、情動を制御し、人格のもとになり“ヒトを人間にしている脳”といわれています。


    記憶と脳の可塑性

    記憶という脳のはたらきは“シナプスの可塑性”で説明されています。
    可塑性という語は“外力が加わっておこった変形(歪み)が、外力が取り去られてもそのまま残る現象”をいいます。
    記憶とは、情報を一定の期間保持するしくみであり、脳はいろいろな情報を種類ごとに各領域に貯蔵しているのです。
    記憶はニューロンのネットワークに貯えられます。シナプスでの情報伝達を強化し、新しいネットワークをつくって保持します。この変化が持続することを“脳の可塑性”といいます。
    学習で、シナプス部分の細胞のなかでシグナル伝達系の活性化が生じます。その信号は核へゆき遺伝子発現を促しタンパク質をつくらせ、新しいシナプス結合が生まれて、ネットワーク構造が変わってゆきます。
    一つの事柄の記憶に、数千から数万のシナプスで信号伝達のしやすさの変化がおこっているといわれています。

    記憶と海馬

    脳の中心の奥深く、大脳皮質におおわれた部位にある“海馬”は、記憶にとって最重要なニューロン集団です。直径1センチメートルほどの大きさですが、推定1000万個のニューロンがぎっしりとつまって並んでいます。
    整列したニューロンは2種類のグループがあって、一方が“アンモン角”とよばれ、もう一方は“歯状回”です(図参照)。
    アンモン角はさらにニューロンの性質によってCA1野、CA2野、CA3野、CA4野に分けられています。
    このなかでとくに記憶の獲得にはCA1野のシナプス可塑性が必要であり、想起(記憶をよびおこす)にはCA3野がはたらいています。
    CA1野とCA3野および歯状回はニューロンの連絡網でつながっています。
    感覚器が受けとった情報は、側頭葉へゆき、つづいて海馬へとどきます。海馬では歯状回からはいってCA3野からCA1野へという方向に一巡したのち、再び側頭葉へともどるのですが、その間に情報が仕分けられ、側頭葉で貯蔵されます。海馬には1ヶ月ほどとどまっており、再び同じ情報が回路を通るとよく記憶されることがわかりました。
    最近の研究から、このような記憶のしまい方のプロセスは睡眠中におこると考えられています。
    海馬のニューロンは、虚血や酸化ストレスに弱く死んでしまいます。アルツハイマー病では海馬から萎縮するとされています。一方で増殖する能力をもち、高齢になってもニューロンの新旧交代がみられるというのです。

    ワーキングメモリー

    記憶には30秒~数分以内に消える短期と、長期があり、長期記憶では潜在記憶と顕在記憶とがあります。
    顕在記憶は個人的なエピソードや知識のように意識的に思い出すことができるもので、歩いたり書いたりなど、いつのまにか覚えた手順などが潜在記憶になっています。
    また特徴的なワーキングメモリーとよばれる短期記憶があります。これは前頭連合野のはたらきで、外部から目や耳などを通してはいってくる情報や、からだの内部環境、過去の記憶、これからの行動予定などに関する情報のなかから意味のあるものを選んで一時的に保持するのです。いま現在の自分にとって意味のある情報だけを選び(選択的注意という)それをワーキングメモリーとして保ちつつ、次の行動を実行させる作業のための記憶です。
    前頭連合野の選択的注意やワーキングメモリーは、脳幹や中脳から軸索をのばしているニューロンから放出される、“モノアミン系”の神経伝達物質によって制御をうけています。 モノアミン系神経伝達物質にはドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンがあります。うつ病や統合失調症などの神経疾患が、選択的注意やワーキングメモリーの不調で生じます。

    メグビーインフォメーションVol.329「人体のしくみ① 思考と行動 - 脳システム」より

  • 生体リズムと健康

    生体リズムと健康

    生体の営みと時計

    日常生活において、時刻を告げる人工的な装置は、意識的な行動を決めるのに不可欠なものになっています。時間を測ることは、社会生活の基本といってよいでしょう。
    動物のからだには、時計が示す時刻とは関係なく、1日のうちで必要なとき必要な生理作用がおこるようにはたらかせるシステムがあり、体内時計といわれています。
    体内時計は、明暗や温度変化などの環境条件に対して安定で、自律的に動いています。
    日中は体温や血圧が上昇して、精神活動もさかんになり、夜は眠くなって休息へという生活のリズムが生じています。
    体内時計は、脳内の中枢と全身の細胞とが協調するシステムによって時を測り、代謝を変化させ、ホルモンの分泌を調整し、ホメオスタシス(恒常性保持)の異常を抑えます。
    前頁の「進化と体内時計」に述べたように、ヒトの体内時計中枢は“視交叉上核”にあります。そして全身の細胞の時計機能が、その支配下に統合されています(左図)。

    体内時計のはたらき

    体内で刻まれるリズムはいろいろです。
    周期の短いリズム(ウルトラディアンリズム)には、数秒が単位の心臓のペースメーカー活動や、数時間単位のホルモンの分泌などがあります。長いリズム(インフラディアンリズム)では女性の月経周期や、季節に関係する年単位のリズムもあります。
    サーカディアンリズムは、地球の自転にあわせたもので、とくにヒトの自律神経機能にかかわっています。
    サーカディアンリズムが乱れた状態は、“時差ぼけ”にみられます。
    ジェット機での海外旅行(とくに東へむかった場合)では、睡眠障害や疲労感や食欲低下、便秘・下痢や頭重、集中困難などの時差ぼけといわれる症状がおこることが知られています。
    このような症状に見舞われる原因は、日本時間の昼間に睡眠をとることになり、脳の温度が高いままで休めず、コルチゾール(副腎皮質ホルモン)や睡眠ホルモンのメラトニンなどの分泌リズムが適合しないことにあります。日常の生活習慣もまた生体リズムに影響しています。

    細胞時計のしくみ

    1個の細胞が時計としてはたらくメカニズムは、役割を担うタンパク質の量を24時間の周期で増減させることでした。
    サーカディアンリズムが異常になっているショウジョウバエから、変異遺伝子「ピリオド」が発見されたのは1971年。それから13年後の1984年には、その塩基配列が明らかにされました。
    ピリオドは、周期という意味の英語です。
    やがて遺伝子ピリオドが哺乳類でもみつかりました。
    ショウジョウバエでは「タイムレス」や「クロック」と、次つぎに発見されました。
    クロック遺伝子は、はじめマウスでみつかり、ショウジョウバエでもというように、共通の遺伝的基盤をもつことが明らかになってゆきました。
    ショウジョウバエを用いた研究で、時計遺伝子のはたらき方がわかりました。
    ショウジョウバエでは、ピリオドとタイムレス、クロックとサイクルという4種の遺伝子からつくられるタンパク質が協力してはたらいています。
    哺乳類では、ショウジョウバエのサイクルにあたる遺伝子は、「ビーマルワン(bmal1)」でした。またタイムレスにあたるのは「クリプトクローム」という遺伝子であることがわかりましたが、協同して24時間の周期で時を刻む方法は同じでした。
    表記上の約束では、遺伝子は斜体の小文字で、タンパク質は大文字とされています。clockは遺伝子でCLOCKはその発現によってつくられるタンパク質ということになります。
    CLOCKとBMAL1は、ピリオド(period)やクリプトクローム(cryptochrome)を活性化する転写因子であり、PERIODとCRYPTOCHROMEは、BMAL1.CLOCK複合体を抑制する転写抑制因子として作用します。

    フィードバック制御

    転写因子や転写抑制因子は、ゲノム上の特定の領域に結合して、DNAからメッセンジャーRNAへの転写を活性化したり抑制したりしていることをご存じでしょう。
    時計遺伝子の調節領域に、転写因子と転写抑制因子が1日の周期で交互に作用することによって、遺伝子発現のリズムが生じることになります。
    CLOCKとBMAL1 は複合体になって、periodやcryptochromeの転写を活性化し、それによって生産されたタンパク質のPERIODとCRYPTOCHROMEは、BMAL1とCLOCK複合体を抑制します。
    PERIODとCRYPTOCHROMEは、このようにフィードバック制御システムでリズムを生み出しているのです。

    睡眠・覚醒のリズム

    新生児の睡眠には、はっきりした日内周期はみられません。だんだんと昼には長く起きているようになって、1歳ごろから成人のパターンに移ってゆきます。
    ヒトはふつう、夜間に7~8時間ほど眠りますが、その間に90分ほどの睡眠周期が4~5回繰り返されます。睡眠周期は睡眠単位ともいわれ、レム睡眠とノンレム睡眠でつくるサイクルです。レム睡眠(REM)とは急速眼球運動のことで、睡眠状態のまま眼球が動いています。全身の筋肉は力が抜けていて、眼球を動かす筋肉だけがはたらいています。このときの脳波は目覚めている状態に似ています。
    ノンレム睡眠では脳が眠っており、深さによって1から4の段階があります。
    ひと晩に繰り返される睡眠周期のうち、段階3や4の深いノンレム睡眠は最初にあらわれており、後半ではノンレム睡眠は浅く、レム睡眠の時間が伸びてきます。
    哺乳動物の脳では、レム睡眠、ノンレム睡眠、覚醒状態のそれぞれの中枢が存在しています。
    サーカディアンリズムの中枢からシグナルが発信されて、覚醒中枢を支配します。覚醒中枢は2種類の睡眠中枢を使いわけて、大脳を休息させたり筋肉を休ませたりして、日中の活動に備えるよう進化したと考えられています。

    ホルモン分泌との関係

    夜間の休息と日中の活動を保障するように、自律神経系や内分泌システムがはたらきます。睡眠中は血圧や体温が下がり、いろいろのホルモン分泌のパターンが変化します。
    タンパク合成や糖新生や免疫反応の抑制作用をもつACTH(副腎皮質刺激ホルモン)やコルチゾール(糖質コルチコイド)の分泌は、夜間睡眠中に最低となり、睡眠後半から起床にむけて増加しはじめ、正午ごろにピークに達します。
    タンパク合成を促し基礎代謝をすすめる甲状腺をはたらかせるTSH(甲状腺刺激ホルモン)は、夜間の睡眠開始直前に高くなり、朝方には急激に低下します。
    ノンレム睡眠は成長ホルモンの分泌をすすめ寝入りばなにピークになります。
    レム睡眠は、ACTHとコルチゾールの分泌をすすめます。
    日中はほとんど分泌されず、夜間にピークを迎えるメラトニンは“睡眠の門をひらくホルモン”といわれています。
    実験によって、メラトニン分泌が不足すると中途覚醒が多くなり、睡眠の質は低下することがわかりました。
    高齢者におこってくる不眠などの睡眠障害の一因として、メラトニン分泌の低下が考えられています。
    入眠の条件のひとつに体温の低下がありますが、メラトニンには体温低下作用があるとされています。
    体内時計の中枢である視交叉上核には、メラトニンの受容体があるので、直接に入眠を開始させます。メラトニンは、アミノ酸トリプトファンからセロトニンを経て合成されます。

    メグビーインフォメーションVol.328「生命活動と生体のリズム」より

  • 細胞機能を支える脂質

    細胞機能を支える脂質

    生命のはじまりと脂質

    すべての生物の生命史をさかのぼると、同じ祖先にゆきつくといわれています。共通の祖先である“始原細胞”は、原始地球での周囲の環境から隔離された内部環境をもつ必要がありました。ポリペプチドや核酸などの高分子を囲いこみ、やがて触媒機能をもつタンパク質や、遺伝情報の保存と伝達を担うRNA・DNAが合成されて、自己増殖が可能になっていったのです。
    その囲いこみは、単位膜でできたシャボン玉のような状態でした。
    単位膜は、現在の細胞膜から考えて、脂質二重層の膜だったといわれています。
    細胞膜は、細胞の形をつくり、内部のタンパク質などを外へ逃がさない囲いであるばかりでなく、外界から積極的に物質をとりこんだり、反対に不用物は排出したりという機能を備えていますが、それは進化のプロセスで獲得されてゆきました。
    生命のはじまりにおいて、脂質は必須の物質でした。それは多くの脂質がもっている“両親媒性”という化学的特性の活用でした。

    リン脂質の二重層

    両親媒性とは、水溶性と疎水性(脂溶性)の両方の性質をもつという意味です。
    両親媒性の分子は、その構造のなかにそれぞれの性質を示す部分をもっています。
    細胞の内と外とは水溶液なので、水溶性の頭部を外側にして、疎水性部分を内側に置く二重層のかたちがもっとも安定しているのです。
    グリセロールに、2個の脂肪酸と1個のリン酸をふくむ小分子が結合した“リン脂質”が、細胞膜の基本構造になっています。
    リン酸には通常コリン、エタノールアミン、セリンなどの窒素化合物が結合しており、親水性部分になっています。脂肪酸の炭素鎖の部分が疎水性です。
    リン脂質は水中で3種類の構造をつくります。いずれも疎水性部分(図中に2本の足であらわされている)が集まり、水に接しないようになっています(左図)。
    図の(α)は水の表面にできる単層膜で、(b)はミセルの状態です。(c)はリポソームといわれ、細胞膜や細胞小器官を構成する膜(生体膜)の基本構造です。
    脂質は、生体膜の構成材料という役割のほかにエネルギー源でもあり、また最近の研究が明らかにしつつあるように、脂溶性のシグナル分子として、代謝の制御などの細胞機能にかかわっています。

    脂溶性シグナル分子

    脂溶性のシグナル分子には、第一によく知られているステロイドホルモンがあります。
    ステロイドホルモンはコレステロールを原料にして合成され、そのなかまに副腎皮質ホルモンや性ホルモンがあります。
    副腎皮質がつくり分泌するホルモンには、コルチゾールなどのグルココルチコイドと、アルドステロンなどのミネラルコルチコイドがあり、前者は糖代謝に、後者はナトリウム・カリウムの代謝にかかわっています。コルチゾールは抗ストレスホルモンとも呼ばれることをご存じでしょう。
    性ホルモンは、卵巣、精巣および胎盤で合成されます。
    ステロイドホルモンは、細胞質内の受容体に結合したのち、核内へ移行して遺伝子の発現を制御し効果をあらわします。
    コレステロールからは胆汁酸もつくられます。胆汁酸は、脂肪の消化吸収を助けるほか、その誘導体が細胞膜上の受容体を介して免疫細胞マクロファージのはたらきを調節しています。
    ステロイドホルモンと同じように、核内受容体に結合して生理作用をあらわすのが脂溶性ビタミンA・Dで、遺伝子の発現を転写レベルで制御します。
    同じく脂溶性ビタミンのうち、ビタミンEは酸化ストレスに対抗する生体内抗酸化ネットワークの中心に存在し、ビタミンKは血液凝固や骨代謝での共同因子としての役割をつとめていますが、現在のところ核内受容体は発見されていません。
    ビタミンEの抗酸化作用は、生体膜のリン脂質を過酸化から守って、細胞機能を支えています。

    細胞内のメッセンジャー

    細胞膜リン脂質は、細胞内での情報伝達にも役割をもっています。多彩なセカンドメッセンジャーが酵素作用によってつくり出されているのです。
    セカンドメッセンジャーとは、ある場所で受けとったシグナルを細胞内の他の分子に二次的に伝達する物質をいいます。
    外からのシグナルが、リン脂質にはたらきかける酵素によって細胞内のシグナルへと変換されて、細胞の機能をひき出すわけです。
    情報変換酵素グループは、リン脂質を分解したり、その代謝産物にリン酸をつけたりとり去ったりして、さまざまなセカンドメッセンジャーやタンパク質のバイオモジュレーターをつくり出しています。
    バイオモジュレーターとは、タンパク質に結合して、その活性や機能を制御する物質を総称していう語です。
    リン脂質シグナル伝達経路は、タンパク質との相互作用によって、細胞増殖やアポトーシスまでにかかわっていますが、さらに多彩なはたらきをみせるのが“脂質メディエーター”です。

    脂質メディエーター

    風邪の発熱や頭痛、炎症などに日常的にひろく用いられている“非ステロイド性抗炎症薬”は、プロスタグランディン(PG)やロイコトリエン(LT)などの脂質メディエーターの生合成をさまたげることで薬効をあらわします。
    PGやLTは、細胞膜リン脂質からとり出したアラキドン酸からつくられ、多彩な生理活性を示します。
    非ステロイド性抗炎症薬には、解熱鎮痛や炎症の抑制のほか、抗血栓や抗腫瘍などの作用があるものの、一方で消化性潰瘍を悪化させたり、腎機能を低下させたり、ときには心血管系障害のリスクが増大するなど、複雑につながりあった脂質メディエーターの実体があるのです。
    生体の合目的的な営みでは、生命活動をすすめる機能に、適切なブレーキ役が用意されていることが少なくありません。
    アラキドン酸からつくられるメディエーターは炎症とのかかわりがよく研究されてきました。最近、アラキドン酸の代謝物のなかに“リポキシン”のように抗炎症作用をもつものがあることがわかってきました。
    アラキドン酸は“n.6系高度不飽和脂肪酸”ですが、“n.3系高度不飽和脂肪酸”であるエイコサペンタエン酸やドコサヘキサエン酸からも炎症を制御するメディエーターがつくられて、炎症を終わらせるようにはたらくのです。

    リゾリン脂質

    レシチン(ホスファチジルコリン)のようにグリセロールをもつリン脂質が、酵素によって分解されると、脂肪酸が切りとられたあと“リゾリン脂質”が生じます。
    リン脂質からアラキドン酸が切り出されると、その数だけリゾリン脂質が残ることになります。
    もともとのリン脂質は、2本の脂肪酸の足で生体膜にしっかりつなぎとめられていますが、足が1本になったリゾリン脂質は生体膜からはなれて他の膜へと移ってゆきます。そこでリゾリン脂質は、細胞から細胞へのシグナル分子としてはたらくことができるのです。
    生体内でもっとも多いリゾリン脂質がリゾレシチンですが、微量に存在するリゾリン脂質があり、その生理活性がわかってきました。
    それが血小板活性化因子(PAF)やリゾホスファチジン酸(LPA)です。
    PAFは、急性のアナフラキシー(Ⅰ型アレルギーで、抗原抗体反応の結果、循環不全や粘膜浮腫、呼吸困難、顔面紅潮などの症状がおこる)や気管支ゼンソクや骨粗鬆症(破骨細胞の寿命をのばして骨吸収をすすめる)とのかかわりがあり、LPAは細胞増殖をすすめ、アポトーシスを抑制、細胞の運動性を高め血管の形成や毛包での育毛にもかかわっています。

    メグビーインフォメーションVol.327「生命活動と脂質ワールド」より

  • 代謝システムを支える

    代謝システムを支える

    炭素と水と糖

    炭素原子(C)は、有機化合物に必ず含まれる原子であり、人体を構成する元素としては、酸素に次いで多く存在しています。
    植物や動物や微生物がつくって、自己の体成分にしているものが有機化合物です。そのなかでもっとも量の多いのが植物がつくる“炭水化物”です。
    炭水化物とは、炭素に対して水素と酸素とが水と同じ2:1の割合で化合した分子で、化学式ではC+H2O、すなわち「CH2O」が基本になります。
    基本のCH2Oはホルムアルデヒドで、“シックハウス症候群”の原因として知られる物質ですが、これは糖のなかまにははいっていません。
    糖とよべるのは、分子のなかにヒドロキシル基(.C.OH)とカルボニル基(.C=O)の両方があるという条件があるのです。
    この条件から、もっとも簡単な糖は炭素が3個の三炭糖、4個の四炭糖、5個の五炭糖、6個の六炭糖、7個の七炭糖ですが、8個以上は存在しません。
    炭素数の多い糖は分子内のヒドロキシル基とカルボニル基とが反応し結合して環状になるものがあり、左図のように五角形や六角形につながります。6個の原子(炭素5個と酸素1個)でできる環を六員環といい、ブドウ糖(グルコース)がその典型です。
    同じように5個の原子がつくるのが五員環です。DNAやRNAの構成要素である“リボース”や“デオキシリボース”は五員環です。
    一般に炭素数が4以上の単糖は、環状構造をとることで安定するのです。
    単糖は、糖の基本単位であり、炭水化物は単糖あるいはその結合した化合物なので糖質といわれます。
    糖質は、分子のなかの単糖の数によって、オリゴ糖(少糖)や多糖に分けられています。
    単糖どうしはお互いのヒドロキシル基で脱水結合します。この結合は“グリコシド結合”といわれます。
    2~ 10分子の単糖がグリコシド結合したものがオリゴ糖で、そのうち単糖2分子のものを二糖といいスクロース(ショ糖)やマルトース(麦芽糖)、ラクトース(乳糖)、トレハロースがあります。
    多数の単糖がグリコシド結合して多糖がつくられます。単糖が1種類の場合は“ホモグリカン”といい、デンプンやセルロース、グリコーゲンなどがあります。
    2種以上の単糖がつくる多糖は“ヘテログリカン”で、動物のグルコサミノグリカン、海藻の多糖や植物細胞壁のヘミセルロース、コンニャクのグルコマンナンなど多くの種類があります。ヒトはこれを消化吸収できないので栄養素とはならず、食物繊維に分類されています。

    エネルギー代謝・物質代謝

    農耕時代になってから、人類の主要なエネルギー供給源は穀物のデンプンになりました。
    コメ、イモ、ムギ、トウモロコシなどのデンプンが食用になりました。

    生体用のエネルギー物質ATPは、細胞質と小器官ミトコンドリアとで、解糖系およびTCAサイクル(クエン酸サイクル)とよばれる代謝システムによって生産されます。
    そのとき出発点のグルコースは、1分子が完全に分解されると38分子のATPへと変換されます。
    この経路には、エネルギー産生だけでなく、多くの細胞構成成分合成への基材提供という効用がともなっています。
    グルコースは、生体にとってとても便利な物質です。他のすべての糖質に転換することができるばかりでなく、脂質、核酸やアミノ酸(必須アミノ酸を除く)の合成に役立てられるのです(上図)。
    解糖系とTCAサイクルの中間で生成するピルビン酸は、血糖値が高いとアセチルCoAを経てコレステロールや中性脂肪や一部のアミノ酸(グリシン、アラニン、セリン)に変換されます。血中のグルコースレベルが低いとオキサロ酢酸に変換し、糖新生にもアミノ酸(アスパラギン酸など)の合成にも使われます。
    糖の相互転換が、図中の五炭糖回路とよばれる代謝システムで行われており、また肝臓は筋肉のタンパク質分解で供給されるアミノ酸からグルコースをつくることができる仕組みなので、“必須糖質”というものはありません。とはいっても糖新生にはATPが多量に消費されるので、栄養素として食物から摂取して低血糖を予防することが合理的です。

    炭水化物の摂取基準

    糖質のほかに脂肪やタンパク質もエネルギー源になりますが、脳や赤血球や激しい運動時の骨格筋などではグルコースしか使いません。
    1日のエネルギー消費をまかなうのに、成人の場合、その50 ~ 70%を炭水化物からというのが“食事摂取基準”で示されています。
    脂肪と比較して炭水化物は“食事誘発性熱産生”が大きいので、肥満になりにくいことが知られています。
    グルコースを過剰に摂取した場合、肝臓内で余剰の分を脂肪に変えたのち、血中に出し脂肪組織へ運んで貯蔵します。ちなみにその反対の反応すなわち脂肪から糖への転換はおこりません。
    グルコースから脂肪への転換は解糖系と五炭糖回路との連携でおこり、16分子のグルコースから1分子のパルミチン酸が生じます。
    肝臓は摂取されたグルコースをグリコーゲンに変えて貯蔵し、血糖値が下がると分解し放出します。

    血糖値とインシュリン

    脳がグルコースに依存しているので、空腹時でも血糖値は60mg / dl以上に維持されていなければなりません。
    空腹時にふつうの食事をすると、血糖値が上昇します。60 ~ 90mg / dlほどの血糖値は、1時間後に120まで上昇します。そして2~3時間後には元の状態にもどります。この1~3時間の間に糖質が消化吸収されたわけです。
    糖質の分解で生じたグルコースは、門脈から肝臓へゆき、グリコーゲンに合成されますが、血糖値が110以上になると、膵島β細胞がインシュリンを分泌します。
    インシュリンは、筋肉細胞が用意しているトランスポーター(グルコース輸送酵素 GLUT4)に作用して、細胞内へのグルコースのとりこみとグリコーゲン合成を促し、血糖値を通常の範囲までもどします。
    膵臓はつねに血糖値をモニターしており、わずか10 ~20mg / dl程度の血糖変動も見逃しません。
    血中のグルコースが増加すれば、膵臓はすばやくインシュリンを分泌するのです。
    血糖値が下がってくれば、インシュリン分泌量を減らすのですが、そのときかりに骨格筋のグルコースとりこみや膵臓の糖新生抑制が不じゅうぶんな状態では、代償性のインシュリンの過分泌になってしまいます。それによって血中のインシュリンは過剰になるでしょう。
    インシュリンの作用は脂肪酸合成をすすめたり、交感神経のはたらきを高めたり、血管平滑筋を増殖させたり、尿酸の排出量を減らしたりなどで、そのはたらきが高まれば、脂肪肝や高脂血症や高血圧、高尿酸血症などのいわゆるメタボリックシンドロームをひきおこすもとになります。
    インシュリン分泌は正常なのに、臓器が応答しない状態は“インシュリン抵抗性”とよばれています。それが肥満や運動不足、ストレス、アルコールの多飲などが原因で生じてくるといわれているのです。
    脂肪組織から分泌される“インシュリン感受性アディポサイトカイン”は、肥満によって減少し、インシュリン抵抗性を招きます。

    グリセミックインデックス

    糖質を摂取したときの血糖上昇の度合を示すのに血糖上昇指数(グリセミック・インデックス GI)が用いられます。
    同じ熱量をもつ糖質でも、誘導されるインシュリンの分泌のしかたがちがい、血糖の上昇も同様にはおこりません。
    砂糖やブドウ糖を100として、いろいろな食品で比較した数値は、白米では70 ~ 79%、白パンは60 ~ 69%、ソバは50 ~ 59%、パスタやオートミールは40 ~ 49%などと報告されています。
    また同じ食品でも調理方法でGIは変わるので厳密な数字ではなく、また同時に摂取された酢や脂肪やダイズ食品はGI値を下げるとされています。
    穀類は、精製度が低く食物繊維が多いほどGI値が下がります。
    グリセミックインデックスは、糖尿病発症のリスクを低下させる食生活に応用されますが、筋肉のグリコーゲン蓄積を目的にするスポーツ栄養ではGI値の高い食品が選ばれ、すすめられています。

    第3のバイオポリマー

    複合糖鎖

    鎖状につながった生体高分子といえば、DNAやタンパク質を考えるのがふつうです。どちらも遺伝という生物現象を担う実体として認識され、研究が積み重ねられて、その情報は現代の常識としてひろく一般の人々にも浸透してきました。
    タンパク質ではアミノ酸、DNAはヌクレオチドが構成の基本単位で、それぞれが固有の結合によって鎖状構造をつくっていることも知られています。
    DNAは遺伝情報を貯え、その発現がタンパク質という機能分子となって、細胞に生命を与えています。
    しかし遺伝情報だけでは、細胞機能は実現しません。細胞は内外の情報を受容し処理して、複雑な代謝ネットワークをはたらかせ、細胞間の連絡や臓器間の連携をはかり個体を維持しています。
    多細胞がつくる個体では、細胞間や臓器間の協調がはかられなければなりません。細胞膜上にはシグナルの受けとり手として糖鎖をもつタンパク質や脂質が多数配置されています。その種類や量は細胞によって異なっていて、それにより細胞のはたらきが制御されて細胞社会の秩序をつくっているのです。
    この糖鎖は2種類以上の単糖で構成されており、“複合糖鎖”といわれます。
    複合糖鎖は複合糖質ともいわれます。構成する糖は、グルコース、マンノース、ガラクトース、フコース、シアル酸、アセチルグルコサミン、アセチルガラクトサミン、キシロース、グルクロン酸などで、枝分かれ構造をとることが少なくありません。
    従来、グルコースを中心にすすめられてきた糖の化学は、やがて複合糖鎖へとむかいました。
    糖タンパク、糖脂質、プロテオグリカン、ペプチドグリカンなどが細胞膜や細胞外マトリックスの構成成分となり、細胞機能に欠かせない重要な役割をつとめ、糖鎖はいまや“第3の生命鎖”とよばれるようになりました。

    糖鎖で修飾する

    糖鎖は細胞小器官小胞体とゴルジ装置でつくられ、膜タンパクや分泌タンパクや脂質やプロテオグリカンの修飾因子として細胞外に出されます。
    糖鎖は“糖転移酵素”とよばれる酵素のなかまがつくります。
    糖鎖に組みこまれている単糖の基本はグルコース、マンノース、ガラクトースで、この3種類の糖がヌクレオチドと結合したもの(糖ヌクレオチド供与体)から移されて、タンパク質などに付加したり、糖鎖を伸ばしたりしています。
    糖ヌクレオチドは細胞質で合成されて、小胞体やゴルジ装置のなかに運ばれます。細胞質から運びこむための輸送体があり、これは常にはたらいています。
    糖ヌクレオチドの運びこみが不足すると、細胞は不完全な糖鎖をつくってしまい、正常なはたらきができなくなってしまいます。
    糖鎖の構造が変化すると、細胞間接着や免疫応答、細胞内シグナル伝達などに大きな影響を生じることがわかってきたのです。
    細胞の発生・分化やガン化にともなって糖鎖が変化します。
    アルツハイマー病では、タウタンパクの糖鎖に転移の過剰が見出されています。また長期の大量アルコール摂取では、血中に糖鎖の欠損したトランスフェリンが生じており、これがアルコール依存症の指標になっています。

    糖タンパク質

    親水性の高い糖鎖をもつことによって、タンパク質の構造が安定します。
    糖鎖はまた、分解酵素プロテアーゼの攻撃を受けにくくしています。
    免疫抗体や酵素などが相手を識別するとき、糖鎖が目印になっている場合が少なくありません。シグナル分子のホルモンやサイトカインも同じように糖鎖への親和性によって受容体を選び出しています。
    合成されたポリペプチドが、細胞内小器官に運ばれたり、分泌されて他の組織・器官に輸送されたりするとき、行き先を認識するのも糖鎖です。
    結合組織成分のプロテオグリカンは、グルコサミノグリカンという二糖単位の繰り返し構造と硫酸などを含む独得な構造により粘性に富み、軟骨などにふくまれています。これは基本的には糖タンパクですが、糖鎖が主体という意味でこの名でよばれています。

    活性酸素の作用

    糖鎖や多糖は、活性酸素により変性したり分解されたりします。
    ヒドロキシルラジカルは、糖を構成する炭素から水素を引きぬき、つづく反応で糖鎖が切断されてしまいます。
    放射線や炎症によって生じる活性酸素は、糖鎖を切断して、粘度を低下させたりガン細胞の転移や浸潤にかかわったりすることになります。

    メグビーインフォメーションVol.326「生命活動と糖質・糖鎖」より

  • タンパク質の形と機能

    タンパク質の形と機能

    複雑な分子の構造

    19世紀のはじめまでに、人類はさまざまな物質が分子でできていることを知っていました。生物も例外ではなく、多種類の分子の相互作用によって生命現象がつくり出されていることを20世紀の研究が明らかにしました。
    分子の性質やふるまいを追求する物理学や化学によって、生物をつくっている物質について多くの知識が集積しました。
    生物だけがもつ分子としての遺伝子の本体を「分子生物学」が明らかにし、生物らしさを演ずる主役としてのタンパク質分子の構造や機能に「構造生物学」が迫っています。
    生物のからだは、細胞を単位として成りたっています。
    細胞には、“生体高分子”といわれる核酸やタンパク質や脂質や糖のいろいろが所属していて、内部環境をつくるベースである水分子集団のなかでダイナミックに作用しあい変化しています。
    遺伝子は、親から子へ伝える遺伝情報を蓄えており、DNA分子に組みこまれています。そこでDNAという核酸分子は“情報分子”とよばれ、遺伝情報をもとに細胞内で合成されるタンパク質は、細胞のなすべき仕事を実行するので“機能分子”といわれています。
    生体内のタンパク質は、自律的に決まった立体構造につくられます。その形・構造に仕上ることがはたらきを保障する条件なのです。
    タンパク質分子の立体構造をみるには「X線結晶構造解析」という技術がつかわれます。
    タンパク質分子を精製し結晶にして、これにX線を照射します。結晶から出てくる回折光をコンピュータ処理すると、その分子を構成している原子の位置がすべてわかり、それが機能の解明につながっています。

    生命科学の領域

    生命現象は、細胞という場がなければ成りたちません。従って「細胞生物学」が研究分野の中心に存在するのは当然といえましょう。
    上図にみるように、生命理解への研究領域は分子レベルでの分子生物学や生物物理学や構造生物学、組織や個体レベルでの生理学や免疫学などが、つながりながら発展してきました。
    生きることの物質的基盤を保障するのは“食”であり、栄養学も生命科学の領域に位置していなければなりません。タンパク質を重視する三石栄養学は歴史の必然として生まれました。

    “かたち”と“はたらき”

    食物成分のデンプンやタンパク質は高分子化合物で、そのままでは吸収されません。消化酵素によって適当な大きさの分子に分解されます。
    炭水化物は最終的にブドウ糖などの単糖に、タンパク質はアミノ酸にという具合です。
    消化だけでなく、分子の特定の部分を分解して生理活性物質に変換させるはたらきをする酵素もあります。
    酵素による分解では、目標の分子を選んでしっかりと捕えます。切断する部位を定めて反応するための位置関係が、立体構造によって用意されているのです。
    呼吸も生存に欠かせません。個体は肺呼吸によって大気中の酸素をとり入れ、細胞に供給します。酸素は生体用エネルギーづくりの効率を保つために必要だということをご存じでしょう。
    酸素を運ぶタンパク質が、ヘモグロビンとミオグロビンです。
    ミオグロビンは、最初に立体構造が決定されたタンパク質で、ヘム鉄をもっています。
    ヘム鉄の中心にある鉄イオンが酸素分子を結合します。
    ヘモグロビンはミオグロビンから進化したと考えられており、ミオグロビンに似た構造のサブユニットが2分子ずつ集まった4量体になっています。
    酸素が多い環境ではヘモグロビンもミオグロビンと同じように酸素を結合しますが、酸素が少ない(酸素分圧が低いという)ところでは、1個のサブユニットのヘム鉄から酸素を手ばなしてしまいます。すると残りのサブユニットの立体構造が変化して、酸素がはなれやすくなります。肺では酸素分圧が高いので、4個のサブユニットのヘム鉄の全部が酸素を結合します。
    末端へゆくと細胞の酸素分圧が低いので、ミオグロビンへ酸素を渡します。細胞内での酸素運搬はミオグロビンが受けもち、大量に酸素を運ぶヘモグロビンとの連携で呼吸のしくみを維持しているのです。

    DNAとタンパク質

    DNA分子の構造単位はヌクレオチドです。ヌクレオチドはリン酸と糖と塩基の結合物で、直鎖状につながっています。その2本が向きあって塩基で手をつなぎ縄ばしごのかたちになっています。
    縄ばしごをジッパーのように開くと、塩基の配列があらわれ、その並び順がアミノ酸を示す暗号になっています。
    次々とあらわれるアミノ酸配列に従って、転写と翻訳という手つづきを経てタンパク質が合成されます。
    転写とは遺伝情報を写しとる作業で、その情報によってアミノ酸を1個ずつ選んでつないでゆくのが翻訳というプロセスです。
    タンパク質を合成する装置はリボゾームという小器官です。
    アミノ酸どうしはペプチド結合とよばれる結合でつながれて、ポリペプチドになります。
    アミノ酸をつないだポリペプチドは、タンパク質の一次構造といわれます。
    ポリペプチドは、並んだアミノ酸の性質から自然にらせん状や折り返す平面的なシート状などの形になります。これを二次構造といいます。
    二次構造はいろいろに組みあわせられて複雑な立体構造(三次構造)をつくります。
    タンパク質は、生触媒(酵素)として代謝の進行役になったり、情報伝達を担ったり、物質を輸送したり、細胞骨格などの構造資材になったりと、多様な機能を発揮しますが、三次構造をとることでそのはたらきが生じているタンパク質が少なくありません。ポリペプチドが折りたたまれて三次構造をとることを折りたたみ(フォールディング)といいいます。
    なかにはいくつかの三次構造をサブユニットとした四次構造をつくるものもあります。前述のヘモグロビンは、αとβそれぞれのポリペプチドを2本ずつのサブユニットにした四次構造というわけです。
    フォールディングによって、分子の表面には凹凸が生じます。この凹凸が他の分子と相互作用することを可能にし、タンパク質の機能のもとになっているのです。

    形をつくる

    自発的におこるタンパク質のフォールディングは、水をきらう(疎水性の)アミノ酸を分子の内部に集めるようにおこります。
    タンパク質の構成材料であるアミノ酸は20種類ですが、それぞれが異なる化学的性質をもっています。疎水性を示すものもあり、水になじむ親水性のものもあります。
    細胞の内部(細胞質)は水分子に満たされているので、タンパク質の表面は親水性でなければ不安定になってしまいます。疎水性アミノ酸は同じ性質のなかまどうしが集ったクラスターをつくるので、これを内部に囲いこむような構造に仕上げるのがつごうがよいのです。
    次の問題は、折りたたまれたポリペプチドがほどけないように、とめておく工夫です。それがアミノ酸システインの間でつくられる“ジスルフィド結合”です。
    これは含硫アミノ酸であるシステインにあるイオウ原子どうしの共有結合で、S.S結合ともいいます。
    S.S結合は、活性酸素の標的になりやすく、それによってタンパク質の本来の構造が破綻すると、機能を果せない変性タンパクになってしまいます。

    分子シャペロン

    疎水性アミノ酸が集合する性質(疎水性相互作用)は、水環境である細胞内では不安定です。
    フォールディングする以前のポリペプチドでは、疎水性アミノ酸が近くにくればたやすくくっつきあって不良品になってしまいます。
    フォールディングに失敗したポリペプチドは同じようなミスフォールドのポリペプチドと集合し凝集をおこします。
    このような事故を防ぐためにはたらくのが分子シャペロンとよばれるタンパク質です。

    ストレスタンパク質

    ミスフォールドの原因となる疎水性アミノ酸のクラスターをみつけて、その作用を封じこめ凝集を阻止するタンパク質グループがあります。このグループが“分子シャペロン”の名でよばれるなかまです。
    この命名は、タンパク質が正しく成熟するように手助けするという意味をあらわしています。
    分子シャペロンは、変性状態になったタンパク質を修復し、フォールディングのやりなおし(リフォールディングという)もしています。
    タンパク質の立体構造は強固なものではなく、時間とともに少しずつこわれ変性しています。
    分子シャペロンが修理に向かわないと、変性タンパクは分解システムに回され、アミノ酸にした後、再利用というコースをたどります。
    修理と分解を使い分けて細胞内のタンパク質の品質管理をすることで、細胞の仕事(代謝や運動など)が維持されているのです。
    分子シャペロンは、つねに細胞内ではたらいています。同じような機能をもっていて、細胞がストレス状態になると誘導されるタンパク質があり、“ストレスタンパク”とよばれています。
    ストレスタンパクは、はじめ熱ショックタンパク質として報告されましたが、やがて重金属や毒物、低酸素、グルコース欠乏、虚血、酸化ストレスなどでもすばやく誘導されることが明らかになりました。
    熱はタンパク質を変性させ凝集させます。通常より高い温度にさらされると、細胞内の水分子の運動がはげしくなります。タンパク分子を構成する原子の運動もさかんになって、安定していた立体構造がくずれ、疎水性クラスターが分子表面に出てしまい、凝集をおこします。
    細胞はいろいろのストレッサーによる傷害を防ぐ手段として、防御用タンパク質をつくっているのです。

    ストレス応答のしくみ

    虚血のあと再灌流によって細胞死がおこることが知られています。
    ラットを用いた実験で、30分間の虚血で細胞死を生じるのが、あらかじめ5分間の虚血という状態にしたのちに同じ実験をした場合、細胞死はおこりませんでした。
    虚血ばかりでなく、熱ショックの場合でも弱いストレスにさらすという処置によって、おこると予想された傷害を免れるのです。
    この現象は“ストレス耐性”といわれ、ストレスタンパクの誘導によるものでした。
    ストレスタンパクがつくられ蓄積されていると、次にくる強いストレッサー(ストレスをひきおこす原因)に対して耐性を備えるのです。
    ストレスタンパクを誘導するしくみ(ストレス応答)は、生物進化のはやい時期から獲得されたと考えられています。
    DNA上には、ストレスタンパク遺伝子の転写因子が結合する塩基配列の領域があります。この転写因子(HSPとよばれる)は、ふだんは分子シャペロンによって手を封じられて存在しており、大きなストレッサーが襲うと離されて核へゆき、ストレスタンパク遺伝子を発現させます。
    ストレスタンパクにより危機が回避されると、余分なストレスタンパクはHSPに結合します。
    するとHSPの作用が抑えられてストレスタンパクづくりが減退することになります。
    遺伝子発現では、遺伝情報と産物であるタンパク質の間は、“フィードバック機構”によって制御されています。ストレス応答にもフィードバック制御がはたらいているのです。

    膜タンパクファミリー

    細胞は、細胞膜で囲まれて外部環境から独立したスペースを維持し、そのなかで生命現象をつくり出しています。
    細胞膜は、リン脂質の親水性の頭部を水に接する側に、疎水性のしっぽを内側に配列した二重の層でつくられています。これは“生体膜”という基本の構造で、細胞内の小胞体やミトコンドリアなどの小器官にも共通しています。
    細胞膜は物質の透過を制御する役をします。酸素や二酸化炭素やベンゼンなどの小さくて疎水性の分子は脂質二重層に溶けやすいのですばやく膜を透過し、水やエタノールもかなりはやく通ります。しかしグルコースやイオンは通ることができません。
    生体膜のリン脂質二重層には、いろいろのタンパク質が存在しており“膜タンパクファミリー”とよばれています。
    膜タンパクは、膜の表面にくっついている表在性もあれば、二重層をつきぬけているものもあります。貫通のしかたも一度だけであったり1本のポリペプチド鎖が何回も繰り返していたりとさまざまです。
    上の図は、グルコースを細胞内へとりこむ役をしているグルコーストランスポーターで、膜を12回も貫通し、ポリぺプチドの両端を細胞内に出しています。
    膜を貫通している部分が、グルコースを認識し通過させるための構造になっているのです。

    膜タンパクの機能

    膜タンパク質の多くは、物質の輸送を受けもつトランスポーターやイオンを通過させるチャネル、細胞外からのシグナルをキャッチして細胞内へ伝達するレセプターとしてはたらいています。
    トランスポーターは、細胞内で生じた不用物の排出もしています。
    細胞内外だけでなく、細胞小器官の間のやりとりのためにも、それぞれの膜には必要なトランスポータータンパクが配置されています。
    ミトコンドリア内膜にはピルビン酸やADPをとりこむものやATPを運び出すためのトランスポーターがあります。
    細胞の内と外とでは、カルシウムやナトリウムなどのイオンの濃度に大きな差があり、その勾配の変化によって電気シグナルを伝達したり、化学シグナルとして多くの酵素を活性化して、代謝や運動や遺伝子発現などの生理機能を調節したりしています。
    イオンを通過させるチャネルは、膜タンパクの貫通部位でつくられた親水性の小孔です。
    イオンチャネルは特定のイオンだけを通す選択性をもち、ゲートを備え開閉することによって流れを調節しています。
    細胞は、インシュリンなどのホルモンや、アセチルコリンなどの神経伝達物質、あるいは成長因子やNO(一酸化窒素)など、さまざまなシグナル分子をレセプターで受容します。レセプターの種類を揃えてもつことで、細胞はそれぞれの専門機能を果しているのです。

    メグビーインフォメーションVol.325「生命活動とタンパク質」より

  • 心血管システムの加齢変化

    心血管システムの加齢変化

    細胞社会のライフライン

    多細胞動物は、構成員である各細胞の要求に応じて物質と酸素を供給するための生命線として“循環のシステム”を備えています。
    循環のシステムは、特殊な筋肉でつくられたポンプ(心筋)で連絡する二種類のサブシステムで成りたち“心血管系”とよばれています。
    心血管系は、各細胞にグルコースやアミノ酸などの栄養物を分配する一方、組織に生じている不用物や異物を回収して、その処理器官へ輸送します。これが細胞を養う条件であることはいうまでもありません。そしてもっとも多量に運搬し、休みなく細胞へとどけられているのが酸素で、その仕事をこなすしくみが肺循環と体循環がつくるライフラインです。
    酸素の供給が停止した状態(虚血)は、細胞が生きるための生体エネルギー物質ATPを欠乏させます。生体の需要に見合ったATPを得られないと、細胞内外のイオン濃度を調整する装置(ポンプやチャネルなどの名でよばれるタンパク質)が不調になり、細胞内のCaイオン濃度が上昇します。
    Caイオンの上昇は、タンパク質やリン脂質の分解酵素をはたらきすぎに追いこみ、細胞は傷害を受けることになります。
    虚血により、脳や心筋や肝臓などの器官に障害が生じます。とくに酸素の消費速度がはやい脳のダメージが知られています。
    脳は、あらゆる臓器中、虚血でのATP減少速度がもっともはやいのです。
    心筋は休まず収縮・弛緩をつづけなければなりません。ATPの90%がそれにあてられています。心臓の拍動は生理状態に応じて変化しますが、最大では脳の消費速度をはるかに超えており、虚血は心筋の拍動を弱めてしまいます。
    肝臓は仕事のレパートリーが多く、大量にATPを消費するタンパク質合成、グリコーゲン合成、アンモニア解毒での尿素の生成、胆汁の分泌などの代謝のどれかがつねにはたらいています。肝臓はグリコーゲン(グルコースの貯蔵型)を蓄えていますが、自分自身のためには使えません。すなわち酸素を必要としないエネルギーづくり(解糖)ができないので、虚血になるとATPレベルが低下してしまいます。
    腎臓は小さい器官ですが、単位重量あたりにすると脳よりも酸素を消費しています。ATPは尿細管での栄養成分の再吸収に多く消費されています。

    再潅流障害

    虚血の障害は、ミトコンドリアの機能を回復させることでとり除かれるはずでしたが、実さいには血流を再開したとき、新たな障害に見舞われることがわかり、その原因として活性酸素の発生に気づくことになりました。ここで発生する活性酸素が細胞を傷つける毒になります。
    臓器それぞれの機能が、虚血によって損なわれるという非常事態は、最悪の場合、個体の死に至ることになりかねません。

    不完全虚血

    脳や心筋での大きい動脈の閉塞がひきおこす病態を考えれば虚血の害が理解されましょう。
    しかし通常の生活のなかで、もっとも多くおこっているのは、小さい血管による虚血であり、太い血管でも狭窄であり完全な閉塞ではなく、不完全な虚血です。
    不完全虚血では、血流量が減少し、供給される酸素が少なくなります。
    酸素は大気中に約21%あり、地球上の生物はそのなかで呼吸するという条件で生きています。呼吸できる酸素の量が減少すると、生理機能が保てなくなることは、高山病の例などで知られています。
    細胞も呼吸し、赤血球が運んでくる酸素をとり入れます。
    赤血球内につめこまれたヘモグロビンというタンパク質が、酸素を結合して運搬します。ヘモグロビンの数が減ったり、酸素との結合力が低下したりする貧血は、細胞内の低酸素から動悸・息切れ、倦怠感、頭痛、耳鳴り、脱力感などのさまざまな症状がおこってきます。
    不完全虚血では、低酸素状態になっています。そんなとき、その組織へ送られてくる血流量は一定に調節されていません。供給される酸素の量も変動しています。
    この状態がつづくと、酸素欠乏と再供給とを繰り返すことになるとされています。部分的な虚血が生じている場合でも、同じような状況になっているのです。
    長い期間、その繰り返しが継続されると、自前の活性酸素除去システム(酵素やグルタチオンなど)も弱体化して、再潅流障害の影響が大きくなってきます。
    心・血管系の老化では、不完全虚血が進行しているといえましょう。

    血管構造の変化

    心血管系の全体を通して、心臓、動脈、静脈、そして動脈と静脈とをつなぐ毛細血管が、内皮細胞の層で連結しています。
    動脈と静脈とはよく似た構造ですが、後者の壁はうすく、血液を内腔にためても圧は上がりません。
    動脈は、内部の血液をしごくように末梢へ流します。それは管の中間の層をつくっている平滑筋の収縮・弛緩でおこなわれ、そのときの圧を受けとめる柔軟性はエラスチンとコラーゲンで構成される弾性層が担っています。
    加齢とともに、この構造に変化が生じてきます。
    内皮細胞の配列が乱れて、形や大きさがふぞろいになってきます。
    内皮細胞は、エンドセリンというペプチドを分泌して、血管平滑筋を収縮させたり、一酸化窒素(NO)を放出して弛緩を促したりして、血流の調節役をしています。また血小板の接着や凝固を抑制するはたらきのプロスタサイクリンやヘパリンをつくり、血栓を防いでいます。
    ウイルスなどの侵入による免疫反応や、血中リポタンパク(とくにLDL)の酸化などで生じる活性酸素は、内皮細胞を傷つけます。
    内皮細胞は、つねに血流による物理的なストレスや炎症反応により損傷するため、古い細胞をアポトーシスさせ、新品にとりかえながらはたらかなければなりません。
    細胞の新旧交代は、分裂・増殖という方法でおこなわれますが、加齢が影響するのです。
    内皮細胞のような新旧交代のはげしい組織では、テロメアの短縮が問題になります。
    テロメアとは、ひも状のDNA鎖の末端にある特別な塩基配列で、細胞分裂のたびに短くなり、その限度がくると細胞の増殖が停止するのです。
    老化にともなうテロメア短縮が報告されており、これが内皮細胞の再生をおくらせています。

    動脈の硬化

    加齢とともに、動脈の弾性が減少し、スティフネス(stiffness)が上昇します。動脈スティフネスは硬さを意味しています。
    動脈の弾性層成分のコラーゲンとエラスチンとに、前者の増加と後者の減少が生じてくるのです。また平滑筋の増殖もおこっており、動脈の壁の厚さが増してきます。
    この動脈壁肥厚は、幼少時より徐々にすすみ、頚動脈で調べると、90歳では20歳時の約3倍にもなると報告されています。
    動脈壁の変化は生理的な加齢現象ですが、進行するにつれて、次のような状況が生まれてきます。それは泡沫細胞の出現です。
    泡沫細胞は、血中のリポタンパクLDLが酸化され、これを処理しようと貪食したマクロファージで、血管内膜の下にたまってアテローム(粥状隆起)をつくります。
    壁の肥厚やアテロームは、動脈の内径をせばめ、高血圧症や血栓症などの心血管系疾患の基盤になります。

    加齢と血圧

    血流が血管壁に及ぼす圧力が血圧です。血圧は動脈にも静脈にも存在しますが、臨床上の問題にされるのは動脈における圧です。
    心筋の収縮期に拍出される血液の60%ほどが大動脈に蓄えられ、拡張期にその貯留分が全身に出されます。
    動脈硬化が進行すると、収縮時の血液貯蔵分が減って、末梢へ送り出される量がふえるため“収縮期血圧”が上昇します。それによって“拡張期血圧”が低下することになります。
    血圧には、末梢血管での分岐の形や数なども影響します。そこで生じてくる“末梢血管”の抵抗は、加齢にともなって15%ほど上昇するとされています。
    右図のように、血圧は多くの因子がかかわって調節されており、一定の範囲内で変動しています。
    血圧は個人によっても年齢によっても変動するので、正常血圧値というものはなく、経験値を基準に決めています。
    多因子により生じ、緊張などの条件で大きく動くので、高血圧症と診断されるケースでも、その90%は原因を特定することができません(本態性高血圧)。
    高血圧症には食塩摂取の制限が常識になっていますが、血管内皮細胞がつくるNOは、直接平滑筋を弛緩させるので血管が拡張し、Naの排出を促します。
    NOの前駆物質であるアルギニンは、幼児では必須アミノ酸ですが、成人では体内合成されるアミノ酸です。
    筋肉運動や手技によるマッサージは、血管壁細胞を刺激してNO産生酵素を活性化します。

    メグビーインフォメーションVol.324「エイジングとからだ7」より

  • 免疫システムの加齢変化

    免疫システムの加齢変化

    生体のネットワーク

    からだの成りたちを理解するためのキーワードとして“ネットワーク”が重要になってきました。
    ネットは網であり、ネットワークとは網でできているという意味で使われます。コンピュータのネットワークや人間関係や組織のネットワークなど、日常生活に定着しています。
    人体は60兆個もの多細胞が集まり、統制されて社会生活を営んでいるという見方ができます。そこでは細胞同士の連絡するネットワークがつくられているといえるでしょう。
    脳はニューロン(神経細胞)のネットワークにより、呼吸などの生理機能から、喜びや怒りなどの情動や記憶や計算などと、さまざまな機能を実現しています。
    生命現象を生み出す細胞内の代謝ネットワークもあり、その調節を担う神経・内分泌系のネットワークもあります。
    ネットワーク構造は、多くの要素がつながりをもち、協調してはたらくことによって多様な効果を生じるのに適しているのです。
    生体には、もうひとつのユニークなネットワークがあります。それが免疫システムを構成するネットワークです。
    免疫といえば、“二度なし”といわれるようにはやり病い(疫病)に一度かかったら二度めの発症はなく、病いを免れるという生体機能をいうことばとして認識されるのがふつうでした。
    しかし免疫のしくみや、それにあずかる細胞群の性質やふるまいが次つぎと明らかにされると、免疫の定義は“自己と非自己を見分け、非自己を排除する”ことであり、そこでおこってくる反応が、非自己としての外来の病原体の感染を防ぐという結果を生じているのです。

    自己と非自己

    自己と非自己の識別が免疫反応の基本ですが、そのしくみは、進化のプロセスで複雑化してきました。
    自己を排除しないためのしくみをつくり上げ、ときには非自己を受け入れる寛容性を示し、未知の非自己への対応にも備えるなど、そのメカニズムが明らかにされています。
    老化には、リンパ球や食細胞などの免疫担当細胞や免疫系のペースメーカーといわれる胸腺の、加齢による変化がかかわっています。

    自己確立のシステム

    自分が自分であることの自覚は、脳の発達とともに育ちます。それは自己の確立という成長のプロセスですが、身体的な自己を認識するしくみがそれを支えていることに気づかせたのが免疫学でした。
    からだが、たったひとりの自己を主張し、非自己を排除することが、免疫の本質でした。その原則を実現する方策は、免疫器官のひとつ“胸腺”と“T細胞”とよばれるリンパ球のなかまによって進行しています。
    右図に免疫器官のいろいろが示されています。リンパ球は骨髄で誕生します。そのときはまだどんなはたらきをもつリンパ球になるのかわかっていません。それはリンパ球前駆細胞とよばれていて、胸腺という場に移ってT細胞に変わってゆくのです。
    T細胞になると、自分自身を攻撃しないよう、具体的な方法を身につけるように教育されます。
    T細胞の表面には、抗原受容体という他者を特異的に見わけるしかけがつけられます。胸腺の上皮細胞とT細胞の間で、受容体を介した接触によりチェックされ、自己の成分と反応することがわかるとアポトーシスのコースへ送られてしまうのです。こうして大部分(95%)のT細胞は死んでゆき、結果として自己には免疫システムがはたらかない(自己に対して寛容)ようになっています。
    自己成分と反応しない5%ほどの生き残りのT細胞は増殖し、末梢のリンパ組織へ移動してゆき、非自己を攻撃し排除する任務につきます。細菌やウイルスは非自己として排除され、感染症を防ぐ生体防衛という成果を挙げることになります。

    B細胞というリンパ球

    生体では、1日に約100万個ものリンパ球が生まれてはこわれているといわれます。
    毛細血管から滲み出たリンパ球は、首やわきや足の付け根のリンパ節や腸管リンパ装置、脾臓などの免疫器官に移ってゆきます。
    リンパ球にはT細胞と異なるタイプのB細胞というグループがあります。
    B細胞は“抗体”とよばれるタンパク質製の武器をつくって相手を攻撃します。
    B細胞は、骨髄で成熟し、肝臓を経由してリンパ節や脾臓などへ移ってゆきます。
    B細胞とT細胞とは、異なる免疫反応を特技としつつ連携してはたらいているのです。

    免疫細胞とサイトカイン

    免疫システムの構成員は多彩です。リンパ球に属するものも、T細胞やB細胞のほかにNK細胞があり、NKT細胞があります。また食細胞とよばれるなかま(マクロファージや顆粒球など)もあります。
    マクロファージとともに“抗原提示細胞”とよばれ注目を集めたのが樹状細胞です。
    食細胞やNK細胞は、生物が生まれながらに備えている生体防御の基本である“自然免疫”を受けもち、T細胞とB細胞のチームワークで発現する“獲得免疫”と、二段がまえのシステムをつくっています。
    NK(ナチュラルキラー)細胞は、自然免疫系に属し、ガン細胞を見出し殺傷します。
    NKT細胞は近年、第4のリンパ球として発見されましたが、自然免疫系と獲得免疫系の中間的存在と考えられています。
    この細胞のなかまはT細胞とNK細胞の両方の受容体を備えていて、そのはたらきが狂うと自己免疫病発症の原因になります。また抗ガン作用も発揮する事が知られています。
    免疫細胞のネットワークを有効に機能させるには、情報伝達が欠かせません。インターフェロンやインターロイキンなどの情報伝達分子をつくり放出して連絡し、協力します。
    これらの情報伝達分子は“サイトカイン”と総称されています。サイトは細胞のことで、サイトカインは“細胞を活性化する分子”という意味です。

    免疫の老化

    90歳以上の高齢者では、最大の死因は感染症です。ガンの発生率は加齢とともに増加するといわれており、ともに免疫能の低下を示しています。誤飲からおこる肺炎がおきやすいことや、食中毒菌やインフルエンザウイルスの感染にも弱くなることが知られています。
    左の図は、日本人について調べられた“加齢による臓器重量の減少”のグラフです。下位の胸腺と脾臓がともに免疫器官であることに気づかれるでしょう。
    胸腺は、加齢にともなう萎縮がきわだっています。胸腺が萎縮すると、T細胞を育てる(分化させる)ホルモンの分泌が減り、未熟なT細胞をふやします。
    胸腺が萎縮しても、血液のなかのリンパ球の総数は大きな変化をみせません。しかしその構成が変化しています。
    T細胞には、ヘルパーT細胞、サプレッサーT細胞、キラーT細胞などの役割の異なる種類がありますが、それぞれの割合が変化します。
    骨髄での幹細胞の加齢変化から、B細胞とT細胞の比率も変わってゆきます。
    生体にはもともと自己反応性T細胞がまったく存在しないわけではなく、自己抗体(自己の組織と反応する抗体)が発見されるのですが、高齢者ではその確率が明らかに増加しています。それは慢性関節リウマチなどの自己免疫患の発症リスクを大きくするでしょう。

    免疫システムの維持

    胸腺はT細胞のはたらきを促進するペプチド“サイミュリン”を分泌します。サイミュリンの協同因子として亜鉛が必要です。
    脾臓やリンパ節にとどまり、分裂・増殖するリンパ球の維持にはビタミンEやビタミンB6が有効とされています。
    リンパ球は放射線に弱く、ストレスの持続により減少して、免疫機能の老化を促進します。

    メグビーインフォメーションVol.323「エイジングとからだ6」より

  • 環境情報の感知システム

    環境情報の感知システム

    脳と環境情報

    脳には、絶えず体内外からの情報が集められ、処理されています。
    それは無意識のうちに、からだを構成する細胞へと伝えられ、適確な応答をひき出します。その統合によって、さまざまな生理機能が生み出されて、個体が維持され行動することができます。その結果、環境の変化に適応しています。
    地球という環境のひとつの構成要素として存在している人間は、外界の環境条件に適応しなければ生存できません。
    外界から環境情報をとり入れるシステムは、生存の基本といえるでしょう。
    からだは、自分をとりまく環境から送りこまれる光や音や温度や化学物質の濃度などを、情報シグナルとして受けとります。その役目をもつ器官が脳や耳や皮膚などの、いわゆる感覚器官で、そのはたらきは通常“五感”といわれています。
    視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚がいわゆる五感ですが、それぞれの特性において差はあるものの、老化による機能低下が生じてきます。

    最多は視覚情報

    “ヒトは視覚的生物である”といわれます。外界の情報のうち、視ることによって受けとる量は80%ともっとも多く、それが記憶されることによって、立体的な世界観をもつことが可能になっています。
    眼は、角膜、水晶体、虹彩を介して網膜へとどく光の量を調節し、明暗や色彩を識別しています。
    加齢による変化は、眼のつくりのさまざまな部位で生じてきます。
    右図は、厚生労働省が発表(2006年)した日本における失明原因疾患のグラフです。
    緑内障、糖尿病網膜症、網膜色素変性症、加齢黄斑変性などが上位を占めており、いずれも加齢とともに進行する疾患です。
    加齢とかかわりの大きい眼疾患には、白内障や網膜の動脈閉塞症もあります。

    視機能と老視

    眼の角膜や水晶体などの光学装置(光を屈折させる器官)が、はいってきた光を屈折させて網膜上に像を映します。 近くの対象物も遠くのものも、つねに鮮明な像として映すには、屈折力を柔軟に変化させなければなりません。このはたらきは遠近調節とよばれます。
    眼は屈折力(水晶体の形状を扁平から大きく屈するところまで変える)で、網膜上の適切な位置に焦点をあわせているのです。
    水晶体の構造は、加齢とともに厚く硬くなってゆき、そのため70歳ごろには容積は3倍にもなります。内部の密度も増すため、弾力がなくなり、じゅうぶんに湾曲ができず、像は網膜の後方に結ばれることになります。これが“老視”の状態で、メガネは凸レンズで水晶体の湾曲不足を補うわけです。
    水晶体の厚みと密度の増加は、透明度も低下させるので、透過する光の量に変化が生じてきます。
    光のスペクトルのうち、青や紫の波長が選択的に吸収されて、水晶体は黄色がかってくるのです。
    光の入射口である虹彩(中央に瞳孔が開いた丸い円板状)は、光量に応じてその径を変化させています。虹彩は平滑筋を備えていて、自律神経系の支配によって反射的に瞳孔を収縮させたり拡げたりするしくみになっています。
    虹彩の筋群にも加齢による変化が生じてきます。そのために最大拡大能が低下し、眼にはいってくる光量は減ってゆきます。この現象もまた水晶体の変性を促進させています。
    水晶体を構成するタンパク質の変性から、内部に混濁が生じているのが“白内障”です。
    水晶体の混濁は、50歳代では50%、70歳代では80%、90歳以後は100%と、加齢とともに進行しますが、初期には周辺のみで視力に影響はありません。
    視力の低下を自覚する頻度は、80歳代でも60%以下とされています。

    酸化ストレスと眼の老化

    白内障と同じく加齢による組織の変化であり、視力障害の大きな原因疾患とされる“黄斑変性”は、網膜の視機能が集中している黄斑に炎症が生じたり、黄斑色素が減少したりして、視力の低下やゆがみや暗点(視野の中で、その周囲より明るさに対する感度が落ちているところ)などをひきおこす疾患です。
    水晶体や網膜とくに黄斑部には、高濃度のルテインが存在し、“黄斑色素”とよばれています。
    ルテイン※はカロチノイドの一種で、二重結合を多くもつので、強い抗酸化力を示します。
    網膜は、その構造成分として不飽和脂肪酸が多く、光が集中する黄斑はとくに光エネルギーによる酸化ストレスの害を受けやすいのです。
    ルテインはまた、炎症性サイトカインの生成を抑制し、視神経細胞を直接に保護していることがわかってきました。
    同じくカロチノイドの一種で、エビ・カニ・イクラ・サケなどにふくまれる赤橙色の色素アスタキサンチンも抗酸化作用や抗炎症作用が認められています。
    アスキタキサンチンは、コンピュータ使用などが原因の眼の異常感(眼精疲労)の改善効果も報告されています。
    ※ ルテイン、アスタキサンチンは「メグビーカロチン」に配合。

    聴力も低下する

    音のシグナルは外耳にはいり、中耳で増幅されて内耳にとどけられます。
    内耳は、ピーナッツ1個くらいの大きさで、硬い骨に囲まれ、管と袋でつくられた複雑な構造で、“骨迷路”ともよばれています。
    骨迷路にはリンパ液が満たされていて、そのなかに音のセンサーの末端が浮いています。
    内耳の音を感じる部分は蝸牛(カタツムリの形)で、その内部の細い帯のような基底板の上に振動のセンサー(コルチ器)があります。
    音のシグナルは、内耳のリンパ液に伝わって基底板とコルチ器を振動させます。
    基底板の振幅は音の高さによって異なっていて、周波数を感じわけています。
    コルチ器にはびっしりと有毛細胞が並んでいて振動による毛の傾きにより細胞は周波数情報を電気信号に変換し脳へ伝えます。
    コルチ器がウイルスの感染や薬剤の副作用で傷害されたり、強い騒音で有毛細胞が破壊されたりすると、難聴の原因になります。
    一般に、聴力の低下は40歳ごろにはじまるとされていますが、騒音などの環境の影響があり同じように進行するわけではありません。
    有毛細胞は、入口から奥へむかって高音から低音を知覚するものが並んでいて、中耳に近いほうからこわれてゆくので、高い音から聞きにくくなってゆくのです。
    音の強さはデシベル(dB)であらわします。右の表でわかるように、日常会話の音は30 ~60デシベルぐらいです。いろいろな音の高さ(周波数)でのゼロ・デシベルが国際的に決められており、聴力検査の基準になっています。

    老年性難聴と酸化ストレス

    加齢による聴力低下は、両側で同程度に進行します。そして男性のほうが女性よりも顕著にあらわれます。(下図参照)
    最近、内耳障害とNO(一酸化窒素)とのかかわりが明らかになってきました。
    内耳でつくられているNOは、通常は感覚細胞の神経伝達を助けたり、血流を調節したりと、聴覚機能の維持にはたらいています。
    ところが虚血や感染や薬剤や騒音などが、大量のNOをつくらせます。そして加齢もまた過剰なNO産生を誘導するというのです。
    炎症や免疫反応などで発生する活性酸素スーパーオキサイドとNOが反応すると、毒性の強いパーオキシナイトライトが生じて、有毛細胞の破壊をすすめます。
    鼻粘膜(嗅覚)や舌(味覚)や皮膚(触覚)も、電気信号を伝える神経も、酸化ストレスにより劣化することが知られています。日常的な抗酸化対策が感覚機能を守ることになります。

  • 加齢と生活機能

    加齢と生活機能

    生きる体力

    加齢とともに、体型や生理機能などに変化が生じることは避けられない生物現象ですが、その退行性が際立ってくると、日常生活での食事、入浴、排泄、着脱衣、歩行などの自立性が減少します。
    WHO(世界保健機関)がかつて提言したように、高齢者にあっては生活機能の自立性が健康度の指標であり、医学的な検査のデータだけで測ることはできません。
    日常生活での手や足を使う活動が、経験や知識とあわせて継続され、それを支える意欲によって保たれることが必要とされています。
    それは“生きる体力”と表現され、老年期の生活の質を左右します。

    日常生活動作能力

    高齢者の日常生活の動作能力や予備能力は、筋力や視力や神経伝達などの加齢変化で低下してゆきます。
    水晶体の遠近調節や動眼筋による動体視力の衰えから、高齢者の運転適性が問題になりました。とっさの場合の反応のおくれや誤りの頻度は、75 ~ 79歳では50 ~ 65歳の値のほぼ倍になるというのです。
    身体の運動は骨格筋の収縮でおこります。脊柱に沿って走る複雑な固有背筋(脊柱起立筋)は、脊柱を伸ばしたり前屈したり、体軸を回転させたりなど、姿勢を保ち動かす役割をしています。
    全身の運動を担う筋力は、65歳では25歳の頃にくらべて半減してしまうことも知られています。
    姿勢の維持やからだの各部の動きは、骨と筋肉との協働作業で成りたっています。全身の骨は多くの関節でつながりあって、脊柱などの構造をつくり、筋肉の収縮・弛緩が骨を動かします。
    筋力の衰えには、そのもとに筋肉や骨の変化があります。また関節構造の変形や変質が生じて、生活体力を奪うことになってゆきます。

    運動器疾患

    からだの成りたちは、一定のはたらきを行うために、いくつかの器官がつながりをもった系(システム)として説明されています。循環器系には心臓や血管・リンパ管や血液が属し、口や唾液腺、食道、胃、小腸、大腸、肝臓や膵臓が消化器系をつくっています。
    運動器系は骨格系とともに、体型をつくり保護し、姿勢を保ち、身体運動を可能にし、体熱をつくり出すシステムを構成していることになります。
    このなかで、四肢および脊柱を“運動器”とよんでおり、変形性脊椎症や変形性関節症や骨折などの加齢に関係した疾患があります。
    高齢社会での対策のなかで、予防へのとりくみとして「運動器不安定症」や「ロコモティブシンドローム」という概念が生まれました。

    筋組織の老化

    骨格筋は分裂の停止した組織で、構成している筋細胞の数は胎児期に決定され、その後は変化しません。
    高齢者の筋量が少ないのは、筋線維が減少したり小さくなったりした“筋萎縮”の状態を示しています。
    筋線維は筋細胞が互いにくっつきあった多核細胞で、束になって結合組織につつまれていますが、そのひとつが筋肉の基本単位です。
    筋肉を使わなかったり、栄養条件が不備だったり、神経の支配がなかったりすると筋線維が萎縮するのです。
    筋線維はアクチンとミオシンという2種類のフィラメント状のタンパク分子が規則正しく配置された構造(筋原線維)でできています。
    筋線維が減少するとまず結合組織によって置き換えられ、やがて脂肪組織に変っていくのです。
    加齢はまた細胞内エネルギー産生小器官ミトコンドリアの減少を生じており、エネルギー不足による筋力の低下をもたらします。
    筋組織の収縮は、ミオシン分子の上をエネルギーを消費しながらアクチン分子が内側へすべりこむしくみでおこっているのです。
    萎縮した筋細胞では、遺伝子発現の状況が変化します。
    骨格筋はすばやく収縮する速筋とゆっくり収縮する遅筋という2種の異なるタイプで成りたっており、それぞれはその機能を生みだすためのタンパク質をつくっています。
    ところが遺伝子レベルのコントロールに、加齢による変化がおこると、つくられる生理物質にも、収縮の速度にも両者のちがいが少なくなってゆきます。
    これに加えて血液の循環量の変化も影響してきます。
    筋収縮の効果を伝達する腱や靭帯にも変化が生じています。
    腱の丈夫さを担う線維状タンパクのコラーゲン分子の間で不用の架橋がつくられ硬化します。
    高齢者の腱は断裂をおこしやすいのです。

    動作能力の維持

    上体を支え、歩行などの運動を実行するため下肢は大きな重量に耐えなければなりません。
    下肢の筋群は、上肢にくらべて強大ですが、よく知られているように加齢による影響は下肢にはやくあらわれてきます。
    股関節や膝関節の屈伸に必要な“大腿四頭筋”の筋力低下により、立ち上がり時の膝周囲が不安定になり、膝が伸びにくくなります。
    ごくわずかな段差でつまずいたり、スリッパなどが脱げやすいといった状態は、すね(前脛骨筋)や足(長母指伸筋)の筋力が減少してきたことを示しています。
    つま先立ちがしにくくなるのは、足を足底側へ屈曲させる筋(アキレス腱につながる下腿三頭筋)の弱体化です。
    一般に40歳を超えると、1年に1%程度ずつ筋肉量が減り、運動不足はそれを加速し、反対に適度な運動が減速させるといわれます。
    宇宙飛行などの無重力状態では、1日に1%もの筋萎縮が生じ、寝た切りの状態でも2日に1%の萎縮が起こるとされています。
    筋の萎縮では、筋細胞のタンパク質代謝で合成と分解のバランスが変化しています。これは加齢による普遍的な現象ですが、タンパク質とエネルギービタミンの摂取不足および運動不足が加わると病的な状態を招きかねません。

    骨の加齢変化

    骨は生涯を通してリモデリング(再構築)されていますが、30歳代はじめ頃から破骨細胞による骨吸収が、骨芽細胞による新しい組織づくりを上まわりはじめ、加齢にともなう骨量の減少へと進行してゆきます。
    骨塩量の変化に平行して、骨強度も低下します。骨強度の減弱が骨折の頻度を高めることは容易に想像されましょう。
    転倒して手をつけば、手首の関節を屈伸させる前腕の骨(橈骨、尺骨)の骨折に見舞われ、しりもちをついたため腰椎(脊柱の一部)で圧迫骨折をしたなどの話は珍らしくありません。
    70歳代から多発する運動器の障害では、骨粗鬆症が原因の骨折や脊椎の疾患、変形性関節症による痛みが、移動能力を奪い、全身の老化を促進する圧力になると報告されています。

    ロコモティブシンドローム

    最近“ロコモティブシンドローム”という用語が登場しました。
    “ロコモ”はLocomotive organ、すなわち運動器で、ロコモティブシンドロームは“運動器症候群”ということになります。
    この呼び方が提唱されたのは、高齢化がすすむなかで、運動器障害が要介護の原因としてクローズアップしてきたという背景があり、高齢者におこる運動器障害を新たな疾患群として認識しようというのです。
    この提言では、自己チェックと日常での意識的なトレーニングをすすめています。
    自己チェックの項目には“①片足立ちで靴下がはけない ②家のなかでつまずいたり滑ったりする ③階段を上るのに手すりが必要である ④横断歩道を青信号で渡り切れない ⑤続けて15分ぐらい歩けない”などを挙げています。
    これらの項目のひとつでもあてはまるときはロコモティブシンドロームに足を踏み入れているというのです。
    ここに並んでいる項目は、筋力やバランス能力、持久力、歩行速度の状態や変形性膝関節症・脊柱管狭窄症のチェックを考えてつくられたものです。
    膝や腰の痛みなどの症状がなくても、このようなチェックによって、自己ケアの必要に気づくでしょう。
    基本になる自己ケアのトレーニングとしては①支えを使用した片脚立ち(1分間、左右、1日3回)と、②支えを使用した椅子からの立ち上りやスクワット(1日3回、5~6回繰り返す)がすすめられています。
    ロコモティブシンドロームに合併する疾患には、変形性股関節症や腰部脊柱管狭窄症、変形性腰椎症、変形性頸椎症、脳血管障害、大腿骨頸部骨折術後、骨粗鬆症、感覚異常(しびれ)など、さまざまなものがあります。
    歩行の途中で歩けなくなり、一定時間の休息で再び歩行可能になる、間欠(性)跛行があり、腰部脊柱管狭窄や動脈硬化(閉塞性)が原因で、70歳代では、13%もの頻度とされています。

    メグビーインフォメーションVol.321「エイジングとからだ4」より

  • 制御する遺伝子

    制御する遺伝子

    加齢と老化

    誕生から死に至るプロセスで、成長期以後にだれにでも(集団のすべての構成員に)おこる進行性の生理機能低下を“老化”といいます。
    とくに、ホメオスタシス(恒常性保持)やストレスへの抵抗性の衰えが目立ち、死亡の確率が増加してゆきます。
    エイジング(aging)という語は、加齢の意味だけでなく老化を指しても用いられることがありますが、医学・生物学上はセネッセンス(senescence)といいます。
    とくに退行的な変化が顕著になってゆく老化性の過程は、セネッセンスとされます。
    エイジングの全体では、時間的経過にともなって成長・成熟してゆくプログラムによる個体差は大きくありません。ところが年齢を重ねるにつれて個体差がひろがってゆきます。
    数十年前には、若い頃は体力や知力や外見などにひとりひとりのちがいがあるが高齢になると同じようになってゆく、というのが老年の見方でした。いまではそれは老年学の神話とされており、加齢とともに人は健康レベルでも知的レベルでも多様になってゆくという考え方に変ってきました。
    老化の過程は、エイジングという遺伝的プログラムに書かれているものの、その速度を一様にすすませない要因により影響されていることを予想させるでしょう。
    老化の研究は、20世紀後半からはじまり、多くの「老化仮説」を生み出しました(Vol.319 老化研究の流れ参照)。

    近年の老化研究

    1960 ~ 70年代には、ヘイフリックの提唱した細胞分裂の限界説から細胞レベルの研究がはじまり、生化学の分野では生体組織の加齢による変化や機能低下を対象にしました。
    80年代から90年代へと、遺伝子操作技術の進歩により、ウエルナー症候群やプロジェリア症候群、ダウン症候群などの「早老症」の原因遺伝子や、長命家系での長寿遺伝子などが明らかになってゆきました。
    早老症は病的な老化ですが、モデルマウスがつくり出されたり、センチュウ(線虫)の変異体に長寿を獲得したタイプがみつかったりといった過程から、生理的老化にかかわっている老化遺伝子が見つけ出されました。

    老化遺伝子の発見

    寿命研究に好んで用いられた実験動物は線虫C・エレガンスでした。
    線虫は体長が1ミリメートルほどで、体細胞は全部で1000個ほどしかありません。雌雄同体で産卵した卵は3日で成虫になります。
    平均寿命は約3週間で、産卵後、数日経つといろいろな老化現象が生じてきます。たった3週間で寿命実験のデータが得られるので、マウスなどにくらべて便利だったのです。
    1980年代のはじめ、米国ヒューストン大学のクラスは、人為的に突然変異をおこさせる実験をし、そのなかに通常より老化速度がおそく長命の変異体を発見しました。
    コロラド大学のジョンソンは、その研究を発展させて、平均寿命がふつうの1.7倍という長生きの変異線虫をつくり出すことに成功して、“age-1”と名づけました。
    それまでに幼虫の時代からカロリー制限をして育てると、成長がにぶり寿命が延びることが知られていたのですが、age-1線虫は、成熟期まではふつうに成長をするのです。
    3日で成虫になった線虫を観察すると、10日目には体壁の筋繊維が乱れたり、腸管のまわりに脂肪が沈着したりなどの老化の兆候をみせてきました。
    age-1遺伝子は、世界で最初に認められた老化遺伝子となったのですが、線虫の変異体からは“daf(ダフ)-2”や“clk(クロック)-1”などの寿命や老化にかかわる遺伝子が10種以上も発見されています。その相互関係のネットワークが描かれるようになり、同じ遺伝子が高等動物にも見出されて、老化のメカニズム解明への手がかりとして期待されています。

    ダフ(daf)-2とクロック(clk)-1

    長寿に突然変異した遺伝子の発現でつくられるタンパク質は、細胞内で下図のようにつながっています。
    インシュリン(あるいはインシュリンに似た物質)が、細胞の表面にある受容体(daf-2がつくるタンパク質)に結合すると、そのシグナルがage-1のタンパク質(PI3キナーゼ)に伝わり、つづく伝達経路を経て、転写因子(daf-16のタンパク質)へとどきます。
    PI3キナーゼは、脂質メディエーターであるホスファチジルイノシトール3リン酸の産生をおこす酵素です。
    daf-16遺伝子からつくられる転写因子は、多数の遺伝子で発現のスイッチを、あるものはオンにしてあるものはオフにします。その遺伝子発現レベルが、細胞内の状態に変化を与えて、老化や寿命を制御することになるのです。
    図中のTORシグナルは、タンパク合成・分解のバランスを調節する経路をつくっています。
    変異したage-1やdaf-2遺伝子は、エネルギー代謝の速度をおくらせ、熱や酸化などのストレスへの抵抗性を高めています。
    age-1やdaf-2の異常は、抗酸化などの生体防御システムを構成する遺伝子群の制御を受けもつdaf-16をはたらかせて、ストレスタンパクづくりをすすめているのです。
    線虫の変異体には、寿命の延長だけでなく成長もおそく、生活リズムが全体にゆっくりしているものもあり、クロック(clk)と名付けられました。
    clk遺伝子はヒトにも存在し、体内時計による生体リズムに関係していると考えられています。

    老化遺伝子のはたらき

    変異を生じたために老化速度が低下したり、寿命が延びたりする遺伝子には、本来は正常な生理機能が担われています。
    線虫でわかってきたそれらの遺伝子群のはたらきは、大きくは次のように分類されています。
    第一に、生命活動の速度を制御する。第二は体内外の状態を感知し、シグナルとして伝達するシステムを制御する。3番目は活性酸素による酸化ストレスに対応するというものです。
    おおまかにいえば、線虫の突然変異体を活用した老化研究は、生命活動の速度や、ミトコンドリアでのエネルギーづくりのレベル、および酸化ストレスのかかわりが大きいことを示しました。さらにストレス反応での神経系と内分泌系をつなぐシグナル伝達システムとのつながりを明らかにしたことになります。
    老化のメカニズムを解明するために変異が役立ったわけですが、それが老化の抑制や寿命の延長をもたらすのであれば、本来の機能は老化をすすめたり、寿命を制限したりしていることになるでしょう。
    そこで真の長寿遺伝子は、dafなどとは反対にはたらいている、という考え方により、異なるタイプの寿命遺伝子が探索されました。

    サーツーとよばれる遺伝子

    動物にカロリー制限をすると、血中のインシュリン、IGF(インシュリン様とよばれる細胞増殖因子)や成長ホルモンが減少します。
    インシュリン/ IGF系(上図参照)は摂取エネルギーに連動して変化し、外界のストレスに適応するシステムですが、線虫の場合、このシグナル系とは異なるメカニズムにより寿命の延長が生じていることがわかって、発見された遺伝子がありました。
    この新たな長寿遺伝子は“サーツー(sir-2)”とよばれ、はじめは酵母でみつかり、その後、線虫やマウスにも、とひろがってきたのです。ヒトにもありました。 サーツー遺伝子は、ミトコンドリアの機能にかかわり、エネルギーレベルの調整やアポトーシス(細胞の合目的的な死)の抑制をしています。またインシュリンづくりやその作用にも関係しているといわれています。
    その活性が高まることによって、老化速度をおくらせるサーツー遺伝子ですが、通常はそのスイッチがオフになっていて、環境条件によって活性化され、実験ではその条件のひとつがカロリー制限だったのです。
    サーツー遺伝子は、NAD(ニコチン酸助酵素)が不足の状態では活性化されないこともわかってきました。
    赤ワインやブドウに多くふくまれるレスベラトロールというポリフェノールが、サーツー遺伝子を活性化することがわかり、“フレンチ・パラドックス(高脂肪食なのに動脈硬化が少ない)”の要因として話題になっています。

    メグビーインフォメーションVol.320「エイジングとからだ3」より

  • 加齢とエネルギー代謝

    加齢とエネルギー代謝

    暦年齢と生理的年齢

    生物のからだは、個体レベルでも細胞レベルでも、さらに分子レベルでみても、時を経るにつれて変化しています。
    個体が時とともに変化してゆくことの全体が加齢であり、暦年齢の増加ということができます。
    加齢によって老化という生物現象が生じてきますが、暦の上の年齢で老化の度合を示すことはできません。
    老化の指標をもとめるなら“生理的年齢”ということになります。
    加齢にともなって、ヒトの生理機能がどのよ加齢とエネルギー代謝ミトコンドリアが鍵をにぎるうに変化するかを調べたデータをグラフにしたのが右のグラフです(老化指標データ)。
    生理機能低下の度合いは、臓器ごとに異なり、機能によっても同一ではありません。
    神経の伝導速度や基礎代謝率の低下は少ないものの、腎血漿流量(腎臓を流れる量)や肺の換気量が大きく減少してゆくことが示されています。
    視力や聴力、筋持久力、血管の硬化、骨密度など、さまざまな器官・組織の形態や重量、機能を測定して得られる生理的年齢には個人差が生じており、老化と加齢を画一的には扱えないのです。
    そこで老化を示す指標は、生理的年齢とされています。

    臓器と細胞

    生理機能の担い手は、各臓器の細胞であり、その数の減少や萎縮が生理機能の低下をすすめることになります。
    細胞のはたらきは、代謝のネットワークで実行されますが、なかでも生体エネルギーをつくり出すエネルギー代謝と老化の関係が注目されています。

    エネルギーバランス

    個体レベルでのエネルギーバランスは、摂食によるインプットと基礎代謝や身体活動などによる消費との関係で成りたっています。
    近年肥満というエネルギー蓄積過剰の状態と臓器の機能変化との関係が明らかになってきました。
    脂肪肝(肝細胞での脂肪蓄積)や、肥満状態での膵β細胞の応答(インシュリン需要の増大に対応)異常が生活習慣病の病態の原因になるというのです。
    個体におけるエネルギー蓄積過剰には、脂肪細胞が分泌するレプチンなどの食欲抑制物質がかかわっています。
    脳の視床下部には、細胞内のエネルギーレベルの低下によって活性化される“AMPキナーゼ”という酵素が存在します。
    AMPキナーゼは、グルコースやレプチンなどによって活性が変化し、糖・脂質代謝を調節することが明らかになり、“代謝センサー”とよばれています。
    レプチンと拮抗的にはたらき、摂食を高める物質に“グレリン”があります。
    グレリンは胃や脳内で産生され、ミトコンドリアでのβ酸化をすすめます。
    摂食を調節してエネルギーレベルの恒常性を保つしくみは、このように視床下部のコントロールを受ける一方で、視覚や嗅覚による食事シグナルにもかかわっており、グレリンは、楽しい食行動により食欲を増進させます。

    カロリー制限

    過剰なカロリー摂取は、体脂肪を蓄積させ老化のプロセスを促進するのに対し、エネルギー代謝を抑制する“カロリー制限”は、老化の進行をおくらせて、寿命を延長させるといわれるようになり注目されています。
    この場合、栄養失調にならないように、適切な栄養素の摂取という条件下で1日の摂取総カロリーを減らす方法により、遺伝子が同一である純系の動物(ラットなど)で、抗老化効果が示されたというのです。
    現在、ヒトでもラットやマウスなどと同じようなカロリー制限に対する適応が生じるかどうかを探る研究が進行しています。極端な制限ではマイナス効果が生じるという、報告もあります。
    ある実験では、12 ヶ月間、カロリー摂取量を20%削減して、内臓脂肪が減少し、インシュリン抵抗性や酸化ストレス、代謝率が低下し、血中脂質の状態が改善されたというのですが、一方で骨量や、下肢の筋肉量や強度の低下も報告されており、最適のカロリー摂取量の範囲は見出されていません。
    エネルギーバランスの維持は、遺伝子レベルでのコントロールを基盤にしながら、人種的な代謝のちがいや食事パターンや年齢や運動習慣などのいろいろの因子が影響して変動するものと考えてよいでしょう。
    しかも、細胞レベルでみた場合、エネルギー代謝での加齢による変化は否定できません。
    左図のように臓器でのミトコンドリアの減少が生じているのです。

    ミトコンドリア原因説

    生命科学研究に欠かせない実験動物のひとつが線虫(センチュウ)です。
    線虫は9万種以上もの種類がありますが、そのなかの“C・エレガンス”が選ばれて生物の発生や寿命などの研究に用いられてきました。
    線虫は雌雄同体であり、遺伝的な個体差がありません。また突然変異をもつ個体が生じやすいのです。
    線虫の5000種もの突然変異体には、寿命が通常より短いものや長寿のものがありました。長寿の個体は、生理的老化がおそいことから、人工的に突然変異体をつくり、老化の鍵を握る遺伝子を探索する研究がつづけられ、やがて発見された「老化遺伝子」第1号に“age-1”の名が与えられました。
    遺伝子age-1に突然変異が生じると、寿命が2倍にも延びたのです。
    その後も次つぎと長寿遺伝子がつきとめられ、それらがエネルギー代謝に関係することが明らかになってゆきました。
    タンパク合成をはじめとするあらゆる生命活動は生体エネルギー物質ATPを使って営まれますが、線虫で発見された3種の遺伝子がつくるタンパク質は、エネルギー代謝の速度をおそくして、カロリー制限に似た状態をつくり出していることがわかったのです。
    さらに老化遺伝子の変異体は、酸化ストレスへの抵抗性が高いことも確かめられました。
    エネルギー産生装置である細胞小器官ミトコンドリアと老化とのかかわりが注目されたのは当然のことだったでしょう。
    前頁の図は、足のヒラメ筋と肝細胞でのミトコンドリア遺伝子の個数を調べたものです。高齢者の組織・器官ではその数が明らかに減少しています。
    細胞の営みはATPを消費しつつ、タンパク質を合成することで成りたっています。
    東京都老人総合研究所と女子栄養大学の協力で、ATPや酵素タンパクの合成能と加齢の関係が調べられました。
    胎児から97歳までのヒトの細胞での合成能は、個体差によるばらつきはあるものの、加齢によりほぼ直線状に減ってゆきました。
    その直線は、80歳で胎児の約15%であり、そのまま伸ばしてゆくと、ヒトの最大寿命とされている110歳でゼロになりました。

    代謝と体内時計

    睡眠・覚醒や血圧などの生理機能が、からだに備わった体内時計による日内リズムで営まれていることが知られています。
    食物の消化・吸収と栄養素の代謝も体内時計がつくるリズムをもっています。
    しかし加齢によって複数の体内時計の協調に乱れが生じ、それがエネルギーバランスにかかわる糖や脂肪の代謝に影響してくるのです。

    メグビーインフォメーションVol.319「エイジングとからだ2」より

  • 認知症の知識と対策

    認知症の知識と対策

    加齢と脳の変化

    加齢とともに、いろいろな病気の有病率は増加してゆきます。
    有病率とは、ある時点である地域を調査したとき、単位人口あたりの対象疾患の患者数を指しています。同じように単位人口において、1年間に新たに生じる患者数を発症率といい、ともに疫学用語として用いられています。
    急速に高齢化のすすむ社会では、医療経済の点から介護予防が重要という認識が高いのは当然ですが、個人の問題としても無関心ではいられません。
    視力、聴力、運動機能、記憶力などの低下が自覚される年齢になると、認知機能の病的な衰えを意味する「認知症」への不安が生じてきます。
    右の表を見ると、65歳以降の年齢層では、5歳ごとに認知症の有病率は倍増してゆくことが示されています。
    つまり認知症発病の最大のリスク因子は加齢であり、超高齢社会においてはありふれた病気になると予測されています。

    認知症と物忘れ

    もの忘れを自覚すると、それが生理的な変化なのか病気のはじまりなのかと気になりますが、買い物にいったがうっかり買い忘れたとか、文章を書いていて漢字が思い出せないとか、テレビに映っているタレントの名が出てこないなどの想起困難の状態は、“良性健忘”といわれ、一般的な加齢現象とされています。つまり年相応ということになるでしょう。
    これに対し、要注意のレベルとされているのが“軽度認知機能障害”で、いわば前触れです。
    日常生活での動作も、全般的な認知機能もふつうだけれど、自分自身は忘れっぽいと感じたり、もの覚えが悪くなったりという状態です。
    脳のはたらきは記憶ばかりではありません。注意、推論、言語や空間認知などの領域もあわせてテストすると、疫学のデータでは、65歳以上の人のほぼ30%が前駆状態であり、その人たちを追跡調査すると、3年以内に30%が認知症へ進行したとされています。
    健康自主管理の立場から、認知症を予防する試みを考えてみましょう。

    認知症の原因と現状

    脳は、酸素の不足(一酸化炭素中毒など)や病原体感染(脳炎、髄膜炎など)、脳腫瘍や硬膜下血腫、薬の副作用(安定剤、抗コリン剤)のほかビタミンB1やB12の不足など、さまざまな要因でダメージを受けます。
    認知症は、これらの原因からではなく、脳卒中の後遺症やアルツハイマー病によりおこっています。
    加齢により脳の萎縮が生じますが、認知症の場合、その度合が通常を超えています。
    これまで脳機能の担い手は神経細胞ニューロンであるとされてきましたが、近年グリア細胞が果している役割が重視されるようになりました。
    ヒトの脳では、グリア細胞が90%を占めています。老化した脳では、ニューロンよりもグリア細胞の減少・異常が発見されており、とくに中枢神経系での髄鞘(ミエリン)の減少が、脳の病的老化に関係しているというのです。
    ニューロンが損傷されると、グリア細胞が掃除屋としてはたらき、さらに修復も受けもっています。
    記憶を一時的に保持する場とされる海馬が萎縮すると記憶障害がおこりますが、この海馬でのニューロン再生が報告されています。
    またいったんこわれた髄鞘での再ミエリン化も可能であり、神経ネットワークの再構築による脳機能の回復がみられるというのです。

    老人斑とアミロイド

    右上図は、加齢にともなう老人斑のすすみ方を示しています。
    アルツハイマー病に特徴的にみられる脳内の構造として、発見者であるアルツハイマーが記したのが“老人斑”と“神経原線維変化”でした。
    やがてこの二種の構造物は、病気の脳に特異なものではなく、加齢とともに出現するふつうの現象であることがわかってきました。
    神経原線維変化は“タウ”というタンパク質、老人斑は“アミロイドβタンパク(Aβ)”とよばれるタンパク質が凝集したものであることが明らかにされています。
    ニューロンが細胞外に分泌したAβタンパク質が、凝集し蓄積したものが老人斑で、細胞内の糸くずのようなタウタンパクの集まりが神経原線維変化です。
    Aβタンパクは、40歳代末頃から出現し、脳の下部からだんだんに全体にひろがってゆきます(図参照)。
    現在、Aβタンパク沈着が、アルツハイマー病の原因とされています(アミロイドカスケード仮説)が、蓄積量と認知機能との関係はないことが、多くの研究でわかっています。Aβタンパクが一定の量を超えて蓄積すると、それがニューロンの内部に影響を与えてタウタンパク蓄積から認知機能障害へと進行する、というのが「アミロイドカスケード仮説」です。
    タウは、正常では細胞内の微小管に結合して安定させているタンパク質です。微小管は、細胞の中心あたりから周辺にひろがり、物質を運ぶ輸送網の役をする細胞骨格のひとつで、細胞内の秩序を保っています。
    Aβタンパクは、タウタンパクに不必要なリン酸をつける酵素を誘導する、という説があります。
    生理的なAβタンパクの蓄積から、アルツハイマー病までの経過はゆっくりと、20~30年もかかって進行してゆきます。そこでこの間の発症予防の試みとして、医学的には「Aβタンパクの生成抑制剤」や「老人斑を溶かすワクチン」の臨床が行われはじめました。
    一方で、発症予防への栄養学的アプローチの研究もすすんでいます。

    遺伝的危険因子

    家族性といわれる遺伝性のアルツハイマー病の研究から、原因遺伝子が見つけだされましたが、全体の95%以上を占める高齢になって発症するタイプでは原因遺伝子の変異はあてはまりませんでした。
    けれども、ある遺伝子をもっていると発症しやすい“遺伝的危険因子”があることがわかりました。
    そのひとつが、19番染色体上にある“アポリボタンパク質E遺伝子(アポE遺伝子)”です。
    アポE遺伝子には多型があり、2型、3型、4型があります。そしてE4型をふたつもつ人はアルツハイマー病になりやすいというのです。反対にE2型をふたつもつ人はIQ(知能指数)が高く、100歳以上の長寿者に多いのです。日本人での割合はE2型は7%、E4型が15%、ほとんどの人はE3型とされています。
    ふたつの遺伝子は父ゆずりと母ゆずりの1個ずつであり、異なる型の組み合わせの人もあり同型を2個という場合もあります。
    アポEは299個のアミノ酸でできたタンパク質で、脂質を運搬する機能をもつので肝臓がこれを合成することをご存じでしょう。
    脳は肝臓につぐアポEの生合成臓器であり、末梢神経系ではシュワン細胞(軸索を包んで支持し保護する細胞。軸索とシュワン細胞をあわせて神経線維という)でつくられます。
    末梢神経が傷害されたときは、免疫細胞マクロファージが集まって、大量のアポEを分泌して、神経線維の再生を助けます。
    中枢神経系ではグリア細胞のなかまがおもにその仕事をしますが、脳梗塞がおこったときなどは、ニューロン自体もアポEをつくり、再生につとめます。
    脳は脂質の豊富な臓器であり、脂質を動員するとき、アポEは重要な役をつとめているのです。

    アポE4の問題

    アルツハイマー病の人の40~80%が、少なくとも1個のアポE4をもつとされています。
    2型Eや3型Eが、樹状突起とシナプスの連結を維持し、虚血や炎症や酸化ストレスから保護し、修復をすすめるのに対し、4型Eはその作用が弱く、構造が不安定で分解されやすいことが知られています。分解されて生じた断片がたまると細胞変性の原因になり、またミトコンドリアに結合して、ブドウ糖の利用障害をおこさせ、認知機能の低下を招くというのです。
    しかしアポEのタイプで説明できるのは、全体の約30%とされており、ほかにも遺伝的危険因子が、少なくとも4~7個はあると推測され、300を超える候補遺伝子が登場しています。最近、シナプスでの輸送やリサイクルにかかわる新しいリスク遺伝子が報告されました。

    メグビーインフォメーションVol.318「エイジングとからだ1」より

よくあるご質問

  • 花粉症、胃が弱い人などは、ビタミンA を摂るのが良いと聞きました。
    ビタミンA にはどのような働きがあるのですか?


    ビタミンA は脂溶性ビタミンの一つで、主に動物性食品(レバー、牛乳、バター、チーズ、卵黄など)に含まれています。
    食事からビタミンA を摂取すると、脂質とともに小腸粘膜上皮細胞で吸収されます。一定量は肝臓に貯蔵され、その他は血液によって各組織のタンパク質と結合し、全身組織へ運ばれます。

    ビタミンAの働きは…

    ●粘膜(皮膚やのど、鼻、肺、気管支、胃、腸などを覆う粘膜)を守る

     身体は細胞から粘液を分泌して、粘膜を守っています。粘液の成分であるコンドロイチン硫酸という化合物をつくるのにビタミンA が必要です。


    ●視力のもとになる

     目をカメラに例えると、網膜はフィルムにあたります。網膜には視神経があり、この中にロドプシンという光を感じる物質がふくまれています。ロドプシンは、レチネン(ビタミンA の仲間)とタンパク質が結合したものです。薄暗い場所で目が慣れてものが見えるようになる「暗順応」という機能に関わっています。


    ●ガンの予防

     ガンの多くは上皮細胞に生じます。ビタミンA の上皮組織を正常に保つ作用が、ガンやポリープなどの良性腫瘍の発生を防ぎます。動物実験では、肉腫に対しても予防効果を持つことが知られています。免疫機能を高めることによってもガンの抑制に役立ちます。


    ●骨や皮膚のつくりかえ

     骨に粘りや弾力を持たせる役割をしているのは、コラーゲンとコンドロイチン硫酸です。コンドロイチン硫酸は、骨だけでなく血管壁や結合組織、皮膚のハリやうるおいにも関わっています。

  • タンパク質を摂りすぎると腎臓に負担がかかると言われました。
    メグビープロを飲んでも大丈夫でしょうか?


     タンパク質は、体内で代謝されるとアミノ酸などに分解され、最終的には尿素や窒素などの不要物となって尿から排出されます。通常は腎臓でろ過する能力を持ち合わせているため、大量に摂取しない限りタンパク質(不要物)を代謝できる能力を十分に備え持っておりますので問題ありません。
     しかし、腎機能が低下している場合はろ過機能が低下しているため、不要物がろ過できずに体内に蓄積してしまた結果、腎臓の負担となりより機能低下を促してしまいます。
     そのため、機能が低下している場合は、タンパク質の制限が必要になる場合が出てきます。しかし、腎臓の細胞1つ1つもタンパク質から作られていることから、タンパク質の不足が起きてしまうと細胞の作り変えがうまくいかなくなり、腎臓を始め、身体全体の機能が低下しやすくなってしまうことにも繋がりかねません。
     そのことからも良質タンパクの摂取は過不足のないようにお摂りいただくことをお勧めしております。

    足りていますか?タンパク質

    タンパク質の必要量は、おとなの場合1日に体重の1/1000g、体重50kg のA 子さんなら50g となります。A 子さんの朝食が〔ごはん1杯、みそ汁1杯、ゆで卵1個、つけもの〕という献立だったとしましょう。これだけでどのくらいのタンパク質がとれたでしょうか。
    タンパク質摂取量はプロテインスコアを考えて計算しなければなりません。

    【ごはん】
     米飯茶わん1杯:120g
     100g の米飯に含まれるタンパク質:2.1g
     米飯のプロテインスコア:73
     計算式120×0.021×73/100=1.8

    【みそ汁】
     みそ汁1杯:約0.3g

    【ゆで卵】
     卵1個(標準サイズ):50g
     100g の卵に含まれるタンパク質:12.7g
     卵のプロテインスコア:100
     計算式50×0.127×100/100= 約6.4


    結局A 子さんは朝、8.5g しかタンパク質がとれませんでした。残りの41.5g を昼食と夕食で確保しなければなりません。それには豚肉100g、牛乳2本以上、米飯6杯以上、アジかサケなど60g を合計した量を食べなければなりません、もしストレスがあったら、卵2個分くらいの追加が必要です。結局、よほどの大食の人でなければ、必要量を取り損ねていると思わねばなりません。こんな場合メグビープロ20~30g を、毎日のメニューに加えれば、もう安心というものです。

  • 精神的なストレスが多く、冬になると特に気分が落ち込みます。
    栄養対策で改善できますか?


    精神的な問題は、主に脳内の神経伝達物質のバランスの乱れが原因。脳や神経系の働きを正常化するための栄養対策が必要です。

    気分の落ち込みにおすすめの衛要対策

    ●神経伝達物質の正常化

     良質タンパク・ビタミンA・ビタミンB群・ビタミンC・カルシウム・マグネシウムなど

    ●血流の確保

     ビタミンE・イチョウ葉緑エキス・ビタミンC・E など

    ●活性酸素の除去

     植物ポリフェノール・イチョウ葉緑エキス・ビタミンC・E など

    ●ストレス対策

     良質タンパク・ビタミンC・E など


    ■神経伝達物質の乱れが気分が落ち込む原因

     日常生活の中で不安や悩みなどの精神的ストレスや、疲れなどの肉体的ストレスを抱えていると、脳内から興奮作用のある神経伝達物質のノルアドレナリンが分泌されます。ノルアドレナリンは不安や恐怖などに、ドーパミンは喜びや快楽などの感情に関わりますが、セロトニンはこれらの分泌をコントロールして、精神を安定させてくれる働きがあります。


    ■栄養対策で神経伝達物質の正常化を

     セロトニンは脳内でトリプトファンから生成されます。トリプトファンは体内では生成することができないため、トリプトファンを多く含む良質タンパクを摂取すれば、セロトニンを増やすことにつながります。また、セロトニンを作る際にはビタミンB6、ナイアシン、マグネシウムなども必要になります。


    ■血流確保・活性酸素除去・ストレス対策も重要

     栄養素や酸素を運ぶための血流確保も重要な対策となります。ビタミンEやイチョウ葉緑エキスがおすすめです。
     脳は活性酸素のダメージにとても弱いため、活性酸素対策(抗酸化対策)の強化も必要です。抗酸化成分である植物ポリフェノール・イチョウ葉緑フラボノイドなどを摂りましょう。
     まだ、ストレスは神経伝達物質の分泌を乱す原因として挙げられています。ストレス時には、抗ストレスホルモンを合成して対処しますので、良質なタンパクなどホルモン合成に必要な栄養素の摂取も大切です。

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